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「つまりな、冠の不思議な輝きは、世の中に甘え切っておった、怠け者の心を洗い清めたという訳だ。その美しさの謎を解きたいと、こもだれは――」
 そこまで話した飾り屋は、何にむせたのか、コホコホと咳をし始めました。
「大丈夫ですか、父さん」
「お寒かったのでしょう。僕達、うっかりしていて――」
 背中をさすろうとする息子たちに、いいよと首を振って、飾り屋は天窓を見上げました。

 霧の底に沈んでいた町に、夜明けがやって来たようです。
「語り明かしたという訳だな。お前達こそ、疲れたろう」
「いいえ、疲れなどするものですか」
 下の息子が、生き生きと答えました。
「だって、面白い話でしたもの。ねえ、兄さん」
「話でした、と言っても、まだ終わりまで来ていないよ」
 上の息子は、弟をからかっておいて、父に言いました。
「こもだれが、拾ったというのは、この冠ですね?」
「ほう、よく分かったな」
 飾り屋は、目を細めて息子を見返し、冠の入ったガラスの箱を、膝の上に乗せました。
「そりゃあ、分かりますよ。星の形にダイヤを散りばめた冠……そうどこにもありはしないでしょう。これでも僕は、研磨師のたまごですからね、宝石には興味があるのです」
 上の息子は、誇らしそうに言いました。
「だけど……こもだれの冠、いや、貧しい娘の冠が、どうしてここにあるのですか?」
 上の息子が尋ねると、負けずに下の息子も、冠の方へにじり寄りました。
「これだけの物を買うお金が、うちにあったとは思えませんし……それになぜ、ガラスの箱から出さないのでしょう。父さんの手本だと言うのに、手を触れたのを見た事がありません」
 飾り屋は、息子たちの問いには答えず、道具箱から、小さな鍵を取り出しました。その鍵でガラスの箱を開け、慈しむように、冠を手の平に乗せます。
「うわあ――」
「綺麗だなあ――」
 息子たちが、思わず声を上げた時でした。
 仕事場の入り口から、飾り屋の手元へ、矢のように駆け寄る人がありました。


「あなた、箱をお開けになりましたのね……長い間求めておいでだった物を……とうとう探し当てられましたのね」
 飾り屋の手から冠を取り、声を詰まらせている人――。
 それは、年よりも老けてしまった、飾り屋の妻でした。飾り屋の妻は、涙をふくと、息子たちの方を向きました。
「お前達の父さんはね、それは長い間、お苦しみだったのですよ。この冠が、なぜ美しいのかを知るために。それと、この冠に劣らない、立派な細工をなさろうとしてね……。父さんは、ご自分で答えを見つけるまで、箱の鍵を開けない事にしておいでだったの」
 飾り屋の妻は、もう一度細い指をまぶたにあてました。
「おめでとう御座います。あなた、よろしゅう御座いましたわね……」
 息子たちは、幸せに満ち足りた母を見ました。母の手にある、冠を見ました。言葉を挟んではいけないように思え、黙って父の顔を見ました。
 母の顔にも増して、輝いていると思ったのです。
 ところが、飾り屋は苦しそうに、妻から目をそらしました。
「……すまないと思っている」
 これは飾り屋が、今までに、幾度も繰り返してきた言葉でした。
「答えを見つけた訳ではないのだ。息子たちに昔話を聞かせていて……つい、成り行きで鍵を開けたまでの事……」
「ごめんなさい、母さん」
「僕達、知らなかったものだから――」
 息子たちも、母をどのように慰めれば良いかと考えましたが、それは、いらぬ心配のようでした。
「まあ、昔話を?」
 花でも開くように、飾り屋の妻は微笑みました。
「あの、霧の日の話ですのね。わたくしが、この冠を失くしてしまった……。あなたといったら、ふいに出ていらっしゃるのですもの。そう、あれは確か、ライラックの茂みでしたわ」
 今度こそ、息子たちは驚きました。
 霧の日……冠……ライラックの茂み!
「それでは、あの、父さんが――」
「こもだれ……」
 しかし、息子たちの言葉が、飾り屋夫婦に、聞こえたかどうかは分かりません。


「遠い昔だ……」
「深い霧でしたわ」
「酷く、ひもじかった」
「あらっ」
 飾り屋の妻は、若やいだ声を出して立ち上がりました。
「すぐに、支度を致します」
 そう言って、持っていた冠の置き場を考え、とっさに、自分の髪に乗せたのです。
 そのまま、窓の戸を開き、もう一度若やいだ声を出しました。
「あなた、それからお前達も……御覧なさいな、霧が晴れていますわ」
 振り返って微笑む妻と、妻を飾る冠を、飾り屋は、食い入るように見つめています。
 貧しい窓でした。貧しい身なりの、年老いた妻でした。ただ、どちらも貧しくは見えませんでした。
 貧しい娘の為に、貧しい父親が心を込めて作った冠――その輝きが、全ての物を、豊かに変えてしまうのです。
「む……分かったぞ」
 飾り屋は、深く頷きました。
 飾り屋は、自分では気づいていませんが、分かったのではなく、思い出したのです。
 形の美しさに心をとられ、輝きばかりを追い続けて、長い間忘れていた事を。本当の美しさとは何かという事を。
 今、飾り屋の心をひたしているものは、遠い昔――あの、霧の朝の感動とそっくり同じ物でした。
 その時です。上の息子が、大発見をしたように叫びました。
「あっ、その星のダイヤ――ダイヤではなくてガラスですよ!」
「え、本当なの、兄さん――」
 下の息子は、顔色を変えました。
「それで……売る事が出来なかったのですね。なんだ、そうでしたか……僕達をがっかりさせまいと、黙っていらしたのですね。僕達悪い事を言ってしまった」
「まあ、あなた知っておいででしたの? わたくしでも存じませんのに」
 飾り屋の妻が、微笑みながら尋ねました。
「いや」
 飾り屋は、首を振りました。けれど、昔から知っていたかのように、
「ほう、さすがに息子は、研磨師のたまごだ」
 と、穏やかな目を、妻に向けただけでした。





~おしまい~
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