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 今日はまた、『ばら姫と青い仙人』の続きで行きたいと思います。

 では、スタート!



 それは、長く苦しい旅でした。いくつもの山や川を越え、広い砂漠の中も通り抜けて、北へ北へと、夜も昼も歩き続けました。
 やっと、緑の丘に出た時でした。マバラックが、ほっとしたように言いました。
「王子様、向こうの山のふもとをご覧なさい。あれが青い仙人の王の館で御座います」
「え……。しかし、私には青い霧だけで、何にも見えないが……?」
 王子がしきりに首をかしげると、マバラックは急に思い出したように、
「あ、そうでした。忘れていました。お待ちください」
 そう言いながら、懐から小さな箱を取り出しました。
「これは、不思議な力を持つ薬です。これを目のふちに塗ると、遠くの方も見えるようになりますから……」
 マバラックは王子の目のふちに、その“こう薬”のようなものを塗りました。
 なるほど、高い山とそのふもとを、ほんのりと包んでいる青い霞の中に、三つの館が見えます。そして、その周りには、仙人たちなのでしょう、青い長い衣のようなものを着た人の姿が、いくつも見えました。
「おやっ……?」
 王子は、また首をかしげました。仙人たちの中から、三人が、飛ぶような速さでこちらに走って来たからです。
「仙人たちには、きっと何もかも見通しなのでしょう」
 マバラックが言いました。
 三人はあっと言う間に、二人の前に着きました。
「ペルシャの国の王子様ですね。ようこそおいでになりました。さあ、王様の所へご案内いたします」
「はい、お願いします」
 王子が言うと、途端に一人が王子を、一人がマバラックを、もう一人は二人の荷物を抱え、また飛ぶような速さで走り出しました。
「ここが、王様の館で御座います」
 案内された館の中には、デザック王が、もう二人を待っていました。青い衣で、胸まで垂れた白い長ひげの仙人の王は、まるで神様のような姿に見えました。
 王の前に進んだミスナー王子は、深々とお辞儀をしてから、たずねてきた訳を話しました。
 鋭く光る目で、じいっと王子を見つめながら聞いていた王は、やがて静かな声で言いました。
「ペルシャの王子。わしとそなたの父とは、長い間親しくしていたが、立派な大王であった。すぐにでも猿の像を与えたいのだが、しかし、そうはいかない……」
「えっ……」
「つまり、そなたに猿の像を与える前に、わしからも、そなたに一つ頼みがある。その頼みをやり遂げてくれたなら、猿の像を与える事にしたいが、どうだな?」
「はい、猿の像を頂けるのでしたら、どのような事でも致します」
「しかし、その頼みと言うのは、決して簡単なものではないのだが、それでも良いかな……」
「どんなに難しい事でも、必ずやり遂げます」
「そうか。では話そう。実は、この絵に描かれている姫を探し出して、ここまで連れて来てもらいたいのだが……」
 仙人の王は、一枚の紙を、王子の前に広げました。
 王子は目を見はりました。その絵に描かれている姫は、花のような、いや、花よりももっと美しくて愛らしい、顔や姿だからでした。
「これは“ばら姫”という、この世で最も美しいと言われる姫でな。インドの国にいるという事だけは分かっているのだが……。どうだな?」
「は、はい」
「どうだな、ミスナー王子。引き受けてくれるかな?」
 仙人の王が、静かな声で聞きました。しかし、その目は鋭く光っていました。
「はい、きっとお探しして、お連れ致します」
 王子ははっきり言いました。
「インドの国は遠いのだし、色々な苦労もあると思うが、それでも構わぬと言うのだな?」
「はい、どのような苦労がありましょうとも、お約束致します」
「そうか。では、無事に探し出して、連れて帰ることを祈っておるぞ」
「はい」
 ミスナー王子とマバラックは、休む暇もなく、青い仙人の館を後に、インドの国に向かって旅立ちました。




~つづく~

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 今日は昨日の続きといきたいと思います。

 では、さっそく本文スタート!



 王子は、ミスナーという名前を付けられました。大王の愛情と、国民たちの喜びの中で、すくすくと成長していきました。
 長い年月も夢のように過ぎて、ミスナー王子も、やがて十歳の春を向かえました。
 そのお祝いのすぐ後でした。大王が、たちの良くない病気にかかってしまいました。
 宮殿の中ではもちろん、国民たちもみな、朝に晩に神様にお祈りをしました。が、病気は重くなるばかりでした。
 すっかりやつれてしまった大王は、もう自分の命の長くない事を知りました。そして、大臣の位についている弟のアフーバルを枕元に呼びました。
「アフーバル、わしの命ももう長くはないようだ。生きているものに死のあるのは、世の定めだから仕方ないが、心に残るのは、この国の事だ。王子のミスナーはまだ幼くて、国を治めていくことが出来ない。それで、そなたに頼むのだが、王子が十六歳になるまでそなたが代わって国を治めてくれ。そして十六歳になったら、そなたの娘と結婚させて、王の位につけてくれ。頼んだぞ」
 大王は、苦しい息の中から言いました。
「はい、兄上様。必ずお言葉のように致します」
 アフーバルは、きっぱりと誓いました。
「それから、マバラックはいるか……?」
「はい、大王様……」
 後ろの方に控えていたマバラックが、大王の枕元に寄りました。マバラックは黒人ですが、賢い、忠実な家来です。大王から厚く信頼されていて、ミスナー王子の世話を任されてもいました。
「マバラック、そなたは、良く尽くしてくれたな。これからも、王子の世話をしてやってくれよ。頼むぞ……」
「は、はい。もったいのう御座います。大王様……」
 マバラックは、こらえていた涙をどっとこぼしました。
 アザット大王がこの世を去ったのは、その翌日でした。国中が深い悲しみに包まれました。が、その悲しみの中で、弟のアフーバルが、幼い王子に代わって国を治める事が発表されました。それと同時に、ミスナー王子は山の中にある館に移ることになりました。静かな山の方が、学問を習うのにも、体を鍛えるのにも、都合が良いからと、おじさんのアフーバルが言ったからでした。
「大王の王子様が、こんな山の館でなど……」
 マバラックは不服でした。が、王子の方はそんなことは気にも留めず、元気に山を駆け巡り、また、学問にも精を出していました。
 やがて、その六年も過ぎて、ミスナー王子は十六歳の春を向かえました。
 マバラックが王子に言いました。
「王子様、王子様はもう十六歳になられたのです。これから宮殿に戻って、大王様のご遺言通り、王様の位につかれることを宣言いたしましょう。アフーバル様も、たくましくご成長された王子様を御覧になったなら、きっとお喜び下さるでしょう」
「そうか、では、そのようにしよう」
 王子とマバラックは、山を下りて宮殿に向かいました。
 その頃、宮殿では王座のアフーバルを囲んで、貴族たちが会議を開いていました。
 マバラックが王座の前に進み出て、
「アフーバル様。十六歳になられた王子様が、ただいまお戻りになりました。この上は、一日も早く、王位につかれる儀式を……」
 と申し述べました。すると、王座のアフーバルは、少し顔をこわばらせて言いました。
「おう、ミスナー王子。たくましくなられたのう。ところで、そなたが王位につくことは、わしも喜ぶところである。だがな王子、そなたの運勢を見てもらうと、今年は年回りが良くないから、来年まで待った方が良いと言われてのう……。そうだったな、オルグ」
 アフーバルは、横に座っている不思議な姿をした老婆に言いました。
「はい、その通りで御座います。もし、無理におやりになれば、恐ろしい災いを招きます」
 老婆は占い師なのでしょう、二本の手を高く上げて、何やら呪文を唱えてから、はっきりとそう言いました。
「聞いた通りだ。では、そうしてもらおう」
 アフーバルは、もう決まった、というように言いました。
 そう言われては、王子もマバラックも、もう何とも言う事が出来ません。しかし、もう山の館には帰らず、宮殿に住むことにしました。
 それから三日目の事でした。マバラックが顔色を変えて、王子の所に飛んできました。
「王子様、アフーバル様は、恐ろしい方です。王の位を譲るのが嫌で、恐ろしい事を計画しております」
「なに、恐ろしい事を?」
「はい、王子様を亡き者にしようと、幾人かの貴族たちと相談しているところを見ました。占いの老婆が、年回りが悪いなどと言ったのも、実はアフーバル様の言いつけだったのです」
「え、まさか、あの叔父が……?」
 王子もさすがに顔色が変わりました。
「わたくしも、はじめは自分の耳を疑いました。けれども、これは本当の事で御座います」
「すると……」
 王子は、悔しさに身体が震えました。
「王子様、マバラックがついております。わたくしの命のある限りは悪人どもに勝手なことはさせません」
 マバラックは、ミスナー王子の手を取って、宮殿の裏の建物に入りました。そこは、大王が好んで入っていた不思議な部屋でした。
「ここには、誰も知らない秘密があるのです」
 マバラックはそう言いながら、床の絨毯を剥ぐと、その下の大理石を一枚取り外しました。と、ぽっかりと開いた穴の下は、広い部屋になっていました。
 小さな階段を降りると、中は四つの部屋になっていました。灯もともしていないのに、どの部屋も不思議な明るさでした。
 しかも、どの部屋にも金貨を一杯入れたかめが、いくつも置いてありました。また、かめの蓋の上には、猿の像が乗っていました。その猿の目玉は宝石で出来ていて、きらきらと光っていました。
「こんな素晴らしい物が……」
「はい、ここは、大王様の他は、わたくしだけしか知らない所です。王子様、かめを数えてごらんなさい。一つの部屋に十個ずつ、全部で四十個あるでしょう」


Barahime-2.JPG


 王子は数えてみました。でも、一番奥にある、四十番目のかめにだけ、猿の像が乗っていません。
「どうしてだい、マバラック?」
「これには訳があるのです。大王様はずっと前から、青い仙人のデザック王とたいへん親しくしておられました」
「え、青い仙人の王と?」
 王子は思わず声を大きくしました。青い仙人の王は、神様の力を持っている偉い王だ、といくども聞いているからでした。
「そうです。かめの上に乗っている猿の像は、その青い仙人の王から頂いたのです。一年に一つずつでした。そして、三十九個を頂いたのですが、四十個目を頂く前に大王様はお亡くなりになったのです」
「そうだったのか……」
「ところで王子様。この猿の像は、ただの像ではありません。一つの猿に、千人の妖精の守り神がついているのです。けれども、悲しい事には、その妖精たちを働かせるのには、四十個の猿の像を揃えなければならないのです」
「すると、あともう一個あれば」
「そうです。四十個揃えば、全部で四万人の妖精を呼び集めることが出来るのです。四万人の妖精の力があれば、あの悪者たちも簡単に打ちのめすことが出来るでしょう」
「そうか、成程……」
「ですから王子様、今晩すぐに、ここを出発しまして青い仙人の王をおたずねしましょう。きっとお力になって下さると思います」
「うん。では、そうしよう!」
 その夜中、王子とマバラックは、みずぼらしい姿に変装をして、そっと宮殿を抜け出しました。




~つづく~

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』です。


 本文の方も、『文庫本コーナー』でいきます。最近は1話完結の短編が多かったですが、今回は久々に数回に分けた中編で行こうと思います。

 お話は、ペルシャ民話『ばら姫と青い仙人』です。


 では、本文スタート!


ばら姫と青い仙人



 昔、ペルシャという国を、アザット王が治めていました。アザット王は学問に優れているばかりか、強くて勇ましく、どこの国と戦争をしても負けた事がありませんでした。
 アザット王を恐れるよその国の王たちは、色々な宝物をもって、ご機嫌を伺いに来ました。
 しかし、外には恐れられている王も、国民には優しく、父のように親しまれ、神のように敬われてもいました。
 けれどもそんな王にも、自分の力ではどうすることも出来ない、一つの悩みがありました。王位を継ぐ王子も姫も、生まれない事でした。
「私はだんだん年をとってしまいます。どうか王子をお授け下さい」
 アザット王は、毎日、神に祈り続けました。
 ある夜の事でした。アザット王は、不思議な夢を見ました。いや、それは、夢などではなかったのかも知れません。
 寝室の扉が音も無く開いて、誰かが入ってきました。
 若い美しい女の人でした。なお、良く見つめると、地上では見た事も無い立派な着物を着て、金色に光る杖を持っていました。
「あなたはどなたですか?」
 王は、少し震える声で尋ねました。
「私は妖精です。妖精の女王様のお言いつけで、あなたをお迎えに参りました」
 やがて、そっと宮殿を抜け出た二人は、青い月の光に照らされながら、ずんずん歩いて行きました。
 町を過ぎ、広い荒れ野に来ました。生い茂る草の中に、こんこんと水の湧き出ている泉がありました。
 妖精は、泉の前で止まりました。
「この泉の中に入るのです」


Barahime-1.JPG


 妖精は王の袖をつかんで、どぶんと水の中に飛び込みました。
 二人はずんずんと泉の底へ沈んでいきます。が、不思議にも、身体は少しも濡れませんでした。
 泉の底には、立派な館が建っていました。
「女王様の館です。どうぞ」
 館の中は、目のくらみそうな美しさでした。たくさんの妖精たちが並んでいて、正面の高い所に座っているのが、女王であることはすぐ分かりました。
 その女王が、王に向かって言いました。
「アザット王ですね。あなたは国民たちから、父のように慕われている立派な王です。でも、一つだけ大事な事を忘れていますね。その事でお呼びしたのです」
「それは、どんな事で御座いましょう?」
 王は、丁寧に頭を下げて訊きました。
「あなたは今、たくさんの宝物を持っていて、国の中も平和ですね。でもそれは、あなたの国の兵士たちがいつも勇敢に戦ってくれたおかげでしょう。しかも戦いの度に、たくさんの兵士たちが命をなくしているでしょう」
「はい、その通りで御座います」
「あなたは地上の国民には優しい王ですが、戦いで命をなくした兵士たちには、どんな事をしてあげましたか?」
「どんな事をと申されても……」
 王は、後の言葉に詰まりました。
「わたくしが大事な事と申したのはその事です。あそこをご覧なさい」
 女王は、開いている窓の一つを指さしました。あまり広くない庭に、たくさんの小人たちがにぎやかに遊んでいました。
「あの小人たちは、あなたの命令で勇敢に戦い、命をなくした兵士たちです。地上での命は消えても、魂は小人になって、ここに生きているのです。でも、この庭が狭いので、小人たちが思うように遊べないことが分かるでしょう。そればかりか、あの小人たちには、夜になっても泊まる館も無いのです。可哀想とはお思いになりませんか」
「は、はい……」
 女王の言葉に、王は目頭が熱くなってきました。
「あの小人たちのために、広い庭と大きな館を作ってあげてもらいたいのです。たくさんの宝物を持っているあなたには、それが出来るはずです。そうすれば、神様もきっと、あなたの望んでいる事をかなえて下さるでしょう」
「はい、分かりました。すぐにでも、と申しましても、この泉の底に、どのようにして庭や館を作ることが……」
「いえ、その心配はいりません。庭も館も、地上に作ればよいのです。小人たちには、地上も地下も無いのです。ただ、地上の人の目には、小人の姿が見えないだけです。それに、地上に作った広い庭や大きな館は、あなたの国民も一緒になって楽しむことが出来るのですから」
「はい、よく分かりました。お約束を致します」
 王はきっぱりと言いました。と、その途端でした。アザット王は、ふっと我に返りました。
「はてな……?」
 王は目をこすりながら、辺りを見回しました。そこは荒れ野の中でした。生い茂る草の中の泉の側に、たった一人で立っているのでした。
 アザット王は、急いで宮殿に帰りました。
 やがて国中の建築家が集められ、工事が始められました。
 広い荒れ野は、見る見るうちに大庭園になり、草の中の泉は、美しい噴水の池に変わりました。庭園の真ん中に建てた館も出来上がりました。黄金や宝石をちりばめた館は、昼は太陽の光に、夜は色とりどりの灯の光に、きらきらと輝きます。
 アザット王は、その庭園や館へ、国民たちを自由に出入りさせました。
「アザット王は偉い王様だ。いや、大王様だ!」
 国民の喜びの声はそのままよその国にも伝わっていき、アザット王が『大王』と呼ばれるようになりました。
 また、その大王の宮殿で、待ち焦がれていた跡継ぎの王子が生まれたのは、それから間もなくでした。




~つづく~

 今日は北欧民話、『グドブランドとおかみさん』です。

 では、さっそく本文スタート!


グドブランドとおかみさん



 昔、ある村に、グドブランドという男がいた。この男の畑は、麓との間の中ほどの所にあった。で、村の人たちは彼の事を“山っ腹のグドブランド”と呼んでいた。
 グドブランドには良いおかみさんがいた。おかみさんは彼の事なら何もかもよく分かっていた。おまけに、自分の夫がする事なら、みんな良い事ばかりだと信じていた。
 だからおかみさんは、彼がどんなことをしても、
『うちの主人ったら、今度もまた他所の人には真似も出来ない良い事をしてくれたわ』
 と、いつも喜んでいた。
 二人には、自分たちの畑があり、タンスの中には五百クローネの金がしまってあった。牛小屋には、二頭の牝牛がいる。
 二人はお互いに何の不平も無く、大変な幸せであった。
 ところである日、おかみさんが夫に向かって、
「あのね、牝牛を一頭、町へ連れて行って売らなくちゃと思っているんですけれど……」
 と言いだした。
「――そうすれば、お金が取れるでしょう。私達のように、人に恥ずかしくない暮らしをしているものは、人並みにいつも、いくらかのお金を用意しておかなくてはいけません。タンスの中に五百クローネありますけれど、それを使っていまう訳にはいかないでしょう。後が困りますもの。それにね、二頭の牝牛が居ても、しょうがないと思うの。一頭を売って、残りが一頭になれば、水をやったり草を食べさせたり、寝わらの用意をしてやったりするのにも、手数が省けるでしょう。だって、二頭分の世話が一頭だけで済むわけですから、だいぶ楽になりますよ」
 おかみさんにそう言われて、グドブランドは、
(なるほど、もっともな話だ)
 と、思った。
 そこで、グドブランドはさっそく一頭の牝牛を連れて、町へ売りに行くことにした。
 町へ来た。ところが町には、グドブランドの牝牛を買おうというものが、一人もいなかった。町では牝牛はいらないらしかった。
(よしよし、買う人が居なければ、売らなくたっていいさ。どうせまた、牝牛を家に連れて帰ればいいんだから)
 グドブランドはあっさりと諦めた。そして、
(なあに、家へ帰ればこの牝牛の牛小屋だってあるんだし、帰り道が来た道よりも遠いわけではない。どうせ、おいらは家に帰るんだからな)
 と考え、牝牛を連れて町から家の方へとまた歩き出した。
 ぽく、ぽく、ぽく――。しばらく行くと、グドブランドは道の向こうから、一頭の馬を連れてくる男に会った。男の話では、馬を売りに行くところだという。


Gudbrand.JPG


 そこでグドブランドはこう思った。
(牛よりは、馬の方がいいな)
 そうなると、馬が欲しくてたまらない。グドブランドは、さっそく自分の牛と、相手の男の馬とを取り換える事にした。
 馬が自分の物になった。グドブランドは、上手い事をしたぞとばかり、ほくほくしながら道を歩いて行った。
 しばらく行くと、今度は丸々太った豚を先に歩かせて、後からその豚を追い立ててくる男に会った。
 そこでグドブランドはこう思った。
(馬よりは、太った豚の方がよっぽどいいな)
 そうなると、豚が欲しくてたまらない。グドブランドは、さっそく自分の馬と、相手の男の豚とを取り換える事にした。
 豚が自分の物になった。グドブランドは、今度も上手い事をしたぞとばかり、ほくほくしながら道を歩いて行った。
 しばらく行くと、今度はまた、ヤギを連れた男に会った。
(豚よりは、ヤギの方がずっといいな)
 そう思うと、ヤギが欲しくてたまらない。グドブランドは、自分の豚と、相手の男のヤギとを取り換えた。
 またしばらく行くと、羊を連れた男に会った。グドブランドはさっそく自分のヤギと、相手の男の羊とを取り換える事にした。何故なら、グドブランドはいつも、
(ヤギよりは、羊の方がもっといいな)
 と、そう考えていたからだった。
 羊が自分の物になった。また行くと、次には一羽のガチョウを連れた男に会った。
(ガチョウはいい。羽があるからな)
 そう思うと、グドブランドはたちまちガチョウが欲しくなった。で、さっそく自分の羊と、相手の男のガチョウとを取り換えた。
 その次には、一羽の雄鶏を連れた男に会った。グドブランドは自分のガチョウとその雄鶏とを取り換えてしまった。
(ガチョウよりは、雄鶏の方がいいからな)
 そこで気が付くと、グドブランドはお腹がペコペコだった。一日中、歩き続けているわけである。
(お腹が空いてはどうにもならない。雄鶏を売って、何か食べる物を買う事にしよう。雄鶏を持っているよりも、人の命を救う事の方がもっと大事だろうからな)
 グドブランドはそう考えた。
 そう気が付くと、グドブランドは見つかった道端の家へ行き、雄鶏を十二オーレで売った。そして、そのお金で食べ物を買って食べた。
「これでよし」
 グドブランドはとうとう何も持たないで、自分の村へ来た。
 家へ入る途中、グドブランドは近くの知り合いの家へ寄った。その男は、グドブランドが牝牛を連れて町へ売りに出かけた事を知っていた。
「町ではどうだったかね?」
 と、たずねた。
「まあまあという所さ」
 グドブランドは答えた。
 そこで、グドブランドは、はじめっからおしまいまで、今日の出来事を残らずその男に話して聞かせて、
「だから、たいして良かったとも言えないが、悪いというほどでもないやね」
 と言った。
 それを聞くと、相手の男は呆れた顔で、
「やれやれ。そんな事では、家へ帰ったらおかみさんにひどく怒られるぞ! 可哀そうになあ。でも、どうしようたって、お前さんの身代わりになってやるわけにもいかないしな」
 そう言った。
「そうかな。考えてみりゃ、もっとまずい事になっていたかも知れないと思うんだがな」
 グドブランドは言い、
「とにかく、今となっては良かろうと悪かろうと、仕方があるまい。私の家内は気がいい奴だから、私がすることに、決して文句なんか言わないよ」
 そう答えると、
「だけど、今度ばかりはそうは思えないがね。お前さんのしたことが、あんまり酷すぎるんだもの」
 相手の男は言った。
「では、一つ賭けをしようかね? 私の家のタンスに、金が五百クローネあるんだが、お前さんも、それだけの金を賭けるかい?」
 グドブランドは、真面目な顔で言った。
「いいとも!」
 相手の男が答えた。
 話がまとまった。グドブランドは、夕方まで、その男の家で遊んでいた。
 そして、暗くなって明かりがつく頃になり、グドブランドは賭けをした相手の男と一緒に、自分の家へ帰った。
 相手の男はグドブランドの家へは入らずに、外にいる事にした。グドブランドだけが家の中に入って、おかみさんと話をするのを相手の男がドアの所で聞いているという約束だった。
 グドブランドが、家の中へ入った。
「ただいま」
 そう言うと、
「あら、お帰りなさい」
 おかみさんの声がした。
「町では、どうでしたか?」
 さっそく話が始まった。
「うん、まあまあといったところさ」
 グドブランドが答えた。
 そこでグドブランドは、
「町へ行ったところが、誰も牝牛を買おうという人がいないので、おいらは牝牛を馬と取り換えたよ」
 と言った。
「馬ですって! それは良い事をしましたわね」
 おかみさんは嬉しそうに言い、
「何しろ、私達はちゃんとした暮らしをしているでしょう。だから馬があれば、他の人たちのように馬車で教会へ行けますわ。私達だって馬の一頭ぐらいは持っていたっていいわけですよ。ちょうど馬小屋もあるし、さあ、馬を早く小屋へ入れていらっしゃいな」
「うん」
 と、グドブランドは言いかけて、
「だがね、今、馬がいるという訳ではないんだ」
 そこで、グドブランドは一息入れた。
「しばらく行くとね、太った豚を連れた男に会ったんで、馬を豚と取り換えたよ」
 グドブランドは言った。
「考えてみれば……」
 とおかみさんは言い、
「豚の方がずっといいわね。私だって、きっとそうしたでしょうよ。豚からは、ベーコンが取れますものね。これで、町から人が尋ねて来ても、ベーコンがあるから大丈夫ですわ。馬なんかいても、ほんとにしようがありませんものね。もし、私達が馬車などに乗って、今まで通りに教会まで歩いて行かなかったりしたら、みんなはきっと、私達がいばりくさっている、と言うに決まっていますわ。さあ、豚を小屋に入れていらっしゃいな」
 そう言った。
「ところが、今、豚がいるという訳ではないんだ。それからしばらく行くと、ヤギを連れた男に会ったんで、豚をヤギと取り換えたんだよ」
 グドブランドは言った。
「それは良い事をしましたね」
 おかみさんは言い、
「よく考えれば、豚なんかつまりませんものね。肉にして食べてしまえばそれでおしまいでしょう。人から、あの家ではありったけの物をみんな食べてしまう、なんて当てこすりを言われるぐらいのもんですわ。それに比べてヤギが居れば、ヤギの乳もとれるし、チーズだって出来ますわね。長く飼っていれば、ずいぶん役に立ちますよ。さあ、ヤギを小屋にしまっていらっしゃい」
 そう言った。
「それがね、ヤギも連れてきてはいないんだよ」
 グドブランドは言い、
「それからしばらく行くと、羊を連れた男に会ったもんで、ヤギをその羊と取り換えたんだよ」
「まあ! それはうまくやりましたわね」
 おかみさんは言った。そして、
「あなたはほんとに、私が喜ぶことばかりなさるのね。私だって、きっとそうしたと思いますわ。ヤギが居たら、ほったらかしにしておくわけにはいきませんものね。山や谷へ連れて行っても、夕方までにはまた連れて帰らなけでばならないでしょう。それが、羊ならその毛で服だって作れますし、おまけに肉だって食べられるんですから、本当に助かるわ。さあ、早く羊をつれていらっしゃいよ」
「ところが、その羊も、今はいないんだよ。ガチョウと取り換えてしまったんでね」
 グドブランドは言った。
「まあ、まあ! なんて有難いんでしょう。羊が居ても厄介ですものね。だって、刈り取った毛を紡ぐ紡ぎ車も無いし、機織りをするにも機台が無いでしょう。羊が居なければ、自分が着る物を織ったり、布切れを断ち切ったり、糸で縫ったりもしないで済みますわ。そんなものは、今まで通り買えばいいんですからね。ガチョウでしたら、私は前からその肉を食べたいと思ってましたし、羽や毛は枕に詰めれば役に立つでしょう。さあ、すぐに行って、ガチョウを連れていらっしゃい」
「うん。けれど、そのガチョウもここにはいないんだよ。雄鶏と取り換えてしまったもんだからな」
「なんとまあ、あなたは何でも、よく気が付く人でしょう!」
 おかみさんは叫んだ。
「私だって、そっくりあなたと同じことをしたでしょうよ。雄鶏なら、柱時計の代わりになりますものね。雄鶏は、毎朝四時に鳴きますから、私達はきちんと正しい時間に起きられます。ガチョウなんかつまりませんわ。私はガチョウの料理の仕方をよく知りませんし、枕には干し草を詰めてもいいですからね。さあ、雄鶏を連れていらっしゃいよ」
 おかみさんにそう言われて、
「それが、その雄鶏もいないんだよ」
 と、グドブランドは情けなさそうな声で言った。そして、
「歩いている内にお腹がペコペコになってしまったんだ。そこで雄鶏を十二オーレで売り、その金で食べる物を買い、それを食べて命をつないだってわけさ」
 そのように言った。
 さあ、おかみさんがどんな返事をするだろう?
 グドブランドと賭けをした男は、ドアの所で、グドブランドとおかみさんの話を残らず聞いていた。そして、
(いくら気がいいおかみさんだって、ここら辺りでもう怒っても良さそうなもんだがな。これで、グドブランドの話はすっかりおしまいなんだから)
 と、考えた。
 その途端の事だった。
「あら、嬉しい! 涙が出てきそうだわ。あなたって、本当に良い事ばかりなさるのね」
 そう言うおかみさんの声が聞こえた。
 続いて、おかみさんはこう言った。
「あなたがなさる事はみんな、私が心の中でそうしたいと思っているのと同じですわ。雄鶏なんかいるもんですか。私達は、誰にも使われているわけではないのですもの。朝、眠りたいだけ寝ていられるんですよ。ほんとに嬉しいわ。私はあなたさえ帰ってきて下されば、他に何も言う事なんかありません。有難いわ。あなたって、本当にいい人だわ。雄鶏だの、ガチョウだの、豚だの、ヤギだの、羊だの、馬だの、牝牛だの、そんなものとあなたとを比べるわけにはいきません。あなたは私の宝なんですもの」
 そこでグドブランドはドアを開けた。そして、賭けをした相手に、
「さあ、どうだね? お前さんの五百クローネは、私がもらっていいかい?」
 と言った。
 なんと珍しい夫婦がいたものである。
 相手の男はとうとう自分が賭けに負けたことを認めた。そして、グドブランドに五百クローネを出した。




~おしまい~


 いかがでしょうか?


 バカ夫婦と言うかバカップルと言うか、奥さんも旦那のやることにとことんポジティブと言うか……。(^ ^;)

 今回は最終的に結果オーライでしたけど、こんな夫婦だったら、きっと人生って楽しくてしょうがないだろうなぁ……。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日はペルーの民話、『ココカロの水道』をお送りしたいと思います。

 では、早速スタート!


ココカロの水道



 昔々、ペルーの国の高い山の上に、五つの卵が並べて置いてありました。どうしてそこにあるのか、何の卵なのか、誰も知りませんでした。
 しばらくすると、卵は次々に割れて、四つの卵からは四羽のタカが飛び出しました。けれどもそのタカは、すぐに四人の優れた勇士になりました。
 最後の五つ目の卵からは、パリカカという、不思議な力を持った立派な神様が生まれました。
 先に生まれた四人の勇士は、パリカカの家来になりました。
 パリカカは、四人の家来を連れて、あちらこちらと旅をして歩きました。
 ある時、サンロレンゾという村を通りかかりました。すると、村はずれの畑の中で、一人の美しい乙女が、しくしくと泣いていました。
 パリカカは、乙女の側に行きました。
「何が悲しくてそんなに泣いているのだ。その訳を話してごらん!」
 すると乙女は涙にぬれた顔を上げ、
「私はこの村の者で御座いますが、村には水が足りなくて、せっかく植えたトウモロコシが、御覧のように枯れてしまいそうなのです。それが悲しくて……」
 と、また泣き出しました。それにしても、なんと美しい乙女だろう……。パリカカは、その美しさにすっかり心を惹かれてしまいました。
「そうか、分かった。泣かなくてもよい。私はお前を愛している。どうだね、私と結婚をしてくれるなら、お前の畑に水を与えてやろう」
「え、畑に水を……」
 乙女は不思議そうに、パリカカを見つめてから、やがて心が決まったらしく、
「でも、私の畑だけでなく、村中みんなの畑に水を与えて下さるなら、お言葉に従っても宜しゅうございます」
 と、はっきり言いました。
「村中の畑に……」
 パリカカは首をかしげました。村中の畑と言えば、見渡す限りの広さです。そんな力が私に……と思いましたが、はるか彼方に大きな川が流れているのが目につきました。
「よし、あの川の水を利用すれば……」
 パリカカは大きく頷くと、
「よし。では、村中の畑に水を流してあげよう。その代わり、私との約束は必ず守ってくれるだろうね!」
 と、念を押しました。
「はい、その通りになりましたら、きっとお言葉通りに致します」
 乙女の言葉に喜んだパリカカは、四人の家来に言いつけて、野や山に住んでいる鳥や獣を集めさせました。
「いいかね。ほれ、向こうに大きな川が見えるだろう。あの川から、いく本もの水道を作って村中の畑に水を流してくれ。頼むぞ!」
 パリカカの言葉に、
「へえ、では、すぐに始めます」
 と、動物達は、キツネを親方にして、すぐに仕事にかかりました。
 あるものは草をむしり、あるものは石を取り除き、あるものは穴を掘り、また、あるものは水をせき止めるなど、見る見るうちに四方八方へ立派な水道が出来ていきました。


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 さて、これを見た村の人々は喜びました。いや、一番喜んだのは、パリカカと約束をした乙女です。
 そして乙女は、パリカカと結婚することになりました。が、その時、また言いました。
「パリカカ様。もう一つお願いがありますが……」
「そうかい。言ってごらん。どんな願いでもかなえてあげよう」
「はい、あなたが作って下さった水道の中で、ココカロの水道が一番気に入りました。ですから私はあの水道の水上にあるヤナカカの岩の所に、いつまでも住んでいたいのです。許して下さるでしょうか」
「おう、いいとも」
 パリカカは、この美しい乙女の願いを聞いて、ヤナカカの岩の所に住むことになりました。
 もちろん、村の人々は、二人の結婚を喜んで、幾日も幾日も、お祝いのお祭りをしました。
 そのあと乙女は、そこがたいそう気に入って、
「私はいつまでもここにいて、この水道を守りたいと思います。死んだ後までも……」
 と言いました。
 そこで、パリカカは村を救った美しいこの乙女を、死んだあと、石に変えて、永久にココカロの水道の水上にとどめておく事にしました。




~おしまい~


 いかがでしたか?


 私はこのお話、色々と突っ込みながら読んでました(苦笑)。

 神様のわりに色ボケだったり、魔法など一切使わず(使えず?)、手作業で水道を作ったり……。


 いや、動物を従えてまとめられるのは、それはそれですごいのかも知れませんが……。(^ ^;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日は北欧民話、『“ほんとう”と“うそ”』です。

 では、さっそくスタート!


“ほんとう”と“うそ”



 二人の息子がいた。父は、物を売ったり買ったりして、その儲けで暮らしを立てている商人だった。
 息子たちは二人は、いつも、
「一体“うそ”と“ほんとう”とでは、どちらが強いんだろうか」
 その事で、互いに言い争っていた。
 兄は、
「この世の中には、いつまで経ったって、人をだますとか悪い事とかがなくならないさ。だから、なんと言っても、うそがやっぱり強いよ」
 そう言い張った。けれども弟の方は、
(いや、そんな事はない。本当とか、正しいとかいう事が、おしまいにはきっと勝つ)
 と心の中で思っていた。
 父が亡くなると、二人の息子には一艘の船が残された。息子たちは幸福を求め、残された船に帆を張って乗り込み、広い世界へ旅経つことにした。
 けれど、兄弟は港にいる内に、いつもの、
『“うそ”と“ほんとう”ではどちらが強いか』
 という事で言い争いを始めた。その挙句に、
「では、嘘と本当ではどちらが勝つか、勝った者が私達が乗っているこの船をもらうという事にして、賭けをしよう」
 という事になった。
「よろしい。やろう」
 その賭けと言うのは、海の上で初めてあった人から、嘘と本当ではどちらが強いか、その考えを聞いて、どっちかに決めてもらおう、というものだった。
 さて、兄弟の船は、海に出た。夕方近くになった頃、怪しい身なりの男が、小さな船をこぎながら、こっちへやって来るのであった。
 兄は船の上から、大きな声で、
「おうい、世の中で“ほんとう”と“うそ”と、どっちが勝つかね?」
 と尋ねた。
「そりゃあ、嘘とよくない事が勝つに決まっているさ」
 悪い仲間の一人だったその男は、そう答えた。
「あの男が、今、言った事を聞いたかね。お前は賭けに負けたんだよ。さあ、私の船から降りる用意をするがよい」
 兄は弟に言った。
 そのうえ兄は、弟の目をつぶしてしまい、弟を小舟に乗せて、海へ流した。
 不幸な弟は、小舟の中で一人ぼっちで、風と波にもまれながら、海の上を、あちこち漂った。その末に、小舟と一緒に、とうとう荒れ果てた岸辺に打ち上げられた。
 雪があった。
 盲目の弟は、陸の上を手探りでさまよっている内に、大きな岩にぶつかった。そこで、その岩陰で一休みする事にした。
 疲れ切って、うとうとしていた。弟の耳に、誰かがスキーで近くを通りかかる音が聞こえてきた。
「どなたか知りませんが、どうか、私を一緒に連れて行ってください」
 弟は、その人に向かって言った。
 スキーの人はそれを聞くと、弟の方へ引き返した。
「私を呼んだのは、お前かい。一体、どうしたと言うのだね」
 その人は、ひげを生やした老人で、弟の方は少年であった。弟は、その見知らぬ老人に、自分がここへたどり着いたまでの事を、すっかり話し、
「私は、おしまいには“ほんとう”が勝と信じているのですが、今の所は、悪い事ばかりが世の中にはびこっている気がします」
 と言った。
「悲しがることはない。今に、みんなよくなるよ。さあ、私のこのスキーをお履き。そうすれば、スキーはお前を泉の所へ運んでくれる。その水で目を洗えば、お前の目は、また見えるようになるからね」
 老人は、少年を慰め、励ました。
 弟はスキーを履いた。すると、スキーは矢のように早く滑り、弟を泉の所まで運んでくれた。
 弟は、泉の水で目を洗った。と、弟の目は、またはっきりと物が見えるようになった。
 弟には、この辺りの景色は、全く見慣れなかった。で、自分が一体どこへ連れて来られたのか、さっぱりわからなかった。
 弟がまたスキーを履くと、スキーは弟を、瞬く間に、元の岩の所まで運んでくれた。そこには、さっきの親切な髭の老人がいた。
 弟は老人に、泉の水のおかげで目が見えるようになった事と、スキーを貸してもらったお礼を言った。そして、
「実はもう一つお願いがあるのですが、私は故郷へ帰りたいのです。で、こんなに早く走れるスキーならば、どんなに遠くても、私をそこまで連れ戻してくれるだろうと思うのですが……」
 と言った。
 すると老人は、
「では、このスキーをお前にあげよう。私はまた、別のを作ればよいのだから。さあ、出かけるがいい。でも、もみの木が茂っている三方への分かれ道に着いたら、その木に登って、枝の上の方を見ていなさい。けれど、必ずスキーをもって登らなくてはいけないよ。そうして、じっと耳を澄ましていれば、お前は大変な幸福をつかむことが出来るのだからね」
 そう言った。
 弟は老人にお礼を言って、スキーをしっかりと履いた。
 スキーは走った。たちまちもみの木が茂っている分かれ道の所へ来た。
 そこで弟は、老人に言われた通りに、スキーを持ったまま木に登った。
 夜中ごろになった。三人の男が、弟が登っている木の下へ来た。そして、焚火にあたりながら、話を始めた。
 弟が木の上から、枝を透かしてみると、その男たちは悪者の仲間だという事が分かった。泥棒である。
 弟が耳をそばだてていると、一人の男がこう言うのが聞こえた。


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「お前たちの知らない事を、俺は知ってるぞ」
 すると、次の男も、
「俺も、お前の知らない事を知っているぞ」
 と言った。
「でも、俺の知っていることは、お前たち二人とも知ってはいないぞ」
 三番目の男が言った。
「それなら、お前が知っていることを、はっきり言ってみろ」
 初めの男が言った。
 そこで、相手の男が、
「俺が知っていることと言うのは、こうなんだ。王様のお城では、水が枯れてしまって、遠くから手押し車で水を運ばなければならない。それで困っているんだ。だけど、本当のところは、そうしなくてもいいんだ。と言うのは、王様の庭にある大きなイチョウの木を切り倒して、その根元を掘り起こせば、そこから素晴らしい泉が湧きだすのだ」
 と言った。
「俺は、王様のお城の庭に、シカやトナカイが何故寄り付かないか、そのわけを知っている。庭の入り口に鹿の角が飾ってあったんでは、動物たちが怖がって逃げていくのが当たり前だ」
 別の男がそう言った。
 そこで、焚火のそばにうずくまっていた、もう一人の男が、
「王様の娘が、長いこと病気で、どんな医者にかかっても良くならない事をお前たちも知ってるだろうな。あの王女は、朝早く日が登る頃に起きて、お城の庭で着ているものを脱ぎ、露に濡れた草で身体をこすりさえすれば、すぐに治るのだがね」
 と言った。
 弟は木の上で、その話をすっかり聞いてしまった。で、三人の男たちがいなくなると、木から降り、さっそくスキーを走らせて、王様の城へと向かった。
 王様の城に着くと、弟は、何か自分に出来る仕事を与えて下さいとお願いをした。
 弟に与えられたのは、水運びの仕事だった。弟は元気よく毎日せっせと、長い道のりを馬や水桶を使って、城へ水を運んだ。それでも、城はとても大きいので、朝から晩まで暇もなく水運びに励まなければならなかった。
 ある日、王様が水を運んでいる弟の所へ来た。そして、
「私の城には、どういう訳か泉の湧くところが無い。そのために、人や馬がこうして一日中、働かなければならないのだ」
 と言った。
 すると弟は、
「王様、それだったら、お城の庭の大きなイチョウの木を倒して、その根元を掘り起こしさえすれば、きっと水が湧くでしょう」
 と、答えた。
「お前が言った事に、間違いないだろうな?」
 王様が尋ねた。
「はい、間違いありません」
 そこで王様は、家来たちに言いつけて、すぐに大きなイチョウの木を切り倒させた。そして、その根元を掘り起こしてみると、そこからたちまち、こんこんと綺麗な泉が湧いて出た。
 王様はこれを見て、大変喜んだ。で、王様は弟を、狩り係の長官にした。そして、
「私の庭に、何故、シカやトナカイが来ないのだろうか?」
 と聞かれた。
「それは、お庭の入り口に、シカの角があるせいです。これを取り外してしまえば、シカやトナカイは、きっとまたやって来るでしょう」
 弟は、そう答えた。
 王様はさっそく、シカの角を取り外させた。
 あくる日、王様が庭を歩いていると、どこからともなくたくさんの鹿やトナカイが来て、庭中に群れているのが見られた。王様は弟が言った事にすっかり感心してしまい、
「お前は本当に、魔法使いのようだ」
 と言った。そこで王様は、弟を宮内大臣の位にのぼらせた。
 それからしばらく経ったある日、弟は王様が悲しそうな顔をしているのを見た。弟が王様にそのわけを尋ねると、
「私の一人娘が五年前から寝たきりの病気で、それも一日一日、悪くなる一方なのだ。国中の医者が手を尽くしたのだが、どうしても治すことが出来ない。それで、誰でもよい。あの子の病気を治してくれるものがあったら、娘の婿にして、国の半分を分けてやりたいと思っているんだ」
 王様はそう言った。
「私が、お姫様のご病気をお治ししましょう」
 弟は王様に約束した。
 弟は、まず病人のために、担架を用意した。そして、病気の王女をその担架に乗せて、朝早く、城の庭へ運んだ。それから着ているものを脱がせ、露で濡れた草の上に王女を寝かせた。


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「そんな乱暴な事をしたら、お姫様の命は間もなくなくなるだろう」
 王様の家来たちは囁きあった。
 王様もその有様を見て怒ってしまい、
「もし、娘が死にでもしたら、お前の首をはねてしまうぞ!」
 と、弟に向かって言った。
 ところが、露で濡れた草の上に寝かされた王女は、死にはしなかった。死ぬどころか、かえって、すっかり元気を取り戻し、花のような笑顔を見せた。
 こうして弟は、王女のお婿さんに決まった。盛んな結婚式の支度が始まり、よその国にまで、たくさんの品物が注文された。
 弟は、それらの品物を運んでくる船を迎えに港へ出かけた。やがて、二艘の立派な船が港に着いた。
 弟は、品物を運んできたその二艘の船の船長が、心の良くない、自分の兄であることを知った。兄は、弟だと気が付かなかった。
 調べてみると、その船の積み荷は、途中でだいぶ減っていた。つまらないガラクタしか残っていないことも分かった。
 弟はその事を、船長に注意した。すると船長は賄賂の金を使って、それを誤魔化そうとした。お金をやるから、本当の事を王様に言うのは黙っていてもらいたいと、そう言って頼むのだった。
「お金などで誤魔化そうとしても、それは駄目です。一体、私を誰だと思うのですか? 私が嘘を言わない事は、あなただって前から分かっていたはずだと思うのですがね」
 弟は言った。
「あなたは、どなたでしょう? あなたが王様のお城の身分の高い方だとは、知らなかったものですから」
 船長が答えた。
「おや、おや、あなたは、自分の弟を忘れてしまったのですか!」
 大臣の弟は叫び、
「私はあなたに盲目にされて、海へ流された弟ですよ。私が盲目になって、風や波に苦しめられた辛さが、あなたにはわかりますか?」
 と言った。
 兄は、やっとそれが自分の弟であることを知って、驚いた。そして、昔自分がした悪い行いの仇を討たれるのではないかと、弟を恐れた。で、兄は弟に何度もお詫びを言い、しきりに謝って、
「これからは、決して嘘をついたり、悪い考えは起こしたりはしませんから」
 と、固い約束をした。
 弟は、兄を許してやることにした。そればかりか、兄をお客として、王様の城の中にある自分の住まいに招いた。
 そこで、兄の船長は、大臣の弟にこう尋ねた。
「一体、どうやって王様の友達になり、そんな高い位についたのかね?」
 弟は、海に流されてから後の事を正直に兄に話して聞かせた。つまり、ひげを生やした老人からスキーをもらった事や、もみの木がある分かれ道で、泥棒達の話を聞いた事などであった。
 兄はそれを聞くと、またしてもむらむらとした気持ちになって、
(弟の奴、なんて巧い事をしたもんだろう)
 と、思った。
 そうなると、兄はじっとしていられなかった。さっそく自分もスキーを走らせて、もみの木がある分かれ道の所へ行った。そして、自分ももみの木によじ登ったが、スキーはそのまま、木の根元に置き忘れてしまった。
 夜中になると、また泥棒達がやって来た。すぐに、木の下にスキーがあるのが目についた。
「おや、誰かが木に登って、俺たちの話を盗み聞きしようとしているぞ!」
 泥棒達は、わめきたてながら、力任せに木をゆすった。


 ドシーン!


 兄の船長は木から落ちた。それで、兄は訳なく泥棒達に捕まえられた。そして、嘘をついたり悪い事をしたりすることがやめられなかった報いで、とうとう殺されてしまった。
 一方、正直な弟は、王女と結婚して、一生を幸せに送った。




~おしまい~


 いかがでしたか?


 いわゆるアンパンマンやスーパー戦隊やプリキュアみたいな「最後は正義が勝つ」の元祖のような昔話ですが、今の世の中を見てると……。(- -;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今晩は、アカサカです。

 今日はアメリカ民話、『プディングの塩加減』をお送りします。


 ……割とオーソドックスな昔話です(笑)。

 では、スタート!


プディングの塩加減



 シンプソンおばさんの作ったプディングの美味しい事と言ったら、その村中の評判でした。
 誰だって、一度は食べてみたいと思わずにはいられませんでした。
 ところである日、そのシンプソンおばさんの家で、パーティーを開くことになったのです。
 もちろん、プディングも作って出す事に決めてありました。
 シンプソンおばさんには、娘が五人いましたが、パーティーの支度というものは大変忙しいものでしたから、肝心のプディングときたら、夕方近くになっても出来ていませんでした。
 娘たちは洗い物やら、おめかしやら、家の掃除やらを一生懸命やっていたのです。
 そこでおばさんは、台所へ駈け込んで、プディングを作るため、ガタゴトやり始めました。
 プディングには、ミルクとバターの他に、ほんの少し塩を入れなければなりませんでした。
 塩を入れないと、プディングの良い味が出ないのです。
 おばさんはその日、てんてこ舞いだったものですから、塩を入れるのを、つい忘れてしまいました。塩を入れないプディングを火にかけてから、椅子やオルガンのふき掃除に駆け回ってしまったのです。
(あれ? そう、そう。プディングに塩を入れるのを忘れちゃったわ)
 おばさんは掃除をしながら、ふと思い出しました。
 おばさんの両方の手は、汚れていたのです。そこでおばさんは、娘たちの誰かに塩を入れてもらおうと思いました。
「スー、お前、プディングに塩を入れておくれ。私の手は真っ黒だから」
「だめよ、お母さん。あたし、靴を磨いているんですもの」
「セイリー、お前、どう?」
「お母さん、あたし、このドレスのすそを縫い上げてしまわないと、パーティーに間に合わないのよ」
「バーシー、お前、塩を入れられないの?」
「ダメよ、お母さん、今、ここを片付けているのですもの」
「ジェニー、塩を入れてきてちょうだい」
「リルにさせてよ。あたしはアイロンかけで手が離せないのよ」
「じゃ、仕方がない。リル、さあ、お前、塩を入れてきてちょうだい」
「ダメよ、リボンを探しているのですもの。リボンが見つかるまで、他の事していられないわ」
(……ほんとに、娘が五人もいて、一人も役に立たないんだから……)
 おばさんはぶつくさ言いながら、それでも仕方なく手を洗い、プディングに塩を入れに行きました。
 ちょうどおばさんが塩を入れ終わって、また掃除を始めた頃、リルはお母さんに言いつかったことを、やらなければと考えたのです。
(ええと、プディングに塩を入れるんだったっけ)
 リルは台所に行って、プディングに塩を入れたのです。
 ジェニーもまた、お母さんの言いつけを聞かなかったのが、心配になってきました。台所へ行くと、プディングに塩を入れたのです。
 ジェニーが塩を入れて間もなく、セイリーも、台所へ行って塩を入れたのです。
 バーシーは、この家では一番の怠け者でした。お母さんには部屋を片付けているなどと言って、実は自分の部屋で本を読んでいたのです。
 バーシーは、本を読むのも好きでしたが、プディングを食べるのも大好きでした。
(あのプディングに、塩を入れなかったら、不味くて食べられないわ)
 バーシーは、そっと台所へ行って、プディングに塩を入れました。さて、プディングは、確かに見事に出来上がりました。
 パーティーの晩、シンプソンおばさんが、もったいぶってプディングを運んできた時には、誰もがこくりとつばを飲み込まずにはいられませんでした。
 牧師さんも来ていましたが、その牧師さんが、一番先にプディングを分けてもらいました。
「これは、これは、ご馳走様。私は、このプディングには目がない方でしてね」
 牧師さんはもう、よだれの垂れそうな顔をして、プディングの大きな一切れをぱくり!
「うへえっ! ぺっ!」
 これはまあ、どうした事でしょう。
 牧師さんの顔ったら! 今までのニコニコ顔はどこへやら、まるで絞った雑巾みたいなしかめ顔です。
 みんな、呆気に取られてぽかんとしていました。
 シンプソンおばさんは、これはおかしいと思い、プディングを口に入れてみました。
「あっ! ぺっ! ぺっ!」
 おばさんは、思わず口を押えました。
 プディングの塩辛いことったら!
「このプディングに塩を入れたのは、お前たちの誰なの?」
「あたしが入れたのよ」
 五人の娘たちは、誰もかれも、同じようにこう言いました。
「まあ、お前たちったら! せっかくのプディングが台無しじゃないの! 私も塩を入れたんですよ」
 シンプソンおばさんの美味しいプディングだって、たまにはこういう事もあるのです。




~おしまい~

 今日は懐かしいネットの友人と久々に交流があって、ちょっとテンションが上がりました。(^ ^)


 さて、本文の方は『文庫本コーナー』で行きます。

 今日はまたまたエスキモー民話、『魚と鳥と獣の神』です。


 ではスタート!


魚と鳥と獣の神



 昔々、天上の神々の世界にも、手に負えないようないたずらな神や、乱暴な神が居ました。
 そんな中でも特に酷いのは、魚の神と、鳥の神と、獣の神でした。また、この神たちは仲が悪くて、寄ると触ると喧嘩ばかりしていました。
 神々の大王は三人の神を呼んで、何度も注意をしましたが、少しも治りません。
(――ああ、なんという情けない事だ。地上の人間たちでさえ、あんな真面目に働いているのに、天上の神の中にこのような厄介者が居ようとは……)
 とうとう我慢の出来なくなった大王は、まず、一番暴れ者の魚の神を呼びつけました。
「よいか、魚の神。お前のような乱暴者は、もうこの天上界に置いておくわけにはいかない。すぐに人間の世界に下って、海にでも、川にでも、好きな所に住むがいいだろう!」
 と、大王はきつく命令しました。
「そうですか。仕方がありません。では、そうします」
 自分が悪いとわかっている魚の神は、すぐに人間の世界に下りました。そしてしばらく住んでみると、ここは思ったよりも良い所でした。第一、怖い大王などもいません。それに、海は広く、川もたくさんあって、いくら暴れても、誰からも文句を言われません。かえって嬉しくなりました。すると、この魚の神を、天上で見ていた鳥の神が思いました。
(――魚の神の奴は、上手い事をしたな。あんなに広い所を自由に遊びまわっているんだから……。私も何とかして、人間の世界に下っていきたいんだが……。そうだ、それにはもっとひどく暴れて、大王様を怒らせよう!)
 こうして、ますます乱暴になった鳥の神を見て、大王はもう我慢が出来なくなりました。鳥の神を呼びつけると、
「この頃のお前の暴れようは神々の恥だ。自分でもわかるだろう。もう許しておくわけにはいかないから、お前も人間の世界に下って、好きな所に住むがいいだろう!」
 と言いました。
「はい、仕方がありません。では、そうします」
 鳥の神は、心の中ではうまくいったと喜びながらも、うわべだけは寂しそうな顔をしながら、さっさと人間の世界に下りました。
 するとその様子を、海の中で見ていた魚の神が、少し慌てました。
「おやっ、鳥の神の奴も追い出されてきたぞ! さて、そうなると、これは考えものだな。あいつは乱暴者だから、いつこっちへ喧嘩を仕掛けてくるか分からないぞ! そうだ。その時になって慌てないように、今から家来たちの数を増やしておかないと……」
 という事で、魚の神は、海にも川にもやたらと色々な魚を増やし始めました。
 魚の神のそんな様子も、鳥の神にはすぐに分かりました。
「ふん、魚の神の奴、慌てだしたな。よし、向こうがそうなら、こっちだって負けてなんかいられるもんか!」


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 鳥の神も、林や森に、やたらと色々な鳥を増やし始めました。ところで、まだ天上にいる獣の神は、二人の神のそんな姿を見て思いました。
(魚の神も鳥の神も、上手い事をやってるな。よし、こうなったら、私だってまごまごしてはいられないぞ。怖い大王のそばなんかより、人間の世界に下った方が……)
 そして獣の神も、二人の神のように暴れ出したので、すぐに大王に呼びつけられました。
「どうだ獣の神、私がなぜお前を呼びつけたのか、そのわけは、もう分かっているだろうな?」
 大王が言うと、
「はい、分かっております。仕方がありません。私も魚の神や鳥の神のように、人間の世界に下っていく覚悟は出来ております」
 と、獣の神も、うわべだけは寂しそうな顔で言いました。
「そうか。では、かわいそうだが……」
 という事で、獣の神も、人間の世界に下ってきました。そして、二人の神に負けないようにと、山や野に、色々な獣たちを増やし始めました。
 こうして人間の世界に下ってきた三人の神は、いざという時に備えて、それぞれに家来を増やしましたが、でも、思ったような大きな喧嘩は起こりませんでした。
 もっとも、考えてみるとそのはずです。魚の方は水の中だし、鳥の方は空の上だし、獣の方は陸の上で、それぞれに住んでいる所が違っているからです。
 ――いや、神々の大王は、それをちゃんと知っていて、人間たちの暮らしのために、三人の神をこの地上に送ってくれたのでした。




~おしまい~

2019.12.08 歯抜き騒動

 こんばんは、アカサカです。

 今日は『文庫本コーナー』で、アメリカ民話、『歯抜き騒動』をお送りしたいと思います。


 では、スタート!


歯抜き騒動



 昔は、みんな丈夫な歯をしていたという事です。
 何しろ今のように、甘いお菓子もあまり無いし、固い物ばかりたくさん食べていましたから、自然に丈夫になってしまったのです。
 デミジョンビルという村の歯医者さんは、年寄りでしたし、みんなが丈夫な歯をしていたので、歯を抜くのに、そりゃ苦労をしたということです。
 ええ、虫歯じゃなくったって、曲がって生えてきたり、余分に生えてきた歯は抜く必要があったのです。抜かないとほっぺに穴が開くなどという事になりますから。
 その頃は、歯を抜くのは、釘と金づちを使いました。けれど、それでも抜けない事がありました。
 この村に、バーニーという、それは背の高い男が居ました。
 小さな男だったら、肩に乗らなければ話が出来ませんでした。
 そのバーニーの一本の歯が、これまたバーニーの背のように伸びすぎてしまって、どうにも邪魔で仕方がありません。
 バーニーは、歯医者を家に呼びました。
 何しろ、バーニーの背は高すぎて、歯医者の家に入れませんでしたから。
 年寄りの歯医者は、釘と金づちをもって、バーニーの家にやって来ました。
「どれ、どれ、どの歯を抜くのだね?」
 歯医者は椅子の上に乗って、バーニーの口の中を覗きました。
「おや、まあ、こりゃ大きな歯だ」
 歯医者は歯茎の所に釘を当て、金づちでとんとんやってみましたが、とても抜けるものではありません。
「やれ、やれ、こいつは大ごとだぞ」
 歯医者は猫の腸で作った丈夫な紐を歯に結び付けました。
 それからバーニーの足を、納屋の柱に括りつけました。
「これでよしと。さあ、みんな、手のあいている者は、バーニーの歯を抜くのを手伝っておくれ」
 まずバーニーの奥さんが、歯医者の上着のすそをしっかりとつかみました。
 その後ろに、家の者がずっと並んで、まるで運動会の綱引きのように引っ張ったのです。
 だが、歯は動きもしないのです。
 今度は家の者だけでなく、通りかかった人も頼みました。
「うんとこ、どっこいしょ!」
 掛け声も勇ましく引っ張りましたが、やはり駄目です。
 日曜日でしたので、村の人たちは、みんな家から出てきました。
 それほど、バーニーの家の騒ぎが酷かったのです。
「なんだ、なんだ」
「バーニーの歯が抜けないんだってさ」
「そりゃ、気の毒だ。手伝ってやろう」
 とうとう、綱を引っ張る人たちが、村のはずれの丘の向こうまで伸びてしまいました。
 さあ、よいしょ、こらしょ!
 その、物凄い力ったら!
「やめてくれ!」
 バーニーがたまりかねて叫んだのでしたが、間に合いませんでした。
「あっ!」
 バーニーの物凄い悲鳴。
 バーニーの身体が、空高く舞い上がったのです。
 綱につかまっていた人たちは、どっと後ろに倒れました。
 やっと歯が抜けた。
 いえ、いえ、違いました。
 歯は、それでも抜けませんでした。抜けたのは、バーニーの首でした。
 歯医者がよくよく調べてみると、バーニーの歯の根は、バーニーの足の先まで伸びていて、先の所で折れ曲がっていたのだそうです。




~おしまい~


 いかがでしたか?


 最初は割と現実的なところから始まって、最後の最後で物語らしいナンセンスなオチになったというか……。(^ ^;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日は『文庫本コーナー』で、ポリネシアの民話、『フクロウの恩返し』をお送りしようと思います。


 では、スタート!


フクロウの恩返し



 昔、南の方のある島に、カポイという若者が、病気の母を抱え、貧しい暮らしをしていました。
 ある日の事。カポイは母に食べさせる魚を捕りに、湖へ行きました。
 けれどもその日に限って、一匹の魚も捕れませんでした。
 がっかりしたカポイは、すごすごと帰る途中で、草むらにあるフクロウの巣を見つけました。巣の中には、七つの卵が入っていました。
(良かった。病気の母には、魚よりもこの卵の方がいい……)
 喜んだカポイがその卵を持って帰り、火の中に入れて焼こうとした時でした。
 外の方で、不思議な声がしました。
「カポイ、カポイ! 私の卵を返しておくれ!」
 悲しそうに叫んでいるのは、垣根にとまっている一羽のフクロウでした。
「そうか、お前か。でもな、この卵は、病気の母に食べさせるんだ。気の毒だが、返してやれないよ」
 カポイは断ってまた火の中に入れようとしました。
「待っておくれ! 待っておくれ!」
 慌てたフクロウは、家の中に入ってくると、カポイの前にしゃがんで言いました。
「ね、カポイ。どうしてもだめなら、卵の代わりに私を殺してお母さんに食べさせておくれ。私の方が、卵より栄養があるんだから……。そしてその卵は、あの巣の中に返しておくれ。ね、お願いします!」
 そうまで言われると、カポイも考え込みました。と、これを聞いていた病気のお母さんがカポイを呼びました。
「カポイ。フクロウがあんなに言っているのだから、その卵は巣の中に返してやっておくれ」
「えっ、すると、卵の代わりにあのフクロウの方を……」
「いや、私はフクロウの肉なんて、とても食べる気はしませんよ。明日までがまんをしていればいいのだから……。フクロウも卵も、そのまま返してやっておくれ」
 母の言葉に、カポイはほっとしました。
 カポイにしても、フクロウを殺すなんてとても出来ない事だからです。
 喜んだフクロウは、カポイに言いました。
「有難う、カポイ。このお礼はきっとします。――近い内にお母さんの病気の治る薬を見つけて、届けます。それから、雨漏りのするこの家も、立派な家に作り替えてあげましょう」
「え、そんな事が出来るのかね?」
「ええ、私の仲間たちみんなが力を合わせると、きっと出来ますよ」
 しかし、カポイもカポイの母も、そんな事などあてにしていませんでした。
 ところが、五日経った夕方でした。
 畑の仕事から帰ったカポイは、驚きました。今朝までの、あのあばら家が、まるで王様の御殿のような立派な家に変わっているのです。そして、今朝まで寝たっきりだった母が、元気そうに起き出していて、夕食の支度をしているのです。
 ――なんと、不思議な事でしょう……。その不思議な噂は、すぐに島中に広がりました。
 すると、面白くないのは、この島の王様でした。
「卑しい身分の者が、急にそのような立派な御殿なんか造れるはずがない。そいつは、きっと魔法使いかも知れないぞ。だったら今に、わしの命を狙ってくるかもしれない。早くひっとらえてまいれ!」
 家来たちは、すぐにカポイを捕らえて、王様の前に連れてきました。
「カポイという不埒な魔法使いはお前か! この島に、魔法使いなどを生かしておくわけにはいかない。死刑だっ!」
 カポイがいくら訳を話しても、王様は聞いてくれませんでした。
 そして、とうとうカポイを死刑にする日が決まってしまいました。
 これを聞いて、驚いたのはカポイに助けられたフクロウでした。
 自分のお礼のつもりでやった事が、かえってカポイを不幸にしてしまったのだ。と思うと、気の毒でなりません。すぐに仲間を集めて相談しました。
 一方、捕らえられたカポイの方は、とうとう処刑の日になってしまいました。
 カポイは刑場に引き出されました。そして、家来たちが処刑の準備を始めた時でした。突然、刑場の空が真っ暗になりました。黒い雲が一面に……。いや、それは雲ではなくて、フクロウの大群でした。
 フクロウたちは、家来たちを目がけて飛びかかり、鋭いくちばしで、頭を、顔を、突っつき始めました。
「うわっ、助けてくれ!」
 家来たちは悲鳴を上げ、カポイをほったらかしたまま、命からがら逃げだしてしまいました。
「なにっ、フクロウの大群だとっ! そんなものが怖くて、処刑もせずに逃げてきたというのか!」
 王様は家来たちを怒鳴りつけました。が、なるほど、誰もが血だらけで、大変な怪我です。
「よし、それでは別の新しい者どもを集めろ!」
 しかし、その家来たちがまだ出発しない内に、フクロウの大群は、王様の御殿の方を襲ってきました。
「あっ、これは、物凄い敵だ!」
 王様は、慌てて御殿の中に逃げ込みました。と、おつきの大臣が言いました。
「王様! これだけのフクロウの大群を動かすのは、人間や魔法使いにはできない事です。これは、きっと、神が怒ったからです。すぐにカポイを許す事にしましょう。でないと、家来たちはみんな殺されてしまいます!」
 大臣に言われて、王様もやっと、自分のしていることが悪かったと気が付きました。
 しばらく経って、王様が庭に出ていくと、フクロウたちの姿はもう消えてしまっていました。
 そして、傷ついた家来たちの真ん中に立って、にっこり笑っているのはカポイでした。
 王様は、自分の悪かったことを、心からカポイに謝りました。
 そしてそののち、カポイは王様の家来になって幸せな一生を送りました。
 ――この南の方の島というのは、今のハワイです。ですから、ハワイの人々は、今でもフクロウを神の鳥として敬っているのです。




~おしまい~

2019.11.27 話をする鍋

 サイトを更新しました。

 今回もページ数に思った以上に余裕があったので『情報雑誌コーナー』です。


 本文の方は、また新しいネタを仕入れたので『文庫本コーナー』で行きます。

 今日は北欧の民話、『話をする鍋』です。


 ではスタート!


話をする鍋



 昔、ある所にとても貧しい男がいた。その男は、おかみさんと、ぼろ家と、一頭の牝牛よりほか、後はまるっきり何も持っていなかった。
 日が経つにつれて、貧乏はますますひどくなってきた。残っているのは、一頭の牝牛を売ることぐらいだった。
「牝牛を売ってこよう」
 男は言った。
「そうするより仕方がありませんね」
 おかみさんが答えた。
 ある日、貧乏な男は、牝牛を連れて売りに出かけた。男が歩いていると、道の途中で、人柄の良さそうな一人の老人に出会った。
「やあ、太った立派な牝牛ですね。一体どこへ連れて行くのですか?」
 老人が尋ねた。
「どうも有難う。市場へ売りに行くところです」
 貧乏な男は答えた。
 牝牛は太っているどころか、げっそりと痩せていて、ちっとも立派でなどなかった。
「それでは、一つ、その牝牛を譲ってくれませんか」
 老人はまた言った。
 貧乏な男は喜んだ。そして、百クローネより上なら売ってもいいと返事をした。
 ところが、その見知らない人は首を横に振って、
「お金で払う訳にはいきません。私はとても素晴らしい鍋を持っています。それで、鍋と牝牛とを取り換えっこしましょう」
 そう言った。
 そこで、その人は袋の中から、三本の鉄の足がついた鍋と、自分のわきの下に挟んであった鍋のつるを出して見せた。
 その鍋は、本当に素晴らしい格好をしていた。どんな囲炉裏にかけるにも、ちょうどよいようにできていた。
 けれど、貧乏な男には、どう考えてみても、その鍋の中に入れる物が思い当たらなかった。食べ物はもちろん、水だって満足には無いのだから。
 で、男は牝牛と鍋を取り換える事はやめにしようと思い、
「私がいるのはお金です。だから、鍋では話になりません。その鍋は、あなたがお持ちになっていて下さい」
 男が、そう言うか言わない内の事、
「連れて行って下さい! 連れて行って下さい! あなたが、後で悔やむような事はありませんから」
 と、鍋がそう叫んだ。
 男は驚いた。鍋が話し出すなんて、珍しい事もあるものだ。
 そこで男は気を変えて、そのおかしな鍋と、牝牛とを取り換えっこすることにした。
(話が出来るような鍋なら、他にもっと何か出来る事があるかも知れない)
 と思ったからである。
 男は鍋を下げて、家へ帰ってきた。そして、家へ入る前に、男はその鍋を、今まで牝牛を入れていた小屋の中に隠した。
 さて、男は家の中へ上がると、
「おい、今日は随分歩いてきたんで、早く晩飯が食いたいもんだな」
 と、おかみさんに言った。
 この家に、ろくに食べるものなどあるわけがない。おかみさんは、男が市場でどんな風にうまく牝牛を売ってきたか、その話の方が早く聞きたかった。で、
「牝牛がうまく売れましたか?」
 と、さっそく尋ねた。
「うまくやったよ」
 男は答えた。
「そりゃあ、良かったわ。では、そのお金をすぐに色々と使えますわね」
 男は、途端に情けなさそうな顔つきをして、
「ところが、お前、受け取ったのはお金じゃなかったんだよ」
 そう言った。
「お金じゃないんですって! では、あなたは一体、牝牛の替わりに何をもらったんです?」
 おかみさんが叫んだ。
 男は言葉に詰まった。鍋だとは、ちょっと言いにくい。
 でも、黙っていたのでは、おかみさんが許してくれないので、牛小屋へ行って、三本足の鍋を持ってきて、それを見せた。
「あなたは、なんて馬鹿なんでしょう」
 おかみさんは、呆れてそう言った。


Hanasunabe-1.JPG


「そんなものを持ってきて、明日からの食べ物や飲み物はどうするんです? あんたが、もう少し力が弱かったら、その鍋に叩き込んでやるんだけど!」
 おかみさんは怒って、男をぶった。
 その時、鍋が口を開いて、
「おかみさん、私を磨いて、綺麗にして下さい。それから、炉にかけて下さいな」
 と言った。
「おや! お前は話が出来るのかい? それなら、他にも何かできる事だってあるんだろうね」
 おかみさんはそう言い、鍋をつかむと磨きに行った。
 そして、綺麗に磨いた鍋を炉に吊り下げると、
「飛ぶことだって出来ますよ。飛ぶことだって」
 と、鍋がまた口をきいた。
「どのくらい飛べるの?」
 おかみさんが尋ねた。
「向こうの丘の上までだって、谷までだって、金持ちの家までだって、ちゃんと飛べるよ」
 小さな鍋が叫んだ。
 そう言ったかと思うと、呆れた事に、鍋は炉の鉤からひとりでに外れて部屋の中を飛び越え、戸口の方へ飛んで行った。
 それから道を越え、土塀を越えて、金持ちの家へ飛び込んだ。
 金持ちの家のおかみさんは、ちょうどその時、台所でケーキやプディングを作っているところだった。
 そこで鍋は、テーブルの上に飛び乗ると、ただ、ちょこんと座っていた。
「まあ!」
 と、金持ちのおかみさんは、その鍋を見てびっくりしたように叫んだ。
「美味しいプディングをこしらえるのに、ちょうど、お前みたいな鍋がいるところだったのよ」
 鍋はものを言わないで、じっとしていた。
 おかみさんは、干しブドウやクルミや砂糖を入れて、丁寧にかき混ぜると、その鍋を火にかけた。
 しばらくして、おいしそうなプディングが出来上がった。すると鍋はいきなり跳ねて、戸口の所へ行った。
 おかみさんは驚いて、
「これ、お鍋や。一体どうしたの? どこへ行こうというつもりなの?」
 と尋ねた。
「私は、貧乏な男の家にいるのです」
 鍋は答えた。そして、
「さよなら」
 と言うと、金持ちの家から飛び出して、土塀を越え、道を越えて、貧乏な男の家へ帰ってしまった。
 貧乏な男の家では、鍋がおいしそうなプディングを持って帰って来たのを見て、男もおかみさんもとても喜んだ。
 男は、
「おい、どうだい、お前。おれは、上手い事をやったろう。あんなつまらない牝牛とこんな素晴らしい鍋とを取り換えたんだからな」
 と自慢そうに言った。
「ほんとにね」
 おかみさんは言いながら、鍋のプディングを食べた。そのプディングの美味しかった事!
 あくる朝になると、鍋はまた、
「出かけますよ。跳ねて行きますよ」
 と言った。
「どこまで行くのかね?」
 おかみさんが尋ねた。
「向こうの丘の上までも、谷までも、金持ちの仕事小屋へも、行ってみます」
 鍋はそう答えると、ぴょんと家を出て、この前の時と同じように道を飛び越え、金持ちの仕事小屋にたどり着いた。
 金持ちの百姓の仕事部屋では、召使たちが、麦のもみ殻を取り捨てる、脱穀の最中だった。そこで鍋は、床の真ん中の辺りまで跳ねて行くと、ただ、ちょこんと座っていた。
「おや!」
 と、召使の一人が叫んだ。
「こんなところに鍋があった。こいつは、麦を入れるのにちょうどいいや」
 そう言うと、召使たちは、次から次と、その鍋に麦を入れた。
 不思議な事には、小さな鍋のくせに、その中へはいくらでも麦が入った。気が付いてみると、そこらじゅうにあった麦がなくなってしまっていた。
「面白い鍋もあったもんだな。どんな炉にもうまくかかりそうな、いい鍋じゃないか」
 召使がそう言いながら、鍋を抱え上げようとした時、鍋はするりとその手を滑り抜けた。そして、戸口の方へ飛び越えて行った。
「おうい、どうしたんだい? どこへ行くつもりかね?」
 召使が言った。
「私は、貧乏な男の家にいるのです。さよなら」
 と言うと、戸の外に飛び出した。
「こら、待て!」
 召使は一生懸命になって追いかけた。が、鍋の足の方がずっと早かった。召使たちは、後の方に取り残されてしまった。
 鍋はまた、貧乏な男の家へ帰ってきた。そして、何にもない貧乏な男の小屋に、持ってきた麦をみんな移した。
 そこで、貧乏な男の家では、何年もの間、その麦を使ってパンやケーキを作るのに、少しも困らなかった。
 三日目の朝になって、鍋はまた、
「出かけますよ。跳ねて行きますよ」
「どこまで行くのかね?」
 おかみさんはまた尋ねた。
「向こうの丘の上までも、谷までも、今日もやっぱり、金持ちの家へ行きます」
 鍋はそう答えると、さっそく出かけて行った。
 金持ちの家では、金持ちの主人がちょうど金を数えているところだった。鍋は金持ちの家に着くと、テーブルの上に飛び上がって、金貨が置いてある真ん中に座った。
 主人は金を数える手を休めて、鍋を見ながら、
「これはいい鍋だな。金を入れるのにちょうどいい」
 そう言うと、金貨を鍋の中へどんどん入れ始めた。
 鍋の中には、ありったけの金貨が入った。そこで金持ちの主人は、鍋を抱えて金庫に隠そうとした。その途端に、鍋はするりとその手を抜け出して、戸の方へ跳ねて行った。


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「待て、待て! 俺の命よりも大事な金貨が入っているんだぞ!」
 金持ちは叫びながら追いかけた。
「そう言ったって、すぐにあなたの物ではなくなりますよ。私が貧乏な男の家に持って帰りますから」
 と、鍋は言った。
 そして、鍋はそのまま、貧乏な男の家へ飛んで帰ってしまった。
 貧乏な男の家へ帰ると、鍋は金貨をざらざらと家の中へ移した。
「これは有難い!」
 貧乏な夫婦の喜びようといったらなかった。
「これで、じゅうぶんでしょう」
 鍋は言った。
 二人には、十分どころか有り余るくらいだった。
 そこでおかみさんは、鍋を念入りに洗って、磨きをかけると、部屋の中の横の方に休ませた。
 どころが朝になってみると、鍋はまたしても金持ちの家へと出かけた。
 いくらなんでも、そう上手い事ばかりが続くものではない。金持ちの主人は鍋を見ると、
「悪い鍋があったもんだ。うちのプディングや麦や金貨をみんな盗んで行ってしまったな。さあ、残らず全部、返してくれ!」
 そう言って怒り、鍋をしっかりと捕まえた。
 鍋は油断をしていたもので、どんなに逃げようとしても、もはや逃げることが出来ない。
「跳ねて行きますから。跳ねて行きますから」
 と、鍋は泣き声を出した。
 そこで金持ちの男は、とても恐ろしい顔つきをして、
「よし、北極の果てまでも、跳ねて行け!」
 と怒鳴った。
 怒鳴られた鍋は、男の手をしっかりとつかみなおすと、男を連れたまま跳ねだした。ぴょん、ぴょん、ぴょん――。
 丘を越え、山を越えて、いっときも休みなしに跳ね続けた。
 鍋は貧乏な家のおかみさんにも、さよならを言う暇がなかった。鍋はただ、跳ねに跳ね続けるばかりであった。ありったけの力を出して、出来る限り早く!
 それでも、北極はとても遠かった! そんなに早く跳ねる鍋にも、北極はとても遠かった、という事である。




~おしまい~


 いかがでしたか?


「金持ちになった者が、調子に乗り過ぎて失敗する」って話はあっても、その「貧乏人を金持ちにした道具」がしっぺ返しを食らうってあんまり無いような……。


 それと、(自分の発言が元とは言え)モノや金をとられた上に北極にまで引っ張られていった金持ちは踏んだり蹴ったりですよね。(^ ^;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 こんにちは、アカサカです。

 熱は収まったものの、いまだに腹痛が続いてる状態でして……何か悪い物でも食べたかなぁ?

 ともあれ、今日、これからの仕事を乗り越えれば、明日からの二連休で久々に実家に帰れるので、頑張ろうと思います。


 さて、今日はペルーの民話、『大洪水と乙女鳥』です。

 では、本文スタート!


大洪水と乙女鳥



 昔々、この地上に人間が住むようになって間もなくの事でした。
 南の方のある国に、大洪水が起こりました。突然起こったその恐ろしい出来事は、天上の神のいたずら……と言うより、人間たちの暮らしぶりに怒り出した神が、懲らしめのために起こしたものでした。
 と言うのは、そのころの地上では、木と言う木には美味しい果物が実っていました。草花からは、甘い蜜がしたたり落ちていました。川には、色々な魚がいっぱいいました。ですから、人々は食べ物や着物には、少しも困ることがありませんでした。
 そんな暮らしが長く続いている内に、人間の数はだんだん増えてきました。そして、当然、食べ物や着る物も少なくなってきました。
 けれども、長い間、のんきに暮らしてきた人々です。すっかり怠け癖がついてしまって、暮らしに必要なものが少なくなっても、自分の力で作り出そうと考える人などいませんでした。
 そんな事から、その後に起こって来たのは、食べ物や着る物をめぐって争いあう、人間たちの醜い姿だったのです。
 それを天上から見ていた神々は、すっかり怒り出しました。
「この頃の人間どもには呆れてしまった。自分さえ良ければと、あのように醜い争いを続けている。このままでは、地上は恐ろしい所になってしまう。懲らしめのために、大洪水を起こして、あの人間どもを残らず滅ぼしてしまおう。そして、その後に、真面目な心の美しい人間を住まわせることにしよう」
 と、神々の大王が言うと、
「でも大王様。中には、真面目な心の者も、幾人かいると思いますが……」
 と、一人の神が言いました。
「それは、いるかもしれない。だが、そういう心の人は、たとえ大洪水になっても、自分の力で助かるような工夫をすることだろう」
「なるほど……」
 という事で、そのあくる日から、地上には激しい雨が、幾日も幾日も続きました。川も湖も見る見る氾濫して、一面の海に変わり、高い山でさえずんずん水の中に沈んでいきました。もちろん人間たちは、次々におぼれ死んでいきました。
 そんな中で、ただ一つ、フアカクァンという山の頂だけが水の上に浮かんでいました。そして、その山の頂に逃げ登った二人の若者――兄と弟だけが、やっと生き残りました。


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 幾日かすると、あれほどの水もだんだん引いていき、久しぶりに土が現れました。でも、なんという変わりようでしょう。
 どこもかしこも泥でおおわれ、その中に、人間や動物の死骸がごろごろ埋まっていました。
 そんな地上に生き残っているのは、自分たち二人だけだと思うと、兄弟は、すっかり心細くなりました。
 けれども二人は、互いに励ましあい、食べ物を探し、谷間に小さな家も建てました。家が出来ると、木や草を枯れさせないようにと、泥をはねのける仕事を始めました。
 ある日の事、二人が仕事から帰ると、不思議にも、家の中に、食べ物や飲み物の用意がすっかり出来ていました。
「ね、兄さん。これは一体どうした事だろう。すっかり食事の支度が出来ているなんて?」
「私にも、何が何だか分からない。私たちの他に、誰かが生きていて、作ってくれたのだろうが……」
 ともかく、腹の空いている二人は、それを食べる事にしました。
 さて、そのあくる日。二人が仕事から帰ってみると、やっぱり食事の用意が出来ていました。いや、その次の日も、また次の日も同じように……。そうしたことが、十日も続きました。
 兄弟は、つくづく不思議でたまりません。
「ね、兄さん。今日は、兄さんだけが仕事に出かけて下さい。私はここに隠れていて、誰が食事の支度をしてくれるのか、見届ける事にします」
「うーん、では、そうするか」
 そこで、兄が出かけた後、弟は家の後ろに隠れて、じっと様子をうかがっていました。
 と、夕方になって、二羽の大きな鳥が、空から舞い降りてきました。そして、開けてある戸口から、家の中に入り込みました。
(――はてな。あれは、アクァという鳥と、クァカマヨという鳥だが……。それにしても、あの鳥たちがどうして……)
 弟は、窓の隙間から、中の様子を伺いました。すると、家に入った二羽の鳥は、羽を一杯広げてばたっとやると、途端にその姿が人間に変わったのです。
 しかも、自分たちと同じ膚色の、美しい乙女の姿です。――それから二羽の……いや、二人の乙女は、せっせと食事の支度を始めました。


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(そうか。この二人だったのか! よし、それじゃ……)
 弟は足音を忍ばせて戸口に近づくと、いきなり戸を閉めてしまいました。
 しかし、その途端に、戸口の側にいた一人の乙女は、ぱっと鳥の姿に変わって、外へ飛び出していしまいました。
 残ったのは、小さい方のクァカマヨ鳥の乙女だけです。
 弟は、まごまごしている乙女の側に行きました。
「あんた達でしたか。いつも食事の支度をしてくれて、有難う!」
 しかし、乙女の方は、その言葉も耳には入らないように、
「お願いです。早くここから帰して下さい。お願いです!」
 と、悲しそうに頼むだけでした。
「いえ、そんな事を言わずに、どうか、いつまでもここにいて下さい。お願いです……」
 弟の方でもそう頼みながら、逃げ出せないように紐を持ち出して、乙女の足を縛ろうとしました。
 と、ちょうどその時、兄が返ってきました。
「えっ、これは一体……」
 兄は目を丸くして、弟と乙女を見比べました。
「実は、兄さん……」
 弟は、今までの事をかいつまんで兄に話しました。
「そうだったのか……。それで、お前は、その紐でこの人を縛ろうというのか」
「そうです。でないと、この人は逃げてしまうから……」
 途端に、兄は顔色を変えました。
「お前はなんという事をするのだ。親切にしてくれた恩のある人を縛ろうとするなんて……。どうか、弟の無礼をお許しください。――長い間、有難う御座いました。さ、どうぞお帰り下さい」
 兄は丁寧にお礼を言いながら、戸を開けました。
「そうでした。やっぱり、私の方が間違っていました。お許しください」
 弟も、自分の間違っていたことに気が付いて、素直に謝りました。
 乙女はほっとしたような顔で、外に出ていきました。
 それから十日ほどたった夕方でした。兄弟が仕事から帰ってくると、家の中には、あの時と同じように食事の支度が出来ていました。しかも、その食事の側に、あの時の二人の乙女が静かに座っていました。帰ってきた二人を見ても、逃げようとはしません。
「あの時は、無礼な事をしました。それにも懲りずに、またおいで下さって、有難う御座います」
 兄が、丁寧にお礼を言いました。
「あの時は、本当にすみませんでした。もうあのような事はしませんから、お許しください」
 弟も謝りました。
 と、大きいアクァ鳥の乙女の方が、にこりと笑って、
「いえ、私たちは、天上の大王様のお言いつけで、この地上に参ったのです。これからは、いつまでもここに置いて頂いて、ご一緒に暮らすようにと言いつかってまいりました。どうぞ、これからは、宜しくお願い致します」
 小さい方のクァカマヨ鳥の乙女の方も、丁寧に頭を下げました。
 それから幾日か経って、二人の乙女は、それぞれ兄と弟のお嫁さんになりました。二組の夫婦は、力を合わせて土を耕したり、天から持ってきた種をまいたりして、せっせと働きました。
 やがて兄夫婦には六人の男の子が、弟夫婦には六人の女の子が生まれました。
 それが、今のペルーの国のカナリ族の先祖です。
 ですからカナリ族は、いまでもお祭りの時は、必ずアクァ鳥とクァカマヨ鳥の羽を、神様に供えるのです。




~おしまい~

2019.11.20 くまの養子

 今晩は。

 今日は、ちょっぴり悲しいエスキモー民話、『くまの養子』です。


 では、スタート!


くまの養子



 北の方の国のある村に、一人暮らしのおばあさんが住んでいました。
 狩りの名人だった夫が死んでから、一人で暮らしている内に、いつか年をとってしまったのでした。
 ある寒い夜の事。家の外で、不思議な音がしました。
「はてな、なんだろう?」
 おばあさんは、外へ出てみました。
 と、月の明かりでぼんやり見えるのは、黒い身体の生き物のようでした。
 こわごわそばに行ってみると、熊でした。でも、まだ小さな子熊でした。
 子熊はケガでもしているのだろうか、病気なのだろうか、地べたに寝ころんだまま、時々手と足を動かして唸っていました。
「どうしたんだい? よしよし……」
 子熊だから怖くもないので、おばあさんは家の中に抱え入れました。
 すると、どうやら寒さと空腹でまいっているらしいことが分かりました。
「可哀そうに……」
 そして、おばあさんは火を焚いて温めたり、手や足を揉んでやったり、アザラシの肉を食べさせたりすると、子熊はだんだん元気になってきました。
 やがて、家の中をのそのそと歩き回った子熊は、安心したのでしょうか、おばあさんの身体に自分の身体を擦り付けて、ぐっすり眠りこんでしまいました。
「なんてまあ、無邪気なこと……」
 おばあさんは、この子熊がだんだん可愛くなってきました。
 一人暮らしの寂しさからも、この家において、面倒を見ようと心を決めました。――つまり、熊の子はおばあさんの養子のような形になって、一緒に暮らす事になったのです。
 熊の子はますます元気になり、ますます大きくなってきました。
 おばあさんにもよく懐き、近所の子供たちと一緒に遊ぶようになりました。
「いいかい、くま公。お前の爪は尖っていて危ないから、子供たちと遊ぶ時は、絶対に爪を出してはいけないよ!」
 おばあさんが言い聞かせると、子熊はそれをよく守りました。
 そうこうしている内に、熊は驚くほど大きくなりました。
 身体からすると、もう立派な大人です。
 ある日、村の人たちが四、五人で、おばあさんの所にやって来ました。
「ね、おばあさん。くま公があんなに大きくなったんだから、狩りに連れていきたいと思うけど、貸してもらえないかね……。だって熊は、アザラシを見つけるのがうまいんだから……」
 そう頼まれると、おばあさんも考えました。何しろ、長い間の一人暮らしで、村の人たちにはいろいろと世話になっています。断るわけにもいきません。
「いいですとも。一緒に連れて行っておくれ」
 おばあさんは承知しました。そして、今度は熊に向かって言いました。
「いいかい。お前は、いつも風下の方から獲物に近づいていくんだよ。風上からだと、お前の身体のにおいを嗅ぎつけて、獲物が逃げ出してしまうからね」
 これは、おばあさんが、狩りの名人だった夫から聞いていた事でした。
 熊はおばあさんの身体を舐めてから、村の人たちと一緒に狩りに出かけました。
 さて、その日の夕方。村の人たちは、くま公のおかげでいつもの三倍の獲物が取れたと、喜んで帰ってきました。
「そうかね……そうかね……」
 おばあさんは、熊の背中をなでながら、目を細くして喜びました。
「ところで、おばあさん。明日も頼みますよ」
「いいですとも……」
 という事で、そんな日がしばらく続いたある日。狩りから帰ってきた村の人たちが、おばあさんに言いました。
「おばあさん。今日はくま公が、北の方からやって来た猟師たちに、もう少しで殺されそうになったんだよ。だからこの熊は、ただの熊ではないという目印をつけておかないと、これからも危ない目に遭うよ。何か、幅の広い首輪をこしらえて付けたらいいと思うけどよ!」
「そうだね。では、そうしよう!」
 おばあさんは、キツネのなめし皮で幅の広い首輪を編むと、熊の首に巻いてやりました。
 幅の広い首輪は、首輪と言うより襟巻のような格好です。けれどもおかげで、他の熊とは間違えられる心配はありません。
「いいかい、くま公や。人間に出会った時は、どんな時でも自分の仲間だと思うんだよ。そのために、首輪をつけているんだからね。相手がかかって来ないなら、絶対に自分の方からかかっていくんじゃないよ!」
 おばあさんは、くどくど言って聞かせました。
 それから幾日か経った、風の強い日でした。いつものように狩りに出かけた熊が、いつまでも帰ってきません。心配になったおばあさんは、一緒に行った人たちの家に行って訊いてみました。
「え、くま公がまだ帰っていないって……。おかしいな。山の途中で見えなくなったから、先に帰ったのだろうと思っていたのに……」
「そうだよなあ。おかしいなあ……」
 そんな言葉に、おばあさんはますます心配になってきました。でも、ともかく、家に帰って待っていると、夜になってから、のこのこ帰ってきました。
 おばあさんはほっとしました。が、でも、帰ってきた熊は、おばあさんの身体を舐めてから、着物の裾をくわえて家の外に引っ張るのです。
「え。お前、どうしたというんだい?」
 おばあさんは外に出ましたが、とたんに驚きました。そこには、一人の男が死んでいるのです。
「これは誰だろう? 一体どうしたというんだろう?」
 おばあさんは、すぐに村の人たちに来てもらいました。
「おっ、これは、北の方からやってくる猟師の一人だよ。それにしても、着物がこんなにずたずたに破れているのは、このくま公と格闘をやったらしいな?」
「うん、どうもそうらしい。となると、この男はくま公に首輪のついているのを知っていながら殺そうとしたんだよ。それでこいつが怒って、格闘になったんだろう。俺にはそうとしか思えねえよ!」
 村の人たちは、そう言いあっています。
 おばあさんにしても、そうだろうと思いました。――あれほど言い聞かせているのだから、熊の方からかかっていくはずがない。この人が先にかかったから、仕方なく、格闘になってしまったのだろう……。そうでなかったら、自分の殺した人を、わざわざ引っ張ってくるはずがないだろう……。
 そんな騒ぎをしているところに、二人の猟師が、酷く怒った顔で走ってきました。一目で死んだ猟師の仲間だとわかります。
「おい、その熊は、オレ達の仲間を殺したんだ! さあ、こっちへ渡してもらおう!」
 一人が大声で怒鳴ると、
「そうだとも! さ、こっちに渡すか、でなかったら、ここで殺させてもらおう!」
 と、もう一人も目を剥きました。


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 すると、おばあさんも男たちを睨みつけながら言いました。
「お前さんたちは、熊が、この人を殺すところを見ていたと言うんですかい!」
「殺すところは見ないが、引きずって歩いているところを見たんだ。こいつが殺した事には間違いないんだからな!」
「殺したのはこの熊だろうけど、でも、そっちの方から先に殺そうとしたから、仕方なく熊の方でもかかって行ったんだろうよ! 私はね、いつもこいつに言って聞かせているんだからね。こいつの方から先にかかってなんていくもんか。さ、帰ってくれ!」
 おばあさんも、もう負けてはいません。
「そうだともよ! この熊はな、普通の熊とは違うんだからよ!」
「そうだともよ! こうして、きちんと首輪をつけてあるんだしよ!」
 村の人たちも、おばあさんに加勢します。
「ちぇっ、そんなうまいことを言ったって、だまされるもんかい! さあ、どうしても渡さないと言うなら、ここでオレ達が殺してやるぞ!」
 二人の男は長い刃物を振りかざして、熊に襲いかかろうとしました。
 と、おばあさんは、慌ててその前に立ち塞がりました。
 と、それまで黙っていた熊が、おばあさんをはねのけると、大きな口を鳴らして、二人の男に襲い掛かろうとしました。
 その恐ろしい格好に、二人の男はひるみました。自分たち二人だけではとても敵わないと思ったのでしょう。
 震えながら後ずさりしていきます。すると、熊の方は、それ以上前に進んでは行きません。
「畜生! 覚えていろよ。いつか、きっと殺してやるからな!」
 二人の男は捨て台詞を残し、仲間の死体を引きずって、悔しそうに帰っていきました。
 さて、その夜――。おばあさんは、寝もやらずに考え込んでいました。
(――この熊を、このままここに置いていてもいいだろうか……。あの男たちは、きっと、熊の命を狙ってくるだろう。別れるのは悲しいけれど、やっぱり山へ帰してやる方が……)
 そして、熊と別れる事を心に決めたおばあさんは、よく分かるように訳を話して聞かせました。
 熊は悲しそうに、何度も何度もおばあさんの身体を舐めまわしました。
「さ、夜の明けない内に、こっそり出ていくんだよ……。いいかい、身体に気を付けるんだよ。きっと、親たちに会えるように祈っていてやるからね」
 いよいよ最後の時、おばあさんは油の中に両手をひたし、その上にすすを塗ると、その手で熊の腹をなでました。
 いつまでも消えない印でした。
「さ、今なら誰も見ていないから……。それじゃ、さようならよ……」
 熊は、何度も何度も後を振り返りながら、やがてどことなく消えていきました。
 その後、北の方に住んでいるたくさんの熊の中に、一匹だけ、脇腹に黒いあざのついたのが混じっていたそうです。




~おしまい~

2019.11.10 鳥の頭

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』です。


 本文の方は、ポリネシアの民話、『鳥の頭』をお送りします。


 では、スタート!


鳥の頭



 昔々、人間の世界に、まだ火という物が無かった時の事です。
 南の方のある島に、マフイケという兄と、マウイという弟が、たった二人だけで住んでいました。
 ある日、魚を捕ろうと、渚の側に行った兄弟は不思議なものを見ました。
 それは、赤く燃えている火でした。そして、その火の周りには、色々な格好の鳥たちがいっぱい集まっていました。――鳥たちは火を燃やして、濡れた体を乾かしながら、海からとった魚を焼いて食べていたのです。
「うーん。火という物は便利なものだな。よし、あの鳥たちをつかまえて、火の作り方を覚えよう!」
 兄のマフイケはそう言いながら、火の方に走り出しました。
 と、それを見た鳥たちは、慌てて海の中に逃げ込みました。いや、すぐまた火の側に戻ると、口の中から水を吐き出して、火を消してから、空の上に逃げてしまいました。
「ちえっ! なんて素早い奴らだろう。それにしても、火を消してから逃げるなんて……。奴らを捕まえる、いい工夫は無いかな」
 兄のマフイケは、しきりに悔しがりました。すると、弟のマウイが言いました。
「兄さん、いい考えがありますよ。兄さんは、舟をこいで沖に出て下さい。僕は岩の影に隠れていて、鳥たちが安心して火を燃やしたところを、素早く捕まえますから」
「うん、それは上手くいきそうだな」
 そして、兄は沖の方に船をこぎ出し、弟は岩の陰で鳥たちの来るのを待ち構えました。
 けれども、鳥たちは高い崖の上にとまっていて、いつまで経っても下へはおりて来ませんでした。
 そのはずです。
 鳥たちは、舟の中の人が一人しかいないのに気が付いたのです。――もう一人は、きっとどこかに隠れているだろうと、用心をしていたのです。
 その日はとうとう失敗に終わってしまいました。
「兄さん。上手い考えがありますよ。明日は、この方法でやりましょう!」
 弟のマウイはたくさんの草を集めると、一晩中かかって大きな人形を作りました。
「この人形を、兄さんと一緒に舟に乗せるのです。すると鳥たちは、二人とも沖へ出たと思って、安心して火を作るでしょう。そこを捕まえるのです」
「うん、それなら良さそうだな」
「でも、鳥たちに分からないようにするのには、夜の明けない内に沖へ出なくてはいけませんよ」
「そうだな」


Torinoatama.JPG


 という事で、まだ鳥たちの寝ている内に兄と人形を乗せた舟は、沖に出ました。
 目を覚ました鳥たちは、海を見て安心しました。もう沖に出ている船には、二人の人影がはっきり見えるからです。
 みんな、渚に降りました。そして、魚を捕りに海に入っていくものもあれば、渚に残って火を作ろうとするものもいます。
 と、そのちょっとの油断を狙っていた弟は、いきなり岩の陰から飛び出しました。
 鳥たちは驚いて、ぱっと逃げましたが、それでも弟は、右と左の手に、一羽ずつの鳥を捕まえました。
「さ、やっと捕まえたぞ! 早く、火の作り方を教えろ。教えないと、お前たちを絞め殺してしまうぞ!」
 すると、首をつかまれて苦しい鳥は、バタバタともがきながら、
「は、はい、教えます。教えますから、首の手を放して下さい」
 と泣きながら言いました。
「よし、本当だな!」
 そしてマウイが少し手を緩めると、鳥たちはいきなり逃げ出そうとしました。
「この野郎! 嘘をついて逃げようたって、もうだまされないぞ。さ、早く言え! 火の作り方を言うんだよ!」
 怒ったマウイは、余計きつく首を絞めました。
「い、言います。実は、木と木をいつまでもこすり合わせていると、そこから熱が出て、火になるのです」
 苦しくなった鳥たちは、とうとう本当のことを言いました。
「なにっ、木と木をいつまでもこすり合わせるんだって? 本当だな!」
「は、はい、そうです。嘘だと思うなら、試してみて下さい」
 しかし、マウイはまた考えました。
 木と木をこすり合わせるのには、鳥たちを放さなければなりません。
 その隙に、逃げてしまうかも知れません。
 そこでマウイは、木と木の代わりに、つかんでいる鳥の頭と頭をこすり合わせました。鳥たちが痛がってぐうぐうと鳴き出しました。
「お前たちが逃げ出そうとしたバチだぞ」
 そして、長い間こすり合わせていると、成程、そこに熱が出てきて、火が出来ました。
「よし、これで火の作り方が分かったぞ。命だけは助けてやるから、さ、どこへでも行け!」
 二羽の鳥は、燃えている頭を慌てて海に突っ込んで、火を消してから、崖の上の方に逃げていきました。
 そうです。今でも鳥の頭についている赤いトサカは、その時の火傷の痕だという事です。




~おしまい~


 こんにちは、アカサカです。


 最近はちょこちょこアメブロの方も更新してまして、今日は『幻想生物百科』の第5回目を投稿してきました。

 さて、昨日、面白いグリム童話を見つけたので、今日はそちらを投稿したいと思います。


 では、本文スタート!


悪魔のすすだらけの兄弟



 むかしむかし。
 ハンスと言う名の兵士がいましたが、仕事をクビになってしまいました。そのため、これらかどう暮らしていいか分りません。
 ハンスは、当ても無く森に出かけて行きました。
 すると、一人の悪魔に出会ったのです。
 悪魔はハンスを見ると、尋ねました。
「お前さん、どこか具合でも悪いのかね? 酷くしょんぼりしているじゃないか」
「実は、仕事をクビになってしまい、お腹がペコペコなんです。けれども、お金が少しも無いんです」
 それを聞くと、悪魔は言いました。
「それは可哀そうに。そんなら、私のところに奉公して、私の召使いにならないかい? 一生楽にしてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。その代わり、お前さんは七年間、地獄で働かないといけないよ。ただし、七年間、しっかりと働けば、お前さんは自由の身だ。しかし自由になってもいくつか条件がある。まず第一に、決して体を洗ってはいけない。それから髪をとかしてもいけない。爪も髪の毛も、切ってはいけない。髭も剃ってはいけない。また、目から出る水をぬぐってもいけないよ。どうだい、これらの条件が守れるかい?」
「このままではどうしようもないから、とにかくやってみる事にします」
 そこで悪魔はハンスを地獄へ連れて行くと、仕事について話しました。
「お前さんは“地獄の炙り肉”の入っている釜の火を、ずっと燃やし続けなければいけない。そして、家の中を綺麗にして、ゴミを戸の外に運び出す。仕事はそれだけだ。だが一度でも、釜の中を覗いてはいけない。もし覗いたらまずい事になるよ」
 言い終わると、悪魔は旅に出ました。
 さっそくハンスは、悪魔から言いつけられた仕事を始めました。
 釜の火を絶えず燃やし、家の中を掃除して、ゴミを戸の外に運びました。
 しばらくして悪魔は帰って来ましたが、ハンスが真面目に仕事をしているのを見て満足しました。



 やがて悪魔は、再び旅に出ました。
 ハンスは仕事をしながら、釜の中が気になっていました。
「“地獄の炙り肉”って、一体何なんだろう?」
 悪魔との約束を忘れたわけではありませんでしたが、ハンスはどうしても中が見たくなりました。
 そこで、たくさん並んでいる釜の一番目の蓋を、ほんの少しだけ開けてみました。
 すると中には、昔、兵士だった頃、自分をいじめていた先輩の兵士が入っていたのです。
「偶然だね。こんなところで出会うなんて。そう言えば昔、あんたは僕をいじめてくれたね。今度は僕がいじめてやる番だ」
 ハンスは釜のふたを閉めると、新しい薪をくべて火を大きくしました。
 次にハンスは二番目の釜の蓋を開けてみました。
 するとそこには、さっきの先輩の上官が入っていました。
「やあ、あんたもここにいたのか。そう言えばあんたは、僕の手柄を横取りして、自分の手柄にした事があったよな」
 ハンスはそう言うと釜の蓋を閉めて、たくさん薪をくべると、さっきよりも火を大きくしました。
 そしてハンスが三番目の釜の蓋を開けると、今度は中に将軍がいました。
「おや、将軍ではありませんか。そう言えば昔、あなたは自分の失敗を私のせいにしましたよね」
 ハンスはふいごを持って来ると、将軍が入っている釜の火をごうごうと大きくしました。


 こうして七年の間、ハンスは地獄で働き続けました。
 その間、体を洗いません。
 髪もとかさず、指ではらいもしません。
 爪や髪の毛を切りもしません。
 髭も剃りません。
 また、目から出た水をぬぐいもしませんでした。
 この七年間はハンスにとって楽しい毎日だったので、たった半年ぐらいにしか感じませんでした。
 約束の七年が過ぎた頃、悪魔が旅から帰ってきました。
 悪魔はハンスに向かって言いました。
「ハンス、お前さんはどんな事をしてきたかね?」
「はい。僕は釜の下に火をくべました。それから家の中を掃除して、出たゴミを戸の外に運びました」
「うむ、ちゃんと仕事をしてくれたね。……だがお前さん、釜の中を覗いただろう。でも、薪をくべて火を大きくしたのは良かった。そうでなかったら、お前さんも今頃は命をなくしてたよ。さあ約束通り、今日でお前さんは自由だ。地獄を出て、家に帰るかい?」
「はい。お父さんがどうしているか、見たいと思います」
「そうか。ああ、そうそう。お前さんが七年間働いた給料として、お前さんが今まで戸の外に運んだゴミをリュックにつめて持って帰りなさい。地獄を出たら、そのお給料で楽をすればいい。ただし、お前さんは私がいいと言うまで体も洗わず、髪もとかしてはいけないよ。髪の毛ボーボー、ヒゲもモジャモジャのままで、爪も切らずに、ドロンとした目をしてね。そして、もしも誰かがお前さんにどこから来たのかと訪ねたら、地獄から来たと言うんだ。それからお前は誰だと訊かれたら、『悪魔のすすだらけの兄弟で、悪魔は私の王である』と言わないといけないよ」
「はい、分りました」
 そうしてハンスは悪魔に別れの挨拶をすると、地獄を出てから森の中に戻りました。
 悪魔のお給料にガッカリしていたハンスは中身を捨ててしまうかと思い、リュックの中を見ました。
 するとリュックに入れたゴミが、本物の金に変わっていたのです。
「すごいや! こんなにお給料をくれるなんて!」
 ハンスは大喜びで、町に行くと宿屋に泊まりました。
 宿屋の主人はハンスの風体にギョッとなって訪ねました。
「あんた、どこから来たんだい?」
「地獄からだよ」
「なんだって!? あんた、何者だ?」
「悪魔のすすだらけの兄弟で、悪魔は私の王でもある」
 驚いた主人は、ハンスを宿から追い出そうとしました。
 けれどハンスがリュックの中の金を見せると、主人はころりと態度を変え、ニッコリ笑ってハンスを宿屋で一番いい部屋に案内しました。
 ハンスは料理を注文すると、お腹いっぱいになるまで、たらふく食ベたり飲んだりしました。
 けれども悪魔の言いつけを守って、体を洗いもせず、髪もとかしませんでした。
 その夜、ハンスがベッドでぐっすり眠っていると、宿屋の主人がこっそり入ってきて、ハンスのリュックを盗みました。



 翌朝ハンスが目を覚ますと、大切なリュックがありません。
 ハンスは一目散に地獄に戻ると、悪魔に助けを求めました。
 すると悪魔は、ハンスに言いました。
「そうか。まあ、そこにお座り。私がお前さんの体を洗って、髪をとかしてやろう。髪の毛や爪を切り、目もぬぐってあげよう」
 悪魔はハンスを綺麗にすると、ハンスに掃除のゴミがいっぱい入ったリュックを渡しました。
「今から宿屋に行って、主人に『金を返せ、さもないと悪魔があんたを連れて帰り、僕の代わりに地獄で働かせてやると言ってるぞ』と言ってやんなさい」
 ハンスは宿屋に戻ると、主人に言いました。
「あんたは僕の金を盗んだね。もしあんたがそれを返さないなら、悪魔があんたを地獄に連れ帰り、僕の代わりに地獄で働かせると言っているぞ」
 すると怖くなった主人は、ハンスにリュックを返すと、さらに自分の有り金も渡して、どうか悪魔には黙っていて欲しいと頼みました。



 こうしてたくさんのお金を手に入れたハンスは、家に帰るとお父さんと幸せに暮らしました。
 ところでハンスは地獄にいた頃、悪魔から音楽を習い覚えていました。
 そこで粗末な上っ張りを買って、あちこちで音楽をやりながら歩いていました。


 ある時、この国の年老いた王様の前で、ハンスは演奏する事になりました。
 すると王様はハンスの演奏にとても喜んで、一番上の姫をハンスの妻にやると約束しました。
 ところが姫は、上っ張りを着た身分の低い男と結婚させられると聞くと、
「そんな事をするくらいなら、一番深い水の底に飛び込んだ方がマシだわ」
 と言いました。
 そこで王様は、一番下の姫をハンスに与えました。一番下の姫は、父親のためならと喜んで承諾しました。
 こうしてハンスはお姫様と結婚し、その後、王様になったという事です。




~おしまい~


 いかがだったでしょうか?


 最後の部分はちょっと蛇足的にも感じますが(実際、私が最初にこの話を見つけたところでは後日談は載ってなかった)、この話に出てくる悪魔、個人的にはかなり誠実だなぁと感じました。

 きっちりとハンスとの約束を守ってますし、むしろ約束を破ったハンスを(結果的とはいえ)働きに免じて帳消しにしたり、その後のアフターケアまでやってくれてますし。


 まぁ、それこそこの間アメブロの方であげたセーレみたいに、優しい悪魔もいるみたいですし、そもそも悪魔(デビル)は魔神(デーモン)との違いの一つとして「契約を重んじ、その規律に忠実」らしいので、こういった性格付けも間違いではないのでしょうけども。


 こういった「試練を乗り越えた相手には親身になって接してくれる」悪魔は、昔、別のおとぎ話でも読んだことがありますが、私が『ファイクエ』の魔族を生まれながらの悪人として描かないのは、こういう部分の影響もあるのかも知れません。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日は、ちょっと切ない親子えびの物語です。

 ちなみに、厳密にはヨコエビはえびの仲間ではないらしいですが……。(詳細はリンク先参照)


 では、スタート!


メクラヨコエビのゆめ


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 地面の下を、地下水の川が流れています。
 暗闇の中を、急に細い光が走りました。
 メクラヨコエビでした。
 ひゅるるる……。
 メクラヨコエビは、かすかな光を放ちながら、するどく水を切って泳ぎました。
 メクラヨコエビには目がありません。長い間、地下の暗闇の中で暮らしている間に、いつしか無くなってしまったのです。
 メクラヨコエビは、ぐんぐん川上に向かって登って行きました。その後ろには、子えびが泳いでいました。
 どうしたことか、子えびには、目がありました。目のある子えび、それは、目の無いえびたちの間ではのけものでした。
 メクラヨコエビは、今、この子えびを仲間の知らない遠い所へ、捨てに行くところでした。



 メクラヨコエビは、美しい光を放って泳いでいました。子えびは母親の光の中を泳いでいました。
 たまたま後ろを振り向くと、後ろは深い暗闇に覆われて、吸い込まれてしまいそうに思えました。
 川の流れが激しくなりました。氷のように冷たい水が、川底で渦を巻いています。
 メクラヨコエビは、子えびが押し流されないように、小さな身体をそっと抱きかかえました。
 子えびには、母えびの身体がはっきり見えました。
 光に包まれて、白く透き通った身体、長くて立派な二本のひげ、太く力強い尾びれ。
 川の流れは、光の当たるところだけ青く澄んで、その向こうは深い藍色をしていました。
 体に当たる波のしぶきは、銀色に輝いて、目を開けていられないほど眩しく感じられました。
 子えびは思わず、
「お母さん」
 と小さく叫びました。
 子えびには、この美しい母えびの姿がとても誇りに思えたのです。



 流れに逆らって泳ぎながら、メクラヨコエビの身体はかすかに震えていました。仲間に知れないように、早く捨てに行かねばなりません。
 もし、仲間に気づかれれば、間違いなく子えびは殺されてしまうからです。
 メクラヨコエビは急ぎました。
 川の流れはメクラヨコエビを押し流そうと、ぐいぐい襲い掛かってきました。
 流れと戦いながら、母えびは思いました。
(ああ、嫌だ。嫌だ。可愛い子えびを捨てに行くなんて、こんな子えびはみんなで温かく庇ってやるのが本当なのに、殺されてしまうなんて。誰がどうして、こんな間違った掟を作ったのかしら)
 川の流れが、急に緩やかになりました。川はそこから二つに分かれて上に続いていました。
 しばらく行くと、川は少し浅くなってきました。
 メクラヨコエビはほっとしました。
「さあ、着きましたよ。今日から、ここがお前の住処です」
 メクラヨコエビは、無理に元気な声を出して言いました。
 子えびはすっかり疲れ切ったものか、母えびにしがみついたまま、かすかな寝息を立てていました。
「無事に暮らしておくれよ。その内きっと、間違った掟を改めて迎えに来ますからね。それまでの辛抱です」
 母えびはそう言い残すと、仲間達の所へ帰っていきました。



 岩の伝う激しい水しぶきの中で、子えびはふと、目を覚ましました。周りは暗く、目に見えるものは何もありません。
 目を大きく開けば開くほど、恐ろしいほどの暗闇が、ぐいぐい子えびに襲い掛かってきました。
「お母さん!」
 子えびは思わず大声で叫びました。
 でも、答えはどこからも返ってきません。激しい落ち水の音だけが、ますます激しく子えびを包みました。



 メクラヨコエビは流れに身体を任せて泳ぎながら、胸が苦しくてなりませんでした。
 誰も住まない寂しい所で、子えびはこれからどうして暮らしていくでしょう。
 食べ物の事、巣作りの事、心配な事がいっぱいです。それに、子えびにはその後きっと迎えに来ると言ったけれど、掟はそんなに容易く改める事が出来るものではありません。たとえ改める事が出来たとしても、それまで子えびは生きていることが出来るでしょうか。
(でも、ひょっとしたら)
 と、メクラヨコエビは思いました。
 子えびを捨てた所に、光の世界に通じる岩穴があるという噂がありました。
 もしうまく岩穴を見つけて、光の世界に出ることが出来れば、立派に暮らしを立てることが出来るはずです。
 メクラヨコエビは、祈るような気持ちで言いました。
(どうか、噂が本当でありますように。可愛い子えびが、光の世界にたどり着くことが出来ますように)



 子えびは目を泣きはらして、岩陰に横たわっていました。
 泣いても叫んでも、答えるものは何もありません。
 その時です。
 子えびの目の中に、ふと、優しい母えびの姿が浮かびました。光に包まれて、はっとするほど美しい姿です。
 母えびの後ろに、不思議な光の景色が広がっていました。
 それは明るい緑の木々に包まれた、泉の景色でした。泉は青く澄み切って、水底の白砂が、きらきら光って見えました。
 水の面には、目のある子えび達が、楽しそうに泳ぎ戯れていました。
 子えびは「アッ」と小声で叫んで、息をのみました。それは子えびが、まだ一度も見た事のない景色でした。


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 と、光の景色は急に消えて、後には深い暗闇が、前と同じように広がっていました。
 岩を伝う落ち水のしぶきが、強くなったり弱くなったりしました。水は足元から湧き上がるように流れ出していました。
(今、見た景色は何だろう。ひょっとしたら、あれと同じ景色がこの近くにあるのではないかしら)
 子えびは思いました。



 冷や冷やと、落ち水のしぶきが子えびの顔を打っていました。
 子えびは、ふと上を見ました。
 落ち水の中に、何かしら、光のにおいがしたように思ったのです。子えびは少しずつ、少しずつ、岩を這い上っていきました。
 岩の裂け目に沿って登って行くと、裂け目は次第に広くなって、落ち水のしぶきも激しくなりました。
(そうだ。この上に、きっと光の景色があるのだ。そうでなければ、あんな景色を見るはずが無い)
 子えびは岩の裂け目に潜るようにして、足を進めました。
 と、急に後ろの足が軽くなりました。
 落ち水は、ゴーゴーとうなりをあげて、岩壁を走っていきました。
 岩壁は狭くなったり細くなったり、刀の刃先のように尖ったりして、上に続いていました。
 子えびは体をかがめ、へばりつくようにして足を進めました。足がまた一本、軽くなりました。
 足の付け根が少し熱く感じられましたが、それっきり、何も感じませんでした。
 尾びれで探ってみると、さっきまで身体を支えていた足が、岩に挟まれてぶるぶる震えていました。
 上っているのか、下りているのか、区別がつきません。周りは相変わらず暗闇が続いています。
 けれど、子えびの目の奥には、はっきりと明るい光の景色が映っていました。

 水音は子えびを飲み込むと、ぐんぐん上に登っていきました。



 深い森に囲まれて、静かな泉がありました。
 泉の底からは、綺麗な清水がふくふくと湧き上がっていました。
 清水に乗って、子えびがすっと水の面に浮かび上がりました。
 目のあるメクラヨコエビでした。
 メクラヨコエビは、あまりの眩しさのため、気を失いそうになるのをこらえながら叫びました。
「お母さん、光の世界に着きました」


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~おしまい~


 昨日、アメブロの方に幻想生物百科の第2回を投稿してきました。

 記事中でナツミも突っ込んでますが、「……生物?」な記事です(苦笑)。


 こちらの記事は、移転後初の『文庫本コーナー』です。

 では、本文スタート!


ブエモン村長のかげぼうず


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 満月の夜が来ると、熊のブエモン村長は「やれやれ」と思う。その夜、丘の上でみんなと一緒にするはずのお月見が、ブエモン村長には苦手であった。ブエモン村長のいかめしく大きな体が、いよいよずしりと重みを増したせいで、座っていると、ひどく足がしびれるからだ。
 その晩も、しびれた足をこっそりもごもごさせながら、それでも見た目には、礼儀正しくしていたが、早く帰って一人でゆっくりハチミツを舐めたいものだと思い続けていた。
 その時、ブエモン村長のかげぼうずが、不意ににゅうと腕を伸ばして大あくびをしたのだ。
 村長は無論そんな事などしはしない。かげぼうずだけが、勝手に腕を伸ばし、おまけにグルグル振り回したりした。
「あれ? あれ? あれ?」
 みんなの呆れた様子に、ブエモン村長も気が付いて、さすがに驚いたようだったが、いかめしい態度は少しも崩さず、
「いや、これは失礼。かげぼうずめが気ままをやりおったようですな」
 そして、“きっ”とばかりにその影をにらみつけると、地面の上の黒々とした影は、しばらくもじもじしていたが、やがて元通り、ブエモン村長そのままの形に返った。
「エヘン、お静かに」
 と、村長は言った。その晩はそれで済んだが、かげぼうずは勝手をすることに味を占めたらしく、それ以来、しばしば気ままに動くようになり、村長がいかめしく道を歩いていると、かげぼうずはお菓子屋をのぞき込み、ハチミツ入りの菓子ツボへ手を伸ばしたりした。
 村長は閉口したが、しかし、この少し行儀の悪いかげぼうずは、村のウサギやタヌキたちには、案外人気があった。いかめしいブエモン村長の前では、つい縮み上がってしまうが、このかげぼうずはなかなか愛嬌があるというのが、みんなの意見であった。しかし、かげぼうずの勝手気ままなやり方は、いつか他の影たちにもうつり始めた。最初にうつったのはウサギのブンタで、ブンタの左耳はどういう訳か真ん中からくたっと折れ曲がっており、その事で終始みんなにからかわれていた。その耳の影が、ある夜、ピンとまっすぐに伸びたのだ。
「見てよ、僕の影を」
 ブンタはさっそくみんなの所へ、知らせにやって来た。月夜の道に、ピンと両耳を伸ばしたブンタの影が、くっきりと映っていた。


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 その話が知れ渡ると、他の者たちも、ついこう言わずにはいられなかった。
「オレ達のかげぼうずだって、たまには勝手に動いてみてはどうなんだい」
 そう言ったせいなのか、それとも“はしか”のように誰彼構わずうつっていったのかは分からないが、かげぼうず達は次々と本人とは違った動きをするようになっていった。
「僕のかげぼうずったら、僕が仕事をしている時、勝手に腹づつみを打つんだよ」
 タヌキがそう言うと、
「いやあ、オレのかげぼうずときたら、オレが寝そべっていても、アヒルの卵を取ろうと夢中なのさ」
 キツネはウキウキした調子で言った。


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 そういう村の様子を、ブエモン村長は苦々しいものに思ったが、元はと言えば自分から始まったことなので、文句を言う訳にもいかなかった。そこでみんなは、いよいよかげぼうずに好き勝手をさせた。
 しかし、だんだん困ることも出来てきた。例えばブエモン村長が、役場の職員を集めてお説教をしている最中に、かげぼうずは踊り始めたのだ。みんなはついクスクス笑い、
「困る、全く困る!」
 と村長はドシドシ机をぶった。しかも次はもっと悪かった。村長は役場の応接間でキツネの議員さんと話をしていたが、キツネの長っちりは有名で、気取った手つきでタバコを吸いながら帰りそうも無かったので、村長はイライラしていた。その時、村長のかげぼうずが、にゅうと腕を伸ばしたと思ったら、キツネの影の首筋をつまみ上げ、お尻をピシッとぶったのだ。
「あ、これは失礼」
 村長は言った。
「何分、影のすることだから気になさるな。あなたが痛いわけではなし……」
「いや、一向に構いませんとも」
 キツネはすましてそう言った。ところが今度はキツネの影が、ブエモン村長の影を蹴飛ばした。
「あ、これはどうも……」
「いやいや、たかがかげぼうずの事じゃ」
 ブエモン村長もそう言った。しかし何故かプイと横を向き、キツネも不機嫌な顔で帰っていった。


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 それは村長とキツネの間の事だけではなく、かげぼうずの喧嘩から本人たちの喧嘩になり、長い間の友達がいがみ合ったり、あるいは疑い合うようなことが村のあちこちで起こり始めた。
 みんなは、勝手気ままに動くかげぼうずを段々持て余し、しまいには、自分のかげぼうずを恐れるようにさえなった。



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「全く、嘆かわしい」
 と、ブエモン村長は首を振った。ひっぺがす事が出来るなら、自分の影をひっぺがしたいところである。役場でブエモン村長を囲んで、相談が始まった。
「つまり、影を作らないようにすることだ」
「賛成」
「それにはどうすればいいか」
「昼間も窓を閉めて、家の中に閉じこもること」
「夜も電灯をつけず、月夜は外へ出ないこと」
 それでは牢屋に閉じ込められたも同じである。爽やかな風にも吹かれず、美しい花も見ないで、生きているとは言えないではないか。
 そんなことは出来っこないと、みんなは首を振った。
 ブエモン村長にとっては、全く頭の痛い事であった。


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「あのう、村長さん」
 ウサギのブンタがおずおずとやって来た。
「なんだね。君もかげぼうずにすいてかね」
「そうなんです」
 この頃は、毎日のようにかげぼうずについての具場が持ち込まれてくる。
「僕の耳を見て下さいよ」
 ブンタの耳が、両方ともぐたっと二つに折れ曲がっている。
「おや、曲がっていたのは片方だけではなかったかね」
「そうだったんですよ。ところが、かげぼうずの奴ったら……」
 はじめブンタの影はピンと両耳を伸ばして喜ばせてくれた。耳の影は誰のより長く、それは自慢の種であったが、いつとはなく意地悪になってきて、やがて両方の耳をぐたっと折れ曲がらせて、嫌がらせを始めた。そんなかげぼうずを見ないようにしていたのだが、今朝、本物の耳がかげぼうずと同じように、両方ともくたっと折れ曲がってしまったのだという。
「うーん、かげぼうずめ、ついにそこまでやりおったか」
 ブエモン村長は唸った。
「早くどうにかして下さいよ」
 ブンタはしょげて帰っていき、その後へタヌキがやって来た。
「村長さん、全くどうも」
 タヌキは途方に暮れている。末っ子のかげぼうずがイタズラなのは知っていたが、今朝がたから、本人がかげぼうずの動くままにイタズラを始め、棒を振り回して手当たり次第に物を壊し始めたのだという。影のイタズラでは物は壊れないが、本人がやり始めたのではそうはいかない。
「一体、どうしたもんでしょう」


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 このままにしていては、村中、とんでもないことになってしまうぞと、ブエモン村長は思った。
「何とかせにゃならん」
 村長は腕を組んで考え込んだ。その後ろで、かげぼうずは伸びたり縮んだりしながら、面白そうに村長をうかがっている。



 ブエモン村長は考えた。まず初めに、村長の影が何故ああなったかと言えば、そう……形と心が別々。
「それが、油断大敵だったな」
 心と言葉も別々。
「それが、影をつけ上がらせたんだな」
 今ではかげぼうずは、睨みつけても怒鳴っても知らん顔で、あかんべえをするくらいだ。
「とにかく、あいつの首根っこをがっしと押さえつけて、昔通りに俺のするままに動くようにしなくちゃならん。本人あっての影だからな。俺の影がそうなれば、他の者たちの影も、自然と元通りになるだろう」
 早くそうしないと、村は大変なことになるとブエモン村長は頭を絞った。
「かげぼうずが、俺と同じことを夢中でしたくなるような、そんな事を俺はしなきゃならんのだ」
 ブエモン村長のかげぼうずは、どうやら陽気な事が好きらしい。
「よし、勇気を出してやってみよう」
 いい具合に今夜は満月だ。丘の上で月見をしようと誘いを受けて、村中が集まってきた。
 やがて金色の大きな月が上ったが、みんなはあまり元気そうではなく、かげぼうずばかりが生き生きとのさばっていた。その時、いかめしくすわっていたブエモン村長が、ふいに立ち上がったと思ったら、
「やんれ、やれやれ ほうい ほい」
 いきなり声を張り上げて歌い出した。みんなは呆気にとられた。いつも威厳に満ちて座っているのがブエモン村長であった。村長が歌を歌う事など、考えてみた事も無かった。しかも村長は、手を振り足を振り上げて踊り出したではないか。


 月の夜には
 谷間の百合が
 子首傾げる


 みんなはしばらくぼんやりしていたが、それでもこれは愉快だと、手を打って歌いはやした。
 踊りながら、歌いながら、ブエモン村長は次第に楽しく、夢中になっていった。そんな村長にかげぼうずは呆れて、のろのろついて回っていたが、やがてついつい誘われて真似をし、そしていつの間にか村長とその影はピタッと同じになった。
「見ろ、見ろ。ブエモン村長は、自分の影を自分のものにしたぞ」
 誰かが叫んだ。
「ようし、オレも一つ踊ることにしよう」
 キツネが飛び出して来た。
「ぼくも」
「わたしも」
 みんなは踊り出した。明るい月の光の下で、誰もかれも夢中になって踊り出した。
 そして、たくさんのかげぼうずもまた、それに合わせて踊った。
 月は静かにそれを眺めていた。


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~おしまい~

 今日は文庫本コーナーの記事でいきたいと思います。
 今回は、ちょっと短めの怪談、『きつねの赤ん坊』です。

 では、スタート!

きつねの赤ん坊


 銀太は腕利きの猟師でしたが、腕の立つのをいいことにして、アサゲ村の、山と言う山、森と言う森を一人で荒らし回っていました。
 村の猟師仲間では、猟のできる間を十月から次の年の三月までと決めていましたし、カモシカなどは、撃ってはいけない約束でした。けれども銀太は、熊でも鹿でも、春と言わず夏と言わず、撃ちまくっては、獲物をこっそり町に売りに行って、随分お金を儲けていました。
 銀太のおかみさんは、町の“皮万”という毛皮屋の娘でしたから、獲物を売りさばく事は簡単でした。
 けれども、銀太のおかみさんはとても気ままな人で、「猪の肉は食べ飽きたから、雉の肉が食べたい」とか、「イタチの毛皮で足袋を作って欲しい」などと言っては銀太にせがみました。
 銀太はもとより、猟にかけては自信がありましたから、腕の見せ所とばかり、すぐさま山へ行っては、おかみさんの望み通りの獲物を取ってきました。
 ある秋の終わり頃、銀太のおかみさんに赤ん坊が出来ました。そこでおかみさんは、銀太に言いました。
「生まれる赤ん坊に、きつねの毛皮で布団を作ってやりたいで、今日は山へ行って、きつねを五匹、取ってきておくれ」
 銀太は、これにはびっくりしました。
 きつねの毛皮を襟巻にするというのなら分かりますが、布団を作るなどという事は、聞いた事がありません。しかも、一度に五匹も欲しいというのです。
 けれども銀太は、初めて生まれてくる子供のためですから、鉄砲を持って、早速山へ出かけていきました。
 二日の間、山を駆けずり回って、銀太は四匹まで、きつねを撃ち取る事が出来ました。
 あと一匹です。銀太はまるで猪が突っ走るように、谷をわたり、ばらやぶをかき分けて、きつねを探しました。
 そして、とうとう最後のきつねを見つけました。それは今までに見た事も無い、大きな狐です。
 大ぎつねは、太いトチの木の陰の洞穴の中で、体を横たえてじっとしていました。
 銀太は、さっそく鉄砲を構えました。
 ところがよく見ると、それは身重のきつねでした。
 もうすぐ子ぎつねが生まれるのでしょう。大きなおなかを足と尻尾で庇いながら、首だけをもたげて、「どうか撃たないで下さい」と訴えるような目で銀太を見つめていました。
 銀太はなんだか気味悪くなって、いったん構えた鉄砲を下ろしましたが、辺りは夕暮れです。ぐずぐずしていると、薄闇の中へ逃げ込まれてしまうと思い、夢中で引き金を引きました。
「ズドーン」
 鈍い音と一緒に、きつねははじかれて、そのままぐったり動かなくなってしまいました。

 五匹のきつねの毛皮を縫い合わせて、柔らかな布団が出来上がると、おかみさんは、
「これはあったかそうだ。赤ん坊が生まれるまで、この布団にくるまって寝よう」
 と言って、大きなお腹を、その毛皮の布団でしっかりくるんで、毎晩ぐっすり眠りました。
 その内に、おかみさんは、妙な事を言い出しました。
「町へ行って、油揚げをどっさり買ってきておくれ。ご飯の代わりに油揚げが食べたい。うさぎの肉も生のまま食べたい」
 と言うのです。
 銀太は首をかしげながら、おかみさんの顔を覗くと、なんだか顎の辺がばかにとがって、眼は吊り上がっているように見えました。
 なおもよく見ようとすると、おかみさんはその吊り上がった目を険しく光らせて、
「何をぐずぐずしているのだえ、早く行っておいで」
 と、きんきん声で怒鳴りました。
 銀太は仕方なく、町へ出かけていきました。
 それからというものは、おかみさんは銀太を自分の寝ている部屋の中へは入れませんでした。
 やがて十五日ばかりたった夜、銀太のおかみさんは、とても苦しみ始めました。それに気づいた銀太は、急いでお産婆さんを呼びに行こうとして、土間で下駄を探していますと、突然おかみさんの寝ている部屋から「ギャッ、ギャッ」と、奇妙な声が聞こえました。銀太はびくっとして、耳を澄ますと、今度は「ケンケン、ケンケン」と、咳払いでもしているような声が聞こえてきました。
 銀太は不思議に思っておかみさんの部屋に近づいて、そっとふすまを開けてみました。
 するとどうでしょう。きつねの毛皮の布団にくるまっているのは、人間の子供ではなく、きつねの赤ん坊ではありませんか。銀太は驚いて「ひぇーっ」と声を上げました。
 その声で、おかみさんが布団の中からひょいと顔を出しました。それを見た銀太は、ぶるるっと身震いして、そのまま棒のように倒れてしまいました。
 おかみさんの顔も、やっぱり狐の顔だったからです。



~おしまい~
 今日は『下っぱ忍者』の完結編でいきたいと思います。
 では、スタート!


 麦助が春日山について、町の人々に聞いてみると、段三の事はすぐに分かりました。
 段三は馬を飲み込む術をやってみせ、それを見て感心した上杉の家来の長尾修理(ながお・しゅり)が自分の屋敷に連れて帰ったそうです。
 その夜更け、麦助は修理の屋敷に忍び込み、天井裏に隠れました。
 次の日の朝、屋敷の中が騒がしくなりました。謙信が、馬を飲む忍者を見に来ると言うのです。
 麦助が客座敷の天井裏に移ると、やがて段三が出てきて、座敷の端にきちんと座りました。麦助は、思わず懐かしくなりました。段三は痩せて苦労しているようでした。
 坊主頭の謙信が家来を連れて、座敷に入ってきました。謙信は尋ねました。
「馬を飲む忍者、お前の名は何という?」
「とび加藤と申します」
 麦助は嬉しくなりました。伊賀の下っぱ忍者の段三が、天下に名高い上杉謙信に、堂々とでたらめの名を言っているのです。
 続いた段三は言いました。
「このとび加藤、忍びの術で上杉家にお仕えしたい」
「よし。では、術を試そう。今夜、わしの家老の、直江山城の屋敷に忍び込み、山城の薙刀を持ち出してこい」
「かしこまりました」
 段三は、頭を下げました。
 その夜、直江山城の屋敷では、庭にも、門の前にも、赤々とかがり火をたき、足軽や侍がいっぱい、見張りに立ちました。
 奥の部屋の真ん中には机を置き、その上に袋に入れた薙刀を乗せ、十人の侍がその薙刀を守りました。
 ところが朝になると、長尾修理の家来が、馬を飛ばしてきました。
「とび加藤、昨日の夜のうちに、薙刀を持って帰ってきました」
 慌てて薙刀を出してみると、袋の中はただの木の棒になっていました。
「恐ろしい男だ」
 侍たちは顔を見合わせたのです。
 それから五日目の夜、麦助はやはり、修理の家の天井裏に潜っていました。
 下の座敷では、酒盛りが始まり、段三が笑い声をあげて酒を飲んでいます。その嬉しそうな顔を見ると、麦助は段三の肩を叩いて、
「良かったな、段三」
 と言ってやりたいほどでした。
 あれは実に簡単な事でした。
 あの日、直江家に忍者が忍び込むと聞いて、あちこちから応援の侍が駆けつけました。段三は、その侍たちの家来のようなふりをして、直江の屋敷に入り込みました。
 そして、薙刀を蔵から取り出す時、自分の持ってきた木の棒とすり替えてしまったのです。麦助も直江の屋敷に入り込んで、それを見ていたのでした。
 薙刀取りに成功した段三は、明日からいよいよ上杉家の家来です。今夜は、そのお祝いの酒盛りでした。
 しかし、麦助は段三が上杉の家来になる事を喜んでばかりはいられません。源太夫の、蛇のような目つきが、麦助の頭の中に浮かんできます。もし麦助が段三を殺さなければ、麦助は源太夫に殺されるでしょう。
 ――すまぬが、段三。死んでくれ。
 麦助は手裏剣を握りました。だが、すぐその手を下ろしました。下の様子がおかしいのです。見ると、下の座敷のふすまの向こうに、侍たちが集まってきて、刀や槍を構えました。
 麦助は、すぐその訳が分かりました。上杉家が、段三を殺すつもりになったのです。あの恐ろしい忍者が、もし裏切ったら大変な事になる、と直江山城や、長尾修理は考えたのでした。
 ――けしからん上杉家め。
 麦助は腹を立て、段三にその事を知らせてやりたくなりました。しかし、すぐ考え直しました。もし段三が上杉家に殺されるなら、自分は友達を殺さないで済む、と思ったのです。
 下の座敷では、段三が言いました。
「一つ、面白い物をお見せしよう」
 段三は自分の酒を入れた竹筒を取り出して、長尾修理の盃につぎました。
「これは――」
 修理も、座敷の中の男たちも、思わず声を上げました。竹筒から出てきたのは酒ではなく、小人の女でした。女は盃の中で、笛を吹き始めました。
 段三は次から次へと、座敷の人々に酒を注いでいき、つぐたびに小人が飛び出しました。やがて、数十人の小人たちは座敷の真ん中に集まり、笛や太鼓に合わせて踊り始めました。



 不思議な事には、ふすまの向こうの侍たちにも、この小人の姿は見えました。みんな、吸い付けられるように、この小人の踊りを見つめました。
 ――見事だ。見事な目くらましの術だ。
 天井裏で、麦助がまた嬉しくなっていました。
 やがて段三は座敷を出ていきました。しかし、侍たちは、座敷の真ん中のいもしない小人たちの姿に、じっと見とれているばかりでした。


 それから三月。ここは上杉謙信の敵、武田信玄の住む町、甲府の町はずれです。
 野原の真ん中に、見上げるほどの高い塀があり、その前に、眼を光らせた段三が立っていました。そして、数十メートル離れたところに、鉄砲を構えた足軽たちがいて、ぐるちと段三を取り巻いています。段三は腹の底から絞り出すような声で言いました。
「忍者はどこへ行っても、人並みに生きていくことが出来ないんだな。伊賀では病気の母親の看病も出来ず、伊賀を出て大名に仕えようとすれば殺されるのか」
 段三は、今度は武田に仕えようとしたのです。上杉の時と同じように、術が試される事になりました。その術試しは、いま段三の後ろにある、高い塀を飛び越える事でした。
 段三は見事に塀を飛び越えました。だが、段三は向こうに下りないで、塀に片手の指を一本つくと、くるりと向きを変えて、もと来た方に飛び降りました。塀の向こうには、尖った釘や茨がいっぱい植えてあったのです。すると、術試しの係の侍が叫びました。
「塀を飛び越えながらこちらに飛び降りるとは怪しい奴。魔法使いに決まったぞ」
 その声を合図に、隠れていた鉄砲隊が立ち上がり、段三の胸に狙いをつけたのです。鉄砲隊に囲まれては、段三もどうしようもありません。
 ――死ぬよりほか無いのか。
 段三はばりばりと、歯を噛み鳴らしました。すると、その時、どこからともなく自分の声が聞こえてきました。
「天下の忍者、とび加藤。死ぬ前に最後の術を使って見せよう。オレは一羽の鳥になる。鳥になったところを撃ち殺せ」
 段三ははっとしました。この野原のどこかに、麦助がいるのです。
「だまされるな! 相手は魔法使いだぞ。撃て」
 侍が叫んだ瞬間、段三の姿はぱっと消えました。鉄砲隊は、塀の上に飛び上がった一羽の鳥を狙ったのです。
 鳥はトビでした。鉄砲は当たらずトビは青空に悠々と輪を描きながら小さくなっていきました。
 次の日、二人の鎌商人が甲府を出て、駿河へ向かいました。麦助と段三でした。
 きのう麦助は、段三が「忍者はどこへ行っても、人並みに生きていけないんだな」と言った時、目が覚めたような感じがしたのです。
「その時、忍者をやめようと俺は思った。やめた事で、源太夫が俺たちを殺そうとしても、二人が力を合わせれば、防ぐことが出来るんだ」
 麦助の言葉に、段三は頷きました。
 昨日、麦助は塀の向こうにぶら下がっていました。鳥を使うのは、麦助の術の一つです。麦助が捕まえていたトビを放し、みんながトビを見た瞬間、段三は地面に身体を伏せたのです。



 トビが飛び立つのと、地面に伏せるのと、同時でなければ、段三がトビになったと思わせることは出来ません。二人の忍者の心が一つにならないと出来ない術でした。
 あとは簡単でした。鉄砲が鳴り響いた途端、段三は塀の向こうに隠れたのです。
 そのあと、この二人の忍者の行方は分からなくなりました。ただ、何年か後、越前矢の根の百姓たちが、自分たちをいじめる領主と戦った事があります。その時、百姓たちの中に、八方手裏剣や花火を使う男が二人混じっていて、侍たちは散々な目に遭わされたという事です。



~おしまい~
 今日は『下っぱ忍者』の続きでいきたいと思います。
 では、スタート!


 麦助は、矢の根五郎左衛門の家の玄関の敷居の下に穴を掘りぬきました。その穴から、玄関の内側へ麦助が頭を出そうとした時、穴の外に積み上げた土の山が、どさりと崩れました。――しまった。
 麦助は頭を引っ込めました。どかどかと走ってくる足音がし、玄関に明かりがつき、穴のそばに立った男が槍を構えました。
「出てきたら、一突きだぞ」
 そう言った男の耳に、声が聞こえました。
「見つかったらしいぞ、平左。裏の物置から入れ」
「よし、そうしよう」
 答える声がし、また別の声がしました。
「いや、もう三郎たちが忍び込んだぞ」
 槍を構えた男は慌てました。
「敵は大勢だぞ。奥の部屋へ誘い込んで、討ち取ってしまえ」
 男は叫びながら、奥へ駆け込みました。
 穴の中から麦助は飛び出しました。別々の人の声を出す、これが麦助の得意の術だったのです。
 矢の根の家の家来たちが十人余り、刀や槍を構えて、奥の部屋の入り口に固まっています。
 その部屋の横の薄暗い廊下を、麦助は足音を立てないで走り、五郎左衛門の部屋の前で叫びました。
「殿、敵です。起きて下さい」
 さっきの、槍を構えた男の声でした。
「よし、行く」
 五郎左衛門は出ていきました。廊下の薄暗がりから麦助は飛び出しました。刀を五郎左衛門の背中に突き立てました。
「うむ」
 五郎左衛門の大きな体は、音を立てて廊下に転がりました。同時に、麦助は雨戸を蹴破って外へ飛び出しました。




「追え! 忍者だ」
 五郎左衛門の家来たちも、庭に飛び出しました。途端に家来たちは「あ、あっ」と叫んで、地面にかがみました。
 逃げながら麦助は『まきびし』を撒いたのです。『まきびし』はヒシの実のように、尖った先がいくつもついている、小さな武器です。
『まきびし』を踏み抜いた家来たちが走れないでいるうちに、麦助は門の前に着きました。入る時に使った竹筒の熊手――忍び熊手と言いますが、これをもう一度使って、門の外に飛び降りました。
 だがすぐ、五郎左衛門の家来たちは門を開き、松明を振りかざし、馬を走らせて麦助を追ってきました。
 麦助が逃げていく道の右側に、竹藪があります。五郎左衛門の家来たちがその竹藪に近づいた時、

 バ、バーン!

 すごい音がして、竹藪は火を吹きました。次から次へと音は鳴り響きます。
 馬は驚き、人間は慌てました。
「鉄砲だ。今度こそ、敵は大勢だぞ」
 家来達は馬から降りて、道端に伏せました。だがやがて、鉄砲の弾が飛んでこない事に、家来たちは気が付きました。麦助は花火を竹藪の中に仕掛けておいたのです。
 家来たちが道端に伏せている間に、麦助は、もうずっと先の方へ逃げて行ってしまいました。


 忍者の仕事はすぐに片付くものではありません。相手の様子を探り、色々な準備をしていなければなりません。麦助は矢の根の里の仕事を仕上げるために、ちょうど一年かかりました。
 麦助が伊賀に帰って来ると、驚いた事には、段三が居なくなっていました。
「逃げたんだ。伊賀の掟を破ってな」
 と、仲間の一人は言いました。
 話を聞くと、こうでした。麦助の留守中、段三の母親が、重い病気にかかりました。その時、源太夫は段三に徳川の仕事に出ていくように、言いつけたのです。母親が病気ですから、段三は断りました。すると、源太夫は言いました。
「行けと言えば、行け。わしがお前の母親の面倒は見てやる」
 仕方なく段三が徳川に行っている間に、母親は死にました。源太夫は、別に看病もしてやらなかったのです。後から徳川に来た忍者が、その事を話すと、段三は一晩中泣きました。そして、それきり姿を消してしまったのです。
 段三が逃げたのは当たり前だ、と麦助は思いました。しかし、源太夫はかんかんになっていました。
「徳川で仕事もせず、逃げてしまった男は、殺さなければならぬ」
 そして、段三の行方が分かったら知らせてくれるようにと、伊賀中の侍たちに頼みました。
 麦助が矢の根の里から帰って来て、二年ばかりたった頃、源太夫が麦助を呼びました。
「段三が、越後春日山の城下にいるそうだ。行って殺してこい」
 春日山には上杉謙信の城があります。その城下で段三が、目くらましの術――今で言えば催眠術――を使っていたそうです。
 麦助は友達の段三を殺したくはありません。しかし、源太夫の蛇のような目つきで睨まれると、震えあがりました。
 麦助は鎌売り商人に姿を変えて、伊賀を出、忍者の早足で、飛ぶように越後へ急ぎました。
 越後へ行く道は、途中、越前を通ります。麦助は、ふと思いついて、矢の根の里へ行ってみました。
 矢の根の里に入った麦助は首を傾げました。里の様子が変わっていました。田には草を生やしたままだし、田に水を入れる溝も、うずまったりしています。



 麦助は、一軒の農家に入りました。
「鎌はいらぬか、鎌は」
 出てきた年寄りと麦助は話し込み、話の間に麦助は聞いてみました。
「以前、この里は豊かな里だと思ったが」
「一昨年まではそうだった。ところが、矢の根五郎左衛門様が殺されてしまい、この里を守ってくれる人がいなくなった」
 年寄りの話では、五郎左衛門が死ぬとすぐ、この里は朝倉の領地になりました。朝倉はこの里から物を取り上げるだけで、五郎左衛門のように百姓の事を考えてくれません。
 ――そうだったのか。
 聞いている麦助の胸は、きりりと痛みました。麦助が五郎左衛門を殺したため、この里の人々みんなが不幸せな目に遭ったのです。
 年寄りと別れ、越後春日山へ急ぐ麦助の心は重く沈み込んでいました。



~つづく~
 今日は久々に『文庫本コーナー』の記事でいきたいと思います。
 今回は時代劇小説、『下っぱ忍者』です。

 ではスタート!

下っぱ忍者


 この話は今から四百年余り前、日本のあちこちに大名が居て、お互いに戦い合っていた頃の話です。

 うっすらと名の花の匂いが匂う、ある春の晩の事です。越前の国、矢の根の里の領主、矢の根五郎左衛門(やのね・ごろうざえもん)の屋敷の前で、黒い影が一つ、むくりと地面から起き上がりました。
 影は、何かをパッと門の屋根に投げ上げました。
 ピシッ! と、小さな音がして、投げ上げたものは、太い綱のようになって、屋根から垂れ下がりました。だが、よく見ると、綱ではありません。いくつもの竹筒に、綱を通した物でした。殺気の小さな音はその綱の先の熊手が、わら屋根の骨組みの木に食い込む音でした。
 影は竹の節を手掛かりにして、するすると、屋根に上りました。とんと屋敷の中に飛び降ります。と思うと、屋根の上からはもう、さっきの竹筒が姿を消し、地上に降りたはずの姿も消えてしまいました。
 しばらくすると、影はまた現れました。屋敷の中の一番大きな建物の、玄関の前でした。影は腰の袋から、細く尖った道具を取り出し玄関の敷居の下に、穴を掘り始めました。

 この影は伊賀の忍者で、名を麦助(むぎすけ)といいます。伊賀の国の侍の百地源太夫(ももち・げんだゆう)に使われている下っ端の忍者です。伊賀の侍たちは、みんな下っ端忍者を何人も使っていて、あちこちの大名が、忍者が入り用だと言ってくると、その下っ端忍者を仕事に出してお礼のお金をもらいます。
 こんど百地源太夫は、矢の根五郎左衛門を殺すようにと、越前の朝倉義景に頼まれました。五郎左衛門はちっぽけな領主ですが、朝倉の言う事を聞きません。五郎左衛門はいくさに強い男だったのです。
 源太夫は麦助にその仕事を言いつけました。麦助はびっくりしました。
「一人でですか? あんなに強い侍を殺すのに。段三(だんぞう)と一緒にやらせて下さい」
 段三は、やはり源太夫の下っ端忍者で、麦助の友達です。高いところへ飛び上がるのが上手い男でした。
 源太夫は答えました。
「二人の忍者が、心を一つにして動くのは難しい。一人でやれ」
 一人で越前へ行く事になった麦助を、段三は国境の峠まで見送ってきました。二人は、峠の草の上に座りました。



「忍者はいつ、どこで死ぬかわからぬ。別れの酒だ」
 段三は、腰の竹筒に入れた酒を、やはり竹筒の盃についで、麦助に回しました。峠ではウグイスが鳴き、スミレが咲いていて、とても平和な感じでした。
 この時、段三は言いました。
「源太夫様は、俺達二人が親しくするのを嫌っているんだと思う」
 そうかもしれない、と麦助も思いました。もし、下っ端忍者たちが、心を合わせて源太夫に背けば源太夫は困ってしまいます。
 そして、下っ端忍者たちが源太夫に背くわけは、十分ありました。源太夫は大名からたくさんの金をもらうのに、麦助達にごくわずかの金しかくれません。だから、源太夫は下っ端忍者たちが仲良くなるのを嫌がっているのでした。



~つづく~
 今日は『花がさいたら』の完結編を投稿したいと思います。
 前回はコチラ

 まずは、本文スタート!


 五日間というもの、洋二も新平も、つるばら館の事はわざと口に出しませんでした。その事を話すのが何となく、恐ろしかったのです。
 え、二人のケンカですか? ああ、あれはひとまずお預け――と言うよりも、二人とも、忘れてしまったのではないかしら。洋二と新平は、元通り、仲良くしているようですから。
 ただ、お互いに、つるばら館の庭の花の競争だけは、負けたくないと思っていました。それで、種を蒔いてから、まだ雨の降っていない事が気がかりでなりません。
 そしてまた、五日経ちました。
 五時間目の国語の時、洋二の所へ後ろから電報が来ました。
 洋二は、先生が黒板に字を書いているすきに机の陰で読みました。

『きよう つるばら館へ いてみよう。あの子 いるかも しれたいよ。 花のめが 出てるかも しれないよ』

 少し、間違ったところがありますが、電報は新平からでした。洋二は、新平がちぎったノートの裏に、「りょうかい」と書いて、後ろの友達に頼みました。新平の席は、洋二と同じ列の、一番後ろでしたから。
 学校が終わると、洋二と新平は、誰にも内緒でつるばら館に来ました。
 建物をぐるっと回ってみたけれど、窓はきっちりと閉まり、女の子もいません。二人は庭へ入りました。十日の間に、また新しい草が生えています。洋二たちは、黙って草をむしり、水をまきました。
「まだ、目を出さないのかなあ」
 新平が、土の上を撫でながら言いました。
「何の花か知らないけど……。もう生えてもいい頃だよね」
 洋二は答えて、それから、あっと青くなりました。
「ミカコちゃんが、ゆ、幽霊だったら? 幽霊のくれた花の種だったら?」
「幽霊がくれた? 花の種を? ばかだなあ、幽霊なんか――」
 いやしないよ、と、言いかけた新平は、
「ひゃあ~~~」
 とまたまた悲鳴を上げました。洋二も、ぶるぶる震えています。
 だって、つるバラに囲まれた窓の中で、
「フフ、ウフフフ……」
 と、誰かの笑う声がするんですもの。
 洋二と新平は、転ぶように走って、そこから逃げ帰ったのでした。


 十日経ち、二十日経ち、ひと月が過ぎました。
 海は太陽を映して走り、風は夏の香りを運んできます。
 洋二も新平もあんなに怖かったつるばら館の事を、いつの間にか忘れてしまいました。水遊び、植物集め、ザリガニ取りと、結構忙しかったのです。
 そうしたある日、洋二たちの組に、一人の転校生が来ました。
 先生の後ろから、教室に入って来たその子を見て、洋二は、はっとしました。
 あの子です! つるばら館にいたあのミカコなのです。
「これから皆さんと勉強する事になった小山ミカコさんです。ミカコさんは、海を挟んだ向かいの島、四国の学校で勉強していました。新聞社にお勤めの、お父さんの転勤で、この町に来たのです」
 受け持ちの女の先生がミカコを紹介すると、
「あたし、つるばら館へ引っ越してきました。どうぞよろしく」
 ミカコはぺこんとお辞儀をしました。
「まあ、つるばら館ですって……」
「あの、ゆうれい館のことだぞ」
「幽霊、怖くないのかしら」
「幽霊じゃないよ。姿の見えない、お婆さんがいるんだ」
 教室の中は急にざわざわしてきました。でも、ミカコはみんなの言葉をにこにこして聞いているのです。
 そして、新しい友達の中に洋二の顔を見つけると、「あら」と言って、手を上げました。洋二が赤くなっているのに、
「幽霊なんて、いないわよね」
 と、ミカコは平気で話しかけます。
「うん、まあ、いるような、いないような……」
 洋二は、下を向いたまま答えました。
「じゃあ、百歳過ぎのお婆さんは?」
 後ろの方から、女の子が聞きました。
「え、ま、まあ、いるような、いないような」
 今度はミカコが、少しどもって答えました。
 でもミカコは、洋二のように下なんか向かないで、つるばら館の話をみんなの前で話し始めたのでした。

 昔、日本が戦争をしていた頃――。
 つるばら館は、今のようにおんぼろではありませんでした。写真屋さんだったお父さんは、戦争に行って、南の島で死んでしまい、学校へ上がったばかりの女の子、女の子のお母さん、それに、八十歳を過ぎたお婆さんの、三人家族が住んでいました。
 夏のある日、熱を出したお婆さんを連れて、お母さんは病院のある町へ、バスで出かけていきました。
 その日です。お母さんたちが行った町に、大きな爆弾が落とされたのは……。



 その町も、お母さんやお婆さんも、みんな灰になってしまいました。一人で留守番をしていた女の子は、お母さんたちを探しに出たまま、行方不明になってしまったのです。
 その爆弾で、親戚の人達も死んでしまい、お婆さんやお母さんの死んだことを届ける人はいませんでした。
 そこで、戸籍には、まだ生きている事になっているのです。
 その頃八十歳のお婆さんですと、今、生きていれば百歳は過ぎるはず――それで、不思議な噂が流れたのでしょう。

 ミカコは、そう話したのです。
 そして、おしまいに言いました。
「行方不明になった女の子ね、四国の人が育ててくれたんですって。大人になって、新聞記者のお嫁さんになって、それでつるばら館の事が分かったんですって。私の母さんなの、その女の子」
 みんな、しーんとして、ミカコの話を聞いています。
 この組の友達は、家に帰って、ミカコの話をするでしょう。家の人は、近所の人に話し、近所の人は、また誰かに話して、そのうち誰もあの建物の事を「ゆうれい館」なんて呼ばなくなるでしょうね。
 学校が済むと、洋二と新平は、ミカコに誘われて、つるばら館へ行ってみる事になりました。
 丘の道を降りながら、洋二は気になっていたことをミカコに訊いてみたのです。
「夕方、窓に明かりがついてたよ。それに窓の中でウフフと笑う声も聞こえた……。あれ、ミカコちゃんだったの?」
「笑ったのは私よ。だって、幽霊の種なんて言うんだもの。明かりをつけてたのは、たぶん父さんだと思うわ。まだ電気が来なくて、ろうそくの明かりよ。引っ越してくる前、母さんに内緒で家の手入れをしてたのよ。自分の生まれた家がおんぼろだったら、母さん、悲しいだろうって」
「ふーん、優しいんだなあ」
 洋二は、優しいお父さんの子供だから、ミカコも、きっと優しいだろうと思いました。
 ところが大間違い! つるばら館に来てみると、見違えるほど明るくなっていました。窓はピカピカ光っているし、庭一面、花模様のじゅうたんを敷き詰めたように、松葉牡丹が咲いているのです。
「これじゃ、どっちが謝るのか――」
「わかりゃしないや」
 洋二と新平は、同じことを思い出して言いました。
 するとミカコは、悪戯っぽく二人を見比べて、急に笑い出したのです。
「アハハ……ハッハッハ……。バカねえ、そんな事、どうでもいいのよ。あたし、庭を綺麗にしたかっただけなんだから。ハハハ……ご苦労様でした」






~おしまい
 いかがでしたか?

 物語の舞台と挿絵からして、作中で言われている「大きな爆弾」と言うのは、おそらく広島の原爆の事みたいですね。
 時代設定も、当時ならではな感じになっています(丁度、私のお袋の世代が洋二達と同年代になるわけですし)。

 それまでとは打って変わってハードな設定でしたが、“オチ“のミカコの企みで、ちょっと明るい終わり方になった、といった感じでしょうか。

 と言ったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今日はこの間の『花がさいたら』の続きで行こうと思います。
 前回はコチラ

 では、本文スタート!



 草ぼうぼうの庭に立って、洋二と新平は、しばらく見とれていました。
 金色の五月の日差しを受けて、赤いつるバラの花が、そこにもここにも、ほら、あんな高い所にまで、咲いています。黒ずんだガラス窓が、さび付いたように閉まっていますが、今にもそれが開いて、童話のお姫様が顔を出しそうな感じでした。
 こうして明るい所で見ると、洋二は昨日の事なんか、まるで嘘のような気がしてきました。
 まして新平は、初めから本気にしていなかったので、
「それ見ろ、幽霊なんて、いないじゃないか」
 と、勝ち誇ったように言うのです。
「夢でも見て、寝ぼけたのさ。もう、でまかせなんか言うなよ」
「誰がでまかせ言った? 見たから見たって言ったんだ」
 珍しく、洋二が食って掛かりました。
「まだ言ってら。しつこいぞ、洋二も」
「君こそ、疑い深いや。男らしくないよ」
「なに!」
「なんだよ……」
「よーし、お前なんか、絶交だ」
「いいよ、こっちこそ、絶交だい」
 仲良しというものは、ケンカする時にまで、気を合わせるのでしょうか。洋二と新平は、同じような事を言い合っています。
 絶交なんて、出来るわけがないくせに。
「あやまれ、洋二」
「君こそあやまれ」
 二人は絶交どころか、決闘でもするみたいに、一歩ずつ詰め寄りました。
 ……その時です。
 ギィー、ザリリーッと、重い音を立てて、窓の扉が開いたのです。
「ひゃあ~~~!」
 この大きな悲鳴、洋二だと思うでしょう?
 ところが、洋二ではなくて新平でした。
 洋二は声も出せないで、後ろに飛び下がっていたのです。バラのトゲで指をひっかいてしまうほど慌てて――。


 もちろん、洋二は泣き出しました。
 けれど、そう長くは泣いていられませんでした。何故って……。地べたに座り込んで、えんえんやっていた洋二の耳に、女の声が聞こえたからです。
 ぎくりとして顔を上げると、幽霊――じゃなかった。百歳過ぎのお婆さん――でもなかった。洋二ぐらいの女の子が、窓の中で笑っているのです。
 洋二と新平は、ぽかんと顔を見合わせました。
 すると、女の子は、歌うような声で言うのです。
「ねえ、どっちが謝るのか決まった?」
「き、きみ、誰さ」
「ど、どこから来たのさ」
 見知らぬ女の子の前で、男の子二人は、どぎまぎしながら尋ねました。
「分からないわ。一人ずつ言ってちょうだい」
 女の子は、記者会見のスターみたいに気取って、そのくせちゃんと聞き取っていたのです。
「あたしミカコ、あっちから来たわ」
 女の子は、海の方を指さしました。そう言えば、女の子の服は海の色、襟のレースは波がしらの色です。けれど洋二が、
「へえ、海から来たのかい?」
 と聞いたら、首を振って笑うのです。
「まさか。海坊主じゃあるまいし。それより、ケンカしてたんでしょ? どっちかが謝るんでしょ?」
「大きなお世話だい」
 たまりかねた新平が、口をとがらせて言いました。
 でも、この人を食った女の子、ミカコには敵いそうもありません。
「あたしが、謝る方を決めてあげる」
 ミカコはそう言って、窓から手を出しました。
 何か、紙に包んだものを新平に渡したのです。
「なんだ、こりゃあ?」
 紙を開いて新平は言いました。洋二にもわかりません。鉛色で、あわ粒よりも小さなものです。
 さらさらした小さな粒が、一握りほど入っていました。
「それ、お花の種よ。何の花かは、咲けば分かるわ。二つに分けて、この庭に蒔くの。早く咲いた人が勝ち。負けた人が謝る……っての、どう?」
 ミカコは、得意そうに言いました。
 ちょっとしゃくだけど、洋二と新平はミカコの言った通りに決めました。二人とも、謝るのも、謝られるのも、あまり好きではなかったのです。
 種を二つに分けて、さあ、競争が始まりました。
 ぼうぼうの草をむしるのは一苦労です。でも、二人は汗びっしょりになって、頑張りました。瓶の壊れたのを拾ってきて、土を柔らかくしたり、溝から水をすくってきてかけたり――。
 そして日暮れ近く、洋二と新平は、自分の種を、やっと蒔き終わりました。



 ところが、どうでしょう。
 窓に腰かけて、二人を応援していたミカコが、いつの間にか消えているのです。
「おい、きみ――」
「ミカコちゃーん」
 何度呼んでも、返事はありません。ミカコが腰かけていた窓は、きっちりと閉まっていて、ガラスに夕焼けが映っていました。



~つづく~
 今日は久々に『文庫本コーナー』でいきたいと思います。

 舞台は、半世紀前の瀬戸内海が見える小学校で、主人公は二人の小学三年生。
 ……ちなみに、『ファイクエ』の舞台設定は95年くらいだったりします。

 能書きはともかく、スタート!



花がさいたら


 丘の上の学校です。
 地図そのままの、静かな青色をした瀬戸内海を窓から見下ろせる教室です。
 洋二は、勉強の良く出来る男の子。中でも理科は得意中の大得意で、三年生全部の組を合わせても、洋二にかなう友達はいないでしょう。
 ところが、その埋め合わせをするように、泣き虫、弱虫、べそっかきの方でも、一番は洋二でした。
 そして、べそっかきの洋二の友達というのがこれまた学校中で一番の暴れん坊で、いじめっ子の新平なんです。ご丁寧に新平の成績ときたら、三年生全部の組を合わせたって、ビリから一番間違いなし。
 この一番と一番が仲良くなったのは、ついこの間――つまり、三年生になって間もなくの事です。
 学校の帰り道、犬に吠えられて立ちんぼうだった洋二を、新平がわけなく助けたのでした。
 新平は犬好きですし、犬の方でも新平には特別親しみを感じるようです。
 次の朝、洋二はお返しに、新平が忘れてきた宿題を、こっそり教えてあげました。
 感激した新平は、その日勉強が終わった後、洋二を取り巻いていた五年生のワル達を一人で追い払ったのです。
 それをまた感激して、洋二は次の日も宿題を――。
 またまた感激した新平が、弱虫の洋二のために一働き――。
 とまあ、こんな具合に助け合っているうちに、二人は、いつの間にか二人合わせて一人のような仲良しになっていたのでした。
 丘の上の学校です。
 もう、みんな帰ってしまった、空っぽの教室です。
 いえ、まるきり空っぽと言う訳ではなく、洋二と新平の二人だけ残って、何か言い争っていました。
 珍しい事です。洋二と新平が喧嘩をするなんて。
 けれども、ほら、新平はあんなに口をとがらせているし、洋二は今にも泣きだしそうな顔。
 一体、何を言い争っているのか、もう少し、二人のそばへ近寄ってみましょう。


「いるもんか、そんなもんが」
 新平が、二十六回目の「いるもんか」を言いました。
「だって、いたよ。見たんだもん……」
 洋二は二十七回目の「いたもん」を言って、ますますべそをかきました。
「いやしないよ」
「いたんだってば」
 新平も洋二も、辛抱強く繰り返します。
「ばっかあ、幽霊なんてもんが、今の時代にいるかって」
「なら、昔はいた?」
「まあ、な。だけど、恐竜やなんかと一緒に、とっくの昔、滅びちゃってらあ」
「じゃあ、僕が見たの、生き残りの幽霊だよ。ほんとなんだ。窓に明かりがついてて……影が……」
 そこまで言って、洋二はぞくっと肩をすぼめました。海の色が、ここまで届くはずは無いのに、洋二の顔は真っ青です。
 分かった! 洋二は昨日お使いの帰りに見た、「つるばら館」の話をしているのでした。

 つるばら館というのは、隣町との境目辺りにある、古ぼけたコンクリートの建物の事です。
 春になると、窓を少しだけ残して、壁も屋根もすっかり、つるバラに隠れてしまうのです。
 遠くで見ると、点々と紅色をした、小さな森のようでした。
「つるばら館」の他に、もう一つ、町の人達が陰で呼んでいる名前があります。
 それは「ゆうれい館」。
 昔は立派な写真館だったそうです。が、もう二十年以上も、空き家のままでした。
 それなのに、何故でしょう……。
「あそこには、百歳を超すお婆さんが、明かりもつけずに住んでおるそうな」
 なんて、不思議な噂があるのです。
 そんなお婆さんの姿など、誰も見た人はいないのに……。
 とにかく、つるばら館というのは、薄気味悪くて、人の近寄らない建物でした。
 ところが、そのつるばら館のすぐ横を、洋二はお使いの帰りに通ったのです。
 いえ、洋二が急に強い子になったわけじゃありません。行くとき通った道に、大きな犬が寝そべっていたからでした。
 もう、薄暗くなっていたので、洋二はわざと声を出しながら歩きました。
「怖くないったら、怖くない。幽霊なんか、いやしない――」
 でも……幽霊なんか……いたのです!
 なるべく見ないように下を向いて通ったのですが、それでも目の端に、つるばらの窓が映りました。窓には、ほの暗い明かりがともって、おまけに黒い影法師が、ゆらゆらと揺れているではありませんか。
 ゆうれい館!
 洋二はつるばら館のもう一つの名前を思い出したのです。後はもう、夢中で逃げて帰ったのでした。
「ちぇっ、洋二らしくないなあ。人がいないのに、何で明かりが点くんだよ」
 新平はいらいらした口ぶりで言いました。
「影なんか、映る訳ないじゃないか。誰も住み手が無いから、ゆうれい館って言うんだぞ」
「幽霊がいるからゆうれい館だい」
 そう言って洋二は、自分でもどうかしてるな、と思いました。幽霊なんて科学的ではありませんもの。
 けれど、見たものは見たもの。後へは引けません。
「そうだ!」
 洋二は言いました。
「君も見に来るといいよ。これから、行ってみない?」
「え、つるばら館へかい?」
 少し驚いている新平の手を、洋二はぐいぐい引っ張ります。
 そしてまあ、海側の窓を一つ、閉め忘れて――二人は、教室を飛び出していきました。



~つづく~
 昨日は月に関する中国の昔話を投稿しましたが、今日は世界の国の、ちょっと短めの月に関する昔話をいくつか投稿したいと思います。

 では、さっそくスタート!

指の跡がある月の顔(ニューギニア)

 大昔、一人の女が、瓶の中に月を隠していました。女は月の美しい光を、誰にも知られずに、一人で楽しんでいました。ところが、その秘密を見破った少年たちは、女が留守になった時、こっそり瓶のふたを開けたのです。途端に、月は飛び出してきました。そして、逃がすまいとして懸命に握りしめる少年たちの手を逃れようと、もがいたのです。
 とうとう月は、少年たちの手から滑りぬけて、高い空へ飛びあがっていきました。今でも、月の表にたくさんの斑点があるのは、この時の少年たちの手の指の跡なのです。



~おしまい~

乙女を奪った月(ポリネシア)

 ある所にクイという盲目の男が住んでいました。クイには美しい娘が幾人もいましたが、月はその内の一人の娘が大変気に入りました。それで、月はある夜、天から降りて、その娘の所にやって来たのです。乙女は炉のそばで木の葉をくべて、火箸でそれをかき混ぜていました。それを見た月は、いきなり乙女を抱き上げて、空へ飛んで行ってしまいました。
 それで、月には女と木の葉と火箸がはっきり見えるのです。



~おしまい~

蛙に飛びつかれた月(北アメリカ)

 昔、月は一人の蛙の妹と一緒に、天に住んでいました。ある時、月は星たちを招いて宴会を開きました。ところが、あんまりたくさんの星のお客様たちが集まって来たので、妹のいる場所が無くなってしまいました。それで、兄の月に不平を言ったのですが、月は聞き入れてくれません。怒った妹は、兄さんの顔に飛びつきました。今でも月には、妹の蛙がしがみついて離れません。



~おしまい~

月が欠ける訳(アフリカ)

 ある時、太陽が月に酷く腹を立て、月の身体を少しずつそぎ取っていきました。月は、
「このうえ肉を切られると、死んでしまって子供を養えなくなる。肉がついて太るまで待ってておくれ」
 と、頼みました。それで、今でも月は大きくなったり細くなったりします。



~おしまい~

孤児(みなしご)を助けた月(アッシリア地方)

 昔、親を失った乙女が、村の領主に“ただ”で働かされていました。
 ある時、人の息が凍りそうな寒い月夜の晩に、乙女は桶一杯に水を汲んで、家へ戻ろうとしましたが、柳の木につまづいて倒れてしまいました。桶の水はみんな流れ出てしまい、乙女は寒さの中で泣いていました。
 これを見た月はかわいそうに思って、月の家へ連れて行きました。それで、月が輝いている晩には、おさげを下げた乙女の姿が見えるのです。



~おしまい~

娘と海と月(アッシリア地方)

 ある海辺の粗末な家に、母と娘が住んでいました。娘は母の言いつけで、海へ水を汲みに行ったところ、海は娘を引きずり込んだので、娘は海の神と争いました。その時、海の上に現れた月が、ひしゃくをもって娘をさらったのです。



~おしまい~

 いかがだったでしょうか?

 北アメリカの「月と蛙が兄妹」って昔話もなかなかシュールですが、私は『月が欠ける訳』で、『サンドラの大冒険』ってゲームの三日月王っていうボスキャラを思い出しました(笑)。

 と言ったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今日は久しぶりに『文庫本コーナー』でいきたいと思います。
 中国の、月に関する昔話です。

 では、本文スタート!

ニーオとヤーラ



 大昔、天には太陽があるだけで、月はありませんでした。星もありませんでした。
 ところが、ある晩の事、突然空にギラギラ燃える月が現れたのです。
 月は怪しい光を投げかけ、田や畑をすっかり枯らしてしまいました。
 人々は、暑くて死にそうです。
 その頃、ターシー山のふもとに、若い夫婦が住んでいました。男はヤーラといって、弓の名人。いつも山の中を駆け回って狩りをしていました。女はニーオといって、機織りが上手。いつも家で美しい錦を織っていました。
 ニーオはヤーラに言いました。
「あなたは弓の名人、あの月を射落として、みんなを助けて下さい」
 ヤーラは弓と矢を取って、ターシー山のてっぺんに登りました。そして力いっぱい弓を引き絞ると、矢を放ちました。ところが矢は、半分も届かないうちに落ちてしまいました。次の矢も、次の矢も落ちました。ヤーラはがっかりして空の月を仰ぎました。
 その時、突然ギィーっと音がして、後ろの大きな岩が門のように開き、中から白いひげの老人が現れました。
「ヤーラよ、もしも力が欲しいなら、南山の大トラと北山の大シカの肉を食べよ。トラの尾の弓、シカの角の矢で射れば、きっと月まで届くだろう」
 老人はそう言うと、岩の中に姿を消しました。
 岩の門は、またギィーっと音を立てて、閉じてしまいました。
 ヤーラは困りました。そのトラとシカは弓で射ても、矢が刺さらないのです。
「大きな網で捕まえるほか、どうしようもない。だが、どこにそんな丈夫な網があるだろう」
 これを聞くと、ニーオは自分の長くて美しい髪の毛をなでて言いました。
「これで編みましょう」
 ニーオが髪の毛を抜くと、不思議な事に、髪の毛は抜く後からすぐに生えてくるのです。二人は夜も昼も編み続けて、それはそれは丈夫な網を作り上げました。
 二人はその網で、洞穴の入り口を囲み、出てきたトラを生け捕りにしました。今度は北山のシカの洞穴へ網を張りました。そして、シカも退治しました。
 ヤーラがその肉を食べると、素晴らしい力が体中にわいてきました。ヤーラはトラの尾で弓を作り、シカの角で矢を作ってターシー山に登りました。
 ヤーラは矢をつがえ、弓を引き絞り、狙いを定めました。
 ひょうっ。矢は月をめがけて真っすぐに飛び、ぴぱっと音を立てて月に当たりました。月から火花が飛び散りました。火花は空に散らばって、星になりました。
 屋は月に当たると、くるりと向きを変えてまたヤーラの手に落ちてきました。ヤーラはまた、その矢をつがえて月を射ました。
 こうして百回も続けました。月のごつごつした角はみんな飛び散り、空は星で一杯になりました。
 月はすっかり丸くなりましたが、あの怪しい光は相変わらず地上を照らし続けています。
 ヤーラはしょんぼりを弓を抱えて、山を下りました。



「ニーオ、どうしたら良いのだろう。あの、怪しい光を遮るものが欲しいのだが……」
 この時ニーオは錦を織っていました。錦には、金色の桂の木の下に立っている、ニーオの姿が織り込まれてありました。
 そして、ニーオはこれからヤーラの姿も織り込もうとしていたところでした。
 ニーオは言いました。
「この錦を矢の先に付けて、空に射上げなさい」
 ヤーラはすぐさま山に登り、その錦を矢につけて、ひょうっと月を射ました。
 屋は月に当たり、錦は月をすっぽりと覆ってしまいました。
 月はもう怪しい光を放ちません。柔らかな清い光を地上に投げかけています。人々は、喜びの声を上げました。
 その時、突然――
 月を覆った錦の中のニーオが動き出し、地上に向かって手招きをしました。
 すると、家の戸口に立っていたニーオが、ふわりふわりと空へ舞い上がり、あれよあれよという間に、月の中へ飛び込んで、二人のニーオがぴったりと一つになってしまいました。
 見ていたヤーラは、思わずへたへたと座り込んでしまいました。けれども、目だけはしっかりと見開いて月を見つめ、胸の中で叫びました。
「ニーオ。お前はなぜ、錦の中に私の姿を織り込んでくれなかったのだ。ニーオ、降りて来てくれ、ニーオ」
 すると、月の中のニーオが動いて、自分の髪の毛を伸ばして、長い長い一本のおさげを編みました。そして、月がちょうど山の上を通る時、ニーオはそのおさげを山の上に垂らしました。



 ヤーラはそれにつかまると、するするとサルのように登って、月の中へ入りました。二人はしっかりと手を握り合って喜びました。
 こうして二人は月の中で錦を織り、ヤギやウサギを飼って幸せに暮らしました。
 ごらん。あの月の中の黒い影、あれが、ニーオとヤーラなのですよ。



~おしまい~
2018.07.27 ネコの催眠術
 読み物系が続きますが、今日は『ファイクエ』ではなく、『文庫本コーナー』のお話で行きたいと思います。
 今回お送りするのは、寓話・『ネコの催眠術』。
 では、本文スタート!

ネコの催眠術




 アニマン・シティは、動物たちの町。土曜日の夜、そのアニマン・シティの劇場で、魔術大会が開かれる。
 劇場の中は、ぎっしり満員。席が足りなくなったので、ウサギはトラの頭に乗っかり、子豚はライオンのおじさんに抱っこされてるという具合だ。
 とにかく、アニマン・シティの動物たちは仲がいい。どんなに強い動物だって、他の動物を食べるようなことは全然しない。その代わり、トラやライオンのおじさん達は、ブタやウサギなんかを、むしゃむしゃ、やってる。
 それじゃ、やっぱり、他の動物を食べてるんじゃないかって? ところがどっこい、ライオンのおじさん達がむしゃむしゃやってるのは、本物じゃない。工場の機械で作った、偽物のウサギや豚なんだ。ところが、偽物とは言っても、味も形も本物そっくり。こんな便利な食べ物が発明されたおかげで、ライオンのおじさん達は、他の動物を捕まえたり、殺したりしなくても、暮らせるようになったんだ。
 そのため、動物たちの暮らしも、ずいぶんと進歩した。町が出来たし、工場が出来た。立派な公園や、劇場も出来た。その劇場で、ある土曜日の夜、魔術大会が開かれることになったという訳だ。



 トランプを使うキツネの手品、二匹のクマのアクロバット、ガソリンを飲んで口から火を吐くゴリラ……。楽しい出し物がいろいろと続き、最後にいよいよ、一匹のネコが、するっと舞台へ現れた。
 遠い町からやって来た、ネコの催眠術使い。催眠術って、何のことかわからないけど、ともかく動物たちは、わあーっと一斉に拍手した。
 ほんのちょっぴり、お辞儀をすると、ネコはいきなり、持っていた鞭をパチッと鳴らした。
「それでは早速、始める事に致しまする。トラさん、子豚さん、ウサギ君、ご面倒でも、しばらくお相手を願いたい」
 トラたちは、照れくさそうに、舞台へ出て並んだ。
「さっそくお引き受け頂いて、かたじけない」
 ペロンとネコは、舌なめずりをしたかと思うと、ぴーんと尖った自分の耳を、ぴくぴくぴくぴく、動かし始めた。ぴくぴくぴくぴく、ぴくぴくぴくぴく……それをじっと見つめているうちに、トラの目も子豚の目もウサギの目も、だんだん、とろーんと眠そうになって来た。
 するといきなり、甘い甘い、甘ったるい声で、ネコがトラに向かってささやきかけた。
「どうです、トラさん。ここらで、陽気にひと踊り、楽しく騒ぐってのはいかがです?」
「いいねえ、踊ってみたいねえ」
 とろーんとトラが答えると、ネコは片目をつぶった。
「そーら、音楽も聞こえてきましたぞ。さ、踊ったり、踊ったり」
 音楽だなんてウソだった。全然聞こえてこなかった。ところが、トラときたら、愉快で愉快でたまらないといった顔で、くにゃくにゃ、くにゃくにゃ、踊りだしたんだ。
 続いて今度は、子豚の番。ネコは優しくささやいた。
「さあて、君には、鳥のように飛んでもらうとしよう。そーら、飛べ、飛べ、飛び上がれ」
 その途端、子豚は足をばたばたさせながら、劇場の中を飛び回り始めた。
 なるほどなるほど。これが、催眠術と言うものか。
 それにしても、トラや子豚のへんてこな姿と言ったら……。拍手する者、笑う者、劇場の中は、大騒ぎだ。



 ネコは、今度はウサギに呼び掛けた。
「さて、ウサギ君。君は一体、何者ですかな?」
「ぼく、ウサギだよ」
 ウサギも、とろーんとした声で答えた。
「いやいや、違うぞ。君はウサギじゃなくて、アップルパイだ。そうじゃなかったかね?」
「そうだ。ぼく、アップルパイだったっけ」
「そうとも、そうとも。ところでアップルパイ君や、ひとつ、この私に食べられてみたくはないかね?」
「うん、食べられてみたいなあ」
「よし、よし。入り口は、こっちだよ」
 ぱくっとネコは、口を開けた。いくらネコの口だって、ウサギの身体が丸ごと入るはずはない。ところがその口の中へ何とか潜り込もうと、ぱたぱた、ぱたぱた、ウサギは大騒ぎ。それを見た動物たちは、きゃあきゃあ、きゃあきゃあ、大笑い。あんまり笑いすぎて、お腹が痛くなった者までいるほどだ。ところが、その時、
「馬鹿な真似は、やめろ!」
 誰かが、物凄い声で怒鳴った。
 その声は、やっぱり、ライオンのおじさんだった。ライオンのおじさんは、厳しい目つきで、ネコを睨みつけた。
「やい、わし達の仲間を食べようとするなんて、一体、どういうつもりだ」
「なあに、今のは、ほんの冗談で」
「冗談だろうが何だろうが、仲間の動物たちを馬鹿にするような真似は、このわしが許さん」
「ほほう、するとライオンさんは、本物のウサギや豚を、もう一匹も食べたくないとおっしゃるんですかい?」
「当たり前だ」
「なーるほど、それは感心」
 この時、ネコは急にこの平和な町をめちゃめちゃにしてやりたくなった。
「しかしですな、ライオンさん。あなたも、心の底の方では、本物の動物をばりばりばりっと食べてみたい。そんなふうに考えてるのと違いますか?」
「なんだと……」
 その途端、ぴーんと尖ったネコの耳が、ぴくぴくぴくぴく、動き始めた。ぴくぴくぴくぴく、ぴくぴくぴくぴく……ライオンのおじさんの目も、だんだん、とろーんと眠そうになって来た。すると、甘い甘い、甘ったるい声で、ネコが優しくささやきかけた。
「ライオンさん、も一度、お尋ねしますがね。ほんとに、あなたは、本物の動物を食べたくはないんですかい?」
「い、いや、さっき言ったのは、みんな、でたらめだ」
 唸るように、ライオンのおじさんが答えた。きいきいと、かすれるような、まるでへんてこな声だった。
「偽物を食べるなんて、我慢できん。わしは、本物の動物が食いたい。ばりばりと食ってやりたいんだ」
「そんなら、遠慮なく、本物の動物をお食べなさい。そら、そこにも一匹いるじゃありませんか」
 ネコは、鞭の先でウサギの方を指さした。ライオンのおじさんは、があーっと真っ赤な口を開けた。
「ひゃあ!」
 ウサギは、ぎゅっと目をつぶって、がたがた、がたがた、震えだした。動物たちも、一匹残らず凍り付いたようになった。
 パチッと、激しくネコが鞭を鳴らした。
「やい、さっさと食べろ、ライオンめ。偉そうなことは言っても、それがお前のほんとの姿だ。みんなも、よっく見とくがいい」
 ぱちっと、も一度、鞭が鳴った。
 その途端、ライオンのおじさんは振り返ると、ひらっとネコに飛びかかった。どたっと、ネコは尻餅をついた。



「な、何をする!」
「お前も、本物の動物に違いない。だから、手近なお前から食べてやろう」
 ライオンのおじさんの声は、やっぱり、きいきい、かすれていた。
 ネコは慌てて逃げ出そうとした。だけど、もう遅い。たちまち、ぺろんと飲み込まれてしまった。
「おおーっ!」
 動物たちは、一斉に叫び声をあげた。
 その声で、催眠術が解けたらしい。ライオンのおじさんは、急にぱちくり、辺りを見回した。
「はあて、ネコのやつ、一体、どこへ行ったんだ」
「ネコだったら、ライオンのおじさんが……」
 そこまで言いかけて、ウサギは急に気が付いた。
 催眠術にかけられていた間の事を、ライオンのおじさんは、何にも覚えていないんだ。もしも、本当の事を教えたら、ライオンのおじさんは、死ぬまで苦しむかも知れない。
 そこでウサギは、嘘をつくことに決めた。
「おじさんを催眠術にかけた後、ネコの奴、こそこそ逃げてった。ここへはもう、二度と来ないって言ってたよ」



~おしまい~

 いかがでしたか?


 ネコが悪役になる物語って、個人的には珍しい気がします。
 それにつけても、ネコは調子に乗った末の自業自得とは言っても、食い殺される末路というのはチト憐れのような……(苦笑)。

 ところで原本が発行されたのって昭和44年なんですが、作中に出てくる『偽物の動物』って、要するにクローン……? 世界初の、ニンジンのクローンが誕生したのが1960年(昭和35年)代のアメリカの事ですが、なかなか時代を先取りしたお話だったようで(笑)。

 と言ったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今日で『ラ・フォンテーヌ寓話』のストックもラストになります。
 次からは、また『3年の学習』あたりからチョイスした昔話などを書いていこうかと思います。

 しっかし、T2さん、大丈夫かなぁ……

 では、本文スタート!

老人と三人の若者

 せっせとお爺さんが、庭に果物の苗を植えていました。
 その隣に住んでいる三人の若者が、それを見て言いました。
「あんな年寄りが、苗を植えてどうするんだろう」
 そこで、お爺さんに注意しました。
「お爺さん、あまり働くのはおよしなさい。せっかく苗を植えても、その実がなるのはずっとずっと先の事ですよ。もしかするとお爺さんは、その果物を見る事も、食べる事も出来ないかも知れませんよ。お爺さんは、もうのんびり遊んでいらっしゃい。働くことは若いものがやりますよ」
 すると、お爺さんは、
「いや、それはお前さん方、間違っているよ」
 と、答えました。
「人間が一つの大きな仕事をやり遂げるまでには、長い長い年月がかかるものだ。だがそれでいて人間の命は短い。お前さん方は、わしの命がもうわずかしかあるまいと馬鹿にするけれど、永遠に続く宇宙の生命から見れば、わしの命もお前さん方の命も、同じように短いのだよ。一秒間先の命がどうなろうと、私たちの誰にも分かりはしない。今に私のひ孫たちが、私の植えた果物の木の下で、楽しく遊ぶだろう。お前さん方は、他人を喜ばせるために苦労することを馬鹿馬鹿しいと思うのかい。わしは仕事をする事が喜びだ。明日もその次の日も、また次の日も、この喜びは続くかもしれない。ひょっとすると、お前さん方がお墓の中に眠っても、私の働く喜びは、まだ続くかも知れないよ」
 お爺さんの言った通りでした。
 若者の一人は、外国に旅行しようとして、港を出るか出ないうちに、難船して死にました。
 二人目の若者は、戦争に行って死にました。
 三人目の若者は、接ぎ木をしていて、木のてっぺんから落ちて死にました。
 お爺さんは、三人の若者の大理石の墓の上に、涙を流してやりました。

~おしまい~

ネズミとフクロウ

 一本の古い松の木が切り倒された時、その腐ってがらがらになった太い幹の中から、いろいろな虫けらと一緒に、丸々と太った足の無いネズミがたくさん出てきました。それには、訳があるのです。
 もと、この松の木は、フクロウの巣でした。
 その巣に暮らしていたフクロウと言うのは、知恵のあるたいへん年を取ったフクロウでした。ある時、フクロウは、好物のネズミを飼う事を思いつきました。早速フクロウは、ネズミの赤ん坊をとってきて、エサを与えて育て始めました。
 ネズミの赤ん坊は、丸々太って育ちました。しかし、大きくなると、皆いつの間にか巣から逃げて行ってしまいました。
 そこでフクロウは考えた末、ネズミがまだ赤ん坊のうちに、その足を食い切ってしまいました。
 ネズミを歩けないようにしておいて、エサをやって育てました。
 まるまるとネズミが太ると、今日一匹、明日一匹と、大好きなご馳走をゆっくり平らげました。
 いっぺんに慌てて食べなくても、ネズミは逃げはしないのですから、便利な事でした。体のために良い事でした。
 さて、こんな名案がどこにあるでしょう。
 たとい人間にだってこれ以上の素晴らしい思い付きを発見できません。

~おしまい~

大きなロウソク

 ミツバチの巣から甘い蜜を取った後に、蝋が残ります。その蝋で作られた一本の大きなロウソクがありました。
 ある日、ロウソクは窓際に積まれている赤いレンガに尋ねました。
「あなたは、何年経っても美しくて変わらないのね。私たちロウソクのようにすり減るなんてことが、どうして無いのでしょう」
 すると、レンガが答えました。
「そもそも、私とあなたとでは、出来が違うのよ。私は熱い火の中をくぐって生まれたんですもの」
 それを聞いたロウソクは、大変羨ましがりました。そして、さっそく自分も火の中へ飛び込んで、溶けてしまいました。
 全てのものには、それぞれ違いがあります。全てのものが、みな自分と同じように出来ているという、間違った考えは捨てねばなりません。
 溶けてしまったロウソクだって、人間より馬鹿だとどうして言えましょう。

~おしまい~
 今日は二週間ぶりに『ラ・フォンテーヌ寓話』で行きたいと思います。
 意外と長期に渡って書いてきた『ラ・フォンテーヌ寓話』も、ストックはあと三話なので、それが終わったら、今度はまた童話や日本民話なども書いていきたいと考えています。

 では、本文スタート!

キツネと七面鳥

 七面鳥がキツネに追い詰められて、木の上に逃げました。
 枝の上へ上へと逃げて、そこからキツネを見張っていました。
 キツネは木には登れません。木の周りをうろうろ歩き回りました。
 しかし、そこは知恵のあるキツネの事です。なんとか戦法を考えました。
 ぼりぼり幹をひっかいて、木に登る格好をしたり、急に倒れて死んだマネをしたかと思うと、生き返ってみたり、どんな喜劇役者も真似ができないような芝居をしてみせました。
 それで、木の上にいる七面鳥は、眠ることが出来ません。キツネの方ばかり見つめていたので、目がより、目がくらんで、木の上から落ちました。
 そこでキツネは、楽々と獲物を運んでいきました。

~おしまい~

金持ちとサル

 ある所に、お金を貯めるために生まれてきたような男がいました。寝ても覚めても、お金の事ばかり思い詰めて、お金を勘定していました。
 ところが妙な事に、だんだん勘定が合わないようになりました。
 男は大きなサルを一匹飼っていましたが、このサルが主人のいない隙に金貨を窓の外に投げていたのでした。
 ある時サルは、ピカピカ光る金貨を水に投げ込んだら、どんなに面白いだろうと思いついて、窓の下を流れる川に一枚投げてみました。
 金貨はパチャリと音を立てて、青い流れに吸われて行きました。
 面白くてキャッキャッ声を上げて、金貨をどんどん投げました。
 金貨も銀貨もお金と言うお金はどんどん投げました。
 ぴかりと光って、チャリンチャリン音を立てながら、たくさんの金貨、銀貨は川の流れに吸われて行きました。
 人間にとっては、何物にも代えることの出来ない宝でも、サルにとってはただのおもちゃと変わりありません。
 もしその日、男が早く帰ってこなかったら、部屋の中のお金は全部海の底まで運ばれて行ってしまったでしょう。
 神様は、本当のお金の使い方も知らずに、ただ無暗に貯め込んで勘定ばかりしている金持ちに対して、時々こんな罰をお与えになります。

~おしまい~

ツバメと小鳥

 一羽のツバメが、あちこちと旅行しているうちに、色々な事を覚えました。
 つばめは台風の来る前に、船の水夫たちに知らせてやることも出来ました。
 ある年の事、畑に麻の種をまく季節になり、一人のお百姓が、せっせと種をまいているのをツバメは見ました。
「これは大変だぞ」
 ツバメは、野の小鳥たちに教えてやりました。
「小鳥たちよ、あのお百姓がまいている種をごらん。あれは、今にお前さん達を捕まえたり、殺したりする不幸な種なんだよ。だから、今のうちにあの種を全部食べておしまい。早く早く」
 小鳥たちは、ツバメの言うことなど何も聞きもしませんでした。
 野原には、いっぱい食べ物があり、麻の実など、誰も見向きもしなかったのです。
 やがて、畑には緑の芽が出ました。
 ツバメはまたやってきて、小鳥たちに注意しました。
「悪いことは言わないよ。早くその芽を引き抜いておしまい」
 すると小鳥たちは、
「芽を抜くなんて大仕事さ」
「いらぬお世話だよ」
「つべこべ言われるのはごめんだわ」
 と、小鳥たちは、てんで相手にしませんでした。
 ツバメはもう一度やってきて注意しました。
「ごらん、麻はこんなに大きくなってしまったよ。お百姓たちは畑の手入れをしなくていいようになると、きっと小鳥たちの方へ目を向ける。そして、罠や霞網を振り回してお前さん達を捕まえてしまうのだ。もう今になっては仕方がないから、あまり飛び歩かずに、巣の中でじっとしていなさい」
 小鳥たちは、おしゃべりしていて見向きもしませんでした。
 あくる日から、小鳥たちは、次々に何羽も何羽もお百姓の網にかかり、捕まってしまいました。

~おしまい~

 余談ですが、『ツバメと小鳥』を読んでいたら、ふと、今は亡きお袋の方のお祖母ちゃんが、私が幼稚園かそこらの頃に「楽は苦の種、苦は楽の種」って言ってた(元は水戸光圀の言葉)のを思い出しました。
 この物語はまさに『種』がキーワードですし(笑)。

 と言ったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今日は『ラ・フォンテーヌ寓話』の続きで行こうと思います。
 気が付けばこれももう7回目か……。

 と言う訳で、本文スタート!

カラスとカモシカとカメとネズミ

 カラスと、カモシカと、カメとネズミの四匹が、人間に気づかれない良い場所で、仲良く幸福に暮らしていました。
 けれど人間はどんな隠れ場所も、見つけ出してしまいます。
 ある時カモシカが、散歩に出かけました。すると後ろから一匹の猟犬が、カモシカの足跡を見つけて追いかけてきました。カモシカは夢中で逃げました。
 家では、食事になってもカモシカが帰ってこないので、ネズミも、カラスも、カメも心配していました。
「私がカラスさんのように羽を持っていたら、ちょっと飛んで行って見てくるのに」
 カメに言われてカラスは飛び立ちました。
 カラスは、カモシカが罠にかかって苦しんでいるのを見つけました。
 カラスは全速力で飛んで帰ると、皆にこの事を告げました。
 三匹は相談して、カラスとネズミが駆けつけていくことになりました。
「カメさんは足が遅いから、留守番をお願いするよ」
 カラスとネズミは急いで出ていきました。
 けれどカメも、仲間のカモシカの事が心配でたまりません。とても落ち着いて留守番などしていられず、カラスとネズミの後を追って家を出ました。
 重い甲羅をしょったまま、短い足でのこのこと、一生懸命急ぎました。
 先に着いていたネズミたちは、大急ぎでカモシカのかかっている罠の結び目を噛み切りました。
 カモシカは喜びました。
 けれど、ほっとしたのもつかの間でした。
 後ろに猟師の足音がしました。
「おや、カモシカが逃げたぞ」
 猟師は叫びました。
 ネズミはその辺りの穴に隠れ、カモシカは森の茂みに、カラスは木の枝に隠れました。
 猟師は怒って辺りを探していましたが、そこへのこのこ歩いてきたカメを見つけました。
「これは有り難いや。取って帰って夕飯のおかずにしよう」
 猟師はカメを袋に入れました。
 この様子を木の上から見ていたカラスは、急いでカモシカに告げました。
 カモシカは、隠れていた場所から飛び出て、わざと足を引きずり、猟師の前に出ました。
 猟師は何もかも投げ捨てて、カモシカを追いかけました。
 わざと足を引きずっていたのですから、素晴らしく足の速いカモシカに、追いつくはずはありません。
 その間にネズミは穴から出てきて袋を噛み切り、カメを出してやりました。
 仲間同士がお互い助け合って楽しく暮らしているのは美しい事です。
 カラス、カモシカ、カメ、ネズミ、この仲間達の誰に賞品を渡したらいいでしょう。
 私なら誰にもやりません。みんなのその一生懸命な心にやります。本当の友情をもってすれば、何一つできない事はありません。

~おしまい~

ラクダと浮き

 ラクダと言う動物を一番初めに見た男は、驚いて逃げ出しました。
 背中にこぶの二つも飛び出た大きな動物は、どう見ても怪獣としか見えなかったのです。
 次にラクダを見たという二番目の男は、恐る恐るラクダのそばへ寄っていきました。
 怪獣かと恐れていたのに、意外と大人しかったからです。
 さて三番目に見た男は、平気で近づいていき、その口にくつわをはめました。
 こんな具合に、どんなに恐ろしく妖しく見えたものでも、長い間には慣れて、親しくなってくるものです。
 もう一つ同じような話があります。
 ある時、海岸で見張りをしていた男が、ふと沖の方に一点何かを見ました。
「やあ、敵の船が現れたぞ」
 男は叫びかけてよくよく見ていました。しばらくすると、それは釣りに出ていた漁り船のように見えてきました。
 なおもよく見ていると、ただの小舟のようであり、さらに眺めていると、やがて箱のようにも見え、最後に近くへ寄って来たのを見ると、それはただの棒きれが、波に漂っているのでした。
 遠くから見れば立派そうに見えたのも、近寄ってみれば大したことはありません。世の中にはこんなことが沢山あるものです。

~おしまい~

森と木こり

 木こりが森で斧の柄を折りました。
 そこで木こりは、森の木たちに頼んでみました。
「斧の柄が折れて困っているのだが、新しい柄を付け替えるのに、枝を一本だけ取らしてくれないか。一本だけでいい。そうすればわしは、もうお前達を切り倒すことはしない。この森には二度と来ないからな」
 正直な優しい森の木たちは、木こりの約束を信じて枝を一本やりました。木こりは枝をもらうとすぐに新しい柄をこしらえましたが、何としたことかたちまち斧を振り上げて森に向かうと、ばさりばさりと木を倒し始めました。
 森の木たちは、呻き苦しみました。
 森は、自分の与えた贈り物で自分が苦しむことになってしまいました。

~おしまい~

 いかがでしたか?

 ちなみに一つ目の『カラスとカモシカとカメとネズミ』引用元では「カモシカは、隠れていた場所から飛び出て、わざと“びoこをひきひき”、猟師の前に出ました」などと書いてあったのですが、さすがに不味かろうと思って書き換えました(苦笑)。
 こういう所にも時代を感じますねぇ……。

 三つ目の「口先ばかりの約束で、恩をあだで返される」というのは、最近似たような事があったので、個人的に他人事でなかったり

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今日は『ラ・フォンテーヌ寓話』の続きで行きたいと思います。
 さっそくスタート!

羊飼いになった狼

 ある時、狼が、羊を捕らえて食べたくなりました。良い計略がありました。
 あの化ける事の上手いキツネのように、自分も羊飼いに化けて行こうと思いついたのでした。そこで狼は、羊飼いの着ている綿入れのチョッキや、杖や笛などを身に着けて、帽子をかぶって出かけました。
 その頃本物の羊飼いは草原で昼寝をしていました。犬も羊たちも笛も眠っていました。
 羊飼いに化けた狼は、本物の羊飼いが眠っている間に、羊たちを自分の住んでいる森へ連れてゆこうと思いました。帽子だって、杖だって、チョッキだって、本物の羊飼いにそっくりでした。
「よし、声もまねてやろう」
 と、狼は優しく羊を呼びました。
 しかしこれは失敗でした。せっかく今までの苦心は何もなりませんでした。狼の口から出た声は、

 ウォーッ

 と、森に響き渡りました。
 恰好だけは、立派な羊飼いになれた狼も、その声まで真似することは出来ませんでした。
 その声に、犬も羊も羊飼いも目を覚ましました。
 狼は慌てました。綿入れのチョッキなど着ているので、素早く逃げることも出来ず、ウロウロしている内に捕まってしまいました。

~おしまい~

乳売り女とミルクつぼ

 頭のてっぺんに、ミルクつぼを乗せて、乳売り女のペレットは町へ出かけていきました。
 低い靴を履いて、短いスカートをひらひらさせて、活発に歩いていくペレットの頭の中は、もう乳の売上高を勘定しながら、お金の使い道を考えていました。
「ええと、まず鶏の卵を百個買い、それを孵して雛にして、家の周りでヒヨコを飼うわ。ヒヨコが育てばしめたもの。ブタを一匹買うのだけれど、ヒヨコはキツネに狙われて何羽かとられる勘定ね。それでもまさか豚一匹買えないことはあるまいし、ともかくブタを買うとしよう。ブタはらくらく育つから、ちょうどよい加減太ったら、ブタを売ってお金に変える。それから今度は牝牛と雄牛、一匹ずつ買って小屋に入れ、次々家畜を殖やしていくわ。ついに私は、牛や馬、ヤギやアヒルやたくさんの家畜の中で飛び跳ねる。そんな身分になるんだわ。そんな身分になるんだわっ」
 ペレットは、嬉しさのあまり本当にぴょんと飛び上がりました。ミルクつぼは落ちました。牝牛も雄牛も豚もヒヨコもさようなら、みんなおしまいでした。
 お金持ち気分で楽しい夢を見ていたペレットは、悲しそうに壊れたミルクつぼから流れ出る白いミルクを見つめていました。
「帰ったら主人に叩かれるわ」
 そう呟くとペレットは、しょんぼり、今来た道を帰っていきました。

~おしまい~

シカの水鏡

 昔、一匹のシカが、水晶のように澄んだ泉に自分の姿を映していました。
「ぼくの角は、何と美しい事だろう。それに比べて、この細い足のみすぼらしいこと……」
 と、悲しんでいると、突然、鹿狩りの犬が追いかけてきました。
 慌てて森の中に逃げ込んだところ、自慢の角が木の枝に引っかかって、危うく殺されそうになりました。しかし、嘆いていた細い足のおかげで、ようやく逃げ出すことが出来ました。

~おしまい~

 いかがでしたか? 二つ目のミルクつぼのやつは、日本でも比較的有名な気がします。(^_^;)

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今日の記事は『文庫本コーナー』です。
『ラ・フォンテーヌ寓話』はまだまだネタはありますが、今日はいったんストップして、ノルウェーの昔話、「気難し屋の旦那」で行きたいと思います。

 では、スタート!

気難し屋の旦那

 昔々、ある所に、一人の男がいました。この男は怒りっぽくて、年がら年中、腹を立てていました。
 何しろ、おかみさんが、この男の気に入るような事をしたためしが無いのですからね。
 ある、取り入れ時の事でしたが、夕方遅く、この男が畑から帰ってきました。さて、そこで、どえらい騒ぎが持ち上がりました。
 あれもダメだ、これもダメだ、という訳で、男はおかみさんを怒鳴りつけて、すさまじい剣幕で怒り狂ったのです。
「まあ、お前さん、そんなに怒るもんじゃないよ」
 と、おかみさんが言いました。
「それじゃ、どうお。明日は一つ、仕事を取り換えっこしてみようじゃないの。あたしが草刈りの人と達と畑へ行くからさ。あんたは、家の中の仕事をやってよ」
(そうだ、それなら、上手くいくに違いない)
 と、男は思ったものですから、すぐにおかみさんの申し出に賛成しました。
 こうして、あくる日は、早くからおかみさんが草刈り鎌をしょって、他の草刈り人達と一緒に畑へ出かけました。一方、旦那さんの方は、家にいて家の中の仕事に取り掛かりました。
 まず、手始めは、バターを作る仕事です。バター桶の中で、しばらくクリームをかき混ぜていると、喉がひどく乾いてきました。そこで、旦那さんは地下室に降りて行って、ビール樽の栓を抜きました。そしてビール樽から、ビールをつごうとしました。
 ところが、その時です。上の台所にブタが入って来たらしい足音が聞こえました。
 旦那さんは、手にビール樽の栓を持ったまま、階段を駆け上がりました。せっかく出来かかったバターの入っている桶を、ブタにひっくり返されたら大変ですからね。
 ところが、なんとまあ、バター桶は、既に引っくり返っていて、おまけにブタの奴が、床の上に流れているクリームを、ペチャペチャ舐めているではありませんか。
 旦那さんは、思わずかっとなりました。ビール樽の事なんか、もう、まるっきり頭にありません。無我夢中で、ブタの後を追いかけて、戸口で捕まえると、思い切り蹴飛ばしました。
 ブタはその場に倒れて、ころりと死んでしまいました。その時、旦那さんがふと見ると、手にビール樽の栓を握っています。
(しまった)
 と思って、慌てて地下室に飛んで行きました。けれども、その時にはもう遅く、ビールは一滴残らず床の上に流れ出ていました。
 そこで、旦那さんは、もう一度、乳しぼり場へ行って、バター桶一杯にクリームを入れました。こうして、もういっぺんバターを作ろうというのです。
 だって、そうでしょう。バターはお昼の食事の時に、どうしても欲しいですからね。
 旦那さんは、バター桶の中でクリームをしばらくかき回していました。
 すると、その内に、朝から乳牛をずっと小屋に入れっぱなしにしたままで、もう日も高くなっているというのに、食べ物も、飲み物も、何もやっていなかったことに、ふっと気が付きました。
 けれども、牧場までは遠すぎます。
(ようし、牛を屋根の上へ連れて行ってやろう)
 と、旦那さんは思いました。と言うのは、屋根は一面芝で覆われていて、見事な芝草が生えていたからです。それに、この家は急な坂のそばにありました。
 ですから、坂から屋根に向かって板を渡しさえすれば、牛を屋根に上らせるぐらいなんでもないのです。
 しかし、バター桶だけは、このまま置いて行きたくありません。何故って、赤ん坊が、部屋の中をあっちこっち、這いずり回っていますから。
 その様子だと、今にも引っくり返されそうです。こう思った旦那さんは、バター桶を背中にしょって出ていきました。
 しかし、牛を屋根の上へ連れて行く前に、水を飲ませておく方がいいと気が付きました。
 そこで旦那さんは、井戸から水を汲もうと思って、バケツを取り上げました。そうして、身体をかがめました。と、そのとたんに、バター桶からクリームが流れ出して、背中を伝ってみんな井戸の中へ流れ落ちてしまいました。
 もう、お昼近くなりました。
 バターが上手く出来ないので、旦那さんは、今度はお粥をたくことにしました。
 まず、鍋に水を入れて、火にかけました。ところが火にかけるか、かけない内に、屋根の上に置いてきた牛が落っこちて、首や足でも折りはしないかと、急に心配になってきました。
 そこで、一本のロープを持ち出して、牛を縛りに屋根へ登って行きました。そして、一方の端を牛の首に結わえ付け、もう一方の端を、煙突の中を通して下に垂らしました。
 それから下へ降りて行って、大急ぎで垂れているロープを自分の足に縛りました。何しろ、鍋の中のお湯は、もう、ちんちん煮立っているのですから、一刻も早くお粥をかき混ぜなければなりません。
 旦那さんが一生懸命お粥をかき混ぜている間に、とうとう、牛が屋根から転がり落ちてしまいました。
 途端に、旦那さんもロープをぐいっと引っ張り上げられて、煙突の中に真っ逆さまにぶら下がってしまいました。しかも、煙突の中にはまり込んで前へも後ろへも、動くことが出来ないのです。
 一方、牛の方も、表の壁の所にぶら下がって、ロープから離れることも出来ず、天と地の間でブランコしていました。
 さて、こちらはおかみさんです。
「お昼の支度が出来たよ」
 と、旦那さんが呼びに来てくれるのを、ずいぶん長い間待っていました。
 しかし、待っても待っても、旦那さんは来てくれません。
 とうとう待ちきれなくなって、他の人達と一緒に家へ帰って来ました。
 ところが、帰ってみると、どうでしょう。
 牛が天と地の間で、ブランコしているではありませんか。おかみさんは急いでそばに駆け寄って、持っていた鎌でロープをぷっつり断ち切りました。
 途端に旦那さんも、煙突の中から落っこちました。
 もっとも、こちらはおかみさんが台所に入ってみると、頭をお粥の鍋の中に突っ込んで、逆さまに突っ立っていましたがね。
 旦那さんは、家の中の仕事にはこりごりして、そんな仕事はもう二度としませんでしたとさ。



~おしまい~
 最近、記事を投稿するとちょくちょく「エラーが発生しました」って画面になるんですよねぇ。

 ただ、その時に『F5』キーで再読み込みをすれば『投稿完了』画面になって、記事の投稿も無事に終わります。
 同じようなトラブルで記事が消えた、なんて方がいらっしゃいましたら、参考までにどうぞ。

 ちなみにエラー発生画面でブラウザバックをしてしまうと、記事が消えてしまうようなのでご注意をば。

 さて、そんなエラー画面が発生した今日の記事は『文庫本コーナー』で、『ラ・フォンテーヌ寓話』の続きです。
 では、スタート!
カエルとネズミ

 一匹のネズミがいました。
 毎日ご馳走を食べている幸せなネズミでした。
 ある日、沼のほとりで陽気にはしゃいでいると、カエルが来て話しかけました。
「ネズミ君、ぼくの所へ遊びにいらっしゃい。ご馳走しますよ」
 カエルは水の中の生活の楽しさや、この沼の景色の美しさを話してくれました。
 ネズミは喜んで、招かれていくことになりましたが、一つ困った事がありました。それは、ネズミは少しだけなら泳げましたが、とてもカエルと一緒に泳いでいくことは出来そうにもありませんでした。
 カエルにそのことを話すと、
「こうすればいいだろう」
 と、灯心草で自分の足とネズミの足を結びつけました。
 いよいよ水の中へ飛び込むと、カエルはある限りの力を出して、ネズミを水の中へ引っ張り込もうとしました。
 カエルははじめからネズミをだまして、料理して食べるつもりでいたのでした。
 可哀そうなネズミは、
「おう、神様」
 と叫びました。
 カエルは笑いました。
 ネズミは引っ張られて苦しみました。
 ちょうどそんな時、空をトンビが飛んでいました。
 ゆうゆうと大きな輪を描きながら、トンビはふと沼の上でばちゃばちゃしている小さな動物を見つけました。
 トンビは真っすぐに下りてくると、ネズミをつかみ上げました。
 ネズミと足を結び付けていたカエルも一緒に引き上げられ、空高く運ばれて行きました。
 ネズミの足にカエルがぶら下がっていたなんて、トンビにとっては思いがけないご馳走でした。

~おしまい~

馬と狼

 春になって、狼が山を下りてきました。
 すると一頭の馬が、牧場で草を食べているのを見つけました。
 狼はにたりと笑って、舌なめずりすると、
(ご馳走様)
 と、心で叫びました。
「だが待てよ。大人しい羊を捕らえるのとはわけが違うからな。うまい計略でやらぬと失敗だぞ」
 狼は馬のそばへ行って、話しかけました。
「馬君、僕は有名な医者だが、君はどこか悪くないかね。手綱も鞍もつけずに、こんな牧場に放されているなんて、僕ら医者の目から見たら、君は病気だよ。一度診察してあげよう」
 馬は答えました。
「先生、ぜひお願いしますよ。後ろ足のかかとに“おでき”が出来て、痛んで困っているところです」
「それはいけないねえ。どれちょっと手術してあげよう」
 狼はしめたと、馬に近寄り、隙を窺って飛びかかろうと考えていました。
 利口な馬は、最初から何もかも見抜いていましたから、狼が手術の真似をして後ろ足のそばに身をかがめた時、狼の顔をぱかっと力の限り蹴飛ばしました。
 狼の顔は、顎や歯が砕けて、目も鼻も見分けがつかない程めちゃめちゃになりました。
(しまった)
 と、狼は心の中で叫びました。
(いつもの自分のやり方で、いきなり飛びついて殺せば上手くいったのになあ。医者の格好など真似たばかりの失敗さ)
 狼は悔しがりながら、大怪我の顔を抱えて逃げていきました。

~おしまい~

病気の獅子とキツネ

 獅子の王様が病気になり、洞穴にこもってしまいました。ある日、家来の動物たちの所へ、
「めいめいの代表たちを王の見舞いに寄越すように」
 と、獅子の一族から便りがありました。
「絶対、我々獅子族の名誉にかけても、あなた方を丁寧に扱い安全を保障します」
 と、通行券も送ってきました。
 サルも、クマも、鹿も、ヤギも、七面鳥も、その代表者を王様の所へお見舞いに出しましたが、キツネの一族だけは、知らん顔をしていました。
「通行券は有り難いですがねえ」
 キツネどもは笑いました。
「御覧なさい。洞穴の方へ向かって、たくさんの足跡が付いているでしょう。しかし、元へ引き返してきた足跡は一つも無いんですよ。僕たち王様の餌食になるのは、御免ですよ」
 とうとうキツネは、代表など出しませんでした。

~おしまい~
 今朝は妙な夢を見ました。

『まど☆マギ』の夢だったんですけど、カレンダーが表示されて(上の週はぼやけて消えてた)「11日 杏子」、「15日 まどか」って書いてあったんですよね。
 前後の流れからして、おそらく二人が逝った日付だったと思われますが。

 んで、最後はまどかがさやかの亡骸を連れて浜辺にやってきて、一時的に生き返ったさやかと横たわったまま波に打たれつつ、微笑みあいながら力尽きる、てな感じだったんですけども。

 いつか何かのネタに使えるかなぁと思ってメモってみました(爆)。

 さて、そんな与太話は置いておいて、今日は『ラ・フォンテーヌ寓話』の続きです。
 本当は『ファイクエ』の新作も執筆したいのですが、あの件以来、どうも筆が鈍ってしまって……

 それでは、本文スタート!

ヒヨコと猫とネズミの子

 まだ、外へは出た事の無かったハツカネズミの子供が、ある時、冒険をしました。
「お母さん、ぼく今日、山の向こうまで行って、二つの動物に会ったよ。一つはとても優しくて大人しく、親切そうに見えたけど、もう一つの方は、騒がしくピヨピヨ鳴いていて、ときどき飛び上がるような格好をするの。羽の生えた、広い尻尾が付いてたよ。するとね、突然その動物が、手のようなものを持ち上げて、バタバタとお腹をたたき、やかましい声を出すのさ。ぼく怖くなって逃げてきたよ。ああ、あの動物さえいなければ、ぼくもう一つの優しそうな動物と、友達になれたのになあ。その動物は、ぼく達と同じようにビロードのような毛並みをして、長い尻尾と、良く光る眼を持っていたよ。それからぼく達の親戚と、同じ形の耳を持っていたよ。だから、ぼくが近寄ろうとしたのに、も一つの動物が突然騒ぐものだから、逃げてしまったのさ」
 じっと聞いていたお母さんネズミは、
「それは危ないところだったね。その優しそうな動物というのは、猫と言って見たところは優しく可愛らしい様子をしているけれど、私たちネズミ族を片っ端から食べてしまう悪魔だよ。もう一方の動物は、ヒヨコと言って、怖いどころか、私たちの食べ物になる事だってあるくらいよ。やかましく鳴きたてて、お前は猫に近寄るんじゃないと、知らせてくれたんだろうよ。見かけだけでは、相手はわからないものだね」
 と、言いました。

~おしまい~

ロバと子犬

 ある家にロバと子犬が飼われていました。
 ロバは鞭で叩かれて仕事をしているのに、子犬はじゃれて主人や奥さんに可愛がられて、暮らしていました。
 ロバは考えました。
「全く不公平だな。子犬は可愛がられて僕はひっぱたかれてさ。なんだい、あの奴のやる仕事は、“お手”と言われて前足を差し出すだけじゃないか。あんなことで主人や奥さんに、なでられたり頬ずりされたりするなら、可愛がられるなんて訳も無い事じゃないか。僕も見習ってやろうか」
 ロバは、主人の機嫌のよい日にそばへ近寄りました。
 それから子犬をまねて、片足の蹄を高く上げると“お手”をしました。
 ロバはなんだかうれしくなって、その足を主人のあごの所へ持っていき、鼻をぴくぴくしながら『ひーん』と歌を歌いました。
 主人は驚いて、ひっくり返りました。
「なんてことをする奴だ」
 突拍子もない声を出して、
「おうい、誰か棒を持ってきてくれ」
 番人が棒を持ってかけてくると、ぽかりとロバを打ちました。
 ロバは、すっかり元気をなくしてしまいました。

~おしまい~

クジャクの羽をつけたカケス

 一羽のクジャクが着替えをして、古い羽を脱ぎ捨てました。
 それを見ていたカケスが、落ちた羽をみんな拾って自分の身体に貼り付けました。
 とても綺麗になりました。
 カケスは飛び回りました。
「あなた方よりも美しいわ」
 カケスはクジャク達の所へ行って、自慢しました。
 クジャク達はカケスを見ました。
「変な鳥ね」
「あらあの羽、裏返しについているわ」
「人まねこまねのお馬鹿さんよ」
 カケスはクジャク達に笑われました。そこでカケスは仲間たちの所へ帰ってきましたが、誰も遊んでくれません。
 クジャクの羽をつけたカケスは仲間外れにされてしまいました。

~おしまい~

 いかがでしたか?
 一番最後のお話は、日本でも似たようなのがありましたね。長崎県の昔話で、『カラスの借り着』っていうの。

 しかし前回と言い、猫が危険な生物に描写されてる辺り、作者は猫にトラウマでもあったんだろうか(笑)。

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今回は『ラ・フォンテーヌ寓話』のその3でいきたいと思います。
 今回もなかなか印象深いお話が多いです。

 では、本文スタート!

靴直しと金持ち

 ある所に、靴直しが住んでいました。
 靴を修繕しながら、毎日歌を歌って愉快そうでした。
 その隣には、金持ちの男が住んでいました。この男は歌など歌った事も無く、毎晩ゆっくり眠った事もありませんでした。
 ある時金持ちは、自分の屋敷に靴直しを呼んで、尋ねました。
「お前さんは、一年にどのくらい稼ぐかね」
「一年にですって」
 と、靴直しは聞きなおしました。
「私は、そんなお金の数え方はしませんや。その日一日のパンを買うために稼いでいれば、じきに一年経っちまいます」
「では、一日にいくら儲けるかね」
「そりゃ多い事も、少ない事もありますがね。困るのは、一年のうちに仕事の無い日がしょっちゅうあるってことですよ」
 そこで金持ちは言いました。
「今日から、お前さんを王様にしてあげよう。ここに、一山の金貨があるから持ってお帰り」
 靴直しは、金貨の山を見て驚きました。
 ぴかぴかの金貨を家へ持って帰って穴ぐらの中に大切にしまいました。
 靴直しは金貨をしまう時、その陽気な笑い声も一緒に、穴ぐらの中へしまい込んでしまいました。
 もうその時から靴直しは、一度も歌いませんでした。一度も笑いませんでした。気持ちの良い眠りも、靴直しのベッドから、抜け出していきました。その代わり、心配と、疑いと警戒とが家の中へ入ってきました。
 靴直しはすっかり臆病になって、猫の足音にさえびっくりして、泥棒ではないかと恐れました。とうとう靴直しは、隣の金持ちの所へ行って、
「お願いです。どうぞ私の歌と眠りを、返して下さい。その代わり、金貨は一枚残らずお返しいたします」
 と、頼みました。

~おしまい~

狼と母と子

 ある田舎の家の門口に、一匹の狼が隠れて、中の様子を伺っていました。
 家の中では、赤ん坊が泣いていました。
 すると、母親が言いました。
「これこれ、そんなに泣くと、狼にやってしまうよ」
 それを聞くと狼は、
「ありがたい、赤ん坊をオレにくれるんだって」
 と、ゴクリとつばを飲み込み、今にも赤ん坊がよちよち出てきたら、食いついてやろうと身構えていました。
 ところが、家の中から、また母親の声がしました。
「おう、よしよし、もう泣くんじゃないよ。狼が来たら殺してやるからね」
 狼は驚きました。
「これは一体どういうことだ。ああ言ったり、こう言ったり、まるで話が違うじゃないか。オレを馬鹿にするにもほどがあるぞ」
 狼が怒っている最中に、家の中から人が出てきました。
 狼は逃げましたが、番犬に吠えられ、とうとう捕まって殺されてしまいました。
 翌日、村の入り口の家の前に狼の首がぶら下がり、そのそばに、

 狼諸君、
 赤ん坊をあやしている母親の言葉は、決して信じてはいけない。

 と書いた張り紙がしてありました。

~おしまい~

猫と二羽の文鳥

 ある家に、一匹の猫と、一羽の文鳥が飼われていました。猫と文鳥は、ずっとこのうちに一緒に育ったため、とても仲が良くて、文鳥はくちばしで猫をつついてからかい、猫は前足で文鳥にじゃれていました。
 しかし猫は、決して文鳥を傷つけるようなことはありませんでした。いつも爪は隠していました。
 けれど、文鳥はというと、これはワガママでしたから、猫を本当につついたりしました。でも猫は怒るようなことはありませんでした。
 ところがある日、隣の文鳥が遊びに来ました。遊んでいる内二羽の文鳥が喧嘩を始めました。
 猫はどちらかの味方をしなければなりませんでした。言うまでもなく猫は、我が家の文鳥に味方をしました。
「うちの文鳥をいじめる奴は、食べちまうぞ」
 猫は喧嘩の中に入って、隣の文鳥を食べてしまいました。
「おやっ、鳥っていうやつは美味いもんだなあ」
 隣の文鳥に舌鼓を打った猫は、その味が忘れられずに、仲良しの文鳥まで食べてしまいました。

~おしまい~
 今日はイギリスの昔話です。
 別名は『ゴサムの賢人』ともいう中の一編らしいですね。

 ちなみに、この『ゴサム』という村の名前はバットマンのゴッサムシティの由来にもなったんだとか。

 では、本文スタート!

ゴサムの利口な馬鹿

 昔、ジョン王が旅行をして、ゴサムという村の手前に差し掛かった時です。
 王様の一行がゴサムを通ると聞いた村の人達は、広場に集まって、わいわいと騒ぎ出しました。
「王様は回り道が嫌いで、畑でも牧場でも、突っ切ってしまうそうじゃないか」
「そんな事をされたら、馬の蹄に踏み荒らされて、大切な畑も牧場も、めちゃめちゃになってしまうぞ!」
「その上、王様の通ったところは、新しい道として残しておかなければならないそうだ。そうなったら、たくさんの畑や牧場を潰さなければならなくなるんだ。王様は、全く自分勝手だよ」
 村の人達が騒いでいると、一人のお百姓さんが、
「村の入り口に柵を作って、王様の一行が通れないようにしようじゃないか」
 と、言い出しました。
「そうだ! 策を作り、石を並べておこう。そうすれば、王様も他の場所を通るぞ」
 人々は、村の入り口に、頑丈な柵を作りました。また、大きな石も、ごろごろ転がしておきました。
 ジョン王の一行がゴサムの村に入ろうとすると、石や柵があって通れません。
 ジョン王は腹を立てましたが、仕方がないので、別の場所を通って旅をつづけました。ジョン王は宮殿に戻ると、すぐに役人を呼んで言いつけました。
「ゴサムの村へ行って、なぜあのような事をしたか調べてこい。返事によっては、ゴサムの村の者は皆殺しじゃ」
 役人は、ゴサムの村へ馬を飛ばしました。村の人達は、役人の姿を遠くから見つけて震え上がりました。
「役人が調べに来たぞ」
「王様は我々を罰するつもりだ」
「我らは皆殺しにされるぞ!」
 すると、一人のお百姓さんが、
「いい考えがある!」
 と叫びました。
「なんだ、どんな考えだ!」
 みんなは、そのお百姓さんの周りに集まりました。話を聞いているうち、みんなの顔はぱっと明るくなって、
「それはいい!」
「きっと上手くいくぞ」
 と躍り上がりました。

 馬を飛ばしてゴサムにやってきた役人は、村に入るとすぐに妙な光景を見つけました。
 一人のお百姓さんが、籠からウナギをつかみ出しては、水たまりに放り込んでいるのです。
「こりゃ、そこで何をしておる!」
 役人は、馬を止めて聞きました。
「ウナギを溺れさせようとしてるんですよ」
 と、お百姓さんは答えました。
「なに、ウナギを溺れさせるって?」
「ウナギはぬるぬるしてすぐ逃げるんでね。水に溺れさせて、ぐったりとしたところを料理しようと思うんですよ」
 役人は、
(ゴサムの村には、こんな馬鹿がいるのか)
 と、呆れて、馬を進めました。
 少し先へ行くと、また妙な光景が目に入りました。
 一人のお百姓さんが、一軒の家の屋根に汗を流して荷車を引き上げようとしているのです。
「こりゃ、そこで何をしておる」
 と、役人は聞きました。
「荷車を引っ張ってる所ですよ。わしは真っすぐに進むのが好きでね……。邪魔っけな家があるから、そいつを乗り越えていくところなんです」
 役人は、
(ゴサムの村には、大馬鹿者が多いな……)
 と思いながら、馬を進めました。
 山道に差し掛かると、上の方から、チーズの塊が転がってきました。その後から、一人のお百姓さんがチーズを追いかけて来ました。
「こりゃ、何をしておる」
 と、役人はお百姓さんに聞きました。
「ノッキンガムへ行きたいが方角が分からないんです。ですから山の上からチーズを転がして、チーズの行った方へ行けば、町へ行けると思うんですよ。おうい、チーズ、待ってくれやあい!」
 お百姓さんは、チーズを追いかけて行ってしまいました。
 役人は、
(ゴサムの村には、全く馬鹿者が多いな)
 と、呆れてしまいました。
 山を下りると、一人の男が、ふもとの森の周りに塀を立てていました。
「そこで何をしているのだ」
 と、役人が聞きました。男は、
「かっこう鳥が家のそばへ来て鳴くので、うるさくてしょうがないんです。だから、かっこう鳥が森から出られないように、塀を作っているところでさあ」
 と言いました。
(塀を立てても、かっこう鳥は空から飛び出してしまうではないか。ゴサムの村には、よくよく馬鹿者がそろっているわい……)
 役人は呆れて、宮殿へ引き返しました。そしてジョン王に、次のように報告しました。
「恐れながら、王様、ゴサムの村の者は、そろいもそろって馬鹿者で御座います。ウナギを水へ投げ込んで溺れさせようとしたり、屋根の上を荷車を引いて通ろうとしたり、チーズに道案内をさせたり、低い塀を立てて、かっこう鳥を森に閉じ込めようとしたりしておりました。いやはや、あきれ果てました。これでは、王様の通行の邪魔をした理由を聞くまでも無いと思って、引き返してまいりました。何しろ、村中の者が馬鹿で御座いますので……」
「なに? 村中の者が、馬鹿か? 馬鹿では仕方がない……」
 ジョン王は機嫌を直して、ゴサムの村の者を罰するのはやめました。
 利口なゴサムの村の人達は、こうして災難を逃れました。
“ゴサムの利口な馬鹿”という言葉は、そこから始まったそうです。



~おしまい~
 今日は、『文庫本コーナー』で『ラ・フォンテーヌ寓話』その2をお送りします。
 まだまだお話はあるので、当分はネタ元には困らなさそうです(笑)。

 では、本文スタート!

納屋の中へ入ったイタチ

 とてもすんなりと細い身体のイタチの娘が、小さな穴から納屋の中へもぐりこみました。
 納屋の中には、野菜や果物などがしまってありました。
 イタチの娘は、ばりばり食べました。
 朝から晩まで食べ通している内、まるまる太ってきました。
 五、六日たった頃、納屋の前で人の足音がしました。
 驚いたイタチの娘は、素早く穴に駆け寄り、外へ出ようとしましたが、どうしたものか、穴は小さくて出ることが出来ません。
 穴を間違えたのかと思い、きょろきょろ辺りを探してみましたが、他に穴は見つかりません。
「やっぱりこの穴に違いないわ。四、五日前には楽に通れたのにどうしてかしら」
 イタチの娘が困っていると、ちょろちょろ一匹のネズミが出てきて、
「あの時のお前さんは、とてもすんなりしていたよ。痩せた体で入って来たのなら、痩せた体で出ていかねばならないのさ」
 と、言いました。

~おしまい~

魚とウズラ

 一羽の年を取ったウズラが池のほとりに住んでいました。
 もう、目も良く見えませんでしたので、水の中のエサをとるのにも不自由でした。
 ある時、ウズラは一つの計略を思いつきました。
「しめしめ」
 そこでウズラは、池の岸のザリガニの所へ行って、さも事件が起きたように慌てて頼みました。
「ザリガニのおばさん、水の中の魚たちの所へ行って、大変なことが起きたと伝えて下さいな。この池の持ち主が、一週間以内にこの池の魚を、全部捕ってしまうと言っています。この池にいては大変だから、今のうちに何とかするように知らせて下さい」
 ザリガニは、大慌てで水の中へ潜っていきました。
 池の底の魚たちは大騒動になりました。
 魚の代表が、ウズラの所へ相談にやってきました。
「いったい私たちはどうしたらいいのでしょう」
「場所を変えるしか方法はないよ」
 と、ウズラは教えてやりました。
「場所を変えると言っても、私たちに出来るでしょうか」
「心配はいらないよ、私が、その場所へみんなを順繰りに運んで行ってやろう。そこへ行く道は、神様と私よりほかに、誰も知らないのだから。これ以上の秘密の場所はないよ」
 と、ウズラが言ったので、魚たちは安心しました。そして魚たちは一匹ずつ、寂しい岩陰の水たまりに運ばれて行きました。
 それから先の話は、想像してみてください。
 神様とウズラのほかには、誰も知りません。

~おしまい~

ドングリとカボチャ

 神様のお創りになるものには、無駄なものがありません。一つその証拠に、カボチャ畑をごらんなさい。
 ある百姓が、カボチャの実がとても大きく、その割に茎がとても細いのを、じっと眺めていました。
「神様は、どんなおつもりでこんな物をこしらえなさったのだろうな。細い茎に、こんなでかい実をつけるなんて、これは確かに出来損ないだなあ。わしならこのカボチャの実は、あそこにある樫の木にならすな。第一その方が釣り合いが取れるというもんだよ。こんなでかい実が、大きな樫の木にならず、あんなちっぽけなドングリが、大きな樫の木になっている。こいつは、多分神様が実をつける場所を間違えなさったんだよ」
 それからしばらく経ったある日、百姓は樫の木の下で昼寝をしていました。
 すると、ドングリが一つ落ちてきて、眠っている百姓の鼻を傷つけました。
「あ、痛たっ」
 百姓は、目が覚めて顔を撫でまわしてみると、ドングリが髭の中に落ちていました。
「酷い目に遭ったわい。こんなちっぽけなドングリに鼻を引っかかれるなんてなあ。だが、あのでかいカボチャが落ちたらどうなっていたろう。やはり、神様の考えなさることは抜け目がないね。これで、カボチャを樫の木にならさない訳が分かったわい」
 と、百姓は感心してしまいました。

~おしまい~
 私が『文庫本コーナー』の物語に使ってるネタ元は、主にお袋の子供の頃の書籍(小学館の『世界の文学』と、学習研究社の『学習科学(3年、4年)』)なんですが、その内の4年の読み物特集号で時代を感じさせるものがありまして。
 今日はそれを紹介したいと思います。ある意味、古典的作品と言えるかも知れませんね。

 ちなみに発行は1971年です。
 では、スタート。



むねがムカムカ
 ある海岸で、天ぷら屋さんが店開きした。
「生きのいい、魚の天ぷら」
 と、看板を出したところ、いたずら者がさっそく、その横に落書き。
「油も、この海でとれたてのものを使用」
 近頃の海は、油がいっぱいですからね。

はかないのぞみ
 遠足の次の日、みんなが空の水筒を学校に持ってきた。先生が驚いてその訳を聞くと、みんなは水筒の栓を開けてポンポン叩きながら、
「だって、学校中が田舎のきれいな空気を詰めてくれば、せめて今日一日、排気ガスで汚れた空気を吸わずに済むデショ」

住んでいる者はどうなる?
「近頃、家にコソ泥が入って困るんだ。何か名案は無いかしら」
「ヘドロをとってきて、家の周りに、ぐるりっと積み上げるのさ。臭くって、泥棒が寄り付かなくなるさ」
「!」

墨より黒い
「しまった。お習字の墨を忘れてきた」
「大丈夫。筆に水をつけて書くのさ。濡れたまま、学校の屋上に広げておいてごらん。字の所だけ、ばい煙がくっついて、すぐに真っ黒になるよ」

どうして汚れた
 すっかり汚れた川を眺めながら、
「お爺さんの子供の頃は、水が綺麗で魚もいっぱい泳いでいたものだよ」
「きっと、その頃は“みずすまし”がたくさん住んでいたんだね?」


 いかがでしたか?
 調べてみたら、ちょうどこれが発行された年に『ゴジラ体ヘドラ』が公開されてますね。

 正直、今の子供に話してもピンとこないでしょうねぇ。私でも若干「う~ん?」ってなりますもん(小学校の社会科で公害の勉強はありましたけども)。
 今はまた、ある意味もっと厄介な社会問題がいろいろとありますが、たまにはこんな当時の世相を反映したのもどうかな、と思って載せてみました。

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今日は、『文庫本コーナー』で『ラ・フォンテーヌ寓話』から短いのをいくつかです。
 これは結構な数があるので、小分けで……。

 では、本文スタート!

狼と犬

 エサが無くて、骨と皮ばかりになった森の狼が、ある日、毛並みのつやつやした立派な犬に会いました。
 狼は、ひょろひょろしながら犬のそばに行って、その太って立派な体を褒めました。
「犬君、君はよほどご馳走を食べていると見えるね。つやつやとした毛並みと言い、堂々とした体格といい、全く紳士だよ」
「なあに、君だって、森を離れさえすれば楽に暮らせるのにさ。本当に君たちの生活には、安全というものが無いよ。少しのエサを手にれるのにも、危ない目に遭わねばならないしね。いいから、僕についておいで。食事つきなんだぜ」
 と、犬が言いました。
「どんな仕事をするんだい」
「何も別にしなくていいのさ。怪しい奴が来たら吠えて追っ払ったり、うちの人達の御機嫌を取ったりするくらいさ。そうしていれば、ご褒美に鳥や魚の骨がもらえるし、その上可愛がって撫でてもらえるという訳さ」
 話を聞いているうちに、狼はすっかり自分が幸福になったような気がして、犬の後からのこのこついていきました。
 と、狼は、犬の首の後ろの皮がすりむけているのに気が付きました。
「犬君、首の後ろはどうしたんだい」
「何でもないさ」
「何でもないって、すりむけてるよ」
「毎日首輪をしてつながれているから、その痕だろうよ」
「君、つながれているの」
 狼は、びっくりして叫びました。
「それじゃ、自由に出かけることも出来ないんだね」
「そりゃそうさ。主人に仕えていれば、いつでもっていう訳にはいかないけど、そんな事気にしなくてもいいよ」
「なるほどね。食事つきとは、そんな訳があったのかい。つながれるなんて僕はまっぴらだな。どんな宝物をくれるからと言ったって、それだけは御免だ。犬君、さようなら」
 狼は逃げていきました。
 今でも、狼は森を自由に走っています。

~おしまい~

泥棒とロバ

 二人の泥棒がいました。
 ある日、ロバを盗んでくると、一人はそのロバを
「誰にも売らない」
 と言い、もう一人は、
「売ってしまおう」
 と言いました。
「売る」「売らない」で、とうとうケンカになりました。
 二人がげんこつで殴り合っていると、そこへもう一人別の泥棒が現れて、木陰につないであったロバを盗むと、逃げて行ってしまいました。

~おしまい~

兎と蛙

 気の弱い兎がいました。
 いつもびくびくドキドキ、穴の中で飛び上がってばかりいました。
 兎は思いました。
「ああ、臆病に生まれたものは損だ、損だ。ご馳走を食べる時でも、落ち着いて食べられやしない。眠る時さえ目を開けていなきゃならないのだからな」
 ある朝、兎はエサを探しに森へ行きました。
 臆病な兎は、途中何度も風の音や木の葉の影にも、ドキリとして身をすくめました。
 突然、ガサリと音がしました。大きな木の葉の落ちるような音でしたが、気の弱い兎は震えあがりました。
 一大事とばかり向きを変えると、今来た道をまっしぐら、穴に向かって走り出しました。
 夢中で走りながら、兎は水たまりのそばを通りました。
 すると、そこに遊んでいたたくさんの蛙たちが、ぽちゃんぽちゃんと水の中へ驚いて飛び込んで隠れました。
 兎は立ち止まりました。
「おやっ、僕を怖がる動物がいるのかい。世の中に僕より弱い奴がいるなんてね」
 兎は喜びました。
「いつも驚かされてばかりいるのに、今日は僕が脅かしてやったなんて愉快だな」
 うさぎはにわかに強くなったような気がして、一度くるりとでんぐり返りをすると、森を目指して跳んでいきました。

~おしまい~
 この間、唐津に行った時、数年ぶりにおふくろの実家にも行って、本を数冊持って帰って来たので、また『文庫本コーナー』の記事も更新していきたいと思います。
 今日は割とほのぼのとした短編です。

 では、本文スタート!

とんがり帽子の銀の鈴




 朝の牧場(まきば)に、日が差し始めた。
 貧しい羊飼いの男の子が、おやっと驚いて、草の中からピカピカ光っている、小さな銀の鈴を拾った。
 振ってみると、何とも言えない、いい音がした。心にしみるような澄み切った音は、広い牧場に広がっていった。
 遠くへ散らばっていった羊たちは、その音を聞くと急いで集まってきた。
「素晴らしい鈴だ」
 と男の子は、嬉しそうに言った。
「これから、これを集まる合図に鳴らそうね。さあ、行こう、山のふもとへ」

 そのすぐ後、一人の小人が、慌ててやってきた。泣き出しそうな顔をして、草をかき分けかき分け、気が狂ったように、何か探している。
 鈴だ。
 男の子の拾ったあの鈴は、この小人のとんがり帽子の先についていた鈴だった。
 ゆうべは明るい月夜だったので、この牧場へたくさんの小人が集まり、朝まで踊っていたのだが、その時落としてしまったらしい。気が付くのが遅れて、びっくりして引き返してきたわけだ。
 小人にとって、鈴はとても大事なものだった。それが無ければ、小人の国へ帰れない。
 だが、拾われてしまった後だから、いくら探しても見つかるはずはない。



 小人は腕を組んで考えた。
「ひょっとしたら、ぴかぴかするものが好きだという、カラスが拾って巣の中へ持ち帰ったのかもしれない」
 小人はすぐに、綺麗な小鳥に姿を変えた。
 それから、国中のカラスの巣を訪ねて回った。
 だが、無い。
 小人の小鳥は、翡翠玉のように美しい青色の羽を震わせながら聞いた。
「それでは、どこかで素晴らしい鈴の音を、聞いたことはありませんか?」
 みんな答えた。
「知らないね」
 可哀そうに、ぱちっと開いた小鳥の目は、みるみる涙で一杯になった。


 ある日のことだ。
 小人の小鳥は、夕焼け色に染まった牧場の上を飛んでいた。
 すると、牧場に立っていた男の子が、突然、羊たちを集める合図の鈴を鳴らし始めた。
 その音を聞くなり、小鳥は叫んだ。
「あっ、あれは私の鈴だ。でも、どうして返してもらえばいいかしら」
 小人は今度はおばあさんに姿を変えた。そしてよぼよぼと、男の子に近づいていった。
「あれまあ、いい音のする鈴ですね。孫の土産にその鈴を、私に売ってくれませんか」
 男の子は、首を振った。
「拾ったもので、売れません。それに、私も羊たちも、この鈴の音が大好きですから」
 小人のおばあさんは、お金を見たら、人間は心が変わる事を知っていた。
 それで、懐からたくさんのお金を取り出すと、また頼んだ。
「お願いですから、これで売って下さい」
「嫌です」
「では、5マール」
「嫌です」
「では、10マール、いや、100マール」
「いくら出してくれましても、この鈴の音は、お金なんかに変えられません」
 おばあさんは、男の子の、欲の無い美しい心にすっかり心を打たれた。
(本当のことを言って頼んでみよう)
 おばあさんは、すぐに元の小人になると、鈴を落とした訳と、それが無いと帰れないことを話して、
「いくらでもお礼をしますから、返して下さい」
 と頼んだ。
 男の子は頷いて、
「落とし主が分かれば、返すのが当たり前です。お礼などいりません」
 と言って、あっさり返してくれた。
 小人は、何といういい子だろうと、胸がいっぱいになった。
「では、この杖だけは受け取って下さい。羊がもっと欲しい時に、三度振ると、欲しいだけ増えてきますから」
 そう言って、不思議な杖を男の子に渡すと、小人の姿はふっと消えた。

 あくる日の、朝の牧場だ。
 貧しい羊飼いの男の子は、心の中で、もう十匹の羊が欲しいと思いながら、小人からもらった不思議な杖を、三度振ってみた。
 すると、どうだ。どこから現れたのか、すぐ前で十匹の羊が、静かに牧場の草を食べているではないか。
 男の子は、大きな声で叫んだ。
「おうい、みんな、来てみろ。今日からお前たちの兄弟が、十匹増えたぞ。みんな、仲良くしてくれよ」
 風が吹いていた。
 風は、男の子の乱れた髪の毛をそよそよなびかせた。
 大急ぎで集まってくる羊たちを見ながら、男の子の黒い大きな目は生き生きと輝いた。




~おしまい~
 今回の記事は『パンチャ・タントラ』でいきたいと思います。
 今回は日本でも似たような昔話がありますが……。

 とにかく、本文スタート!

宝さがし

 昔、仲のいい四人のお坊さんがいました。
 四人は近くに住んでいて、奥さんも子供もいました。
 けれど、ひどい貧乏で、毎日の暮らしは大変でした。
「全く、参ったなあ。何とか暮らしが楽にならないと、落ち着いてお祈りも出来ないね」
 ある日、みんなで集まった時、一人がため息をついて言いました。すると、
「そうなんだよ。魔術でも覚えれば、わけなくどっさり大金を手に入れられるんだがなあ」
 と、別のお坊さんが笑いながら言いました。
「なに、魔術だって? それはいいじゃないか!」
「一つ、やってみようよ!」
 冗談のつもりだったのが、みんな本気になりました。
「やろう。魔術を覚える事にしよう。それよりほかに、我々の暮らしは救われないよ」
 そして、相談がすむと、四人のお坊さんは旅の支度を始めたのです。
「それじゃ、しばらく留守にするが、帰りを楽しみに待っていておくれ」
「帰って来たら、もう、今までのような苦労はさせないからな」
 奥さんや子供たちにそう言って、お坊さんたちはいよいよ旅に出かけました。
「さて、偉い魔術師はどこに居るだろうね?」
「まあ、慌てなくてもその内に見つかるさ」
 呑気な事を言いながら、村から町へ向かいました。
 あちこちを何日も歩き回っている内に、アバンチという村に来ました。きれいな川が流れています。
「どうだ、ここでお祈りしようじゃないか」
「早く魔術師に会えますようにとね」
 そこで、みんなは川に入りました。身体に水をかけながら、神様にお祈りをしてから、また歩き出しました。
 しばらく行くと、向こうの畑道を、妙な衣を着た人が、すたすたと行くのが見えました。
「おい、あれは魔術師じゃないだろうかね?」
「どうも、そうらしいな。ただのお坊さんとは違うよ」
 お坊さんたちはにこっと顔を見合わせると、後を追いかけました。
「やあ、お寺だ。あそこへ帰るらしい」
 まもなく、お寺の前まで来ました。
「もしもし、あなたは魔術師でいらっしゃいましょうか?」
 一人が声をかけると、妙な衣を着た人が振り返りました。
「確かに、私は魔術師だ。何か御用かな?」
「では、お願いがあります。私達は、魔術を学びたくて、はるばるここまでやって来たのです」
「故郷では、妻や子供たちが、辛い暮らしをしています。お金か宝物を手に入れなければ、私達は死ぬよりほかは無いのです。どうか、魔術を教えて下さい」
「お金でも、宝物でも、見つけられるなら、どんな危ない事でも、苦しい事でもやります」
 お坊さんたちは、かわるがわる頼みました。
「成程、それは気の毒じゃ。よろしい。では、中に入ってしばらく待っておいでなされ」
 魔術師はそう言って、四人を玄関に通すと、自分は奥の部屋に入って行きました。そして、灯りをともす時に油の中に入れる、ひものような細い灯心を四本作りました。
 出来上がると、魔術師は灯心に向かって一心に呪文を唱えました。それから四人の所へ持ってきました。
「この灯心を、めいめいに持って、ヒマラヤの方へ歩いていきなされ。不思議な魔力で、その内ひとりでに、灯心は手から離れる。地面に落ちたら、その下を掘るがいい。必ずあなた方の暮らしを救ってくれるものが出るはずじゃ。さあ、出かけなされ」
 話を聞いて、お坊さんたちは夢ではないかとうっとりしていました。
「有難う御座います。おかげで、私達は助かります」
 丁寧にお礼を言って、四人は灯心を握りしめてお寺を出ました。
「これで、もう宝を手に入れたも同じだな」
「全く、親切な魔術師に出会って良かったよ。ちっとも苦労をしないですむんだから」
 みんなは胸をわくわくさせながら、ヒマラヤの方に向かってどんどん歩いていきました。
 どのくらい進んだ頃でしょうか。一人のお坊さんの手から、灯心が落ちました。
「やっ、落ちた!」
 すぐに地面を掘り始めました。
「何が出てくるかな?」
 土の中から、茶色のかねのようなものが見えました。
「あっ、銅だ! 銅が出て来た!」
 ざくざく出てきます。いくらでもうずまっているようです。
「すごいなあ! さあ、君達も欲しいだけ持っていくといいよ」
 けれど、見ていた三人は、はっはと笑うだけです。
「きみ、そんな銅で満足するのかね。たくさん持って行ったって、銅じゃあんまり有難くないよ」
「いいから、銅なんてうっちゃっといて、さあ行こう。もっといい物が今に出るよ」
 みんなは呆れたように言いました。
「だけど、僕はこの銅でいいよ。じゃ、三人で行ってくれたまえ」
 と言って、一人だけが残りました。そして、持てるだけ銅を担いで、家へ帰っていきました。
 三人は元気よく歩いていきました。少し経つと、先頭になっていたお坊さんの灯心が、ぽとりと手から落ちました。
「さあ、どんな宝が出るかな?」
 土を掘り返していくと、ちらりと、白く光るものが見えました。
「やっ、銀だ! 銀だ!」
 掘っても掘っても、銀がざくざく出てきます。
「有難い。さあ、みんなで欲しいだけ持って帰ろうよ!」
 けれど、後の二人は、はっはっと笑って取ろうともしません。
「きみ、考えてごらんよ。さっきは銅で、今度は銀が出たんだろう。それえなら、この次は金だ。金が山ほど出るよ、きっと。僕らは、銀より金の方がいいからね」
 といって、二人は急いで行ってしまいました。
 一人残ったお坊さんは、掘り出した銀を、どっかり背中に背負いました、頭の上にも乗せました。腰にもしばりつけ、それから、両手に下げて帰っていきました。
 二人のお坊さんは、並んで楽しそうに歩いていました。
 ぽとり。一人の灯心が落ちました。
「それ、金だ!」
 嬉しくて、お坊さんは夢中になって土を掘りました。
「出だ! やっぱり、金だ! 金だ! ああ眩しい」
 金はざくざく、いくらでも出てきます。
「きみ、さあ取りたまえ。だから、あの二人もついてくれば良かったんだ」
 ところが、後の一人はまた笑いだしました。
「よした方がいいよ、君。銅の次に銀が出て、金だろう。今度は素晴らしい宝石に決まってるじゃないか。それが分かってるのに、金で我慢するなんて惜しいよ。さあほっておいて、行こう、行こう」
「だったら君だけで行くといい。僕はここで、荷物をこしらえて、君が帰ってくるまで待っているよ」
「そうかい。一緒に来ればいいのになあ。後で、羨ましがらないでくれよ」
 そう言って、最後のお坊さんだけは、一人で出かけました。
「全く、みんなには呆れるよ。もうすぐ凄い宝物が手に入ると言うのに、あんなもので喜んでいるんだから。ああ、早く灯心が落ちてくれないかなあ」
 灯心を見つめながらいい気分になって進むうちに、ふとお坊さんは辺りを見回しました。ヒマラヤに向かって歩いていたのに、いつの間にか山が左側に来ているのです。
「しまった! さて、左に向かっていくかな? それとも後戻りして、やり直さないといけないのだろうか?」
 考えながら森の中を行ったり来たりしていましたが、急に喉が渇いてきました。
「どこかに水は無いかな?」
 きょろきょろしていると、木の陰に、人がいるのが見えました。近づいていくと、頭から顔中血だらけになった男が、ぐったり座り込んでいました。驚いた事に、頭の上には大きな車の輪が乗っかって、クルクル回っているではありませんか。
「どうしたんです? こんな所で、一体、何をしているのです?」
 駆け寄って尋ねた途端、男の頭の上で回っていた車の輪が、ぴょいと、自分の頭に飛んできました。
「ひゃっ!」
 叫び声を上げて輪を払いのけようとしましたが、離れません。
「大変だ! なんて事だ! どうしてこんな事になったんだ!」
 お坊さんは、バタバタ暴れ出しました。
「どういう訳か、分かりません。全く不思議なんですよ」
 男は軽くなった頭をなでながら言いました。
「急ぐ用事があるんだ! それなのに、こんな重い物が頭に乗っかっていては、何処にも行けやしない。車の輪は、どうすれば取れるのだろう?」
 お坊さんは苦しそうに顔をしかめながら、無茶苦茶になって、輪を殴りつけました。
「駄目です。どんなことをしても、無駄ですよ。誰か、魔法のかかった灯心を持った人が来て、話しかけてくれるまでお待ちなさい。そしたら、車の輪は、あなたの頭からその人の頭へ飛んでいきます。私の時もそうだったのですから」
 止められても、お坊さんは諦められません。早く宝石を見つけたいと、その事ばかり考えて、いらいらしました。
「それで、あんたは、いつからこの車を頭に乗せていたのです?」
「さあ、もう、どのくらい経ちますかねえ」
 と言って、男はぼんやり空を見上げました。そして、
「ラマ王は、今でもお達者でしょうね?」
 と、おかしな事を言いだしました。
「いや、ラマ王はとっくに亡くなられた。今はビナバトサ王ですよ」
 お坊さんは男の顔を見つめ、目をぱちぱちさせて答えました。
「ほう。では、一体、何年たったでしょうかねえ。私がここへやって来たのは、ラマ王が位についていられた頃ですから。食べることも出来なくなったので、魔術師に頼んで、灯心をもらってね。それが、宝物は手に入らずに、長い間、こうして車の輪を頭に乗せて苦しんだだけです」
 男の話を聞いて、お坊さんは気が遠くなりそうでした。
「ああ、体が軽くなった。ようやく、歩けるようになりました。貴方にはお気の毒ですが、私はうちへ帰りますよ」
 と言うと、男はお坊さんを残して大急ぎで行ってしまいました。
「誰か、灯心を持ったものは来ないかなあ。ああ、この車の輪がうらめしい!」
 一人ぼっちになったお坊さんは、また握り拳で車の輪を叩き始めました。でも、輪は頭から離れません。太い木の幹に向かって何度も頭を打ち付けました。手や頭から、たらたら血が流れてくるだけでした。
 それでも気が狂ったように暴れまわっている所へ、一人のお坊さんが現れました。金を掘り出したあの友達です。いつまで待っても帰ってこないお坊さんを心配して、足跡を頼りにやって来たのでした。
「きみ、きみ。どうしたんだ。何をしているんだね?」
 友達のお坊さんはびっくり仰天して駆け寄りました。
「ああ、誰かと思ったら、君だったのか! これが、この車の輪のやつめが!」
 と言って、血だらけになったお坊さんは、へたへたと草の上に倒れました。それから涙を浮かべて、すっかり訳を話しました。
「そうだったのか。可哀想になあ」
 友達のお坊さんは、優しく顔や手の血を拭いてやりながら、また言いました。
「やっぱり僕が金を掘り出した時、君も一緒に取ればよかったんだよ。あんまり欲張るからこんな事になるんだ。何とか助けたいけど、僕にはもう、灯心は無いしなあ。すまないが、先に帰らしてもらうよ」
 そして、友達のお坊さんは、後を振り返り、振り返り、行ってしまいました。



~おしまい~

 いかがでしたか?
「欲が無さ過ぎても損はするけど、欲張りも良くないから引き際が肝心」って事なんでしょうね。
 しかし、『ラマ王』とか『ビナバトサ王』とか言われても、日本人の私には今一ピンときませんが……(苦笑)。

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 さて、今日は『パンチャ・タントラ』の一篇で行こうと思います。今回は割かし有名な物語かな……?
 では、本文スタート!

ライオンを負かしたうさぎ

 広い森の奥に、強いライオンがいました。
 ライオンは弱い動物を見つけると、片っ端から捕まえて食べました。
 森に棲む動物たちは、毎日びくびくし通しです。
「いくら王様だからって、これじゃ、あんまり酷いよ」
「何とかライオンに捕まらないように、みんなで考えようよ」
 たまりかねた動物たちは、ある日集まって相談を始めました。
「ライオンがこの森からいなくなればいいんだけどなぁ」
 サルが言い出すと、オオカミも言いました。
「そうなんだよ。だけど、ライオンはすごく強いからね。みんなでかかっていっても、追っ払えっこないよ。懲らしめたくたって、それも駄目だしさ」
 いくら考えても、いい方法は見つかりません。
「やっぱり駄目だ。諦めるよりしょうがないだろう」
「あああ、やりきれないなあ」
 動物たちはがっかりして、顔を見合わせました。
「じゃ、こうしたら、どうだろうね?」
 言い出したのは、長いひげを生やしたヤギです。
「それはねえ、僕達で順番を決めて、毎日一匹ずつ、ライオンの所へ行くんだよ。どうせ誰かが食べられるなら、毎日ひやひやしているよりは、まだマシだろう? その間に、せっせと子供たちを育てておくんだよ」
「ふうん、そうすれば、仲間も減らないで安心だね」
「今までよりはいいよ。ねえ、みんな、ヤギさんの言う通りにしようよ」
 オオカミが言ったので、みんな賛成しました。そして、すぐさま動物たちは、ライオンの所へ出かけて行きました。
「これからは、私達の方から、誰かが毎日、王様の所へ参ります。だから、みんなを追い回すのをやめて下さい。そうすれば王様は食べ物を捜さなくて済むし、私達も自分の番が来るまでは安心して暮らせます」
 サルが言うと、ライオンは二タッと笑いました。
「成程、それもよかろう。だが、もし一日でもワシの所へ誰も来なかったら、その時は覚悟をしろ。いっぺんに、お前達を食ってしまうからな!」
「嘘は言いません。きっと約束は守りますから」
「よし。それなら許してやろう」
 ライオンは、喜んで頷きました。
 帰ってくると、動物たちは、さっそく順番を決めました。そして次の日から、一匹ずつ仲間に別れを言って、ライオンの所へ出かけて行きました。

 三日目に、うさぎの番が来ました。大人しいうさぎは恐ろしくて、悲しくて、しくしく泣きだしました。
「駄目じゃないか、うさぎさん。行くんだよ」
「さあ、早く、早く」
 みんなが急き立てます。後ろから体を押されて、うさぎは渋々歩き出しました。
「嫌だ! ライオンに食べられるなんて、ぼく、いやだ!」
 とぼとぼ歩いていたうさぎは、立ち止まってわめきました。そして、憎らしいライオンを、何とか打ち負かしたいと思いました。
(ぼくたちみんなの森なのに、勝手に王様になったんだ。ライオンばかり威張ってるなんて、我慢できるもんか!)
 考えながら歩いている内に、森の外れの井戸の側に来ました。通り過ぎる時に、うさぎはひょいと、大きな井戸を覗いてみました。深い穴の底の水に、自分の顔が映りました。途端にうさぎは、
「これだ!」
 と大きな声を上げました。素晴らしい計略が閃いたのです。
「これだ! この井戸を使って、ライオンをやっつけてやるぞ!」
 もう悲しくも、恐ろしくもなくなりました。うさぎは元気良く、森の奥へ進んでいきました。

 お昼もとっくに過ぎた頃です。うさぎはやっと、ライオンの所に着きました。
「何をぐずぐずしていたんだ、このうさぎめ! 遅れた罰に、明日は森中の奴らを皆殺しにしてやるからな!」
 お腹を空かして待っていたライオンは、牙をむいて怒鳴りました。
「ま、待ってください、王様。私が遅くなったのは、途中で大きなライオンに出会ったからなのですよ」
「なに、ライオンだと?」
 今にもうさぎに飛びかかろうとしていたライオンは、びっくりして尋ねました。
「はい。いきなり、穴の中から大きなライオンが現れたのです。そして、どうしてそんな悲しそうな顔をして歩いているのだと尋ねました。私は、王様のライオンの所へ、食べられに行くところです、と答えました。すると……」
「すると、何と言ったのだ、そいつは?」
 ライオンは目をみはりました。
 そこでうさぎは、いよいよ真剣な顔つきで話しました。
「はい、そのライオンは、『ここはワシの森じゃ。どこからやって来たか分からない、そんな奴の言う事なぞ聞く必要は無い。あいつが図々しく、この森の王だと抜かしているのなら、すぐここへ連れて来い。どっちが本当の森の王か、わしの力を見せてやろう』と、こう言ったのです」
「なにをっ、インチキ野郎めが! この森の王は、ワシだ。よし、行って、この腕前を見せてやる。さあ、どこだ。そいつは、どこにいるのだ!」
 お腹がペコペコのライオンは、うさぎを食べるのも忘れて怒り出しました。
「でも王様。そのライオンは、頑丈なお城に立てこもっているのです。とても敵いませんよ」
 うさぎは心配そうに言いました。
「どこに居ても、どんなに強くても、ワシは恐れはせん。必ず打ち負かしてやるからな!」
「じゃ、おいで下さい」
 そう言うと、うさぎは先に立って歩き出しました。
 茂った森の中をどんどん進んで、二匹はさっきの井戸の所に来ました。
「やっぱり、王様を怖がって、お城の中へ逃げ込んだようです」
「そうだろうとも。だが、城とはどこだ?」
 ライオンは、キョロキョロ見回しました。
「はい、ここがお城で御座います」
 うさぎが井戸を指さすと、ライオンは中を覗き込みました。
「ウォー、あいつだな!」
 ライオンは、水に映った自分の顔を敵のライオンだと思ったのです。大きな吠え声は、深い穴に響いて戻って来ました。
「ようし、見ていろっ!」
 もう一度大きな声を上げると、王のライオンは井戸に飛び込みました。そして、それきりもう、上には上がって来ませんでした。
 うさぎは大急ぎで帰ってくると、この事を、仲間たちに知らせました。
「へえっ、ライオンが、自分で井戸へ飛び込んだんだって? 愉快だなあ」
「いい気味だわ、ライオンの奴!」
「そうだよ。自分勝手ばかりしていたんだからな、似合いの最期さ!」
 動物たちは、みんな喜んで飛び跳ねました。
 嵐が過ぎた後のように、森は静かな、平和な国になりました。



~おしまい~

 いかがでしたか?
 悪役だからかもしれませんが、この手の話に出てくるライオン
って大体強いだけの脳筋ですよね。
 逆に
はこの間の話といい、知恵者として描かれてますね。

 しかし、大人しく食べられに行った動物たちも諦め早いっつーか淡々としてるっつーか割り切ってるっつーか食われ損っつーか……。(^ ^;)

 これが終わったら、今度はペルシャ民話の中編を投稿するかなぁ……?


 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 ブログの画像サイズに関して、色々とアドバイスを下さった皆さまに、この場を借りてお礼申し上げます。m(_ _)m
 取りあえず、ホームページ関係以外の記事では昨日のサイズでやって行こうかなと考えています。

 さて、今日の記事は『パンチャ・タントラ』の一つです。私が持ってるストックはあと二つほど……。
 ともあれ、スタート!

利口なウサギ

 象の沢山住んでいる林がありました。
 暑い国なのに、ちっとも雨の降らない年がありました。
 その次の年も、やっぱり降りません。池も湖も、沼も、水はすっかりなくなってしまいました。
「ああ、水が欲しい」
「喉がカラカラだ」
 象たちは騒ぎ出し、王の所へ押しかけました。
「王様、どこかに水は無いでしょうか?」
「早く、水を見つけてください。ぐずぐずしていたら、みんな死んでしまいます」
 すると、象の王は言いました。
「私も考えていたところだ。この国の、ちょうど真ん中どころに、水の沢山ある、大きな湖がある。みんなでそこへ行こう」
 それを聞いて、象たちは躍り上がって喜びました。
 すぐさま、王を先頭に出発しました。
 暑い草原を、象たちは並んで進みました。誰も話をする元気もありません。黙って歩き続けて、五日目に、やっと湖に着きました。
「わあ、水だ。水だ!」
「すごいなあ」
 象たちは、喜びの声を上げて、湖に飛び込みました。火に照らされて熱くなっている体を冷やしました。
 岸に上がって休んだり、また水に入ったり、象たちは日の暮れるまで、湖の辺りをうろうろしていました。
 急に象の群れが現れて、驚いたのはウサギたちです。
「嫌だな。どやどや、やって来て」
「折角のんびり暮らしていたのに」
「うろうろしてると、危ないよ、みんな」
 ウサギたちは慌てふためいて、草むらから飛び出しました。
「痛たたっ、助けてっ!」
 象に蹴飛ばされたウサギは泣き出しました。
「だめだ。僕、もう歩けないよっ」
 あっちでは、象に踏まれて足をくじいています。
 こっちでは、可愛そうに、足が折れてわめいています。大きな足に踏みつけられて、死んだウサギもいました。
「大変だ、大変だ!」
「どうしよう。怖いよう」
 ウサギたちは大騒ぎです。
「ねえ、みんな。恐ろしい象のいない所へ逃げようよ」
「そうだ。早く、どこかへ行こう。今に、僕たちみんな踏み殺されちゃうもの」
「何を言ってるんだ。そんないくじなしでどうするんだ。ここは、ボク達の生まれて育った所じゃないか!」
 一羽の威勢のいいウサギが、大きな声で言いました。
「そうだとも。僕達が逃げ出すより、後から来たあの象たちを追っ払えばいいじゃないか」
「だって、そんな事できやしないよ」
「みんなで考えるんだよ」
 ウサギたちは、頭を寄せ合って相談を始めました。
「ねえ、ぼく、考え付いたよ」
 さっきの威勢のいいウサギが言い出しました。
「ぼく達の王様は、お月様に住んでいらっしゃるだろう。だから、あの偉いお月様の力をちょっと借りるんだよ」
「それで、一体どうするの?」
 女のウサギが尋ねました。
「お月様の使いだと言ってね、誰かが象たちの所へ行くんだ。そし、こう言うんだよ。『あの湖の側には、わしの家来のウサギたちが、静かに暮らしている。お前達は、すぐ別の所へ行きなさい』とね」
「いいけど、でも心配だなあ」
「大丈夫。お月様の命令だと言えば、象たちも恐れてきっと聞くよ」
「やってみようよ」
 そこで使いには、ラムバカルナというウサギが選ばれて、出かけて行きました。辺りは暗くなりかけていました。
 ラムバカルナは、象たちの近くまで来ると、大きな岩の上に上がって言いました。
「これ、象たちよ。どうしてこの湖にやって来たのじゃ」
 いきなり高い所から声がしたので、大きな象の王も、はっとしました。
「誰だ、お前は?」
 と尋ねると、ウサギが答えました。
「お月様に住んでいる、ウサギの王じゃ。お月様の使いでやって来たぞ」
「ウサギの王様ですって? それで、お月様の御使いとは、どんなことですか?」
 象の王はかしこまって、岩の上を見つめました。
「では、よく聞けよ。お月様は、こうおっしゃっている。『お前達象は、昨日、湖にやってきて、ウサギに大勢怪我をさせた。ウサギたちがワシの家来だとは知らなかったのか。命が惜しいなら、これからは湖に近づいてはならん』とな」
「それで、お月様は、今どこにおいでになるのですか」
 こわごわ、象の王は尋ねました。
「お月様は、空からその湖に降りてこられたばかりだ。お前達に痛めつけられた、可哀想なウサギたちを見舞いにな」
「では、一目、お月様に会ってお詫びを言います。そしたらすぐ、私達は出発します」
「よかろう。お前一人でこっちに来なさい」
 ウサギは岩から降りると、象の王を連れて湖の岸に来ました。
 あたりはすっかり暗くなって、澄んだ湖に、大きな月の影が浮かんだように映っていました。
「ほれ、お月様は悲しそうなお顔をして、水に降りてこられたところだ。お詫びを言って、すぐさま行ってしまうのだ。ぐずぐずしていたら、どんな罰を受けるかも知れないからな」
 怖くなった象の王は、もう声も出ません。月の側へ行く勇気もなくなりました。月の影とは知らずに、湖に向かって丁寧にお辞儀をすると、象たちを集め、慌てて暗い草原を、どこかへ消えて行きました。

~おしまい~

 いかがだったでしょうか?

 一応「大きくて強い侵略者を知恵を使って追い払った」って所なんでしょうけど、象は象で気の毒なような(そりゃまぁ、ウサギの方は重篤な死傷者も出てますけども)……。
 これが日本の御伽話だったら、冒頭の像の事情は描かれてないのかも知れませんね。
 それにつけても、ラムバカルナだけ個人名が設定されてるのも謎です(爆)。

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
みんなの力

 スズメの夫婦が、林の木の枝に巣を作りました。
 仲良く暮らしている内に、卵を産みました。
「まあ、嬉しい。どっさりだこと!」
「良かったね。早くヒナが孵るといいなあ」
「きっと、可愛い子供たちですよ。孵ったら私、色んなことを教えてやらなくちゃ。賢い子に育てますよ」
 大喜びで、スズメたちは毎日卵を温めました。
 すると、暑い昼頃です。野原をうろうろしていた象が、林に飛び込んできました。
「ああ、頭がガンガンする」
 象は暑さに参ったらしく、大きな体でバタバタ暴れ出しました。
「気の毒に、外はよっぽど暑いらしいね」
「でも、私達は有難いわ。林の中は、とても涼しいんですもの」
 スズメたちは、巣の中からのんきに見下ろしていました。
 象は暴れながら、スズメたちのいる木の方に近づいてきました。そして、あっという間に、太い鼻を幹に巻き付けて、木を倒してしまったのです。巣の中の卵は下に落ちて、みんなめちゃめちゃに潰れてしまいました。
「まあ、どうしましょう。こんなになってしまって……」
「なんて酷い事をする奴だ。待てっ!」
 でも、大きな象にかかっていっても到底かないません。スズメたちは抱き合って、わあわあ泣いていました。
「すずめさん、すずめさん。どうしてそんなに泣いているんです?」
 鳴き声を聞きつけて、友達のキツツキが飛んできました。
「卵をみんな壊されたんです。憎い象の奴を、懲らしめてくれませんか?」
 話を聞いて、キツツキも腹を立てました。
「それなら、象の方が悪いよ。断じて許せないとも。困っている者を助けるのが、本当の友達だ。良し、仲良しの蠅くんにも、仲間になってもらうよ」
「有難う、キツツキさん。じゃ、私達も一緒に行きますわ」
 スズメもキツツキについて、畑の方へ飛んでいきました。
「おや、キツツキさんじゃないか。そんなに急いで、何かいい事でもあるの?」
 ぶんぶん飛び回っていた蠅が、嬉しそうに近寄って来ました。
「いい事どころか、このスズメさんが、酷い目に遭ったんだよ。象の奴に、大事な卵をみんな壊されちゃったんだ。ねえ、蠅くん。一緒に象を懲らしめてくれないかい?」
「オーケー! これが黙って見ていられるかってんだ。仲良しのカエル君にも言おう。味方は多いほどいいからな」
 蠅は、喜んで引き受けました。
「じゃ、頼むよ、蠅くん」
「うん。みんなで、すぐ行こう」
 蠅を先頭に、キツツキとスズメは、また飛んでいきました。
 畑の上を過ぎて、川の側に来ました。カエルは、気持ちよさそうに、すいすい泳いでいました。
「カエル君。カエル君。頼みがあって来たんだよ」
 蠅がすっかり、訳を話しました。
「分かった。それならオレに、象をやっつけるいい工夫があるよ」
 カエルは胸を張って言いました。
「どんなことだい?」
「早く、聞かしておくれよ」
 蠅もキツツキも、体を乗り出しました。
「いいかい。はじめに、蠅くんが象の所へ行くんだ。昼過ぎにね。そして、耳の側で、ぶーんぶーん、飛ぶのさ。お腹の膨れてる象は、いい気持になって、うとうとし出す。その時、キツツキさんが、その長いくちばしで象の目玉をほじくり出すんだよ。象は、ちょうど水が欲しくなる頃だ。そこでオレが、見つけておいた穴のわきで、仲間のカエルたちと一斉に鳴くからね。その声を聞いて目の見えなくなった像が、川か池があるなと思って飲みに来る。その途端、穴に落としてしまう、という仕掛けさ。いいだろう?」
「素晴らしいわ、カエルさん」
 スズメは、羽をバタバタさせて喜びました。
「愉快、愉快。やろうよ」
「間違いなく、成功さ!」
 と、みんな賛成したので、その日は別れて帰りました。

 次の日の、お昼過ぎになりました。
「さあ、出撃だ!」
 蠅は畑を飛び出して行きました。林に寝転んでいる象を見つけると、耳の側をうなりながら、飛び回り始めました。
「ああ、いい気分だ。眠くなったなあ」
 言いながら象は、小さな目をつぶってしまいました。
「それ、僕の出番だ!」
 木の上で待ち構えてきたキツツキは、さっと降りて来て、象の目をつつきました。
「いた、痛たっ!」
 象は叫び声を上げてはね起きました。
「誰だ、酷い事をする奴は? ああ、痛いっ!」
 ところが、見回しても、象は何も見えません。駆け出そうとして、石につまづいてよろけました。
 その時です。

 ゲコ、ゲコ、ゲコ、ゲコ
 ゲコ、ゲコ、ゲコ、ゲコ

 カエルたちが、穴のわきで、大きな鳴き声を上げました。
「ああ、池があるな? 喉がカラカラになった」
 象は痛い目をぼつぼつさせながら、カエルの鳴き声がする方へ、よたよた歩きだしました。
「ひゃっ!」
 間もなく、叫び声と一緒に、象は大きな音を立てて穴に落ちました。
「わあ、やったぞ!」
「いい気味だ!」
「どうだ、象め。思い知ったか? スズメさんの仇だぞ!」
 みんなは、穴を覗き込んではやし立てました。
 象は、のそのそと穴から這い上がって来ました。
「ああ、痛かった。こんな所、もうごめんだよ」
 そう言って、象は慌てて駆け出しました。
「あれ、目は潰れなかったらしいね」
「でも、いいよ。もう誰も意地悪されないもん」
「そうだね、良かったね」
 蠅と、カエルと、キツツキは、逃げて行く象を笑いながら見ていました。



~おしまい~

 いかがだったでしょうか?

 要はインド版『さるかに合戦』何でしょうけど、(スズメとキツツキはまだしも)蠅とカエルが友達って……。
 おおらかな世界観だな。(^_^;)

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 サイトを更新しました。
 今日は『情報雑誌コーナー』です。

 記事の方は久々に『文庫本コーナー』で、今回はインドの昔話集、『パンチャ・タントラ』から『ネズミと二人のお坊さん』です。

 では、スタート!

ネズミと二人のお坊さん

 南のある国の町はずれに、お寺がありました。小さなお寺で、お坊さんは、一人しかいませんでした。
 お坊さんは、托鉢僧をしていました。人の家を回って、食べ物をもらって歩くのです。出掛けさえすれば、どこかで何かくれました。
「どれ、では、有難く頂くとしよう」
 と、お坊さんは、もらった物を食べますが、大抵は一日に食べきれません。余りは壺に入れて、柱の釘に吊り下げて寝ました。
 次の日の朝になると、お坊さんは、壺を下ろします。そして、お寺の掃除をしに来てくれた人たちに、残り物を分けてやりました。

 ある日の事です。お寺の近くに住んでいたネズミが、仲間達を呼びました。
「みんな、いい話なんだよ。向こうのお寺に、ご馳走があるのを見つけたんだ。僕らに取られないように、壺に入れて、柱の釘に吊り下げているんだよ」
「ひゃっ、すごいなあ! お頭、すぐ行きましょう!」
「よし。オレが上手くやって、みんなに、たらふく食べさせてやろう」
 頭のネズミも、ヒゲをぴくぴくさせて喜びました。
 夜中になると、頭のネズミは、大勢引き連れて出かけました。お寺は真っ暗で、お坊さんは、ぐっすり眠っていました。壺は、側の高い柱にかけてあります。
「音をさせずに、待ってろよ」
 頭のネズミは、思い切り飛び上がりました。訳なく壺に届きました。
 久しぶりのご馳走を、ネズミたちは分け合って、お腹いっぱい食べました。
「ああ、うまかった!」
「明日もまた来ようぜ!」
 喜んだネズミたちは、それから毎晩お寺へ来ました。
 朝、目を覚ますたびに、お坊さんは悔しがりました。
「や、また、やられたか! ネズミに違いない」
 壺の中には、お米一粒も残っていないのです。
「よし。今日こそ、良く見張っていて、盗ませたりはしないからな!」
 暗くなると、お坊さんは、どっかりとあぐらをかいて、辺りをキョロキョロ見回していました。でも、だんだん眠くなって、知らない内に、コックリコックリと、始めました。
(それ、今の内だ!)
 陰で様子を見ていた頭のネズミは、さっさと壺に飛びつきました。
 お坊さんが目を覚ました時には、もう間に合いません。食べ物は、すっかりさらわれた後でした。
「だめだ。何とか、ネズミをこの部屋に入れないようにしなくては」
 考えたお坊さんは、今度は、藪から長い竹を一本切って来ました。そして、次の日は、寝床に入ってからも、その竹の先で、時々壺を叩いていました。
 お寺へ忍び込んだネズミたちは、この音を聞いて、はてなと思いました。
「何だか変な音がするぞ」
「どうも、あの壺のある部屋らしいな」
「近寄るな! 恐ろしいものが、居るかも知れない」
 怖くなったネズミたちは、初めの日は、急いで逃げ帰りました。
 けれど、ネズミたちは、壺の中のご馳走が欲しくてたまりません。夜になると、また出かけて行って、部屋の様子を伺いました。
「やっぱり変な音はするけど、恐ろしいものなんか、居ないらしいぜ」
「だけど、中へ入る勇気は無いなぁ」
「入るのはよそうよ。危ないよ」
 よだれを垂らしながら、ネズミたちは、外でうろうろするだけでした。

 すると、幾日か経って、お寺へ、一人のお坊さんがやって来ました。
「おや、これは珍しい。良く訪ねて下された」
 お寺のお坊さんは、喜んで友達を中に入れて、話し始めました。
「今日は、泊まって行って下され。たまった話が、まだまだたくさんありますからな」
「それはすまんですな。では、ゆっくりさせてもらいましょうか」
 その内、夕食も済んで、夜になりました。二人は寝床に入っても、話し続けました。
 ところが、お客のお坊さんが話しかけても、お寺のお坊さんは、ちっとも熱心に答えません。竹の先で、壺を叩く事に気を取られているからです。
 お客のお坊さんは、腹を立てて、がばと起き上がりました。
「私は、帰りますよ!」
 いきなり怒った声がしたので、お寺のお坊さんは、ポカンとして見上げました。
「一体、どうしたんですね、こんな夜中に?」
「どうしたもないもんだ。あんたは、話はいい加減で、そんな子供のいたずらみたいなことばかりしている。親友だと思っていたからこそ、わざわざ、遠い所を訪ねて来たって言うのに。全く、人を馬鹿にしている!」
 それを聞いて、お寺のお坊さんは、成る程と思います。
「そうでしたか。いや、すまん、すまんです。これには訳があるんでねえ」
 と謝ってから、小さな泥棒達の事を話しました。
「それで、ネズミたちに襲われないように、こうして音をさせているんですよ。いやはや、叩くのも、実はくたびれて、参っているところでねえ」
「そうだったのですか。いや、そんな事とは知らずに、大きな声を出したりして、お恥ずかしい」
 笑いながら頭をかいてから、友達の坊さんは尋ねました。
「それで、ネズミの入って来るところは、分かっているのですか?」
「ええ、そこの穴からですよ。塞いでも、塞いでも、しつこく食い破って、入り込むんですからなぁ」
 と、お寺のお坊さんは、部屋の隅を指さしました。
「では、明日の朝早く、鍬を持って出かけましょう。ネズミの住処を探し当てるのです。お寺へ来る人達に、ネズミの足跡を消されない内にね」
 外に潜んでいたネズミの頭は、お客の話を聞いて、どきりとしました。
「一大事だ! いいか、みんな。オレ達の家を知らせないように、今日は遠回りをして帰るんだぞ」
 頭の言いつけで、ネズミたちはすごすご帰り始めました。
 暗い畑を走っていると、向こうから、大きな目が光りました。
「ひゃっ、猫だ!」
 ネズミは散り散りに駆け出しましたが、猫は素早く追いかけてきました。
 でも、危ない所を逃げ出したネズミたちは、血を垂らしながら、やっとの事で畑の中の家に帰り着きました。頭のネズミだけは、何処に行ったのか見えません。

 朝になりました。お寺では、お坊さんたちが鍬をもって庭に出ました。
「ほら、これですよ」
 地面に小さな足跡を見つけました。足跡をつけて行く内に、畑に血が垂れていました。間も無く、住処も探り当てました。
「ここだ。この下だ!」
 掘ってみると、穴の中から、金や宝石がごろごろ出てきました。
「こんなものまでネズミが持って行ったのか。いつの間にかお寺の物が無くなったので、不思議に思って捜してはいたんですが、見つからなかったのですよ」
 お坊さんは、あきれるやら喜ぶやら。
「盗まれた物なら取り返しましょう。さあ、これでもう大丈夫。ネズミ共は恐れて、来なくなりますよ」
「おかげで、やっとゆっくり眠れますかな」
 二人は笑いながら、金や宝石を持って、悠々と引き上げて行きました。
 その後へ帰ってきたネズミの頭は、びっくり仰天。
「ひゃあ、家がめちゃめちゃになっている。あれ、宝物も無いぞ! ああ、どうしよう」
 悲しくなって、あっちへうろうろ、こっちへうろうろしていました。
 あたりが暗くなりました。お腹がペコペコになった頭は、またネズミたちを連れて、お寺へ忍び込みました。
「おや、懲りずにまたやって来たようですな」
 お坊さんは急いで、壺を竹で叩き始めました。
「でも、見ていてごらんなさい。今日は、もう何も盗んでは行きませんよ」
 お客の坊さんが言ったので、ネズミの頭は、なめるなと言ってやりたくなりました。
 勇気を出してお坊さんたちのいる部屋へ入ると、頭は壺めがけて飛び上がりました。どういう訳か、今日は届きません。
 下に落ちて、ゴツンと頭を打ちました。
「はっはっは。宝物が無くなったので、ガッカリして高く飛び上がれなくなったんですよ」
 お客の坊さんが笑いながら言いました。
 ネズミの頭は、悔しくてたまりませんが、でも、その通りなのです。諦めて、すごすご出て行きました。
「そうだな。宝物は持っていかれるし、頭は意気地が無くなるし、これからはロクなものも食べさせてもらえそうにないな」
 ネズミたちがこそこそ話しているのを聞いて、頭はじっとしてはいられません。急いでもう一度お寺へ駆け戻りました。
「さあ、驚くな。今度は宝物を取り返してやるからな。そうしたら、あいつらも頼むから手下にしてくれ、と言ってくるに違いないさ」
 いい具合に、お坊さんたちはぐっすり眠っています。
「へへへ。まさかオレがまた舞い戻ってくるとは知らずに、眠ってるぞ。さて、宝物はどこにしまってあるのかな?」
 ごそごそ、部屋中を捜し始めました。
「あっ、見つかったぞ。あれがそうだな」
 宝物の入っている袋に飛びかかった時です。目を覚ましたお坊さんが、長い竹を振り上げました。
「待てっ、泥棒ネズミめっ!」
 力任せに頭を殴られた頭のネズミは、夢中で外へ逃げ出しました。
「ああ、まいった。もう、こりごりだ」
 ふらふらになった頭のネズミは、それきり、お寺へは行かなくなりました。



~おしまい~

 いかがだったでしょう?
 私はこれ、イマイチ教訓が良く分からなかったんですよね……(苦笑)。

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。

 こうして、夏も過ぎ、やがて秋になりました。僕はもう、井上君の事も、いつか見た夢の事も、すっかり忘れてしまって、何一つ思い出さないようになりました。
 二学期の中頃、僕達の組に、また一人、転校生が入って来ました。
 杉山さんという女の生徒です。
 ある日、僕は、勉強の時間が終わった後、図書室へ本を読みに行きました。少し離れた所で、杉山さんが、やはり、熱心に本を読んでいました。
 時間が経つ内に、図書室の中は、だんだん空っぽになっていきました。杉山さんも、本を戻して、図書室から出て行きました。
 しばらくして、僕は気が付きました。いつの間にか、霧のような雨が降り始めていたのです。
 雨がひどくならない内に、僕も、家へ帰ることにしました。
 かばんを取りに教室へ戻ると、机の前に、杉山さんが座っていました。僕はびっくりして尋ねました。
「帰らないのかい、杉山さん?」
「傘を忘れて来たらしいの。いつもは、かばんの中に入れてあるんだけど」
「平気だよ、これくらいの雨」
「だって……」
 杉山さんは、急に黙り込んでしまいました。
 その途端、僕の頭の中に、いつかの夢の中で聞いた井上君の言葉が、さあっと浮かび上がりました。
「いまに、僕達の仲間が、君達の友達になりに来るかも知れないな。その時は、よろしくね」
 井上君は、本当に、夢の中へ入り込める力を持っていたのではないでしょうか。
 いつかの晩、僕の夢の中で井上君が言ったことは、全部、本当の事だったのではないでしょうか。
 もしかしたら、この杉山さんも、井上君の仲間かも知れないのです。
『先生の所へ、知らせに行った方がいいのかも知れない』
 そんな考えが、ちらっと通り過ぎました。
 でも僕は先生に、また叱られると思いました。
 そして、すぐに、自分の机の中へ手を突っ込みました。そこに僕は、傘を一本置き忘れてあったのです。
「杉山さん。この傘、さして行きなよ」
「まあ」
 杉山さんは、びっくりしたように、僕の顔を見つめました。
 僕はそのまま、教室を飛び出すと、一思いに雨の中へ駆け出しました。
 校門のそばで、僕はちょっと、後ろを振り返ってみました。
 昇降口の所に杉山さんが立って、僕の傘を広げようとしているのが見えました。



~おしまい~

 という訳で、改めて『ふしぎな転校生』の最終回をお送りしました。
 雑誌ではこの後、『宇宙にはどんな生物がいるか?』てなコーナーがオマケで1ページありましたけども。

 内容はちょっと違いますが、これを今回載せたのは、最近爆風スランプの『転校生は宇宙人(エイリアン)』のフルサイズを初めて聞いたからでして。

 子供の頃に『みんなのうた』で初めて聞いたんですが、かなり良い曲ですので、機会があれば一度是非。

 といったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。

 その夜、僕はまた、緑色に濁った水の中を泳いでいました。
 ぼんやりと光っている水の向こうに、鉄の網のはまった小さな穴が、黒々と口を開けていました。音は聞こえませんが、激しい勢いで、水が流れ込んでいる様子です。
 穴の近くに、水泳パンツをはいた井上君が立っているのに気が付いて、僕は、すっかり嬉しくなりました。
「井上君、きみ、クラゲに食べられたんじゃなかったのかい」
 井上君は、ちょっと笑って答えました。
「食べられなんかしないさ。あのクラゲみたいなのは、僕だったんだもん」
「なんだって?」
「僕、地球の人間じゃないんだ」
「じゃ、きみ、宇宙人?」
「まあね。クラゲみたいに見えたのが、僕のほんとの姿なのさ」
「でも、何だって、地球へ来たりしたのさ。侵略かい?」
「まさか。人間になって、君達と暮らしてみようと思ってさ。僕達、どんなものにでも、姿を変える事が出来るし、どんな所にでも出入りできるんだ。例えば夢の中にだってね」
 そう言って井上君は、またちょっと笑いました。
「でも、僕達は、水にだけは弱くてね。雨に濡れただけでも、すぐ、元の姿に戻ってしまう。僕も、プールの側へなんか行かなけりゃ良かったんだけど」
「違うよ、僕達が悪かったんだ」
 僕は、照れ隠しに、わざと元気よく叫びました。
「さ、教室へ戻らないか。みんなも、井上君のこと、心配してるよ」
「僕、もう教室へは戻らない。ほんとの姿を見られてしまったんだもん。ただ、君にだけは、さよならを言いたいと思ってね」
 井上君は、唇の端を噛みながら、考え込むようにしました。
「でも、いまに、僕達の仲間が、君達の友達になりに来るかも知れないな。その時は、よろしくね」
 そう言ったかと思うと、突然、井上君の身体が溶け出して、ぼんやりとした銀色の塊に変わりました。そしてたちまち、銀色の塊は、真っ暗な穴の中へ、するっと吸い込まれてしまいました。
 ゴオーッという水の音が響き渡って、僕は、ふっと目を覚ましました。
 部屋の中には、朝の光がいっぱいに差し込んでいました。
 プールの中で井上君に会ったのも、井上君の身体が溶けるのを見たのも、みんな、夢だったのです。
 僕は、夢の中で聞いた井上君の話を、何度も何度も思い返しながら、学校へ出かけて行きました。
 一時間目が始まる頃になっても、井上君の席は空っぽのままでした。僕は、落ち着かない気持ちで、じっと自分の机の前に座っていました。
 すると、勉強を始める前に、先生が、こんなことを言いました。
「昨日、井上君の姿が、急に見えなくなったね。やっぱり、井上君は、家に戻っていたんだ。だけど、みんなはもう、井上君には会えないぞ」
 そう言って、先生は、ぐるっと僕たちの顔を見回しました。
「と言うのはね、昨日、みんなが帰った後で、井上君のお母さんが訪ねて来られた。お母さんがおっしゃるには、おうちの都合で、急に田舎へ帰ることになったそうで、井上君も、今日からは、もう学校へ来ない。みんなにさよならを言えなくて、井上君、たいへん残念がっていたそうだよ」
 ――――――――



~つづく~
 サイトを更新しました。
 今日はトップ画像を6月の物に変更し、『文庫本コーナー』に『ダイヤのかんむり』を追加しています。

 記事の方は、先日の続きです。
 では、スタート!



 どうやって、プールから這い上がったのか、自分でもよく分かりません。
 激しい雨に打たれながら、僕はぺたっとプールの淵に座り込んでしまいました。
 さぶちゃんが、僕の側へ走って来ました。
「どうだった。いたかい?」
「変なもの見たんだ。プールの中で」
「変なものって?」
「良く分からないけど、クラゲの物凄くでっかいのみたいなんだ」
「クラゲ? プールの中にクラゲが?」
 さぶちゃんは、呆れたように僕の顔を見つめました。
「おーい、何をしてるんだ、君達」
 ロッカー・ルームの方から、先生が歩いて来ました。
 井上君がプールに飛び込んだままだと聞くと、先生は顔色を変えました。
 他の組の先生たちや、用務員のおじさん達も駆けつけて来て、次々にプールの中へ飛び込みました。
 雨で泡立っているような水面に、先生たちの身体が浮かび上がっては、また、すっと隠れました。僕とさぶちゃんは、ずぶぬれになりながら、じっとその様子を見つめていました。
「見つからんな。沈んでいるとすれば、すぐに分かるはずなんだが」
「水を流し出してみるか」
 そんな話し声が聞こえて、先生の一人がプールから上がると、放水口の蓋を開くハンドルを、ぐるぐると回し始めました。
 水はなかなか減りませんでしたが、次第に、底の方が透き通って見えるようになりました。
 プールの中をジャブジャブと歩き回っていた先生や用務員さんたちが、すみっこの所に集まって、何かをささやき始めました。
 プールの底は、もう、端から端まで、すっかり透き通って見えるようになりました。しかし、井上君の身体は、どこにも見えないのです。それに、あの銀色に光っていた、クラゲのような奴の身体も。
 プールの横腹に、放水口が口を開いていましたが、井上君の身体が流れ出してしまうほどの大きさではありません。そのうえ、放水口の口には、鉄でできた網が、しっかりとはめ込まれているのです。
「どういう事なんだい、これは」
 側へ来た先生が、睨みつけるようにして、僕達に言いました。
 さぶちゃんが、もじもじと落ち着かない様子で言いました。
「さっき溺れたかと思ったけど、井上君、逃げ出したのかも知れないな」
「逃げ出した?」
「僕達に見つからないように、こっそり、プールから上がって」
「違う!」
 僕は思わず、怒鳴ってしまいました。
「井上君、逃げ出したんじゃないよ。僕、見たんだもん」
「見たって、何を?」
「クラゲみたいな形をしたものが、プールの中を泳いでいたんです」
「何だって?」
「井上君、食われてしまったんじゃないのかな。そのクラゲみたいな奴に」
 先生はぽかんと顔を見合わせました。
「いい加減な事を言うんじゃない」
 先生が、僕の事を睨みつけるようにしながら言いました。
 僕は、水の中で見たものの話を、何度も何度も繰り返しました。しかし、誰も、本当にはしてくれません。
 井上君はやっぱり、いつかのように家へ逃げ帰ったのだろうという事になりました。
「さっそく、家の方へ電話してみますよ。全く、お騒がせしてしまって」
「いやあ。しかし、あの子がクラゲと言った時は、ちょっと驚きましたなあ」
 そんな事を話し合いながら、先生や用務員さん達は、プールから引きあげて行ってしまいました。
 さぶちゃんも、ロッカー・ルームで服を着ると、逃げるようにして、教室へ戻って行ってしまいました。
 僕は、ふと思いついて、ロッカーの扉を、一つずつ開けていってみました。
 最後の列の一番下のロッカーの中に、服が一揃い残っていました。
 井上君の着ていた服です。
 井上君は、服も着ないで、家へ逃げ帰ったのでしょうか。この激しい雨の中を、水泳パンツをはいただけで――。
 僕の頭の中に、もう一度、あいるの姿が浮かび上がりました。アンドロメダ星雲のように渦を巻きながら、僕の方へ覆いかぶさって来た、あいつの姿が。
 そう、井上君はやっぱり、あいつに食われてしまったのに違いないのです。



~つづく~
 私、ウチのブログのアクセス履歴をよくチェックしてるんですが、『今日はちょっと変化球。』の記事がよく読まれてまして。
 内容としては『ホビー雑誌コーナー』の、ジークシャドーと闇の四天王を扱ってる記事なんですが、結構興味を持たれてるのかな、と思ったり。

 話は変わりまして、今日は『文庫本コーナー』です。話がちょっと長めなので、他のカテゴリーの記事とかわるがわる投稿したいと思います。
 昭和40年代のSF小説をご覧あれ。

 では、スタート!

ふしぎな転校生


「あれぇ?」
 プールの淵に腰を掛けて、足をバシャバシャさせていたさぶちゃんが、急に、変な声を出しました。
「あそこにいるの、井上君だぞ」
「ほんとだ」
 プールサイドのベンチに腰掛けているのは、確かに井上君です。水泳パンツをはいている所を見ると、プールで泳ぐつもりなのでしょうか。僕達は、びっくりして、顔を見合わせました。
 井上君が転校して来てから、もう、三ヶ月くらい経ちます。
 ところが、僕達は、井上君が水を飲むところを、まだ一度も見た事がありません。手を洗わなければならない時も、指の先を、ほんのちょっぴり濡らすだけ。雨が降ってこようものなら、真っ青な顔をして、口を利かなくなってしまうのです。
 初めの内、僕達は面白がって、随分と井上君をいじめました。掃除の時、水を汲んでこさせようとしたり、わざと雑巾を押し付けたりしました。
 井上君は、いつも悲しいような困ったような顔をして、僕達を見つめているだけでした。
 ところが、ある日の休み時間の事、井上君もとうとう僕たちのからかいに我慢出来なくなったのか、黙って学校を抜け出すと、そのまま、家へ帰ってしまったのです。
 僕たちは、先生に叱られました。
「井上君は、病気なんだ。からかったりしては、駄目じゃないか」
 水を怖がる病気なんて、聞いた事ないな、と僕たちは思いました。でも、それっきり井上君をからかうのはやめる事にしました。
 その内、とうとう、夏が来ました。学校のプールにも、水が入りました。体育の時間には、みんなで水泳の練習です。僕達は体育の時間が待ち遠しくてたまりませんでした。
 でも、井上君だけは、別です。水泳の練習が始まってからと言うもの、体育の時間には、一人で教室に残っているようになりました。僕達が泳いでいる様子を、いつも、窓からじっと眺めているのです。
 その井上君が、水泳パンツをはいて、プールサイドのベンチに座っているのですから、びっくりしました。井上君も、一人で教室に残っているのがつまらなくなったのかも知れません。
 そう考えた僕たちは、そばに行って、声をかけてみました。
「泳ぐのかい、井上君?」
「ううん」
 井上君は、慌てたように首を振りました。
「見てるだけだよ。僕、泳げないんだ」
「だったら、僕達が教えてやる」
「いいよ。僕、泳ぎたくないもん」
「いいじゃないか。来いよ」
 僕とさぶちゃんは、井上君の腕をつかんで、ぐいぐいとプールのそばまで引っ張って行きました。
 その時、雲っていた空から、大粒の雨が、ばらばらっと落ちてきました。
 井上君は、びくっとしたように立ち止まりました。
 女の生徒たちが、大騒ぎをしながら、ロッカー・ルームの方へ走って行きます。
「よし、やっちゃえ」
 僕は、さぶちゃんに目配せをすると、力いっぱい、井上君の背中を突き飛ばしました。
 井上君は、大声を上げて、プールへ落ちました。水しぶきが、僕達の所まで飛んできました。
 口を開けて泣きそうな顔をした井上君は、しばらくの間、体中で水をかき回すようにしながら、プールの中で暴れていました。
 そして、急に井上君の身体は緑色をした水の中へ溶け込むようにして、見えなくなってしまいました。
 雨は、次第に激しくなりました。水しぶきで煙ったようになったプールの中には、男の生徒が五、六人、残っているだけです。しかし、井上君の姿は、どこにも見えませんでした。
 さぶちゃんが、ちらっと、僕の顔を見ました。
「どうしたんだろ」
「うん」
 僕も、胸がどきどきしてきました。
 いきなりさぶちゃんが、バシヤッと、プールの中へ飛び込みました。
 僕も、胸いっぱいに息を吸い込むと、さぶちゃんの後を追って水の中に飛び込みました。
 水は、緑色に濁っていましたが、水面から差し込んでくる光が、水の中をぼんやりと明るくしていました。
 僕は、目を開けたまま、プールの底をすれすれに泳ぎ回りました。浮かび上がって、息を吸い込んでは、また、水に潜りました。しかし、井上君は――井上君の身体は、どこにも、見つかりません。
 諦めて、上がろうと思った時、僕は、そいつに気がつきました。
 そいつは、緑色の水の中で、銀色に光りながら揺れていました、逃げようとした拍子に、僕の指の先が、そいつに触りました。
 突然、そいつの身体の中に、渦巻きが起こったかと思うと、図鑑の写真で見たアンドロメダ星雲のような塊が、僕の方へ覆いかぶさって来ました。



~つづく~
 サイトを更新しました。今日は『情報雑誌コーナー』です。
 記事の方は『ピイナの知恵』の続きです。

 では、スタート!

 お百姓さんは、すっかりしょげて帰ってきた。そんな難しい事が、出来そうにないからだ。出来なければピイナは、酷い目に遭わされるに違いない。
 だが、話を聞いたピイナは、笑いながら言った。
「そんな事ぐらい、何でもないわ。明日王様に、会いに行って来ます」
 あくる日になった。
 ピイナは、着物を脱ぎすて、ふさふさと長い髪の毛を、身体一面に巻き付け、羊を連れて来て、片足をその上に乗せ、もう一方の足でとびとびをしながら、御殿へ出かけて行った。
 王様は、それを見ると、
「うむ、これは素晴らしい知恵のある、賢い娘だ」
 と感心した。
 賢いだけではない。可愛い。可愛いだけではない、美しい。
 王様はすっかり気に入って、さっそく、お百姓さんに頼んで、ピイナをお妃にもらう事にした。


 王様とピイナは、幸せに楽しく暮らしていた。
 ところがある日の事、王様が、狩りに出かけた時、牧場で草を食べている綺麗な馬を見つけて、
「あの馬をわしの厩(うまや)へ連れて帰れ」
 と、家来に言いつけた。家来は、連れて帰った。驚いたのは馬の持ち主だ。
 さっそく御殿へ駆けつけて、返してほしいと頼んだが、王様は怒って、その男を追い返した。
 その時側に居た、お妃のピイナは、
「いくら王様でも、そんなわがままな事をなさってはいけません。馬を返すか、お金を支払ってあげるか、どちらかになさいませ」
 と勧めた。
 だが王様は、顔色を変えて、
「お前は、あの男の味方をして、わしを馬鹿にするのか」
 と、怒り出した。
「いいえ、そうではありません。正しい事をなさる、いい王様であって欲しいからです」
 と、ピイナは言ったが、王様はかんかんになって、怖い顔をして叫んだ。
「えい、うるさい。お前の様な奴に、もう用は無い。さっさとわしの御殿から出て行ってくれ」
 そう言われてもピイナは、ちっとも驚かないで、答えた。
「そうおっしゃるなら、私は家へ帰らせてもらいます。でも手ぶらでは嫌です。王様はいつも、御殿の中で一番値打ちのある物をお前にやるとおっしゃっていましたから、それをもらって行きます」
「何なりと、好きな物を持っていけ」

 その晩、王様が深い眠りに陥られた頃ピイナは、家来たちに言いつけ、そっと王様を馬車に乗せ、自分の家へ運ばせた。
 夜中になって、ふと目を覚ました王様は、いつもと違う、硬い寝台なので、
「ここはどこだ」
 と、枕元に居るピイナに訊いた。
「はい、私の家です。お許しが出たので、御殿で一番値打ちのある物を、さっそく運んできたのです。私にとって、世界中で一番大事な、値打ちのある、好きな物は、王様よりほかに無いからです」
 それを聞くと王様は、ピイナの知恵に感心しながら、にこにこ笑いだして、言った。
「ピイナ、わしが悪かった。もう出て行けなどと言わないから、さあ、馬車を呼んで、一緒に御殿へ帰ろう」
 それからのち、王様とお妃のピイナは、今までよりももっと楽しく、幸せに暮らしたという事です。





~おしまい~