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第六回 金襴の袈裟どろぼう



 次の日の夕方。山と山の間に、いくつも高い屋根が重なり合った、大変立派な寺が見えてきた。広い庭に金色の大きな池もある。
 二人は馬を急がせて、門に来て頼んだ。
「一夜の宿をお借りしたいのですが」
 と、三蔵法師は西方へお経を取りに行くわけを話した。
「さあ、どうぞ奥へ」
 と、寺の坊さんたちは、快く中へ案内した。
 二人は祀られてある観音様の黄金像にお参りをして、いくつも続いた広い部屋の前を通って、最後にこじんまりとしたお堂の中に通された。
 悟空はしーんと静まり返ったお堂に座っていても面白くないので、寺の庭を歩きだした。
「鐘でもついてやれ」
 鐘突き堂へ上ってガンガン突き鳴らした。
 坊さんたちは驚いた。やたらに鳴り響く鐘の音に、鐘突き堂へ揃って駆け集まった。
「この野蛮人め、いたずらをやめなさい」
「こんな面白い事がやめられるか」
 ガーン、ゴーン。ガーン、ゴーン。
 ガーン、ゴーン。ガーン、ゴーン。
 二百七十歳だという年取った和尚さんが、腰を曲げ、目をひん剥いて走って来た。
「さあさあ、あちらの部屋で、お茶が入りましたから」
 と、ようやく悟空をなだめすかしてお堂の中へ連れ戻した。そして、寺の宝物である立派なお茶道具を並べ立てて、お茶を入れながら三蔵法師に話しかけた。
「あなたは大唐国から来られたのですね。さぞ珍しいご立派なお品でもお持ちでしょうな?」
「いいえ、旅の事で、何一つお目にかけるようなものは持っておりません」
 三蔵法師が遠慮深く答えると、よせばよいのに、悟空が横から偉そうな口を出した。
「お師匠さま、ありますよ。包みの中の袈裟を見せて、驚かしてやんなさい」
 和尚さんや、並んでいる坊さんたちは、悟空の言葉を聞くと、どっと笑い声をあげて言った。
「袈裟ならここにも腐るほどありますよ。ここは、この国一番のお寺ですからな」
 悟空は怒って包みを引き寄せた。
「ふざけるない。袈裟は袈裟でも、お前さんがたのチンピラ袈裟とは、袈裟が違うんだ。さあ、拝ましてやるからたまげるな」
 三蔵法師が慌てて叱った。
「これっ、悟空、富や宝というものは、人と張り合うものではない。皆様に失礼な言葉だが、“宝物は欲張りに見せるな”という諺さえある。目に見れば欲しくなる。手に入れようと企む。そこから、どのような災いが起こるかも知れない。包みを放しなさい」
「びくびくしなさんな。私に任せておきなさい」
 悟空は包みを開いた。開くと、早くも金色の陽炎のようなものが、ゆらゆらと包みの中から立ち上った。
 悟空は袈裟を広げて見せた。
 夕暮れ時の薄暗くなり始めた部屋の中へ、一どきに太陽と月を持ち運んだような金銀五色の輝きが、ぱっと部屋の中を明るく染めた。
 さすがはお釈迦さまから賜った宝物、金襴(きんらん)の袈裟である。
 和尚さんも坊さんたちも、あっと膝をにじり寄せて袈裟を囲んだ。あまりの見事さに、誰も声が出ない。見つめたまま溜息を吐いている。
 しばらくして、和尚さんが頼んだ。
「いつまでも拝ませて頂きたいほど立派な袈裟ですが、日暮れの薄暗さで、年をとったわたくしの目はもうよく見えません。灯りの下で拝みますから、今夜一晩貸して下さいませんか?」
 三蔵法師は、それ見た事かと悟空を恨んだが、悟空は得意である。
「ああいいとも。みんなでよく拝むがいい。お師匠様、心配しなさんな。私が、ちゃんと責任を持ちますよ」
 和尚さんはほくほくと顔をほころばせて、袈裟の包みを自分の部屋へささげて行った。
 さて、この寺が大きく立派になったのは信者が多くて栄えて来たのではない。和尚も坊主も、盗み、強盗は平気でするし、近くの山々の化け物たちと手を組んで、一年中悪だくみをしてきたからである。
 和尚は部屋に戻ると、坊主たちを呼び集めて、ひそひそと相談をした。
「この袈裟を奪い取るには、どうしたら良かろうか」
「和尚様、あの二人を焼き殺す事ですよ。お堂の外から鍵をかけて、周りに芝を積み上げて火をつけるんです。お堂一つを犠牲にして、この袈裟を寺の宝物にするんです。火事は、あいつらの火の不始末からという事にしておけば済むでしょう」
「うまい。お前の頭の良さは寺の宝だ」
 その夜、三蔵法師と悟空が眠った頃、寺中の坊主たちが総出で、ほおかぶりして、本堂の周りへ山のように芝を積み上げた。そして、四方から火をつけると、火はどっと勢い良く燃え始めた。
 三蔵法師は何も知らずに穏やかに眠っていたが、悟空は怪しい物音にはね起きた。
 押しても突いても、扉は開かない。
 悟空はミツバチに姿を変えて、欄間(らんま)の隙間から外へ飛び出した。
「ややっ、坊主どもが火をつけて走り回っている。私達を焼き殺して、袈裟を取ろうとする気だな」
 お師匠様からたしなめられた言葉が、今更に悔しく思い出された。
「まごまごしてはいられない」
 ものすごい勢いで天上へ飛び上がった。
 天上では驚いた。
「斉天大聖が、またも暴れ込んできた」
 と、逃げ回る神様たちで大騒ぎである。
 悟空もその騒ぎに驚いた。
「違う、違う。火よけの籠を借りに来たんだ」
 と、火よけの籠を大急ぎで借り受けて、寺へ戻って来た。
 お堂の屋根に上ると、屋根に籠をかぶせた。そして、下に眠っているお師匠様と馬を、火から防いだ。
「袈裟を焼かれちゃ大変だ」
 続いて和尚の居間の屋根にまたがって、袈裟の番をした。番をしながら、お堂に燃え移ろうとする火を、観音堂や正殿や塔の方へ、術を使ってぷうぷうと口で吹き返した。
 火は重なり合った屋根から屋根へ燃え移って、寺中が火の海になった。火の粉は天を焦がしてすさまじい。
「おやおや、寺が大火事だぞ」
 こう言って立ち上がったのは、近くの黒風山(こくふうざん)の洞穴に住んでいる、一匹の真っ黒い化け物である。
「和尚とは親友だ。火事見舞いに行こう」
 雲を飛ばして炎の中をくぐってみると、怪しい者が和尚の部屋の屋根にまたがっている。ぷうぷうと火を吹き返している。
「ははあ、あの部屋に何かあるぞ」
 覗くと、台の上に、炎を染め映して一段と美しく照り輝いた金襴の袈裟が置かれてある。
「しめた。持って逃げよう」
 親友の火事見舞いも放り出して、袈裟を抱えて黒風山へ逃げ帰った。


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 火事は夜明け頃、ようやく収まった。
 残されたものは、三蔵法師の寝ている部屋と、和尚の奥の一間だけである。あとは見渡す限りの焼け野原と変わって、何百人と言う坊さんたちが泣き騒ぎながら、寺の庭をうろうろしている。
 悟空は天上へ火よけの籠を返してから、まだ眠っている三蔵法師を起こした。
 法師は、お堂から出てきて肝をつぶした。
 昨夜まで御殿のように美しく広がっていた寺は、煙を上げて哀れにも燃え落ちているのである。
「悟空、これは夢か?」
「夢ではありません」
 悟空は昨夜からの大活躍ぶりを、詳しく話した。
「袈裟は無事だろうか?」
「和尚の部屋は火を防ぎましたから、大丈夫です。さあ、袈裟を取りに行きましょう」
 お堂から出て、焼け野原と変わった庭を歩いて行くと、坊さんたちは震えあがって驚いた。
「うわあ、焼け死んだ幽霊が出たあ」
「なんだと。オレ達を焼け死んだ幽霊だと。ふざけちゃいけない。振り向いてよく見ろ。お堂はあの通り焼け残っているんだ。さっさと袈裟を返さないと、お前たちも灰にしちゃうぞ。和尚はどこにいるんだ?」
「へい、焼け残りの自分の部屋へ引っ込んだまま、出てきません」
 和尚は、寺は丸焼けになるし、袈裟は無くなるし、気が変になっていた。そこへ、殺したはずの悟空達が、いま袈裟を取りに来ると、坊さんたちの知らせがあった。
 和尚は気味悪くなったり、情けなくなったりして、ついに気が狂った。何かうわごとを言いながら立ち上がると、走っていって、思い切り力いっぱい、壁に頭を打ち付けて死んでしまった。
 悟空は困った。責任を持つの、私に任せろの、とお師匠様に威張った手前、なんとしても袈裟を捜し出さなければ申し訳が立たない。
「お前たち、裸になれ」
 坊さんたちをずらりと並べて、真っ裸にして身体検査をしたが、袈裟は見つからない。和尚の部屋の床下を如意棒でかき回したが出てこない。弱り切って坊さんたちを小突き回した。
「誰かが盗んだに違いない。この辺に和尚の友達でもいるか?」
「へい、一人おります。向こうにかすんで見えるのが黒風山です。その洞穴にいる黒大王(こくだいおう)というのが親友です」
 悟空は勇み立った。
「よし、これほど捜して無ければ、盗んだのはそいつだ。取り返してくるから、お前たちはお師匠様をよくお守りして、馬の手入れもしておけ。もしも粗末に取り扱うと、この鉄の棒が暴れまわるぞ」
 悟空は如意棒を振り上げて、焼け残りのレンガ塀を横に打ち払った。塀は粉々に吹っ飛んで、花びらのようにちらちらと散り落ちてきた。坊さんたちは肝をつぶして、崩れるようにへたへたと座り込んでしまった。
 悟空は筋斗雲に乗って、一直線に黒風山へ走った。
 山の上から見下ろすと、黒風山、黒風洞と大きな字を彫りつけた石が建っている。その後ろに、真っ赤な門が開いた洞穴がある。洞穴の前の広場で、黒、白、黄色の三人の化け物が、草の上に座り込んで、大笑いしながら話し合っている。
 黒い化け物が、偉そうに自慢話をしている。これが和尚の親友、黒大王であるらしい。
「今日は吾輩の誕生日だ。夕方から諸君にご馳走をしたいから、ぜひ来て頂きたい。昨夜手に入れた素晴らしい金襴の衣をその時お見せするから、その見事さを褒めてもらいたいもんだ」
 悟空は金襴の衣と聞くと、雲の上から飛び降りて、三人の前に仁王立ちになった。
「こらっ、火事場泥棒め。袈裟を盗んでおいて誕生祝いとは不届きな奴だ」
 如意棒を振り下ろすと、黒大王は赤門の中へ逃げ込んで、黄色は雲に乗って走った。
 白は、逃げる暇もなく悟空の鉄棒に叩き伏せられると、酒樽ほど太い白い大蛇に変わって死んだ。
「開けろ、開けろ」
 悟空は如意棒で洞穴の門を叩いた。
 黒大王が、鎧兜に身を固めて、黒房の付いた黒槍を抱えて現れた。


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「さあ、来い。あの袈裟を取りに来たのか?」
「黙って返せばよし。出さないと命は無いぞ」
「偉そうなことを言うが、貴様は誰だ。オレは天下に名の轟き渡った黒風山の黒大王だ」
「こっちは天上を引っ掻き回した、名高い斉天大聖だ」
「なんだ、あの馬小屋の番人か」
「こ、こ、こいつめ」
 如意棒と黒槍とが火花を散らす戦いになった。突いたり、避けたり、打ったり、跳んだり、勝負は五分五分である。
 太陽は高く昇って、昼近くなった。
 黒大王は、如意棒をがっちり受け止めて、悟空に話しかけた。
「昼飯の時間だ。腹ごしらえをしてから、また戦おう」
 槍をさっと引いて、後ずさりしたかと見る間に、洞穴の中に飛び込んで、ぴったりと門を閉めてしまった。
 悟空も朝から何一つ食べ物を腹に入れていないので、ふらふらに疲れ切っていた。それに火事場へ残してきたお師匠様の身も心配であった。
「とにかく、いっぺん引き返そう」
 戻ってみると、お師匠様は食事中であった。
「悟空、袈裟を持ってきたか」
「すみません、もうちょっと待って下さい。黒大王が盗んだことは分かりましたが、あいつは強くて強くて……」
 悟空は昼飯をかっ込んで、また黒風山へ向かった。
 すると、山の途中で黒大王の手下らしい男が、真っ黒い文箱を抱えてこちらへ走って来るのが見えた。
 悟空は一打ちに倒して文箱を取り上げた。
 開いてみると、一通の手紙が入っていた。


  金地老上人どの
  本日は、わたくしの誕生日につき
  夕方より大宴会を催します。
  どうぞおいで下さい。
           黒くま生(くろくませい)


「ははあ、あいつは黒熊の化け物か。和尚も化け物の一人だから、二百七十歳も生きてきたんだな。和尚が壁に頭を打ち付けて死んだことを、まだ知らないと見える。これは有難い。和尚に化けて、袈裟を取り返して来よう」
 悟空は金地和尚に化けて、洞穴の門を叩いた。
「金地和尚だが、開けておくれ」
 門番が、のぞき窓から首を出した。頷いて門を開けた。
 悟空はすまし顔して、黒大王の前に進んで座り込んだ。
「ただいまは、ご使者を有難う」
「もう届きましたか。早すぎる」
「使いの話では、金襴の袈裟を手に入れたそうだが、拝ましてもらいたいね。こっちは寺が丸焼けで、大変な騒ぎだった」
 と話している所へ、手下の者が走ってきて、大王の耳へささやいた。
「手紙の使者が、殺されています。それから金地老上人は、今朝、死んだそうです」
「じゃあ、こいつは誰だ?」
 黒大王は、いきなり槍をひっつかんで、悟空へ突きかかって来た。
「しまった。見破られたか」
 悟空も元の姿にかえって、如意棒を引き抜いた。
 二人は門から飛び出して、またも突いたり、打ったりの激しい戦いになった。
 夕日が西の空へ沈みかかって、谷も洞穴も夕焼けで赤く染まった。けれども勝負がつかない。
 黒大王が、大きな一枚岩の上へ飛び上がって叫んだ。
「夕飯どきだ。続きは明日の朝だ」
 槍を構えたまま後ろ向きになって洞穴へ逃げ込んで、ぴたりと門を閉じてしまった。
 悟空は自分の腕前が情けなくなった。
 相手の化け物の強さを考えると、このままでは幾日戦っても勝負はつかないと思った。
 胸毛を引き抜いて、大勢の身代わりを出す事は易しいが、たかが相手は熊の化け物だ。一人と一人の戦いにそんな卑怯な真似は嫌だった。
 しょんぼり首を下げて、三蔵法師の前に戻って来た。
「お師匠様、もう一日待って下さい。相手は熊の化け物。とても強くて、強くて」
「心の小さな者に自慢顔して、大切な品を見せるからだ。責任を持つの、任しておけのと威張ったからには、なんとしても取り返して来なさい」
「へい」
 悟空はその夜、眠れなかった。いろいろ考えた末、ようやく一つの上手い計略を思いついた。さっそく、次の朝早く、黒風洞の門を叩いた。
「出てこい、勝負だ」
「おう、待ってたぞ」
 またまた谷川べりで打ち合う火花が、赤く青く水面に散った。どちらもへとへとに疲れ切った頃、悟空は谷川へ飛び込んで逃げた。
 黒大王は、天地にとどろく笑い声をあげた。
「うわっはっはっ、とうとう逃げ去ったわい。袈裟はもうこっちの物だ。やれやれ、喉がからからに乾いた」
 谷川へ手を突っ込んで水を飲もうとすると、山から吹きおろしてくる風に、ころころと、目の前の石の上に、小指の爪ほどもある一粒の丸薬が転がって来た。
 取り上げて見ると、仙人が飲んでいる仙丹という名高い薬である。
「これは良い物が落ちていた」
 口へ放り込んで、水と一緒にがぶりっと飲み込んでしまった。
 薬は大王の腹の中で、悟空の姿に変わった。
「どうだ、丸薬に化けたとは気が付くまい。もう、こっちのものだ」
 如意棒を振り回して腹の中で暴れまわった。
 さすがの大王も苦しみもがいた。
「うわあ、うわあ、痛いよう、苦しいよう」
 のたうち回った末、とうとう死んでしまった。
 悟空は鼻の穴から威張って抜け出した。そして洞穴に隠してあった袈裟を取り返して、三蔵法師の前に戻って来た。
「とうとう、やっつけました。袈裟をお返しいたします」
「ああ、良かった、良かった。ご苦労だった」
 二人は顔を見合わせてにっこりと笑った。そしてまた、西へ向かっての旅が続いた。
 野山の枯れ木に青々と新芽が吹き出して、峰を行く雲もふわりと浮かんで春になった。二人はわらびやぜんまいが伸びた広い野原を進んでいくと、原の中に、身を寄せ合うように家が並んでいる小さな町に着いた。
 一人の男が、わらじ、脚絆を付けた旅姿で、わめきながら向こうから来た。
「優れた仙人はいませんかあ。素晴らしい坊さんはいませんかあ」
 急ぎ足で、三蔵法師たちとすれ違おうとする男を、悟空が呼び止めた。
「何の用で、そんなに忙しそうに歩いたり、わめき散らしているのかね?」
「へえ、わたくしの主人は高大公(こうたいこう)と申しますが、今年二十歳になるお嬢様が御座います。三年前にお婿さんをもらったんですが、それがとんでもない化け物なんで御座います。旦那様が追い出そうとすると、化け物は怒って、お嬢さんをうしろの離れ座敷に閉じ込めたまま、家の者にも会わせないので御座います」
「どんな化け物?」
「へえ、口の長い、豚の化け物のような奴で御座います。旦那様が色々な優れた仙人や、坊さんに頼んで化け物を追い払うお祈りをしてもらうんですが、どれも役に立たず、連れて行く度に、さんざん、わたくしは小言をくうのです。全くわたくしもやり切れません。今日もこうして旅姿で、お偉い方を捜し回っている有様です」
「お前さんはいい所で私達に出会ったよ。私達が化け物を捕まえてやろう。主人の所へ連れて行きなさい」
「皆さんどなたもそうおっしゃいますが、どれも駄目です。ことにあなたのような、雷の子供みたいなものは、わたくし、信用いたしません」
「雷の子で悪かったね。だが、オレはそういう化け物と喧嘩するように生まれついているんだ。馬の上のお方は東土大唐の名高いお坊さんだ。化け物ぐらいとっ捕まえるのは何でもない。とにかく、連れていけ」
「そうですか。こっちは忙しいのですよ」
 男は困り切った顔をして、三蔵法師と悟空を高大公の屋敷へ連れて行った。
 主人は悟空の頭から足の先まで見下ろすと、男に怒鳴りつけた。
「化け物が一人いるので、悩み切っているんだ。もう一人連れてくるとは何事だ」
 悟空は腹が立つやら、おかしいやらで、苦笑いした。
「顔かたちで馬鹿にしては困ります。化け物を追い返せばいいんだろう。腕は確かなんだから、任しておきなさい。今そいつはいますか?」
「夜になると、どこからか帰ってくるのです」
 主人は、とにかく悟空達に任す事にして、二人に夕食を出して一晩泊める事に決心した。
 悟空は夕食を終えると、主人に案内させて、離れの部屋へ行ってみた。
 入り口に、頑丈な錠がかかっている。
「鍵を出しなさい」
「鍵があるくらいなら、あなたに頼みゃしません」
「なるほど」
 如意棒で錠を叩き壊して部屋へ入ると、中は真っ暗闇。主人が震え声で娘の名を呼ぶと、髪の毛をぼうぼうと乱した、やつれきった娘が現れた。お父さんの首っ玉にしがみついて大声で泣き始めた。
 悟空がなだめながら尋ねた。
「化け物はどこへ行ったか?」
「はい、分かりません。いつも夜明けに雲や霧に乗って出ていきますし、夜になると、どこからか戻ってきます」
「では、ご主人。娘さんをあなたの部屋へ連れてって、ゆっくり話でもしなさい。私はこの部屋で、化け物の帰りを待っている」
 悟空は独りになると、娘の姿に身を変えた。
 日は暮れて、すっかり夜になった。
 真夜中ごろ、にわかに部屋の中に小石や砂ぼこりが吹きまくってくると、稲妻のような光がぴかぴかと走って、大風と一緒に化け物が帰って来た。
 見れば、黒い顔、伸びた口、大きな耳。話に聞いた化け物よりもずっと醜い顔かたちである。
 悟空はいきなり、化け物の伸びた口をつかんで、あお向けに引き倒した。
 化け物は驚いて跳ね起きた。慌てて尋ねた。
「お前、何を怒っているんだ?」
 悟空は娘の声を出した。
「父が、たいへん偉い方を連れてきたのです。それがあなたに分からないから怒っているのです」
「誰だ、そいつは?」
「五百年前に天上を騒がせた斉天大聖というお方です」
「ええっ、あいつにだけは敵わない。お前には気の毒だが、オレはこの家から出るよ。あいつと喧嘩して、もしも負けたら、オレの名が落ちて恥をかくからな」
 化け物は雲を巻き起こして飛び逃げようとした。
 悟空は化け物の口をしっかりと握りしめた。
「この私を置いて、一人で逃げる気ですか。私の恨めしい顔をよく見て下さい」
 悟空はつるりっと顔をなでて、化け物の前へ突き出した。その顔は、娘の顔から悟空の顔に変わっていて、化け物を睨みつけている。
 化け物は「あっ」と驚いて尻餅をついたが、跳ね起きると雲に乗って逃げた。悟空も追った。
 二つの雲と雲とがぶつかり合い、弾け合って、その上で如意棒のうなりと化け物が振り下ろす鉄の熊手の風切る音が、夜空の中ほどで遠雷のようにゴロゴロととどろいた。


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「やい化け物。知らぬ者同士で戦ってもつまらん。名を名乗れ」
「オレは、元天の川の水軍司令長官だ。天から追い払われた時、地上へ投げ捨てられた魂が、豚の腹へ入ったのでこんな面構えになったが、今の名は猪八戒」
「こっちは、貴様が驚いた斉天大聖だ。東土の三蔵法師様という、偉いお坊さんをお守りして、西天へお経を取りに行く途中だ」
「ええっ、では、ちょっと待ってくれ。何故それを早く言わないのだ。私は観音様のお導きで、その坊様のお供をする事になっているんだ。熊手を引っ込めるからその鉄棒も引っ込めろ」
 戦いは終わって、雲と雲とが穏やかに寄り合った。
「やい、猪八戒とやら。お師匠様の所へ連れて行くから、その熊手を寄こせ」
 悟空は猪八戒の大きな耳を引っ張って、三蔵法師の所へ連れて行った。
「さあ、早くご挨拶をしろ」
 悟空は取り上げた熊手で、八戒の頭を二つ叩いた。
「はいはい、申し上げます、法師様。法師様がうちのおとっつぁんの家においでになる事を知っていたら、もっと早くご挨拶に上がるんでしたが、途中で少しこんがらかって、あいすみません」
 と、観音様から頂いたお言葉を、すっかり話した。
「観音様の仰せなら」
 と、三蔵法師はその場で八戒を弟子にして、お供の一人に加えた。そして悟空とも兄弟の約束をさせた。
 高大公も娘も、八戒が心を改めて、正しい道にかえった事を非常に喜んで、次の朝、三蔵法師たちに別れを惜しんで見送った。




~つづく~

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