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2021.01.04 三人の占い師

 今年最初の通常記事は、『文庫本コーナー』で行こうと思います。

 今日はメキシコ伝説から、『三人の占い師』です。


 では、さっそくスタート!


三人の占い師



 トルテック族が最も栄えたケツァルコアトル王の御代のことです。
 畑にはトウモロコシが豊に実り、木々には数知れぬ様々な果物の実が、枝もたわわにかぐわしい香りをまき散らしていました。
 山と言う山からは、金、銀、宝石などがザクザク出るというこの世の楽園で、トルテックの人々は幸福感に満ち溢れていました。
 面白くないのは、貧しいアズテック族の人々でした。中でもテトラカファン、テズカトリポカ、トラカフェパンの三人の占い師は、妬みの挙句、折あらばトルテック人の幸福を分捕ってやろうという悪い計画を立てていました。
 今日も三人は、
「何にしても、邪魔になるのはケツァルコアトル王だ」
「そうとも、王さえ何とかすれば……」
 と、頭をひねっていました。すると、
「それなら良い考えがある。オレに任せろ」
 テズカトリポカが笑って、二人にささやきました。
「なるほど、それは名案だ」
「うまくやれよ」
 どうやら計画はまとまったようです。
 さて、あくる日、テズカトリポカは白い髪を振り乱した老人に化けて、トランの都にあるケツァルコアトル王の宮殿にやって来ました。
 門番に、
「どうか、お目通りをさせて下さい」
 と、丁寧に頼みました。
「お目にかかって申し上げたいことがありますので……」
「せっかくですが、王様は見知らぬ方にはお会いしないことになっていますから。それに、王様はただいまお身体の具合が悪いのです」
 と、門番は素っ気なく断りました。
 それを聞いて、テズカトリポカはしめたと思いました。でも、何食わぬ顔で、
「それは、それは。実は、私はどんな病気もたちどころに治る妙薬を持って参ったのですが、お目にかかれないのでは仕方ありません。では、王様に宜しく」
 と、残念そうに帰ろうとすると、
「ちょ、ちょっと、お待ちを」
 門番は慌てて呼び止めて、奥へ入って行きました。
(しめ、しめ)
 テズカトリポカが、狡い笑いを浮かべて待っていると、今度は美しい侍女が現れて、
「王様がお目にかかるそうです。どうぞ、こちらへ」
 と、王様の居間へ案内してくれました。
 ケツァルコアトル王は、深々とした椅子にもたれて青い顔をしていましたが、テズカトリポカの顔を見るなり、挨拶も聞こうとせずに、
「妙薬とやらを早く飲ませてくれ。このままではわしは死んでしまう」
 と急き立てました。
「はい、はい。ただいま」
 テズカトリポカは、懐から恭しく水薬の瓶を取り出すと、
「もう、ご心配には及びません。これを召し上がると、すぐお元気になられます」
 と、盃に次いで差し出しました。
 王様は一口飲んで、
「なるほど、なんだか少し気持ちが良くなってきたぞ」
 と、ニコニコしました。
「では、もう一杯」
 テズカトリポカに勧められるままに、王様は二杯から三杯、それから四杯と続けて飲んでいる内に、次第に眠くなり、やがて、ぐっすり寝込んでしまいました。それは薬とは真っ赤なウソで、ブクルエという強い酒に眠り薬を仕込んだものでした。
「ふふふ。うまくいったぞ。どうせ目を覚ますのは二、三か月先のことだ。さて、その間にウエマックの奴をちょろまかしてやろう」
 テズカトリポカは、薄気味悪い笑いを残して宮殿から消えていきました。



 ウエマックとは、トルテック族の頭で、ケツァルコアトル王の手助けをしている人でした。
 ウエマックには、チャチューネチンという美しい娘がありました。
 数々のトルテックの若者たちが、我こそはと結婚を申し込みましたが、お父さんのウエマックは片っ端からはねつけたばかりか、若者たちに近づかぬよう、チャチューネチンを屋敷から一歩も外に出しませんでした。
 チャチューネチンは可哀想に、いつも部屋の窓からぼんやり外を眺めて暮らしていました。
 ところがある日、窓の下を一人のインド人の若者が、チャチューネチンに優しい微笑みを送りながら通り過ぎていきました。
 男らしい濃い眉、きりっとした口元、チャチューネチンは、この若者がいっぺんに好きになりました。
 それがまさか、占い師のテズカトリポカの変装とも知らず、日夜、物思いにふけるようになったのです。侍女にそれとなく聞いて、若者の名前がトウエヨと分かったものの、その思いを誰にも打ち明ける事も出来ず、とうとう重い病気にかかってしまいました。
 お父さんのウエマックが心配して、医者に見せましたが、
「どこも悪い所は無いようですが……」
 と、首を傾けるばかりです。すると、侍女の一人が、
「何か、人にお話の出来ないお心のわだかまりが元になっていられるのでは……」
 と、申し上げました。
「なるほど、それについて何か心当たりは無いか」
 ウエマックが聞くと、
「そう言えば、いつぞや、窓の下を通るインド人の若者の名前を私にお聞きになりましたが、お姫様のご病気はそれからの事で……」
 侍女は、言いにくそうに答えました。
「うーん。それで分かった」
 ウエマックは眉を険しくしかめると、
「すぐ、その若者を召し連れて参れ」
 と、家来に言いつけました。
 まもなくトウエヨが引き立てられてくると、
「おのれ、不埒者。お前だな。わしの娘を誘ったのは」
 ウエマックは、真っ赤になって怒鳴りました。
「と、とんでもない。私はインドから来た絵の具の行商人で、たまたま、お屋敷の窓の下でお姫様にご挨拶しただけで……」
 トウエヨはしゃあしゃあと答えました。
「でしたら、お姫様が勝手にお好きになられたのでしょう」
「いいえ、言うな。お前のような奴は……」
 ウエマックは怒りのあまり、思わず剣の柄に手をかけましたが、
「私の首を斬るとおっしゃるのですね。どうぞ、どうぞ」
 トウエヨはせせら笑って言いました。
「でも、私が殺されたら、お姫様ももっと病気が重くなって、もしかすると……。それでもいいのですか」
「うーん」
 ウエマックは悔しそうに剣の手を放しました。そして、
「ああ、わしはどうしたらいいのだ」
 と頭を抱え込むと、
「それなら簡単です」
 トウエヨが言いました。
「私達の結婚をお許しください。そうすればお姫様の病気も治ってうまくゆくではありませんか」
「うーん、忌々しいが、姫の身体のためには代えられん」
 とうとうウエマックは、二人の結婚を許しました。
 インドの若者に成りすました占い師テズカトリポカは、こうして首尾よくチャチューネチンと結ばれました。
「しめ、しめ」
 テズカトリポカは、腹の内でほくそ笑みました。
(オレがウエマックの婿となったと聞いたら、きっとトルテックの奴らは騒ぎだすだろう、そうなったらこっちのものだ)



 テズカトリポカが思った通り、トルテックの人々は、この結婚のニュースに騒ぎ出しました。
「ウエマック様もウエマック様だ。何も得体の知れないよそ者などと、大切なお姫様を結婚させなくても良さそうなものじゃないか」
「全くだ。どこの馬の骨ともわからぬものに、我らの大切な宝を横取りされて黙っていられるか」
 不平不満の声は、日に日に高まっていくのでした。
「これはまずい。ほっておいては一大事になる」
 驚いたウエマックは、色々と考えた挙句、人々の気を他所へ逸らせるためには隣の国コアテペックに戦争を仕掛ける事にしました。
 人々は、
「よし、こうなったら、敵の手でトウエヨをやっつけてもらおう」
 と示し合わせて勇ましく出陣しました。そしてコアテペックの国に侵入すると、
「お前さんも、我らの頭のお婿さんとなったくらいなら、さぞかし武勇優れた侍だろう。先頭に立って敵を打ち破って下さい」
 と、トウエヨをおだて上げました。
「いいとも、手並みのほどを見せてやる」
 みんなの企みを知ってか知らずか、トウエヨはただ一人、敵の真っただ中に突き進んでいきました。そして槍を振るって、あたるを幸いなぎ倒し、素晴らしい手柄を立てました。
 軍隊が敵を降参させてトルテックに帰ってくると、ウエマックは、
「よくやった。あっぱれな働きだ」
 と、トウエヨを誉めそやして、この国で最も高い位を与えました。
 馬鹿を見たのはトルテックの人々でした。
「おい、変なことになってしまったな。オレ達は奴をやっつけるどころか、かえって偉くさせちゃったじゃないか」
「本当にそうだ。こんなことになるんだったら、奴の代わりにオレ達が先頭に立てばよかった」
 と、ぶつぶつ言い合いました。
 トウエヨという英雄に成りすましたテズカトリポカは、
「オレも大した人気者になったものだわい。どれ、最後の目論見に取り掛かるとするか」
 と、悪魔のような笑いを漏らし、何と思ったか、トランの町中の人を招いて盛大な野外パーティを開きました。
 トランの人々はもちろん、近くの村々の人たちまで集まって、酒を飲み、肉を食い、そして、トウエヨの叩く太鼓の音につれて、踊ったり歌ったりしました。
 その内にトウエヨが、
「さあ、みんな、私の歌に調子を合わせて足拍子を取って下さい」
 と言って、奇妙な歌を歌い始めました。それにどんな企みが隠されているかも知らず、一杯機嫌のお客たちは、我も我もとトウエヨの歌に合わせて足踏み鳴らして踊り始めました。
 歌の調子はどんどん早くなりました。それにつれて人々の足拍子もいよいよ急になり、やがて、くるくる回り始めました。そして、不思議な歌声に取り憑かれて、踊りを止めることも出来なくなってしまいました。そうこうしている内に、疲れ果てて、よろめいた何人かが高い岩から足を踏み滑らして谷底に転げ落ちたかと思うと、それを追うように他の者も雪崩を打って転げ落ちて、一人残らず石になってしまいました。あとには、
「はっはっはっ、脆い奴どもめ」
 と叫ぶテズカトリポカの高い笑いが山にこだまするだけでした。



 さて、悠々と仲間の所へ引き上げて来たテズカトリポカは、得意になって自分の働きを報告すると、
「いよいよトルテックの奴らを叩き潰す最後の仕事だ。お前たちの力も借りるぞ。うまくいけば、奴らの黄金も宝もこっちのものだ。しっかり頼むぞ」
 と言って、何やら策を授けました。それから間もなく、再びトランの町に現れました。そして、人通りの多い町かどで、掌にちょこんと座ったチトラカファンの化けた豆粒みたいな赤ん坊を見せびらかして、
「さあ、さあ、皆さん。よくご覧なさい。これなる豆男がステキな芸当をお目にかけますぞ」
 と、ふし面白く呼び立てました。
 たちまち辺りは黒山の人だかりになりました。
 それを見ると、テズカトリポカは口笛を鳴らし始めました。
 すると、待っていましたとばかり、赤ん坊に化けたチトラカファンが掌の上に立ち上がって、飛んだり跳ねたり、滑稽なダンスを始めました。
 あまりの面白さに、みんな夢中になって、
「よく見えないぞ。ちょっとどいてくれ」
「うるさい。後から来ておいてなんだ」
「痛たたた。足を踏んだのは誰だ」
 と、押し合いへし合いのいがみ合いを続けている内に、とうとう怪我人まで出る大騒ぎになりました。
 見物人たちは自分のことは棚に上げて、
「これと言うのもお前たちのせいだ」
「この始末をどうつけてくれる」
 と、テズカトリポカと豆男のチトラカファンに激しく詰め寄りました。
 すると、さっきから見物人の中に交じって様子を窺っていたトラカフェパンが、かねての計画通り、
「構わないから殺してしまえ」
 と煽り立てたからたまりません。見物人は、
「それっ」
 とばかり、一斉にテズカトリポカとチトラカファンに飛びかかって、踏んだり蹴ったり、とうとう二人を殺してしまいました。
「ざまを見ろ」
「いい気味だ」
 見物人たちは、口々に罵りながら引き上げようとした瞬間、突然、二人の死体からむかむかするような悪い臭いが立ち上りました。
「ひ、酷い臭いだ」
「わあ、息が詰まりそうだ」
 みんな鼻をつまんで逃げだそうとしましたが、もう遅く、きりきり舞いして大地に倒れ、そのまま息が止まってしまいました。
 この有様を見て、驚いて駆け付けた人たちも、手の付けようも無くぽかんとしていると、トラカフェパンが言いました。
「ぼんやりしていないで、速く死体を片付けないと、あなた達も同じ目に遭わされますよ」
「どうしたらいいでしょう」
「谷底に投げ込んだらいいでしょう。他に方法はありません」
 そこで人々はトラカフェパンに言われた通り、二つの死体に綱を付けて引っ張りにかかりましたが、不思議やびくとも動きません。
 町から村から、数千の力自慢の人を駆り集め、やっとのことで山に引っ張り上げ、さて、二つの死体を谷底に投げ込もうとした時でした。
 突然、人々の足元の岩が崩れて、みんな谷底に落ちて死んでしまいました。
 すると、今まで大地に転がっていたテズカトリポカとチトラカファンがむっくり起き上がりました。そして、トラカフェパンに言いました。
「やれ、やれ、死んだ真似も楽じゃなかったぞ」
「ご苦労様。これで、どうやらトルテック国もオレ達のものだぞ」
 トラカフェパンは嬉しそうに言いました。



 一方、こちらはトルテックのケツァルコアトル王です。長い眠りから目を覚まして、
「さては、アズテックの何者かに眠り薬を飲まされたのだ」
 と気づきましたが、その時はもう遅く、人民のほとんどが三人の占い師の企みにかかって死に、国は寂れかえっていたのです。
「ああ、光栄ある我が帝国もこれが最後か」
 王は悲しげにつぶやきました。
 そして、トランの都を立ち退いてトラパランに移る決心をしました。
 トラパランは、昔ケツァルコアトル王がメキシコの国に新しい文明を広めようと思い立った懐かしい土地でした。
「しかし、ここを立ち退く以上、ここまで育て上げた美しい国を、このままの姿で敵に引き渡してなるものか」
 と、王は家来に命じて数々の宮殿を惜しげもなく焼き払わせ、金銀でこしらえた沢山の宝を隠させ、トウモロコシを引き抜き、果物の木を枯れさせ、山野で美しく歌う小鳥たちもトラン地方から追い払ってしまいました。
 こうして、この世の楽園とうたわれたトルテックは見る影もなくみすぼらしくなりました。
 これを聞いて驚いたのはアズテックの三人の占い師です。これでは、せっかくトルテックを分捕っても何にもなりません。
 そこで、ケツァルコアトル王の出発する日を調べて、行者に身を変えて、途中で待ち伏せしました。
 やがて、王の一行がやって来ると、まず、テズカトリポカが素知らぬ顔で、
「私達は神に仕える身ですが、どちらへ行かれるのですか」
 と訊きました。
「トラパランだ」
 王は答えました。
「太陽の神が私を呼んでいるのだ」
「それでは、お別れのしるしに、宝石の在処を教えて下さい。私達がきっとお守りしますから」
 チトラカファンが言うと、
「その必要はない」
 と、王ははねつけました。
「では、宝石に細工する術や、絵を描く術や、羽細工の方法だけでも……」
「駄目じゃ」
 王は強く首を振ると、
「こんな物のために、私は不幸を招いたのだ」
 と叫んで、身に着けていた宝物をことごとくコズカーパの泉に投げ込んでしまいました。
「では、トウモロコシや、果物をよく実らせる方法を……」
 最後にトラカフェパンがしつこく頼みました。
「知らんな」
「せめて、鳥を呼び返す方法でも……」
「それも知らんな」
 王は冷ややかに答えると、
「お前たちが本当に神に仕える身なら、わしなどに訊くより神に訊いた方が早かろうに」
 と言って、悠々と歩きだしました。三人の占い師は、もうどうする事も出来ず、ぼんやりとその後姿を見送りました。
 やがてタバスコの海岸まで辿り着いたケツァルコアトル王は、そこに待っていた蛇のいかだに乗って、遥か東、トラパランに向かって消えていきました。




~おしまい~

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