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 辺りはしばらくひっそりしていた。逃げ出すなら今の内だった。大介はシャクトリムシのように尻をずらせながら、タカ子に近づいていき、タカ子に後ろを向けと合図をした。大介は後ろ手で、タカ子の手を縛ってあるロープをほどきにかかった。なかなかほどけなかった。いくらか緩みかけても、すぐにタカ子が動くので、すぐにまた締まってしまう。しかもタカ子はじれったがって、足をばたつかせた。大介の指の爪がはがれそうなほど痛んだ。手首も擦り剝けそうだった。けれども、そんな事でもたもたしれいる暇はなかった。
 やっとほどいた。大介の身体は、汗でぐっしょりだった。汗が額から流れて目に入り、ぴりぴりしみた。タカ子は大急ぎでさるぐつわを取り、自分で足のロープをほどいた。ほどきながら、何度もゲッ、ゲッと、喉の奥で変な音をさせた。
(何やってんだ! 早くしろ。先に、口の所をほどけ!)
 大介は怒鳴ったが、それは「ウーウー」という唸り声にしかならなかった。
 それでもタカ子は気が付いて、先に大介のさるぐつわをほどき、それから手のロープをほどきにかかった。
 大介はまた「早く!」と怒鳴ろうとしたが、声にならず、先ほどのタカ子と同じようにゲッ、ゲッと、何度も喉の奥で吐きそうな音を立てた。
 こうしてロープをほどき終わった時、二人はぐったりしてしまった。
「とにかく、ここがどこか確かめなくちゃ」
 大介がかすれ声で言って、ほろのシートをめくりあげた途端、大介の身体はこわばってしまった。目の前に、あの木本という若い男がいて、タバコを吸いながらライフル銃をひねくり回していたのである。
「ご苦労。手間が省けて良かった。さ、こっちへ来な。いいか、二人とも、変な真似をすると、一発おみまいするからな。いいか、こいつは玩具じゃねえんだからな。オレがやると言ったら必ずやる。今も一人、あの世へ送って来たんだ。おっと、そこにあるボール箱を一つずつ持ちな」
 言われて、大介とタカ子はトラックの荷台の隅にあった段ボールの箱を抱えた。
「さ、先に立って、まっすぐ歩くんだ。よそ見なんかするなよ。ここがどこかなんて事は知らなくていいんだ」
 大介が先になり、タカ子がその後に続いて歩いた。横目でちらっと見る限り、辺りは家などなかった。大介の前には、かろうじて道と言えるぐらいの細い溝があり、左右からは身の丈ほどもあるクマザサが生い茂り、所々にクヌギやナラの木がのけぞるだけで、あとは空しか見えなかった。
(このクマザサへ飛びこんで逃げるという手もあるな)
 大介がそう思いついた途端、木本が言った。
「おい、藪へ逃げ込みたかったら、逃げてもいいんだぞ。だがな、ここは熊が出るんだ。それにだ、一人逃げたら残ってる方は必ずやるぞ。その事を忘れるな。お前たちが先になって歩いてるのも、熊の用心のためだ」
 大介はあきらめた。大介が逃げても、タカ子は助からない。あんなに憎らしいタカ子だったが、今はそのタカ子の命も大介次第なのだ。
 考えてみると、どのぐらい遠くへ連れて来られたのか、見当がつかなかった。気を失った大介が気づいてからでも、四時間ぐらいはトラックが走り続けていたのだ。
 クマザサは次第に覆いかぶさるようになり、溝みたいな細い道も途切れがちだった。時々つる草がはみ出すようになり、大介は何度もつまづいてのめりそうになった。クマザサに変わってカヤが生え始め、所々にクヌギ、ブナ、ナラ、白樺などが混じり始めた。
 と、大介の前で何か黒い物が動いて、草がざわっと揺れた。大介ははっと息をのんで立ち止まった。
「連れて来たぞ」
 大介の背中で、木本が言った。ムラさんが大きなリュックにもたれかかるようにして、横になっていた。
「ムラさん、ガキを連れて来たぜ。残しておいて、今、人目についちゃ厄介だからな。さ、行こう!」
「う……う……」
 ムラさんは返事の代わりにうめいた。
「どうした。大丈夫かい?」
「あ! ……木本か? さっきの年寄りはどうした」
「心配するな。鉄砲を頂いた」
「酷い事をしたんじゃなかろうな」
「ああ、今頃はやっこさん、悲鳴を上げながら山を下っているだろうよ」
「それじゃあ、ぐずぐずしていられないな」
 大介とタカ子は思わず顔を見合わせた。と言うのは、さっき木本は「今も一人、あの世へ送って来た」と言ったからである。
 ――じゃ、さっきのは脅かしだったんだな――と大介は思った。
 木本が大きなリュックを背負い、ピストルをムラさんに渡した。
「さあ、ガキ共、先に立って行けえ!」
「あの、水を飲ませて欲しいんだけど……」
 大介が恐る恐る頼んだ。その途端、大介は木本にライフルの筒先で、嫌と言うほどおでこを突き上げられ、目がくらんでひっくり返った。
「声を立てるな!」
 悲鳴を上げかけたタカ子が「ヒッ」と言った錐、息をのんだ。こんなことになるとは知らなかったので、タカ子もショートパンツのままだったから、あちこち、草の葉の切り傷で血がにじんでいた。
「水は後で飲ませてやる!」
 ようやく、見晴らしの利くところへ出た。山がいくつも重なり合い、その山を分厚い絨毯のように葉が覆っていた。
(ここはどこだろう。分かるかい?)
 大介はそういうつもりで、そっとタカ子の方を見た。タカ子が悲しそうに目を伏せた。
(無理ないな。あんなに長い事、トラックで運ばれてみたんだものな)
 一行の中で一番身軽なムラさんが、いくらも行かない内にゼイゼイ息切れをさせて、悲鳴を上げた。
「木本、ちょっと待てよ」
「どうした」
 木本は油断なく、大介たちに目を向けたままで聞いた。
「畜生、目がくらんできやがる」
「そうか、それじゃ、少し休もう。ムラさんに倒れられちゃ、せっかくの宝物の在処が分からなくなっちまうからな。おい、ガキ共、こっちへ来い!」
 二人は言われるままに、木本の側へ行った。
「そこへ座れ!」
 木本はリュックの上に縛り付けてある、丸い水筒を取り、蓋をコップ代わりにして水をつぐと、大介に飲ませた。水は生ぬるく臭かった。けれども、そのわずかな水で生き返ったような気がした。
「あたしにも……」
 タカ子がそっと頼んだ。木本は黙ってタカ子にも飲ませた。
「先へ行けば、水はいくらでもある。そうすりゃ、溺れるほど飲ませてやらあ。地獄に三途の川っていうのが流れてるからな」
「おい木本、悪い冗談を言うもんじゃねえよ」
「そんな事言ったって、どっちみち、最後にゃこいつらも片付けなくちゃなるめえ。ま、宝の洞穴へ行きつくまでの事だけどな」
「いや、この子供だって、馬鹿じゃあるめえ。余計な事は言わねえよ」
「そうです! 何にも言いませんから」
 大介が泣き声を出した。木本が鼻の先でくすんと笑った。
「さ、もうじき日暮だぜ。今夜は歩けるだけ歩いちまおう」
「そうしよう」
 一行はまた、のろのろと山を下った。
 途中で人に会ったら……。人のいる家を見かけたら……。大介は何度も、そういう光景に行き当たる事を考えてみたが、とうとう人にも家にも行きあたらぬうちに、日が暮れ始めた。
 谷間から吹き上げてくる風は冷たかった。思わず背筋がぞくぞくするほど寒かった。
 大介は考えた。
(夜中に逃げ出せば、逃げ出せない事も無い。だけど、きっとどこがどこだか分からなくなり、それこそ熊にやられてしまうかも知れない。それぐらいなら、今、こいつらの言う事を聞いて、油断させて逃げ出す機会を待った方がいいな)
 が、それでも大介の考えは甘かった。二人の男たちは、相変わらず大介たちを追い立てるようにして歩き続けた。タカ子は必死に泣くのをこらえているらしく、時々しゃくりあげるように喉を鳴らした。
「変な声出すな。ヘビに噛みつかれるぞ」
 木本のドスの利いた声で、タカ子はしゃくりあげる事も出来なくなった。




~つづく~

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