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 今晩は、アカサカです。


 今日から『文庫本コーナー』の企画として、誰もが知ってる『西遊記』の中から、マイナーな(と思われる)エピソードを、順不同でいくつか公開していきたいと思います。

 取り敢えず前回の『トールの神話』とは違って、毎日連続更新ではなく、間に今まで通りの短編昔話も挟んだりして……。


 では、さっそくスタート!


第一六回 黒い薬と金の鈴


 化けもの寺を離れて、早くも一か月が過ぎた。
 焼けつくような真夏の炎天にさらされて、四人は毎日あえぎながら進んだ。
 ある日、一つの大きな都に着いた。
 城の塔の屋根には、朱紫国(しゅしこく)と書かれた三角旗が幾本も青空にはためいていて、人や車の列がにぎやかに行ったり来たりしている。
 道行く人は服も冠も美しく、言葉遣いもおっとりとして優しく、大唐の都の長安にも劣らないほどの立派な町である。
 三蔵法師たち一同が大通りを歩いて行くと、静かな町は、間もなく大騒ぎになった。
「一人の坊さんと、三人の化け物が通る」
 と、大人も子供も、四人の前へ走ったり、後ろへ回ったりして、どこまでもぞろぞろとついてくる。三蔵たちが珍しくてしょうがないようである。
 三蔵法師は、馬の上から三人に注意した。
「何を言われても喧嘩するではないぞ。下を向いて、なるべく顔を見せずに歩きなさい」
「はい、はい」
 と、八戒は長い口を懐に押し隠し、悟浄は襟に首が埋まるほどうつ向いて歩いた。
 けれども、いたずらっ子の石が飛んでくる。瓦が投げつけられる。野次馬の群れは大通りいっぱいに広がって、わいわいとはやし立てながらついてくる。悟空は八方に気を配りながら三蔵法師を守って進んだ。
 横町へ曲がると、白い塀囲いをした中に立派な家が建っていて、門の上に“会同館(かいどうかん)”と書かれている。
 三蔵法師は馬を止めた。
「ここへ入って、しばらく休もう」
「会同館とはなんですか?」
 と、悟空は不思議そうな顔つきで、三蔵法師を馬から助け降ろしながら訪ねた。
「ここは外国から来た旅人や、よその国の使者などを止めるお役所です。私達もお邪魔してよいだろう」
「やれやれ、これでうるさい奴らを追っ払うことが出来た」
 と、八戒が懐に押し込めた長い鼻をにゅっと引きずり出した。
 群がっていたやじ馬たちは、あっと腰を抜かすほど驚いて逃げ散った。
 中へ入ると、受付に二人の役人がいて、三蔵法師に尋ねた。
「どこから来て、どこへ行かれますか?」
「はい、わたくしたち四人の者は……」
 と、三蔵法師はわけを話して、通行手形に印を頂くために、国王様にもお目にかかりたいと申し出た。
 役人は丁寧に四人を案内して客間に通した。そして、米や麦粉や、色々な野菜を運んできて、西側の部屋を指さした。
「あちらに鍋も釜も揃えてありますし、薪も積んで御座いますから、ご自由にお使い下さい。それから、手形に印を頂きたいなら急いで宮中へおいで下さい。国王様はご病身でいつも寝室におられますが、今日はお身体の具合が少し宜しいとの事で起きておいでになられます」
「では、さっそく、わたくしだけが宮中に上がりましょう。手形の印を頂ければ、すぐにでもここを出発いたしますから……。悟空達、その間に食事の支度をしておきなさい」
 三蔵法師は服装を整えて役人と一緒に宮中へ向かった。
 悟空達はさっそく食事の支度にとりかかったが、味噌と醤油が無い事に気が付いた。
 そこで八戒に買いに行かせようと思ったが、ものぐさの八戒が素直に行ってくれないと考え、色々と作戦を立てながら頼んだ。
「八戒、町へ出て買ってこい」
「オレは嫌だよ。さっき、オレが鼻を引き出したら、五、六十人の奴らが驚いてひっくり返ったほどだ。町へ出たら、どんな騒ぎが巻き起こるかも知れない。オレは行かないよ」
「そうか。残念だな。お前は下ばかり向いて歩いてきたので気がつかなかったろうが、ここへ来る道の両側には、美味しそうな食い物屋ばかり並んでいた。うどん屋、饅頭屋、餅屋、油揚げ屋など、数えきれないほどの店が、いい匂いをぷんぷんとさせていた。では、オレ一人で食ってこよう。せっかく奢ってやろうと思ったのに、残念だが仕方がない。では、ちょっと行ってくるが、悪く思うなよ」
「待て、待て、兄貴。口を隠して行けばいいんだろう。一緒に行くよ、行くよ」
 悟空はにこっとした。
 大飯食いの八戒は、早くものどをグウグウと鳴らして悟空についてきた。
 人通りの激しい四つ角まで来ると、広場に大勢の人が輪になって群がっている。
「なんだろう、ちょっと覗いて見よう」
「兄貴、よせよ。オレ達を捕まえる相談でもしているんだろう」
「悪さをしない者を捕まえるはずがあるもんか。じゃあ、お前はここで待っていろ。味噌と醤油と、揚げ餅とうどんを買ってきてやるからな」
 悟空は八戒を街角の塀際に残して、人だかりの中を覗きに行った。そこには一本の立て札が立てられて、役所からの知らせの紙が貼り付けてあった。


『国王様のご病気は長引くばかりで、なかなか治らない。今は国中の名高い医者も、優れた薬も、何の役にも立たない。国王様のご病気を治す薬を持っている者には、国を半分つかわす。国民でも、他国民でもよろしい。良薬があれば、すぐに宮中へ申し出なさい』


「ほほう、これは面白そうだ。あの張り紙をもらっていこう」
 悟空は一掴みの土を拾い上げると、呪文を唱えて人だかりの中へ投げ込んだ。
「うわあ、いきなり、つむじ風だ」
「目の中へゴミが入った」
 人々は目を押さえてうずくまった。その隙に悟空は張り紙を引っ剥がして、八戒の所に戻ってきた。
 八戒は、先ほどからの人波に気疲れしたらしく、長い口を塀の腰に引っ掛けてうつらうつらと居眠りをしていた。
「こいつは、よく食って、よく眠る男だ。本当にのんきものだなあ」
 悟空は呟きながら、はがしてきた紙を八戒の懐にねじ込んだ。そして、味噌と醤油を買うと、さっさと一人で会同館へ帰ってしまった。
 間もなく、立札の見張り役人たちが、八戒の懐からはみ出ている張り紙を見つけた。
「やっ、こいつだ。立札の張り紙をはがした奴は。お前は、国王様の病気を治せる素晴らしい薬でも持っているのか?」
「へえ、それは何のことですか」
 八戒は、不思議な顔で役人に訊いた。
 役人は、八戒の懐を指さしながら言った。
「懐からはみ出している物は何かね?」
 八戒は、慌てて紙を引き出して読んだ。
「うむ、兄貴め。オレをからかったな。よろしい、こっちにも考えがある。――お役人様。申し上げます。わたくしの兄貴が、この薬を持っております。どうぞ、一緒に来て下さい」
 八戒は、役人たちを会同館に連れてきた。
 部屋では悟空と悟浄が笑いながら、楽しそうに食事をしていた。
「兄貴、いたずらというものは、その災難が必ず自分に戻ってくるものだぞ。さあ、立札の見張りのお役人を連れてきたから、王様の病気を治す薬をあげてくれ。オレは知らないぞ。今度は、お前が役人から苦しめられる番だ」
「そうか。お役人が来たか。では、玄関へ出て、オレが薬を持っていることを知らせてやろう」
「おい、おい、兄貴、本当か?」
「まあ、黙って見ていろ」
 悟空は玄関へ出ると、四、五人の役人と、位の高い軍人たちが立っている。
 悟空は胸を張って威張った。


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「おほん、あなた方は、立札の見張りのお役人か」
「はい、左様で御座います」
「我々は、東土大唐から天竺に行くためにここまで来た者だが、病に悩んでいる王様が哀れである。病気を治すから、王様をここへ連れてきなさい」
 役人たちは驚いた。国王を連れてこいと言うからには、自信のある、たいへん名高い医者に違いないと思った。揃って頭を下げた。
「はい、国王様は、三年前からご病気で、身体はすっかり衰えて弱り、力も無く、ここまで参ることが出来ません。どうぞ宮中へおいで願えませんか」
「そうか。では、行ってやろう。道筋を掃き清めて、案内せい」
「は、はっ」
 しばらくの後に、悟空は宮中へ上がった。
 国王は話をお聞きになって、たいそう喜ばれた。けれども悟空を見ると、その怪しい顔かたちに、きゃっと声をあげて病室へ逃げ込んでしまった。
「あれは何だ。人間とサルのあいのこのような姿をして、雷の子供に似た顔をしている。あのような化け物に身体を見てもらうのはごめんだ。まことに恐ろしい事だ」
 目を押さえて寝台にうずくまったまま、身震いをして息を弾ませている。ちょうど居合わせた三蔵法師が、悟空をしかりつけた。
「お前は医者の心得も無く、医学の本も読まないくせに、国王様の大病を治すとは、とんでもない話だ。またも、私を苦しめようとするのか?」
「お師匠様はご存じないのです。わたくしは山奥に生まれ、山に育ったので、たくさんの薬草を知っております。また色々な術も心得ております。王様がわたくしの顔を見るのが嫌なら、糸脈を使って脈を見ましょう」
「糸脈を使うとは、どのような事か?」
「金の糸で手首を軽く結びまして、その糸をつぎの部屋から握って、王様の脈を診るのです。お師匠様の名をあげるために、どうぞ、それをやらせて下さい」
 三蔵法師は、糸脈の事を国王に知らせた。
 国王は、ため息をついて頷いた。
「あの変わった顔を見ずに済む事なら、それでやってもらおう」
「では、脈をおはかりいたしましょう」
 悟空は三本の胸毛を三筋の金の糸に変えた。それを扉の間から病室へ通して、国王の右の手首に結んでもらった。そして脈をはかった。
「うーむ、この脈は『双鳥失群(そうちょうしつぐん)』である」
 そばで控えていた役人が尋ねた。
「『双鳥失群』とは、どのようなご病気ですか?」
「仲良しの二羽の鳥が別れ別れになってしまって、互いに相手の身を心配しあっている事だ。国王様のご病気は神経衰弱である」
 病室で、じっとこれを聞いていた国王は、寝台から跳ね起きた。悟空の前へ走り出てきて、膝をそろえて丁寧にお辞儀をした。
「おみそれいたして、まことに申し訳ない。貴方は天下一の名高い医者であろう。どうぞ薬を頼みます」
「よろしい。この町中の薬屋から、薬と名のつくものを三斤ずつ、わたくしの宿へ運ばせなさい。丸薬を作って差し上げよう」
 悟空は偉そうに大手を振って、宮中から帰っていった。会同館の部屋では、八戒と悟浄が心配顔して、壁にもたれている所へ悟空が帰ってきた。
「おう、兄貴。どうした?」
「いま役人たちが、都じゅうの薬屋から薬を集めて持ち込んでくる。お前たちはそれをここへ運び込んでくれ」
 間もなく、薬を積んだ馬力が列を作って会同館へ到着した。八戒たちはぶったまげた。
「すごい薬の山だな。これを飲ませるには何百年もかかってしまうよ。それとも、ここで薬屋でも開店するのか?」
 薬の他に、薬草を振るう金網や、臼や、薬を混ぜたり細かくする乳鉢や、乳棒までも送り込まれてきた。
 部屋は薬の山で足の踏み場もない。
「兄貴、寝るところも無いぞ。どうするんだ?」


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「では、始めようか。まずタデ科の多年草である大黄(だいおう)の根っこを、少し取ってくれ。八戒、お前のつま先に転がっている奴だ」
「これか?」
「それを細かくしてくれ。大黄は、痰を取り除いて、腹の中にたまっている悪い物や熱を取り去るんだ。次に巴豆(はとう)を少し取ってくれ。殻と薄皮をむいて、油気を取り除いてから細かく砕くのだ。これは腹の中を清潔にして、腫れやむくみによく効くんだ。その他の薬はもういらない」
「ええっ、山ほど残っているこの薬はどうするんだ。あんまり大騒ぎをさせるな」
「八戒、黙って大先生の言う通りにしろ。この盃に、半分ほどなべ底の真っ黒な墨を入れてこい」
「へえっ、薬になべ底の墨を入れるのか?」
「『百草霜(ひゃくそうそう)』と言って、墨はどんな病気にでも効くんだ。取って来たら、オレ達の馬の小便を、盃に半分ほど取って来い」
「小便? 馬の?」
「当たり前だ。オレ達の馬は、もとは西海の龍なんだ。龍の小便はたいへんな宝物だ」
 ようやく、色々なものが揃って、丸薬が三つ出来上がった。
「でっかい丸薬だなあ」
「色が真っ黒だぜ」
「二人ともうるさいぞ。カラスのように色が黒いから、薬の名を『烏金丹(うきんたん)』と付けよう」
 烏金丹を王様に差し上げると、長い間の病気が、わずかな間にけろりと治ってしまった。
 王様の喜びも、国民の感激も大変なものである。すぐに宮中で床上げの祝いの大宴会が開かれた。八戒も悟浄も頭から足のつま先まで、せっせと旅のほこりを叩き落して招かれていった。
 王様は元気よく、三蔵法師達にご馳走をすすめながら話し始めた。
「双鳥失群とは、よく病名を判断なさいました。実は今から三年前、ちょうど五月のお節句の日の事でした。私は妃たちと庭の池に船を浮かべて、その中で酒やちまきなどを楽しんでおりました。すると、ふいに嵐のような大風が吹き起こって、空中に一人の魔物が現れました。『オレは麒麟山獬豸洞(きりんざん・がいちどう)に住む賽太歳(さいたいさい)だ。妃をもらっていくぞ』と一声叫んで、妻を奪い去っていきました。私はその時の驚きのために、食べたちまきが腹に止まって身体を壊し、妃はどうしているやら、心配などし続けて、このような病気になってしまいました」
 悟空は話を聞いている内に、胸がわくわくして心が勇み立ってきた。
「王様、その賽太歳という野郎はどこにおりますか?」
「南へ三千里ほど行った山の奥と聞いていますが、三つの魔法の鈴を持っているので、軍隊も近づくことが出来ません」
「魔法の鈴とは、どんな鈴ですか?」
「火を吹く鈴、煙を吐く鈴、砂をまき散らす鈴で、どの一つを身に受けても命は無いと言われています」
「面白い、行ってきましょう。必ずお妃さまをここへお連れ申してきます。だが、わたくしの姿に、お妃さまは驚くでしょう。王様の味方であるという証拠に、お妃さまの形見の品を、何か一つ貸して下さい」
「ご心配はいりません」
 王様は、お妃さまが残していった黄金の腕輪を小箱の中から取り出して、悟空に渡した。
 悟空は雲に乗って、南へ三千里ほど飛んでいくと、獬豸洞の門が見えてきた。辺りの山々を見下ろして、岩山の上に城がそびえ立っている。その隣にひときわ美しい紅色の門が見えている。
「あれが、お妃さまの御殿だろう」
 悟空はハエに身を変えて、御殿の中へ入り込んだ。すると、鹿や狐の化け物たちが、美しい女に成りすまして、お妃さまの両側に並んでいる。お妃さまはその真ん中で青白い顔をして、額に手を当てたまま涙ぐんでいる。ハエになった悟空は、お妃さまの肩に止まってささやいた。
「朱紫国の王様からのお便りを持ってまいりました。お人払いを願います」
 お妃さまは、どこからともなく聞こえてくる声を不思議に思って、とにかくおつきの者たちに、つぎの部屋へ下がるように言い渡した。
 悟空はハエから身を変えて、お妃さまの前に飛び降りた。途端にお妃さまが、がばりっと椅子から立ち上がってしかりつけた。
「無礼者め、下がりなさい」
「ご安心ください。朱紫国から参った使者で御座います。わたくしは東土から天竺へ経を頂きに参る三蔵法師の一番弟子、孫悟空と申します。本日、朱紫国を通りかかりまして、国王様からお妃さまがこの獬豸洞にさらわれておることをお聞きして、お救いに参りました。これが、国王様からお預かりしたお品でございます。どうぞ、お疑いなさらぬように」
 悟空はお妃さまの腕輪を見せた。
「おう、それは、わたくしが朱紫国へ残しておいた腕輪。もしも貴方様がわたくしを国へお返しくだされば、ご恩は一生忘れません」
「魔法の鈴はどこにありますか?」
「いつも賽太歳が腰につけております。それが誠に恐ろしい三つの鈴で、一つ鈴を振った途端に、三百丈の火を吹き上げて、人を焼き殺します。二つ目の鈴は三百丈の煙を吐き出して、人をいぶし殺します。三つ目の鈴は、これも三百丈の砂を飛ばして人の目つぶしを致します。最も恐ろしいのはこの鈴で、砂を一息吸っただけでも、たちまち息が絶えてしまうほどで御座います」
「その三つの鈴を、お妃さまが預かるように仕向けて頂けませんか。例えばその涙をお拭きになって、朗らかな顔を賽太歳に見せて、鈴を渡すようなうまい事をおっしゃってくれませんか」
「そのように致してみましょう」
「私は仙人の術を知っているので、ハエになって隠れております」
 お妃はおつきの女を呼んで、賽太歳に会いたいと伝えた。
 賽太歳は体の大きさ一丈八尺もある大化け物である。腕の太さは大木の幹ほどもあって、頭からは金色の光を放ち、声は雷の轟きに似てものすごい。
 その太歳が、ニコニコ顔をして、お妃さまの部屋に入って来た。
「おう、だいぶ顔色がいいな。何か用か?」
「はい、わたくしは風の便りで聞きました。朱紫国の王は、新しい妃をもらわれたとの事です。わたくしは諦めました。今日から、あなた様の妻になります」
「ややっ、それは有難い。だが、そのような茨のトゲに囲まれた服を着ていては、近寄ることが出来ない」
「はい。この服は、わたくしがここへ参ります時に、わたくしの守り神が身に吸い付けてしまったもので御座います。脱げるようにお祈りいたしますから、二、三日の間お待ちください。あなたは妻を信じて、大切なものをお預けになるお気持ちが御座いますか?」
「あるとも、なんでもお前に預けよう」
「では、三つの鈴をお預けください。そのようなものを持っておられては、恐ろしくて近寄ることが出来ません」
「おう、もっともじゃ。だが、いつも置き場所を決めて、大事に扱ってもらいたい」
 太歳は着物を三枚まくり上げると、腰に付けた三つの鈴を解き外した。綿で鈴の口をしっかり塞ぐと、豹の皮の風呂敷に包んで差し出した。
「粗末にしてくれるなよ」
「はい、お預かりいたします。鈴はいつも、この化粧台の上に乗せておきます」
 間もなく、酒や料理が運ばれて、太歳はお妃さまのお酌で嬉しそうに飲み始めた。
 ハエに変わった悟空は、こっそりと元の姿に変わって鈴を盗み出した。その後へ、胸毛を三本引き抜いて、同じ型の鈴を三つ置き残した。
「どんな鈴か試してみよう」
 悟空は鈴を抱えて庭へ走ると、東屋の椅子に腰かけた。鈴は革ひもで三つ一緒に結ばれていて、真ん中の一つは大きな茶碗ほどもある。他の二つはその両側に下がっていて、湯飲み茶碗より少し小さい。
「大した事はあるまい、いっぺんに栓を引き抜いてみよう」
 悟空は鈴に詰められていた三つの綿をいちどきに引き抜いた。鈴はチリリンと音を立てた。同時にズドドドドドン、ヒュウー、ゴゴゴーと、音と一緒に火と煙と黄色い砂を噴き出した。見る見るうちに、東屋は一面の火の海となった。
「うわあ、これはすさまじい」
 悟空は飛び離れて、大木の陰に逃れた。
「火事だ、火事だ」
 と、城内は大騒ぎになって、太歳はふらふらに酔った足取りで駆けつけてきた。そして悟空を見つけた。
「やっ、貴様は何者だ?」
「朱紫国から、お妃さまを取り返しに来た斉天大聖だ」
「なんだ、天の馬番人か。それっ、四方の門を閉めて、コイツを逃がすな。誰か、妃の居間から鈴を持ってこい」
 手下の一人が走って鈴を抱えてきた。
 太歳はそれを取り上げると、落ち着き払って悟空の前に鈴を突き出した。
「この鈴を振って見せるから、そこ動くな」
「わっはっは。そんな鈴なら、こっちも持ってる」
「ややっ、よく似た鈴だな。だが、鈴は鈴でもそのようなありふれた鈴とは天地の差がある。それっ、驚くな」
 太歳は頭上に高く鈴を振りかざすと、リンと鳴らした。だが、火も、煙も、砂も出ない。
 太歳はうろたえた。リリリンリンと、やたらに鈴を振り回したが、鈴はけたたましく鳴り響くばかりで、目の前には悟空が、にやり、にやりと笑いながら突っ立っている。
「お前の鈴は鳴るだけか。では、今度はオレが振る番だ」
 悟空が気合もろとも、鈴を一振りした。
 いきなり真っ赤な炎、黒い煙、黄色い砂が火山の爆発のように大音響をあげて、太歳を吹き飛ばした。
 太歳は黒焦げになって立木の根元にぶつかると、その死体は年をとった一匹の狼に変わった。


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 悟空は城からお妃さまを連れ出した。
「この風上にいて下さい」
 風下に向けて鈴を振り続けながら走ると、城はゴウゴウと焼け落ちて、手下どもも一人残らず焼け死んで、狐や鹿に変わった。
「お妃さま、もう、ご安心ください。さあわたくしがご案内して、雲に乗って帰りましょう」
 悟空はお妃さまの手を取った。同時に悲鳴を上げて飛びのいた。
「あいた、たた、たた」
「あっ、お許し下さい。わたくしの身体には、守り神のお守りで、毒のあるとげの上着が張り付いているので御座います。賽太歳もどなたも近寄ることが出来ません」
 悟空は庭の隅から、柔らかい草を抜き取って重ねると、一匹の龍を作った。
「それでは、これにまたがって、目を閉じて下さい」
 お妃さまは素直に目を閉じて、その言葉に従った。
 悟空は呪文を唱えた。
 草の龍は、たちまち一匹の龍に変わって、焼け野原となった麒麟山獬豸洞を飛び上がった。ヒュウヒュウと風を切り、雲を分けて、お妃さまと悟空を乗せて、朱紫国へまっすぐに飛び進んだ。
 お妃さまのとげの上着は、激しい風に千切れるほどはためいている内に、やがて雪のように細かく飛び散って、大空へ消えていった。
 その上着の下から、お妃さまの神々しい衣装が現れて、天女が舞うように裾をなびかせながら、龍と一緒に空高く山の影へ消えていった。
 まもなく、朱紫国の山から山へお祝いの花火が轟き、三角の国旗が翻り、町にも里にも、ばんざい、ばんざいの声が、明るく沸き上がった事は言うまでもない。




~つづく~

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