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 今日は『文庫本コーナー』です。


 本文の方は、トールの神話の続きで行きます。

 では、スタート!


 雲の間から月が出ていた。
 ロキは、草の上にペタっと座った。
 草は夜露でしっとりと濡れていた。
「ロキ、向こうに家があるぞ!」
「あっ、本当だ! 本当だよ」
 洞穴から飛び出してきたチアルフが、嬉しそうに叫んだ。
「えっ、本当か!」
 ぴょんと立ち上がったロキは、初めて辺りを見た。五百メートルほど先に大きな森が見えた。その手前の野原の真ん中に、一件の家がぽつんと立っていた。
「しめた、夜露に濡れないですんだぞ。ああ、眠い、眠い」
 ロキはぶつぶつ言いながら家まで走った。
 家の中には何もなく、誰もいなかった。
「こりゃ、空き家だ」
「空き家でもなんでもいい、オレはくたくただ」
 と言うや、ロキはその場にばったりと倒れてしまった。
「だらしのない奴だ。ロスカに笑われるぞ」
 そう言って、トールは抱いている女の子の顔に目を向けた。ロスカは可愛い顔をして寝ていた。
「なんだロスカも……」
 トールの神は、月の光に照らされているロスカの顔に目をとめた。美しい顔だ。
(よしっ、この子を、幸せにしてやるぞ!)
 トールはロスカを静かに、静かに寝かした。チアルフは、もうロキの横でいびきをかいていた。
「さてと、それでは、この幸せな三人の番をしながら、わしも寝るとするか」
 家の入口の黒い壁の前に、どかっと腰を下ろすと、トールは不思議な刀を抱えて目をつぶった。
 それから、どのくらい経った頃か――。ふいに、ぐらぐらっと地震が来た。
 ひやーっ、と飛び上がったロキは、真っ先に外へ飛び出していた。
「早く早く、森へ逃げるんだ。家の中にいては危ないぞ!」
 ロキは一人で大騒ぎをしている。
 ロスカとチアルフを抱えたトールが、ゆっくりと家の中から出てきた。
「ロキ、静かにしろ。よく寝ているんだ」
 四人は大きく枝を伸ばしている木の下で一夜を過ごした。
 夜明けに、またゴロゴロッと空が鳴った。
「雷にしてはおかしいぞ?」
 雷の神と呼ばれているトールの神だ。
 不思議な刀をさっと抜くと、不気味な音のする方へ近づいて行った。
 グオ――
 グオ――
 という、物凄い音があたりの大木を激しく揺さぶっている。
「あっ、巨人だ」
 森の中の広場に、全身毛だらけの大男が長々と寝そべっていた。
「そうか、夕べ、地震と思ったのは、この男のいびきだったのか」
 トールは目的の巨人の国があまりにも近くにあったのでびっくりした。
 大男の目が開いた。
「うるさい奴だ! お前は誰だ、どこから来たんだ!」


Tors-myth-6.JPG


 と言いながらも、大男は目の前に立っているトールを見ようともしないで、辺りをきょろきょろと見まわしていた。
「おやっ、手袋が無いぞ? あっ、あった、あった!」
 太い大きな腕が、びゅっと風を切ったと見る間に、森の外にぽつんと立っている一軒の家をつかんだ。
「えっ、あ、あれが手袋か!」
 トールはどきっとした。家だと思い込んでいたものが、巨人の手袋だったのだ。
「あった、あった、こいつが無いと困るからな」
 と言った大男は、ぎょろっとトールを見た。
「おう、お前はトールの神だな! いやいや、名前を聞かなくても知っている。そんな変な顔はそういないからな。うはははは」
 森の木がぶるぶると震えた。
「お前は誰だ!」
「わしか。わしは巨人の国の王様ウトガルデロックの家来だ。お前こそ、何の用があって巨人の国に来たのだ」
「ウトガルデロック王に用があって来たんだ!」
「ほう、そうだったのか……よし、それでは、わしがお城の近くまで案内してやろう」
 そう言って立ち上がろうとした大男は、木の下でガタガタ震えているロキと、女の子と、男の子を見つけた。
「トール、あれは、お前の家来か」
 後ろを振り返ったトールは、
「そうだ、仲間だ!」
 と叫んだ。
 立ち上がった巨人の顔は、森の上に飛び出していた。歩くたびにグラグラっと、地面が激しく揺れる。足をドシン! と降ろすたびに、ロキたちの身体がピョンピョンと跳ねている。
 森から野原へ出た。大きな大きなお城が、美しい野原の真ん中にそびえていた。
「トール、あれが王様の城だ。いいか、悪い事は言わぬ。あまり大きなことは言わぬほうがいいぞ! では、わしはここで失礼する。そうだ、腹が減っただろう。この袋に食べ物が入っている。では、ごめん!」
 腰に下げていた袋をポンと下に置くと、大男はズシンズシンと遠ざかっていった。トールの神は、目を輝かして、その後姿を見つめていた。
 袋の中には、干し肉や果物が入っていた。
 食事を済ますと、四人はお城に向かって歩き出した。
 美しい野原に、甘い香りが漂ってきた。花の匂いだ。
「ロスカ、あれを見てごらん。あの林が、草の茎なんだよ」
 トールに言われて、三人は上を見た。緑色の太い木の上に、紫色の花が付いている。大きな大きな花びらが風に揺れている。
「ひや……すごい花だ!」
「あっ、あれはトンボだ!」
 チアルフが突然叫んだ。
 羽の長さが二メートルもある、大きな大きなトンボだ。
 トールは刀を抜いて、みんなに危険を知らせた。黒い影は、すうっと頭の上を通り過ぎて行った。
「何もかも、見上げるほど大きいんですね」
 と、チアルフが言った。
「当たり前だ。だから巨人の国と言われるんだ」
 ロキはふと小人の世界を思い出した。様々なものを作った大神の方が、じぶんよりもっともっと悪戯好きだと思った。
 お城が近づいてきた。上の方が雲に隠れている。
「うむ、これは凄い!」
 巨大な門を見つめたトールは、思わずうなってしまった。
「これは都合の良い事だ。下から楽に通れるぞ」
 ロキの神は、さっさとくぐっていった。まるで、珍しい国に遊びに来たようなはしゃぎようだ。
「あっ、トール、あれを見ろ」
 巨大な宮殿の前の広場に、大勢の巨人が背中を問の方に向けてずらりと立っていた。
 その向こうから、威張った声が聞こえる。
「よいか、小さな人間が四人やって来るが、決して手を出してはいけないぞ」
 トールはびっくりした。なんでも見ることが出来る、魔法の玉があるのに違いない。
「よし、こうなったら、堂々と王様の前へ行こう」
 四人は巨人の間を通って、前へ、前へ進んだ。悪戯好きのロキだけは、ときどき、足を開いて立っている巨人の下を通って、きゃっきゃっと声を上げて喜んでいる。
「おう、やって来たな……」
 そらがバリバリっと裂けたかと思った。物凄い声だ。
「巨人国の王、ウトガルデロックか!」
 王の前に立ったトールが叫んだ。
「そうだ。お前はトールだな。よく来た! ここに来るまでには、色々苦しい事があっただろう……。何のために来たのか、そんな事はどうでもよい!」
 トールは、どこかで聞いたような声だと思った。だが、どうしても思い出せなかった。
「この国に来た者は、何か一つ優れたものを持っていないと、誰も話し相手にならないのだ! お前にも、お前の家来たちにも、何か一つぐらいは人に負けない物があるだろう」
 ロキが、
「しめた!」
 と叫んだ。
「ありますとも。食い競争なら、私は誰にも負けないんだ」
 散々歩いてきたので、ロキはお腹がペコペコだった。
「これは面白い! では、さっそく見せてもらおう」
 ウトガルデロック王の命令で、肉が山のように盛ってある、大きな木皿が二つ並べられた。
「ロゲ! ロキの神の相手をしろ」
「はっ!」
 王の命令で肉の山の前に立った巨人の身体は、真っ赤だ。トールの神より真っ赤だ。
 それもそのはず、ロゲは、炎と言われている巨人だ。めらめらと火が燃えるように肉の山を食べだした。
 ロキも負けずと、むしゃむしゃと食べだした。ロゲが勝つか! ロキが勝つか!
 山のような肉の塊が、見る見るうちになくなっていった。
「ロキ、頑張れ!」
 と、いくら応援しても、ロゲの減り方の方が早い。
「ああ、駄目だ」
 チアルフがついに目をつぶってしまった。
「よし、次は僕だ! 走る事なら負けないぞ!」
 ロキが負けると、チアルフが飛び出した。
「チアルフ、偉いぞ。よしっ、頑張ってみろ!」
 トールが嬉しそうに叫んだ。
「これはすごいぞ。あんなチビが、風より早く走るというのだ……。フーゲ、お前、やってみろ!」
 ひょろひょろっと背の高い巨人が、ゆっくりと出てきた。自分の足元を見るように少年を見た。
「向こうの金の棒を回って、ここに戻ってくるのだ。よいな! では、走れ!」
 チアルフはさっと飛び出した。
 びゅんびゅん風を切って走った。歯を食いしばって、必死に走って、走って、走り続けた。
 でも、勝てるはずがない。笑いながら走っているフーゲは、すいすいっと行って、すいすいっと戻ってきた。
「よし、今度はオレだ! 力と力の戦いをする者はいないか!」
 腰につけていた刀を下に置くと、トールはウトガルデロック王の前に仁王立ちになった。
「これは面白い。だが、気の毒だが、お前さんと取っ組んで、負けそうな男はいないよ。そうだ、エレを呼べ!」
 トールは、さっそうと出てくる若者の顔を目に浮かべた。
 ところが、ひょろひょろと出てきたのは、歯が全部抜けたお婆さんだった。
「えっ、こ、こんなよぼよぼの……」
「よぼよぼ、かな……。トール、馬鹿にすると酷い目に遭うぞ」
 そう言うと、ウトガルデロック王は楽しそうに笑いだした。
「よし、行くぞ!」
 ぱっと、トールはエレに飛びかかった。
 神々の国で、トールのその勢いを、ぐっと受け止める者はいない。ほとんどの者が、ドシンと尻餅をついてしまう。
 それなのに、よぼよぼのおばあさんは、平気な顔をして立っている。
「えい! とうー」
 トールの気合だけが、まるで一人で空回りしているようだ。
 その内に、あっと言う間にトールの大きな体が投げ飛ばされてしまった。トールはくるくると二回転すると、さっと立ち上がってもう一度飛びかかっていこうとした。
「トール、やめろ! 勝負は決まった。男らしくないぞ」
「しかし、まだ……」
「よし、それほど言うなら、あの猫を片手で持ち上げてみろ」
「えっ、猫を……」
 トールの顔が真っ赤になった。
「トール、怒るな怒るな。確かに、猫を持ち上げるゲームは、巨人の国では子供の遊びだ。しかし、それが出来ないと一人前の若者になれないのだ」
 トールは、ウトガルデロック王の前で、のんびりと日向ぼっこをしている金色の猫を見つめた。つかつかとその前に来ると、トールは右手を猫のお腹の下に差し込んだ。
 そして、ひょいと持ち上げようとした。トールの顔が、ぴくっと動いた。真剣になった。髪も顎髭もピンと立って、火花が飛び散った。だが、猫はびくともしないのだ。
 ついにトールは両手を使った。それでも、猫は持ち上がらなかった。お腹がやっと離れたが、足は下にピタっとくっついたままだ。
「参った……」
 トールはその場にばったりと倒れてしまった。大きな口を開けて、はあはあ言っている。
「そうだ、酒だ! 酒を持ってこい! 酒の飲み比べだ!」
 太い動物の角が二つ用意された。赤い酒がどくどくとつがれた。トールはぐいぐいと飲んだ。飲んでも飲んでも尽きなかった。
 青い顔をした若者は、一気に飲み干すと、けろりとした顔でトールを眺めている。


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 トールはまだ飲んでいる。
 その内バタッと倒れてしまった。そのままグウグウといびきをかきだした。
「寝かしておけ、目が覚めるまで、寝かしておくんだ」
 ウトガルデロック王が立ち上がると、美しい音楽が鳴りだした。王も家来達も、どこかへ消えていった。
 広い、広い大広場に、四人だけがぽつんと取り残された。
 やがて朝が来た。
 トールが目を覚ました。
 その時、巨人がぞろぞろと出てきて、昨日のように並び出した。美しい音楽が鳴って、ウトガルデロック王が姿を現した。
「どうだな、トールの神」
 優しい声だ。トールはまた、どこかで聞いたような声だと思った。
「だいぶ、自信を失ったような顔だな。結構、結構。広い世の中には、お前さん以上の力持ちがいっぱいいる事が分かれば、それでいいのだ」
 ウトガルデロック王はにこにこ笑っている。
「だが、本当の話を聞かせてあげよう。トール、お前さんは大変な力持ちだよ。大変な豪傑だよ」
 不意に話が変わったので、トールも、そばにいるロキたちもビックリした。
「わしは、力ではお前さんに到底勝つことが出来ない。そこでだ、魔法を使ったのだ」
「えっ、魔法!」
「そうだ。あのお婆さんのエレの事だが、あれは“老年”なんだ」
「老年?」
「さよう。人間はいつか必ず年をとる。それは、どうする事も出来ないのだ。いくらうまい物を食べても、薬を飲んでも、お爺さんになり、お婆さんになる。人間がいくら暴れても、わめいても、駄目なんだ」
「それを、あの力相撲で見せたのか」
「それから、あの猫だが……。本当のことを言うと、あれは大地を取り巻いている大蛇だったのだ」
「えっ!」
「猫のお腹が持ち上がった時は、わしはびっくりしたよ。それから、お前さんが飲んだ酒は海だったのじゃ」
「えっ、う、海!」
「海じゃ、いくら飲んでも飲んでも尽きないはずじゃろ」
 ウトガルデロック王の顔が急に真剣になった。
「トールの神! 何故、わしがそんな魔法を使ったか分かるかな。わしは争いが大嫌いだからさ。お前さんが何をしに来たか、ちゃんと知っている。オーディンの大神の神殿を、わざと踏みつぶしたのではない! 誤って蹴ってしまったのだ」
「誤って?」
「その瞬間、永遠に燃え続けていた神の火が消えてしまったのだ」
 トールは何も言えなかった。
 嘘ならば、激しい怒りが湧いてくるはずだ。
 その時、ふと、お城にやってくる前、森の中で会った大男の事を思い出した。
「あっ、あの声だ!」
 と叫んだ時、
「トール、国へ帰ったら、よく大神に詫びてくれ。それから、この魔法の鉄の手袋は、お前さんに上げよう。大きくなったり、小さくなったり、そりゃ便利だぞ。それに手袋が無くては、真っ赤に焼けるその立派な刀を持ってはおられまい。では、ごめん!」
 と言って、巨人の王ウトガルデロックは、煙のように消えてしまった。四人がはっと気が付いた時には、大勢の家来も、お城も消えていた。
「あっ、ヤギの馬車だ!」
 ふいに、少年チアルフの元気な声が上がった。
 六頭のヤギが、嬉しそうに鳴いた。
 辺りには美しい緑の大平原が続いていた。




~つづく~

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