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 翌朝、三人は再び豆の木に向かって出発した。
「豆の木まで、あとどん位?」
 歩きながら、岡野が上田に尋ねる。
「ん~とね。地図通りなら、今日の昼頃には到着するはずだけど……」
 地図を見ながら上田が答えた。
 ちなみにこの地図、右上に方位磁石が魔法インクで描かれており、石川達は方角を間違える事も無く真っすぐに進んでいく。
 ブッコフタウンを出る前に本屋で買ったものだ。
 さすがは大陸一の出版都市である。
 森の中にいた一同だが、その日はよく晴れていて、木陰から差し込んでくる陽の光が心地よかった。
「それにしても、日差しが気持ちいいよね。森の匂いも心地いいし……」
 上方を見上げる石川だが、ふと、その視界が黒く塞がれる。
「えっ?」
 最初は空が曇ったのかと思ったが、それは巨大な足だった。
「いいっ!?」

 ズシィィィィィィィィィィィィィィィン!

「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 間一髪、石川が横っ飛びに一回転してかわすと、凄まじい地響きを立てながら小山のような足が地面にめり込んで、人の身長くらいの深さの穴をあける。
「なんだぁっ!?」
 上田と岡野も、唖然となって上を見上げる。
 べきばきと樹木をなぎ倒しながら、そいつは現れた。
 二シャグル(約七メートル)はある石の化け物、ゴーレムだ。古代の鎧兜を着込んだような造形で、顔は丸い目と口の穴が開いている。
 古墳に備えてある埴輪の戦士をそのまま巨大化させたような外見だった。
「じょじょじょ、冗談じゃねえっ! こんなのに殴られたらペシャン……うひゃっ!」
 剣を振るうのも忘れてちょこまかと逃げ回る石川に、ゴーレムは岡野の身体よりも大きな拳を振りかざした。

 ガン! ゴン! ドスン!

 ゴーレムは表情一つ変えずに拳を繰り出してくる。
 まともに攻撃を食らったら命は無い。
 いつの間にか、そこらはでこぼこの穴ぼこだらけの地面になってしまった。
「おわっとっとっと!」
 岡野も上田も、穴ぼこをジャンプで飛び越えながら逃げ回る。
 その時だ。
 三人を追いかけていたゴーレムが、自分が開けた穴につまづいたのだ。
 単純な“プログラム”で行動するゴーレムには、知性というものが存在しない。だからこういった落とし穴のような単純なトラップは、案外有効なのである。

 ズシィィィィィィン!

 穴につまづいたゴーレムは、そのまま地響きを立ててその場に転ぶと、起き上がろうと手足をバタバタともがかせた。
 三人はそんな様子を呆然と見ていたが、ふと、石川が言った。
「……二人とも、今のうちに逃げない?」
「異議なし」
 石川の言葉に岡野達は頷くと、全速力でその場から逃げ出したのだった。

 半時ほど走った一行の目の前に、何やら巨大な樹が見えてくる。
「あれって……」
 先頭を走っていた石川が、立ち止まって樹を見上げた。
 その太さは屋久島の縄文杉にも匹敵し、樹の先端は雲に隠れて見えないほどであった。
 そう、例の巨大豆の木に到着したのである。
 それは本当に見事な樹だった。老齢な幹は、太い何本もの根っこを大地に張り、力強くそこに立っていた。
「これを登らなきゃいけないわけ……?」
 その苦労を考え、青くなった石川が呟いた。
「まぁ~、そうなるだろうなぁ。空でも飛べるなら別だけどよ……」
 岡野がポリポリと頭をかく。
 いくら外遊び派で、この世界で身体能力が大幅に強化されている彼と言っても、その労力は並大抵のものではないだろう。
 が、その言葉を聞いていた上田の頭上で電球が閃いた。
「『空を飛べたら』……? そうだ!」
 突然叫んだ上田に、石川達は思わず後ずさる。
「何が『そうだ』なのさ、上ちゃん?」
「見てて見てて」
 上田は目を閉じると、精神を集中させて静かに呪文を唱えた。

 ソル・モー・ベール・ズ!
(羽よりも軽くならん)

「飛翔呪文・フライヤー!」
 その途端、上田の身体がフワリと宙に浮きあがったのだ。
「いいっ!?」
 予想だにしなかった出来事に、石川と岡野は目を見開く。
「と、飛んでる……?」
「上ちゃん、いつの間にそんな魔法を……?」
「えへへ。ブッコフタウンで調べ物をしてる時に、呪文の勉強もしたんだけど、その時に覚えたんだ」
「そんなに便利な呪文があるなら、何で今まで使わなかったんだよ……」
「しょうがないじゃん。まだこの呪文、慣れてないし。それに、ずっと使ってると危ないんだよ?」
 呆れたような声を出す岡野に、上田が口をとがらせて言った。と言うのも、この呪文は魔法力を自身の周囲に軽く放出しながら飛んでいるわけだが、普通の魔法と違って、呪文を唱えた後も使用者が使用状態の維持を意図しないと効果が保てない、という違いがあった。
 さらに慣れないと、魔法力の消費をうまくコントロールできず、飛んでいる最中に魔法力が尽きて、最悪の場合墜落なんてこともありうるのだ。
「とにかく、その呪文で、おれ達を上まで運んでくれるわけね?」
 期待を込めて上田に訊いた石川だったが、
「あ、ごめん。無理」
 あっさりと却下され、その場につんのめる。
「この呪文、あんまり大人数を抱えて飛べないのよ」
「じゃあ意味ないじゃん……」
 ドッと疲れた顔をする石川だったが、上田は「チッ、チッ、チッ」と、顔の前で指を振った。
「最後まで聞いてって。いったん、おれが豆の木の先まで飛んで行って、そこがどうなってるのか覚えてくる。そうすれば、テレポーで三人とも目的地までひとっ飛びって訳だよ」
「おー、なるほど」
 上田のアイデアに、石川と岡野は感心したように拍手をした。
 テレポー――術者を一瞬にして目的地まで飛ばす、瞬間移動の呪文だ。
 ただし、使用者が目的地のイメージを頭の中に具体的に思い浮かべなければならないため、一度でも行ったことのある場所でなければ飛ぶことが出来ない、という欠点があったが。
「ほんじゃ、行ってくるね!」
 言うが早いか、上田ははるか上空に向かってすっ飛んで行った。
「はえー。もう見えなくなっちまった……」
 岡野が驚きと関心が入り混じったような表情で、豆粒のように小さくなっていく上田を見上げる。
 それから二人はしばらくの間、豆の木の根元に座って暇をつぶしていた。

 三十分ほどして、上空から上田が慌てた顔をして降りてきた。
「お~~~い!」
「お帰り上ちゃん」
「どうだったの、上の方は?」
「すごいの見ちゃったんだよ、おれ! もう信じられない!」
 動揺した様子で叫ぶが、どうにも要領を得ない。
「落ち着けって! 一体何があったのさ?」
「口で説明するより、実際に見てもらった方がいいかも……。とにかく、二人とも。おれにつかまって」
「あ、うん……」
 言われるままに、石川と岡野はそれぞれ上田の右手と左手をとった。
「じゃ、行くよ?」

 コーカ・アーチ!
(彼の地へと我を運びたまえ)

「瞬間移動呪文・テレポー!」

 ビュワーン! ビュワーン!

 上田が呪文を唱えると、三人の身体が魔法力の光に包まれ、一気に上空へと飛んで行った。
 そのスピードはすさまじく、ぐんぐん豆の木の先が見えてくる。
 樹の先は、雲の中へと吸い込まれていた。
 その樹の幹に沿って、三人の身体も雲の中へ突っ込んでいく。
 雲を抜け、視界がはっきりしてくると同時に、三人を包んでいる光が消え、石川達はその場にゆっくりと着地した。
 だが、石川と岡野は周囲を見渡した途端、
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 それこそ目玉が飛び出さんばかりに驚いた顔をして、その場に硬直してしまうのだった。



~つづく~
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