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2018.12.16
下っぱ忍者・その2
今日は『下っぱ忍者』の続きでいきたいと思います。
では、スタート!
☆
麦助は、矢の根五郎左衛門の家の玄関の敷居の下に穴を掘りぬきました。その穴から、玄関の内側へ麦助が頭を出そうとした時、穴の外に積み上げた土の山が、どさりと崩れました。――しまった。
麦助は頭を引っ込めました。どかどかと走ってくる足音がし、玄関に明かりがつき、穴のそばに立った男が槍を構えました。
「出てきたら、一突きだぞ」
そう言った男の耳に、声が聞こえました。
「見つかったらしいぞ、平左。裏の物置から入れ」
「よし、そうしよう」
答える声がし、また別の声がしました。
「いや、もう三郎たちが忍び込んだぞ」
槍を構えた男は慌てました。
「敵は大勢だぞ。奥の部屋へ誘い込んで、討ち取ってしまえ」
男は叫びながら、奥へ駆け込みました。
穴の中から麦助は飛び出しました。別々の人の声を出す、これが麦助の得意の術だったのです。
矢の根の家の家来たちが十人余り、刀や槍を構えて、奥の部屋の入り口に固まっています。
その部屋の横の薄暗い廊下を、麦助は足音を立てないで走り、五郎左衛門の部屋の前で叫びました。
「殿、敵です。起きて下さい」
さっきの、槍を構えた男の声でした。
「よし、行く」
五郎左衛門は出ていきました。廊下の薄暗がりから麦助は飛び出しました。刀を五郎左衛門の背中に突き立てました。
「うむ」
五郎左衛門の大きな体は、音を立てて廊下に転がりました。同時に、麦助は雨戸を蹴破って外へ飛び出しました。
麦助は頭を引っ込めました。どかどかと走ってくる足音がし、玄関に明かりがつき、穴のそばに立った男が槍を構えました。
「出てきたら、一突きだぞ」
そう言った男の耳に、声が聞こえました。
「見つかったらしいぞ、平左。裏の物置から入れ」
「よし、そうしよう」
答える声がし、また別の声がしました。
「いや、もう三郎たちが忍び込んだぞ」
槍を構えた男は慌てました。
「敵は大勢だぞ。奥の部屋へ誘い込んで、討ち取ってしまえ」
男は叫びながら、奥へ駆け込みました。
穴の中から麦助は飛び出しました。別々の人の声を出す、これが麦助の得意の術だったのです。
矢の根の家の家来たちが十人余り、刀や槍を構えて、奥の部屋の入り口に固まっています。
その部屋の横の薄暗い廊下を、麦助は足音を立てないで走り、五郎左衛門の部屋の前で叫びました。
「殿、敵です。起きて下さい」
さっきの、槍を構えた男の声でした。
「よし、行く」
五郎左衛門は出ていきました。廊下の薄暗がりから麦助は飛び出しました。刀を五郎左衛門の背中に突き立てました。
「うむ」
五郎左衛門の大きな体は、音を立てて廊下に転がりました。同時に、麦助は雨戸を蹴破って外へ飛び出しました。
「追え! 忍者だ」
五郎左衛門の家来たちも、庭に飛び出しました。途端に家来たちは「あ、あっ」と叫んで、地面にかがみました。
逃げながら麦助は『まきびし』を撒いたのです。『まきびし』はヒシの実のように、尖った先がいくつもついている、小さな武器です。
『まきびし』を踏み抜いた家来たちが走れないでいるうちに、麦助は門の前に着きました。入る時に使った竹筒の熊手――忍び熊手と言いますが、これをもう一度使って、門の外に飛び降りました。
だがすぐ、五郎左衛門の家来たちは門を開き、松明を振りかざし、馬を走らせて麦助を追ってきました。
麦助が逃げていく道の右側に、竹藪があります。五郎左衛門の家来たちがその竹藪に近づいた時、
五郎左衛門の家来たちも、庭に飛び出しました。途端に家来たちは「あ、あっ」と叫んで、地面にかがみました。
逃げながら麦助は『まきびし』を撒いたのです。『まきびし』はヒシの実のように、尖った先がいくつもついている、小さな武器です。
『まきびし』を踏み抜いた家来たちが走れないでいるうちに、麦助は門の前に着きました。入る時に使った竹筒の熊手――忍び熊手と言いますが、これをもう一度使って、門の外に飛び降りました。
だがすぐ、五郎左衛門の家来たちは門を開き、松明を振りかざし、馬を走らせて麦助を追ってきました。
麦助が逃げていく道の右側に、竹藪があります。五郎左衛門の家来たちがその竹藪に近づいた時、
バ、バーン!
すごい音がして、竹藪は火を吹きました。次から次へと音は鳴り響きます。
馬は驚き、人間は慌てました。
「鉄砲だ。今度こそ、敵は大勢だぞ」
家来達は馬から降りて、道端に伏せました。だがやがて、鉄砲の弾が飛んでこない事に、家来たちは気が付きました。麦助は花火を竹藪の中に仕掛けておいたのです。
家来たちが道端に伏せている間に、麦助は、もうずっと先の方へ逃げて行ってしまいました。
馬は驚き、人間は慌てました。
「鉄砲だ。今度こそ、敵は大勢だぞ」
家来達は馬から降りて、道端に伏せました。だがやがて、鉄砲の弾が飛んでこない事に、家来たちは気が付きました。麦助は花火を竹藪の中に仕掛けておいたのです。
家来たちが道端に伏せている間に、麦助は、もうずっと先の方へ逃げて行ってしまいました。
☆
忍者の仕事はすぐに片付くものではありません。相手の様子を探り、色々な準備をしていなければなりません。麦助は矢の根の里の仕事を仕上げるために、ちょうど一年かかりました。
麦助が伊賀に帰って来ると、驚いた事には、段三が居なくなっていました。
「逃げたんだ。伊賀の掟を破ってな」
と、仲間の一人は言いました。
話を聞くと、こうでした。麦助の留守中、段三の母親が、重い病気にかかりました。その時、源太夫は段三に徳川の仕事に出ていくように、言いつけたのです。母親が病気ですから、段三は断りました。すると、源太夫は言いました。
「行けと言えば、行け。わしがお前の母親の面倒は見てやる」
仕方なく段三が徳川に行っている間に、母親は死にました。源太夫は、別に看病もしてやらなかったのです。後から徳川に来た忍者が、その事を話すと、段三は一晩中泣きました。そして、それきり姿を消してしまったのです。
段三が逃げたのは当たり前だ、と麦助は思いました。しかし、源太夫はかんかんになっていました。
「徳川で仕事もせず、逃げてしまった男は、殺さなければならぬ」
そして、段三の行方が分かったら知らせてくれるようにと、伊賀中の侍たちに頼みました。
麦助が矢の根の里から帰って来て、二年ばかりたった頃、源太夫が麦助を呼びました。
「段三が、越後春日山の城下にいるそうだ。行って殺してこい」
春日山には上杉謙信の城があります。その城下で段三が、目くらましの術――今で言えば催眠術――を使っていたそうです。
麦助は友達の段三を殺したくはありません。しかし、源太夫の蛇のような目つきで睨まれると、震えあがりました。
麦助は鎌売り商人に姿を変えて、伊賀を出、忍者の早足で、飛ぶように越後へ急ぎました。
越後へ行く道は、途中、越前を通ります。麦助は、ふと思いついて、矢の根の里へ行ってみました。
矢の根の里に入った麦助は首を傾げました。里の様子が変わっていました。田には草を生やしたままだし、田に水を入れる溝も、うずまったりしています。
麦助が伊賀に帰って来ると、驚いた事には、段三が居なくなっていました。
「逃げたんだ。伊賀の掟を破ってな」
と、仲間の一人は言いました。
話を聞くと、こうでした。麦助の留守中、段三の母親が、重い病気にかかりました。その時、源太夫は段三に徳川の仕事に出ていくように、言いつけたのです。母親が病気ですから、段三は断りました。すると、源太夫は言いました。
「行けと言えば、行け。わしがお前の母親の面倒は見てやる」
仕方なく段三が徳川に行っている間に、母親は死にました。源太夫は、別に看病もしてやらなかったのです。後から徳川に来た忍者が、その事を話すと、段三は一晩中泣きました。そして、それきり姿を消してしまったのです。
段三が逃げたのは当たり前だ、と麦助は思いました。しかし、源太夫はかんかんになっていました。
「徳川で仕事もせず、逃げてしまった男は、殺さなければならぬ」
そして、段三の行方が分かったら知らせてくれるようにと、伊賀中の侍たちに頼みました。
麦助が矢の根の里から帰って来て、二年ばかりたった頃、源太夫が麦助を呼びました。
「段三が、越後春日山の城下にいるそうだ。行って殺してこい」
春日山には上杉謙信の城があります。その城下で段三が、目くらましの術――今で言えば催眠術――を使っていたそうです。
麦助は友達の段三を殺したくはありません。しかし、源太夫の蛇のような目つきで睨まれると、震えあがりました。
麦助は鎌売り商人に姿を変えて、伊賀を出、忍者の早足で、飛ぶように越後へ急ぎました。
越後へ行く道は、途中、越前を通ります。麦助は、ふと思いついて、矢の根の里へ行ってみました。
矢の根の里に入った麦助は首を傾げました。里の様子が変わっていました。田には草を生やしたままだし、田に水を入れる溝も、うずまったりしています。
麦助は、一軒の農家に入りました。
「鎌はいらぬか、鎌は」
出てきた年寄りと麦助は話し込み、話の間に麦助は聞いてみました。
「以前、この里は豊かな里だと思ったが」
「一昨年まではそうだった。ところが、矢の根五郎左衛門様が殺されてしまい、この里を守ってくれる人がいなくなった」
年寄りの話では、五郎左衛門が死ぬとすぐ、この里は朝倉の領地になりました。朝倉はこの里から物を取り上げるだけで、五郎左衛門のように百姓の事を考えてくれません。
――そうだったのか。
聞いている麦助の胸は、きりりと痛みました。麦助が五郎左衛門を殺したため、この里の人々みんなが不幸せな目に遭ったのです。
年寄りと別れ、越後春日山へ急ぐ麦助の心は重く沈み込んでいました。
~つづく~
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トギエモン
最近の記事、みんないいんですが、これが一番お気に入りです。
文体は子供向けですが、ダークな忍者の実態に抜け忍、自分のしたことの真実など好みです。
これは、時代小説の書き写しですか?
アカサカさんの文章が良いのはこうしたことをされているからかなと思いました。
文体は子供向けですが、ダークな忍者の実態に抜け忍、自分のしたことの真実など好みです。
これは、時代小説の書き写しですか?
アカサカさんの文章が良いのはこうしたことをされているからかなと思いました。
2018/12/16 Sun 21:27 URL [ Edit ]
水ノ森青葉
麦助さん・・下っ端との事みたいですが、どうしてどうして。
(良くも悪くも)しっかり任務をこなした訳で、どう見ても立派な忍者ですよね。
・・・にしても、源太夫や朝倉には何らかのお咎めが欲しい所ですが・・
(良くも悪くも)しっかり任務をこなした訳で、どう見ても立派な忍者ですよね。
・・・にしても、源太夫や朝倉には何らかのお咎めが欲しい所ですが・・
2018/12/16 Sun 21:48 URL [ Edit ]
月魔サースィ
こんばんはです~
忍者と言うことで色々な能力を連想していましたが、
まさか多人数の声を出せるとは、中々羨ましい能力です(笑)
麦助は腕は悪く無いようですが、やはり悩みのほうはおいそれとは解決出来ない方向に発展しているようにも見えますねぇ。
ここからどのように話が進んでいくのか……再開した時の段三の反応も気に掛かるところです!
忍者と言うことで色々な能力を連想していましたが、
まさか多人数の声を出せるとは、中々羨ましい能力です(笑)
麦助は腕は悪く無いようですが、やはり悩みのほうはおいそれとは解決出来ない方向に発展しているようにも見えますねぇ。
ここからどのように話が進んでいくのか……再開した時の段三の反応も気に掛かるところです!
2018/12/17 Mon 07:41 URL [ Edit ]
アカサカ
> トギエモンさん
有難う御座います。
確かに、リアリティはありますよね。
出典は前にちょっと書きましたが、学習研究社刊『3年の学習 臨時増刊読み物特集号(1969年9月15日発行)』です
有難う御座います。
確かに、リアリティはありますよね。
出典は前にちょっと書きましたが、学習研究社刊『3年の学習 臨時増刊読み物特集号(1969年9月15日発行)』です
2018/12/17 Mon 23:35 URL [ Edit ]
アカサカ
> 水ノ森青葉さん
むしろ、「下っ端だからこそ」任務に忠実にならざるを得ないのかも知れませんね。
強大過ぎる勢力は、なかなか物語中でも因果応報って描かれないんですよねぇ……
むしろ、「下っ端だからこそ」任務に忠実にならざるを得ないのかも知れませんね。
強大過ぎる勢力は、なかなか物語中でも因果応報って描かれないんですよねぇ……
2018/12/17 Mon 23:36 URL [ Edit ]
アカサカ
> 月魔サースィさん
こんばんは~。
そう言えば、サースィさんも毎日ボイスドラマの動画を当越されてますもんね。(^ ^)
そうですね、ある意味、この二人の関係性がこの物語の主軸と言っていいかも知れません。
こんばんは~。
そう言えば、サースィさんも毎日ボイスドラマの動画を当越されてますもんね。(^ ^)
そうですね、ある意味、この二人の関係性がこの物語の主軸と言っていいかも知れません。
2018/12/17 Mon 23:43 URL [ Edit ]
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