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 今回はまた、『ほら男爵の冒険』の続きといきます。

 では、さっそくスタート!


 我々が戦地に出かけた主な目的は、前にピョートル大帝に率いられて、プルート川のほとりに出征した時、少しばかりの損害を受けたロシア軍の名誉を立て直すためだった。
 ある時、我々は、トルコ軍をオツァコフという町へ追い込んだが、その時吾輩の例のリトアニア馬は、吾輩をもう少しの所で地獄へ連れ込みそうになった。
 吾輩は、見張り役を務めていた。すると、敵が近づいてくるのが見えたが、それがもうもうたる土煙に包まれて、その数も分からなければ、何を目指しているかも全く見当がつかない。最も吾輩の方も、土煙のおかげで敵に発見される心配はなかったが、これでは何のための見張り役か分からない。
 そこで吾輩は、部下の兵士を左右に分散させ、
「敵に負けずに、出来るだけ土煙を巻き起こせ」
 と命令するが早いか、敵情を確かめるために、まっしぐらに突進した。
 それが見事図に当たった。敵は思いもかけない吾輩の出現に、びっくり仰天。そこへ、
「わーっ」
 と、後から兵士たちが襲い掛かったので、たちまち蜘蛛の子を散らすように退却を始めた。
「それっ、一兵も逃がすな」
 吾輩の命令に、兵士たちはさらに突撃すると、敵は肝心な要塞までほったらかして逃げて行った。
 わが軍の完全な大勝利である。
 吾輩は、悠々と城内の広場に馬を止めると、兵士たちを集合させようと、
「集合ラッパを吹け」
 とラッパ手に命令したが、一向に返事がない。
 変だと思って振り返ると、おやおや、ラッパ手どころか、ただ一人の兵士もいないのだ。リトアニア馬の足が速すぎて、置いてきぼりにしてきたらしい。
(なあに、すぐ追いつくだろう)
 と思った吾輩は、はあはあ息を切らしているリトアニア馬を広場の井戸に乗りつけて、
「ご苦労だった。さあ、たっぷり飲んでくれ」
 と、優しく労った。
 馬は喜んで、やたらにがぶがぶと水を飲んだ。よっぽど喉が渇いていたと見えて、いくら飲んでもきりがないのである。
 その内に、後ろの方でザアザアと音がするので、振り返って見ると、
「ひゃーっ」
 何たることだ。
 吾輩の愛馬の後ろ半分、つまり、腰と尻の部分が、すっぽり切り落とされたように無くなっているではないか。そして、そこから飲んだ水が音を立てて流れ出しているのだった。
 気の毒に、これではいくら飲んだって体の足しになるわけがない。
(それにしても、どうしてこんな事になったのか)
 と考えているよ、そこへ、やっと馬丁が駆け付けた。そして物語ったところによると……。
 吾輩が逃げる敵を追って城内に押し入った時、急に城内の吊り戸が落ちて、馬の後ろ半分が切り落とされたのだそうだ。
 ところが、切り離された後ろ半分は、群がる敵を散々に蹴散らして、恐ろしい損害を与え、それから意気揚々と近くの草原へ歩いて行ったという事だった。
「それが分かっていながら、ほったらかしにしてくる奴があるか」
 吾輩が怒鳴ると、
「へへへ、馬の輪切りはどうも気味が悪くて、それに、どこへ手綱を付けていいのか分かりませんので」
 と、馬丁は頭をかいた。
 こんな男にかまっていられない。吾輩はさっそく、元来た道を戻ることにした。
 馬の前半分は、後ろ半分に会えたことがよほど嬉しいらしく、勇んで駆けだしたが、何しろ身体が半分しか無いので、乗っている吾輩は不安定で落ちそうになって困った。
 さて、草原に来て見ると、よかった、よかった、馬の後ろ半分は、もうたくさんの馬たちと仲良くなって元気にふざけ回っているではないか。
 吾輩は、直ちに獣医を呼び寄せた。
 獣医は、
「馬の胴体をつなぐ手術なんて初めてだ」
 と、初めの内はぶつくさ言っていたが、ちょうど持っていた月桂樹の若枝で、両半身を見る見るうちに継ぎ合わせてくれた。
 傷口は、上手くふさがった。そればかりではない。一頭で二頭分の活躍をする不思議な名馬だけあって、まもなく月桂樹の若枝は、馬の身体に根を張り、すくすく伸びて美しい葉を付けた。
 おかげで吾輩は、どんな暑い日でも涼しく戦場を駆け回ることが出来たし、また、不意に敵に襲われた時も、馬をしゃがませるだけで敵の目をくらませることが出来た。
 やっこさん達は、
「こんなところに月桂樹が生えているぞ」
 と通り過ぎていくからだ。
 ついでだが、この戦闘で、吾輩はすこぶる厄介な事に悩まされた。
 それと言うのは、吾輩はあんまり長い間、疲れも知らずに敵に打ちかかっていったものだから、しまいには敵が逃げてしまってからも、右腕を上下させる動作をやめることが出来なくなった。
 寝ても覚めても右腕を上にやったり下にやったりしたが、とうとう、これが元で大失敗をやらかした。
 部下の一人が手柄を立てたので、
「偉いぞ、褒めてつかわす」
 と言ったとたんに、右腕がひとりでに動いて、部下の頭をぽかんとやったのだ。
 これに懲りた吾輩は、戦場に出るとき以外は、右腕を身体に縛り付けてこの癖を治した。
 諸君は吾輩がリトアニア馬のような荒馬を乗りこなせるくらいだから、もっと変わった曲乗りでも出来ると思うだろう。
 その通りだ。
 曲乗りと言っても、馬だけとは限らない。それと言うのは、ちょっと作り話のように思われるかもしれんが、こんなことがあった。
 何という町だったが、もう分からなくなったが、我々はある町を取り囲んだ。将軍は、城内の敵の様子をしきりに知りたがった。
 しかし、たくさんの見張りのいる城壁をくぐって中に入る事は、非常に難しい。いや、不可能な事に思われた。仮にうまく忍び込んで偵察しても、帰りにはきっと、敵に捕まるだろう。そうすれば命はない。
 だから、誰もしり込みした。しかし、ぐずぐずしているうちに敵の援軍でも来たら一大事だ。
 そこで吾輩は、
「それがしが参りましょう」
 と、この難しい役目を買って出た。もちろん考えあっての事だ。
 さて、吾輩は敵に向かって大砲を一発ぶっ放すが早いか、さっと弾に飛び乗った。あっと言う間に吾輩は敵の城の真上に達した。そして、玉の上から小手をかざして中の様子を細かく観察し終わると、折から敵側が、吾輩の味方の陣地目がけて撃った大砲の弾にさっと乗り換えて帰って来た。
 吾輩が詳しく探ってきた情報は、大いに役立って、その日の内に敵城は陥落した。吾輩は将軍から頭の良さを褒められたが、吾輩はあまりいい顔はしなかった。
 考える事は誰にでもできる。それを即座に実行に移すところに、吾輩の英雄としての価値がある事を忘れては困る。
 話は馬の事に戻るが、ある時吾輩は、馬で泥沼を飛び越そうとした。ところが飛び上がってから、その沼がばかに広い事に気が付き、慌てて空中で回れ右をして引き返し、今度は一段と弾みをつけて飛んだ。
 ところがそれでも駄目で、吾輩は馬もろとも沼に落ちた。
 しまった、と思ったが、瞬間、吾輩は馬の腹を両ひざに挟み、自分の腕で自分の襟髪をぐっとつかんで、馬もろとも泥沼から引っ張り上げた。吾輩の怪力もさることながら、事に当たっての落ち着きがものを言ったのである。




~つづく~

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