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 今日は『下っぱ忍者』の続きでいきたいと思います。
 では、スタート!


 麦助は、矢の根五郎左衛門の家の玄関の敷居の下に穴を掘りぬきました。その穴から、玄関の内側へ麦助が頭を出そうとした時、穴の外に積み上げた土の山が、どさりと崩れました。――しまった。
 麦助は頭を引っ込めました。どかどかと走ってくる足音がし、玄関に明かりがつき、穴のそばに立った男が槍を構えました。
「出てきたら、一突きだぞ」
 そう言った男の耳に、声が聞こえました。
「見つかったらしいぞ、平左。裏の物置から入れ」
「よし、そうしよう」
 答える声がし、また別の声がしました。
「いや、もう三郎たちが忍び込んだぞ」
 槍を構えた男は慌てました。
「敵は大勢だぞ。奥の部屋へ誘い込んで、討ち取ってしまえ」
 男は叫びながら、奥へ駆け込みました。
 穴の中から麦助は飛び出しました。別々の人の声を出す、これが麦助の得意の術だったのです。
 矢の根の家の家来たちが十人余り、刀や槍を構えて、奥の部屋の入り口に固まっています。
 その部屋の横の薄暗い廊下を、麦助は足音を立てないで走り、五郎左衛門の部屋の前で叫びました。
「殿、敵です。起きて下さい」
 さっきの、槍を構えた男の声でした。
「よし、行く」
 五郎左衛門は出ていきました。廊下の薄暗がりから麦助は飛び出しました。刀を五郎左衛門の背中に突き立てました。
「うむ」
 五郎左衛門の大きな体は、音を立てて廊下に転がりました。同時に、麦助は雨戸を蹴破って外へ飛び出しました。




「追え! 忍者だ」
 五郎左衛門の家来たちも、庭に飛び出しました。途端に家来たちは「あ、あっ」と叫んで、地面にかがみました。
 逃げながら麦助は『まきびし』を撒いたのです。『まきびし』はヒシの実のように、尖った先がいくつもついている、小さな武器です。
『まきびし』を踏み抜いた家来たちが走れないでいるうちに、麦助は門の前に着きました。入る時に使った竹筒の熊手――忍び熊手と言いますが、これをもう一度使って、門の外に飛び降りました。
 だがすぐ、五郎左衛門の家来たちは門を開き、松明を振りかざし、馬を走らせて麦助を追ってきました。
 麦助が逃げていく道の右側に、竹藪があります。五郎左衛門の家来たちがその竹藪に近づいた時、

 バ、バーン!

 すごい音がして、竹藪は火を吹きました。次から次へと音は鳴り響きます。
 馬は驚き、人間は慌てました。
「鉄砲だ。今度こそ、敵は大勢だぞ」
 家来達は馬から降りて、道端に伏せました。だがやがて、鉄砲の弾が飛んでこない事に、家来たちは気が付きました。麦助は花火を竹藪の中に仕掛けておいたのです。
 家来たちが道端に伏せている間に、麦助は、もうずっと先の方へ逃げて行ってしまいました。


 忍者の仕事はすぐに片付くものではありません。相手の様子を探り、色々な準備をしていなければなりません。麦助は矢の根の里の仕事を仕上げるために、ちょうど一年かかりました。
 麦助が伊賀に帰って来ると、驚いた事には、段三が居なくなっていました。
「逃げたんだ。伊賀の掟を破ってな」
 と、仲間の一人は言いました。
 話を聞くと、こうでした。麦助の留守中、段三の母親が、重い病気にかかりました。その時、源太夫は段三に徳川の仕事に出ていくように、言いつけたのです。母親が病気ですから、段三は断りました。すると、源太夫は言いました。
「行けと言えば、行け。わしがお前の母親の面倒は見てやる」
 仕方なく段三が徳川に行っている間に、母親は死にました。源太夫は、別に看病もしてやらなかったのです。後から徳川に来た忍者が、その事を話すと、段三は一晩中泣きました。そして、それきり姿を消してしまったのです。
 段三が逃げたのは当たり前だ、と麦助は思いました。しかし、源太夫はかんかんになっていました。
「徳川で仕事もせず、逃げてしまった男は、殺さなければならぬ」
 そして、段三の行方が分かったら知らせてくれるようにと、伊賀中の侍たちに頼みました。
 麦助が矢の根の里から帰って来て、二年ばかりたった頃、源太夫が麦助を呼びました。
「段三が、越後春日山の城下にいるそうだ。行って殺してこい」
 春日山には上杉謙信の城があります。その城下で段三が、目くらましの術――今で言えば催眠術――を使っていたそうです。
 麦助は友達の段三を殺したくはありません。しかし、源太夫の蛇のような目つきで睨まれると、震えあがりました。
 麦助は鎌売り商人に姿を変えて、伊賀を出、忍者の早足で、飛ぶように越後へ急ぎました。
 越後へ行く道は、途中、越前を通ります。麦助は、ふと思いついて、矢の根の里へ行ってみました。
 矢の根の里に入った麦助は首を傾げました。里の様子が変わっていました。田には草を生やしたままだし、田に水を入れる溝も、うずまったりしています。



 麦助は、一軒の農家に入りました。
「鎌はいらぬか、鎌は」
 出てきた年寄りと麦助は話し込み、話の間に麦助は聞いてみました。
「以前、この里は豊かな里だと思ったが」
「一昨年まではそうだった。ところが、矢の根五郎左衛門様が殺されてしまい、この里を守ってくれる人がいなくなった」
 年寄りの話では、五郎左衛門が死ぬとすぐ、この里は朝倉の領地になりました。朝倉はこの里から物を取り上げるだけで、五郎左衛門のように百姓の事を考えてくれません。
 ――そうだったのか。
 聞いている麦助の胸は、きりりと痛みました。麦助が五郎左衛門を殺したため、この里の人々みんなが不幸せな目に遭ったのです。
 年寄りと別れ、越後春日山へ急ぐ麦助の心は重く沈み込んでいました。



~つづく~
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