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 ラパカーンが王子様の剣を盗んで逃げた日は、ちょうど九月一日でした。約束の日は、九月四日ですから、まだ四日あります。ここから約束のエル・ゼルルーヤーの円柱までは、二日もあれば行けます。けれども、本当の王子が追いかけてくるだろうと思ったので、ラパカーンは馬に鞭うって、急ぎに急ぎました。
 二日目の夕方、ラパカーンは円柱の見えるところまで来ました。広い野原の真ん中に小さな丘があって、その丘の上に高い円柱が建っています。それを見ると、ラパカーンは胸がドキドキしました。嘘をつくのが恥ずかしくもありました。
「だが僕は、王子様になりたいんだ。どうしても、王子様になるんだ」
 ラパカーンは、駄々っ子のように叫んで、ぐんぐん円柱に向かって突進しました。
 辺りは一面、草ぼうぼうの野原です。家もありません。人もいません。寂しい所です。ラパカーンは、シュロの木に馬をつないで、その側に腰を下ろしました。そして、用意してきた食べ物を食べながら、約束の時が来るのを待ちました。
 次の日の昼頃、がやがやと騒がしい声がして、長い行列が野原を横切ってやって来ました。馬やラクダに、大きな荷物を乗せてきて、丘のふもとに立派なテントをいくつも張りました。その賑やかな事、きらびやかな事、大金持ちか、王様の旅行のようです。
「この人たちは、新しい王子様のために、はるばる旅行してきたのだろう。すぐ、あそこへ行って、僕がその王子だと教えてやりたいなあ。でも、約束の日は明日だから、それまで我慢していよう」
 ラパカーンは、飛び出したくてたまらないのをこらえていました。
 いよいよ、約束の九月四日の夜が明けました。お日様は野原の端から登って、ラパカーンの嬉しそうな顔を照らしました。
「さあ、いよいよ本物の王子様になる日が来たぞ」
 ラパカーンは、円柱の方へいそいそと馬を走らせました。走りながら、ちょっとためらいました。
「僕は、いけない事をしているんだな。本当の王子様から幸せを盗もうとしているのだな」
 ラパカーンは気が咎めましたが、今となってはやめる事は出来ません。
「ええ、馬はもう走り出したんだ。仕方がない。度胸を決めて、大胆にやろう。オレは生まれつきの王子様より立派な姿をしてるんだ。誰も偽物とわかるものか」
 ラパカーンは、勇気を奮って進みました。馬はたちまち、丘のふもとに着きました。
 ラパカーンは、馬を木につないで、オーマール王子の剣をしっかり握って丘に登りました。
 円柱の下には気高い老人が、六人の家来を従えて立っていました。
 金糸の縫い取りをした上着、キラキラ輝く宝石をちりばめて、白い絹のターバン……。一目で王様だとわかる老人です。
 ラパカーンは、その老人の前へつかつかと進んで、頭を低く下げました。恭しく剣を差し出しながら言いました。
「あなたのお捜しになっている人はここにおります」
「おう、神様、息子をお助け下さって、有難う御座います。お前は、オーマールだね。こちらへおいで。年取ったお父さんを抱いておくれ」
 王様は、嬉しさのあまり声を震わせて言いました。ラパカーンは真っ赤になりました。恥ずかしかったからです。気がとがめたからです。
 ためらっていると、王様は両手を広げて力いっぱいラパカーンを抱きしめました。ラパカーンは、嬉しくて天にも昇る気持ちでした。
 けれども、その嬉しさもちょっとの間でした。
 王様の側から離れて顔をあげると、向こうから、一人の男が馬に乗って走って来るのが見えました。その男は、よぼよぼの馬を無理やり走らせて、野原を一直線にこちらへやって来ます。
 ラパカーンは、すぐ、本当の王子オーマールと、自分の馬のムルパアだとわかりました。
(困ったな。だが、もう嘘をついてしまったんだ。こうなったら、どこまでもしらばくれて、嘘をつき通すより仕方がない)
 ラパカーンは覚悟しました。
 オーマールは馬から飛び降りると、すぐ駆け上がってきました。
「お待ちください。わたくしは、オーマールという者です。その男は大ウソつきです。あなた方は、騙されていらっしゃるのです。わたくしこそは、本当のオーマール王子なのです」
 王様はびっくりして、二人を代わる代わるに見ました。
 ラパカーンは落ち着き払って言いました。
「お恵み深いお父様、この男に、騙されないようになさいませ。この男は、アレキサンドリア生まれの洋服屋の職人で、ラパカーンという者です。身分の卑しい哀れな奴ですから、大目に見てやって頂きとう御座います」
「この嘘つきめ。よくもぬけぬけと……」
 王子様はき○がいのようになって、夢中でラパカーンにつかみかかりました。が、すぐ、そばの家来に抱き留められました。
 王様はそれを見て言いました。
「なるほど、この男は気が狂っているらしい。縛り上げて、ラクダに乗せておくがよい。可哀想な奴だから、命だけは助けてやらないでもないが」
 王子様は羽交い絞めにされて、地団太踏みながら泣き声で王様に言いました。
「どうぞ、私の言う事を聞いて下さい。私は本当の王子です。お願いですから、お母様に会わせて下さい。きっと、私が王子に違いないとおっしゃって下さるでしょう」
「バカな、何を言うか、全く、き○がいはしょうのないものだ。よくも、そんな厚かましい事が言えるものだ」
 王様は笑って相手にしません。ラパカーンの手を取って丘を下りていきました。
 王様とにせ王子は、美しい馬で行列の先頭に立って進んでいきました。本当の王子は両手を縛られ、ラクダに括りつけられて、行列の一番後から引きずられていきます。
 町では王子様のお帰りを、今か今かと待ち受けていました。町の入り口には花と緑の枝で飾ったアーチが出来ていました。どの家も、美しい幕や旗で飾り立てています。
 行列が町へ入ると、町中の人々は、
「ばんざい、ばんざい」
 と叫んで、大喜びで迎えました。
「おう、なんて立派な、美しい王子様でしょう」
「ほんとに、素晴らしい王子様だ。
 人々は、口々に褒め称えました。
 にせ王子のラパカーンは、それを聞くと嬉しくてたまりません。得意そうに鼻を高くして、つーんとすましかえりました。
 それに引き換え、本当の王子様は、ラクダに縛り付けられて泣いていました。けれども、有頂天になった人々は、誰一人、可愛そうな王子に気が付きません。
 日が暮れてから、行列はとうとう都へ入りました。
 お城では、年取ったお妃が、大臣や女官たちを引き連れて、王子様のお帰りを待っていました。大広間には、赤や青、黄色のランプが美しくともっています。お妃のいらっしゃる段の上は、金や宝石をちりばめて、まばゆいほど光り輝いています。
 町の方から、ばんざいばんざいと叫ぶ声や、大勢の人のどよめきが聞こえてきました。うきうきした太鼓の音、ラッパの音が、段々お城に近づいてきます。
 やがて、たくさんの馬のひづめの音がして、行列がお城の庭に入ってきた様子です。
 すると間もなく、広間の扉がさっと開きました。王様と王子様が、続いて入ってきました。家来たちは、一斉に頭を下げました。
 王様は、にせ王子の手を取って、ニコニコしながらお妃の前へ行きました。
「とうとう連れてきましたよ。長い間待っていた王子を連れてきましたよ。さあ、よく御覧」
 王様は弾んだ声で言って、にせ王子をお妃に引き合わせました。
 お妃は一足前へ出て、じいっとにせ王子の顔を眺めました。
 お妃の顔が、さっと曇りました。お妃は恐ろしそうに一足後ろへ下がって、首を振りながら言いました。
「いいえ、これは私の子じゃありません。私は今まで、たびたびマホメット様にお願いして、『どうぞ、夢ででも息子に会わせて下さいませ』とお祈りしました。マホメット様は、その度に夢の中で可愛い息子に会わせて下さいました。ですから、私は息子の顔をよく知っております。この人は、夢で見た王子とは、顔がまるで違っております。この人は、私の息子では御座いません」
 お妃は、きっぱりとこう言いました。
「何をたわけた事を言うのです。この若者は王子です。目印の剣を持っていたのだから、王子に違いないのです。馬鹿な事を言うものではありません」
 王様はこう言って、お妃をたしなめました。
 その時です。広間の戸が乱暴に開きました。オーマール王子が髪を振り乱して飛び込んできました。
「待てっ、き○がい。待たんか」
 追いかけてきた番人は、乱暴者を捕まえようとしました。オーマール王子は、番人の手を激しく突きのけて、王様とお妃の足元に、ぱったり倒れました。
「王様、お妃様、わたくしこそ、本当のオーマール王子です。お父様は、わたくしをき○がい扱いなさって酷いではありませんか。こんな恥ずかしい目に遭ったのは、生まれて初めてです。わたくしは、もう我慢出来ません。いっそ、死んだ方がマシです。さあ、殺して下さい」
 大臣たちはびっくりして、乱暴者の周りに駆け寄りました。番人は、乱暴者を捕まえて、外へ連れ出そうとしました。
 お妃は、驚いてその若者を見ました。番人たちが若者を引きずり出そうとすると、お妃は手を挙げて止めました。


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「まあ、ちょっとお待ちなさい。その男の顔を、よく見せて下さい」
 こう言って、お妃はもう一度、じいっと乱暴者の顔を見ました。しばらくして、お妃は嬉しそうに言いました。
「おう、この顔は、私が夢の中で見た王子と、そっくりの顔です。まだ一度も会ったことは無いけれど、この若者は王子に違いありません」
 お妃の言葉に、番人たちはびっくりして、捕まえていた手を放しました。
 王様は、かっとなって言いました。
「これは、なんという事だ。妃は、どうかしているのではないか。夢で本当の王子の顔を見たのだと……。そんな事があてになるものか。さあ、早くそのき○がいを縛っておけ」
 こういいつけてから、王様は厳かに言いました。
「私は確かな証拠で、王子を決める。この若い男は私の友人、エルフィ・ペイの剣を持ってきた。これが何より確かな証拠だ。だから、この若者が私の息子だ。私の王子じゃ」
 こう言って、王様はラパカーンを指さしました。
 すると、オーマール王子はわっと泣きながら叫びました。
「いいえ、違います。証拠の剣は、その男が盗んだのです。わたくしが眠っている間に盗み出して、まんまと王子に成りすましたのです」
 オーマールは、き○がいのように泣き叫びましたが、王様は聞こうともしません。ラパカーンを連れて奥へ入っていきました。オーマールはさっきよりももっと厳しく縛られて、狭い部屋に閉じ込められました。




~つづく~


※本文中にはき○がいなど、今日の人権擁護の見地に照らして不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表当時の時代的背景を尊重し、(ほぼ)底本のままとしました(どこがや)。

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