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第六回 金襴の袈裟どろぼう



 次の日の夕方。山と山の間に、いくつも高い屋根が重なり合った、大変立派な寺が見えてきた。広い庭に金色の大きな池もある。
 二人は馬を急がせて、門に来て頼んだ。
「一夜の宿をお借りしたいのですが」
 と、三蔵法師は西方へお経を取りに行くわけを話した。
「さあ、どうぞ奥へ」
 と、寺の坊さんたちは、快く中へ案内した。
 二人は祀られてある観音様の黄金像にお参りをして、いくつも続いた広い部屋の前を通って、最後にこじんまりとしたお堂の中に通された。
 悟空はしーんと静まり返ったお堂に座っていても面白くないので、寺の庭を歩きだした。
「鐘でもついてやれ」
 鐘突き堂へ上ってガンガン突き鳴らした。
 坊さんたちは驚いた。やたらに鳴り響く鐘の音に、鐘突き堂へ揃って駆け集まった。
「この野蛮人め、いたずらをやめなさい」
「こんな面白い事がやめられるか」
 ガーン、ゴーン。ガーン、ゴーン。
 ガーン、ゴーン。ガーン、ゴーン。
 二百七十歳だという年取った和尚さんが、腰を曲げ、目をひん剥いて走って来た。
「さあさあ、あちらの部屋で、お茶が入りましたから」
 と、ようやく悟空をなだめすかしてお堂の中へ連れ戻した。そして、寺の宝物である立派なお茶道具を並べ立てて、お茶を入れながら三蔵法師に話しかけた。
「あなたは大唐国から来られたのですね。さぞ珍しいご立派なお品でもお持ちでしょうな?」
「いいえ、旅の事で、何一つお目にかけるようなものは持っておりません」
 三蔵法師が遠慮深く答えると、よせばよいのに、悟空が横から偉そうな口を出した。
「お師匠さま、ありますよ。包みの中の袈裟を見せて、驚かしてやんなさい」
 和尚さんや、並んでいる坊さんたちは、悟空の言葉を聞くと、どっと笑い声をあげて言った。
「袈裟ならここにも腐るほどありますよ。ここは、この国一番のお寺ですからな」
 悟空は怒って包みを引き寄せた。
「ふざけるない。袈裟は袈裟でも、お前さんがたのチンピラ袈裟とは、袈裟が違うんだ。さあ、拝ましてやるからたまげるな」
 三蔵法師が慌てて叱った。
「これっ、悟空、富や宝というものは、人と張り合うものではない。皆様に失礼な言葉だが、“宝物は欲張りに見せるな”という諺さえある。目に見れば欲しくなる。手に入れようと企む。そこから、どのような災いが起こるかも知れない。包みを放しなさい」
「びくびくしなさんな。私に任せておきなさい」
 悟空は包みを開いた。開くと、早くも金色の陽炎のようなものが、ゆらゆらと包みの中から立ち上った。
 悟空は袈裟を広げて見せた。
 夕暮れ時の薄暗くなり始めた部屋の中へ、一どきに太陽と月を持ち運んだような金銀五色の輝きが、ぱっと部屋の中を明るく染めた。
 さすがはお釈迦さまから賜った宝物、金襴(きんらん)の袈裟である。
 和尚さんも坊さんたちも、あっと膝をにじり寄せて袈裟を囲んだ。あまりの見事さに、誰も声が出ない。見つめたまま溜息を吐いている。
 しばらくして、和尚さんが頼んだ。
「いつまでも拝ませて頂きたいほど立派な袈裟ですが、日暮れの薄暗さで、年をとったわたくしの目はもうよく見えません。灯りの下で拝みますから、今夜一晩貸して下さいませんか?」
 三蔵法師は、それ見た事かと悟空を恨んだが、悟空は得意である。
「ああいいとも。みんなでよく拝むがいい。お師匠様、心配しなさんな。私が、ちゃんと責任を持ちますよ」
 和尚さんはほくほくと顔をほころばせて、袈裟の包みを自分の部屋へささげて行った。
 さて、この寺が大きく立派になったのは信者が多くて栄えて来たのではない。和尚も坊主も、盗み、強盗は平気でするし、近くの山々の化け物たちと手を組んで、一年中悪だくみをしてきたからである。
 和尚は部屋に戻ると、坊主たちを呼び集めて、ひそひそと相談をした。
「この袈裟を奪い取るには、どうしたら良かろうか」
「和尚様、あの二人を焼き殺す事ですよ。お堂の外から鍵をかけて、周りに芝を積み上げて火をつけるんです。お堂一つを犠牲にして、この袈裟を寺の宝物にするんです。火事は、あいつらの火の不始末からという事にしておけば済むでしょう」
「うまい。お前の頭の良さは寺の宝だ」
 その夜、三蔵法師と悟空が眠った頃、寺中の坊主たちが総出で、ほおかぶりして、本堂の周りへ山のように芝を積み上げた。そして、四方から火をつけると、火はどっと勢い良く燃え始めた。
 三蔵法師は何も知らずに穏やかに眠っていたが、悟空は怪しい物音にはね起きた。
 押しても突いても、扉は開かない。
 悟空はミツバチに姿を変えて、欄間(らんま)の隙間から外へ飛び出した。
「ややっ、坊主どもが火をつけて走り回っている。私達を焼き殺して、袈裟を取ろうとする気だな」
 お師匠様からたしなめられた言葉が、今更に悔しく思い出された。
「まごまごしてはいられない」
 ものすごい勢いで天上へ飛び上がった。
 天上では驚いた。
「斉天大聖が、またも暴れ込んできた」
 と、逃げ回る神様たちで大騒ぎである。
 悟空もその騒ぎに驚いた。
「違う、違う。火よけの籠を借りに来たんだ」
 と、火よけの籠を大急ぎで借り受けて、寺へ戻って来た。
 お堂の屋根に上ると、屋根に籠をかぶせた。そして、下に眠っているお師匠様と馬を、火から防いだ。
「袈裟を焼かれちゃ大変だ」
 続いて和尚の居間の屋根にまたがって、袈裟の番をした。番をしながら、お堂に燃え移ろうとする火を、観音堂や正殿や塔の方へ、術を使ってぷうぷうと口で吹き返した。
 火は重なり合った屋根から屋根へ燃え移って、寺中が火の海になった。火の粉は天を焦がしてすさまじい。
「おやおや、寺が大火事だぞ」
 こう言って立ち上がったのは、近くの黒風山(こくふうざん)の洞穴に住んでいる、一匹の真っ黒い化け物である。
「和尚とは親友だ。火事見舞いに行こう」
 雲を飛ばして炎の中をくぐってみると、怪しい者が和尚の部屋の屋根にまたがっている。ぷうぷうと火を吹き返している。
「ははあ、あの部屋に何かあるぞ」
 覗くと、台の上に、炎を染め映して一段と美しく照り輝いた金襴の袈裟が置かれてある。
「しめた。持って逃げよう」
 親友の火事見舞いも放り出して、袈裟を抱えて黒風山へ逃げ帰った。


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 火事は夜明け頃、ようやく収まった。
 残されたものは、三蔵法師の寝ている部屋と、和尚の奥の一間だけである。あとは見渡す限りの焼け野原と変わって、何百人と言う坊さんたちが泣き騒ぎながら、寺の庭をうろうろしている。
 悟空は天上へ火よけの籠を返してから、まだ眠っている三蔵法師を起こした。
 法師は、お堂から出てきて肝をつぶした。
 昨夜まで御殿のように美しく広がっていた寺は、煙を上げて哀れにも燃え落ちているのである。
「悟空、これは夢か?」
「夢ではありません」
 悟空は昨夜からの大活躍ぶりを、詳しく話した。
「袈裟は無事だろうか?」
「和尚の部屋は火を防ぎましたから、大丈夫です。さあ、袈裟を取りに行きましょう」
 お堂から出て、焼け野原と変わった庭を歩いて行くと、坊さんたちは震えあがって驚いた。
「うわあ、焼け死んだ幽霊が出たあ」
「なんだと。オレ達を焼け死んだ幽霊だと。ふざけちゃいけない。振り向いてよく見ろ。お堂はあの通り焼け残っているんだ。さっさと袈裟を返さないと、お前たちも灰にしちゃうぞ。和尚はどこにいるんだ?」
「へい、焼け残りの自分の部屋へ引っ込んだまま、出てきません」
 和尚は、寺は丸焼けになるし、袈裟は無くなるし、気が変になっていた。そこへ、殺したはずの悟空達が、いま袈裟を取りに来ると、坊さんたちの知らせがあった。
 和尚は気味悪くなったり、情けなくなったりして、ついに気が狂った。何かうわごとを言いながら立ち上がると、走っていって、思い切り力いっぱい、壁に頭を打ち付けて死んでしまった。
 悟空は困った。責任を持つの、私に任せろの、とお師匠様に威張った手前、なんとしても袈裟を捜し出さなければ申し訳が立たない。
「お前たち、裸になれ」
 坊さんたちをずらりと並べて、真っ裸にして身体検査をしたが、袈裟は見つからない。和尚の部屋の床下を如意棒でかき回したが出てこない。弱り切って坊さんたちを小突き回した。
「誰かが盗んだに違いない。この辺に和尚の友達でもいるか?」
「へい、一人おります。向こうにかすんで見えるのが黒風山です。その洞穴にいる黒大王(こくだいおう)というのが親友です」
 悟空は勇み立った。
「よし、これほど捜して無ければ、盗んだのはそいつだ。取り返してくるから、お前たちはお師匠様をよくお守りして、馬の手入れもしておけ。もしも粗末に取り扱うと、この鉄の棒が暴れまわるぞ」
 悟空は如意棒を振り上げて、焼け残りのレンガ塀を横に打ち払った。塀は粉々に吹っ飛んで、花びらのようにちらちらと散り落ちてきた。坊さんたちは肝をつぶして、崩れるようにへたへたと座り込んでしまった。
 悟空は筋斗雲に乗って、一直線に黒風山へ走った。
 山の上から見下ろすと、黒風山、黒風洞と大きな字を彫りつけた石が建っている。その後ろに、真っ赤な門が開いた洞穴がある。洞穴の前の広場で、黒、白、黄色の三人の化け物が、草の上に座り込んで、大笑いしながら話し合っている。
 黒い化け物が、偉そうに自慢話をしている。これが和尚の親友、黒大王であるらしい。
「今日は吾輩の誕生日だ。夕方から諸君にご馳走をしたいから、ぜひ来て頂きたい。昨夜手に入れた素晴らしい金襴の衣をその時お見せするから、その見事さを褒めてもらいたいもんだ」
 悟空は金襴の衣と聞くと、雲の上から飛び降りて、三人の前に仁王立ちになった。
「こらっ、火事場泥棒め。袈裟を盗んでおいて誕生祝いとは不届きな奴だ」
 如意棒を振り下ろすと、黒大王は赤門の中へ逃げ込んで、黄色は雲に乗って走った。
 白は、逃げる暇もなく悟空の鉄棒に叩き伏せられると、酒樽ほど太い白い大蛇に変わって死んだ。
「開けろ、開けろ」
 悟空は如意棒で洞穴の門を叩いた。
 黒大王が、鎧兜に身を固めて、黒房の付いた黒槍を抱えて現れた。


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「さあ、来い。あの袈裟を取りに来たのか?」
「黙って返せばよし。出さないと命は無いぞ」
「偉そうなことを言うが、貴様は誰だ。オレは天下に名の轟き渡った黒風山の黒大王だ」
「こっちは天上を引っ掻き回した、名高い斉天大聖だ」
「なんだ、あの馬小屋の番人か」
「こ、こ、こいつめ」
 如意棒と黒槍とが火花を散らす戦いになった。突いたり、避けたり、打ったり、跳んだり、勝負は五分五分である。
 太陽は高く昇って、昼近くなった。
 黒大王は、如意棒をがっちり受け止めて、悟空に話しかけた。
「昼飯の時間だ。腹ごしらえをしてから、また戦おう」
 槍をさっと引いて、後ずさりしたかと見る間に、洞穴の中に飛び込んで、ぴったりと門を閉めてしまった。
 悟空も朝から何一つ食べ物を腹に入れていないので、ふらふらに疲れ切っていた。それに火事場へ残してきたお師匠様の身も心配であった。
「とにかく、いっぺん引き返そう」
 戻ってみると、お師匠様は食事中であった。
「悟空、袈裟を持ってきたか」
「すみません、もうちょっと待って下さい。黒大王が盗んだことは分かりましたが、あいつは強くて強くて……」
 悟空は昼飯をかっ込んで、また黒風山へ向かった。
 すると、山の途中で黒大王の手下らしい男が、真っ黒い文箱を抱えてこちらへ走って来るのが見えた。
 悟空は一打ちに倒して文箱を取り上げた。
 開いてみると、一通の手紙が入っていた。


  金地老上人どの
  本日は、わたくしの誕生日につき
  夕方より大宴会を催します。
  どうぞおいで下さい。
           黒くま生(くろくませい)


「ははあ、あいつは黒熊の化け物か。和尚も化け物の一人だから、二百七十歳も生きてきたんだな。和尚が壁に頭を打ち付けて死んだことを、まだ知らないと見える。これは有難い。和尚に化けて、袈裟を取り返して来よう」
 悟空は金地和尚に化けて、洞穴の門を叩いた。
「金地和尚だが、開けておくれ」
 門番が、のぞき窓から首を出した。頷いて門を開けた。
 悟空はすまし顔して、黒大王の前に進んで座り込んだ。
「ただいまは、ご使者を有難う」
「もう届きましたか。早すぎる」
「使いの話では、金襴の袈裟を手に入れたそうだが、拝ましてもらいたいね。こっちは寺が丸焼けで、大変な騒ぎだった」
 と話している所へ、手下の者が走ってきて、大王の耳へささやいた。
「手紙の使者が、殺されています。それから金地老上人は、今朝、死んだそうです」
「じゃあ、こいつは誰だ?」
 黒大王は、いきなり槍をひっつかんで、悟空へ突きかかって来た。
「しまった。見破られたか」
 悟空も元の姿にかえって、如意棒を引き抜いた。
 二人は門から飛び出して、またも突いたり、打ったりの激しい戦いになった。
 夕日が西の空へ沈みかかって、谷も洞穴も夕焼けで赤く染まった。けれども勝負がつかない。
 黒大王が、大きな一枚岩の上へ飛び上がって叫んだ。
「夕飯どきだ。続きは明日の朝だ」
 槍を構えたまま後ろ向きになって洞穴へ逃げ込んで、ぴたりと門を閉じてしまった。
 悟空は自分の腕前が情けなくなった。
 相手の化け物の強さを考えると、このままでは幾日戦っても勝負はつかないと思った。
 胸毛を引き抜いて、大勢の身代わりを出す事は易しいが、たかが相手は熊の化け物だ。一人と一人の戦いにそんな卑怯な真似は嫌だった。
 しょんぼり首を下げて、三蔵法師の前に戻って来た。
「お師匠様、もう一日待って下さい。相手は熊の化け物。とても強くて、強くて」
「心の小さな者に自慢顔して、大切な品を見せるからだ。責任を持つの、任しておけのと威張ったからには、なんとしても取り返して来なさい」
「へい」
 悟空はその夜、眠れなかった。いろいろ考えた末、ようやく一つの上手い計略を思いついた。さっそく、次の朝早く、黒風洞の門を叩いた。
「出てこい、勝負だ」
「おう、待ってたぞ」
 またまた谷川べりで打ち合う火花が、赤く青く水面に散った。どちらもへとへとに疲れ切った頃、悟空は谷川へ飛び込んで逃げた。
 黒大王は、天地にとどろく笑い声をあげた。
「うわっはっはっ、とうとう逃げ去ったわい。袈裟はもうこっちの物だ。やれやれ、喉がからからに乾いた」
 谷川へ手を突っ込んで水を飲もうとすると、山から吹きおろしてくる風に、ころころと、目の前の石の上に、小指の爪ほどもある一粒の丸薬が転がって来た。
 取り上げて見ると、仙人が飲んでいる仙丹という名高い薬である。
「これは良い物が落ちていた」
 口へ放り込んで、水と一緒にがぶりっと飲み込んでしまった。
 薬は大王の腹の中で、悟空の姿に変わった。
「どうだ、丸薬に化けたとは気が付くまい。もう、こっちのものだ」
 如意棒を振り回して腹の中で暴れまわった。
 さすがの大王も苦しみもがいた。
「うわあ、うわあ、痛いよう、苦しいよう」
 のたうち回った末、とうとう死んでしまった。
 悟空は鼻の穴から威張って抜け出した。そして洞穴に隠してあった袈裟を取り返して、三蔵法師の前に戻って来た。
「とうとう、やっつけました。袈裟をお返しいたします」
「ああ、良かった、良かった。ご苦労だった」
 二人は顔を見合わせてにっこりと笑った。そしてまた、西へ向かっての旅が続いた。
 野山の枯れ木に青々と新芽が吹き出して、峰を行く雲もふわりと浮かんで春になった。二人はわらびやぜんまいが伸びた広い野原を進んでいくと、原の中に、身を寄せ合うように家が並んでいる小さな町に着いた。
 一人の男が、わらじ、脚絆を付けた旅姿で、わめきながら向こうから来た。
「優れた仙人はいませんかあ。素晴らしい坊さんはいませんかあ」
 急ぎ足で、三蔵法師たちとすれ違おうとする男を、悟空が呼び止めた。
「何の用で、そんなに忙しそうに歩いたり、わめき散らしているのかね?」
「へえ、わたくしの主人は高大公(こうたいこう)と申しますが、今年二十歳になるお嬢様が御座います。三年前にお婿さんをもらったんですが、それがとんでもない化け物なんで御座います。旦那様が追い出そうとすると、化け物は怒って、お嬢さんをうしろの離れ座敷に閉じ込めたまま、家の者にも会わせないので御座います」
「どんな化け物?」
「へえ、口の長い、豚の化け物のような奴で御座います。旦那様が色々な優れた仙人や、坊さんに頼んで化け物を追い払うお祈りをしてもらうんですが、どれも役に立たず、連れて行く度に、さんざん、わたくしは小言をくうのです。全くわたくしもやり切れません。今日もこうして旅姿で、お偉い方を捜し回っている有様です」
「お前さんはいい所で私達に出会ったよ。私達が化け物を捕まえてやろう。主人の所へ連れて行きなさい」
「皆さんどなたもそうおっしゃいますが、どれも駄目です。ことにあなたのような、雷の子供みたいなものは、わたくし、信用いたしません」
「雷の子で悪かったね。だが、オレはそういう化け物と喧嘩するように生まれついているんだ。馬の上のお方は東土大唐の名高いお坊さんだ。化け物ぐらいとっ捕まえるのは何でもない。とにかく、連れていけ」
「そうですか。こっちは忙しいのですよ」
 男は困り切った顔をして、三蔵法師と悟空を高大公の屋敷へ連れて行った。
 主人は悟空の頭から足の先まで見下ろすと、男に怒鳴りつけた。
「化け物が一人いるので、悩み切っているんだ。もう一人連れてくるとは何事だ」
 悟空は腹が立つやら、おかしいやらで、苦笑いした。
「顔かたちで馬鹿にしては困ります。化け物を追い返せばいいんだろう。腕は確かなんだから、任しておきなさい。今そいつはいますか?」
「夜になると、どこからか帰ってくるのです」
 主人は、とにかく悟空達に任す事にして、二人に夕食を出して一晩泊める事に決心した。
 悟空は夕食を終えると、主人に案内させて、離れの部屋へ行ってみた。
 入り口に、頑丈な錠がかかっている。
「鍵を出しなさい」
「鍵があるくらいなら、あなたに頼みゃしません」
「なるほど」
 如意棒で錠を叩き壊して部屋へ入ると、中は真っ暗闇。主人が震え声で娘の名を呼ぶと、髪の毛をぼうぼうと乱した、やつれきった娘が現れた。お父さんの首っ玉にしがみついて大声で泣き始めた。
 悟空がなだめながら尋ねた。
「化け物はどこへ行ったか?」
「はい、分かりません。いつも夜明けに雲や霧に乗って出ていきますし、夜になると、どこからか戻ってきます」
「では、ご主人。娘さんをあなたの部屋へ連れてって、ゆっくり話でもしなさい。私はこの部屋で、化け物の帰りを待っている」
 悟空は独りになると、娘の姿に身を変えた。
 日は暮れて、すっかり夜になった。
 真夜中ごろ、にわかに部屋の中に小石や砂ぼこりが吹きまくってくると、稲妻のような光がぴかぴかと走って、大風と一緒に化け物が帰って来た。
 見れば、黒い顔、伸びた口、大きな耳。話に聞いた化け物よりもずっと醜い顔かたちである。
 悟空はいきなり、化け物の伸びた口をつかんで、あお向けに引き倒した。
 化け物は驚いて跳ね起きた。慌てて尋ねた。
「お前、何を怒っているんだ?」
 悟空は娘の声を出した。
「父が、たいへん偉い方を連れてきたのです。それがあなたに分からないから怒っているのです」
「誰だ、そいつは?」
「五百年前に天上を騒がせた斉天大聖というお方です」
「ええっ、あいつにだけは敵わない。お前には気の毒だが、オレはこの家から出るよ。あいつと喧嘩して、もしも負けたら、オレの名が落ちて恥をかくからな」
 化け物は雲を巻き起こして飛び逃げようとした。
 悟空は化け物の口をしっかりと握りしめた。
「この私を置いて、一人で逃げる気ですか。私の恨めしい顔をよく見て下さい」
 悟空はつるりっと顔をなでて、化け物の前へ突き出した。その顔は、娘の顔から悟空の顔に変わっていて、化け物を睨みつけている。
 化け物は「あっ」と驚いて尻餅をついたが、跳ね起きると雲に乗って逃げた。悟空も追った。
 二つの雲と雲とがぶつかり合い、弾け合って、その上で如意棒のうなりと化け物が振り下ろす鉄の熊手の風切る音が、夜空の中ほどで遠雷のようにゴロゴロととどろいた。


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「やい化け物。知らぬ者同士で戦ってもつまらん。名を名乗れ」
「オレは、元天の川の水軍司令長官だ。天から追い払われた時、地上へ投げ捨てられた魂が、豚の腹へ入ったのでこんな面構えになったが、今の名は猪八戒」
「こっちは、貴様が驚いた斉天大聖だ。東土の三蔵法師様という、偉いお坊さんをお守りして、西天へお経を取りに行く途中だ」
「ええっ、では、ちょっと待ってくれ。何故それを早く言わないのだ。私は観音様のお導きで、その坊様のお供をする事になっているんだ。熊手を引っ込めるからその鉄棒も引っ込めろ」
 戦いは終わって、雲と雲とが穏やかに寄り合った。
「やい、猪八戒とやら。お師匠様の所へ連れて行くから、その熊手を寄こせ」
 悟空は猪八戒の大きな耳を引っ張って、三蔵法師の所へ連れて行った。
「さあ、早くご挨拶をしろ」
 悟空は取り上げた熊手で、八戒の頭を二つ叩いた。
「はいはい、申し上げます、法師様。法師様がうちのおとっつぁんの家においでになる事を知っていたら、もっと早くご挨拶に上がるんでしたが、途中で少しこんがらかって、あいすみません」
 と、観音様から頂いたお言葉を、すっかり話した。
「観音様の仰せなら」
 と、三蔵法師はその場で八戒を弟子にして、お供の一人に加えた。そして悟空とも兄弟の約束をさせた。
 高大公も娘も、八戒が心を改めて、正しい道にかえった事を非常に喜んで、次の朝、三蔵法師たちに別れを惜しんで見送った。




~つづく~

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 今晩は、アカサカです。


 今日から『文庫本コーナー』の企画として、誰もが知ってる『西遊記』の中から、マイナーな(と思われる)エピソードを、順不同でいくつか公開していきたいと思います。

 取り敢えず前回の『トールの神話』とは違って、毎日連続更新ではなく、間に今まで通りの短編昔話も挟んだりして……。


 では、さっそくスタート!


第一六回 黒い薬と金の鈴


 化けもの寺を離れて、早くも一か月が過ぎた。
 焼けつくような真夏の炎天にさらされて、四人は毎日あえぎながら進んだ。
 ある日、一つの大きな都に着いた。
 城の塔の屋根には、朱紫国(しゅしこく)と書かれた三角旗が幾本も青空にはためいていて、人や車の列がにぎやかに行ったり来たりしている。
 道行く人は服も冠も美しく、言葉遣いもおっとりとして優しく、大唐の都の長安にも劣らないほどの立派な町である。
 三蔵法師たち一同が大通りを歩いて行くと、静かな町は、間もなく大騒ぎになった。
「一人の坊さんと、三人の化け物が通る」
 と、大人も子供も、四人の前へ走ったり、後ろへ回ったりして、どこまでもぞろぞろとついてくる。三蔵たちが珍しくてしょうがないようである。
 三蔵法師は、馬の上から三人に注意した。
「何を言われても喧嘩するではないぞ。下を向いて、なるべく顔を見せずに歩きなさい」
「はい、はい」
 と、八戒は長い口を懐に押し隠し、悟浄は襟に首が埋まるほどうつ向いて歩いた。
 けれども、いたずらっ子の石が飛んでくる。瓦が投げつけられる。野次馬の群れは大通りいっぱいに広がって、わいわいとはやし立てながらついてくる。悟空は八方に気を配りながら三蔵法師を守って進んだ。
 横町へ曲がると、白い塀囲いをした中に立派な家が建っていて、門の上に“会同館(かいどうかん)”と書かれている。
 三蔵法師は馬を止めた。
「ここへ入って、しばらく休もう」
「会同館とはなんですか?」
 と、悟空は不思議そうな顔つきで、三蔵法師を馬から助け降ろしながら訪ねた。
「ここは外国から来た旅人や、よその国の使者などを止めるお役所です。私達もお邪魔してよいだろう」
「やれやれ、これでうるさい奴らを追っ払うことが出来た」
 と、八戒が懐に押し込めた長い鼻をにゅっと引きずり出した。
 群がっていたやじ馬たちは、あっと腰を抜かすほど驚いて逃げ散った。
 中へ入ると、受付に二人の役人がいて、三蔵法師に尋ねた。
「どこから来て、どこへ行かれますか?」
「はい、わたくしたち四人の者は……」
 と、三蔵法師はわけを話して、通行手形に印を頂くために、国王様にもお目にかかりたいと申し出た。
 役人は丁寧に四人を案内して客間に通した。そして、米や麦粉や、色々な野菜を運んできて、西側の部屋を指さした。
「あちらに鍋も釜も揃えてありますし、薪も積んで御座いますから、ご自由にお使い下さい。それから、手形に印を頂きたいなら急いで宮中へおいで下さい。国王様はご病身でいつも寝室におられますが、今日はお身体の具合が少し宜しいとの事で起きておいでになられます」
「では、さっそく、わたくしだけが宮中に上がりましょう。手形の印を頂ければ、すぐにでもここを出発いたしますから……。悟空達、その間に食事の支度をしておきなさい」
 三蔵法師は服装を整えて役人と一緒に宮中へ向かった。
 悟空達はさっそく食事の支度にとりかかったが、味噌と醤油が無い事に気が付いた。
 そこで八戒に買いに行かせようと思ったが、ものぐさの八戒が素直に行ってくれないと考え、色々と作戦を立てながら頼んだ。
「八戒、町へ出て買ってこい」
「オレは嫌だよ。さっき、オレが鼻を引き出したら、五、六十人の奴らが驚いてひっくり返ったほどだ。町へ出たら、どんな騒ぎが巻き起こるかも知れない。オレは行かないよ」
「そうか。残念だな。お前は下ばかり向いて歩いてきたので気がつかなかったろうが、ここへ来る道の両側には、美味しそうな食い物屋ばかり並んでいた。うどん屋、饅頭屋、餅屋、油揚げ屋など、数えきれないほどの店が、いい匂いをぷんぷんとさせていた。では、オレ一人で食ってこよう。せっかく奢ってやろうと思ったのに、残念だが仕方がない。では、ちょっと行ってくるが、悪く思うなよ」
「待て、待て、兄貴。口を隠して行けばいいんだろう。一緒に行くよ、行くよ」
 悟空はにこっとした。
 大飯食いの八戒は、早くものどをグウグウと鳴らして悟空についてきた。
 人通りの激しい四つ角まで来ると、広場に大勢の人側になって群がっている。
「なんだろう、ちょっと覗いて見よう」
「兄貴、よせよ。オレ達を捕まえる相談でもしているんだろう」
「悪さをしない者を捕まえるはずがあるもんか。じゃあ、お前はここで待っていろ。味噌と醤油と、揚げ餅とうどんを買ってきてやるからな」
 悟空は八戒を街角の塀際に残して、人だかりの中を覗きに行った。そこには一本の立て札が立てられて、役所からの知らせの神が貼り付けてあった。


『国王様のご病気は長引くばかりで、なかなか治らない。今は国中の名高い医者も、優れた薬も、何の役にも立たない。国王様のご病気を治す薬を持っている者には、国を半分つかわす。国民でも、他国民でもよろしい。良薬があれば、すぐに宮中へ申し出なさい』


「ほほう、これは面白そうだ。あの張り紙をもらっていこう」
 悟空は一掴みの土を拾い上げると、呪文を唱えて人だかりの中へ投げ込んだ。
「うわあ、いきなり、つむじ風だ」
「目の中へゴミが入った」
 人々は目を押さえてうずくまった。その隙に悟空は張り紙を引っ剥がして、八戒の所に戻ってきた。
 八戒は、先ほどからの人波に気疲れしたらしく、長い口を塀の腰に引っ掛けてうつらうつらと居眠りをしていた。
「こいつは、よく食って、よく眠る男だ。本当にのんきものだなあ」
 悟空は呟きながら、はがしてきた紙を八戒の懐にねじ込んだ。そして、味噌と醤油を買うと、さっさと一人で会同館へ帰ってしまった。
 間もなく、立札の見張り役人たちが、八戒の懐からはみ出ている張り紙を見つけた。
「やっ、こいつだ。立札の張り紙をはがした奴は。お前は、国王様の病気を治せる素晴らしい薬でも持っているのか?」
「へえ、それは何のことですか」
 八戒は、不思議な顔で役人に訊いた。
 役人は、八戒の懐を指さしながら言った。
「懐からはみ出している物は何かね?」
 八戒は、慌てて紙を引き出して読んだ。
「うむ、兄貴め。オレをからかったな。よろしい、こっちにも考えがある。――お役人様。申し上げます。わたくしの兄貴が、この薬を持っております。どうぞ、一緒に来て下さい」
 八戒は、役人たちを会同館に連れてきた。
 部屋では悟空と悟浄が笑いながら、楽しそうに食事をしていた。
「兄貴、いたずらというものは、その災難が必ず自分に戻ってくるものだぞ。さあ、立札の見張りのお役人を連れてきたから、王様の病気を治す薬をあげてくれ。オレは知らないぞ。今度は、お前が役人から苦しめられる番だ」
「そうか。お役人が来たか。では、玄関へ出て、オレが薬を持っていることを知らせてやろう」
「おい、おい、兄貴、本当か?」
「まあ、黙って見ていろ」
 悟空は玄関へ出ると、四、五人の役人と、位の高い軍人たちが立っている。
 悟空は胸を張って威張った。


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「おほん、あなた方は、立札の見張りのお役人か」
「はい、左様で御座います」
「我々は、東土大唐から天竺に行くためにここまで来た者だが、病に悩んでいる王様が哀れである。病気を治すから、王様をここへ連れてきなさい」
 役人たちは驚いた。国王を連れてこいと言うからには、自信のある、たいへん名高い医者に違いないと思った。揃って頭を下げた。
「はい、国王様は、三年前からご病気で、身体はすっかり衰えて弱り、力も無く、ここまで参ることが出来ません。どうぞ宮中へおいで願えませんか」
「そうか。では、行ってやろう。道筋を掃き清めて、案内せい」
「は、はっ」
 しばらくの後に、悟空は宮中へ上がった。
 国王は話をお聞きになって、たいそう喜ばれた。けれども悟空を見ると、その怪しい顔かたちに、きゃっと声をあげて病室へ逃げ込んでしまった。
「あれは何だ。人間とサルのあいのこのような姿をして、雷の子供に似た顔をしている。あのような化け物に身体を見てもらうのはごめんだ。まことに恐ろしい事だ」
 目を押さえて寝台にうずくまったまま、身震いをして息を弾ませている。ちょうど居合わせた三蔵法師が、悟空をしかりつけた。
「お前は医者の心得も無く、医学の本も読まないくせに、国王様の大病を治すとは、とんでもない話だ。またも、私を苦しめようとするのか?」
「お師匠様はご存じないのです。わたくしは山奥に生まれ、山に育ったので、たくさんの薬草を知っております。また色々な術も心得ております。王様がわたくしの顔を見るのが嫌なら、糸脈を使って脈を見ましょう」
「糸脈を使うとは、どのような事か?」
「金の糸で手首を軽く結びまして、その糸をつぎの部屋から握って、王様の脈を診るのです。お師匠様の名をあげるために、どうぞ、それをやらせて下さい」
 三蔵法師は、糸脈の事を国王に知らせた。
 国王は、ため息をついて頷いた。
「あの変わった顔を見ずに済む事なら、それでやってもらおう」
「では、脈をおはかりいたしましょう」
 悟空は三本の胸毛を三筋の金の糸に変えた。それを扉の間から病室へ通して、国王の右の手首に結んでもらった。そして脈をはかった。
「うーむ、この脈は『双鳥失群(そうちょうしつぐん)』である」
 そばで控えていた役人が尋ねた。
「『双鳥失群』とは、どのようなご病気ですか?」
「仲良しの二羽の鳥が別れ別れになってしまって、互いに相手の身を心配しあっている事だ。国王様のご病気は神経衰弱である」
 病室で、じっとこれを聞いていた国王は、寝台から跳ね起きた。悟空の前へ走り出てきて、膝をそろえて丁寧にお辞儀をした。
「おみそれいたして、まことに申し訳ない。貴方は天下一の名高い医者であろう。どうぞ薬を頼みます」
「よろしい。この町中の薬屋から、薬と名のつくものを三斤ずつ、わたくしの宿へ運ばせなさい。丸薬を作って差し上げよう」
 悟空は偉そうに大手を振って、宮中から帰っていった。会同館の部屋では、八戒と悟浄が心配顔して、壁にもたれている所へ悟空が帰ってきた。
「おう、兄貴。どうした?」
「いま役人たちが、都じゅうの薬屋から薬を集めて持ち込んでくる。お前たちはそれをここへ運び込んでくれ」
 間もなく、薬を積んだ馬力が列を作って会同館へ到着した。八戒たちはぶったまげた。
「すごい薬の山だな。これを飲ませるには何百年もかかってしまうよ。それとも、ここで薬屋でも開店するのか?」
 薬の他に、薬草を振るう金網や、臼や、薬を混ぜたり細かくする乳鉢や、乳棒までも送り込まれてきた。
 部屋は薬の山で足の踏み場もない。
「兄貴、寝るところも無いぞ。どうするんだ?」


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「では、始めようか。まずタデ科の多年草である大黄(だいおう)の根っこを、少し取ってくれ。八戒、お前のつま先に転がっている奴だ」
「これか?」
「それを細かくしてくれ。大黄は、痰を取り除いて、腹の中にたまっている悪い物や熱を取り去るんだ。次に巴豆(はとう)を少し取ってくれ。殻と薄皮を向いて、油気を取り除いてから細かく砕くのだ。これは腹の中を清潔にして、腫れやむくみによく効くんだ。その他の薬はもういらない」
「ええっ、山ほど残っているこの薬はどうするんだ。あんまり大騒ぎをさせるな」
「八戒、黙って大先生の言う通りにしろ。この盃に、半分ほどなべ底の真っ黒な墨を入れてこい」
「へえっ、薬になべ底の墨を入れるのか?」
「『百草霜(ひゃくそうそう)』と言って、墨はどんな病気にでも効くんだ。取って来たら、オレ達の馬の小便を、盃に半分ほど取って来い」
「小便? 馬の?」
「当たり前だ。オレ達の馬は、もとは西海の龍なんだ。龍の小便はたいへんな宝物だ」
 ようやく、色々なものが揃って、丸薬が三つ出来上がった。
「でっかい丸薬だなあ」
「色が真っ黒だぜ」
「二人ともうるさいぞ。カラスのように色が黒いから、薬の名を『烏金丹(うきんたん)』と付けよう」
 烏金丹を王様に差し上げると、長い間の病気が、わずかな間にけろりと治ってしまった。
 王様の喜びも、国民の感激も大変なものである。すぐに宮中で床上げの祝いの大宴会が開かれた。八戒も悟浄も頭から足のつま先まで、せっせと旅のほこりを叩き落して招かれていった。
 王様は元気よく、三蔵法師達にご馳走をすすめながら話し始めた。
「双鳥失群とは、よく病名を判断なさいました。実は今から三年前、ちょうど五月のお節句の日の事でした。私は妃たちと庭の池に船を浮かべて、その中で酒やちまきなどを楽しんでおりました。すると、ふいに嵐のような大風が吹き起こって、空中に一人の魔物が現れました。『オレは麒麟山獬豸洞(きりんざん・がいちどう)に住む賽太歳(さいたいさい)だ。妃をもらっていくぞ』と一声叫んで、妻を奪い去っていきました。私はその時の驚きのために、食べたちまきが腹に止まって身体を壊し、妃はどうしているやら、心配などし続けて、このような病気になってしまいました」
 悟空は話を聞いている内に、胸がわくわくして心が勇み立ってきた。
「王様、その賽太歳という野郎はどこにおりますか?」
「南へ三千里ほど行った山の奥と聞いていますが、三つの魔法の鈴を持っているので、軍隊も近づくことが出来ません」
「魔法の鈴とは、どんな鈴ですか?」
「火を吹く鈴、煙を吐く鈴、砂をまき散らす鈴で、どの一つを身に受けても命は無いと言われています」
「面白い、行ってきましょう。必ずお妃さまをここへお連れ申してきます。だが、わたくしの姿に、お妃さまは驚くでしょう。王様の味方であるという証拠に、お妃さまの形見の品を、何か一つ貸して下さい」
「ご心配はいりません」
 王様は、お妃さまが残していった黄金の腕輪を小箱の中から取り出して、悟空に渡した。
 悟空は雲に乗って、南へ三千里ほど飛んでいくと、獬豸洞の門が見えてきた。辺りの山々を見下ろして、岩山の上に城がそびえ立っている。その隣にひときわ美しい紅色の門が見えている。
「あれが、お妃さまの御殿だろう」
 悟空はハエに身を変えて、御殿の中へ入り込んだ。すると、鹿や狐の化け物たちが、美しい女に成りすまして、お妃さまの両側に並んでいる。お妃さまはその真ん中で青白い顔をして、額に手を当てたまま涙ぐんでいる。ハエになった悟空は、お妃さまの肩に止まってささやいた。
「朱紫国の王様からのお便りを持ってまいりました。お人払いを願います」
 お妃さまは、どこからともなく聞こえてくる声を不思議に思って、とにかくおつきの者たちに、つぎの部屋へ下がるように言い渡した。
 悟空はハエから身を変えて、お妃さまの前に飛び降りた。途端にお妃さまが、がばりっと椅子から立ち上がってしかりつけた。
「無礼者め、下がりなさい」
「ご安心ください。朱紫国から参った使者で御座います。わたくしは東土から天竺へ経を頂きに参る三蔵法師の一番弟子、孫悟空と申します。本日、朱紫国を通りかかりまして、国王様からお妃さまがこの獬豸洞にさらわれておることをお聞きして、お救いに参りました。これが、国王様からお預かりしたお品でございます。どうぞ、お疑いなさらぬように」
 悟空はお妃さまの腕輪を見せた。
「おう、それは、わたくしが朱紫国へ残しておいた腕輪。もしも貴方様がわたくしを国へお返しくだされば、ご恩は一生忘れません」
「魔法の鈴はどこにありますか?」
「いつも賽太歳が腰につけております。それが誠に恐ろしい三つの鈴で、一つ鈴を振った途端に、三百丈の火を吹き上げて、人を焼き殺します。二つ目の鈴は三百丈の煙を吐き出して、人をいぶし殺します。三つ目の鈴は、これも三百丈の砂を飛ばして人の目つぶしを致します。最も恐ろしいのはこの鈴で、砂を一息吸っただけでも、たちまち息が絶えてしまうほどで御座います」
「その三つの鈴を、お妃さまが預かるように仕向けて頂けませんか。例えばその涙をお拭きになって、朗らかな顔を賽太歳に見せて、鈴を渡すようなうまい事をおっしゃってくれませんか」
「そのように致してみましょう」
「私は仙人の術を知っているので、ハエになって隠れております」
 お妃はおつきの女を呼んで、賽太歳に会いたいと伝えた。
 賽太歳は体の大きさ一丈八尺もある大化け物である。腕の太さは大木の幹ほどもあって、頭からは金色の光を放ち、声は雷の轟きに似てものすごい。
 その太歳が、ニコニコ顔をして、お妃さまの部屋に入って来た。
「おう、だいぶ顔色がいいな。何か用か?」
「はい、わたくしは風の便りで聞きました。朱紫国の王は、新しい妃をもらわれたとの事です。わたくしは諦めました。今日から、あなた様の妻になります」
「ややっ、それは有難い。だが、そのような茨のトゲに囲まれた服を着ていては、近寄ることが出来ない」
「はい。この服は、わたくしがここへ参ります時に、わたくしの守り神が身に吸い付けてしまったもので御座います。脱げるようにお祈りいたしますから、二、三日の間お待ちください。あなたは妻を信じて、大切なものをお預けになるお気持ちが御座いますか?」
「あるとも、なんでもお前に預けよう」
「では、三つの鈴をお預けください。そのようなものを持っておられては、恐ろしくて近寄ることが出来ません」
「おう、もっともじゃ。だが、いつも置き場所を決めて、大事に扱ってもらいたい」
 太歳は着物を三枚まくり上げると、腰に付けた三つの鈴を解き外した。綿で鈴の口をしっかり塞ぐと、豹の皮の風呂敷に包んで差し出した。
「粗末にしてくれるなよ」
「はい、お預かりいたします。鈴はいつも、この化粧台の上に乗せておきます」
 間もなく、酒や料理が運ばれて、太歳はお妃さまのお酌で嬉しそうに飲み始めた。
 ハエに変わった悟空は、こっそりと元の姿に変わって鈴を盗み出した。その後へ、胸毛を三本引き抜いて、同じ型の鈴を三つ置き残した。
「どんな鈴か試してみよう」
 悟空は鈴を抱えて庭へ走ると、東屋の椅子に腰かけた。鈴は革ひもで三つ一緒に結ばれていて、真ん中の一つは大きな茶碗ほどもある。他の二つはその両側に下がっていて、湯飲み茶碗より少し小さい。
「大した事はあるまい、いっぺんに栓を引き抜いてみよう」
 悟空は鈴に詰められていた三つの綿をいちどきに引き抜いた。鈴はチリリンと音を立てた。同時にズドドドドドン、ヒュウー、ゴゴゴーと、音と一緒に火と煙と黄色い砂を噴き出した。見る見るうちに、東屋は一面の火の海となった。
「うわあ、これはすさまじい」
 悟空は飛び離れて、大木の陰に逃れた。
「火事だ、火事だ」
 と、城内は大騒ぎになって、太歳はふらふらに酔った足取りで駆けつけてきた。そして悟空を見つけた。
「やっ、貴様は何者だ?」
「朱紫国から、お妃さまを取り返しに来た斉天大聖だ」
「なんだ、天の馬番人か。それっ、四方の門を閉めて、コイツを逃がすな。誰か、妃の居間から鈴を持ってこい」
 手下の一人が走って鈴を抱えてきた。
 太歳はそれを取り上げると、落ち着き払って悟空の前に鈴を突き出した。
「この鈴を振って見せるから、そこ動くな」
「わっはっは。そんな鈴なら、こっちも持ってる」
「ややっ、よく似た鈴だな。だが、鈴は鈴でもそのようなありふれた鈴とは天地の差がある。それっ、驚くな」
 太歳は頭上に高く鈴を振りかざすと、リンと鳴らした。だが、火も、煙も、砂も出ない。
 太歳はうろたえた。リリリンリンと、やたらに鈴を振り回したが、鈴はけたたましく鳴り響くばかりで、目の前には悟空が、にやり、にやりと笑いながら突っ立っている。
「お前の鈴は鳴るだけか。では、今度はオレが振る番だ」
 悟空が気合もろとも、鈴を一振りした。
 いきなり真っ赤な炎、黒い煙、黄色い砂が火山の爆発のように大音響をあげて、太歳を吹き飛ばした。
 太歳は黒焦げになって立木の根元にぶつかると、その死体は年をとった一匹の狼に変わった。


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 悟空は城からお妃さまを連れ出した。
「この風上にいて下さい」
 風下に向けて鈴を振り続けながら走ると、城はゴウゴウと焼け落ちて、手下どもも一人残らず焼け死んで、狐や鹿に変わった。
「お妃さま、もう、ご安心ください。さあわたくしがご案内して、雲に乗って帰りましょう」
 悟空はお妃さまの手を取った。同時に悲鳴を上げて飛びのいた。
「あいた、たた、たた」
「あっ、お許し下さい。わたくしの身体には、守り神のお守りで、毒のあるとげの上着が張り付いているので御座います。賽太歳もどなたも近寄ることが出来ません」
 悟空は庭の隅から、柔らかい草を抜き取って重ねると、一匹の龍を作った。
「それでは、これにまたがって、目を閉じて下さい」
 お妃さまは素直に目を閉じて、その言葉に従った。
 悟空は呪文を唱えた。
 草の龍は、たちまち一匹の龍に変わって、焼け野原となった麒麟山獬豸洞を飛び上がった。ヒュウヒュウと風を切り、雲を分けて、お妃さまと悟空を乗せて、朱紫国へまっすぐに飛び進んだ。
 お妃さまのとげの上着は、激しい風に千切れるほどはためいている内に、やがて雪のように細かく飛び散って、大空へ消えていった。
 その上着の下から、お妃さまの神々しい衣装が現れて、天女が舞うように裾をなびかせながら、龍と一緒に空高く山の影へ消えていった。
 まもなく、朱紫国の山から山へお祝いの花火が轟き、三角の国旗が翻り、町にも里にも、ばんざい、ばんざいの声が、明るく沸き上がった事は言うまでもない。




~つづく~

2020.05.20 青い花の秘密

 今日は久々に短編で、オランダの民話、『青い花の秘密』をお送りします。

 では、さっそくスタート!


青い花の秘密



 むかしむかし、オランダの国に、まだ妖精たちが住んでいた頃、森の樫の木の下に、一軒の猟師の家がありました。その家に、ブンドルキンという可愛い少女がいました。
 ブンドルキンはだんだん大きくなって、輝くばかりに美しい娘になりました。村の若者たちは、ブンドルキンと結婚しようと、てんでに見事な毛皮や宝石など、素晴らしい品物を持ってやって来ましたが、ブンドルキンは誰にも承知をしませんでした。
 ある時も、
「自分は糸吐き頭です」
 という、まるで蜘蛛のような気味の悪い顔をした男がやって来て、ブンドルキンに、
「どうぞ、私のお嫁さんになって下さい。そうしたらあなたに、毛皮や宝石なんかより、もっともっと大切な事を教えてあげますから……」
 と、一生懸命頼みました。
 けれどもブンドルキンのお母さんは、この男の顔があまりにも変なので、
「あなたに娘はやれません。さっさと帰って下さい」
 と、乱暴な言葉で追い返してしまいました。
 それからというもの、ブンドルキンに結婚を申し込みにやって来るものは、ばったりといなくなってしまいました。
 その内、ある日、ブンドルキン一人が家で留守番をしていると、家のすぐ横にある樫の木の葉が、風も無いのにしきりにザワザワと音を立てました。
(あらっ、変だわ……)
 ブンドルキンは不思議に思って、木のざわめきに聞き入っていると、その木の葉の音は、やがて人の声になって聞こえてきたのです。
「この前お宅へ伺った糸吐き頭という男は、実を言うと蜘蛛なのです。けれども、今度あの男があなたの所へ行ったら、あの男のいう事をよく聞いた方がいいのです。あの男は、この世で一番賢い男ですから、未来のことまで知り通していて、あなたに不思議な事を教えてくれますよ」
 そう言ったかと思うと、また、元の通りに静まり返ってしまいました。
 ブンドルキンが驚いていると、一匹の蜘蛛が木の枝からすうっと下がってきて、ブンドルキンの側にあった棒の上にとまりました。
「今、木の葉が言っていたのはあなたの事なのね。それで、どんな事を教えて下さるのです」
 ブンドルキンがさっそく尋ねると、
「お教えする前に、お願いがあります。この前もお頼みしたように、どうか私のお嫁さんになって下さい。でも、今すぐにというのではありません。今はあなたのお部屋に巣をかける事を許して頂いて、いつもあなたのお顔が見えるところにいられれば、それでいいのです。そうしたら、私は底に住み込んで、あなたに色々良い事をして差し上げます」
 と答えました。
「巣をかけるぐらいでしたら構いませんわ。あなたの思い通りになさって下さい」
 ブンドルキンがそう言ったとたん、急に激しい嵐が吹き付けて、樫の大木を吹き倒したかと思うと、その後に御殿のように立派な一軒の家が現れました。この家には、美しい花園が付いていました。
「まあ、素敵!」
 ブンドルキンが喜んで花園を歩いていると、今まで見た事も無い青い花が咲いているのを見つけました。
 そこへ蜘蛛が来て、
「さあ、ブンドルキンさん、この家の部屋の中で、あなたが一番いいと思う所を、自分の部屋にお使いください。そして、私がどこへ巣をかけたらいいか決めて下さい。私がそこに住んでから、百日の間、私に親切にして下さったら、あの青い花の秘密を教えてあげます」
 と言いました。
 ブンドルキンは言われた通り、自分の気に入った部屋を選んでから、
「あなたの巣はどこがいいかしら……。そうね、あそこが一番良さそうですわ」
 と、日当たりのよい窓の側の、天井の隅を指さしながら蜘蛛に言いました。
 蜘蛛は嬉しそうに、さっそく身体から真っ白い糸を繰り出して、巣を作り始めました。
(なんて綺麗なのでしょう。まるで絹糸のようだわ)
 ブンドルキンは不思議そうに、それをいつまでもいつまでも飽きずに眺めていました。


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 そのうちに日が暮れてきました。ブンドルキンは寝床が無いのに気が付いて、
(あら、困った、どうしたらいいかしら……)
 と考えていると、蜘蛛にはすぐそれが分かったらしく、
「私が今、素晴らしい寝床を作ってあげましょう」
 と言ったかと思うと、ふわふわと柔らかい毛皮が現れて、床をすっかり覆いました。
 ブンドルキンは目をみはって驚きましたが、しばらくして毛皮の上に横になり、いつの間にか気持ちよさそうに眠ってしまいました。
 その夜、ブンドルキンは夢を見ました。自分が身に着けていた、重くて厚ぼったいけものの毛皮が自然に脱げ落ちて、いつの間にか薄くて柔らかな、真っ白い布の服を着ていたというような夢でした。
(何と着心地の良い服でしょう……。まるで露に濡れて銀色に光っている蜘蛛の巣みたい!)
 と、ブンドルキンは夢の中で思いました。
 こうして、一日、一日と過ぎていくうち、ブンドルキンと蜘蛛は、仲の良い友達になりました。ブンドルキンは、蜘蛛が教えると言った青い花の秘密を早く知りたくてたまりませんでしたが、
(いくら友達になったからと言って、約束の百日が経たない内にそんな事を聞いたら、蜘蛛さんはきっと怒るに違いない)
 と思って、じっと我慢をしていました。
 夏が過ぎて、木の葉がパラパラと散る秋になりました。
 ある日、ブンドルキンは庭を散歩しながら青い花の咲いている所へ行ってみると、花は散ってしまって、茎だけが固く真っ黒になって残っていました。それを見たブンドルキンは、
(おやおや、すっかり枯れてしまって……。こんなつまらない物の中に、秘密なんかがあるのかしら……)
 と、なんだかとても悲しい気持ちになってしまいました。
 ところがその時、突然大嵐が吹き付けて、辺りが見えなくなるほど木の葉を吹き散らしました。ブンドルキンはびっくりして目をつぶり、そこに立ったままでいました。でも、じきに風はやんで、元通り静かになったので、ブンドルキンは目を開きました。
 と、どうでしょう。自分のすぐそばに、たいそう美しい一人の若者が立っていたのです。若者は、ずっと前、ブンドルキンが夢で見たような、柔らかで真っ白な薄い布の服を身に着けていました。
「私は、前に蜘蛛だった糸吐き頭です。あなたが約束通り、百日の間親切にして下さったので、私にかけられていた魔法がとけて、元の身体になることが出来ました。本当に有難う御座いました。お礼に、これをあなたにお贈りします。これは、あの青い花の茎ですよ」
 若者はそう言って、真っ黒な茎を差し出しました。
 ブンドルキンは、ただもう驚いて、若者の顔をじっと見つめていましたが、心の中で、
(なんて綺麗な方でしょう! でも、贈り物にこんな汚らしい茎をくれるなんて随分変な人……)
 と思い、すこしがっかりしました。
 すると若者はニコニコして、
「その茎の中に、素晴らしい秘密が入っているのです。さあ茎を割ってご覧なさい」
 と言いました。
 ブンドルキンは不思議に思いながら、そっと茎を二つに割ってみると、中には雪のように真っ白な、とても長い繊維があったのです。
「まあ、こんなきれいな繊維が……」
 ブンドルキンが、目を輝かせて繊維を引き出すと、若者もいかにも嬉しそうに、
「それで、秘密がわかったでしょう。それから、その茎には種が付いていますから、種を取って地にお蒔きなさい。そうすれば、また芽を出して、やがて辺り一面に青い花が咲きます。花が散ってしまったら、茎を集めて、今のように中から繊維を取り出し、それで布地を織りなさい」
 と教えました。
 それからブンドルキンが持っていた真っ白い繊維を受け取り、さっと一振りしたかと思うと、目の覚めるような美しい服に変わりました。
 それはリンネルの服だったのです。
 若者はその服をブンドルキンに渡しながら、
「ブンドルキンさん、どうぞ私のお嫁さんになって下さい。そして、これをあなたの婚礼衣装にして下さい」
 と言いました。ブンドルキンは恥ずかしそうに、その服を受け取りました。
 間もなく二人は結婚しました。そして、美しい繊維の採れる青い花の種をたくさん畑に蒔いたので、それからは、オランダにリンネルの布地が出来るようになりました。




~おしまい~

 今日で、『トールの神話』も最終回です。


 次回からは、また違った物を用意しようと思っています。

 それでは、さっそくスタート!


 いたずら好きのロキの神は、もう一度タカになって大空を飛んでみたくなった。
「それでは、本当にもう一度だけですよ」
 フライアの女神は、宝物のタカの羽をロキに貸した。
 ロキはタカになって大空へ飛び立った。花嫁姿のトールを乗せて、巨人の国へ行った事を思い出した。
「そうだ。巨人の国へ行って、ひとつからかってやろう」
 よせばよいのに、いたずら好きのロキは、巨人の国へ、巨人の国へと飛んで行った。緑の大草原に囲まれた高い山の上に、立派なお城があった。ロキはその城の屋根の上に舞い降りた。
「おう、見事なタカだ! 誰か行って、あのタカを捕まえて参れ」
 城の王様ガイルロッドが大声で叫んだ。鷹捕りの名人と言われている一人の巨人が、するするっと城を上り出した。
 これを見たロキが、飛び上がって喜んだ。わざとその巨人の側に飛んで行っては、するりっと身をひるがえして、ばさっと逃げた。その度に、巨人の顔が赤くなったり青くなったりした。もし、捕まえることが出来なかったら、気の荒いガイルロッド王の鋭い剣が飛んでくるのに違いない。
 鷹捕りの名人は真剣になった。
 ひらりと逃げようとするタカの太い足を、ガッチリとつかんだ。


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 バタバタと物凄い羽音が立った。ロキは必死に逃げようとした。だが、どうにもならなかった。
「偉いぞ! さすがは鷹捕りの名人だ」
 バタバタ暴れているタカをじっと見つめていたガイルロッド王は、ふと、トールに殺された兄のトリム王の事を思い出した。
(そうだ! あの時のタカだ……)
 ガイルロッド王は、辺りがビリビリッと震えるぐらい大きな声で怒鳴った。
「お前は誰だ! 姿を見せろ!」
 ロキは硬く目をつぶって、ぐっとこらえていた。今にきっと逃げるチャンスがある!
「よしっ、逃げられるものなら逃げてみろ!」
 ガイルロッド王は、タカを鉄のかごの中に入れてしまった。
「ああ、もう、駄目だ……」
 ロキはがっかりしてしまった。それでも逃げるチャンスを狙った。ところが、ひと月経ってもふた月経っても食べ物さえくれないのだ。
 悪戯好きで、元気もののロキも、これにはすっかり参ってしまった。
「どうしたら許してくれるのだ」
 と、ついに声をかけてしまった。
「そうだ、いかにもわしは神々の国の者だ。ロキの神だ」
 と、今にも泣き出しそうな声で言った。
「お前がロキの神か。なかなかの知恵者と聞いているが、わしの言う事を聞いたら許してやろう」
 ガイルロッド王は、いかにもずるそうな顔をして言った。
「どんな注文だい」
 ロキの神は、もう真剣だ。
「トールと会いたいのだ。神々の国の英雄の顔を見たいのだ。ただし、あの恐ろしい刀と、手にはめているという魔法の手袋と、不思議な力の出る帯を身につけさせないで連れてきてもらいたいのだ」
 ロキはびっくりした。
「そ、それは無理だ」
 ロキは、トールの身に危険を感じた。
「ロキ、何を考えているのだ。わしはトリムのような目に遭いたくないからな。何も、喧嘩をしようと言うのではない。ただ、あの三つが恐ろしいだけなのだ」
「すると、仲良く酒でも飲もうと言うのかい?」
「そう、そうだとも! さすがは神々の国の知恵者だ」
 褒められると、すぐいい気になるロキだ。
「よし、きっと三つの宝を置いて連れてくるよ!」
 と、嬉しそうに叫んだ。
「よろしい、では、神々の国へ飛んでいけ!」
 鉄の扉がさっと開けられた。
 ロキは素早く大空へ飛び立った。
 だが、何も食べていないので、思うように飛べない。ふらふら飛びながら、やっと神々の国にたどり着いた。
 タカの羽をフライアの女神に返すと、元のロキになって、トールの所へ行った。
「どうした、ロキ! しばらく顔を見なかったが、どこへ行っていたのだ」
 ロキの顔を見ると、トールは嬉しそうに叫んだ。
「実は……フライアの女神には内緒だよ。タカの羽を借りて、巨人の国へ遊びに行ったのだ」
「えっ、巨人の国へ?」
「ガイルロッドの城だ」
 そう言ったロキは、いかにも楽しそうに話しだした。
「いや、本当だ。あんないい巨人は初めてだ。そのガイルロッド王が、是非お前に会いたいというのだ」
 ロキは、なおも楽しそうに喋り続けた。
「そうか。そんなに、わしと会いたがっているのか」
 しばらく考えていたトールは、
「よしっ、行こう! その代わり、お前も一緒だぞ」
 と言った。ロキはびっくりした。
「えっ!」
「嫌か。嫌なら、わしもやめる」
「行く、行くよ。行けばいいんだろう」
 トールはさっそく旅の支度をした。力帯を締め、鉄の手袋を持った。
「トール、駄目だよ! そんなものを持って行くと、喧嘩に来たと思われるだろう。ほら、トリムの事で、巨人たちは酷く怖がっているんだ。第一、お前ほどの者が、そんなものが無くては、巨人の前に行けないのかい」
 ロキにそう言われて、トールはなるほどと思った。そこで、三つの宝を置いて旅に出た。
 お供は、ロキとトールの家来になった百姓のせがれ、少年チアルフであった。
 巨人の国との境に近づいた時、日が暮れた。そこでフイダルの神の城に泊まることにした。
 みんなが寝静まった頃、フイダルの神のお母さんが、トールの側にやって来た。
「トール、お前さんは、見たところ丸腰だが、それは危険だよ。ガイルロッド王は、お前に殺されたトリム王の弟なんだよ」
「えっ、本当ですか?」
「ロキは知らないんだよ。だから、油断はできないよ。さあ、これを持っておゆき。力帯は、肌にじかに締めると見えないだろう。それからこの杖は、お前のミヨルニルと少しも変らぬほど、役に立つよ」
 トールはしわだらけの顔をじっと見つめた。
「有難う!」
 フイダルの神の母、グリッドは、ニコッと笑うと立ち去っていった。
 もちろん、ぐっすり寝込んでいるロキは、知るはずがなかった。
 朝が来ると、巨人の国へ出発した。
 まもなく、フィメルという大きな川にぶつかった。
「きれいな水だな」
 と、チアルフが言った。
「流れも静かだし、それほど深そうでも無いし……よしっ、歩いて渡ろう!」
 ロキが真っ先に水の中へ入って行った。
「油断をするな! この川は、巨人の国の川だぞ」
 三人が川の中ごろに差し掛かった時だ。
 ふいに、水かさが増して、流れが速くなった。
「あっ、危ない! チアルフ、わしにつかまるんだ」
 真っ先にしがみついたのはロキだ。
 トールは魔法の杖を突き立てて、ぐっと川上を見た。
 川は幅が急に狭くなって、両岸に足をかけて立っている若い女がいた。ガイルロッド王の娘ギアルプだった。
 トールは素早く足元の岩をつかむや、
「えーい!」
 と娘をめがけて投げつけた。娘はびっくりして風のように消えてしまった。
 川は、もとのように穏やかな清流となった。
 川を渡り、ガイルロッド王の城に着いた。
 ロキの足は、がくがく震えていた。
 三人は、すぐ大きな部屋に案内された。
「綺麗な部屋だな!」
 チアルフが、目を丸くして叫んだ。
 ところが、ロキは不思議そうに首をかしげていた。
「窓も無い、真四角な部屋……。それに、真ん中に椅子が一つ、ぽつんと置いてあるだけだ」
 その椅子には、ぴかぴか光るきれがかかっている。その上に、柔らかそうな布団が置いてある。
「これは有難い」
 そう言って、トールがその椅子に腰を下ろした途端、椅子がむくむくと動き出して、あっと言う間に空中へ飛びあがった。天井は大理石だ。
「あっ、危ない!」
 思わず叫んだチアルフの声が、部屋の中に響いた。
 ロキは、飛び上がった椅子の下から出ていた二人の娘の顔を見ていた。耳まで裂けた真っ赤な口が火を吹いていた。


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 だが、チアルフは天井の方を見つめていた。大切な主人トールが、潰される。
「ああ……」
 と、思わず叫んでいた。が、飛び上がった椅子が急にドスン! と落ちてきた。トールが魔法の杖で天井を突いたからだ。
 ギャッ――
 ギャッ――
 ガイルロッド王の娘ギアルプとグライプは押しつぶされて死んでいた。
 そこに、ガイルロッド王が現れた。
「よくもやったな! 娘と兄の仇だ!」
 巨人ガイルロッドは、真っ黒な髪を逆立てて、トールをにらみつけた。
 トン、と足を鳴らすと、足の下から鉄の釜が飛び出してきた。中に、真っ赤に焼けた鉄の塊が不気味な光を放っていた。
 何をするのか?
 ロキは真っ青な顔をして、後ろの壁にピタッとくっついていた。歯がカチカチと鳴っている。
 トールは素早く鉄の手袋をはめた。
 と同時に、
 ウオー――
 と、ものすごい気合が響いた。
 そのトールをめがけて、真っ赤に焼けた鉄の塊が飛んできた。
「あ……」
 ロキは気を失いかけた。
 はっと気が付くと、その火の塊が、トールの手からガイルロッド王へ――突き刺さるように飛んでいた。
 にこっと笑っていたガイルロッド王が、崩れるようにその場に倒れた。
 声も聞こえなかった。
 叫び声も、何も聞こえなかった。
 ロキは、目を激しく瞬いた。
「ロキ、お前が言う通り、本当に面白かったぞ! さあ、チアルフ、帰ろう」
 そう言って、トールが初めてニコッと笑った。
「ま、待ってくれ! これは、一体どうなっているんだい?」
 ロキは慌てて、倒れているガイルロッド王の側に飛んできた。見ると、巨人ガイルロッド王の厚い胸に、ぽっかりと大きな穴が空いていた。
「すごかったなあ。ガイルロッドは、真っ赤に焼けた鉄の塊を、トールの神目がけて投げたんだ」
「チアルフ、ちょっと待ってくれ! 何を投げたんだい? オレにはよく分からなかったのだ」
「黒い、火を挟むようなものだったよ。そしたらトールの神が、それを受け取って投げ返したのさ」
 少年チアルフは、しっかりと見ていたのだ。
「偉いぞ、チアルフ!」
 と、トールが言った時、ロキがまたふいに慌てて叫んだ。
「ト、トール! 石に、石になった。ガイルロッドが、石になったぞ!」
 トールもチアルフも、不思議な不思議な事を見た。倒れていた巨人が、石に変わっていたのだ。
 トールは、ガイルロッドの倒れていたままの形をした石に手をかけた。
「トール、ど、どうするんだ!」
「丘に立ててやるのさ」
 石を担いだトールは、小高い丘の上へ歩いて行った。




~おしまい~

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』に、小説版『ファイクエII』の最終回を掲載しています。


 因みに今、『トールの神話』シリーズを連載しているのも、ファンタジー系でRPGと親和性が高いかな、と思ったからだったり。


 ところで先日新しいモバイルルーターを契約して、今まで使ってたのを今日、解約したんですが、勘違いしててまだ二年ちょっとしか使ってませんでした。

 おかげで解約料やら諸々併せて一万三千円ほど支払う事に……ナンテコッタ

 ……今度はちゃんと、どれ位の期間使ったのか覚えておこう。


 さて、本文は今日も『トールの神話』の続きです。

 では、さっそくスタート!


 ある朝、トールが目を覚ますと、大切な刀が無くなっていた。
「マグニでも、持って行ったのか」
 と、シフの女神に訊いた。
「いいえ」
 見ると、マグニは物凄いいびきをかいて、まだ寝ていた。
 どこを探しても、ミヨルニルは見つからなかった。トールの顔が次第に激しくなってきた。
 そこに、いたずらの神、ロキがひょっこりとやって来た。
「お前だな! ミヨルニルを隠して喜んでいるのは……」
 不意に胸ぐらをつかまれて、ロキの神は目が飛び出しそうになった。
「く、く、苦しい、は、放してくれ! 違う、オレじゃない。ほ、本当だ」
 その真剣な顔を見て、トールは手を離した。
「良かった。もし、この事が巨人の国に知れたら、どっと攻めてくるだろう」
「心配するな。きっとどこかにあるさ。そうだ。あの美しいフライアの女神が、タカの羽を貸してくれたら、必ず捜し出してみせるよ!」
 ロキが力を込めて叫んだ。
「そうか、よし! では早速フライアの女神の所へ行こう!」
 二人は、すぐフライアの女神のもとへ飛んで行った。神々の国が危ないと思った女神は、喜んでタカの羽を貸してくれた。
 その羽を付けると、ロキは見事なタカになって大空へはばたいた。
 グリオッツガルドの大草原に流れるイフイング川を越えると、巨人国の荒野が続いた。岩だらけの丘の上に建っているトリムの城が見えてきた。
 その城の庭から、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「王様、たいそうご機嫌がよろしいですが、何か素晴らしい事でもあったのですか」
 空の上から、ロキは声をかけた。
「おう、タカか! そうとも、見事な刀を盗んできたのさ」
「見事な刀……。それはトールの刀でしょう。神々の国では、大変な騒ぎですよ」
「そうか! それはいいぞ」
 トリム王はガボガボと音を立てて笑い出した。
「しかし、王様……あんな刀を盗んだって、楽しくないでしょう。それよりも、あの美しいフライアの女神と取り換えたらどうです」
 ガボガボと笑っていたトリム王の顔が、鉄のように固くなった。
「なるほど! お前はかなり利口なタカだな。よし、そうしよう! フライアをオレの嫁さんにくれるなら、刀は返してやるとトールに伝えてくれ。ガボ、ガボ、ガボ……」
 しめた、とばかりに、ロキは神々の国をめがけて空を切って飛んだ。
「えっ! まさか、そんなことが出来るものか」
 話を聞いたトールは、顔色を変えた。
 喜んだのは、いたずら好きのロキだ。
(よし、今度はあの美しい女神を困らせてやろう)
 二人はフライアの女神の所へ行った。思った通り、フライアは怒り出した。
「私は死んでも行きません!」
 トールはがっかりした。
 だが、ロキの顔は明るい。
 その顔を見ると、ロキが何かをたくらんでいることが分かる。
 しかし、それに気づくトールではなかった。握りしめた拳を激しく振るわせて、歯をかみしめていた。
「トール、そんなに怒ると身体に悪いぞ。考えても考えてもどうにもならない時にはどうするのだ」
 トールはロキの顔を見た。その時初めて、平気な顔をしているロキを知った。
「考えが無くなった時は、考えの神のもとへ行く」
「そうだ、それでいいんだ」
「そうか、考えの神ハイムダルの所へ行こう!」
 トールとロキは、大きなタカに化けたフライアの女神の背中にまたがると、ハイムダルの所へ飛んだ。そこにはすでに神々が集まっていた。
「騒ぐことは無い。フライアの女神をやれば、それですべては平和に収まるのだ」
 フライアの女神が、わっと泣き出した。
「何故泣くのだ! わしはお前さんをあの醜い男のもとへやるとは言っていないぞ」
「えっ!」
 と驚く声が上がった。
「と、言うと?」
 トールが叫んだ。
「お前が行くんだ」
 また、騒がしくなった。
「ハイムダル、はっきり言ってくれ! それは、どういう事だ」
 トールは真剣だ。
「お前さんが花嫁になるのさ」
 神々がどっと笑った。が、すぐ、見事な作戦に感心した。
「良いか、トール。彼らは必ず、刀で花嫁を清める……その時だ!」
 トールの目がキラッと光った。
 さっそく、トールの花嫁支度にかかった。
 ロキはタカになって、トリムの城へ飛んで行った。
「そうか、フライアの女神が来るか。ガボ、ガボ、ガボ……」
 トリム王は、子供のようにはしゃぎまわった。
「では、さっそくお連れしてまいります」
 ロキのタカは、再び神々の国へ帰っていった。
 神々の国の勇士、トールの花嫁姿! 考えただけでも、ロキは楽しくて、楽しくてたまらなかった。
 その花嫁の姿を見た途端、ロキはぷっと噴き出してしまった。
「いや、これはすごい!」
 と言うと、げらげらと笑い出した。その内、笑いながら転がり出した。
 花嫁の頭が、たくましい神々の上にぬっと出ている。
「ロキ、静かにしろっ! 相手は巨人だ。ちょうどいいんだ」
 火の神が、真っ赤な顔をして怒った。
「では、成功を祈るぞ」
 考えの神が、花嫁の大きな手をぎゅっと握った。
「さあ、花嫁さん、背中に乗って下さい」
 大きなタカに化けたロキは、鋭い目をトールに向けた。トールはしっかりと、タカの首にまたがった。
 風の神が、さっと風を吹き上げた。
 花嫁を乗せたタカは、大空へ飛び立った。
 トリムの城へ――
 トリムの城へ――


Tors-myth-11.JPG


 イフイング川の上に来た時、トールは自分の姿を鏡のような水面に見た。ウハハハハハと思わず笑いだしてしまった。
「トール、静かに! 巨人に見つかったらどうなるんだ」
 トールは慌てて口を押さえた。
「あっ、トリムの城だ」
 丘や城の庭で、巨人断ちが嬉しそうに手を振っている。
 城の真上を三回回ったロキのタカは、すうっと庭に向かって舞い降りた。
「おう、フライア!」
 トリム王は胸を震わせて花嫁を見た。
「これは立派な花嫁だ」
 トリムはお祝いの大広間にズシンズシンと歩いて行った。そこにはご馳走が山のように積んであった。
「さあ、みんな、思い切り食べろ! 飲め! 倒れるまで飲め!」
 酒好きのトールののどが、ゴクリ、ゴクリ! と鳴った。トリムが不思議そうに見た。
「空をかけて来たので、喉が渇いているのです」
 花嫁の横にいるタカが言った。
「そうか。さあ、お前も飲め! お腹が空いただろう。食べろ、食べろ、ガボ、ガボ、ガボ……」
 トールはお腹がグウグウ鳴り出したので、目の前にある大きな牛の丸焼きをぐっとつかんで、むしゃむしゃと食べだした。ゴクンゴクンと酒を飲み出した。
「これはすごい! トリム王のお妃にもってこいだ!」
 巨人たちは、どっと声を上げて喜んだ。
 ロキは冷や冷やして、足が震え出した。
「そうだ、誰か、あの刀を持ってこい! 花嫁を清めるのだ!」
 不思議な刀、ミヨルニルが運ばれてきた。トールの目が、ぎらっと光った。
「刀を抜け。そして、花嫁の前に置くんだ」
 トリム王の命令で、一人の家来がミヨルニルを花嫁の膝の上に置いた。
 と、同時に、花嫁の太い腕がぬっと伸びた。
「あっ!」
 と叫んだトリム王の首が真っ先にすっ飛んだ。
 フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク地方に、『トリムのクイダ』という歌が残っている。
 飛び上がって喜んだロキのように、人々は今も、その歌を歌って楽しそうに手を叩いている。



  乙女を清める剣をもて
  乙女の膝に剣を置け
  われら しかと手を取りて 誓わん!
  いざ トール
  ロールの胸は微笑む
  膝の剣が置かるるや
  トリムの王の首をはね
  群がる巨人をなぎ倒す!
  おう トール! トール!




~つづく~

 タカトミモールの方で、GSゴッドネプチューンが予約開始されましたね。まあ、webコミック内でハーフシェルがGSタートラー型にアップグレードされてた時点で近い内に出るだろうとは思ってましたが……。

 私もさっそくポチってきました。


 しかし、まさかスキュウレはテンタキルをさらにリデコするとは……。

 ロブクロウ型が削除された代わりなんでしょうけども、それにしても豪華ですよね。


 ウェブコミックの各“色”の世界のTFは、また選択がマニアックと言うか……。(^ ^;)

 紫のコンボイは元がSGオプティマスだけに、やっぱり悪役でしたが、紫の世界はレーザーウェーブ(ショックウェーブ)ばかりだったのが何となく笑えました(笑)。それを言えば緑の世界もバルクヘッドばっかり(ATアイアンハイドやスパリンスプラング含む)でしたけど。


 さて、今日はアメブロの方も更新しました。

 トールとは関係ないですが、やっぱり北欧神話関係で幻想生物百科の記事です。 


 こちらでは、トールの神話の続きと行きます。

 では、さっそくスタート!


 その頃、朝の太陽を浴びて、神々の王オーディンは馬にまたがって空を飛び回っていた。
 翼のある白馬スレイプニルは、勢いよく神々の国から、巨人の国の上空に飛び出していた。
 すると目の前に、真っ黒な馬に乗った髭だらけの巨人が現れた。
「お前は誰だ!」
 と叫んで、巨人は太い手綱をぐっと引いた。金色のたてがみがキラキラと輝いた。
「私は神々の王、オーディンだ」
 巨人はオーディンの顔を見ようともしないで、白馬スレイプニルをじいっと見つめていた。
「いい馬だ! うむ、素晴らしい」
 これを聞いたオーディンの大神は胸をそらした。
「どうだ、これに並ぶ馬は無いだろう」
「なにっ!」
 巨人がぎょろっと大神を見た。
「そうかな……。わしのこのグルファクシに勝てるかな」
 笑っていたオーディンの顔色がさっと変わった。
「よし、では、追いつけるか来てみろ!」
 ヒュッと風が鳴った。
 白馬スレイプニルは雲を蹴った。後に続くグルファクシ!
 空を蹴って蹴って蹴り続けたので、朝の空がお昼に、昼の空が早くも夕焼けに染まってきた。
 はっと馬を止めた巨人は、びっくりして辺りを見た。いつの間にか神々の国の都に来ていた。
「しまった!」
 と叫んだが既に遅かった。周りを火の神、風の神、雲の神、雨の神などがぐるりと取り囲んでいた。
 巨人は神々の怒りに触れて、殺されると思った。盾も刀も無い。
「心配はいらぬ。君は大神の友達ではないか」
 風の神が優しく言った。
「そうだ、何を勘違いしているのだ。さあ、一緒に酒でも飲もう。喉が渇いただろう」
 神々の案内で、巨人は城の中へ入って行った。
「これは有難い」
 酒をなみなみとついだ大きな壺を両手で持つと、ゴクンゴクンと音を立てて一気に飲み干してしまった。
「やあ、美味かった! わしは巨人の国の勇士フルングニルと申す……。フルングニルとは、永遠の若者と言うのじゃ」
 と言っては、また大きな壺の酒をぐっと飲みほした。
 その大きな壺を、じっと見ている者がいた。トールの帰りを待っている、シフの女神であった。
「あの壺は、トールが大切にしている物……。もし、壊しでもしたら、それこそ……」
 巨人が壺をドシンと置くたびに、シフはいつの間にか前へ前へ身体を乗り出していた。
 七杯目の酒を飲みかけていたフルングニルの口と手がふいに止まった。大きな目が、真正面に向いたままになった。神々は、思わず後ろを振り返った。
「あ、シフだ!」
 神々は初めて、巨人が両手に持っている壺に気が付いた。いや、それ以上に恐ろしい事に気が付いた。巨人の目が怪しく燃えだしたのだ。
「わしは、金の髪が大好きだ。わしの名馬グルファクシに勝る、素晴らしい髪だ」
 そう言いながら巨人はシフに近づいて行った。
「やめなさい! 悪ふざけはいけない」
 雲の神が間に入ったが、フルングニルは雲をかき分けてシフに近づいた。
「グルファクシ! 帰るぞ……素晴らしい土産を抱えて帰るのだ!」
 シフは、逃げようとしたが足が動かなかった。
 巨人の手がシフの身体に触れようとした。きゃーっと、シフの悲鳴が上がった。
 その時だ。
「あっ、トールだ! トールの神が帰ってきたぞ……」
 と、どっと声が上がった。
 大広間に姿を表したトールは火のように怒り出した。真っ赤な髪と顎髭がピンと立って、火花が噴水のようにほとばしった。
 さすがの巨人もびっくりして、足がすくんでしまった。
「待て! トール、気を静めろ! 平和の城に血を流すな!」
 火の神の鋭い声に、トールは刀から手を離した。
「お前がトールか! 戦うなら、堂々と戦いたいものだ。わしはこの通り丸腰だぞ」
 巨人の前に、雨の神が立った。
「トール、この方は大神の友達としてお招きしたのだ、気を静めろ!」
 シュシュシュと激しい音を立てていたトールの全身から、火花が消えていった。
「よし、それでは堂々と戦おう! 場所と、時を決めろ!」
「よかろう! 場所は巨人の国と神々の国の境のグリオッツガルド! 時は明日の夜明けだ!」
 金のたてがみを風になびかしているグルファクシに飛び乗るや、巨人フルングニルは夜風に乗った。そして、あっと言う間に星空に消えていった。その後姿を見つめていたトールの神は、夜明けが待ち遠しくてまたらなかった。


 夜明けが近づいた。
 静かだ。
 神々の国と、巨人の国の境、グリオッツガルドの草原に立つ二つの影!
 巨大な影と、それを見上げるように立っている影が、美しい朝焼けの前にくっきりと浮き出ているように見える。
 巨人は左手で大きな盾を構え、右手に太い意志の棒を握っている。
 トールは鉄の手袋をはめ、不思議な刀を握り締めている。


Tors-myth-9.JPG


 じりっ、じりっと、二つの影が寄った。
「えい!」
 と叫んだトールの声が、ばりばりっと天を引き裂いたかのように聞こえた。
 巨人のフルングニルははっと、思わず上を見た。その時、ぐる、ぐるっと回していたトールの刀が、ビュンと飛んできた。それは、あっと言う間の事であった。
 巨人は石の棒で、飛んできた刀を受け止めた。
 が、太い石の棒は木っ端みじんに砕けて飛び散った。不思議な刀ミヨルニルは、空中でくるっと一回転して、矢のように巨人の頭をめがけて突き刺さっていった。


 ガオ! グオ! グオ!


 同時に二つの物凄い声が大空を震わした。
 ギャーッ――と叫んだのは、トールの声だ。
 木っ端みじんに砕けた石の雨が、トールの頭にばらばらっと落ちてきた。その中でも特に大きな一つの石が、トールの頭の後ろに強く当たったのだ。
 トールはそのまま気が遠くなっていった。きらっと光を跳ね返しながら飛んで行ったミヨルニルが、巨人の頭にぐさっと突き刺さったのを、トールははっきりと見た。真っ赤な血がパッと四方へ飛び散ったのも見た。が、その全てがかすんで、その中に自分が小さく小さく溶け込んでいくような気がした。
 トールはドシンと倒れた。
 倒れたトールの首の上に、巨人の巨大な片足がどんと落ちてきた。
「勝った、トールが勝ったぞ!」
 雲のふちから顔を出して見ていた神々が駆け寄ってきた。だが、首の上に乗っている巨大な足を、どうしてもどかすことが出来なかった。
「みんなで力を合わせろ!」
 それでも動かなかった。
 そこに、三つになる息子のマグニの手を引いてシフの女神が飛んできた。
「まあ……」
 シフは今にも泣きだしそうな顔をした。その時、母の手から離れたマグニが、ドシンドシンと父親の側へ近づいて行った。
 気を失って倒れているトールの顔を、しばらく見ていたが、にこっと笑った。
 そして、巨人の片足に手をかけたかと思うと、えいっ! と跳ねのけてしまった。
「おっ……」
 神々の驚く声が、どっとあがった。その声に、トールが目を開けた。




~つづく~

 戦の支度をしていた神々の国に、再び平和が訪れた。
「そうだ、お前が無事に帰って来たらお祝いをしたいと、海の神イーギルが行っていたぞ」
 と、一人の神様がトールに言った。
「そうか、ではさっそく、イーギルの城へ出かけよう」
 神々はわいわい騒ぎながら、海の底へ降りて行った。
「おう、よく来てくれた」
 イーギルの神は喜んで神々を迎えた。ところが酒を飲み出すと、神々は急に不機嫌になった。
「どうも、こんな小さな貝の盃では酒がまずいな」
「そうだ。もっと大きな器は無いのか」
 その話し声を耳にしたイーギルの神が、
「いや、悪い悪い! 食べる物はいくらでもうまい物はあるが、確かに、その小さな貝ではまずいな」
 と言った。
「では、どこからか大きな器を手に入れてきたらどうだ」
 頑固者のトールがすぐ叫んだ。
「しかし、どこから……と言っても」
 海の神イーギルは、いかにも困ったような顔をした。すると、チルという神様が、
「そうだ」
 と、不意に大きな声を出した。
「私の親父の家に素晴らしい大きな釜があるんだ」
 チルの神は目を輝かせて、さらにしゃべり続けた。
「それは素晴らしい大釜だ。親父は釜を集めるのが好きで、見事な釜がいっぱいある。だが、その大釜は深さが一キロもあるのだ」
 一キロと聞いて、トールの顔色が変わった。
「お前の家は、確かエリファガル川の近くだったな」
「そうだ。エリファガル川の東の、地と天の境だ。だが、親父のヒメルが問題だ」
「知っている。千人力で気が荒いと聞いている」
「他の釜なら、きっと分けてくれるだろう」
「いや、わしはその大釜が欲しくなった。チル、行こう! 必ず親父と仲良くなって、もらってみせるぞ」
「そうか、では、出かけよう」
 二人は空飛ぶ魚にまたがると、海の中から飛び出した。
 抜いたり抜かれたり、空飛ぶ競争を楽しんでいる内に、美しい夕焼けに染まったエリファガル川が見えてきた。ヒメルの城は、その河口にあった。
「お前の親父は、よほど釜が好きなんだな」
 釜を逆さまにして、ぽんと置いたような城を見て、トールはお腹を抱えて笑い出した。
「トール、変な笑い方をするな! もし、親父の耳に聞こえたら、それこそ大変なことになるからな」
 チルの真剣な顔を見て、トールの胸もキュッとしまった。城の側の水面に降りると、二人は裏口からこっそりと中へ入っていった。
「まあ、チル! いつ帰ってきたの」
 チルを見つけたお母さんが、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お母さん、あの大釜をもらいに来たんですよ。ええ、神々に差し上げるのです」
 綺麗な若いお母さんは、ちらっとトールの神を見た。そして、暗い顔をした。
「でも、今日は駄目だよ。とても荒れているの。うかつな事を口にしたら、それこそ殺されてしまうわ」
 お母さんは、二人を大きな部屋の中に案内した。部屋の周りに、大きな釜がいくつも並んでいる。
 その大きな部屋を見回していたトールはびくっとして、目を止めた。そこに、九百の頭を持った、醜い、醜いお婆さんがいた。
「お婆さんは、もう、動くことも、口を利くことも出来ないんだから心配はいらないよ。でも、荒れているお父さんには困ったね」
 と、お母さんが言った。
 その時、ドシン! ドシン! と、地響きが伝わってきた。
「あっ、お父さんが海から帰ってきた! 早く早く、あの大きな釜の後ろに隠れて……。お母さんがきっと、ご機嫌を取ってあげますよ」
 二人が釜の後ろに飛び込むと、ヒメルの神が入ってきた。
「う、う、う……人間臭いぞ!」
 ぎょろっと部屋の中を見回した。
「チルが帰ってきたんです! 人間の味方で、悪魔の敵と言われている、一人の神様をお連れして」
 お母さんは必死に叫んだ。
「うるさい! あの釜の後ろだな」
 ヒメルが真っ赤な顔をして、ぐっと睨むと、並んでいる八つの釜が木っ端みじんに砕けて飛び散った。
 トールとチルが隠れている前の大きな釜だけが、ポツンと残った。うひゃひゃひゃーと、物凄い笑い声が上がった。
「出てこい!」
 チルが先に出た。続いてトールが姿を現した。グワォ、グワォとトールのお腹から物凄い音がしている。それを聞くと、ヒメルがまた笑い出した。
「牛を三頭ばかりひねりつぶしてやろう! 火をたけ、火の用意だ!」
 今まで青い顔をしていたお母さんが、ニコッと笑った。
「トール、良かったな」
 チルが嬉しそうに小さな声で言った。
 牛がこんがりと焼けると、トールは二頭も食べてしまった。これがまた、ヒメルには気に入ったらしい。
「よし、明日の朝は、大きな大きな魚を捕って来てやろう」
 と言って、酒を飲むとごろりと寝てしまった。
 朝が来た。
 ヒメルが海辺に来ると、そこにトールが立っていた。
「よし、乗れ……」
 二人は海へ乗り出した。舟の中には、昨日ひねりつぶした牛の頭が転がっている。それが餌だ。
「ここらでいいだろう」
 と、ふいにヒメルが叫んだ。
「ダメだ、こんなところで何が捕れる!」
 トールは、まだぐんぐん漕いでいる。青い海が黒くなってきた。
「ここらで良かろう」
 トールは舟を止めると大きな錨に、ぶつっと牛の頭をさして、ドボンと海へ放り投げた。間もなく、ぐ、ぐっと太い綱が引いた。
「それっ……」
 グイっと引くと、クジラが水面から飛び出した。
「すごい獲物だ。トール、もういい、帰ろう」
 何故かヒメルはそわそわしている。
「いや、一匹では足らん! もういっちょうだ」
 ドボン! ぐぐっときた。
「やあ……」
 トールの鋭い掛け声に、クジラが跳ね上がった。これで二つだ。
「トール、もう帰ろう! 危険だ」
「何が危険だ。こんな面白い事が他にあるか」
 ぶつっと、牛の頭を錨に叩き込むと、トールはまたドボン! と海へ投げこんだ。これが最後の餌だ。
 急に生暖かい風が吹き出した。真っ黒な海鳥が何百羽と集まってきた。


Tors-myth-8.JPG


「なんだ?」
 ぐっと空をにらんだトールは、鉄の手袋をはめて、不思議な刀をしっかりと握った。
「ミッドガルドだ……」
「ミッドガルド? 何だ、それは」
 と言った時、太い綱がぐっと引いた。
「それ、もういっちょうだ!」
 トールが素早く綱を手繰ると、海中に真っ赤な血が噴き出した。引いてあった綱が、急に緩んだ。
「トール、危ない!」
 ヒメルは舟の底に身体を伏せた。頭の上が真っ暗になった。熱い風がトールの顔に当たった。
「あっ、大蛇だ……」
 と叫んだ時、ヒメルが、
「ミッドガルドだ!」
 と、き○がいのように叫んだ。
「えいっ……」
 その時、物凄い声がトールの口から火のように噴き出した。
 と同時に、不思議な刀がキラッと光った。
 ギャオ――。
 不気味な声が頭上で光った。その上から生暖かい血の雨が、夕立のように降ってきた。赤い海に、ミッドガルドの大きな大きな頭が落ちてきた。
「トール」
 ヒメルはぽかんと口を開けたまま、水面に浮かんでいる大蛇の巨大な頭を見つめていた。
「お前ほど強い男を、わしは見た事が無い。強い、全く強い」
 と、独り言を言っていたヒメルが、何を思ったかふらふらと立ち上がって、腰に巻き付けてある汚い帯をほどきだした。
「恐ろしいミッドガルドがいなくなった今は、もう、この力帯にも用はない。お前にやろう。……そうだ、あの大釜も担いでいくがよい」
「有難う!」
 力帯を締めたトールの神は、元気よく舟をこぎ出した。物凄い力である。二頭のクジラと大蛇の巨大な頭を引いているのに、すいすいと進む。
 朝の太陽を一杯に浴びた、エリファガル川の河口が見えてきた。




~つづく~


 因みに今回出てきたミッドガルド蛇、別名は『ヨルムンガンド』で、前回トールが持ち上げられなかった猫の正体だった「大地を取り巻いている大蛇」だったりします。


 ではでは。

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』です。


 本文の方は、トールの神話の続きで行きます。

 では、スタート!


 雲の間から月が出ていた。
 ロキは、草の上にペタっと座った。
 草は夜露でしっとりと濡れていた。
「ロキ、向こうに家があるぞ!」
「あっ、本当だ! 本当だよ」
 洞穴から飛び出してきたチアルフが、嬉しそうに叫んだ。
「えっ、本当か!」
 ぴょんと立ち上がったロキは、初めて辺りを見た。五百メートルほど先に大きな森が見えた。その手前の野原の真ん中に、一件の家がぽつんと立っていた。
「しめた、夜露に濡れないですんだぞ。ああ、眠い、眠い」
 ロキはぶつぶつ言いながら家まで走った。
 家の中には何もなく、誰もいなかった。
「こりゃ、空き家だ」
「空き家でもなんでもいい、オレはくたくただ」
 と言うや、ロキはその場にばったりと倒れてしまった。
「だらしのない奴だ。ロスカに笑われるぞ」
 そう言って、トールは抱いている女の子の顔に目を向けた。ロスカは可愛い顔をして寝ていた。
「なんだロスカも……」
 トールの神は、月の光に照らされているロスカの顔に目をとめた。美しい顔だ。
(よしっ、この子を、幸せにしてやるぞ!)
 トールはロスカを静かに、静かに寝かした。チアルフは、もうロキの横でいびきをかいていた。
「さてと、それでは、この幸せな三人の番をしながら、わしも寝るとするか」
 家の入口の黒い壁の前に、どかっと腰を下ろすと、トールは不思議な刀を抱えて目をつぶった。
 それから、どのくらい経った頃か――。ふいに、ぐらぐらっと地震が来た。
 ひやーっ、と飛び上がったロキは、真っ先に外へ飛び出していた。
「早く早く、森へ逃げるんだ。家の中にいては危ないぞ!」
 ロキは一人で大騒ぎをしている。
 ロスカとチアルフを抱えたトールが、ゆっくりと家の中から出てきた。
「ロキ、静かにしろ。よく寝ているんだ」
 四人は大きく枝を伸ばしている木の下で一夜を過ごした。
 夜明けに、またゴロゴロッと空が鳴った。
「雷にしてはおかしいぞ?」
 雷の神と呼ばれているトールの神だ。
 不思議な刀をさっと抜くと、不気味な音のする方へ近づいて行った。
 グオ――
 グオ――
 という、物凄い音があたりの大木を激しく揺さぶっている。
「あっ、巨人だ」
 森の中の広場に、全身毛だらけの大男が長々と寝そべっていた。
「そうか、夕べ、地震と思ったのは、この男のいびきだったのか」
 トールは目的の巨人の国があまりにも近くにあったのでびっくりした。
 大男の目が開いた。
「うるさい奴だ! お前は誰だ、どこから来たんだ!」


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 と言いながらも、大男は目の前に立っているトールを見ようともしないで、辺りをきょろきょろと見まわしていた。
「おやっ、手袋が無いぞ? あっ、あった、あった!」
 太い大きな腕が、びゅっと風を切ったと見る間に、森の外にぽつんと立っている一軒の家をつかんだ。
「えっ、あ、あれが手袋か!」
 トールはどきっとした。家だと思い込んでいたものが、巨人の手袋だったのだ。
「あった、あった、こいつが無いと困るからな」
 と言った大男は、ぎょろっとトールを見た。
「おう、お前はトールの神だな! いやいや、名前を聞かなくても知っている。そんな変な顔はそういないからな。うはははは」
 森の木がぶるぶると震えた。
「お前は誰だ!」
「わしか。わしは巨人の国の王様ウトガルデロックの家来だ。お前こそ、何の用があって巨人の国に来たのだ」
「ウトガルデロック王に用があって来たんだ!」
「ほう、そうだったのか……よし、それでは、わしがお城の近くまで案内してやろう」
 そう言って立ち上がろうとした大男は、木の下でガタガタ震えているロキと、女の子と、男の子を見つけた。
「トール、あれは、お前の家来か」
 後ろを振り返ったトールは、
「そうだ、仲間だ!」
 と叫んだ。
 立ち上がった巨人の顔は、森の上に飛び出していた。歩くたびにグラグラっと、地面が激しく揺れる。足をドシン! と降ろすたびに、ロキたちの身体がピョンピョンと跳ねている。
 森から野原へ出た。大きな大きなお城が、美しい野原の真ん中にそびえていた。
「トール、あれが王様の城だ。いいか、悪い事は言わぬ。あまり大きなことは言わぬほうがいいぞ! では、わしはここで失礼する。そうだ、腹が減っただろう。この袋に食べ物が入っている。では、ごめん!」
 腰に下げていた袋をポンと下に置くと、大男はズシンズシンと遠ざかっていった。トールの神は、目を輝かして、その後姿を見つめていた。
 袋の中には、干し肉や果物が入っていた。
 食事を済ますと、四人はお城に向かって歩き出した。
 美しい野原に、甘い香りが漂ってきた。花の匂いだ。
「ロスカ、あれを見てごらん。あの林が、草の茎なんだよ」
 トールに言われて、三人は上を見た。緑色の太い木の上に、紫色の花が付いている。大きな大きな花びらが風に揺れている。
「ひや……すごい花だ!」
「あっ、あれはトンボだ!」
 チアルフが突然叫んだ。
 羽の長さが二メートルもある、大きな大きなトンボだ。
 トールは刀を抜いて、みんなに危険を知らせた。黒い影は、すうっと頭の上を通り過ぎて行った。
「何もかも、見上げるほど大きいんですね」
 と、チアルフが言った。
「当たり前だ。だから巨人の国と言われるんだ」
 ロキはふと小人の世界を思い出した。様々なものを作った大神の方が、じぶんよりもっともっと悪戯好きだと思った。
 お城が近づいてきた。上の方が雲に隠れている。
「うむ、これは凄い!」
 巨大な門を見つめたトールは、思わずうなってしまった。
「これは都合の良い事だ。下から楽に通れるぞ」
 ロキの神は、さっさとくぐっていった。まるで、珍しい国に遊びに来たようなはしゃぎようだ。
「あっ、トール、あれを見ろ」
 巨大な宮殿の前の広場に、大勢の巨人が背中を問の方に向けてずらりと立っていた。
 その向こうから、威張った声が聞こえる。
「よいか、小さな人間が四人やって来るが、決して手を出してはいけないぞ」
 トールはびっくりした。なんでも見ることが出来る、魔法の玉があるのに違いない。
「よし、こうなったら、堂々と王様の前へ行こう」
 四人は巨人の間を通って、前へ、前へ進んだ。悪戯好きのロキだけは、ときどき、足を開いて立っている巨人の下を通って、きゃっきゃっと声を上げて喜んでいる。
「おう、やって来たな……」
 そらがバリバリっと裂けたかと思った。物凄い声だ。
「巨人国の王、ウトガルデロックか!」
 王の前に立ったトールが叫んだ。
「そうだ。お前はトールだな。よく来た! ここに来るまでには、色々苦しい事があっただろう……。何のために来たのか、そんな事はどうでもよい!」
 トールは、どこかで聞いたような声だと思った。だが、どうしても思い出せなかった。
「この国に来た者は、何か一つ優れたものを持っていないと、誰も話し相手にならないのだ! お前にも、お前の家来たちにも、何か一つぐらいは人に負けない物があるだろう」
 ロキが、
「しめた!」
 と叫んだ。
「ありますとも。食い競争なら、私は誰にも負けないんだ」
 散々歩いてきたので、ロキはお腹がペコペコだった。
「これは面白い! では、さっそく見せてもらおう」
 ウトガルデロック王の命令で、肉が山のように盛ってある、大きな木皿が二つ並べられた。
「ロゲ! ロキの神の相手をしろ」
「はっ!」
 王の命令で肉の山の前に立った巨人の身体は、真っ赤だ。トールの神より真っ赤だ。
 それもそのはず、ロゲは、炎と言われている巨人だ。めらめらと火が燃えるように肉の山を食べだした。
 ロキも負けずと、むしゃむしゃと食べだした。ロゲが勝つか! ロキが勝つか!
 山のような肉の塊が、見る見るうちになくなっていった。
「ロキ、頑張れ!」
 と、いくら応援しても、ロゲの減り方の方が早い。
「ああ、駄目だ」
 チアルフがついに目をつぶってしまった。
「よし、次は僕だ! 走る事なら負けないぞ!」
 ロキが負けると、チアルフが飛び出した。
「チアルフ、偉いぞ。よしっ、頑張ってみろ!」
 トールが嬉しそうに叫んだ。
「これはすごいぞ。あんなチビが、風より早く走るというのだ……。フーゲ、お前、やってみろ!」
 ひょろひょろっと背の高い巨人が、ゆっくりと出てきた。自分の足元を見るように少年を見た。
「向こうの金の棒を回って、ここに戻ってくるのだ。よいな! では、走れ!」
 チアルフはさっと飛び出した。
 びゅんびゅん風を切って走った。歯を食いしばって、必死に走って、走って、走り続けた。
 でも、勝てるはずがない。笑いながら走っているフーゲは、すいすいっと行って、すいすいっと戻ってきた。
「よし、今度はオレだ! 力と力の戦いをする者はいないか!」
 腰につけていた刀を下に置くと、トールはウトガルデロック王の前に仁王立ちになった。
「これは面白い。だが、気の毒だが、お前さんと取っ組んで、負けそうな男はいないよ。そうだ、エレを呼べ!」
 トールは、さっそうと出てくる若者の顔を目に浮かべた。
 ところが、ひょろひょろと出てきたのは、歯が全部抜けたお婆さんだった。
「えっ、こ、こんなよぼよぼの……」
「よぼよぼ、かな……。トール、馬鹿にすると酷い目に遭うぞ」
 そう言うと、ウトガルデロック王は楽しそうに笑いだした。
「よし、行くぞ!」
 ぱっと、トールはエレに飛びかかった。
 神々の国で、トールのその勢いを、ぐっと受け止める者はいない。ほとんどの者が、ドシンと尻餅をついてしまう。
 それなのに、よぼよぼのおばあさんは、平気な顔をして立っている。
「えい! とうー」
 トールの気合だけが、まるで一人で空回りしているようだ。
 その内に、あっと言う間にトールの大きな体が投げ飛ばされてしまった。トールはくるくると二回転すると、さっと立ち上がってもう一度飛びかかっていこうとした。
「トール、やめろ! 勝負は決まった。男らしくないぞ」
「しかし、まだ……」
「よし、それほど言うなら、あの猫を片手で持ち上げてみろ」
「えっ、猫を……」
 トールの顔が真っ赤になった。
「トール、怒るな怒るな。確かに、猫を持ち上げるゲームは、巨人の国では子供の遊びだ。しかし、それが出来ないと一人前の若者になれないのだ」
 トールは、ウトガルデロック王の前で、のんびりと日向ぼっこをしている金色の猫を見つめた。つかつかとその前に来ると、トールは右手を猫のお腹の下に差し込んだ。
 そして、ひょいと持ち上げようとした。トールの顔が、ぴくっと動いた。真剣になった。髪も顎髭もピンと立って、火花が飛び散った。だが、猫はびくともしないのだ。
 ついにトールは両手を使った。それでも、猫は持ち上がらなかった。お腹がやっと離れたが、足は下にピタっとくっついたままだ。
「参った……」
 トールはその場にばったりと倒れてしまった。大きな口を開けて、はあはあ言っている。
「そうだ、酒だ! 酒を持ってこい! 酒の飲み比べだ!」
 太い動物の角が二つ用意された。赤い酒がどくどくとつがれた。トールはぐいぐいと飲んだ。飲んでも飲んでも尽きなかった。
 青い顔をした若者は、一気に飲み干すと、けろりとした顔でトールを眺めている。


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 トールはまだ飲んでいる。
 その内バタッと倒れてしまった。そのままグウグウといびきをかきだした。
「寝かしておけ、目が覚めるまで、寝かしておくんだ」
 ウトガルデロック王が立ち上がると、美しい音楽が鳴りだした。王も家来達も、どこかへ消えていった。
 広い、広い大広場に、四人だけがぽつんと取り残された。
 やがて朝が来た。
 トールが目を覚ました。
 その時、巨人がぞろぞろと出てきて、昨日のように並び出した。美しい音楽が鳴って、ウトガルデロック王が姿を現した。
「どうだな、トールの神」
 優しい声だ。トールはまた、どこかで聞いたような声だと思った。
「だいぶ、自信を失ったような顔だな。結構、結構。広い世の中には、お前さん以上の力持ちがいっぱいいる事が分かれば、それでいいのだ」
 ウトガルデロック王はにこにこ笑っている。
「だが、本当の話を聞かせてあげよう。トール、お前さんは大変な力持ちだよ。大変な豪傑だよ」
 不意に話が変わったので、トールも、そばにいるロキたちもビックリした。
「わしは、力ではお前さんに到底勝つことが出来ない。そこでだ、魔法を使ったのだ」
「えっ、魔法!」
「そうだ。あのお婆さんのエレの事だが、あれは“老年”なんだ」
「老年?」
「さよう。人間はいつか必ず年をとる。それは、どうする事も出来ないのだ。いくらうまい物を食べても、薬を飲んでも、お爺さんになり、お婆さんになる。人間がいくら暴れても、わめいても、駄目なんだ」
「それを、あの力相撲で見せたのか」
「それから、あの猫だが……。本当のことを言うと、あれは大地を取り巻いている大蛇だったのだ」
「えっ!」
「猫のお腹が持ち上がった時は、わしはびっくりしたよ。それから、お前さんが飲んだ酒は海だったのじゃ」
「えっ、う、海!」
「海じゃ、いくら飲んでも飲んでも尽きないはずじゃろ」
 ウトガルデロック王の顔が急に真剣になった。
「トールの神! 何故、わしがそんな魔法を使ったか分かるかな。わしは争いが大嫌いだからさ。お前さんが何をしに来たか、ちゃんと知っている。オーディンの大神の神殿を、わざと踏みつぶしたのではない! 誤って蹴ってしまったのだ」
「誤って?」
「その瞬間、永遠に燃え続けていた神の火が消えてしまったのだ」
 トールは何も言えなかった。
 嘘ならば、激しい怒りが湧いてくるはずだ。
 その時、ふと、お城にやってくる前、森の中で会った大男の事を思い出した。
「あっ、あの声だ!」
 と叫んだ時、
「トール、国へ帰ったら、よく大神に詫びてくれ。それから、この魔法の鉄の手袋は、お前さんに上げよう。大きくなったり、小さくなったり、そりゃ便利だぞ。それに手袋が無くては、真っ赤に焼けるその立派な刀を持ってはおられまい。では、ごめん!」
 と言って、巨人の王ウトガルデロックは、煙のように消えてしまった。四人がはっと気が付いた時には、大勢の家来も、お城も消えていた。
「あっ、ヤギの馬車だ!」
 ふいに、少年チアルフの元気な声が上がった。
 六頭のヤギが、嬉しそうに鳴いた。
 辺りには美しい緑の大平原が続いていた。




~つづく~

 荒れ果てた大平原を過ぎると、まるで油でもひいたように見える広い野原に出た。
「トール、ヤギが滑って、前へ進まないぞ」
 ロキが不思議そうに叫んだ。
「本当だ! よしっ、こうなったら、歩いて行こう」
「車はどうする」
「ここに置いていこう。帰りに、また要るからな……。いいか、待っているんだぞ!」
 ヤギに命令すると、トールは先に立って歩きだした。つるつるっと滑る。
「これは怪しいぞ? ロキ、油断をするなよ」


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 四人はつま先に力を入れて、ペタ、ペタッと、足を地面に押し付けるようにして、ゆっくり、ゆっくりと歩いて行った。しかし、一歩行くと二歩後ろへ下がっているような気持ちがした。
 辺りがだんだん暗くなってきた。
「トール、あれを見ろっ! 岩だ。岩と岩の間に、細い道があるぞ」
 ロキがふいに叫んだ。
「どうやら助かったようだな。よし、それでは、あの道を行こう」
 つるつる滑っていた足の下が、ざらざらしてきた。
「トール、あんなところに赤い門があるぞ?」
 ロキが、また大きな声をあげた。すると、岩の間からバタバタッと真っ黒い鳥が十五羽飛び立った。
「きゃー」
 女の子がトールにしがみついた。
「大丈夫だよ、ロスカ!」
 兄のチアルフが、ロスカの手をぎゅっと握った。
 辺りがますます暗くなってきた。星も見えない。
 ホー、ホー、ホー。
 と、フクロウのような声が闇の中から流れてくる。
「怖い……」
 ロスカが今にも泣きだしそうな声で言った。
 道は次第に上り坂になっている。風が冷たくなってきた。その風に乗って、ゴーゴーと不気味な音が聞こえてくる。
「そらっ、お化けだ!」
「きゃー」
「あはは、は、は、嘘だ! あの白く見えるのは、滝だよ。あはは、は、は」
「ロキ! そんな悪戯はよせ! 弱い者いじめをすると、今に自分が酷い目に遭うぞ」
 四人はいつの間にか、大きな滝つぼの前に来ていた。ゴーゴーと音を立てている滝が、闇の中に白く浮かんで見えた。
 それから道は、下り坂になっていた。その道の中央に、ぽつんと小さな火が見えた。
「あれは何だ?」
 刀を抜いて、トールが一歩、一歩、近づいて行った。
「何だ、たき火のあとじゃないか?」
「すると、人が近くにいるという事だ」
 頭のいいロキがすぐに叫んだ。
「あっ、月が出てきた」
 チアルフが、空を見上げて指さした。
「おやおや、おかげで素晴らしい家が見つかったぞ。ほら、あんなに大きく、ぽっかりと口を開けて待っているよ」
 いたずらのロキの神が、ぴょんぴょんと跳ねて前へ飛び出していった。
「待てっ! 油断をするな」
 トールは刀を構えて、口を開けている大きな洞穴に近づいて行った。ひやっとする、冷たい風が流れてくる。
 洞穴に一歩入ると、右と左に幽霊が座っていた。
「あっ、ゆ、幽霊だ……」
 ロキもチアルフもロスカもぶるぶるっと震えたが、幽霊の方もがたがた震え出した。鉛のような歯がカチカチと音を立てている。
 右は男で、左は女の幽霊だ。
「お、お前たちは、ど、どこから、どこから入ってきたのだ」
 男の幽霊は、死人の骨で作った槍のようなものを持っている。女の幽霊の頭には、カラスの羽が何本もついている。二人とも、青い光の鎧を付けていた。
「お前たちの血は、まだ温かい……。いま戦場で死んだばかりかな……。ああ、あの恐ろしい戦争が、まだまだ続いているらしいな」
 冷たい、冷たい声だ。
 女の幽霊が、かすれた声で言った。
「お前さん達は、何が欲しくてここに来たの……。夜が食べたいの……。それとも、あの恐ろしい魔女に食べられたいのかい」
 ひ、ひ、ひ、ひと笑った女の幽霊は、
「お帰り、さあ、早く、早く……」
 と、不意に大きな声を出した。その声が、大きな洞穴の中で不気味に響いて広がった。
 チアルフとロスカは目を固くつぶって、両手で耳を押さえていた。その二人を、ロキは母親のようにしっかりと抱きしめていた。
「ト、ト、トール……か、帰ろう」
 ロキも歯をカチカチと鳴らしだした。
「ロキ、喜べ! ここは地獄らしいぞ。お前の、死んだ娘と会えるんだぞ!」
「えっ、じ、地獄! 嫌だ、嫌な所だ。こんなぞくぞくする穴ぐらから、早く出よう」
「なに、早く出よう? ロキ! 馬鹿な事を言うな! うっかりした事を言うと、それこそ、ここから出られなくなるぞ」
「トール、おどかすなよ」
「女のようにくよくよするな! それでも戦士か」
「よし、それじゃ、どこまでも行くよ!」
「それでこそ、本当のロキだ! こういう所に来ても、いたずらをするようでなければ、本当のいたずらの神と言われないぞ」
「そうだ、お前たちも、元気を出せ!」
 ロキは歯をカチカチと鳴らしながら、チアルフとロスカに力を込めて言った。自分では力を込めて、堂々と言ったつもりだが、その声はかすれて震えていた。
 トールが歩き出した。ロキもすぐその後に続いた。足音が不気味に響いている。
 ロスカはいつの間にか、トールの太い腕にしがみついていた。
 二人が肩を並べて歩くのがやっとというほど、洞穴の岩と岩の間が狭くなってきた。その岩の壁が青く光っている。
 水がちょろちょろと音を立てて流れている。その水に触るとひやっとした。
「あ、生暖かい風が吹いてきたぞ!」
 不意に叫んだロキの声が、頭の上でがんがんと響いた。
 目の前が急に、ぱっと広がった。天井の高い、大きな洞穴に出たのだ。
「あ、あんな所に幽霊が……」
 洞穴の両側には、がたがた震えている幽霊たちが、数えきれないぐらい立っていた。その何百という冷たい目が、四人に集中した。
「おい、あそこを見ろ!」
 トールが不意に叫んだ。
「きゃ……」
 と、ロスカの悲鳴が上がった。
「ロスカ! 大丈夫だよ」
 兄のチアルフが、ロスカの身体をしっかりと抱いた。
「あ、あれは……」
 ロキの震える声が、ひゅうっと唸った風の音に吹き消された。
「幽霊の王座だ。見ろ、ロキ! あそこに座っているのは、お前の娘、ヘルじゃないか!」
「えっ!」
 ロキはびっくりして、洞穴の中段の正面を見た。
 王座は、人間の骨と骸骨でできている。その上に胸を張って座っている女の身体は、上が真っ青で、下が真っ赤だ。


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「あっ、ヘ、ヘル……」
 ロキはふらふらっとして、その場に倒れかかった。
「ロキ! しっかりしろ」
 ロキの背中をどんと叩いたトールは、鋭い声で叫んだ。
「臆病者! お前はびくびくするために生まれてきたのか。 びくびくして死ぬ運命を自分で作ろうとしているのか! みっともないぞ」
 ロキは目を開けた。だが、何も言わなかった。
 トールは青い光を放っている王座の前へ近づいて行った。
「幽霊の女王! 我々は、自分から好んでここに来たのではない。道が一つしかなかったのだ」
 女王は黙っていた。
「我々は、巨人の国へ行く途中、道に迷っただけだ! もし、巨人の世界に行く近道を知っていたら教えて欲しい!」
 上が真っ青で下が真っ赤の幽霊の女王は、たくましいトールの身体を舐めるように見つめていた。
 突然、女王のヘルが叫んだ。
「ああ、あなたの、その、その健康な身体を、私は、私は見ていられない!」
 真っ赤な口が耳まで裂けて、不気味な声が大きな洞穴の中に響いた。
「頼む! すぐ、すぐ、ここから出て行って欲しい! 巨人の国へ行く道は、この下の細い道を行けばすぐだ! 早く、さ、早く!」
 幽霊の女王が苦しそうに胸をかきむしった。すると、洞穴の両側に立っている幽霊たちが、しくしくと泣き出した。耳が痛くなるぐらい騒がしくなった。
「ロキ! 行くぞ」
 トールは、震えているロスカを抱き上げて歩き出した。
 チアルフはその後にすぐ続いた。
 二、三歩歩きかけたロキは、足を止めて王座を見上げた。
(あ……あれが、私の娘なのか!)
 思わず顔をそむけた。
 生きている時は、悪い事ばかりしていた娘だ。
 かわいい小鳥の羽をもぎったり、家に火をつけたり、子供の顔に火を押し付けたりして、神様たちを困らせたり、怒らせたりしたものだ。
 その娘が、物凄い所に、物凄い姿をして座っている。ロキは顔を伏せると、一気に駆けだした。走りながら、涙をぼろぼろとこぼしていた。苦しくて、苦しくて、喉が詰まる思いがした。しばらく走ると、頭の上に、月がぽっかりと見えた。




~つづく~

 その時、騒々しい声が聞こえてきた。
「なんだ、あの騒ぎは」
 大神オーディンの目が、ぎらっと光った。
「はい、スウェーデンからの使者です!」
「スウェーデンから? 何かあったのか」
「はい、巨人国の王、ウトガルデロックが、大神の神殿を壊し、永遠に燃え続けていた神の火を踏み消したとの事です!」
 オーディンの顔が、さっと曇った。辺りが急に暗くなった。
「なにっ、それは本当か?」
 神々の前に立ったのはトールの神だ。
 スウェーデンのウプサラに、オーディンの神をまつる神殿がある事もトールは知っていた。
 そこに、神の火が燃え続けていることも聞いていた。その火が消され、神殿が壊されたのだ。
「うむ!」
 と拳を握り締めたトールの赤い髪と、赤い顎髭がピンと立って、その間から火花が噴水のようにほとばしった。
「ようし……今に見ておれ! ロキ、戦いの支度だ。すぐ、車にヤギをつけろ!」
 ロキはすぐ、八頭のヤギを車につけた。
「ロキ、一緒に行くか」
「う、う、う……」
 ロキは嬉しそうに大きな頭を前後に振った。ロキの神は、絶えず何かいたずらをしていたのだ。
「そうか。よし、口を出せ」
 と言うや、トールはロキの口を縫い合わせている糸を、プツプツと切っていった。
「うわあ、行こう! どこへでも行くぞ!」
 ロキは飛び上がって喜んだ。
 トールの神は、不思議な刀を持って車に乗った。そして、オーディンの大神と、フリッガの女神の顔を見た。
「よく見ていて下さい。われわれ二人で十分です。では」


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 トールはシフの顔をちらっと見て、ピシッと鞭を鳴らした。不思議な力を持っているヤギは、風邪を切って虹の橋を下っていった。
 一日、走り続けた。
 大平原も夕焼けに染まってきた。
「あっ、あそこに家があるぞ!」
 お腹をグー、グーと鳴らしていたロキが、いかにも嬉しそうに叫んだ。
 見ると、荒れ果てた大平原のかなたの森の前に、小さな家が一軒、ポツンとあった。
「よしっ、あそこで一夜を過ごそう」
 トールは手綱を右へ右へ引いていった。
 次第に近づいてくる家の窓に、明かりがともった。
 その横に、八頭のヤギは滑り込んでいった。音も無く、すっと止まった。
「これはひどい農家だ」
 ロキが顔をしかめた。
「ぜいたくを言うな」
 トールは頭をぶっつけないように身体を折って、家の中へ入っていった。何か、臭いにおいがプンプンと鼻をついた。
「頼む。一晩だけ泊めて欲しい」
 火を囲んでいた老夫婦と、二人の子がびっくりしたように顔を向けた。
「これはこれは、旅のお方で……。どうぞ、どうぞ、遠慮なくお泊り下され。しかし、この通り、草の根っこしか差し上げる物が御座いませんが、それでよろしかったら」
 ロキは目を丸くして、火の上に下がっている鍋の中を覗き込んだ。男の子と女の子がガリガリかじっているのも草の根っこだ。
「こりゃ、ひどい!」
 トールの神は、やせた子供たちの顔を見つめていた。
「ご馳走は、私の方が用意をいたそう」
 そう言うと、外へ出たトールは二頭のヤギを殺して皮をはいだ。
「さあ、肉を食べろ! どんどん食べろ。しかし、骨だけは折らないようにするんだぞ」
「うわっ、肉だ!」
 男の子のチアルフは手を叩いて喜んだ。ガツガツ、ガツガツ食べだしたので、うっかり一本の骨を折ってしまった。だが、そのまま知らん顔をしていた。
 食後、トールは骨をきれいに洗って、はいだヤギの皮の上に並べておいた。その不思議な様子を、じっと見つめていたチアルフも、女の子のロスカも、いつの間にかうとうとと眠ってしまった。
 その夜、二人は、不思議な不思議な夢を見た。
「あれっ! ヤギが八頭いるぞ?」
 太陽が昇る前、トールがヤギの皮の上に並べた骨の上を、不思議な刀でポンポン叩いた事を、もちろん知らなかったからだ。
 ポンポンと叩くと、ヤギは元通りに生き返って、車に繋がれた。お爺さんもお婆さんも、いや、ロキの神でさえ知らなかった。
「さあ、ロキ、出発だ!」
 ピシッと鞭が鳴った。
 だが、すぐ、一頭のヤギが足を引きずり出した。
「誰か、骨を折ったな?」
 雷のような声に、四人はその場にへなへなっと座り込んでしまった。
「どうぞ、お許しください!」
 お婆さんの顔は真っ青だ。
「どうか、乱暴な事はしないで下さい。何でも、何でも差し上げますから」
 お爺さんも真剣だ。
「よしっ、それでは、その男の子と女の子をもらっていくぞ! ここに置いていたら、骨と皮になって死ぬだけだからな」
「は、はい、宜しゅう御座いますとも」
「有難い事で……」
 お爺さんとお婆さんは顔を見合わせて喜んだ。その嬉しそうな顔を見て、子供たちもにっこりと笑った。
 トールは二頭のヤギをその場に残すと、六頭のヤギに鞭を当てた。




~つづく~

 今日は仕事の後、オーズコンボチェンジのプトティラを買ってきたので、アメブロの方でちょっと記事にしました。

 宜しければ、そちらも是非。


 さて、こちらは昨日の続きで『トールの神話』第2回となります。


 では、さっそくスタート!


 トールは、シフという美しい女神を奥さんにもらった。
 シフのふさふさとした長い髪の毛は、いつも黄金のようにキラキラと輝いていた。
 そのために、
「シフの髪の毛を見ていると、とり入れ時を思い出すよ。まるで稲の穂が風になびいているようだ」
 と言って、みんなはいつの間にかシフの事をとり入れの神様にしてしまった。
 すると、飛び上がって喜んだ神様がいた。ロキという、いたずらの神だ。
「こいつは面白いぞ。それじゃ、あのふさふさとした髪を切ってしまったら、シフは畑になるのか」
 と言って、ゲラゲラと笑い出した。
 その内、くるくると回っていた大きな目玉がぴたりと止まった。
「よしっ!」
 ロキは真剣な顔をして頷いた。
 その日、トールは遠い所へ狩りに出かけていた。
 夜になると、ロキはシフの部屋へ忍び込んだ。
 ……そして、朝が来た。
 目を覚ましたシフは、びっくりして飛び起きた。
「あっ、髪が無い!」
 両手を頭に当てて、シフはき〇がいのように泣き出した。その声は四方の山にこだましたと言われている。
「どうしたんだ?」
 ばたばたっと、大勢の人が集まってきた。その中に、ロキの顔も見えた。
 そこに、ひょっこりとトールが帰ってきた。
 見る見るうちにトールの顔が真っ赤になった。赤い髪と赤い顎髭がピンと立って、火花が飛び散った。
 その姿を見ると、今までにやにやと笑っていたロキがぶるぶると震え出した。
「こらあー、シフの髪を切ったのはお前だな!」
 雷のように、空がゴロゴロと鳴った。
「ごめんなさい」
 ロキは頭を抱えて地面に潜り込もうとした。
「待てっ!」
 トールの大きな手が、ロキの首をぎゅっとつかんだ。
「苦しい、た、た、助けてくれ……」
 ロキは苦しそうに、なおも叫び続けた。
「返す、シフの髪を返す……。ほ、本当だ……。も、もっといい金の髪を手に入れてくる」
「なに、本当か!」
「う、う、嘘を、嘘なんかつくものか……ほ、本当だ! こ、殺さないでくれ!」
 手足をバタバタと動かしているロキを、ぐっと睨みつけていたトールは、ロキを千メートルも先に投げ飛ばした。
「よしっ、すぐ取って来い!」
 木も山もグラグラっと動いた時、ロキは早くも地面をぐんぐん、ぐんぐんと潜って、小人の世界に飛び込んでいった。
「頼む! お願いだ! 美しい、美しい、金の髪を作ってくれ」
 ロキは小人の王様ドリファンに必死に頼んだ。
「よし。仲良しのお前さんの事だ、よかろう」
「えっ! 本当か、有難う!」
 いたずらの神、ロキの頬に涙が光っていた。
 それまでは良かった。だが、その後がいけなかった。
「それから、ついでにオーディンの大神と、お妃のフリッガの女神に捧げる贈り物を作ってくれ」
 小人の王様ドリファンは、黙ったまま、何かしきりに作っていた。
 まず初めに、金の槍を作った。
「この槍は、主人の手を離れると、狙ったものにぐさっと突き刺さって、また元に戻ってくる不思議な槍だ」
 と言って、次は小さな金の船を造った。
「これは空を飛ぶことも出来る。そればかりか、いらない時は、もっともっと小さくして、ポケットの中に入れる事も出来るのだ」
 ロキが大して嬉しそうな顔をしないので、小人の王様はさらに言葉を付け加えた。
「しかしじゃ、良いかな! 反対に、もっともっと大きくすることも出来る。神々はもちろん、神々の馬もいっぺんに乗せることが出来るのだ」
「えっ! それは凄い」
 ロキが金の船をいじっている間に、小人の王様ドリファンは、驚くほど細い金の糸で髪の毛を作り始めていた。
「どうだ、見事な髪だろう。これをシフの頭にかぶせると、すぐ本当の髪の毛になってしまうのだ」
 ロキは飛び上がって喜んだ。
 ところが、ブロックという小人がいかにも馬鹿にしたように笑いだした。
「それくらいの物なら、わしの弟のシンドリにだって作れるぞ」
 ぴょんぴょんと飛び上がって喜んでいたロキは、冷たい土の上に足をぴたりとつけると、ブロックを睨みつけた。
「本当か! 嘘をつくと許さんぞ」
「うそ? 嘘をつくわしではない!」
「よしっ、それでは、三つの宝を作ってみろ! もし本当に出来たら、わしのこの頭をお前にやろう!」
「よかろう。お前さんも嘘をつくなよ」
 と言うや、シンドリの仕事場に飛び込んでいった。
「わかった、兄さん! それでは、ふいごを動かしてくれないか。どんなことがあっても、止めてはいけませんよ」
 訳を聞いたシンドリは、そう言うと、火が燃えているかまどの中に豚の毛皮を投げ込んだ。
「そ、それは豚の毛皮じゃないか!」
「兄さんは、黙って手を動かしていればいいんです。いいですか。手を止めたら火が消えてしまいますよ」
 と言うと、シンドリはさっさと外へ出て行った。
 ブロックはブツブツ言いながら、ふいごで風を送っていた。
 その様子を見ていたロキは、にっこりと笑って頷いた。
「よしっ、アブに化けて邪魔をしてやろう……」
 さっと飛び上がると、ロキはアブに化けていた。ブンブンと音を立ててブロックの顔の周りを飛ぶと、ふいごを動かしている手をチクリと刺した。
「痛い!」
 ブロックは歯を食いしばって我慢をした。そこにシンドリが戻ってきた。
「さあ、兄さん、一つ出来たよ」
 火の中から出てきたのは、金のイノシシだった。
「これは空飛ぶイノシシです。早く飛べば飛ぶほど光が出て、眩しくて見ていられなくなるのです。では、二番目の仕事にかかりましょう」
 と言うと、シンドリはどこからか持ってきた金の塊を、また火の中へ投げ込んで、さっさと外へ飛び出してしまった。
「よしっ、今度こそ!」
 ロキはブンブン飛んで、ブロックの太い首をめがけて急降下した。
 チクリ!
「痛い!」
 物凄い声をあげたが、ブロックは手を止めなかった。
 シンドリが、鉄の塊を抱えて戻ってきた。
「もういいでしょう」
 そう言って、シンドリは火の中から金の指輪を取り出した。その金の指輪は、三日ごとに八つ、金の指輪を産み落とす――という事だった。
「さあ、いよいよ三つ目です。兄さん、しっかり頼みますよ」
 シンドリが持ち上げた鉄の塊を見て、玉のような汗をふきだしているブロックは眉をひそめた。
「そんな、鉄の塊が……」
「兄さんは黙って、手を動かしていればいいんです」
 シンドリの鋭い目が、ブロックの手をじいっと見つめているので、ロキはもう手の出しようも無かった。
 その鉄の塊が、不思議な刀ミヨルニルだったのだ。
「さあ、兄さん。三つの宝が出来ましたよ。ドリファンの宝と、どっちが素晴らしいか、神様たちの所へ行って聞いていらっしゃい」
 小人のブロックは三つの宝を持って、ロキの後に続いて地上へ飛び出した。


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 ロキはオーディンの大神の居る城へ、一直線に飛んで行った。
 そこに、トールも丸坊主のシフもいた。
「おう、見事な髪だ」
 トールは目を丸くして、小人の王様ドリファンが作った髪を見つめていた。
「どうだ、素晴らしいだろう。それが本当の髪の毛になるのだ。それから、この不思議な槍を大神様に、そして、この空飛ぶ不思議な金の船をフリッガの女神さまに差し上げます」
 ロキはご機嫌を取るのに汗をかいている。
 すると、小人のブロックも負けずに、
「不思議な金の指輪を大神様に、ええと、それからと、そうそう、この空飛ぶ猪を女神さまに、そして、この、不思議な不思議な刀を、トールの神様に差し上げます」
 と言って、ブロックは三つの宝を差し出した。そして、力を入れて言った。
「いかがです。その六つの宝の中で、どれが一番良いか、一番役に立つか、一つだけ皆さんで選んで下さいませんか」
 ブロックの顔を見つめていたオーディンの大神が、にこっと笑った。
「なるほど、それは面白い。では、みんなで相談をして答えを出そう」
 さあ、大変な騒ぎになった。
 神々が集まって、それぞれの宝を試しだした。
 ブンブンと飛ぶイノシシ!
 その横をかすめていく、金の船!
 ぽこぽこと出てくる、金の指輪!
 槍が飛び、刀が風を切った!
 答えはなかなか出なかった。だが、大神オーディンの一言で、刀が一番と決まった。
「ひや……」
 と飛び上がったのはブロックだ。
「さあ、その腐った頭はもらったぞ!」
 と叫んだので、神々は初めてブロックが飛び上がって喜んだ訳を知った。
 ロキは逃げようとした。
 だが、トールがロキの首をがっちりとつかんでしまった。するとロキは、急に胸を張った。
「よしっ、頭をやろう! しかし、首はわしの物だ。首に傷をつけないで、頭が取れたらお前にやろう」
 ブロックは小さな小さな足をばたばたさせて悔しがった。
 が、あっと言う間にロキの口をシュシュと糸で縫ってしまった。それを見た神々は手を叩いて喜んだ。
 今まで目を赤くしていたシフも、長い金の髪をキラキラ輝かせて笑い出した。




~つづく~

 昨日、『アースライズ』の支払いのために帰宅したことは書きましたが、今日も10時から仕事のため、5時起き、朝7時のソニックでこちらに戻ってくるというやや強行軍でした。(^ ^;)


 そんな中の博多駅の様子がこちら。


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 ものの見事にガラッガラです(苦笑)。

 昨日、天神に行ってた親父も「人がいないからかえって空気が綺麗」だそうな……


 さて、小説版『ファイクエ』の執筆が一区切りしてしばらく経ちましたが、今日からしばらく短期集中的な感じで、(ファンタジー系の元祖ともいえる)北欧神話から『トールの神話』を投稿していきたいと思います。


 では、さっそくスタート!


トールの神話



 大昔、ヨーロッパの北の方に、トールという神様がいた。
 生まれて間もなく、大きな木箱をぐいっと持ち上げたと言われている。
「あっ、あ、あれを見ろ!」
 見ていた人たちはびっくりして、腰を抜かしたという。その木箱の中に、熊の毛皮がぎっしりと詰まっていたからだ。
「今にきっと、私達の手に負えない子になる」
 と、お母さんが心配した通りになった。
「大変です! またトールが暴れ出しました」
 トールは一日に一回は必ず、雷のように暴れまわった。
「早く、早く来て下さい。誰も止めることが出来ないのです」
 その声にお母さんとお父さんは、慌てて小川の岸へ飛んで行った。
「あっ!」
 押さえようとしている大人たちが、ぽんぽんと投げ飛ばされていた。


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「トール、おやめなさい! トール!」
 お母さんは必死に叫んだ。
 その目から涙がこぼれているのを見て、トールは急に大人しくなった。
 でも、その時お母さんは、トールを自分の手元から離す決心をした。
「みんなから尊敬されているフイングニルと、フロラに預けましょう。きっと立派に育ててくれます」
 と、お父さんに相談をした。
「それはいい考えだ」
 お父さんも賛成した。
 こうしてトールは“翼のある神”と言われているフイングニルの家に預けられた。
 フロラはフイングニルの奥さんで、元は雷の光だったという。
 稲妻は時には青く、時には白く、時には真っ赤に見える時がある。ピカッと光って、すっと消えていく。
 そのせいか、フロラと話しをしていると、
「苦しい事も、悲しい事も、イライラしている事も、すうっととけて、不思議に力が湧いてくる」
 と、みんなから言われていた。
 トールは身体が見上げるほどに大きくなり、見違えるほど立派な若者になった。
 太い腕をぎゅっと曲げると、盛り上がった筋肉が岩のように見えた。
 特に見事だったのは、真っ赤な頭の毛と、真っ赤な顎髭だった。怒るとそれが針金のようにぴんと立って、その間から火花が噴水のようにほとばしったと言われている。
 そのトールが大切にしていた三つの宝があった。
 一つはミヨルニルという名前を付けた見事な刀だ。
 戦いが始まると真っ赤に焼けて、炎が噴き出す。そればかりか、敵に投げつけてもひとりでにトールの手に戻ってくるという、不思議な刀だ。
 次はグライベルと呼んだ鉄の手袋だ。
 この手袋をはめていないと、真っ赤に焼けた不思議な刀を握っていることが出来ない。
 三つめはメギングヤルデルという不思議な帯だ。
 その帯を締めると、物凄い力がひとりでに湧いてくる。だから、力帯とも呼んでいる。
 この不思議な三つの宝が、どうしてトールの手に入ったのか――。
 それではまず、ミヨルニルの物語から始めよう。




~つづく~

2020.04.28 もの言う鳥

 今日は北欧の民話、『もの言う鳥』です。

 では、さっそくスタート!


もの言う鳥



 王様のお城の近くに、あまり広くも無い畑があった。この畑を耕していた男とそのおかみさんは死んでしまったので、残った三人の可愛い娘が後を継ぐことになった。
 ヨハネの祭りと言って、一年中で夜が最も短い、六月の『夏至』と言う日の前の晩が来た。何と言っても三人の娘たちは、いつかは自分のお婿さんになる人が気になるもので、それぞれの望みを話し合ってみた。
「私は、王様のパンを焼く人をお婿さんに欲しいわ。そうなれば、一生、真っ白なパンが食べられるものね」
 一番上の姉が言った。
「私は王様がお酒を飲む時の、お相手役をする人を、婿さんに持ちたいわ。そういう人なら、一緒にいても飽きるという事が無いと思うの」
 次の姉が言った。
「私の望みは、若い王様が、私の婿さんであればいい、という事だけだわ。ヨハネの祭りの晩に、何か願い事をすると、それが本当に思った通りになるという事だけれど、私の願いはとてもかなえられそうもないわね」
 一番下の妹は言った。
 ところで、この若い王様がその時、そっと娘たちの話を聞いていた。
 話を聞き終わると、若い王様は、娘たちがいる部屋の中に入ってきて、一番上の娘と、二番目の娘に、それぞれ、
「お前は、私のパンを焼く男を夫にしなさい。それからお前は、私が酒を飲む時に相手役をする者を夫にしなさい」
 そう言い、一番下の妹には、
「お前は、お前の望み通りに、私の妻におなり」
 と言った。
 そんなわけで、三人の娘たちは、三人とも自分が願った通りの結婚をすることが出来た。そして、その事が、人々の大変な評判にもなった。
 それなのに、一番上の姉も、次の姉も、まだ満足してはいなかった。
「もしも……」
 と、一番上の姉が、二番目の姉に、
「願い事がかなうと始めからわかっていたら、私だって若い王様のお妃になるように望んだのにね」
 そのように言った。
「それは、私だってそうだわ」
 二番目の姉が答えた。
 そうなると、上の姉たちは王様の妃の妹が憎らしいやら羨ましいやらで、たまらない気持ちになった。
 ちょうどその頃に、戦いが始まった。そこで王様は、戦場へ出かけることになった。お妃には、間もなく赤ん坊が生まれようとしていた。王様の出発する時、妃の姉たちに、妃の面倒をよく見てくれるようにと言った。
 王様の留守中に、妃は立派な男の子を生んだ。二人の姉たちが、色々世話をしてくれた。
 しかし、姉たちはやはり、妹を妬んでいた。それで、生まれたばかりの男の子を、豚のかごに入れ、川に捨てて流してしまった。その代わりに、猫の子を赤ちゃんのベッドへ持ってきて、
「お前はこんな子を産んだのだ」
 と、酷い嘘をついた。
 やがて王様は戦場から帰ってきて、お妃が猫の子を産んだと知らされた。それを聞くなり、王様はたいそう怒りはしたが、お妃をとがめるようなことは無かった。
 その内に、お妃にはまた男の子が生まれた。心の良くない姉たちは、今度は犬の子を赤ちゃんのベッドに連れてきて、生まれた赤ん坊の方は、やっぱり川に投げ捨てた。
 お妃に三番目の女の子が生まれた。が、あくまでも妬み深い姉たちは、この時もまた犬の子を替わりに連れてきて、生まれた赤ん坊はまたしても川へ捨ててしまった。
 二人の姉たちがやる仕業なので、妃もあっけないほどに上手く騙された。
 姉たちは、そういう酷い事をした挙句に、王様に向かって、
「こんなおかしな子供ばかり生む女をお妃にしておくのは、良くないと思います。石の壁に囲まれた教会の控室に閉じ込めてしまわないといけません」
 と言うのだった。
 王様は、三度、人の子ではない者を産んだ妃にすっかり腹を立てていたので、姉たちの告げ口を聞き入れて、妃を教会の一部屋に押し込めた。この部屋には、壁に小さな穴があるだけだった。そして、その部屋に入れられた不幸な妃は、その穴から食べ物を与えられた。
 ところで、川に投げ込まれた子供たちは、不思議に死ぬことも無く、元気でいた。それと言うのは、捨てられた三人が三人とも、庭造りの男に、川の岸辺で拾われて、その家で育てられていたからだった。
 その庭造りには子供が無かった。だから、拾われた男の子も女の子も、自分の子供のようにかわいがられて大きくなった。
 月日がたった。子供たちを育ててくれた親が亡くなった。親が死んだあと、立派な大人になった子供たちには、その家と庭と財産が残された。
 三人の子供たちは、親が生きていたころに庭造りの仕事を教わって、習い覚えていた。だから、残された庭はいつも美しく手入れがしてあった。
 その庭が美しいと聞いて、方々の国からお客が庭を見に来た。娘がお客たちに庭を見せると、誰でもその美しさに驚き、ほめない者は無かった。
 ある日、二人の兄が狩りに出かけた。その留守に、一人のお婆さんが庭を見に来た。娘が案内をすると、お婆さんは庭の隅々まで丁寧に見て回り、遠い国から運んできた珍しい木の下などでは、
「ほほう!」
 と嬉しそうに、何度も頷いてさえいた。
 ところが、お婆さんはすっかり見終わってから、
「この庭はとても立派だけれど、三つの物が足りないね」
 と、そう言った。
 娘がお婆さんに、
「一体、何が足りないのですか?」
 と尋ねると、
「この庭に、もの言う鳥と、命の水の泉と、金のリンゴを実らせる木があれば良いのだがね。この三つを探して手に入れさえすれば、この庭は本当に申し分が無い物になる」
 と答えた。
 そう言うなり、お婆さんはどこかへ行ってしまった。
 それを聞いた娘は、どこからその三つの物を手に入れることが出来るのだろうかと気にした。
 気にすると、きりが無かった。娘は気がかりのあまり、だんだん水が足りない草木のように弱ってきた。
 兄たちは、妹の様子がおかしい事に気が付いて、
「一体どうしたのだ?」
 と尋ねた。
 妹は、お婆さんから聞いた、もの言う鳥と、命の水の泉と金のリンゴの話をして、
「私達の庭に、その三つの物が足りないと言われたことが、気になってならないのです」
 と言った。
 妹思いの兄たちは、妹を慰めた。そして、
「お前がそんなに気になるのなら、その三つの物を探しに、世界の果てまでも行ってやろう」
 と約束をした。


 さて、上の兄が、始めに出かけることになった。兄は旅をするのに、まず一頭の馬を手に入れた。
 いよいよ出かける時、兄は、壁にかかったプコというよく磨かれた鋭い刀を差して、弟と妹にこう言った。
「これから出かける私の旅は、きっと長くなるだろうし、危ない目にも遭うだろう。だから、あのプコによく注意をしていてくれ。あのプコの刃が赤く錆つき出したら、私の命も危ないという印なのだからね」
 兄は旅に出発した。馬は力強く、蹄の音を響かせた。兄は、目当ての三つの物を探して長い道のりを進んだ。
 旅は兄を利口にした。兄は、とうとうその三つの物があるという、魔法の庭の在処を突き止めた。そして、胸を躍らせながらそこに言った。
 兄を見ると、その庭の番をしている老人が、
「こんにちは、王子様」
 と言った。
「私は王子ではありません。ただの庭造りの息子です」
 兄は答えて、自分が何故ここへ来たかを詳しく話して聞かせた。
 老人は話を聞くと、
「あなたが探しているものは、あの庭の真ん中にあります。そこには金のリンゴの生る木が生えていて、その枝に、もの言う鳥がとまっていますよ。命の水は、その木の下にひっそりと光を映しています。今までにも、この三つの宝を手に入れようとして、大勢の人がやって来ました。でも、誰一人うまくいかないばかりではなく、無事戻ってきた者もいません。宝物を取られまいとして守る、恐ろしい魔法の力にかかかって負けてしまうのです。もしあなたが宝物を手に入れようとなさるなら、後ろの方でどのような声がしても、決して振り向いて見てはいけません。振り向いたりしたら、あなたも宝を探しに来た他の人たちと同じように、灰色の石になってしまうのですよ」
 そのように言った。
 兄は老人の真心がこもった言葉にお礼を言った。そこで、馬を門の所につなぐと、三つの宝を手に入れようとして、庭の中へ入っていった。
 教えられた金のリンゴの木はすぐに見つかった。その枝に、金のリンゴが輝いていた。
 丁度その時、兄が立っている後ろの方で、小鹿の鳴き声と物凄く恐ろしい唸り声が聞こえた。兄は老人に言われたことを忘れ、思わす後ろを振り返って見た。その途端に兄は、そこらにたくさんごろごろしている灰色の石の一つになってしまった。
 兄はとうとう三つの宝を手に入れる事に失敗してしまったのである。
 一方、家にいた弟は、ある日、壁にかけてあるプコが赤く錆びついているのに気が付いた。
「おや、プコが錆びついているところを見ると、兄さんの身の上に、きっと何か良くない事が起こったのに違いない。兄さんがどうなったか、私はこれから調べに行くことにしよう」
 弟は妹に言った。
 弟は出かける時に、自分のプコを家に残して、やはりプコに注意するようにと妹に頼んだ。
 弟も兄と同じように、一頭の馬を手に入れ、その馬に乗って出発した。旅の途中での苦労は、弟も兄に負けないくらいだった。
 上手い事に、弟もとうとう、その魔法の庭へたどり着いた。門番の老人に尋ねると、兄がどうなったか、そのわけを残らず話してくれた。しかし、弟はそれを聞いても別段怖がりもせず、
「今度は私がやってみましょう」
 と、庭の真ん中へ入って行った。
 金のリンゴの側へ来た。弟は、決して後ろを見ないつもりだった。が、後ろの方では、何か美しい声がしたかと思うと、続いて唸り声が聞こえてきた。
(振り返ってたまるものか)
 弟は頑張り通そうとした。けれど、唸り声はだんだん大きくなるばかりで、弟の耳は今にも破れそうになった。
 弟はとうとう我慢をしきれずに、後ろを見た。途端に弟もまた、兄と同じように、そこらにある、たくさんの灰色の石の一つになってしまった。
 家にいた妹は、プコが赤く錆びついているのに気が付いた。そこで、下の兄の身の上にも、また何か悪い事が起こったのを知った。
 それでも妹は気を落とさなかった。こうなったうえは、兄たちがどうなったか、自分で出かけて確かめるよりほかは無いと決めたのである。
 妹は、さっそく出発の支度にかかった。そして、一頭の馬を用意し、鞍にまたがると、兄たちが行った道を兄たちと同じように進んだ。
 妹もとうとう、魔法の庭に行き着くことが出来た。そこで妹は、門から出てきた老人に、自分がはるばるここまで旅してきたわけを話し、
「いったい、兄たちはどうなったのでしょう?」
 と尋ねた。
 老人は、兄たちについて詳しい話を聞かせてくれた。そして、
「お前さんも、兄さんたちみたいにならないように、よく気を付けないといけないよ」
 そう教えた。
 妹は、たいへん利口だった。で、庭へ入っていくときに、耳に蝋を詰めて何も聞こえないようにした。だから庭へ入って行っても、妹には小鹿の声も聞こえなかったし、恐ろしい唸り声も、少しも気にならなかった。
 妹は、無事にリンゴの木の下へ行った。そして、まず初めに、その木の梢にとまっていたもの言う鳥を捕まえた。それから持ち帰って自分の庭に植えるつもりで、金のリンゴの木の若枝を、一本折り取り、持ってきた壺には命の泉の水を汲み入れた。
 引き返すときに、妹はたくさんの石が転がっている所へ来た。そこで妹は立ち止まり、
「どうすれば、私の兄たちの命を蘇らせることが出来るのでしょうか?」
 と言った。
 すると、もの言う鳥がそれに答えて、
「石に、命の水をかけなさい」
 そう言った。
 不思議な事に、もの言う鳥の声は、蝋を詰めた妹の耳にもはっきりと聞こえた。


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 妹は石に水をかけた。と、生き返ったたくさんの若者たちが、元気そうに飛び出してきた。兄たちの他に、知らない若者が大勢いた。みんな、この庭の宝探しに来て石にされた者たちだった。妹のおかげで、誰もが命を取り戻したのだ。
 兄や妹達と一緒に、その若者たちもみんな、ぞろぞろと庭造りの家へ帰ってきた。そして、金のリンゴの木の若枝は、みんなの手で庭の真ん中に植えられた。それから、その木の下に泉が掘られて、底の方に命の水が入った壺が置かれた。
 庭造りの家の庭は、これまでにも増して、大変な評判になった。
 王様も、三つの宝が揃ったその庭を見においでになり、ひどく感心された。そこで王様は、健気なこの三人兄妹のために宴会を開くことにし、庭にたくさんのテーブルやいすを運ばせて、城の者たちも、お祝いの席へ招いた。
 話を聞いてみると、王様には、この兄妹達が庭造りの本当の子供ではない事がだんだん分かってきた。で、王様は、いったい誰がこの兄妹達の生みの親なのか、それが知りたいと思った。が、それは、本人の兄妹たちにも分からない事だった。
「誰か、本当のことを知らないものかなあ?」
 王様がそう言った時であった。
 もの言う鳥が、くちばしを開けた。そして、この兄妹が庭造りに育てられるようになったわけを詳しく喋った。おかげで、産まれたばかりの赤ん坊を川に投げ込み、その代わりに猫や犬の子を連れてきた悪い姉たちの行いも、すっかり知れてしまった。
 王様はこれを聞くと、飛び上がるほど驚いた。そして、教会の控室に罪もなく閉じ込められていたお妃を気の毒がり、
「すぐに救い出せ!」
 と、家来に言いつけた。
 間もなくお妃は救い出された。その代わりには、同じ部屋に二人の悪い姉たちが閉じ込められた。
 こうして、お妃はやっと自分が産んだ王子や王女に巡り合うことが出来た。その喜びがどんなだったかは、言うまでもないだろう。
 この後、王様の一家には、長い幸せが続いた。
 庭は相変わらず美しかった。王様は一家中でたびたびこの庭へやってきた。そこでは庭の真ん中に金のリンゴが実った木が茂り、その枝には、いつもものいう鳥がさえずっていた。また、木陰には命の水の泉が尽きることなく湧き出ていたのである。




~おしまい~

2020.04.18 小麦のたたり

 今日はオランダの民話、『小麦のたたり』をお送りします。

 今回の話は割と有名かな……?


 では、さっそくスタート!


小麦のたたり



 昔、オランダに、スタフォレンという町がありました。この町に、心の優しい一人の金持ちが住んでいましたが、奥さんはたいそう欲深な、怒りっぽい人でした。
 お金持ちの男は船をたくさん持っていて、船に品物を積んで方々の国へ行っては、品物を売ったり、また、向こうから品物を買い入れてきたりして、商売をしていました。
 船が荷物を積んで、スタフォレンの町から出ていくとき、金持ちの男は、その船の船長に必ず、
「向こうから帰る時、何か珍しい物や、美しい物を持ってきておくれ。妻に贈ろうと思うから」
 と頼みました。
 そこで船長は忘れずに、行った先の国の美しい絵や、彫り物や、素晴らしい布地や宝石など、また、自分の国では見られない珍しい鳥や獣を持って帰りました。
 船が帰ってくると、金持ちの男は早く奥さんを喜ばそうと、すぐにそれらの品物を奥さんの目の前に並べてみせました。ところが奥さんは、これまでたったの一度も、嬉しそうな顔をしたことが無いのです。
「全く、張り合いがないったらありゃしない。何をやったら喜ぶのだろうか」
 と、金持ちの男はがっかりしていました。
 ある時、金持ちの男の船が、ドンチヒという所へ商売をしに行くことになりました。金持ちの男は、今度こそ奥さんを喜ばそうと、奥さんに、
「お前が欲しいと思う物をなんでも言ってごらん。そうしたら、船長に頼んで、それをダンチヒで見つけてもらうから」
 と聞きました。すると奥さんは、
「私の好きなものは、世界中で一番素晴らしい物ですわ。世界中で一番の物なら、何でもいいのです」
 と答えました。
(妻の好きなものが分かったので、今度こそは妻を喜ばせることが出来るだろう)
 と、金持ちの男は大喜びで、すぐに船長を呼ぶと、
「妻へ贈り物にするから、ダンチヒへ行ったら世界で一番素晴らしいと思う物を見つけて来てくれ。それから小麦をたくさん買い込んでくることを忘れないように」
 と頼みました。
 まもなく船は、スタフォレンの町から離れていきましたが、船の中で船長は、
(はて、世界中で一番素晴らしい物って、何だろう)
 と考えましたが、なかなか思い当たりません。
(うーん、困ったなあ。さっぱり分からないぞ。だが、待てよ、主人は小麦を買うのを忘れるなと言っていたが、その小麦が世界で一番いい物ではなかろうか。だって小麦は人間の命をつなぐパンのもとになるのだから、世の中にこれほど良い物は無いだろう)
 と、船長は考え付きました。
 でも、自分だけの考えでは心配だったので、水夫たちにも聞いてみる事にしました。
「出かけてくるとき、わしは主人から、世界で一番いい物を見つけて持ってきてくれと言われたのだが、それは何だと思う」
「さあ、何でしょう。なかなか分からないですねえ」
 水夫たちも、やはり首をかしげるばかりで、何も思い当たりません。船長は困ったように、
「本当に、何を持って帰ったらいいだろうね。ところで主人は小麦を買うのを忘れるなと言っていた」
 と言ったところ、水夫たちはポンと膝を打って、
「あっ、それ、それ、それですよ。世界で一番いい物は小麦ですよ。何しろ小麦は、人間の命をつなぐパンになるものなんですからね」
 と、みんなが言いました。
「ああ、これで安心した。みんなの考えも私とすっかりおんなじだった。だから、世界で一番いい物は、もう、小麦で間違いない。小麦なら、捜さなくてもどこにでもあるからすぐ手に入る」
 と喜びました。
 船は間もなくダンチヒに着きました。船長は、積んでいったいろいろの品物を全部売りつくしてしまうと、今度はたくさんの小麦を買い込みました。それからすぐに、スタフォレンの町へと戻ったのです。
 帰ってくると船長は、
「持って行った品物は高い値段でみんな売れました。それから、世界で一番いい物を見つけてきました」
 と、主人の金持ちの男に知らせました。
 金持ちの男はとても喜んで、いつもは滅多に喋らない無口な人なのに、その日はニコニコしてよく喋りました。奥さんが驚いて、
「あなた、今日はどうなさったのです、ばかに楽しそうですね」
 と尋ねると、
「ああ、お前がどんなに喜ぶかと思ってね……。まあ、それは後のお楽しみだ。昼ご飯が済んだら私についてきなさい」
 と、嬉しそうに言いました。
 お昼ご飯が済むと、金持ちの男は、
(今度こそ、妻の喜ぶ顔が見られる!)
 と、胸をワクワクさせながら奥さんをダンチヒから帰ってきたばかりの船に連れて行きました。すると、船長が二人を出迎えて、二人を船の倉に案内していき、水夫に倉の戸を開かせました。船倉の中には、小麦が山のように積まれているだけで、別に変ったものも見られません。奥さんは不思議そうに、
「これはただの小麦じゃありませんか。これがどうしたのです?」
 と聞きました。
「ああ、小麦だよ。これこそ世界で一番いい物じゃないか」
 金持ちの男は、奥さんの顔を見ながら得意そうに言いました。
 ところが奥さんは、喜ぶどころかぷんぷん怒って、
「なんですって、世界で一番いい物ですって? 冗談じゃありません。あなたは私を騙しましたね。そんな小麦なんかみんな海へ投げ捨ててしまうといい」
 と、大声で文句を言いました。
 すると、波止場に集まっていた乞食たちが、奥さんの大きな声を聞きつけ、船の側へ寄ってきて、みんな地面にひざまずきながら、
「どうか奥様、その小麦を海なんか捨てないで、私達に恵んで下さい。私達はお腹が空いてペコペコなのです」
 と、一生懸命頼みました、
 それを聞くと船長も、
「小麦が気に入らないとおっしゃるのでしたら、それを可哀想な人たちに分けてやってください。そうすれば、人々は奥様をご立派な方だと褒め称える事でしょう。是非、お願いします。その代わり、この次の商売の時は、どんな遠くにでも出かけて、奥様のお気に召すものを必ず持って帰りますから……」
 と、奥さんに頼みました。
 けれども、物凄く腹を立てている奥さんは、誰の頼みも聞き入れず、水夫たちをにらみながら、
「さっさと小麦を海へ放り込んでおしまい」
 と命令しました。


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 水夫たちは勿体ないと思いましたが、命令なので仕方なく、小麦をザブン、ザブンと海の中へ投げ込みました。奥さんはせいせいしたという顔で、一粒残らず全部水の底に沈むまで船の上に突っ立ってみていました。
 これには、さすがの優しい金持ちの男も、顔色を変えて、
「もう、これから先、私は決してお前を喜ばせようとは思わない。それに、お腹が空いて食べる物も無い可哀想な人たちは、みんなお前を憎むだろうし、お前はこんな酷い事をした罰が当たって、きっと食べ物に困るようになるに違いない」
 と、奥さんを怒りました。
 奥さんは、ぷいと横を向いたまま、心の中で、
(ふん、私が食べ物に困るだなんて、何を馬鹿げた事を言っている。私には使い切れないほどのお金があるのに……)
 と思っていました。そして奥さんは、自分の手の指から指輪を外して海の中へ投げ込みながら、大声で、
「みんなよくお聞き! もしも、いま沈めた私の指輪が、また私のところへ戻るようなことがあれば、私は食べる物に困るかも知れない。だが、そんな事が起こらない限り、決して食べ物に困る事はありませんよ」
 と言いました。それだけ言うと奥さんは、一人で船を降りていき、乞食たちの間を通り抜けて、さっさと自分の屋敷へ帰ってしまいました。
 家に帰った奥さんは、夫の言った言葉が癪に触ってたまりませんでした。そこで奥さんは、自分はどんなに金持ちであるかという事や、外国から買い入れたいろいろの珍しい品物を友達に見せびらかして気晴らしをしようと、次の日おおぜいのお客を招きました。
 みんなが席についてご馳走を食べていると、召使が奥さんの側へ来て、
「今コック長が、魚を料理しようとしたところ、魚の口から珍しい物が出てきました。それでコック長がそれを奥様にお見せしたいと申しております」
 と告げました。
 奥さんは飛び上がるほど喜んで、お客たちに、
「私は、いつも世界中で一番素晴らしい物を自分の物にしたいと思っていましたが、どうやらその願いがかなったようです。今、その品物をここへ持ってくるそうです」
 と言いました。
 お客たちも喜んで、
「まあ、どんなものでしょう、早く見たいわ」
 と待っていました。
 間もなくコック長が、金のお盆を恭しくささげて宴会場へ入ってきました。コック長は、奥さんの前に行くと、丁寧にお辞儀をしてからお盆を差し出しました。
 お盆の上の品物をひと目見た途端、奥さんの顔は見る見る真っ青になりました。
 そのはずです。それは昨日、自分が夫の言った事に腹を立てて、
「この指輪か戻って来ない限り、私は絶対に困るようなことは無い」
 と言いながら、船の上から海に投げ捨てた、その指輪だったのです。
 金持ちの男は、奥さんにあんな酷い事をされて、悲しみのために床についていましたが、指輪が戻った夜、とうとう死んでしまいました。その次の日には、無い物は無いほどいろいろの、値段の高い商品をしまっておいた倉が火事になって、あっと言う間に全部灰になってしまいました。
 そればかりではありません。まだ夫の葬式も済まないというのに、商売をしに出ていた四艘の船が大嵐に遭って、みな沈んでしまったという知らせが、奥さんの所に入りました。
 こうして、あれほど金持ちを自慢して威張り散らしていた奥さんは、たちまちの内に貧乏人になってしまったのです。家や道具を売り払い、住むところもなくなった奥さんは、乞食のようになって、食べ物をもらおうと町中を歩き回りました。
 けれども人々は、可愛そうな者に何も恵まなかった奥さんを憎んでいたので、食べ物を恵んでくれる人は一人もいませんでした。奥さんの身体はすっかり弱って、一年と経たない内にある馬小屋で、ボロボロの服を着た可哀想な姿で死んでしまったのでした。
 そんな事があってしばらくの後に、スタフォレンの漁師たちは、潮が引いて海面が低くなった時、水の底に何か青い物が一面に生えているのを見つけました。その青い物は小麦だったのです。そこはまるで野原のようで、小麦は波にもまれてゆらゆらと揺れ動いていました。
 小麦と言っても、そこは砂地ですし、塩水に浸かっているので実は一つもつきませんでした。それどころか、そんなものがあるために、船の出入りが出来なくなってしまったのです。そうなれば、もう、商売も出来ません。
 町の人たちは日増しに貧しくなっていき、あれほど豊かで栄えたスタフォレンの町は、すっかり寂れてしまったという事です。




~おしまい~

 サイトを更新しました。

 最近多いですが、今日も『文庫本コーナー』です。『ホビー雑誌コーナー』の記事も、サイト用に作り直さないとなぁ……。


 あと、今日はアメブロの方にも記事を書いてます。

 誕生日占い系の本の話ですが、結構当たってて笑いました(笑)。


 さて、本文の方は『にせ王子』の完結編です。

 では、スタート!


 王様は、一言も言いません。
 お妃とラパカーンの顔を、代わる代わる見比べていました。
 とうとう、お妃に向かって言いました。
「なるほど、お前の言う事はもっともだ。しかし、お前が王子だという若者は、証拠の剣を持っていないではないか。どちらが本当の王子か、これは困った事になった。こうなったら、本当の王子を知る方法は、一つしかない。森の仙女に会って、たずねてみる事だ。すぐ、一番速く走る馬を連れてこい」
 王様は、さっそくただ一人で、馬にまたがって仙女のいる森へ出かけていきました。
 その森は、都からあまり遠くない所にありました。そこにはアルトザイデという仙女が住んでいて、代々の王様が難儀にあった時に、助けてくれると言われていました。
 森の真ん中に広い空き地があって、その周りに高いシダーの木が生えています。そこには仙女が住んでいるという噂があるので、誰も恐れて近寄りません。
 王様は、馬を木につないで、空地の真ん中に立ちました。そして大声で言いました。
「親切な仙女様。私の先祖は、危ない目に遭った時、度々あなたに助けてもらいました。私も今、困った事が起こっています。どうか、良い知恵を授けて下さい」
 すると、大きなシダーの木がぱっと開いて、中から頭巾で顔を隠した長い白い服の女が現れました。
「あなたはサーアウド王ですね。あなたがここへ来たわけは、よく知っています。さあ、この二つの箱を持ってお帰りなさい。そして、二人の者に好きな箱を取らせなさい。そうすれば、本当の王子が分かりますよ」


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 こう言って、金や宝石の飾りのついた美しい象牙の箱を渡しました。
 王様はお礼を言って顔をあげると、もう仙女の姿は消えていました。
 王様は二つの箱を持って、お城へ向かいました。帰る道で箱のふたを開けてみようとしましたが、どうしても開きません。蓋の上にはダイヤモンドを散りばめた字が書いてあります。一つの箱には“しあわせと宝”もう一つの箱には“名誉と徳”と書いてあるのです。
「なるほど、どちらも人の欲しがるものだ。私でも、どちらを取って良いか分からないな」
 王様は、独り言を言いました。
 御殿に帰ると、王様は自分の前に台を置いて、二つの箱を並べました。それからお妃を始め、大臣や女官たちを広間に集めました。
 一同が両側にずらりと並ぶと、王様は、
「新しい王子を、ここへ連れてきなさい」
 と、お側の者に言いつけました。
 ラパカーンは、高慢な顔で広間へ入ってきて、王様の前にひざまずきました。
「お父様、何の御用で御座いますか」
 王様は、椅子から立ち上がって言いました。
「お前が私の本当の息子かどうか、分からないという者があるのだ。それで、今日はみんなの前で、お前が本当の王子だという証拠を見せてもらいたい。ここに、箱が二つある。どちらでも、お前の好きな方を取りなさい。そうすれば、お前の本当の身分が分かるのだから」
 ラパカーンは、立って、箱の前に行きました。どちらを取ろうかとしばらく考えていましたが、とうとう“しあわせと宝”の箱を取ることにしました。
「お父様、私は、あなたの息子に生まれて本当に幸せです。これからも、ずっと幸せで、お金や宝をたくさん持って、楽しく暮らしたいと思います。ですから、この箱を頂きます」
「よろしい。お前が本当の王子かどうか、後で分かるだろう。しばらく向こうで待っていなさい」
 と、王様は言って、今度は狭い部屋に閉じ込めてある若者を連れて来させました。オーマールはやせ細って、悲しそうな顔をしています。
「あのき○がいも、すっかり弱っているらしいね」
 と、家来たちも可哀想に思いました。
 王様は、オーマールにも、
「二つの箱の内、お前の好きな方を取りなさい」
 と言いました。
 オーマールはよく気を付けて、箱の上の字を読みました。そして“名誉と徳”と書いた箱の上に手を置いて言いました。
「王様、私は今度の旅で、酷い目に遭いました。そのおかげで、幸せはすぐなくなることが分かりました。また、大切な宝も人に盗られたり、無くなったりすることを知りました。それで、どんなことがあっても無くならない物が欲しいと思います。それは、名誉と徳です。名誉は泥棒も盗ることが出来ません。また、勇気や親切や、正直などの徳は、私の心の中にあるので、死ぬまで無くなりません。ですから、私は“名誉と徳”の箱を頂きたいと思います」
「よろしい。それでは、二人とも、自分の好きな箱の上に手を置きなさい」
 と、王様は言いました。
 それから王様は、東の方を向いて祈りました。
「神様、どうぞ、本当の王子をお教え下さい」
 お祈りを済ますと、王様は段の上に立ちました。並んでいる人々は、息をつめて箱の方を見守りました。
 広間はしいんとして、ネズミの走る足音も聞こえる位です。
 王様は、厳かに言いました。
「箱を開けなさい」
 すると、今までどうしても開かなかった箱が、ひとりでにぱっと開きました。
 オーマールの箱の中には、ビロードのきれの上に小さな金の王冠と、笏(しゃく)が入っていました。ラパカーンの箱には、大きな針と糸が入っていました。
「めいめい箱を持って、ここへ来なさい」
 王様は言いました。そして、オーマールの箱から小さな冠を出して、掌に載せて眺めました。すると不思議、冠は見る見る大きくなって、とうとう普通の冠の大きさになりました。
 王様はオーマールの頭にその冠を置いて、額に接吻しました。
「お前こそ、本当の王子だ。今まで偽物に騙されていた、愚かな私を許しておくれ」
 王様はこう言って、心から王子に謝りました。
 それからラパカーンに向かって、厳しく言いました。
「この大嘘つきめ。卑しい仕立て職人の分際で、まんまと王子に成りすまして、この私を騙しおったな。切り刻んでも飽き足らないほど憎い奴だが、命だけは助けてやる。さっさと消え失せるがよい。お前は、腕の良い職人だ。これに懲りて、これからは、真面目に洋服屋で働くがよい」
 ラパカーンはウソがばれたので、恥ずかしいやら、情けないやら、両手で顔を隠して一言も言えません。
 オーマール王子の前に、ぺたりと額を付けて、涙を滝のように流して謝りました。
「王子様、どうぞお許し下さい」
「よし、許してやる。このアパシッド王家は、代々、友達には親切にし、敵は許してやることになっている。だから、安心して帰っていきなさい」
 王子様は、自分を苦しめたラパカーンを、快く許してやりました。
 王様はそれを見て、心から喜びました。
「おう、心の広い、優しい子じゃ。お前こそ、私の本当の息子じゃ」
 と、両手を広げて、力いっぱい王子を抱きしめました。王妃も駆け寄って、うれし泣きをしながら接吻をしました。
 大臣や女官たちは、それを見て叫びました。
「アパシッド王家、ばんざい。新しい王子様、ばんざい」


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 喜びに沸き返っている広間から、ラパカーンは、こそこそと自分の箱を抱えて出ていきました。
 王様の厩(うまや)には、ムルパアがつないでありました。これはラパカーンが、自分のお金で買った馬ですから、それに乗ってお城から出ていきました。
「オレはとうとう、王子様になったと思ったけど、あれは夢だったのかなあ。でも、ここに、金やダイヤモンドを散りばめた象牙の箱を持っている。やっぱり、王子様になったのは夢じゃなかったのだ。でも、もう、何もかもおしまいだ」
 ラパカーンはとぼとぼと、アレキサンドリアの町へ帰っていきました。
 他に行く所も無いので、前に働いていた洋服屋へ行ってみました。昔の仲間がせっせと働いています。
「こんにちは」
 ラパカーンは、恐る恐る店へ入りました。
 立派な身なりをしているので、主人は金持ちのお客だと思いました。
「いらっしゃいませ。何か、お入り用で御座いますか」
 丁寧に言って、愛嬌を振りまきました。ラパカーンは笑って、
「親方、私ですよ。ラパカーンですよ」
 そう言われてよくよく見ると、なるほど、ラパカーンです。主人はかっとなって、
「こいつ、よくもぬけぬけと帰ってきたな。おーい、みんな来てくれ。持ち逃げのラパカーンめが、帰ってきたぞ」
 と、大声で職人や弟子たちを呼びました。
「なに、あの見栄っ張りのラパカーンが帰ってきたって」
 職人たちは火熨斗(ひのし)や物差しを持ったまま、飛び出してきました。
「こいつめ、よくも図々しく帰ってきたものだ。性根を叩きなおしてやる。それ、これでも喰らえ」
 職人たちは、火熨斗や物差しを振り上げて、力任せにラパカーンを打ちました。
「ちょっと、私の言う事も聞いて下さい」
 ラパカーンは叫びましたが、誰も言い訳を聞こうともしません。頭から足の先まで、散々打ちのめして、積み上げた古着の上へ打ち倒しました。
「この横着者め、持ち逃げした礼服はどこへやった。お前のおかげで、わしは王様から散々なお叱りをくったぞ。そのうえ、信用はがた落ちだ。さあ、あの礼服をすぐ戻してくれ。でないと、お前を訴えてやるぞ」
 主人はかんかんに怒って喚きたてました。
「お許しください、ご主人様。あの時は魔が差したのです。この償いはきっとします。これから心を入れ替えて、今までの三倍働きますから、どうぞ、勘弁して下さい」
 ラパカーンは、ほこりだらけの床に頭を擦り付けて頼みましたが、聞いてくれません。
「駄目だ、駄目だ。お前みたいな嘘つきの見栄っ張りの言う事なんか、あてになるものか」
 主人と職人たちは、また、めったやたらにラパカーンを打ちのめしました。そして、死んだようになったラパカーンを、外へ放り出しました。


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 ラパカーンの服はずたずたに破れ、体中、傷だらけです。しばらくして、やっと正気に返ったラパカーンは、宿屋までたどり着きました。
「あーあ、酷い目に遭わされたなあ」
 ラパカーンは、粗末なベッドにどさりと倒れ込みました。体中の傷がずきずき痛みました。
「世の中は厳しいものだなあ。ちょっとの間違いでも、許してくれないのだからなあ。綺麗な顔も、綺麗な服も、何の役にも立たなかった。オレみたいな者は、いくら望んでも、王子様にはなれないんだ。もう、これからは夢みたいなことを考えるのはやめよう。そして、真面目に正直に働くことにしよう」
 ラパカーンは、こう決心しました。ラパカーンの見栄っ張りは、職人たちの物差しで叩き出されたと見えます。
 次の日、ラパカーンは大切に持ってきた象牙の箱を宝石屋に売りました。そのお金で小さい家を買って、“ラパカーン洋服店”と書いた看板を出しました。
 それから、箱の中に入っていた針と糸を出して、自分の破れた服を繕いました。縫い始めると、針はひとりでに動いて、ボロボロに破れた服を、元の通り綺麗に繕いました。ラパカーンは驚きました。
「これは不思議だ。王様は、どこかの仙女からもらってきたとおっしゃったが、普通の針とはまるで違う。それに、糸も、いくら縫っても無くならない。この針と糸があれば、オレは独りでいくらでも仕事が出来るわけだ。嘘つきのにせ王子の私に、こんな良い贈り物を下さって、有難う」
 ラパカーンは、心から仙女様にお礼を言いました。
 店を開いてから、ひと月もしない内に、ラパカーンの洋服店は町中の評判になりました。お得意が増えて、一人では縫いきれないほどたくさんの注文が来ました。
 けれどもラパカーンは、手伝いの職人を雇いません。いつも一人きりで、窓を閉め切って働きました。
 こうしてラパカーンは、箱の蓋に書いてある通り、幸せになっていきました。宝もだんだん増えていきました。
 ところで、オーマール王子の方はどうでしょう。強くて勇ましいオーマール王子の噂は、ラパカーンの住むアレキサンドリアの町でも評判でした。
 しかし、他の国の王様たちは、オーマール王子に攻め滅ぼされはしないかと、びくびくしていました。そして、隙があったら、反対にオーマール王子を攻めてやろうと思っていました。
 ラパカーンはその噂を聞いて、
(王子様も、外から見るほど楽じゃないなあ)
 と思いました。
 こうして、ラパカーンはあの箱に書いてあった通り、幸せに、お金持ちになって、町の人からも尊敬されて暮らしました。




~おしまい~


 お妃は、たいそう悲しみました。可哀想な男は、お妃がこれまで度々夢の中で見た王子とそっくりの顔をしています。あれこそ本当の王子に違いないのです。
 けれども、にせの王子は証拠の剣を持っています。それに、オーマール王子から聞いた身の上話を王様に聞かせて、ばれないようにしています。王様はすっかり騙されて、偽物を本当の王子と信じ切っています。
(どうしたら、あれが偽の王子だと分かってもらえるかしら)
 お妃は一生懸命考えました。なかなか良い考えが浮かびません。それで、賢い召使の女たちを呼んで相談しました。
 すると、メレヒサラーという、賢いお婆さんの召使が言いました。
「証拠の剣を持った男は、お妃様が王子様だと思っていらっしゃる方の事を、洋服屋のラパカーンだと言ったそうではありませんか」
「ええ、そうですよ」
 と、お妃は言いました。
「もしや、その嘘つきは、自分の名前を王子様におっかぶせて、自分はオーマール王子に成りすましているのではないでしょうか。もしそうでしたら、上手い計略が御座いますよ」
 と言って、お婆さんはお妃に、何か耳打ちをしました。
 お妃はすぐ、お婆さんの考えた計略をやってみる事にしました。
 次の朝、お妃は王様に言いました。
「王様、お互いに機嫌を悪くしているのは嫌で御座います。それで、私はあの若者を、私の息子に致しましょう。その代わり、一つだけお願いがあるのですが、聞いて頂けるでしょうか」
「良いとも。どんな願いだ、言ってみるがよい」
 王様は、お妃の機嫌が直ったので、ほっとして言いました。
「私はあの二人に、腕比べをさせたいので御座います。でも、馬に乗ったり槍投げをしたりするのはありふれています。それで、変わった事をさせたいのです。私は二人に、上着とズボンをこしらえさせて、どちらが上手にできるか見たいので御座います」
 お妃がこう言うと、王様は笑いました。
「なるほど、それは面白い。私の息子と、お前のき○がいの洋服屋と、どちらが上手に服が縫えるか、腕比べをさせるのだな。いや、それは駄目だ。き○がいでも、洋服屋の方が巧いに決まっているからな」
「でも、王様は、わたくしのお願いを一つだけ許すと約束なさったではありませんか」
「そ、それは約束した。しかし、き○がいの洋服屋が私の王子より上手に服を作っても、私の息子と認める事は出来んぞ」
 王様はこう言って、お妃の願いを許しました。
「困ったことになった」
 王様は、新しい王子様の部屋に来て言いました。
「どうなさったので御座いますか、お父様」
 王子になりきったラパカーンは、心配そうに尋ねました。
「妃が、お前に洋服をこしらえてもらいたい、と申すのだ。お前には無理だろうが、母親を慰めると思って聞いておくれ」
 王様は気の毒そうに言いました。
 けれどもラパカーンは、仕立物ならお手の物ですから、心の中で、しめた、と思いました。
「宜しゅう御座います。お妃さまのおっしゃる事なら、なんでも致します」
 と、神妙に言いました。
 新しい王子様と、き○がいの洋服屋は、二つの部屋に分かれて、腕比べを始めました。裁縫台の上には、針やハサミ、長い絹のきれ等が置いてあります。
 王様は、新しい王子が上手に洋服を作ってくれれば良いが、とハラハラしながら待っています。
 お妃の方も、計略が上手くいけば良いが、と胸をドキドキさせています。
 洋服は、二日で縫い上げる事に決めてありました。それで、三日目になると、新しい王子とき○がいの洋服屋は、それぞれ縫い上げた洋服を持って、王様とお妃の前へ出ました。
 ラパカーンは、大いばりで自分の縫った洋服を広げて見せました。
「御覧ください、お父様、お母様。お城の中で一番上手な裁縫師でも、これほど立派な洋服が作れるでしょうか」
 お妃はニッコリして褒めました。それから、オーマールに向かって言いました。
「お前は、どんなものをこしらえましたか」
 オーマールは、まだ何も出来ていません。きれやハサミを腹立たしげに床に投げつけました。
「私は馬に乗ったり剣や槍を使う事は習いました。けれども、縫物を習った事はありません。そんな事はカイロの総督の息子ともあろう者のする事ではないでしょう」
「おう、そうですとも。お前こそ、王様の本当の子です。私の可愛い息子です」
 お妃は、嬉しそうに言いました。それから、王様の方を向いて静かに言いました。
「あなた、こんな企みをして、お許し下さい。でもこれで、どちらが王子でどちらが洋服屋の職人かお分かりになりましたでしょう。王子に成りすましているあの男の作った洋服は、とても上手で御座います。どんな裁縫師でもかないません。一体お前は、どこの洋服屋で、縫物を習ったのですか」
 お妃にこう尋ねられて、ラパカーンは真っ赤になりました。
 いい気になって縫物の腕前を見せてしまったので、とうとう、身元がばれそうになりました。
(しまった!)
 と思っても、もう追いつきません。




~つづく~

 ラパカーンが王子様の剣を盗んで逃げた日は、ちょうど九月一日でした。約束の日は、九月四日ですから、まだ四日あります。ここから約束のエル・ゼルルーヤーの円柱までは、二日もあれば行けます。けれども、本当の王子が追いかけてくるだろうと思ったので、ラパカーンは馬に鞭うって、急ぎに急ぎました。
 二日目の夕方、ラパカーンは円柱の見えるところまで来ました。広い野原の真ん中に小さな丘があって、その丘の上に高い円柱が建っています。それを見ると、ラパカーンは胸がドキドキしました。嘘をつくのが恥ずかしくもありました。
「だが僕は、王子様になりたいんだ。どうしても、王子様になるんだ」
 ラパカーンは、駄々っ子のように叫んで、ぐんぐん円柱に向かって突進しました。
 辺りは一面、草ぼうぼうの野原です。家もありません。人もいません。寂しい所です。ラパカーンは、シュロの木に馬をつないで、その側に腰を下ろしました。そして、用意してきた食べ物を食べながら、約束の時が来るのを待ちました。
 次の日の昼頃、がやがやと騒がしい声がして、長い行列が野原を横切ってやって来ました。馬やラクダに、大きな荷物を乗せてきて、丘のふもとに立派なテントをいくつも張りました。その賑やかな事、きらびやかな事、大金持ちか、王様の旅行のようです。
「この人たちは、新しい王子様のために、はるばる旅行してきたのだろう。すぐ、あそこへ行って、僕がその王子だと教えてやりたいなあ。でも、約束の日は明日だから、それまで我慢していよう」
 ラパカーンは、飛び出したくてたまらないのをこらえていました。
 いよいよ、約束の九月四日の夜が明けました。お日様は野原の端から登って、ラパカーンの嬉しそうな顔を照らしました。
「さあ、いよいよ本物の王子様になる日が来たぞ」
 ラパカーンは、円柱の方へいそいそと馬を走らせました。走りながら、ちょっとためらいました。
「僕は、いけない事をしているんだな。本当の王子様から幸せを盗もうとしているのだな」
 ラパカーンは気が咎めましたが、今となってはやめる事は出来ません。
「ええ、馬はもう走り出したんだ。仕方がない。度胸を決めて、大胆にやろう。オレは生まれつきの王子様より立派な姿をしてるんだ。誰も偽物とわかるものか」
 ラパカーンは、勇気を奮って進みました。馬はたちまち、丘のふもとに着きました。
 ラパカーンは、馬を木につないで、オーマール王子の剣をしっかり握って丘に登りました。
 円柱の下には気高い老人が、六人の家来を従えて立っていました。
 金糸の縫い取りをした上着、キラキラ輝く宝石をちりばめて、白い絹のターバン……。一目で王様だとわかる老人です。
 ラパカーンは、その老人の前へつかつかと進んで、頭を低く下げました。恭しく剣を差し出しながら言いました。
「あなたのお捜しになっている人はここにおります」
「おう、神様、息子をお助け下さって、有難う御座います。お前は、オーマールだね。こちらへおいで。年取ったお父さんを抱いておくれ」
 王様は、嬉しさのあまり声を震わせて言いました。ラパカーンは真っ赤になりました。恥ずかしかったからです。気がとがめたからです。
 ためらっていると、王様は両手を広げて力いっぱいラパカーンを抱きしめました。ラパカーンは、嬉しくて天にも昇る気持ちでした。
 けれども、その嬉しさもちょっとの間でした。
 王様の側から離れて顔をあげると、向こうから、一人の男が馬に乗って走って来るのが見えました。その男は、よぼよぼの馬を無理やり走らせて、野原を一直線にこちらへやって来ます。
 ラパカーンは、すぐ、本当の王子オーマールと、自分の馬のムルパアだとわかりました。
(困ったな。だが、もう嘘をついてしまったんだ。こうなったら、どこまでもしらばくれて、嘘をつき通すより仕方がない)
 ラパカーンは覚悟しました。
 オーマールは馬から飛び降りると、すぐ駆け上がってきました。
「お待ちください。わたくしは、オーマールという者です。その男は大ウソつきです。あなた方は、騙されていらっしゃるのです。わたくしこそは、本当のオーマール王子なのです」
 王様はびっくりして、二人を代わる代わるに見ました。
 ラパカーンは落ち着き払って言いました。
「お恵み深いお父様、この男に、騙されないようになさいませ。この男は、アレキサンドリア生まれの洋服屋の職人で、ラパカーンという者です。身分の卑しい哀れな奴ですから、大目に見てやって頂きとう御座います」
「この嘘つきめ。よくもぬけぬけと……」
 王子様はき○がいのようになって、夢中でラパカーンにつかみかかりました。が、すぐ、そばの家来に抱き留められました。
 王様はそれを見て言いました。
「なるほど、この男は気が狂っているらしい。縛り上げて、ラクダに乗せておくがよい。可哀想な奴だから、命だけは助けてやらないでもないが」
 王子様は羽交い絞めにされて、地団太踏みながら泣き声で王様に言いました。
「どうぞ、私の言う事を聞いて下さい。私は本当の王子です。お願いですから、お母様に会わせて下さい。きっと、私が王子に違いないとおっしゃって下さるでしょう」
「バカな、何を言うか、全く、き○がいはしょうのないものだ。よくも、そんな厚かましい事が言えるものだ」
 王様は笑って相手にしません。ラパカーンの手を取って丘を下りていきました。
 王様とにせ王子は、美しい馬で行列の先頭に立って進んでいきました。本当の王子は両手を縛られ、ラクダに括りつけられて、行列の一番後から引きずられていきます。
 町では王子様のお帰りを、今か今かと待ち受けていました。町の入り口には花と緑の枝で飾ったアーチが出来ていました。どの家も、美しい幕や旗で飾り立てています。
 行列が町へ入ると、町中の人々は、
「ばんざい、ばんざい」
 と叫んで、大喜びで迎えました。
「おう、なんて立派な、美しい王子様でしょう」
「ほんとに、素晴らしい王子様だ。
 人々は、口々に褒め称えました。
 にせ王子のラパカーンは、それを聞くと嬉しくてたまりません。得意そうに鼻を高くして、つーんとすましかえりました。
 それに引き換え、本当の王子様は、ラクダに縛り付けられて泣いていました。けれども、有頂天になった人々は、誰一人、可愛そうな王子に気が付きません。
 日が暮れてから、行列はとうとう都へ入りました。
 お城では、年取ったお妃が、大臣や女官たちを引き連れて、王子様のお帰りを待っていました。大広間には、赤や青、黄色のランプが美しくともっています。お妃のいらっしゃる段の上は、金や宝石をちりばめて、まばゆいほど光り輝いています。
 町の方から、ばんざいばんざいと叫ぶ声や、大勢の人のどよめきが聞こえてきました。うきうきした太鼓の音、ラッパの音が、段々お城に近づいてきます。
 やがて、たくさんの馬のひづめの音がして、行列がお城の庭に入ってきた様子です。
 すると間もなく、広間の扉がさっと開きました。王様と王子様が、続いて入ってきました。家来たちは、一斉に頭を下げました。
 王様は、にせ王子の手を取って、ニコニコしながらお妃の前へ行きました。
「とうとう連れてきましたよ。長い間待っていた王子を連れてきましたよ。さあ、よく御覧」
 王様は弾んだ声で言って、にせ王子をお妃に引き合わせました。
 お妃は一足前へ出て、じいっとにせ王子の顔を眺めました。
 お妃の顔が、さっと曇りました。お妃は恐ろしそうに一足後ろへ下がって、首を振りながら言いました。
「いいえ、これは私の子じゃありません。私は今まで、たびたびマホメット様にお願いして、『どうぞ、夢ででも息子に会わせて下さいませ』とお祈りしました。マホメット様は、その度に夢の中で可愛い息子に会わせて下さいました。ですから、私は息子の顔をよく知っております。この人は、夢で見た王子とは、顔がまるで違っております。この人は、私の息子では御座いません」
 お妃は、きっぱりとこう言いました。
「何をたわけた事を言うのです。この若者は王子です。目印の剣を持っていたのだから、王子に違いないのです。馬鹿な事を言うものではありません」
 王様はこう言って、お妃をたしなめました。
 その時です。広間の戸が乱暴に開きました。オーマール王子が髪を振り乱して飛び込んできました。
「待てっ、き○がい。待たんか」
 追いかけてきた番人は、乱暴者を捕まえようとしました。オーマール王子は、番人の手を激しく突きのけて、王様とお妃の足元に、ぱったり倒れました。
「王様、お妃様、わたくしこそ、本当のオーマール王子です。お父様は、わたくしをき○がい扱いなさって酷いではありませんか。こんな恥ずかしい目に遭ったのは、生まれて初めてです。わたくしは、もう我慢出来ません。いっそ、死んだ方がマシです。さあ、殺して下さい」
 大臣たちはびっくりして、乱暴者の周りに駆け寄りました。番人は、乱暴者を捕まえて、外へ連れ出そうとしました。
 お妃は、驚いてその若者を見ました。番人たちが若者を引きずり出そうとすると、お妃は手を挙げて止めました。


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「まあ、ちょっとお待ちなさい。その男の顔を、よく見せて下さい」
 こう言って、お妃はもう一度、じいっと乱暴者の顔を見ました。しばらくして、お妃は嬉しそうに言いました。
「おう、この顔は、私が夢の中で見た王子と、そっくりの顔です。まだ一度も会ったことは無いけれど、この若者は王子に違いありません」
 お妃の言葉に、番人たちはびっくりして、捕まえていた手を放しました。
 王様は、かっとなって言いました。
「これは、なんという事だ。妃は、どうかしているのではないか。夢で本当の王子の顔を見たのだと……。そんな事があてになるものか。さあ、早くそのき○がいを縛っておけ」
 こういいつけてから、王様は厳かに言いました。
「私は確かな証拠で、王子を決める。この若い男は私の友人、エルフィ・ペイの剣を持ってきた。これが何より確かな証拠だ。だから、この若者が私の息子だ。私の王子じゃ」
 こう言って、王様はラパカーンを指さしました。
 すると、オーマール王子はわっと泣きながら叫びました。
「いいえ、違います。証拠の剣は、その男が盗んだのです。わたくしが眠っている間に盗み出して、まんまと王子に成りすましたのです」
 オーマールは、き○がいのように泣き叫びましたが、王様は聞こうともしません。ラパカーンを連れて奥へ入っていきました。オーマールはさっきよりももっと厳しく縛られて、狭い部屋に閉じ込められました。




~つづく~


※本文中にはき○がいなど、今日の人権擁護の見地に照らして不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表当時の時代的背景を尊重し、(ほぼ)底本のままとしました(どこがや)。

 ラパカーンは町の外に出ると、気がウキウキしました。前からなりたいなりたいと思っていた王子様に、とうとうなれたからです。まだ、本当の王子さまではありませんが、格好だけは王子様にそっくりです。顔も姿も美しいし、言葉も上品です。
 ラパカーンがゆっくり歩いて行くと、よその国の人たちはびっくりしました。
「まあ、どこの国の王子様かしら。綺麗なお召し物だこと。立派なお姿だこと。でも、どうして、てくてく歩いていらっしゃるのかしら」
 人々は不思議がって、ラパカーンに尋ねました。
「あの、王子様、貴いご身分のお方が、どうして歩いて旅をしていらっしゃるのですか。馬やご家来は、どうしたのですか」
「いや、あの……それは、ちょっと訳があってね」
 ラパカーンは困って、口の中でむにゃむにゃ言って、誤魔化しました。
(なるほど、王子様がてくてく歩いているのは、変に見えるだろうな。よし、馬に乗ることにしよう)
 ラパカーンは、値段の安い馬を買いました。その馬はよぼよぼの、年寄り馬でしたので、今まで馬に乗ったことのないラパカーンでも、どうにか乗れました。
 ラパカーンは、その馬にムルバアという名を付けて、ぽくぽくと乗っていきました。
 ある日、田舎道を進んでいますと、後ろから、若い馬に乗った美しい若者が、ぱかぱかと威勢よく馬を走らせて、そばへ寄ってきました。
「やあ、こんにちは。いいお天気ですね。あなたも、一人で旅をしているんですか」
 美しい若者は、楽しそうに話しかけました、
「ええ、そうです」
 ラパカーンが答えますと、若者はニコニコして言いました。
「では、一緒に行きませんか。話をしながら行くと、遠い道でも退屈しませんからね」
「そうですね。一緒に参りましょう」
 ラパカーンは、その若者が美しくて上品なので、喜んで承知しました。
「あなたは、どこのお方ですか。僕はオーマールという者で、カイロの総督、エルフィ・ペイの甥です。このおじが死ぬ時に、ある事を僕に言いつけました。僕は言いつけられたことをするために、こうして旅をしているのですよ」
「そうですか。あなたは、本当に身分の高い方なんですね」
 ラパカーンは羨ましそうに言いました。すると、売る駆しいオーマールは笑って、
「君だって、その立派な服を着ているところを見ると、身分の高い人なんでしょう」
「ええ、それはそうですが、訳があって、私は名前を明かせません。私はただ、楽しみに旅をしているんですよ」
 ラパカーンは、こう言って誤魔化しました。
 二人は連れ立って歩いている内に、仲良しになって同じ宿に泊まりました。
 二日目の晩、ラパカーンはオーマールに尋ねました。
「あなたのおじさんの言いつけと言うのは、どんな事なのですか」
「それはね、とても不思議な事なのですよ。僕はおじさんの総督に、子供の頃から育てられたので、総督を、本当のお父さんだと思っていたのです。ところが、総督は死ぬ間際に、僕は、ある偉い王様の子供だと教えてくれたのです。その王様は僕が生まれた時、神様にお参りすると、悪いお告げがあったのです。『王子を御殿に置くと、必ず悪者に殺される。二十二になるまで、他所へ隠しておくがよい』。こういう事があったので、生まれたばかりの僕は、父の友達の総督に預けられたのだそうです。ところで間もなく二十二になるので、お父様に会いに行くのですよ」
「そうですか。貴方のお父様は、なんという名の王様ですか」
 ラパカーンは尋ねました。
 するとオーマールは首を振って、
「お父様の名前は知らないのです。ただ、この九月の四日に、ここから東の方にあるエル・ゼルルーヤーの円柱の下に行くのです。その円柱の下で待っている人に剣を渡して、僕は『あなたのお捜しになっている人はここにいます』と言うのです。もし、その人が『預言者マホメットに栄あれ、王子をお救い下さって有難う御座います』と言ったら、僕はその人について行きます。その人が、僕をお父様の所へ連れて行ってくれることになっているのです」
「それじゃ、あなたはもうじき、本当の王子様になれるんですね」
 ラパカーンは妬ましそうに言いました。目の前にいるオーマールが羨ましくてたまりません。
 オーマールは総督の所で幸せに暮らしてきたのに、まだそのうえ、王子様になれるのです。ラパカーンは腹が立ちました。
(僕とオーマールとどこが違うんだ。僕だって、オーマールに負けないくらい美しいし、上品な話し方が出来る。僕の方が、本当の王子様よりずっと王子様らしいよ。それなのに、あいつは本当の王子になれるのに、オレは王子様の真似をしているだけだ。一生いやしい、すかんぴんでいなければならないのだ。こんな酷い事があるもんか)
 オーマールの生き生きした目や、つんと高い鼻、静かな歩き方などを見ると、憎らしくてたまりませんでした。
 あくる朝、目が醒めると、オーマールはラパカーンの横ですやすや眠っていました。優しい口元は、今にもにっこり笑いだしそうです。きっと、幸せな夢を見ているのでしょう。帯には見事な剣をさしています。その剣は、王様に会う時の目印の剣です。
 その剣を見ると、ラパカーンは、むらむらと悪い心が起こりました。


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 ラパカーンは、抜き足、差し足、王子様に近寄って、その剣を抜き取ると、自分の腰に差しました。そして、こっそり部屋から抜け出すと、王子様の良く走る馬に飛び乗って、ぱしっと鞭を当てました。
 たっ、たっ、たっ、東をさして、まっしぐらに走りました。
 まもなく、王子様は目を覚ましました。
 気が付いてみると、帯にさしておいた剣がありません。一緒にいた友達もいなくなっています。
「しまった。盗まれたんだ。あの剣が無いと、お父様に会えない。ああ、どうしよう」
 王子は髪をかきむしって悔しがりましたが、もう、どうすることも出来ません。
 ラパカーンはよく走る馬で、百キロも先を全速力で飛ばしていたのです。




~つづく~

 昨日、コメントの方でヨーグルトさんから6周年のお祝いコメントを頂きました。

 ジオシティーズが終了してから以来でしたので(今でもたまにTwitterでTFトイを簡単に紹介されてますが)、非常に驚くと同時に嬉しかったです。


 さて、今日からはまた『文庫本コーナー』で、ドイツのハウフ童話より中編、『にせ王子』を開始したいと思います。


 では、スタート!


にせ王子



(王子様はいいなあ。世の中には、色々な人がいるけど、王子様ほど美しくて、上品で、みんなからちやほやされる人はいないものなあ。オレも、王子様に生まれたらよかったのに)
 ラパカーンは、いつもこんなことを考えていました。ラパカーンは、洋服屋の職人ですが、りりしい王子様の姿に憧れていたのです。
 でも、ラパカーンは、怠け者ではありません。洋服の仕立てはとても上手で、朝から晩までせっせと働きます。洋服屋の大ぜいの職人の中でも、一番腕の良い職人でした。ただ、仲間の職人たちが、汚い服を着ていたり、下品な話をしたりするのが嫌いだったのです。
「オレは王子様のように、上品なのが好きだなあ。オレもどうかして、あんな身分の高い人になりたいなあ」
 ラパカーンは、縫物の手を動かしながら、しきりに考えました。
 仲間の職人たちは、それを見て、くすくす笑いました。
「おい、見ろ。ラパカーンの奴、また夢みたいな事、考えてるらしいぜ。変な奴だなあ」
 しかし、ラパカーンは、仲間が笑っていることなど気が付きません。王子様になれないなら、せめて、王子様の真似でもしてみたい、と思うようになりました。
 ラパカーンは、少ない月給の中から倹約をして、お金を貯めました。そのお金で立派な服を作って来てみました。ラパカーンは、顔立ちの美しい、背のすらりとした若者でしたので、新しい服はとてもよく似合いました。
 休みの日が来ると、ラパカーンはその服を着て教会へ行きました。お祈りが済んでも、真っ直ぐ店には帰りません。大通りや公園を、気取って歩き回りました。仲間の職人たちは、それを見て冷やかしました。
「やあ、ラパカーン、新調の服でおすましだね。どこの若旦那かと思ったよ」
 すると、ラパカーンはいやに丁寧に挨拶をして、すうっと歩いて行くのです。
 洋服屋の親方も、ラパカーンを見ると、大げさに手を広げて言いました。
「おや、どなた様かと思ったら、ラパカーンじゃないか。わしは、どこかの王子様かと思ったよ」
 親方の冗談を本気にして、ラパカーンは嬉しがりました。
「親方、本当に僕は、王子様に似ていますか。実は僕も、前からそう思っていたのですよ」
 と、真面目な顔で言いましたので、親方は呆れて、気が変なのじゃないかと思いました。でも、ラパカーンは仕事が上手ですし、良く働くので、大目に見ていました。
 ある日、洋服屋に、宮殿からお使いが来ました。王様の弟の礼服の繕いを頼みに来たのです。親方は、その仕事をラパカーンに言いつけました。
「ラパカーン、お前は手の込んだ仕事が上手だから、この礼服を繕ってくれ。念を入れて、丁寧に仕上げるのだぞ。大切なお客様なのだからな」
「はい、かしこまりました」
 ラパカーンは、美しい縫い取りのあるビロードの服を取り上げました。夕方になって、他の職人たちはみんな帰っていきましたが、ラパカーンだけは残っていました。繕いはとっくに済みましたが、美しい礼服を手から離すのが惜しかったのです。何というきらびやかな、美しい服でしょう。
「オレも、こんな素晴らしい服を着てみたいなあ。でも、似合うかな。ちょっと試しに着てみよう」
 ラパカーンは誰もいないので、そっと着てみました。すると、どうでしょう。まるで、自分の服みたいにぴったり合うのです。鏡に映してみると、とても凛々しく、立派に見えます。
「オレは、ほんとの王子様かもしれないな。親方もこの間、オレにそう言ったよ。お前は、どこかの王子様かも知れないよって……」


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 ラパカーンは、鏡の前を行ったり来たりしました。そうしている内に、いよいよ自分が本当の王子様のような気がしてきました。
「オレは、洋服屋の職人より、王子様の方が似あっているよ。そうだ。これから王子様になる事にしよう。こんな洋服屋で働いていたって、誰もオレを可愛がっちゃくれないし、ほめてもくれない。俺が綺麗な服を着たりすると、洋服屋の小僧のくせにと馬鹿にするだけだ。こんなケチな町から飛び出してやろう。そして、誰も知らないよその国へ行って、王子様になって暮らそう」
 ラパカーンは、そう決心しました。少しばかりのお金を持って、立派な服を着たまま、アレキサンドリアの門からこっそり出ていきました。その晩は真っ暗でしたので、誰にも見つかりませんでした。




~つづく~

2020.04.07 四人の音楽家

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』に、ファイクエIIの第8話を掲載しています。


 今日の記事も、オーストリアの民話、『四人の音楽家』です。


 では、さっそくスタート!


四人の音楽家



 むかし、テロールという所に、四人の音楽家がいました。
 この人たちは、笛吹き、バイオリン弾き、チェロ弾き、太鼓叩きの四人が組になっていて、小さな楽団を作っていたのでした。
 しかし、みんなは、余り上手ではありません。テロールにいて音楽会を開いても、この町の人はあまり聞きに来てくれないので、お金が集まりません。
 みんなは、そこで相談して、旅に出かけて、あちらこちらと巡り歩き、演奏旅行をやろうと計画しました。
「ひとつ、僕たちの腕試しだ。まず、オーストリアの中心のにぎやかな町で、演奏会を開こうじゃないか」
 と、仲間の一人が言い出しました。
「だめ、だめ。僕たちの腕前じゃ、どの町へ行ったって、音楽界に集まってくれないよ」
「じゃあ、どこだっていい。食べさせて、泊めてくれりゃあ、そこで音楽会を開くとするさ」
「すると、僕たちは、バイオリンを弾きながら、オーストリア中、旅が出来るって訳だね」
 バイオリン弾きで、一番年下のローベルトは、旅行が出来るので大賛成です。
 相談が決まると、四人の楽団は出発しましたが、まるでちんどん屋の旅行と言った格好でした。
 四人の音楽家は、あちらこちらの町や村で、道端に立ったり、広場に立って演奏すると、帽子を回してお金をもらい、旅を続けてゆきました。
 秋の半ばを過ぎた頃、四人はランデルス山のふもとを通りかかりました。
 このランデルス山には、不思議な出来事があるという噂を、みんな道々聞かされていました。
 ニーデルの牧場の橋のたもとまで来ると、そこで一休みしました。もう日は暮れかけています。その時、四人の中で一番元気のいい一人が言いました。
「おい、どうだい、今夜の十二時に、赤ひげの王様にセレナーデを弾いて、お聞かせしたらどうだろう」
「これ、これ、滅多な事を言う出ないぞ。ここの王様じゃないか」
「そうだよ。このランデルス山にも、きっと山の王様がいるに違いない。この山には、どっさり宝物が隠されている、という事だ。王様に音楽を聞かせて、その褒美に宝物をもらおうという考えだ」
「そんな勝手な事を言って、王様が利いたら叱られるぞ。パウル」
 年の若いローベルトは、心配そうにランデルス山を見上げていました。山は深く、暗く、麓の森の中の色づいた木々が、まるで火を受けたように赤く見えていました。
 ローベルトが反対しても、みんなは宝物が欲しいので、王様の前でセレナーデを演奏しようと相談を決めました。
「地上の世界では、僕たちには幸せがやって来ないよ。この山で、ひとつ、運試しの四重奏をやろう」
 そして、ローベルトに、
「お前がいなくては、上手くいかないんだ」
 と、みんなの仲間入りをさせて、ランデルス山に出かけました。真夜中の十二時、ニーデル牧場の鐘を合図に四人は一斉に楽器を鳴らし始めました。
 ちょうど一曲弾き終わった時、目の前に明かりがついて、気が付くと、お供を連れた王女様がそこに立っていました。そして、自分についてくるようにと合図をしました。
 険しい道ですが、王女様がともす灯りに導かれ、ずんずん進んでゆくと、山の中にお城がありました。
 王女様の後について通された広間には、王様が、たくさんの家来に取り囲まれて座っていました。
「すぐ、演奏するように」
 という王女様の言いつけで、四人の楽師は王様に捧げる曲を力を込めて演奏しました。
 年をとった王様は、大変満足な様子で、楽師たちに食事を与えるように言いつけました。
 広間のカーテンが開かれると、テーブルの上に、どっさりご馳走が並んでいます。全て金の皿、銀のフォークにナイフ、水晶の壺に、美味しそうなお酒が入っていました。
「こんなご馳走は、生まれて初めてだ」
 と、パウルが言いました。
「こんな美味しいお酒も、生まれて初めてだ」
 と、ローベルトも言いました。
 見回すと、部屋一面に、金や銀の宝物がキラキラ輝いていました。
 食事がすむと、もう一曲演奏したのですが、今度もたいそうお褒めを頂きました。
 四人は、どんな褒美がもらえるかと待ち構えていました。ところが、いよいよ山を下りる時になって、出口で案内の小人から、緑の枝を一本ずつ渡されました。
「えっ、これが王様からのご褒美かい」
 慌てて案内の小人に尋ねようとすると、出口の石の扉が、ぎーっと閉まってしまいました。
「ランデルス山には不思議な事があると聞いていたが、あの王様が赤ひげの王様ってわけだな。しかし、この緑の枝が音楽のお礼とは、いったいどういう事だ」
 みんなは腹を立てて、渡された緑の枝を谷間に向かって投げ捨て、重い足を引きずって、山を下ってゆきました。
 この四人の内、年の若いローベルトだけは、緑の小枝を大切にして、家へ持って帰りました。そして、留守番をしていたお嫁さんに、ランデルス山の不思議な出来事を話して聞かせました。
「まあ、この枝がその時のご褒美なのですね。でも、あの山に、赤ひげの王様が住んでいるなんて、みんな魔法使いの人たちじゃあないのでしょうか」
 お嫁さんは枝を受け取って、緑の葉っぱに手を触れてみました。すると、持っている枝がだんだん重くなってきました。
「あら、どうしたのでしょう」
 ローベルトが受け取って、枝を調べてみました。
「やっ、これはどうした事だ。この木の枝は銀の枝だ」
「あら、あら、葉っぱがみんな金の葉に変わっていますよ」
「やっぱり、王様のご褒美は、大切に持って帰って良かったな」
 金の葉っぱは、一枚一枚お金に換えていっても、楽に一生暮らせるほどありました。
 それを聞いて、悔しがったのは他の三人でした。
「ローベルトの奴、上手い事をしたな」
「あの時、宝物の枝を谷間に捨てなければよかった」
「どうだい、もう一度出かけて、王様の前で演奏するか」
 と言いました。が、ローベルトは、もう四重奏の楽団には加わらず、宝物の枝で一生楽しく暮らしたという事です。




~おしまい~

2020.04.01 ふしぎな馬

 サイトを更新しました。

 今日は『テレビ雑誌コーナー』です。


 本文の方は、オーストリアの民話、『ふしぎな馬』をお送りします。


 では、さっそくスタート!


ふしぎな馬



 昔、三十年戦争(1618~48年、ドイツを中心にして起こった宗教戦争)の頃のお話です。ドナウ川の近くのフィリンゲンに、一人のお坊さんが住んでいました。
 このお坊さんは学問が出来るだけでなく、魔法を使う事も上手でした。
 ある晩、お坊さんはベッドに入って、ふと、こんなことを思いつきました。
「今年の畑の仕事は、私一人では間に合うまい。馬を作って手伝わせることにしよう」
 お寺の後ろには、広い麦畑があって、もう取り入れを待つばかり。麦の穂は、真っ黄色に熟れていました。
「馬が出来上がるまでには、四、五日はかかるだろう。明日から大急ぎで作らねばなるまい」
 翌朝、お坊さんは起き出すと、物置小屋に入り込んで、麦わらを束ねたり、縛ったりして、馬を作り始めました。
 お坊さんが麦わらで馬の形を仕上げてゆくうちに、四日目のお昼ごろ、
「これで出来上がった」
 と言って、ぽんと首を付けると、両手の上に乗るほどの、可愛い小馬が出来上がっていました。
 しかし、こんな小さな麦わらの馬が、どうして畑仕事を手伝えるのでしょう。麦畑に連れて行っても、何の働きも出来ないはずですが……。
 お坊さんは、麦わらで作った小さな馬を馬小屋に連れて行きました。それから、そっと辺りを見回して、誰もいないのを確かめると、口の中で短い呪文を唱えたのです。
 今度はわらの馬に、ふーっと息を吹っかけました。すると、あの手の上に乗るような小さな馬が、風船でも膨らむように、見る見る大きくなって、本当の馬と同じ背丈になりました。
 お坊さんはそこで手を伸ばして、馬のたてがみを撫でてやると、いきなり、
「ヒ、ヒーン」
 と、いなないて、身体を動かし始めました。そして、飼い葉おけに首を突っ込むと、ぱくぱく馬草を食べ始めました。
 このお坊さんの魔法を、こっそり見ていた者がありました。それは、ユダヤ人の商人でした。
「よし、あの馬を買い取って、お坊さんの魔法を盗んでやろう」
 それから一月ほど経つと、この商人が、お寺を訪ねてきました。
 麦の取入れは終わっていて、お坊さんの作った小馬は馬小屋に繋がれています。
「お坊さん、私にこの馬を売って下さいませんか」
「いいですとも、この馬はね、とてもよく働きますよ。可愛がって育ててやって下さい」
 商人はお金を払って馬を連れて行こうとすると、お坊さんが呼び止めました。
「この馬には、カラスムギを食べさせてはいけませんよ。それから、水の中へは決して入れてはいけません」
「はい、はい。約束は守ります」
 商人は馬を連れてゆくと、途中でブリーク川の側に来ました。
「あのお坊さんは、この馬を水の中へ入れてはいけない、と言っていた。水に入れると秘密が分かるから、あんなことを言ったに違いない」
 お坊さんの魔法を知りたいと思っている商人は、馬の背に乗って、川の中へ入ってゆきました。
 川の真ん中まで来た時、馬が、ずぶ、ずぶ、ずぶ、と沈み始めました。
「え、えっ、これは、一体どうしたというのだ」
 よく見ると、馬がいつの間にか、一束のわらに変わっていて、商人はそれをまたいで川の中にいるのでした。
「大変だ」
 やっとのことで岸に這い上がりましたが、高いお金を出して買った馬がわら束に変わったのですから、商人は腹が立って仕方がありません。お坊さんとの約束を守らなかったのに、自分が騙されたとばかり思いこみ、
「よし、もう一度引っ返して、馬がわらに変わったと言ってお金を取り返してやろう」
 ユダヤの商人は、大急ぎで寺に戻ってきました。
 お寺の門を叩いても、玄関で大きな声で怒鳴っても、お坊さんは出てきません。商人が部屋に入り込んでみると、お坊さんはベッドの上で大の字になって、ぐう、ぐう、大いびきです。
「お坊さん、起きて下さいよ。大変なんです。私の買った馬が、わら束に変わってしまったのですよ」
 いくら怒鳴っても、お坊さんが起きないので、
「寝た真似をしていても、私は馬のお金は返してもらいますからね」
 手を伸ばして寝ているお坊さんの足を引っ張ると、おや、どうしたのでしょう、足がすっぽり抜けてしまいました。
 ユダヤ人の商人は大慌てです。
「大変な事をした。足を元通りにしろと言って訴えられるかもしれない」
 足をつかんだまま、ブリーク川の側へ来てよく見ると、それは足ではなく、一本のほうきでした。


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 ユダヤ人の商人は、もう一度駆け戻ってみました。寺のあった所は一面の草原で、その草の上を、さやさやと涼しい風が吹き抜けていきました。
 手に持ったほうきは、と見ると、一束の草の穂に変わっていました。




~おしまい~

 今日はアメリカの民話、『ジャックと王女』です。

 では、さっそくスタート!


ジャックと王女



 ジャックは、お母さんと二人だけで暮らしていました。
 お父さんはいませんでした。
 けれど、お父さんと同じくらい大好きな親戚のおじさんが、少し離れた所に住んでいました。
 ある時ジャックは、
(おじさんに会いたいな)
 と思いました。そう思うと、やたらに会いたくなりました。
 留守の間、お母さんが困らないように、一生懸命働くと、さて、おじさんの家へ出かけて行きました。
 おじさんの家に行くには、王様のお城の側を通らなければなりませんでしたが、その頃お城の門には、こんな立札が立っていました。


『王様の一人娘 王女を笑わせた者は、この国の王様にする』


 王女は生まれた時からずっと、一度も笑った事がありませんでしたので、王様はたいそう心配していたのでした。
 ジャックがお城の側を通りかかった時、王女は丁度、お城のベランダに出ていました。
 ジャックが自分と同じ年ぐらいの若者なので、王女は話しかけてみたくなりました。
「お前の名前はなんて言うの?」
「ジャックと言います」
「そう、ジャック、お前はどこへ行くの?」
「親戚のおじさんの家に行きます」
「そう、それは楽しみに。行ってらっしゃい」
 王女はにこりともせずに言いました。
 ジャックはそのまま旅を続け、やがて、おじさんの家に着きました。
「やあ、ジャックかい。よく来たね」
 子供のいないおじさんは、ジャックを心から歓迎してくれました。
 おじさんの家は、その村の若者たちの集会所のようになっていましたので、毎日のように、若者たちがより集まってきては、歌ったり踊ったりして、楽しんでいました。
 ジャックもその仲間に入ると、楽しくて、面白くて、家に帰る事などすっかり忘れてしまいました。
 ある日、とうとうおじさんは言いました。

「ジャックや、もうそろそろ帰らないと、お母さんが心配しているよ。薪を集めるのに、お前がいないと困るだろうしな。家へ帰った方がいいんじゃないか」
「はい、おじさん、分かりました」
「それじゃ、これからすぐ支度をして帰るんだな。お土産に、大きなかがり針をやろう。これがあると、破れた袋や服を繕うのに都合がいいよ」
 そう言って、おじさんは大きな針に糸を付けてジャックに渡しました。
 ジャックは肩に糸をかけ、針は背中にぶらぶらさせながら、帰っていきました。
 途中でまたお城の側を通りました。
 王女がまた外に出ていて、ジャックを見ると呼び止めました。
 王女は、ジャックの事をよく覚えていたのでした。
「ジャック、もう帰るのかい」
「はい、王女様、とても楽しかったですよ」
「肩にかけているのは何なの?」
「おじさんからもらったかがり針ですよ」
「まあ、針なの。針はそんな風に持って歩くものじゃないわよ。シャツの胸の所に挿しておくものよ」
「ああ、そうですか」
 ジャックは王女に言われた通り、針をシャツに挿して帰りました。
 家に帰ると、ジャックはおじさんの家で楽しかった事を、お母さんに色々話して聞かせました。お母さんは、そりゃ良かったねと喜んでくれました。
 それからしばらくの間、ジャックは家の周りの畑を耕したり、薪を集めたりして働きました。
 だが、またすぐにおじさんの家に行きたくなりました。
 ジャックが毎日そわそわしているので、お母さんは言いました。
「ジャックや、良く働いてくれたね。仕事がすっかり終わったら、おじさんの家へ行ってもいいよ。その代わり、今度は早く帰ってくるのだよ」
 ジャックはまた出かけて行きました。
 お城の側を通ると、また王女がいました。
「あら、ジャック、今日はどこへ行くの?」
「おじさんの家ですよ」
「そう、じゃ、また楽しく遊んでお土産をもらっておいで」
 ジャックがおじさんの家に行くと、おじさんは、今度は方々へ遊びに連れて行ってくれました。
 あんまり楽しかったので、ジャックはまた帰るのを忘れてしまいました。
 ある日、おじさんはジャックに言いました。
「もう、そろそろ、うちへお帰り。今度はこの剣をお土産にあげよう。おじいさんがわしにくれた剣だ。アメリカ独立戦争の時に使ったものだよ」
 ジャックは剣をもらうと、王女に言われたことを思い出しました。
(ああ、そうだっけ。胸に挿すんだったな)
 ジャックはシャツの胸の所に剣を差し込みました。
 王女はジャックの姿を見ると、驚いてしまいました。
「あらまあ、ジャック。シャツが破れてしまったじゃないの。剣なら、肩に担いでいらっしゃいよ」
「ああ、そうですか。分かりました」
 ジャックは家に帰ると、しばらくの間、精を出して働いてから、お母さんに聞いてみました。
「また、おじさんの家に行きたいけど、行っていいかしら」
「ああ、いいとも」
 と、お母さんは行ってくれました。
 ジャックは喜び勇んで出かけました。
 王女がまた声をかけてくれました。
 ジャックは王女とすっかり親しくなっていましたので、友達のように話をしてからおじさんの家に行きました。
 おじさんの家では、踊ったり、またどこかへ出かけたりしました。その内に、おじさんが言いました。
「もう、そろそろ帰った方がいいな。今日はお前にいい物をあげよう。今度は一か月ぐらい、家を離れたくなくなるだろう。子馬が一頭いるから、それを連れて行って、上手く馴らして乗りなさい」
 ジャックはお礼を言って、子馬をもらうと家に帰りました。途中、王様のお城の側を通る時には、王女の言葉を思い出して子馬を肩に担ぎました。
 王女がその様子を見て、飛んで出てきました。
「あらまあ、ジャック、あなたは見た事も無いお馬鹿さんね。子馬は担ぐものじゃなくて、乗っていくものよ」
「ああ、そうですか。じゃ、そうしましょう」
 家へ帰ると、ジャックはしばらくの間は子馬に乗るのが面白くて、一か月ぐらい遊び暮らしました。
 やがて、その子馬に乗るのにも飽きてきました。そろそろ、おじさんの家の事を思い出し始めました。
「おやまあ、ジャック、また出かける気になったのかい?」
「ええ、お母さん、留守の間、子馬の面倒を見て下さいよ」
 ジャックは仕事をすっかり済ませてから出かけて行きました。お城の所で、庭に出ていた王女としばらく話をしてから、おじさんの家に向かいました。
 それからの楽しかった事は、いつもの通りでした。特に、今度はとてもたくさん歌ったり踊ったりしましたので、前よりもずっと長い間、家に帰るのを忘れてしまいました。
 やがて、おじさんが言いました。
「さあ、ジャック、もう帰った方がいいぞ」
「はい、おじさん、もっと早く帰るんだったっけ」
「ジャックや、今日のお土産は子牛にしよう。今に立派な乳牛になって、たくさんミルクが取れるよ。さあ、持っておゆき」
 おじさんは、綱を持ってきて子牛の角を縛り、ジャックにその綱を引かせました。
「おじさん、有難う」
 ジャックが子牛を引いてお城の側を通ると、王女は外の洗濯場にいました。
 ジャックは王女に言われたことを思い出して、子牛の背中に飛び乗ろうとしました。
 なんと、牛の背中の滑って乗りにくい事ったら!
 ジャックはどうにかこうにか、後ろ向きにまたがることが出来ました。そして、尻尾をつかみ、
「走れ! 走れ!」
 と怒鳴ったのです。
 驚いた子牛は、鳴きながら道を右、左に跳び始めました。
 王女がちょうど、ジャックの方を見た時のジャックの格好と言ったら!
 ジャックは子牛の背中で、右や左に滑り落ちそうになりながら、尻尾をぎゅっとつかみ、
「助けてくれ!」
 と叫んでいるのです。
 王女は思わず、町中に聞こえるほどの大声で笑ってしまいました。生まれてから、一度も笑った事のない王女が笑ったのですから、お城の人たちは、驚いたり、喜んだり。
 王様も、ジャックと子牛の姿を見ると、立ってはいられなくなるほど笑ってしまいました。
「なるほど、王女が笑うのも道理じゃわい」
 王様は、家来に言いつけて子牛を取り押さえさせ、ジャックを助けました。
「ジャックや、お前は素直ないい若者だ。お前のおかげで王女が笑った。約束通り王女とお前を結婚させよう」
 ジャックを町へ連れて行って、王様は新しい服を買い与えました。
 それからジャックは王女と一緒に四輪馬車に乗って教会に行きました。
 そこで、結婚式を挙げたのです。
 ジャックと王女は、それから長い間、幸せに暮らしたという事です。




~おしまい~

 老人の小屋の周りは、まるで花園のような美しさでした。目玉を取り戻した娘が、にこにこ笑って小屋の周りを歩くので、バラの花が咲き、緑の草が生えたからでした。
 訪ねてきた侍女頭は驚きました。もし、この事が王子に知れたなら、自分の娘はどうなるだろう、と思うと、身体が震えてきました。
 侍女頭は、老人をそっと木の陰に連れ出しました。
「実は、王子様が、このごろどうも病気がちなのです。それで、色々と調べますと、この近くに不思議な魔女が住んでいて、その呪いがかかっているからだという事が分かりました。その魔女と言うのは、お前さんと一緒に暮らしている娘なのです」
「えっ、あの娘が、魔女だなどと、そ、そんな事など……」
「いえ、間違いありませんよ! だから、バラの花を咲かせたり、真珠の玉を出したりもできるのです。このまま放っておくと……」
 侍女頭は、老人をにらみつけて脅しました。
「すると、あの娘をどうすれば良いのですか?」
 老人は、おろおろしながら訊きました。
「その娘に、お前に不思議な力を授けているお守りは何だね、と訊くのです。それが分かれば、その後は、私がうまく取り計らって、娘さんが不幸にならないようにしてあげます」
「そうですか、宜しくお願いします」
「明日の昼に、また来ます。それまでに聞いておいてくださいよ!」
 侍女頭は、そのまま帰りました。
 その夜、老人は、娘にそれとなく言いました。
「小屋の周りがすっかり綺麗になって、こんな嬉しい事は無いよ。でも、あなたは人間でありながら、どうしてこんな不思議なことが出来るんだね?」
 すると、娘は自分に不幸な事が起きるとも知らずに、
「わたくしのこの力は、生まれた時に仙女たちがお授け下さったものなのです。わたくしのお守りは、山の上に住んでいる牡鹿です。その牡鹿が死ぬと、わたくしも死ななければならないのです」
 と、正直に答えました。
 次の日、侍女頭は老人からこの話を聞きました。
(そうか、山の上の牡鹿だったのか……)
 侍女頭は大喜びで宮殿に帰ると、娘に言いました。
「いいかね。しばらくの間、偽の病人になるのですよ。そして王子様に『山の上にいる牡鹿をとって来てください。その牡鹿の肝を食べませんと、この病気は治らないので御座います』と、言いなさい」
 偽の病人は、母親に言われた通りに頼みました。
「そうか。では、すぐにその牡鹿をとらせよう!」
 王子の命令で、三人の家来が弓を持って山に行き、眠っていた牡鹿を射殺しました。もちろん、偽の病人はその肝を食べました。
 お守りの牡鹿が死んだので、娘も眠ったままの姿で、朝になるともう死んでしまっていました。
 老人は悲しんで、死体のそばで、一日中泣き続けました。次の日も、その次の日も、泣き続けました。
 こちらは、娘を王子様の宮殿へ送った木こりの家です。木こりの夫婦は、娘が王子様のお嫁さんになって幸せに暮らしているものとばかり思っていました。
 すると、ある夜、木こりの妻は、不思議な夢を見ました。一人の仙女が現れて言いました。
「あなたの娘の真珠姫が、ある山の中の小屋で死んでいます」
「えっ、そんな!」
「本当です。でも、生き返らせる方法が一つだけあります」
「それは、どんな方法でしょうか。どうか、教えて下さい!」
「ここから王子の宮殿へ行く途中の森の中に、小さな泉があります。その泉の水は、命の水です。その水を口に入れると、心の美しい人だったら生き返らせてもらえるのです。さあ、すぐにお出かけなさい」
「はい、有難う御座います……」
 妻は、そこで目が醒めました。と、それと一緒に、夫の方も目を覚ましました。
「私は今、不思議な夢を見ました」
 妻が仙女の事を話すと、夫の方も、それと同じ夢を見たと言いました。
「すると、ただの夢とは思われません。すぐに出かけてみましょう!」
「きっと神様が教えてくれたのだろう。すぐに行こう!」
 気持ちのあせる夫婦は、まだ夜の明けないうちに家を出ました。走るような速さで歩いて、次の日の昼頃、やっと森の中に湧き出ている泉を見つけました。
 夫婦は泉の神にお祈りをしてから、その水を小さな瓶に入れて、また急ぎました。
 それから三日目、今度は山の中の小屋を見つけました。小屋の周りには、美しいバラの花がいっぱいに咲いています。
 それなのに、小屋の中には、娘ともう一人の老人が並んで死んでいました。木こりの夫婦は、急いで二人の口へ、命の水を注いでやりました。
 と、まず、娘の方が生き返りました。
「あ、お母様!」
 娘は母親に抱き着きました。すると、その声で、老人の方も目を開きました。
 生き返った二人から、今までの事を聞いて、木こりの夫婦は驚きました。
 次の日、四人はバラの花と真珠の玉を持てるだけ持って、宮殿に向かいました。
「なに、美しいバラの花と真珠の玉をいっぱい持った娘がわしに会いたいと……?」
 取り次ぎの侍女の言葉に、王子は立ち上がりました。側にいた侍女頭が、顔色を変えて止めました。
「王子様、それはきっと、山の中に住んでいる魔女です。そんな者にお会いすることなどありません!」
「いや、しかし、わしはそのバラの花を見たいのだよ。その者を庭に通しなさい」
 王子は侍女頭の手を払いのけて、庭に出てみました。と、そこに立っている美しい娘は、間違いも無く夢の中で見た、あの真珠姫でした。
「おう、そなたは、真珠姫!」
 王子は叫びました。娘は、にっこり笑いました。すると、そのすぐ前に、美しいバラの花が咲きました。
 さあ、その後、宮殿の中は大変な騒ぎになりました。悪だくみをした侍女頭とその娘が、重い罰を与えられたのはもちろんです。
 王子と真珠姫の結婚式は、盛大に行われました。
 姫の父母の木こり夫婦も、山の老人も、宮殿の中に住むことになって、幸せに暮らす事が出来ました。




~おしまい~

 王子とにせ真珠姫の婚礼の式は、盛大に行われました。
 けれども、王子は少し不思議に思いました。自分が夢の中で見た真珠姫と、今の花嫁とは、どこか違っているような気がしてならないのです。第一、本当の真珠姫なら、バラの花を咲かせたり、真珠の玉をこぼしたり、緑の草を生やすことが出来る、と聞いているけれど、この花嫁には、そんな力などなさそうです。――そうかと言って、まるっきり似ていないという訳でもありません。
(その内に、本当の真珠姫かどうか、きっと分かるだろう……)
 王子はそれとなく、様子を窺っていることにしました。
 一方、山の中に置き去りにされた目の見えない真珠姫はどうなったのでしょう……。
 思ってもいなかった悲しみに出会って、泣き続けていました。すると、見えなくなった目から零れ落ちる涙が……いや、真珠の玉が、そこらいっぱいに広がりました。
 丁度その時、一人の老人が、その辺りへ薪を取りに来ていました。
「はてな……?」
 真珠姫の泣き声を聞いた老人は、そっと近づいてみました。
「あっ、これはまた、なんという事だろう。あなたは、妖精ですか。それとも仙女ですか?」
「いえ、わたくしは、ただの人間です」
「しかし、こんなにいっぱいの真珠の玉が……」
「はい、これは神様がお授け下さったものです」
「それにしても、こんな酷い事を?」
「はい、ある人に騙されて……」
「そうですか。ともかく、このままでは死んでしまいます。私はこの山で、たった一人で暮らしている者です。私の小屋へ行きましょう」
 老人は、目の見えない真珠姫をかごから出すと、自分の小屋に連れて行きました。
「私は、この山で薪を取り、それを町に売りに行って暮らしているのです。一人暮らしですから、良かったらいつまでもここにいて下さい」
「はい、こんな身体では、もうどこへも行けません。ご迷惑でしょうが、ここに置いて下さい」
「いいですとも、いいですとも」
 こうして、一人暮らしの老人と、真珠姫……いや、目の見えない娘との、二人の暮らしが始まりました。
 そして老人は、薪の代わりに、娘の目から零れ落ちた真珠の玉を町へ売りに行くのが仕事になりました。
 ある日、老人は、目の見えない娘を慰めてやろうと、面白い昔話を語って聞かせました。
 娘は、その話がおかしくて、声を出して笑いました。この山に来てから、笑ったのは初めてでした。
 すると、不思議な事が起こりました。小屋の戸口の前に美しいバラの花が咲いたのです。
「あれっ、こんな季節に、こんな美しいバラの花が!」
 老人は、驚いて叫びました。
 目の見えない娘は、そのバラの花で、良い事を思いつきました。
「お爺様。このバラの花を宮殿に持って行き、買ってくれませんかと言って下さい。宮殿には、バラの花を欲しがっている人が、必ずいるはずですから……。そして、いくらかと聞かれたら、お金では売りません。人間の目玉とならお取替えします、と言って下さい」
「なるほど……。よし、では、さっそく出かけましょう!」
 老人は、宮殿の門の前に行くと、
「バラの花です。美しいバラの花です。バラの花はいりませんか!」
 と、大声で叫びました。すると、中から一人の年取った侍女が、慌てて出てきました。そうです。あの侍女頭でした。
 侍女頭は、どうしてもそのバラの花が欲しかったのです。と言うのは、王子はこの頃、お嫁さんになった自分の娘を、本当の真珠姫かどうかと、疑っているみたいだからです。このバラの花を見せて、その疑いをなくそう、と思ったからでした。
「そのバラを売ってくれぬか。いくらですかな?」
 侍女頭は、わざと落ち着き払って言いました。


Shinjuhime-2.JPG


「はい、これは、世にも珍しいバラの花です。ですからお金で売ることは出来ません。人間の目玉二つとお引き換えになら、お譲りします」
 老人も、無理に買ってもらわなくても良いようなそぶりをしました。
「いや、是非売ってもらいましょう。では、すぐに目玉を持ってくるからね」
 そして、慌てて中に消えた侍女頭は、すぐに出てきました。
「ほれ、目玉を二つ」
「はい、では、花をどうぞ」
 老人は、バラの花と二つの目玉と取り換えて帰りました。
 山の小屋で待っていた娘は喜びました。
 その目を、元の目の穴に入れました。目の見えるようになった娘は、前にもまして、愛らしく、美しくなりました。
 一方、宮殿の中の王子は、偽物ではないかと疑っていたお嫁さんが、季節外れの美しいバラの花を持ってきたので、本物の真珠姫かも知れないと思いました。
 けれども、バラの花は出しても、真珠の玉を出したことがありません。また、歩いても緑の草は生えません。
 王子は、また少し疑いの気持ちが出てきました。
 すると、侍女頭の母親は、それに気が付いて、次の方法を考えました。
(あの美しいバラの花を持ってきた老人なら、きっと、真珠の玉を出したり、緑の草を生やすことだって出来るだろう)
 侍女頭は、そっと、山の中へ老人を訪ねていくことにしました。




~つづく~


 真珠姫の涙も、次回で完結なわけですが……。


 それにしても今回の展開、真面目なシーンなのに、私は「なんで態々、真珠姫の目ん玉とっておいたんや」とか、「目ん玉はめただけで元に戻るとか、『Dr.スランプ』か!w」なんて突っ込みながら読んでました(苦笑)。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 それから、長い年月が夢のように過ぎました。
 貧しい木こりの家に生まれた赤ちゃんも、もう十二歳の娘さんに成長しました。この娘を一目見た人は、誰もが皆、その可愛らしさと美しさにうっとりしました。いえ、そればかりか、この娘が笑えば、美しい花が咲き、泣けば涙の代わりに真珠の玉がこぼれ、歩けばどんな荒れ地にも緑の草が生えるのです。
 その噂は、やがて遠くの国々まで広がっていきました。
 ある国に、一人の王子がいました。王子の母は、真珠姫の噂を聞くと、ぜひ王子のお嫁さんに迎えたい、と思いました。そして、毎日、神様に祈りました。
 すると、その母の気持ちが通じたのか、ある夜、王子は不思議な夢を見ました。一人の仙女が現れて、王子に言いました。
「王子様、私の後ろにお立ちになっている姫をご覧なさい。この姫は、笑えばバラの花を咲かせ、泣けば真珠の玉をこぼし、歩けばその足跡に緑の草が生えるのです」
「えっ、すると、真珠姫?」
「そうです。真珠姫です。この姫こそ、王子様のお嫁さんにふさわしい姫なのですよ」
 王子は起き上がって、仙女の後ろに立っている姫を見つめました。と、その美しさと愛らしさに驚きました。


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 あくる朝、王子はその夢の事を母に話しました。
「では、わたくしの願いが神様に通じたのでしょう。さっそく、その真珠姫を探す事にしましょう」
 喜んだ母君は、すぐ、侍女のかしらを呼びました。
「そなたは、年をとっているうえに、女の身で気の毒に思うが、これからすぐ、真珠姫の住んでいるという山へ行ってくれぬか」
 母君は、侍女頭に、細かい事まで注意をして、旅立たせました。
 二人の侍女をお供に連れた侍女頭は、長い旅の末、やっと木こりの家を探し当てました。
 話を聞いて、木こりの夫婦は喜びました。自分たちのような貧しい木こりの娘を、王子のお嫁さんに迎えたいという、まるで夢のような話です。もちろん、娘の方も喜びました。
「では、その内に、改めてお迎えに参りますから、今からお支度をしておいて下さい」
 そう言い残して、侍女たちは木こりの家を出ました。
 しかし、帰る途中でした。侍女頭は、何度も立ち止まってつぶやきました。
「なるほど、真珠姫と呼ばれるだけあって、あの娘さんは美しい。けれども、いくら美しくても、貧しい木こりの娘が王子様のお嫁さんになど……」
 侍女頭がそう思うのには、もう一つ訳がありました。と言うのは、この侍女頭にも、木こりの娘と同じ年の娘がいるのです。その娘は、木こりの娘ほどの美しさではないけれど、でも、どこか似ているところもありました。もし、木こりの娘がいなかったら、自分の娘が王子のお嫁さんになれたかも知れない、と思う気持ちがあるからでした。
 ともかく、宮殿に帰った侍女頭は、木こりの夫婦も娘さんの方も、喜んで承知してくれました、と報告しました。
「そうですか。ご苦労でした。では、なるべく早くお迎えに行くように、準備を整えましょう」
 母君も王子も、大喜びで、宮殿の中は急に忙しくなりました。
 準備も出来て、侍女頭は、今度は五人の侍女をお供に連れ、二台の馬車で木こりの娘を迎えに出発しました。
 木こりの家でも、もう支度が出来て待っていました。
「それでは、娘の事はくれぐれもよろしくお願い申し上げます」
 木こりの夫婦は、侍女頭に何度も何度も頭を下げました。
 前の馬車には木こりの娘――いや、宮殿から送られた立派な着物を着た真珠姫と、侍女頭の二人が乗り、後ろの方には、五人の侍女たちが乗りました。
 さて、その帰り道でした。侍女頭は、真珠姫に食べさせる食事は特別に塩辛いものばかり食べさせました。ですから、真珠姫は喉が渇いて仕方がありません。
「あの、お水を一杯下さい」
 姫は、侍女頭に頼みました。
「はい、差し上げたいのですが、でも、まだまだ続く長い旅ですし、この辺りには泉もありませんので、水はとても大事なのです。しばらく我慢をして下さい」
 侍女頭は、冷たく断りました。
 真珠姫は我慢をしました。けれども、しばらく経つと、もうどうにも我慢が出来なくなりました。
「お願いです。水を飲みませんと、もう死にそうです。ほんの少しだけでも、どうかお願いします」
 姫は、苦しそうに悶えながら頼みました。
「そうですか。それほどまでにおっしゃるなら、あげましょう。その代わり、あなたの片方の目玉を渡してもらいましょう!」
「え、わたくしの目玉を……?」
「そうです!」
 侍女頭は、冷たく笑って言いました。
 苦しさに我慢できない真珠姫は、仕方なく、左の目玉をとって渡しました。そして、ほんの少しの水をもらいました。
 けれども、また少し経つと、真珠姫は、前よりもっとひどく喉が渇き、苦しくなりました。
「お願いです。もう一杯、お水を……」
 すると、侍女頭は、また冷ややかに笑って言いました。
「では、残っているもう一つの目玉を渡しなさい。そしたら、今度はたくさんの水をあげますよ」
 苦しくて死にそうな姫は、仕方なく、残っている右の目玉をとって渡しました。
 侍女頭はにやりと笑って、今度は前よりも少し多くの水をやりました。
 その水を飲んだ真珠姫は、やっと、乾いた喉は治りました。が、二つの目玉を取られてしまったので、もう何にも見えなくなってしまいました。
(すると、この人は……?)
 真珠姫は、今になって、侍女頭の悪だくみに気が付きましたが、もう、どうすることも出来ません。
 突然、侍女頭が、馬車を止めました。そして、後ろの馬車の御者に向かって、
「わたくしの方の馬車は、お姫様がお疲れだから、ここで少し休んでいきます。そなたの馬車は先に行って、向こうの森で待っていなさい!」
 と叫びました。
「はい、分かりました」
 後ろの馬車は、横を通り抜けて、先に出かけました。
 さて、その馬車が見えなくなると、侍女頭は自分の馬車の御者に言いつけて、目の見えない真珠姫をぐるぐると縛らせました。それから、籠の中に入れて岩の陰に運ばせました。そこには、真珠姫と同じ姿をした、侍女頭の娘が待っていたのです。
「さあ、早く!」
 侍女頭は目の見えない真珠姫を籠に入れたまま置き去りにして、替わりに自分の娘を馬車に乗せたのです。馬車は走り出しました。




~つづく~

 今晩は、アカサカです。

 今日からはペルシャ民話の中編、『真珠姫の涙』をお送りしたいと思います。


 では、さっそくスタート!


真珠姫の涙



 むかし、ペルシャの国に、一人の王様がいました。
 王様には、三人の美しいお姫様がいました。上のお姫様は二十五歳、中のお姫様は二十歳、末のお姫様は十六歳でした。
 王様は、
(三人の姫は、もう結婚をする年ごろ……。よし、では、さっそくにも、姫たちの結婚の相手を決める事にしよう……)
 と考えました。
 王様は、どんな方法でお姫様たちの結婚の相手を選んだらよいだろうか、と考えました。
(そうだ、弓を使って決める事にしよう!)
 王様は、弓と三本の矢を用意してから、お姫様たちを呼びました。
「わしは今、そなたたちを結婚させることに決めたぞ。それで、その相手を選ぶ方法だが、ここに三本の矢がある。これを、自分の好きな方に向かって射るがよいそして、この矢の落ちた場所にいる人を、結婚の相手に決めるのじゃ。良いな」
「はい、分かりました、お父様」
 上と中のお姫様は、すぐに承知しました。
「そなたはどうだな?」
 王様は、黙って下を向いている末のお姫様に聞きました。
「はい、お父様。私は、しばらく考えさせて頂きとう御座います」
 末のお姫様は、困ったような顔で言いました。
「ほう、何故だな?」
「はい、一生の間一緒に暮らす夫を決めるのに、そのような乱暴な決め方では……」
「なに、乱暴な決め方だと? 上の二人の姫が賛成するのに、末のそなたがそのような理屈を言うとは……」
 王様は、急に怒った顔になりました。
「そうですわ。お父様、三人のうち、二人が賛成なのですから、そうお決めください」
「そうですね。そうお決めください」
 上の二人のお姫様が言いました。
「よし、三人のうち、二人が賛成なのだから、そう決める事にするぞ。これは、わしの命令だ。良いな!」
 王様は言いました。
「はい、ご命令では致し方御座いません。お言葉通りに致します」
 末のお姫様は、しぶしぶ承知しました。
「では、上の姫から順に、好きな方に向かって矢を放つがよい」
 王様は、三人のお姫様に、一本ずつ矢を渡しました。
 上のお姫様は、北の方に向かって矢を放ちました。その矢は、大臣の息子の館の庭に落ちました。それで、その人が結婚の相手と決まりました。
 中のお姫様は、西の方に向かって矢を放ちました。その矢は、大僧正の息子の館の庭に落ちました。それで、その人が結婚の相手と決まりました。
 けれども、実は上のお姫様と中のお姫様は、前からその人たちが好きだったのです。ですから、好きな人の庭に落ちるように狙って、矢を放ったのです。
 さて、末のお姫様には、まだ好きな人がいませんでした。しばらく考えたお姫様は、東の方に向かて矢を放ちました。その矢は、山の中の、貧しい木こりの小屋に落ちてしまいました。
 王様は慌てました。いくらなんでも、王の姫を、貧しい木こりの妻になどできません。
「今のは間違いだ。もう一度やり直しなさい!」
 王様は、もう一本の矢を末のお姫様に渡そうとしました。
「いえ、それはいけません。たとえどこに落ちましょうとも、約束は約束です。わたくしは、木こりの妻になります」
 末のお姫様は、きっぱりと言いました。
「いや、もう一度、やり直しなさい!」
「いえ、やり直しません!」
「この強情者っ、勝手にせい!」
 王様は、すっかり怒ってしまいました。
 こうして、三人のお姫様の内、末のお姫様だけは、次女も釣れず、たった一人で山の中に行き、貧しい木こりの妻になりました。
 それから一年が過ぎて、貧しい木こりとお姫様だった妻の間に、女の赤ちゃんが生まれました。
「かわいそうに、こんな貧しい家に生まれてくるなんて」
 お姫様だった母は、自分の小さい時と比べて、この赤ちゃんが可哀想でなりませんでした。でも、これも人の世の定めなんでしょうから……と諦めて、夫と赤ちゃんのために、毎日かいがいしく働いていました。
 ある夜の事、この貧しい木こりの家に、どこからともなく、三人の仙女が現れました。
 仙女たちは、すやすやと眠っている赤ちゃんの顔を、長い間見つめてから、
「この子を“真珠姫”という名前にします。そして、この子が泣けば、涙の代わりに真珠の玉がこぼれますように」
 と、一人の仙女が、赤単の頭を軽くなでながら言いました。
 続いて、次の仙女も、赤ちゃんの頭をなでながら、
「この子が笑う時には、美しいバラの花が咲きますように」
 そして、三番目の仙女は、
「この子が歩くところに、緑の美しい草が生えますように」
 と言って、三人の仙女は、すっと消え去りました。




~つづく~

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』です。


 本文の方もオランダの民話、『アントワープの町』で行きます。

 では、本文スタート!


アントワープの町



 むかし、アンチゴヌスという、とても乱暴で人を傷つけたりする事など平気な大男がいました。アンチゴヌスは、シェルド川の側に建っている大きな城に住んでいました。
 川岸にはにぎやかな街があって、材木や、鉄や、食糧品や衣料類などを積んだ船が、絶えず川を上ったり下ったりしていました。
 ある日、アンチゴヌスは、お城の中から川を行ったり来たりしている船を眺めている内に、ふと、良い事を思いつきました。
「毎日、あんなにたくさんの船が川を往来しているんだから、船から通行税を取り立てたら、大儲けが出来るぞ。よーし、これはうまいぞ。早速そういう事にしよう」
 そこでアンチゴヌスは、大きな棒を手に持つと、町へ出て行って、
「町の者は、今すぐ広場へ集まってくれ」
 と、割れ鐘のような大声で怒鳴って歩きました。
 町の人たちは、アンチゴヌスが手に負えない乱暴者なので、いう事を聞かないと、それこそどんな酷い目に遭わされるか分からないと思い、みんなすぐ、広場へ出かけて行きました。
 みんなが集まると、アンチゴヌスは人々をぐっと睨みつけながら、
「みんな、よく聞け、今日からは、城の下を通るには、俺の許しが無いといけない。いいか、通行税を払わないと、一艘も通さないぞ。もし、払わないというものがいたら、両手を切り落として川の中に捨ててしまうからな。それから通行税を払わない船を通してやろうとした者がいたら、そいつも親指を切り落としたうえ、一か月間真っ暗な土牢へ放り込むからそう思え」
 と言いました。


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 それから手に持っていた大きな棒を、ビュン、ビュン振り回していたかと思うと、そばにあった荷車目がけてはっしと打ち下ろしたのです。荷車は粉々に砕けてしまいました。人々は、震えあがって帰っていきました。
 その日から、アンチゴヌスは一日中お城の窓から川をみはっていて、船の姿が見えさえすると、大声で、
「通行税を払え!」
 と怒鳴りました。
  こうして、アンチゴヌスは、どんな貧しい者からも通行税を取りたてました。もし、払わぬものがあると、アンチゴヌスは本当にその人の両手を切り落としたり、川の中に手を投げ込んでしまいました。また、お金が無くて払えない者は、船の中から引きずりおろして土牢に閉じ込めてしまいます。
 やがて、こうした恐ろしいうわさが方々に伝わり、船は一艘も寄り付かなくなってしまいました。そのため町の人たちは、商売が出来なくなって、どんどん貧しくなっていきました。町の人たちは、とてもたまらなくなり、夜の暗闇に紛れてそっと船を出すこともありました。
 ところがアンチゴヌスは塔の上に見張りの男を立てて、昼も夜も川を見張らせたのです。そのため、夜、こっそりとお城の下を通り抜けようとしたところを、フクロウのように目を光らせた見張りどもに見つかり、船長は手を切られ、町の人たちは親指を切り落とされて、土の牢に放り込まれてしまうのでした。
 こんなことから、とうとうこの町は、よそものからアントワープという、たいへん情けない名を付けられてしまいました。アントワープとは、“手を投げる”という意味なのです。


 この町の領主のブラバンド公爵は町の人たちの悲しみを見て黙っていられず、アンチゴヌスのお城に尋ねて行きました。
「お前は随分酷い事をしているな。あんなことは、一刻も早くやめなさい。そうしないと、お前の城を焼いてしまうぞ」
 公爵はそう言って、アンチゴヌスを叱りました。
 けれどもアンチゴヌスは何も言わず、ただ笑っているだけでした。
 公爵が帰ってしまうと、アンチゴヌスはやはり公爵の言った事が気にかかると見えて、すぐにお城の守りを前よりいっそう固めました。そうしておいて、通行税はやめずに取り立てていました。
 公爵の家来に、ブラボーという勇ましい若者がいました。ブラボーは、アンチゴヌスが毎日町の人たちを苦しめているのにたいそう腹を立て、自分がアンチゴヌスを征伐して町の人を救おうと決心しました。
(アンチゴヌスは、お城の守りをがっちり固めているようだが、どこかに忍び込む隙があるに違いない)
 そう思ったブラボーは、アンチゴヌスのお城の側へ行って、良く調べてみると、どうやら一つの窓からアンチゴヌスの部屋に入り込めそうなことが分かりました。
 ブラボーは、すぐに公爵の前へ出て、
「どうか、町の人たちを救うため、アンチゴヌスの城を、ご家来たちに攻め立てさせて下さいませ。その隙に、私があの悪者めを捜し出して、必ず討ち倒しますから」
 とお願いしました。公爵も、アンチゴヌスには困っていたので、ブラボーの頼みを聞き入れてくれました。
 アンチゴヌスに気づかれぬように、月の無い暗い晩、選ばれた千人ほどの強い騎士が、鎧、兜に身を固めてお城目がけて音もさせずに進み出しました。
「もう、みんな寝てしまっただろう。不意を襲うのだ。さあ、攻め込めっ!」
 隊長の合図に、騎士達は雪崩のようにお城の門に押し寄せました。
 そして、棒で門をたたき壊して、どっとお城の中へ攻め込むと、不意を突かれている番兵たちを打ち倒してから、ありったけの蝋燭に火をともしました。
 お城の中はぱっと明るくなったので、騎士たちはすぐに土の牢を見つけ、錠を壊して中に閉じ込められていた人たちを助け出しました。その人たちは、食べ物も満足に食べさせられなかったと見えて、身体はやせ衰え、顔色は真っ青で、フラフラになっていました。


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 その間に、ブラボーはただ一人、お城の壁をよじ登って、前に調べておいた窓から、アンチゴヌスの部屋に躍り込みました。それに気づいたアンチゴヌスは急いで棍棒を取り上げると、ブラボー目がけて打ちかかりましたが、ブラボーはさっと身体をかわしました。
「うーむ、小癪な……」
 アンチゴヌスは焦って、しゃにむに打ちかかりましたが、ブラボーはひらり、ひらりと身をかわし、隙を見て剣をさっと横に払いました。勝負は決まって、大男のアンチゴヌスはどさりと床の上に倒れました。
 アンチゴヌスのお城のただならぬ騒ぎに、町の人たちはみんな目を覚まして起き出しました。そして、ブラボーがアンチゴヌスを倒したことが分かると、躍り上がって、
「ブラボー様、ばんざーい!」
 と叫びながら、外に飛び出しました。それからブラボーを褒め称える歌を合唱しながら、お城へと進んでいきました。
 やがて、一人の町の偉い人が、
「アンチゴヌスのおかげで、この町はアントワープという恥ずかしい名前を付けられてしまったが、これからは新しい名に、つけ変ようではないか」
 と言いだしました。すると町長が、
「私は、今まで通りアントワープという名を残しておいた方がいいと思うのだが……。何故なら、アントワープとは、“手を投げる”という事だが、また、“港に”という意味もある。だから今度は世界中の船がこの町へ来てくれるとうにしようではないか。それからもう一つ、町の人たちのために戦ったブラボー様の勇敢な働きを記念して、今後は城の上に二本の赤い手を重ねた図を町の紋章にしてはどうだろう」
 と、みんなに相談しました。
「賛成! 賛成!」
 町の人たちは、すぐに大声で答えました。ブラボーは、公爵に呼ばれて、たくさんの褒美をもらいました。
 これから後、アントワープの町には世界中の船がやって来るようになり、町は大変栄えました。町の広場には、今でもブラボーを記念する立派な青銅の碑が立っていて、町の人たちは、これを何よりの自慢にしているという事です。




~おしまい~

2020.03.10 海に沈む太陽

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』です。


 あと、珍しくアメブロの方も、二日連続で更新しています。


 さて、記事の方はペルーの神話、『海に沈む太陽』です。

 では、本文スタート!


海に沈む太陽



 むかし、ソナパという神様がいました。
 ソナパの神は、普通の人の姿になって、ペルーの村々を歩き回りました。そうして色々と、人が生きていくのに大切な事を教えました。
「いい事を教えてもらって、有難い事だ」
 そう言って喜ぶ人たちもありましたが、ちっとも教えを聞こうとしない者もありました。
 ヤムクィスパという所へ来ました。ソナパの神は、ここでも人々に大切な事を教えようとしましたが、誰もそれを聞こうとしません。聞かないばかりか、
「どこの何者じゃやら、あんな寝言を聞くことは無い」
「おおかた、キ○ガイか何かだろう。相手にするな」
 そう言って、嘲り笑いました。ソナパを泊めてくれる家もありません。仕方なく、野の木の下で眠らなければならないのでした。
「こんな土地の者は、水の底に沈んでしまうがいい」
 と、ソナパは呪いました。まもなく、この村に大水が出ました。そうして、家も人も押し流してしまい、後には大きな湖が出来て、その下にみんな沈んでしまいました。
 ソナパはまた、村をめぐっていきました。一つの村に来ると、ちょうど結婚のお祝いがあって、人々が集まって酒盛りをして騒いでいました。ソナパの神はそこへ行って、いつものように、教えを説き始めました。
 だが、村人たちは、お酒に酔っている元気で、口々に、
「うるさい! やめろ、やめろ!」
「めでたい席へ来て、下らんことを言うやつは、つまみ出してしまえ」
「そうだ、そうだ、どこの乞食だ!」
 と、あざけり罵りました。ソナパの神は、すっかり腹を立てました。
「こんなやくざな者たちは、石になってしまうがいい」
 そう呪いましたので、今まで酒を飲んで、踊ったり、歌ったりしていた人たちが、みんな石になってしまいました。ペルー中を歩き回って、ソナパはある日、カラバァヤ山のふもとに来ました。そこに集まった人々に向かって、神様の教えを話しました。
 すると突然、人々の中から、
「そいつを生け捕りにしてしまえ」
 と叫ぶ者がありました。
「余計な事を言って、人を惑わす悪い奴だ。ただではおけぬぞ」
「それなら、やっつけろ!」
 人々は寄ってたかって、ソナパを捕らえ、縛り上げてしまいました。そうして、暗い冷たい、岩室の中へ閉じ込めました。
 夜になりました。岩室の中で一人、ソナパが思いに沈んでいますと、ようやく東の空の白みかかった頃、かすかに足音がしました。
 ソナパが顔をあげると、そこに一人の若者が立っています。清々しい姿の若者です。


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「私は、天の上からあなたを見守っていらっしゃる、神様の使いの者です」
 そう、若者は、岩室に近寄って囁きました。岩室の番人たちは、まだ夜の眠りから覚めていません。
 こっそり、若者は岩室からソナパを連れ出しました。
 ソナパと若者は、カラブク湖のほとりに来ました。この時、すっかり夜が明けて、東の空から明るい朝の光がさしてきました。
 ソナパは自分の上着を脱いで、湖に投げました。するとそれが、そのまま船になりました。二人はそれに乗って、湖を渡りました。そこに町がありました。
 町の人たちは、みんな遊びにばかりふけっています。馬をかけさせて、喜んでいるものがあります。車を回してはしゃいでいる者があります。そうかと思うと、歌を歌って、踊ってばかりいる者があります。
 お祭りでもないのに、まるでお祭りの日と同じです。誰も彼も、遊ぶことに忙しくて、ソナパの言葉などに耳を傾けようとする者もありません。
「しようのない人間どもだ」
 ソナパは、町の者をみんな石にしてしまいました。
 こうしてソナパは、行く先々で、従うものには幸せを与え、背くものには罰を与えました。
 ついに、海のほとりに来ました。ソナパは、海に入って姿を消しました。


 海に沈んでいく太陽が、そのソナパの神の姿だと言われています。




~おしまい~


 いかがでしたか?

 私はこのソナパの神、どっちかと言うとはた迷惑な神様だと思いました。やり過ぎっつーか……。


 特に結婚式に空気を読まずに乱入して、挙句の果てに石にしてしまうのは八つ当たりとしか……。


 ちなみに、原文では例によって『キチ○イ』の部分はまんま表記されてました。(^ ^;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

2020.02.26 ものを言う卵

 今日はアメリカの民話、『ものを言う卵』です。

 では、さっそくスタート!


ものを言う卵



 むかし、ある所に、ローズとブランシという二人の娘がいました。
 ローズは意地の悪い娘でしたが、お母さんは自分によく似ているので、ローズばかり可愛がりました。
 ブランシには仕事ばかりさせて、ローズはただ遊ばせておきました。ある日、お母さんはブランシに、
「森の中の井戸へ行って、水を汲んでおいで。出来るだけ早く、たくさん汲んでくるのだよ」
 と言いつけました。
 森までは遠いので、なかなか大変な仕事でした。
 ブランシが森の井戸で水を汲んでいると、そこへお婆さんが通りかかりました。
「お嬢さん、私に水を下さいな。喉が渇いてたまらないんですよ」
「あげますよ、お婆さん。はい、どうぞ」
 ブランシは、バケツの中の美味しい、綺麗な水を、お婆さんに飲ませてやりました。
「ありがとう、お嬢さん。貴方はいい娘だね。お礼にいい物をあげよう」
 お婆さんは、手に提げていた籠を差し出しました。
 中には卵がいっぱい入っていました。
「さあ、お嬢さん。この中から“連れて行って”と言う卵だけを持っておいき。“連れて行かないで”と言う卵は持って行っちゃだめだよ。そして、森を出たら、持ってきた卵を後ろに投げて割るんだよ」
 ブランシが籠に手を伸ばすと、あら、不思議!
 卵が口々に「連れて行って」「連れて行かないで」と叫び始めたのです。
 ブランシはその中の「連れて行って」と言っている卵だけを取りました。ブランシは、夢でも見ている気持ちで、
「お婆さん、有難う」
 と言いましたが、もうその時には、お婆さんの姿は見えなくなっていました。
 ブランシは森を出ると、お婆さんに言われた通り、卵を後ろに投げて割りました。


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 すると、どうでしょう! 割れた卵の中から、金や銀や宝石が、いっぱい出てきたのです。
 ブランシは、ただもう驚いて、それをバケツに入れて家に帰りました。
 お母さんは、いつもなら帰りが遅い事や、バケツに水が無い事を怒るのですが、宝物を見ると、驚いたり喜んだり。ブランシに、その訳を話させました。
 ブランシがありのままの話をすると、お母さんはローズに言いました。
「お前も森へ行って、お婆さんに会っておいで。そして宝物をもらって来るんだよ」
 ローズは森へなど行った事が無いので、ぶつぶつ言いながら出かけて行きました。森の井戸の所で、お婆さんに会いました。お婆さんはローズに言いました。
「お嬢さん、私に水を下さいな。喉が渇いてたまらないのだよ」
「ここにバケツがあるから、自分で汲んで飲んだらいいわ」
 と、ローズはそっけなく言いました。意地悪娘のローズは、人に親切などしたことが無いので、お婆さんに水を汲んで飲ませてやることが出来ないのでした。
 それでもお婆さんは水を飲むと、ローズに有難うとお礼を言って、手に持っていた籠を差し出しました。
「お嬢さん、この中から“連れて行って”という卵だけを持っておいき。“連れて行かないで”という卵は、持って行っちゃだめだよ。そして森を出たら、その卵を後ろに投げて割るんだよ」
 意地悪娘のローズは、人の言う事をなかなか素直に聞けない娘でした。卵が口々に「連れて行って」「連れて行かないで」と言い始めると、
「連れて行かないでなんて言ったって駄目だよ。あたしが自分で選ぶんだからね」
 ローズは「連れて行かないで」という卵をみんな持って帰りました。
 そして、帰り道でその卵を割ると、
 おや、おや! ヘビやヒキガエルがぞろぞろ!
「うわあ、助けて!」
 ローズは命からがら逃げだしました。
 お母さんは、ローズの後ろからヘビやカエルが追いかけてくるのを見ると、大変怒って、ローズを森の中へ追い払ってしまいました。
 けれどブランシは、お母さんやローズにも宝物を分けて、その後しあわせに暮らしたという事です。




~おしまい~

 こんにちは、アカサカです。


 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』に、『ファイクエII』の第7話を追加しています。


 さて、本文の方は、オーストリアの民話、『ローフェルの娘』です。


 ではスタート!


ローフェルの娘



 ローフェルと言う所の近くに、とても大きな洞穴がありました。
 入り口は、人の頭を出し入れできるほどの大きさです。中は深く、真っ暗で、その奥からちょろちょろ水が流れ出ていました。
 耳をすますと、洞穴の奥から、人の声が聞こえてくるようです。
「あの声はね、この穴の奥で、娘さんが泣いている声なのだよ」
 洞穴の入り口に来ると、誰でもじっと聞き入りながら、そっとこんな事をささやき合うのでした。
「この洞穴に、娘さんが閉じ込められて、もう何年になるだろうか」
「それは、私のお爺さんの、そのお爺さんのそのまたお爺さんの頃の話だから、何百年も昔の事さ」
「それじゃあ、その娘さんはもう死んでしまっているはずだね」
「ところが、可愛そうに娘さんは死にきれないのだよ。一度は穴から出てみたい、誰かに救い出してもらいたいと、何百年もの間、こうして泣き続けているのだ」
 この娘さんも、一度、この洞穴から救い出されようとしたことがありました。
 それには、こんな言い伝えがあるのです。


 昔、ローフェルに子供の二人いる夫婦が住んでいました。とても貧乏で、その日の食べ物にも事欠く有様でした。
 近くに、やはり貧乏な、年寄りの乞食が住んでいました。
 子供二人は、食べる物が無いので、この乞食の道連れになって、一緒に物乞いをして歩いていました。
 ある日、あちらの家、こちらの家と物乞いをして歩いていた年寄りの乞食が、あのローフェルの洞穴の前に来ると、付いてきた二人の子供に言いました。
「どうだね、この洞穴の中に入ってみないかね」
 今では入り口が頭を出し入れできるほどの大きさですが、その頃は、子供なら自由に出入りできるほどの大きな穴がぽっかり開いていました。
 乞食に、穴に入ってみないかと勧められて、
「どうする」
 と二人の子供は顔を見合わせました。
 この年寄りの乞食は、ローフェルの穴に入ると祟りがある、という事を知っていました。しかし、小さな子供たちならきっと無事に出てくるだろう、と思っていたのです。そして、この洞穴の奥には素晴らしい宝物が隠されている、と言う噂を聞いていたのです。
「さあ、早く入ってごらん。中にはきっと面白い事があるだろうよ」
 子供たちを中に入れ、宝物を持ち出させようと乞食は考えていました。
 二人の子供は、乞食に勧められて、洞穴の中へ、順々に入っていきました。
 入り口からは、ちょろちょろ水が流れ出ていましたが、中へ入ってみると、洞穴の奥には水は溜まっていませんでした。そして、細い道が穴の奥までずっと続いていました。
「奥まで歩いてゆこうよ」
「迷子にならないように、手をつないでね」
 兄と弟の二人は、ずんずん歩いてゆきました。奥はだんだん広くなっていました。
「わあー、すごいや」
 そこには広々とした、牧場がありました。辺り一面に美しい花が咲き乱れていて、その牧場に二件の家があります。
 一軒の家の前に、美しい娘さんが立っていました。
「こんな立派な家だもの、頼めば何か貰えるかもしれない」
 二人は、年寄りの乞食が洞穴の入り口で待っているのを思い出しました。
「何か貰って、お土産にしよう」
 兄さんの方が声をかけようとしたとき、娘さんの方から近寄ってきて、
「さあ、おうちへいらっしゃい」
 戸を開けて、家の中へ入れてくれました。
 部屋の中には、暖かそうにストーブが燃えていました。テーブルの上には、ケーキだの、ミルクだの、果物だの、色々なご馳走が並んでいました。
「さあ、お腹が空いているのでしょう。このテーブルの上にあるものは、みんな食べていいのよ。今はこれだけしかあげられませんけど」
 二人がおいしそうに食べていると、また、娘さんが言いました。
「今夜はここへ泊っていらっしゃい。明日になると、とてもいいお土産をあげますよ。あなた方のお父さんやお母さんが、一生幸せに暮らせるだけのプレゼントです。でも、一つだけ約束して欲しい事があるの」
「どんな約束です」
「それはね、今夜、真夜中に、とても恐ろしい事があるの。でも、あなた達は、じっとしていればいいのよ。声を立てずに、黙っていてくれれば、私は救われて、この洞穴から出ることが出来るの」
 娘さんは二人の手を握り締めて、是非約束して、と何度も頼みました。
 それから、二人を寝室に案内しました。
 娘さんの寝るベッドの側に、二人のベッドが並べられていました。
「おやすみなさい」
 と言っても、二人の兄弟は、なかなか眠れません。真夜中に、どんな事が起こるのでしょう。
「でも、どんなに恐ろしい事があっても、黙っていようね。そうすれば、あのお姉さんを、僕たちの力で救い出せるんだからね」
 声を出しちゃあいけないよ、としっかり約束すると、二人は目をつぶりました。
 それから何時間経ったのでしょう。
 パチパチ、パチパチ、という音に、二人は目を覚ましました。
「あっ、大変だ」
 思わず、声を出そうとしました。
 すぐそばで寝ている娘さんのベッドが、真っ赤な炎に包まれているのです。そして、パチパチと燃える火の中で、娘さんは転げまわっています。


Roover.JPG


 その側に、真っ黒な服を着た悪魔が三人もいて、大きな団扇のようなもので、火をあおいでいるのでした。
(ああ、酷い事をする)
 二人は、声を出しては大変と、口を押さえて、ベッドから飛び出しました。が、そのまま気を失ってしまったのです。
 あくる朝、二人はベッドの下から這い出しました。すぐ、娘さんのベッドを見ました。
 夕べ、パチパチ、真っ赤に燃えていたのはどうなったのでしょう。
 娘さんは、まるで天使のような優しい顔をして、ベッドの上で、すやすや眠っていました。
「夜中の事は、夢だったのかしら」
 二人は朝の食事が終わった後で、娘さんに、夕べの怖かった事を話しました。
「私はね、毎晩悪魔のために、火攻めにあっているのですよ。でも、あなた達の優しい子供の力で、私の苦しみも救われると思っています。これからも、私を励ましに来てください」
 娘さんは、大きな壺の中から、たくさんの金貨をつかみだすと、袋にいっぱい詰めて、二人に渡しました。
「これは、あなた達へのお土産です。おうちへ帰ったら、困っている貧乏な人にも分けてあげて下さいな」
 そして、
「あなた方をここへ連れてきた、あの年寄り乞食には、金貨一枚だって分けてやってはいけませんよ」
 と言い添えました。
「三週間たったら、もう一度ここへ来てください。私を救い出すための相談をしてください」
 娘さんは、別の道を通って、子供たちをこっそり穴の外へ出しました。
 あの年寄り乞食は、洞穴の入り口で、子供の出てくるのを待ち構えていました。きっとお土産を持ってくるだろう、それを自分だけで独り占めにしようと、悪いたくらみを持っていたのでした。
 子供たちは、別の道から家へ帰ってくると、両親に昨日からの事をすっかり話して、お土産にもらった金貨をテーブルの上に並べました。
 その金貨のおかげで、今までの貧乏を忘れたように、子供たちの家に、幸せが訪れてきました。
 年寄りの乞食は、うらやましくてたまりません。
 そして、
「私にも、少しだけ恵んで下さいよ」
 と言いました。
 他の貧しい人たちに金貨を分けてやっても、子供たちはこの年寄りの乞食には、一枚もやりませんでした。あの時の約束を、固く守っていたからです。
 しかし、乞食は、毎日のように金貨をねだりに来ます。あまりしつこく頼むので、娘さんとの約束を破って、金貨を少しだけ分けてやりました。
 あの日から、三週間たちました。ちょうどその日の朝、子供たち二人は、ローフェルの洞穴の前に行ってみました。
「おや、これはどうしたのだろう」
 穴の入り口には、真っ黒な水がたまっていて、出入りが出来なくなっていました。
 隙間から覗いてみると、穴の向こうで、いつかの娘さんが、両手を揉み合わせて、声高く泣き叫んでいるのが見えました。
「僕たちが、約束を守らなかったためなんだ」
「あの乞食に金貨をやったので、お姉さんは、穴から出られなくなったのだ」
 二人の様子を、遠くの木陰から、年寄りの乞食が意地悪そうに見つめていました。
 洞穴の中の娘さんは、とうとうそれっきり救い出せませんでした。今も穴の奥で、泣き続けているというのです。
 一体、その娘さんは誰だったのでしょう。きっと、どこかの国のお姫様が、敵に捕らえられて、この穴に閉じ込められたままになっていたのでしょう。
 ローフェルの洞穴の前に立って、泣き声を聞くたびに、人々は、いつもこの話を思い出していました。




~おしまい~


 いかがでしたか?


 後味の悪いお話でしたが、教訓としては、「約束を破ってまで性根が悪い人間に親切をすると、善人が不幸になる」ってところでしょうか。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今晩は、アカサカです。

 今日はオランダの民話、『オランダで死んだ日本の鬼』です。


 では、本文スタート!


オランダで死んだ日本の鬼



 むかし、むかし、日本の将軍が、オランダの王子に贈り物をすることになりました。
 そこで将軍は、家来たちを日本国中回らせて、珍しい品物を集めさせました。家来たちが探してきた色々の珍しい品物は、江戸の将軍の屋敷の中に、大事にしまわれました。
 その蔵の中に、ある夜、一匹の若い鬼が紛れ込みました。鬼は周りを見て、びっくりしてしまいました。今まで見た事のないような、金でできているぴかぴかの箱や、真珠をちりばめた小箱や、金銀まきえの立派な机、七宝の壺などの宝物が、たくさん並んでいるではありませんか。
「なんと素晴らしいのだろう!」
 鬼は目を輝かせて、品物の上に飛び回ったり、美しい着物をひっかけて、お神楽の真似などをしていました。
 その時、ふいにガチャンと、蔵の錠に鍵を差し込む音が聞こえました。
「あっ、いけないっ、人間が入って来るぞ。見つかったら大変だっ」
 鬼は慌てて近くにあった醤油壺をつかむと、タンスの引き出しを開けて、その中に入り込みました。
 蔵の中に入って来た人は、そんな事には少しも気が付きません。大勢の職人を指図して、並んでいる品物の荷造りをさせました。職人たちは、大きな箱に品物を詰め、蓋をかぶせて釘付けにしてから、それを長崎へ送り出しました。
 長崎に届いた箱は、今度はそこに待っていたオランダの船に積み込まれ、オランダのロッテルダム目指して船出しました。
 何日も何日も、波に揺られた後、船はようやく無事にロッテルダムに着きました。すぐに荷物は船から降ろされ、ヘーグという所に住んでいる、王子の御殿に運ばれました。
 箱の中から贈り物が取り出されました。品物は次の日、王子と王女に見せることになっているので、品物のほこりを落とすために、女の召使がやって来ました。
 召使は、贈り物が目の覚めるほど美しいので、掃除するのも忘れて品物に見とれていました。それから、タンスのそばへ歩いて行って、引き出しを一つ一つ開け始めました。すると、いきなり引き出しの中から、得体の知れぬ恐ろしい物が飛び出しました。召使はびっくりして、尻餅をつきました。
 引き出しを飛び出した鬼は、階段を転げるように走り降りて、下の部屋へ逃げ込みました。そこは御殿の食堂で、六人の男が食事をしていましたが、ふいに見た事のない怪物が飛び込んできたので、みんな真っ青になり、ご飯を放り出して逃げ出しました。けれども六人の内、コック長だけは勇敢な男だったので、包丁をつかむと鬼に向かっていこうとしました。
「た、助けてくれっ」
 鬼は悲鳴を上げて、地下室へ逃げ込みました。
 地下室には、チーズや塩漬けの魚やパンなどの食料品がいっぱい置いてありました。みな、王子たちが食べるご馳走となる物ばかりでしたが、日本から来た鬼は、今まで一度も食べた事も、見たこともありません。チーズの匂いにはびっくりして、
「うわー、なんて臭いんだろう。まるで鼻が曲がりそうだ。こりゃあ、たまらない。こんな所にいたら、死んでしまう」
 と、鬼はまた、食堂の方に引き返しました。
 幸い、もうそこには誰もいなくなっていたので、鬼は食堂をぱっと駆け抜けるが早いか、ドアを開けて外へ飛び出し、畑の方へ駆けだしました。
 すると、前の方から、干し草をかきまわす棒を持ったお百姓がやって来たので、鬼は、
(あっ、大変、あいつに見られたら、きっとあの棒で叩かれるに違いない)
 と思い、そばにいた雌牛の背中に飛び乗りました。なんとも分からないものに、いきなり角をつかまれた雌牛は驚いて、
「モウーッ、モウーッ!」
 と鳴きながら、牛小屋目がけて走り出しました。


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 一方、王子の御殿では、召使たちが御殿に怪物が出たと大騒ぎをしていました。王女がその騒ぎを聞きつけて、
「どうしたのですか、何をそんなに騒いでいるのですか」
 と、不思議そうに、自分の部屋から出てきました。
 すると、タンスの引き出しを開けた途端、鬼に飛び出され、尻餅をついた女の召使が、ほうきを持ったまま、
「はい王女様。明日、王子様や王女様にお目にかけることになっていた日本からの贈り物を私がお掃除しようとしたところ、タンスの中から何か、それはヒヒのような獣で御座いました、そしてそれが、ロシア語のような言葉で叫んだので御座います」
 と話しました。ところがコック長は首を振って、
「いいや、ヒヒなんかじゃなかった。あれは確か、黒い羊が後ろ脚二本で突っ立って、歩いたのに違いありません。それに叫んだのはロシア語ではなく、ドイツ語で御座いました」
 と言います。また、料理人のデブの女は、
「いえ、いえ、そんなものではありませんよ。あれは真っ黒い犬です。だけども、私はその獣の背中だけしか見えませんでした。それから、言葉は英語です。間違いありません」
 と言いますし、男の召使は、
「私は、あまりびっくりして、その獣の姿ははっきりと見えませんでしたが、言葉だけははっきりと分かりました。あれはスウェーデン語で御座います。私は前に、水夫たちがスウェーデン語で話しているのを聞いた事がありますが、獣の叫んだ言葉は、それとすっかり同じで御座いましたから……」
 と言いました、そして一番おしまいに、使い走りの小僧が、
「私は、あの怪物は獣ではなく、悪魔に違いないと思います。もし、獣でしたら、言葉など喋るはずがありませんもの……。その言葉ですが、あれは確かにフランス語で御座いました。これはもう、間違いありません」
 と口を出して、てんでに知ったかぶりをしました。
 王女は召使たちがオランダ語しか分からない事はよく知っているので、話を聞いて、可笑しくなるやら呆れるやらで、
「お前たちは、馬鹿ばかりが揃っていますね」
 と、みんなを叱りつけて、そのまま部屋へ入ってしまいました。そして、はるばる東洋の国から送られてきた珍しい品物を、広間にずらりと並べさせました。
 その内ヨーロッパ中に、オランダの王家には、日本から運ばれた珍しい贈り物がたくさん飾られているという噂が伝わり、毎日毎日、大勢の人々が見物しにやって来るようになりました。
 ところで、タンスの引き出しの中に隠れたために、いつの間にかオランダまで連れて来られた、あの可哀想な日本の鬼はどうなったのでしょう。
 鬼は御殿から逃げ出して、牛の背中に飛び乗ったところ、牛は驚いて鳴きながら自分の牛小屋に駆け込みました。その家の百姓のおかみさんが、牛のただ事ではない鳴き声を聞きつけて、急いで外へ飛び出しました。見ると、牛の背中に得体の知れない恐ろしい怪物が乗っているではありませんか。
「きゃー、助けてっ!」
 おかみさんが悲鳴を上げたので、近所の人たちがびっくりして、手に手に棒を持って駆けつけてきました。
 それを見た鬼は、
「殴られたら大変!」
 と、牛の背中から飛び降りて、おかみさんの部屋へ逃げ込みました。
 その部屋で、おかみさんがタンスの中から何かを取り出していたらしく、引き出しが開いたままになっていたので、鬼は、またその中に飛び込みました。ところがその時、ずっと手に持っていた醤油の入った壺から醤油がこぼれて、タンスの中に入っていた綺麗なレースや帽子などを汚してしまいました。おかみさんはそれを見ると、今度は怒り出して、
「まあ、なんて事だ。私の一番いい帽子を台無しにしてしまって……」
 と、大声で叫びながら、ほうきを振り上げて鬼の方へ近寄ってきました。
 鬼はすぐまたタンスを飛び出して、逃げ道は無いかと部屋を見渡すと、壁に大きな穴が開いていました。
「しめた、助かったぞ」
 鬼は喜んで穴の中に潜り込みました。そこは煙突の口でしたが、その頃日本にはまだ煙突などなかったので、鬼はそんな物とは知らず、喜んで隠れていました。そして、ふと上を見ると、ずっと上の方に、青空が見えているのです。
(おやっ、天井の方にも穴が開いているぞ。すると、あそこから外へ出られるんだな)
 そう思った鬼は、煙突の中をよじ登っていきました。ところが登っていくうちに、煙突の中にたまっていた煤がばらばらと落ちてきて目の中に入るし、鼻の中に入って息も出来なくなりました。
「うわー、これはたまらぬ。目が痛くて潰れてしまいそうだ。こんな酷い目に遭いながら上へ登るより、おかみさんに頭を叩かれた方がまだましだ」
 鬼は上へ出るのをあきらめて、そこから下へ飛び降りてしまいました。
 煙突の口へ逃げ込んだ鬼が、煤だらけの姿で、また部屋の中に飛び出してきたので、おかみさんは持っていたほうきで思い切り殴りつけました。頭ががーんとして、気も遠くなりそうになったのを、鬼はやっとこらえて、地下室へ駈け込みました。


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「ああ、良かった、これでもう、あの怪物をここへ閉じ込めてしまえる」
 おかみさんはほっとしてそう言うと、さっと地下室の戸に鍵をかけてしまいました。
 けれども、なんだか分からぬ恐ろしい怪物を、いつまでも家の中に閉じ込めておくわけにはいかないので、怪物を退治する事にしました。そこでおかみさんの主人のお百姓は、よその家に鉄砲を借りに行き、手伝ってもらう男の人を一人連れて帰ってきました。
 鬼が地下室に逃げ込んでから、一時間ばかり経っていましたが、いよいよ怪物退治を始めることになりました。
「私がここで狙いをつけていて、怪物が飛び出してきたところを撃つことにするから、お前さんは、地下室のドアを開けてくれ」
 と、お百姓が男の人に頼みました。男の人は、ドアのカギを外し、びくびくしながら戸を開けましたが、怪物は飛び出してきませんでした。
「おや、どうしたのかな?」
 男の人は、恐る恐る中を覗いてみると、なんという事でしょう。怪物はもう、床の上に倒れて死んでいたのです。
 可哀そうに、鬼は、日本からいきなり遠い遠いオランダまで運ばれ、見る物みな見慣れぬものばかりですし、恐ろしい目に遭ったりして、寂しさと悲しさで気が狂ったようになり、とうとう死んでしまったのでした。
 お百姓の家の地下室で、変な怪物が死んだという噂を聞いて、村中の人たちがそれを見に集まってきました。
「ふーむ、こりゃあ何だろう」
 みんな、いくら首をひねっても、その死んだ怪物がなんであるかは、さっぱり分かりませんでした。
 ところで、そのお百姓の家に、
「その人間のような奇妙な怪物を、私に譲ってはもらえないだろうか」
 と言ってきた男がいました。お百姓は、なんだか得体の知れない怪物を家に置いておいても仕方がないので、すぐに男に譲ってしまいました。
 男はとても嬉しそうに帰っていったので、人々は、
「あんなもの、何にするのだろう」
 と、不思議に思いました。
 家に帰った男は、さっそく鬼の姿を石に彫刻したり、粘土を焼いたりして、それに真っ赤な色を塗りつけました。そして、
「これは、今度、聖人様のお祈りで対峙された悪魔です」
 と言いふらしました。
 すると男の思った通り、みんな珍しがって、あとからあとから、見物に押しかけてきました。その中で、瓦屋や建築師などは、男の作ったものを見ると、
「これは素晴らしい。これを見本にして、新しく悪魔の顔を掘った瓦を作ったら、いい物が出来るぞ」
 と言って喜び、どんどん買い込んでいきました。それでその男は、うんとお金をもうけたという事です。




~おしまい~


 いかがでしたか?

 鬼は災難でしたが(ぶっちゃけたまたま紛れ込んだだけで、何も悪い事はしてませんし)、当時のオランダの日本観がよく分かると言うか……。(^ ^;)


 挿絵から見てみても、どちらかと言うと『鬼』よりも『ゴブリン』なんかに近いイメージだったようですね(むしろ日本の鬼に近いのは『食人鬼(オーガー)』なんかのようですし)。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日は『ブロクエ アナザー』で、熱ゴジラさんを作製しました。

 画像はコチラ。


2020-2-9-1.JPG


 ちょうど『ツクール2』の方でブラウに使ったグラフィックに似てますが、これが一番イメージに近いかなと。

 スペックは武闘家系にしつつ、魔法も使用するので、MPにかかわる『かしこさ』も設定しています


2020-2-9-2.JPG


 一応、竜型のグラフィックもあるにはあるのですが、四つ足歩行の上に『ツクール3』の重厚な直立歩行型の奴と違って、御覧の通りショボいので、さすがにちょっとアレかなぁと……。(^ ^;)

 因みに『ツクール2』には竜型の歩行グラ自体が無かったりします。


 さて、本文の方は、北欧の民話『海の底で回るひきうす』です。

 では、さっそくスタート!


うみの海の底で回るひきうす



 ずっと昔、二人の兄弟がいた。兄の方は金持ちだったが、弟の方は貧乏だった。
 クリスマスが来た。貧乏な弟の家には、一切れの肉も、一切れのパンも無い。
 そこで弟は金持ちの兄の所へ行って、
「兄さん、お願いですから、少しばかり食べ物を分けてくれませんか。私も、クリスマスのお祝いをしたいと思うのです」
 と言った。
 兄は貧乏な弟に食べ物を分けてやるのは、これが初めてではなかった。それで、
(またか)
 と、嫌な顔をした。
 でも、やはり兄なので、
「お前が俺の言うとおりにするなら、ベーコンを一塊分けてやってもいい」
 と言った。
 弟は例を言い、何でも兄さんの言われた通りにすると約束をした。
 すると兄が、
「さあ、このベーコンをやるから、さっさと地獄へ行ってしまえ!」
 と、そう言った。
 兄は酷い事を言ったものである。が、弟は、
「約束をしたからには、兄さんが言う通りにしましょう」
 と言って、ベーコンを持って、どこかへ出かけて行った。
 弟は一日中歩き続けて、日暮れ方に、明るい光がきらきらと輝いている、どこだか知らない所へたどり着いた。
 ベーコンを持った弟は、
(ここが地獄かも知れないぞ)
 と思った。
 あたりを見ると、真っ白な長い顎髭を生やしたお爺さんが、薪小屋で、クリスマスに使う薪を切っていた。
 弟はお爺さんに、
「こんばんは!」
 と挨拶をした。
「やあ、今晩は! こんなに遅くなって、どこへ行くのかね?」
 おじいさんが弟に尋ねた。
「地獄へ行こうと思っているんです。道さえわかればね」
 弟は答えた。
「もう、ここは地獄だよ」
 お爺さんは言い、
「ほら、向こうに見えるドアを開けると、悪魔たちがいるんだ」
 そして、弟が持っているベーコンを、じろりと見た。
 そこでお爺さんは、
「ドアの中へ入ると、みんながそのベーコンを買いたがるだろう。地獄では、肉が少ないんでね。だが、いくらせがまれても、ドアの後ろに置いてあるひきうすをよこすまでは、決してベーコンを売ったりしては駄目だよ。お前がまた、ドアの中から出てきたら、そのひきうすの使い方を教えてやろう。とても便利なひきうすで、そのうすがあれば、どんなものでも引き出してくれるよ」
 そう言った。
 貧乏な弟は、お爺さんの親切に礼を言い、地獄のドアをたたいた。
 とん、とん、とん――。
「中へ入っても良いぞ!」
 そう答える声が聞こえたので、弟はドアを開けて、中へ入った。
 部屋の中は、お爺さんが言った通りだった。貧乏な弟が来たのを見て、大きな悪魔や小さな悪魔がアリ塚の周りに集まるアリのように、彼を取り巻いた。そしてみんなで、弟が持っているベーコンを見つけてそれをせがんだ。


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 そこで弟は、
「これは私が、クリスマスに食べるご馳走なんだ。が、そんなに欲しいんなら、分けてやってもいい。けれど、このベーコンを売ってあげるとしても、そこのドアの後ろに置いてあるひきうすを、お金の代わりにもらうのでなければ駄目だ」
 お爺さんに教えられた通りにそう言った。
 悪魔たちは、
「そいつは困る」
 と言った。
「それなら、ベーコンをあげるわけにはいかない」
「他の物にしてくれ」
「ひきうすでなければ駄目だよ」
 音とは頑張った。
 悪魔たちはとうとう、ベーコンが欲しさに、弟にひきうすを渡す事にした。
 弟はベーコンとひきうすを取り換えると、素早く地獄から抜け出した。
 見ると、この前の所に、この前の真っ白な長い顎髭のお爺さんが、前と同じように薪を切っていた。
 弟はさっそく、お爺さんに、ひきうすの使い方を尋ねた。使い方は、あっけないほど易しくて、訳も無かった。
 弟はそれを教えてもらうと、お爺さんに礼を言って、大急ぎで道を引き返した。出来るだけ急いだつもりだったが、それでも家へ着く前に、クリスマスイブに十二時が過ぎていた。
 弟が家に帰りつくなり、
「お前さん、一体こんな時間になるまで、どこへ行っていたんです?」
 と、おかみさんが言った。
 おかみさんはなおも、
「何時間もここに座って待っていたんですよ。オートミールにさじもつけずにね」
 と、続けた。おかみさんは待ちくたびれて、機嫌が良くなかった。
「ああ!」
 と弟は言った。それから、
「そう早く帰れなかったんだよ。あっちこっち、かなり遠くまで行かなくてはならなかったんだからな。でも、今、いいものを見せてやるよ!」
 そう言うと、弟は地獄から持ってきたひきうすを、テーブルの上にどかっと置いた。
 そこでまず弟は、ひきうすに。
「部屋を明るくする、灯りを引き出せ!」
 と言いつけた。
 するとその途端に、部屋の中がぱっと明るくなった。ひきうすが、これまで見た事も無いような、眩しい灯りを引き出してくれたのである。
 このあと弟は、テーブルかけだの、皿だの、色んな料理だの、ビールだの、お菓子だの、クリスマスのお祝いにいる物を、次々に言いつけた。


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 欲しい物ならどんなものでも、あっと言う間に引き出してくれた。
 おかみさんは、色々なものがどんどん出てくるのを見て、
「あれ、あれ」
 と、びっくりするやら、嬉しがるやら――。
 そこでおかみさんは。
(私達にもなんて良い運が向いてきたんでしょう!)
 そう思い、もう黙って見てばかりいられなくなって、
「お前さん、一体そのひきうすをどこで手に入れてきたの?」
 と何度も尋ねた。
 しかし弟は、ひきうすをどこから持ってきたか、おかみさんにも教えなかった。でも、おかみさんがあんまりくどくどと訊くものだから、
「同じことを、いくらくどくど訊いたってしょうがないじゃないか。素晴らしいひきうすなんだから、それでたくさんだろう」
 そう答えた。
 実際、貧乏な弟は、欲しい物やいる物をせっせと引き出すために、酷く忙しかったのだ。弟は次から次と、色んなものをどんどん引き出し続けた。
 三日目に、弟は友達を呼んで、大宴会を開いた。
「やあ、素晴らしいご馳走が、随分たくさんあるなあ」
 みんなは大喜びで、腹いっぱい、飲んだり食べたりした。
 ところが、金持ちの兄が、この有様を見て、たいへん機嫌を悪くした。貧乏な弟が、何もかも持っているという事が、我慢がならなかったのである。
「ついこの間のクリスマスの晩には、こいつは酷く困っていて、私の所へ来て、お願いだから食べ物を分けてくれと頼み込んだ。それが今日になると、まるで王様か大金持ちみたいな宴会をするんだからな」
 兄はみんなの前でそう言った。
 それから兄は弟の方を向いて、
「ところで、一体、こんな財産だのご馳走だのを、どこで手に入れたんだい?」
 と、たずねた。
「ドアの後ろさ」
 弟は答えた。
 弟は、それっきりしか言わなかった。兄に秘密を知られたくなかったからだ。
 けれど弟は夜になるにつれて、昼間から飲み続けた酒に酔っぱらってきた。酒は油断がならない。弟はとうとう、ひきうすの事を隠しておくことが出来なくなってしまった。そこで弟は、隠しておいたひきうすを持ち出してくると、
「ほら、これですよ。このひきうすが、色んなものをみんな出してくれたんです」
 と言った。
 おまけに弟は得意になって、兄が見ている前で、欲しいと思う物を二つ三つ引き出して見せた。
 これを見たら、誰だって欲しくなるのが当たり前だろう。兄はどうしてもそのひきうすが欲しくてたまらなくなった。
 弟よりは、兄の方がずるがしこい。兄は弟を色々と言いくるめた挙句に、そのひきうすを、とうとう自分の物にする事にした。それでも、金を千五百クローネ弟に払わなければならなかったし、そのうえ、秋の取入れの頃までは、そのひきうすを、弟の手元に置く約束をした。貧乏な弟は、自分の所に秋までひきうすがあれば、何年分かの食べ物を引き出しておけるからと、そう考えたわけだった。だから、ひきうすに仕事がなくて、さび付いてしまうような心配が少しも無かったことは言うまでもない。
 秋が来た。取り入れの頃になって、ひきうすは金持ちの兄の手に渡った。けれど、貧乏な弟は、うすの使い方を、兄に詳しく教えてやらなかった。
 兄がひきうすを家へ持って帰った時は、もう夜になっていた。
 あくる朝、兄は自分のおかみさんに、畑に出て草刈り人たちと一緒に草を刈って、干し草を作るようにと言いつけた。そして、自分は家にいて、昼飯の支度をする、と言った。何しろひきうすがあるので、昼飯を作る事など訳はないと考えたのである。
 昼飯時が近づくと、兄は台所のテーブルの上にひきうすを持ち出して、
「魚のニシンと、オートミール粥を引き出せ! 上手に、早く引き出せ!」
 と、そう言った。
 ひきうすはさっそく、ニシンとオートミール粥を引き出し始めた。はじめはありったけの皿に、いっぱい引き出した。次には、ありったけの桶や、たらいにいっぱいになった。その内に、台所の床まで、一面にあふれた。
 兄は慌てた。ひきうすが引き出すのを止めようと思って、ひねったり、回してみたりした。ところが、ひきうすはねじったりひね回したりすればするほど、どんどん回り、いっそう勢いよく、引き出し続けるばかりだった。兄はとうとう台所中にたまったお粥でおぼれそうになった。
「これは、たまらぬ!」
 兄は急いでドアを開けて、自分の部屋へ駈け込んだ。が、見る見る部屋の中も、お粥で一杯になってきたので、命が大事とばかり、表の戸に飛びつき、戸を開けるなり、外へ飛び出した。
 しかし、兄が外へ飛び出したからと言って、ひきうすが引き出すのをやめたわけではない。ニシンとお粥は兄の後を追って、どんどん溢れ、流れてきた。その様子と言ったら、まるで畑一面に覆いかぶさった、途方もない滝のようだった。


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 ところでおかみさんの方は、畑で干し草の手入れをしていた。が、いつまで経っても昼飯の知らせが無いので、とうとう草刈り人たちに、
「まだ、昼飯に呼びに来てくれないけれど、そろそろ帰った方がいいと思うがね。もしかしたら、お粥をこしらえるのに手間取って、私に手伝ってもらいたいのかも知れないんでね」
 と言った。
 みんなも賛成だった。で、みんなで家をさして歩き始めた。
 ところが、みんながほんの少し丘を登った時の事だった。ニシンとお粥が一緒になり、洪水のような勢いで流れてくるのが見えた。流れの戦闘を、命がけで走って来るのは、金持ちの兄その人である。
 金持ちの兄は、おかみさんやみんなの横を走り抜ける時、
「おーい、みんな、大丈夫か! お粥に溺れないように気をつけろ!」
 と、大声で叫んだ。
 兄はそのまま、まるで悪魔にでも追いかけられた人のように、大急ぎで弟の家へ駆けこんだ。そして、
「これ、弟、助けてくれ! 一生のお願いだ! 今すぐ、ひきうすを止めてくれ!」
 と、気が狂ったみたいに喚いた。
 「もうしばらくこのままにしておいたら、村中がニシンとお粥にのまれてしまう」
 兄はそうも言った。
 そこで弟は、この時とばかり、
「あと千五百クローネ出したら、ひきうすはこちらへ返してもらってもよい」
 と、うまい事を言った。
「仕方がない。千五百クローネ出そう」
 兄が答えた。
 そんなわけで、貧乏な弟はまた、金とひきうすを手に入れた。
 さて、弟はまたしてもひきうすに色んなものを引き出させた。
 そして、兄の家よりも、ずっと立派な家を建てて、ひきうすに引き出させた金を使い、金の瓦で屋根をふいた。その弟の家は、海岸に建っていた。で、金の屋根がキラキラと輝くのが、海のはるか向こうからでも見えた。
 海を船が行く。船でそばを通りかかった人は、誰もが陸に上がって、金の屋根の家に住む金持ちに会い、すばらしいひきうすを見せてもらった。
 ひきうすの話は、みんなに知られるようになった。どこでも大した評判だった。
 ある日の事、一人の船長がやってきた。弟がひきうすを出して見せると、船長はまず、
「このひきうすから、塩も引き出せますか?」
 と、たずねた。
「なんだって引き出せます。無論、塩も引き出せますよ」
 弟は答えた。
 それを聞くと、船長は、どんなにたくさんの金を払っても、このひきうすを手に入れたいものだと思った。と言うのは、このひきうすさえあれば、船に塩なんか積んで、雨だの嵐だのの海を、何日も何日も航海をしないでも済む。欲しい時、欲しい所で、塩がいくらでも手に入るんだからと、そう考えたのである。
 そこで船長は、ひきうすを是非譲ってくれと、持ち主の弟に頼んだ。弟はなかなか聞き入れなかった。そのはずである。またと無い宝なのだから。
 でも船長は熱心だった。船長があまりに一生懸命に頼むもので、弟は、相手の根気に負けた。元が貧乏だっただけに、弟はころりとまいってしまうような、人のいいところがあった。
 弟はとうとう、船長にひきうすを譲ることにした。それでも船長から、何千クローネかの金をとることは相変わらず忘れなかった。船長はその金を払った。
 船長はひきうすを手に入れると、弟に気でも変えられたら大変だと思い、使い方を聞く暇ももどかしく、受け取るなりさっさと船に持ち帰った。そして、急いで帆をあげて出発した。
 船がだいぶ沖へ出た頃、船長はひきうすを甲板に持ち出し、
「塩を引き出せ。上手に、早く」
 と、そう言った。
 ひきうすはたちまち、塩を引き出し始めた。見る見るうちに、船は塩で一杯になった。
 そこで船長は慌ててひきうすを止めようと思い、あっちに回したり、こっちに回したり、さかんにいじった。そうすればするほど、ひきうすは塩を引き出してやめない。これは、この前のニシンとお粥の時と、そっくり同じで事である。


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 船はとうとう、あまりにたくさんの塩の重みに耐えかね、ぶく、ぶく、ぶく、海の底へ沈んでしまった。
 そう言う訳で、船と一緒に沈んだひきうすは、今も海の底で回り続けて、塩を引き出す事をやめないのだという。海の水が塩辛いわけは、もう言わなくたってわかるだろう。




~おしまい~


 いかがでしたか?

 この手の物語の『貧乏な弟』キャラって、心正しい者が多いイメージですが(この間の、同じ北欧民話の『“ほんとう”と“うそ”』の弟とか)、この弟はかなりちゃっかりしてますよね……。(^ ^;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 この間買った『SUPER DANTE』で作ってた『ブログクエスト』、電池の固定が悪かったのか、データが全部消えてました……。orz

 まぁ、『ツクール2』で作ってるファイクエが消えるよりはるかにましですし、まだほとんどイベントなんかも作ってませんでしたし……。と思う事にしておきます


 さて、記事の方は『ばら姫と青い仙人』の最終回です。

 では、本文スタート!



 王子とマバラックは、ばら姫を庇いながら、野を越え山を越えて、旅を続けました。
 もう仙人の王の館も近くなったと思うところまで来ると、遠くからかすかな人声のようなものが聞こえてきました。マバラックが立ち止まって、遠くを見つめながら言いました。
「おう、王子様、ご覧なさい。遠くに見えるあの青い霞のところが、仙人の王の館で御座います」
「では、とうとう着いたのか……」
 長い旅を続けて、やっと着いたというのに、王子はあまり嬉しそうでもありません。と、今度は、そばのばら姫が、しくしくと泣き出しました。
「どうしたのですか、お姫様?」
 マバラックは不思議そうに聞きました。
「はい、長い旅を続けてやっと着いたのに、申し訳御座いません。でも、これで王子様ともお別れと思いますと、つい、悲しくなりまして……」
 ばら姫の悲しそうな声に、マバラックは戸惑いました。王子の方を見ると、王子もやっぱり、ばら姫と別れるのが辛いのでしょう、下を向いたまま、悲しそうな顔でした。
 マバラックは二人のそんな姿を見ると、このままばら姫を連れて、逃げ出したい気持ちでした。でも、ばら姫を仙人の王に渡して、四十番目の猿の像をもらわないと、王子が王の位につくことが出来ないのです。では、どうすれば……。
「マバラック。このままでいい。さ、堂々と行こう!」
 王子はどんな決心をしたのか、急に元気な顔になって、勢いよく歩きだしました。
 仙人の館に着くと、家来たちは三人を王の前に案内しました。三人を迎えて、王の目は鋭く光りました。
「王様、お約束のばら姫を探し当てて、お連れしました」
 王子が元気な声で言いました。
「おう、ミスナー王子、よく約束を守ってくれた。三年もの間、さぞ苦労をしたことと思う。では、わしの方も約束通り、四十番目の猿の像を与える事にしよう」
 そして、仙人の王がそばの家来に言いつけようとすると、王子は慌ててそれを止めました。
「お待ちください、王様。私は、もう猿の像はいりません」
「なに、猿の像がいらないと?」
 王は驚いて声を大きくしました。
「はい、その代わり、私の方も、このばら姫をお渡しすることが出来ません。私は姫を連れて、このままペルシャの国に帰ります」
「なに、そのまま帰ると……? だが、四十番目の猿の像が無いと、叔父のアフーバルを倒す事も、王の位につくことも出来ないのだぞ!」
「はい、覚悟の上で御座います!」
「なに、覚悟の……。すると、王の位につけなくても良いというのか?」
「はい、仕方がありません。今の私には、王の位などよりも、いえ、この命よりも、ばら姫の方が大事な宝で御座います」
「それで、ばら姫の方はどうだな?」
 仙人の王は、今度は鋭く光る目をばら姫に向けました。
「はい、わたくしも、もう心が決まっております。王子様とご一緒なら、どんなに不幸になりましょうとも、決して悔やみません」
 ばら姫も、美しい顔に決心の色を浮かべて、はっきり答えました。
「では、王子に、もう一度聞こう。もしこのわしが、ばら姫を渡さぬと申したなら、どうする?」
「はい、その時は、たとえ王様と戦いましても……」
「なに、わしと戦って勝てると思うのか?」
「勝負は分かりませんが、多分、私が負けるでしょう。王様にはたくさんの家来がいらっしゃいますが、私の方は、マバラックと二人だけですから……」
 王子は、しかし少しも恐れている様子もありません。
「姫の方はどうだな?」
「はい、わたくしも、王子様とご一緒なら、たとえここで命をなくしましょうとも……」
「悔やまないというのだな。よし、それほど言うのなら、三人とも、覚悟を決めてもらうぞ!」


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 仙人の王は、大きな声と一緒にさっと立ち上がりました。と、その途端でした。辺りが真っ暗闇になって、大きな音と一緒に、稲妻のような、鋭い光が三人の頭上に閃きました。
 その光に目のくらんだ三人は、ぐらぐらっとよろけて倒れると、そのまま気を失ってしまいました。


 それから、どのくらい経ったのでしょう。まず、マバラックが目を覚ましました。
「はて……?」
 目をこすりながら辺りを見回すと、さっきの部屋とは違います。そして、すぐそばに、王子とばら姫がすやすやと眠っていました。
「王子様! ばら姫様!」
 マバラックは、二人を揺り起こしました。
「おやっ、これは、一体どうしたことだ、マバラック?」
「それが、わたくしにも、何が何やら、さっぱりわかりません」
 その時、静かに扉が開いて、二人の仙人が入ってきました。三人は、思わず身体を固くしました。しかし、仙人たちはにこやかに笑っていました。
「さ、どうぞ、こちらの方へ……。王様がお待ちかねで御座います」
「え……?」
 三人は、不思議でなりません。
 案内されたのは、王座のある、さっきの大広間でした。
「おう、どうだったな。三人ともよく眠れたかな?」
 仙人の王は、さっきとはまるで違う、穏やかな顔で、と言うより、微笑みさえ浮かべて言いました。
「ミスナー王子、よく聞くのだぞ。わしはそなたに、ばら姫を探して、ここに連れてきたなら四十番目の猿の像を与えると約束をしたな」
「はい、その通りで御座います」
 王子も、今は気持ちも落ち着き、静かに答えました。
「その、四十番目の猿の像はこれだが、今、そなたに与えるぞ」
 なるほど、王のテーブルの上に、ぴかぴか光る猿の像が乗っていました。しかし、王子は慌てました。
「お待ちください、王様。お言葉は有難いのですが、しかし、私はまだ王様との約束を果たしていないのです。――ばら姫を王様に渡してはいないのです」
「いや、そなたは、わしとの約束を立派に果たしている。良いかな、わしはそなたと約束する時、『ばら姫をここに連れてきたなら……』とは言ったが、『ばら姫をわしに渡したなら……』とは言わなかったはずだ」
「え……?」
「いや、驚かなくともよい。わしが何故、このばら姫を探したのか、その訳を話そう。――ミスナー王子。そなたは、この四十番目の猿の像さえあれば、ペルシャの国王になれる人なのだぞ。だがな王子、あの大国を治めていくのには、国王はもちろんだが、その王妃もまた、国民から敬われる、賢くて気品のある人でなければならない。わしはそう思えばこそ、そなたにばら姫を、そしてそなたは、三年もの苦労の末、ばら姫を探し当てた。また、その姫は、うわさ通りの美しい賢い姫であった。王子と一緒なら、命を捨てても悔やまないとはっきり言った。実はわしは、その言葉を聞きたかったのだ。さっきは二人の心を試すために驚かせたが、二人は最後まで立派であったぞ!」
 初めて訳が分かって、王子とばら姫は、喜びの涙にむせびました。後ろに控えていたマバラックの目からも、大粒の涙がこぼれ落ちました。
 あくる朝――三頭のラクダが仕立てられ、出発の準備は整いました。
「おう、これで、そなたの父上も、地下の世界でさぞ喜んでおられる事だろう……。では、立派な国王、立派な王妃になられて、いつまでも幸せに暮らすのだぞ」
「はい、有難う御座いました」
 先頭にミスナー王子、続いてばら姫、少し離れてマバラックが……。
 三頭のラクダは、さわやかな風の朝の山を、太陽の燃える昼の野を、そして、月の美しい夜の砂漠を幸せの待っているペルシャの国に向かって、進んでいくのでした。




~おしまい~


 いかがでしたか?


 結局アフーバルとの決着が描かれていませんが、まぁ、四万の妖精の軍にフルボッコという分かり切った結末だから省略されてたんでしょうね。

 ばら姫親子を不幸にした魔王がその後どうなったかも気にはなりますが……。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。


 今日は久しぶりにアメブロの方を更新しました。

 あっちももうちょっと、更新頻度は上げたいんですけどねぇ……。ヤフブロ時代のように、訪問者数も分かりますし。


 さて、こちらの記事は『ばら姫と青い仙人』の続きです。

 一応、明日で完結の予定にはしています。


 ……ファイクエもいい加減進めないとなぁ。


 では、本文スタート!




 貧しいながらも、父と娘は、心から王子とマバラックをもてなしてくれました。やがて、心づくしの夕食も終わり、美しい娘は、部屋を出て行きました。
 さっきから、見えない目で二人の客の様子をうかがっていた老父が、静かな声で言いました。
「旅のお方。あなた様方が三年もの間ご苦労を重ねられて、どなたを探しておられるのか、よろしかったらお聞かせ願いませんか?」
「はい、実は……」
 王子は青い仙人の王に頼まれて、ばら姫を捜し歩いていることを正直に話しだしました。すると、小さく頷きながら聞いていた老人の顔が、少しずつ青く変わっていくのが分かりました。王子の話が終わると、老人は大きく息を吐いてから、また静かに言いました。
「世の中には、不思議な事もあるものですな。すると、わたくしは、あなた様方に深くお詫びをしなければなりません」
「え、お詫びを、ですか?」
「はい、あなた様方は、わたくしの娘のために、そのようなご苦労をなさっておられるのですから」
「え、すると……?」
「はい、あなた様方の探しておられるばら姫というのは、何を隠しましょう、わたくしの娘で御座います」
「え、すると、やっぱり……」
「不思議に思われるのも、ご無理ありません。わたくしはもともとこの国の貴族ですが、今はこの通り、すっかり落ちぶれてしまいました。それと言うのも、あの娘のためで御座います。娘の美しさがインドの国中に広がったからなのです。ばらの花のように美しい、と言って、ばら姫と言う名前も皆さんで付けてくれました。しかし、その事から、困ったことが起きてしまったのです。
 この国の西の方の山に、恐ろしい魔王が住んでいるのです。その魔王が、娘のうわさを聞いて、ばら姫を嫁にもらいたい、と申し込んできました。もちろん、娘もわたくしもお断りしました。けれども、魔王はあきらめませんでした。そしてある日、魔王の家来たち十人が、娘を連れに来たのです。
 ところが、神様のお助けでしょうか、この屋敷に入ろうとすると、どこからともなく、たくさんの小石がまるで雨のように家来たちの頭の上に降って来たのです。おかげでさすがの家来たちも、命からがら逃げ帰っていきました。


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 怒った魔王は、今度は百人の家来たちに言いつけたのです。しかも、父親のわたくしを殺して、ばら姫を奪ってこい、ついでに財産も残らず取り上げてこい、という酷いことを……。けれどもその百人の家来たちが、この屋敷に入ろうとすると、また、前の時と同じように、いえ、前よりももっとひどくたくさんの小石の雨が家来たちの頭の上に振ってきて、やっぱり逃げ帰りました。
 二度とも失敗した魔王はもう諦めたのか、その後は来ませんでした。でも、魔王の恐ろしい呪いで、わたくしの目は見えなくなってしまいました。
 そればかりではありません。この話が国中に広がって、みんな魔王の呪いを恐れだしたのです。そして、魔王の呪いのかかっている家だからと、誰一人、わたくしたちの所に来てくれなくなったのです。わたくしと娘は、親戚からも、友達からも、すっかり見捨てられてしまったのです」
 老人は、見えない目の涙をそっとふきました。
 王子もマバラックも、涙の溢れてくる目を押さえました。
 老人はまた言いました。
「それで、お願いがあるのですが、わたくし達を可哀想にお思いでしたら、どうぞ、娘を一緒に連れて行ってください。実は、今こうしておりましても、恐ろしいしいあの魔王がいつやって来るかと、それが心配でならないのです。娘が可哀想でならないのです」
 王子とマバラックは、思わず顔を見合わせました。
「ぜひ、お願い致します!」
 老人はまた言います。
「お連れするのは、こちらの方からお願いしたいことです。でも、青い仙人の王が、何故、ばら姫を探しているのか、それが私には分からないので……」
 と、王子が言うと、老人は慌てて手を振りました。
「青い仙人の王のうわさは、わたくしも今までに何度も聞いております。神様のような偉い方だそうですから、哀れな娘をきっとお助け下さると思います」
「そうですか。それほどまでにおっしゃるのでしたら……。でも、姫の気持ちを確かめませんと」
 王子が言い終わらない内に、老人は手を鳴らしました。
「お呼びですか、お父様」
 姫が淑やかに入ってきました。
「そこに座りなさい」
 目の見えない老父は、娘の美しい手を軽く握って、王子たちの事を詳しく話して聞かせました。
「はい、お父様。よく分かりました」
 ばら姫は美しい顔を、王子の方に向けて言いました。
「王子様、わたくしは、あなた様とご一緒に参ります。そうすれば、あなた様は無事にペルシャの王様になることが出来るのですから……。いえ、わたくしの方も、あの恐ろしい魔王の呪いから逃れることが出来ますもの。また、そのために、わたくしがもっと不幸なことになりましても、決して悔やみません。ただ、一つお願いが御座います。この父も一緒にお連れ願いたいのです」
「はい、分かりました」
 王子が喜んで答えると、ばら姫は初めてにっこりと笑いました。
 さて、そのあくる朝でした。突然、思いがけない悲しい事が起こってしまいました。夕べはあれほど元気だった老父が、どうしたことか、夜の間に死んでしまっていたのです。
 ばら姫は悲しみに泣き崩れました。王子にしても、マバラックにしても、慰めの言葉も出ませんでした。
 王子はマバラックに手伝って、亡骸を屋敷の隅に埋めました。そして、その後すぐ、三人は人目につかないように、そっと屋敷を出ました。




~つづく~

 しまった……。

 先週の『スタプリ』、見逃し配信見るのを忘れてて、物語上の最終回、見逃した……


 しかし、最終回が夢オチっていうのもなかなか思い切った展開でしたね。


 ゼロワンは最近、後味の悪い展開が多いなぁ……。

 あの千パーセント社長は、いつかその鼻っ柱が折られる日が来るんだろーか。まぁ、ここ数週間見てないわけですが(爆)。


 サデンもやっぱり、心臓とられてたから忠実だったのね。しかし、ワイズルーは生きてるらしいフラグが……(先週の話見てないけど)。


 さて、今日は『ばら姫と青い仙人』の続きで行きます。

 因みに今回のパート、原本では『め〇らの老人』ってタイトルで、作中でも「めく〇」が連呼されてたので、『盲目』に書き換えてます。(^ ^;)


 では、本文スタート!



 ミスナー王子とマバラックは、インドの国に来てから、もう三年の年月が経ってしまいました。
 まわりまわって、ある町にたどり着いた時でした。
 橋のたもとに、みすぼらしい盲目の老人が座っていて、道を行く人々に施しを願っていました。けれども、誰一人として、そんな乞食には目もくれませんでした。
「気の毒にな……」
 立ち止まってしばらく見つめていた王子は、一枚の金貨を、老人の手の上に乗せてやりました。
 金貨と知った盲目の老人は、慌てて座りなおすと、丁寧にお辞儀をしてから言いました。
「わたくしは、この通り目が見えません。けれども、金貨を恵んでくださったあなた様が、旅のお方らしい事は分かります。違いましょうか?」
「いや、その通りだ。実は、ある人を探して、もう三年ものあいだ旅を続けているのだが……」
 王子は正直に言いました。
「左様で御座いますか。どなたをお探しかは存じませんが、だいぶお疲れのご様子ですね。もし、よろしかったら、わたくしどもの家の方に、と申しましても、貧しい盲目の老人ですが、金貨を恵んで頂いたせめてものお礼に、ご夕食でも差し上げたいと思いまして……」
 老人は、盲目の乞食とは思えないような、気品のある話し方をしました。
「それは有難い事だが、しかし、迷惑ではないかな。それに、もう一人連れがいるのだし」
「はい、お二人連れでいらっしゃることは、分かっております。よろしかったら、是非どうぞ……」
 王子はどうしたものかと、マバラックの顔を伺いました。
「では、お願い致します」
 王子に変わって、マバラックの方が言いました。
「左様で御座いますか。では、どうぞ」
 盲目の老人は立ち上がると、杖を頼りに歩き出しました。かなり歩いて、静かな通りに入ると、老人は立ち止まりました。
「これがわたくしの家で御座います」
 王子とマバラックは思わず顔を見合わせました。目の前にあるのは、広い屋敷です。
 二人の様子を感じ取って、老人が言いました。
「いえ、驚きなさることなど御座いません。中に入って頂くとわかりますが、ただ大きいだけで御座います。家の方など、もう半分崩れかけておりまして……」
 なるほど、入ってみると、庭はくさがぼうぼうでした。屋敷も大きいだけで、ひどい荒れ方です。
「さあ、どうぞお入り下さい」
 老人は、二人を家の中に案内しました。その音で気が付いたのでしょう、奥の方から声がしました。
「あら、お父様ですの。どうかしましたか、こんなにお早くお帰りになるなんて……」
「それがね、今日はお情け深い旅のお方がお二人、私に金貨を恵んで下さったのだよ。それでね、こんなところで失礼だが、夕飯でも差し上げたいと思って、お連れしたのだよ」
 老人が言いました。
「あら、そうで御座いましたの。では、わたくしは、すぐにここを片付けまして……」
「そうだね。早く明かりを持ってきてもらおうか。せっかくお招きしても、このような暗い部屋では……」
 老人は眼が見えなくても、部屋の暗さが分かるのだろうか、そう言いながら、二人に椅子をすすめると、
「あれは、わたくしの娘で御座います。きっと糸を紡いでいたところでしょう」
 と言い残して、部屋を出て行きました。
 王子とマバラックは、薄暗い部屋の中で、また顔を見合わせました。古くて暗くて、お化け屋敷のような家ですが、でも、よく見ると、元は立派なお屋敷であっただろうことが、はっきりわかります。
「ごめん下さいませ」
 綺麗な声がして、ランプを持った若い女の人が入ってきました。
「このような粗末な所に、ようこそおいで下さいました。また、先ほどは、父に金貨をお恵み下さいまして、有難う御座いました」
 と、娘は丁寧に頭を下げました。
「いや、こちらこそ、つい、お言葉に甘えて……」
 王子もマバラックも、丁寧に頭を下げました。そして、その頭を上げた時、ちょうどランプの灯が、娘の顔をまともに照らしました。
「おやっ?」
 王子とマバラックは、同時に身体がぶるぶるっと震えました。あまりにも美しい娘だからでした。




~つづく~

 今日はまた、『ばら姫と青い仙人』の続きで行きたいと思います。

 では、スタート!



 それは、長く苦しい旅でした。いくつもの山や川を越え、広い砂漠の中も通り抜けて、北へ北へと、夜も昼も歩き続けました。
 やっと、緑の丘に出た時でした。マバラックが、ほっとしたように言いました。
「王子様、向こうの山のふもとをご覧なさい。あれが青い仙人の王の館で御座います」
「え……。しかし、私には青い霧だけで、何にも見えないが……?」
 王子がしきりに首をかしげると、マバラックは急に思い出したように、
「あ、そうでした。忘れていました。お待ちください」
 そう言いながら、懐から小さな箱を取り出しました。
「これは、不思議な力を持つ薬です。これを目のふちに塗ると、遠くの方も見えるようになりますから……」
 マバラックは王子の目のふちに、その“こう薬”のようなものを塗りました。
 なるほど、高い山とそのふもとを、ほんのりと包んでいる青い霞の中に、三つの館が見えます。そして、その周りには、仙人たちなのでしょう、青い長い衣のようなものを着た人の姿が、いくつも見えました。
「おやっ……?」
 王子は、また首をかしげました。仙人たちの中から、三人が、飛ぶような速さでこちらに走って来たからです。
「仙人たちには、きっと何もかも見通しなのでしょう」
 マバラックが言いました。
 三人はあっと言う間に、二人の前に着きました。
「ペルシャの国の王子様ですね。ようこそおいでになりました。さあ、王様の所へご案内いたします」
「はい、お願いします」
 王子が言うと、途端に一人が王子を、一人がマバラックを、もう一人は二人の荷物を抱え、また飛ぶような速さで走り出しました。
「ここが、王様の館で御座います」
 案内された館の中には、デザック王が、もう二人を待っていました。青い衣で、胸まで垂れた白い長ひげの仙人の王は、まるで神様のような姿に見えました。
 王の前に進んだミスナー王子は、深々とお辞儀をしてから、たずねてきた訳を話しました。
 鋭く光る目で、じいっと王子を見つめながら聞いていた王は、やがて静かな声で言いました。
「ペルシャの王子。わしとそなたの父とは、長い間親しくしていたが、立派な大王であった。すぐにでも猿の像を与えたいのだが、しかし、そうはいかない……」
「えっ……」
「つまり、そなたに猿の像を与える前に、わしからも、そなたに一つ頼みがある。その頼みをやり遂げてくれたなら、猿の像を与える事にしたいが、どうだな?」
「はい、猿の像を頂けるのでしたら、どのような事でも致します」
「しかし、その頼みと言うのは、決して簡単なものではないのだが、それでも良いかな……」
「どんなに難しい事でも、必ずやり遂げます」
「そうか。では話そう。実は、この絵に描かれている姫を探し出して、ここまで連れて来てもらいたいのだが……」
 仙人の王は、一枚の紙を、王子の前に広げました。
 王子は目を見はりました。その絵に描かれている姫は、花のような、いや、花よりももっと美しくて愛らしい、顔や姿だからでした。
「これは“ばら姫”という、この世で最も美しいと言われる姫でな。インドの国にいるという事だけは分かっているのだが……。どうだな?」
「は、はい」
「どうだな、ミスナー王子。引き受けてくれるかな?」
 仙人の王が、静かな声で聞きました。しかし、その目は鋭く光っていました。
「はい、きっとお探しして、お連れ致します」
 王子ははっきり言いました。
「インドの国は遠いのだし、色々な苦労もあると思うが、それでも構わぬと言うのだな?」
「はい、どのような苦労がありましょうとも、お約束致します」
「そうか。では、無事に探し出して、連れて帰ることを祈っておるぞ」
「はい」
 ミスナー王子とマバラックは、休む暇もなく、青い仙人の館を後に、インドの国に向かって旅立ちました。




~つづく~

 今日は昨日の続きといきたいと思います。

 では、さっそく本文スタート!



 王子は、ミスナーという名前を付けられました。大王の愛情と、国民たちの喜びの中で、すくすくと成長していきました。
 長い年月も夢のように過ぎて、ミスナー王子も、やがて十歳の春を向かえました。
 そのお祝いのすぐ後でした。大王が、たちの良くない病気にかかってしまいました。
 宮殿の中ではもちろん、国民たちもみな、朝に晩に神様にお祈りをしました。が、病気は重くなるばかりでした。
 すっかりやつれてしまった大王は、もう自分の命の長くない事を知りました。そして、大臣の位についている弟のアフーバルを枕元に呼びました。
「アフーバル、わしの命ももう長くはないようだ。生きているものに死のあるのは、世の定めだから仕方ないが、心に残るのは、この国の事だ。王子のミスナーはまだ幼くて、国を治めていくことが出来ない。それで、そなたに頼むのだが、王子が十六歳になるまでそなたが代わって国を治めてくれ。そして十六歳になったら、そなたの娘と結婚させて、王の位につけてくれ。頼んだぞ」
 大王は、苦しい息の中から言いました。
「はい、兄上様。必ずお言葉のように致します」
 アフーバルは、きっぱりと誓いました。
「それから、マバラックはいるか……?」
「はい、大王様……」
 後ろの方に控えていたマバラックが、大王の枕元に寄りました。マバラックは黒人ですが、賢い、忠実な家来です。大王から厚く信頼されていて、ミスナー王子の世話を任されてもいました。
「マバラック、そなたは、良く尽くしてくれたな。これからも、王子の世話をしてやってくれよ。頼むぞ……」
「は、はい。もったいのう御座います。大王様……」
 マバラックは、こらえていた涙をどっとこぼしました。
 アザット大王がこの世を去ったのは、その翌日でした。国中が深い悲しみに包まれました。が、その悲しみの中で、弟のアフーバルが、幼い王子に代わって国を治める事が発表されました。それと同時に、ミスナー王子は山の中にある館に移ることになりました。静かな山の方が、学問を習うのにも、体を鍛えるのにも、都合が良いからと、おじさんのアフーバルが言ったからでした。
「大王の王子様が、こんな山の館でなど……」
 マバラックは不服でした。が、王子の方はそんなことは気にも留めず、元気に山を駆け巡り、また、学問にも精を出していました。
 やがて、その六年も過ぎて、ミスナー王子は十六歳の春を向かえました。
 マバラックが王子に言いました。
「王子様、王子様はもう十六歳になられたのです。これから宮殿に戻って、大王様のご遺言通り、王様の位につかれることを宣言いたしましょう。アフーバル様も、たくましくご成長された王子様を御覧になったなら、きっとお喜び下さるでしょう」
「そうか、では、そのようにしよう」
 王子とマバラックは、山を下りて宮殿に向かいました。
 その頃、宮殿では王座のアフーバルを囲んで、貴族たちが会議を開いていました。
 マバラックが王座の前に進み出て、
「アフーバル様。十六歳になられた王子様が、ただいまお戻りになりました。この上は、一日も早く、王位につかれる儀式を……」
 と申し述べました。すると、王座のアフーバルは、少し顔をこわばらせて言いました。
「おう、ミスナー王子。たくましくなられたのう。ところで、そなたが王位につくことは、わしも喜ぶところである。だがな王子、そなたの運勢を見てもらうと、今年は年回りが良くないから、来年まで待った方が良いと言われてのう……。そうだったな、オルグ」
 アフーバルは、横に座っている不思議な姿をした老婆に言いました。
「はい、その通りで御座います。もし、無理におやりになれば、恐ろしい災いを招きます」
 老婆は占い師なのでしょう、二本の手を高く上げて、何やら呪文を唱えてから、はっきりとそう言いました。
「聞いた通りだ。では、そうしてもらおう」
 アフーバルは、もう決まった、というように言いました。
 そう言われては、王子もマバラックも、もう何とも言う事が出来ません。しかし、もう山の館には帰らず、宮殿に住むことにしました。
 それから三日目の事でした。マバラックが顔色を変えて、王子の所に飛んできました。
「王子様、アフーバル様は、恐ろしい方です。王の位を譲るのが嫌で、恐ろしい事を計画しております」
「なに、恐ろしい事を?」
「はい、王子様を亡き者にしようと、幾人かの貴族たちと相談しているところを見ました。占いの老婆が、年回りが悪いなどと言ったのも、実はアフーバル様の言いつけだったのです」
「え、まさか、あの叔父が……?」
 王子もさすがに顔色が変わりました。
「わたくしも、はじめは自分の耳を疑いました。けれども、これは本当の事で御座います」
「すると……」
 王子は、悔しさに身体が震えました。
「王子様、マバラックがついております。わたくしの命のある限りは悪人どもに勝手なことはさせません」
 マバラックは、ミスナー王子の手を取って、宮殿の裏の建物に入りました。そこは、大王が好んで入っていた不思議な部屋でした。
「ここには、誰も知らない秘密があるのです」
 マバラックはそう言いながら、床の絨毯を剥ぐと、その下の大理石を一枚取り外しました。と、ぽっかりと開いた穴の下は、広い部屋になっていました。
 小さな階段を降りると、中は四つの部屋になっていました。灯もともしていないのに、どの部屋も不思議な明るさでした。
 しかも、どの部屋にも金貨を一杯入れたかめが、いくつも置いてありました。また、かめの蓋の上には、猿の像が乗っていました。その猿の目玉は宝石で出来ていて、きらきらと光っていました。
「こんな素晴らしい物が……」
「はい、ここは、大王様の他は、わたくしだけしか知らない所です。王子様、かめを数えてごらんなさい。一つの部屋に十個ずつ、全部で四十個あるでしょう」


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 王子は数えてみました。でも、一番奥にある、四十番目のかめにだけ、猿の像が乗っていません。
「どうしてだい、マバラック?」
「これには訳があるのです。大王様はずっと前から、青い仙人のデザック王とたいへん親しくしておられました」
「え、青い仙人の王と?」
 王子は思わず声を大きくしました。青い仙人の王は、神様の力を持っている偉い王だ、といくども聞いているからでした。
「そうです。かめの上に乗っている猿の像は、その青い仙人の王から頂いたのです。一年に一つずつでした。そして、三十九個を頂いたのですが、四十個目を頂く前に大王様はお亡くなりになったのです」
「そうだったのか……」
「ところで王子様。この猿の像は、ただの像ではありません。一つの猿に、千人の妖精の守り神がついているのです。けれども、悲しい事には、その妖精たちを働かせるのには、四十個の猿の像を揃えなければならないのです」
「すると、あともう一個あれば」
「そうです。四十個揃えば、全部で四万人の妖精を呼び集めることが出来るのです。四万人の妖精の力があれば、あの悪者たちも簡単に打ちのめすことが出来るでしょう」
「そうか、成程……」
「ですから王子様、今晩すぐに、ここを出発しまして青い仙人の王をおたずねしましょう。きっとお力になって下さると思います」
「うん。では、そうしよう!」
 その夜中、王子とマバラックは、みずぼらしい姿に変装をして、そっと宮殿を抜け出しました。




~つづく~

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』です。


 本文の方も、『文庫本コーナー』でいきます。最近は1話完結の短編が多かったですが、今回は久々に数回に分けた中編で行こうと思います。

 お話は、ペルシャ民話『ばら姫と青い仙人』です。


 では、本文スタート!


ばら姫と青い仙人



 昔、ペルシャという国を、アザット王が治めていました。アザット王は学問に優れているばかりか、強くて勇ましく、どこの国と戦争をしても負けた事がありませんでした。
 アザット王を恐れるよその国の王たちは、色々な宝物をもって、ご機嫌を伺いに来ました。
 しかし、外には恐れられている王も、国民には優しく、父のように親しまれ、神のように敬われてもいました。
 けれどもそんな王にも、自分の力ではどうすることも出来ない、一つの悩みがありました。王位を継ぐ王子も姫も、生まれない事でした。
「私はだんだん年をとってしまいます。どうか王子をお授け下さい」
 アザット王は、毎日、神に祈り続けました。
 ある夜の事でした。アザット王は、不思議な夢を見ました。いや、それは、夢などではなかったのかも知れません。
 寝室の扉が音も無く開いて、誰かが入ってきました。
 若い美しい女の人でした。なお、良く見つめると、地上では見た事も無い立派な着物を着て、金色に光る杖を持っていました。
「あなたはどなたですか?」
 王は、少し震える声で尋ねました。
「私は妖精です。妖精の女王様のお言いつけで、あなたをお迎えに参りました」
 やがて、そっと宮殿を抜け出た二人は、青い月の光に照らされながら、ずんずん歩いて行きました。
 町を過ぎ、広い荒れ野に来ました。生い茂る草の中に、こんこんと水の湧き出ている泉がありました。
 妖精は、泉の前で止まりました。
「この泉の中に入るのです」


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 妖精は王の袖をつかんで、どぶんと水の中に飛び込みました。
 二人はずんずんと泉の底へ沈んでいきます。が、不思議にも、身体は少しも濡れませんでした。
 泉の底には、立派な館が建っていました。
「女王様の館です。どうぞ」
 館の中は、目のくらみそうな美しさでした。たくさんの妖精たちが並んでいて、正面の高い所に座っているのが、女王であることはすぐ分かりました。
 その女王が、王に向かって言いました。
「アザット王ですね。あなたは国民たちから、父のように慕われている立派な王です。でも、一つだけ大事な事を忘れていますね。その事でお呼びしたのです」
「それは、どんな事で御座いましょう?」
 王は、丁寧に頭を下げて訊きました。
「あなたは今、たくさんの宝物を持っていて、国の中も平和ですね。でもそれは、あなたの国の兵士たちがいつも勇敢に戦ってくれたおかげでしょう。しかも戦いの度に、たくさんの兵士たちが命をなくしているでしょう」
「はい、その通りで御座います」
「あなたは地上の国民には優しい王ですが、戦いで命をなくした兵士たちには、どんな事をしてあげましたか?」
「どんな事をと申されても……」
 王は、後の言葉に詰まりました。
「わたくしが大事な事と申したのはその事です。あそこをご覧なさい」
 女王は、開いている窓の一つを指さしました。あまり広くない庭に、たくさんの小人たちがにぎやかに遊んでいました。
「あの小人たちは、あなたの命令で勇敢に戦い、命をなくした兵士たちです。地上での命は消えても、魂は小人になって、ここに生きているのです。でも、この庭が狭いので、小人たちが思うように遊べないことが分かるでしょう。そればかりか、あの小人たちには、夜になっても泊まる館も無いのです。可哀想とはお思いになりませんか」
「は、はい……」
 女王の言葉に、王は目頭が熱くなってきました。
「あの小人たちのために、広い庭と大きな館を作ってあげてもらいたいのです。たくさんの宝物を持っているあなたには、それが出来るはずです。そうすれば、神様もきっと、あなたの望んでいる事をかなえて下さるでしょう」
「はい、分かりました。すぐにでも、と申しましても、この泉の底に、どのようにして庭や館を作ることが……」
「いえ、その心配はいりません。庭も館も、地上に作ればよいのです。小人たちには、地上も地下も無いのです。ただ、地上の人の目には、小人の姿が見えないだけです。それに、地上に作った広い庭や大きな館は、あなたの国民も一緒になって楽しむことが出来るのですから」
「はい、よく分かりました。お約束を致します」
 王はきっぱりと言いました。と、その途端でした。アザット王は、ふっと我に返りました。
「はてな……?」
 王は目をこすりながら、辺りを見回しました。そこは荒れ野の中でした。生い茂る草の中の泉の側に、たった一人で立っているのでした。
 アザット王は、急いで宮殿に帰りました。
 やがて国中の建築家が集められ、工事が始められました。
 広い荒れ野は、見る見るうちに大庭園になり、草の中の泉は、美しい噴水の池に変わりました。庭園の真ん中に建てた館も出来上がりました。黄金や宝石をちりばめた館は、昼は太陽の光に、夜は色とりどりの灯の光に、きらきらと輝きます。
 アザット王は、その庭園や館へ、国民たちを自由に出入りさせました。
「アザット王は偉い王様だ。いや、大王様だ!」
 国民の喜びの声はそのままよその国にも伝わっていき、アザット王が『大王』と呼ばれるようになりました。
 また、その大王の宮殿で、待ち焦がれていた跡継ぎの王子が生まれたのは、それから間もなくでした。




~つづく~

 今日は北欧民話、『グドブランドとおかみさん』です。

 では、さっそく本文スタート!


グドブランドとおかみさん



 昔、ある村に、グドブランドという男がいた。この男の畑は、麓との間の中ほどの所にあった。で、村の人たちは彼の事を“山っ腹のグドブランド”と呼んでいた。
 グドブランドには良いおかみさんがいた。おかみさんは彼の事なら何もかもよく分かっていた。おまけに、自分の夫がする事なら、みんな良い事ばかりだと信じていた。
 だからおかみさんは、彼がどんなことをしても、
『うちの主人ったら、今度もまた他所の人には真似も出来ない良い事をしてくれたわ』
 と、いつも喜んでいた。
 二人には、自分たちの畑があり、タンスの中には五百クローネの金がしまってあった。牛小屋には、二頭の牝牛がいる。
 二人はお互いに何の不平も無く、大変な幸せであった。
 ところである日、おかみさんが夫に向かって、
「あのね、牝牛を一頭、町へ連れて行って売らなくちゃと思っているんですけれど……」
 と言いだした。
「――そうすれば、お金が取れるでしょう。私達のように、人に恥ずかしくない暮らしをしているものは、人並みにいつも、いくらかのお金を用意しておかなくてはいけません。タンスの中に五百クローネありますけれど、それを使っていまう訳にはいかないでしょう。後が困りますもの。それにね、二頭の牝牛が居ても、しょうがないと思うの。一頭を売って、残りが一頭になれば、水をやったり草を食べさせたり、寝わらの用意をしてやったりするのにも、手数が省けるでしょう。だって、二頭分の世話が一頭だけで済むわけですから、だいぶ楽になりますよ」
 おかみさんにそう言われて、グドブランドは、
(なるほど、もっともな話だ)
 と、思った。
 そこで、グドブランドはさっそく一頭の牝牛を連れて、町へ売りに行くことにした。
 町へ来た。ところが町には、グドブランドの牝牛を買おうというものが、一人もいなかった。町では牝牛はいらないらしかった。
(よしよし、買う人が居なければ、売らなくたっていいさ。どうせまた、牝牛を家に連れて帰ればいいんだから)
 グドブランドはあっさりと諦めた。そして、
(なあに、家へ帰ればこの牝牛の牛小屋だってあるんだし、帰り道が来た道よりも遠いわけではない。どうせ、おいらは家に帰るんだからな)
 と考え、牝牛を連れて町から家の方へとまた歩き出した。
 ぽく、ぽく、ぽく――。しばらく行くと、グドブランドは道の向こうから、一頭の馬を連れてくる男に会った。男の話では、馬を売りに行くところだという。


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 そこでグドブランドはこう思った。
(牛よりは、馬の方がいいな)
 そうなると、馬が欲しくてたまらない。グドブランドは、さっそく自分の牛と、相手の男の馬とを取り換える事にした。
 馬が自分の物になった。グドブランドは、上手い事をしたぞとばかり、ほくほくしながら道を歩いて行った。
 しばらく行くと、今度は丸々太った豚を先に歩かせて、後からその豚を追い立ててくる男に会った。
 そこでグドブランドはこう思った。
(馬よりは、太った豚の方がよっぽどいいな)
 そうなると、豚が欲しくてたまらない。グドブランドは、さっそく自分の馬と、相手の男の豚とを取り換える事にした。
 豚が自分の物になった。グドブランドは、今度も上手い事をしたぞとばかり、ほくほくしながら道を歩いて行った。
 しばらく行くと、今度はまた、ヤギを連れた男に会った。
(豚よりは、ヤギの方がずっといいな)
 そう思うと、ヤギが欲しくてたまらない。グドブランドは、自分の豚と、相手の男のヤギとを取り換えた。
 またしばらく行くと、羊を連れた男に会った。グドブランドはさっそく自分のヤギと、相手の男の羊とを取り換える事にした。何故なら、グドブランドはいつも、
(ヤギよりは、羊の方がもっといいな)
 と、そう考えていたからだった。
 羊が自分の物になった。また行くと、次には一羽のガチョウを連れた男に会った。
(ガチョウはいい。羽があるからな)
 そう思うと、グドブランドはたちまちガチョウが欲しくなった。で、さっそく自分の羊と、相手の男のガチョウとを取り換えた。
 その次には、一羽の雄鶏を連れた男に会った。グドブランドは自分のガチョウとその雄鶏とを取り換えてしまった。
(ガチョウよりは、雄鶏の方がいいからな)
 そこで気が付くと、グドブランドはお腹がペコペコだった。一日中、歩き続けているわけである。
(お腹が空いてはどうにもならない。雄鶏を売って、何か食べる物を買う事にしよう。雄鶏を持っているよりも、人の命を救う事の方がもっと大事だろうからな)
 グドブランドはそう考えた。
 そう気が付くと、グドブランドは見つかった道端の家へ行き、雄鶏を十二オーレで売った。そして、そのお金で食べ物を買って食べた。
「これでよし」
 グドブランドはとうとう何も持たないで、自分の村へ来た。
 家へ入る途中、グドブランドは近くの知り合いの家へ寄った。その男は、グドブランドが牝牛を連れて町へ売りに出かけた事を知っていた。
「町ではどうだったかね?」
 と、たずねた。
「まあまあという所さ」
 グドブランドは答えた。
 そこで、グドブランドは、はじめっからおしまいまで、今日の出来事を残らずその男に話して聞かせて、
「だから、たいして良かったとも言えないが、悪いというほどでもないやね」
 と言った。
 それを聞くと、相手の男は呆れた顔で、
「やれやれ。そんな事では、家へ帰ったらおかみさんにひどく怒られるぞ! 可哀そうになあ。でも、どうしようたって、お前さんの身代わりになってやるわけにもいかないしな」
 そう言った。
「そうかな。考えてみりゃ、もっとまずい事になっていたかも知れないと思うんだがな」
 グドブランドは言い、
「とにかく、今となっては良かろうと悪かろうと、仕方があるまい。私の家内は気がいい奴だから、私がすることに、決して文句なんか言わないよ」
 そう答えると、
「だけど、今度ばかりはそうは思えないがね。お前さんのしたことが、あんまり酷すぎるんだもの」
 相手の男は言った。
「では、一つ賭けをしようかね? 私の家のタンスに、金が五百クローネあるんだが、お前さんも、それだけの金を賭けるかい?」
 グドブランドは、真面目な顔で言った。
「いいとも!」
 相手の男が答えた。
 話がまとまった。グドブランドは、夕方まで、その男の家で遊んでいた。
 そして、暗くなって明かりがつく頃になり、グドブランドは賭けをした相手の男と一緒に、自分の家へ帰った。
 相手の男はグドブランドの家へは入らずに、外にいる事にした。グドブランドだけが家の中に入って、おかみさんと話をするのを相手の男がドアの所で聞いているという約束だった。
 グドブランドが、家の中へ入った。
「ただいま」
 そう言うと、
「あら、お帰りなさい」
 おかみさんの声がした。
「町では、どうでしたか?」
 さっそく話が始まった。
「うん、まあまあといったところさ」
 グドブランドが答えた。
 そこでグドブランドは、
「町へ行ったところが、誰も牝牛を買おうという人がいないので、おいらは牝牛を馬と取り換えたよ」
 と言った。
「馬ですって! それは良い事をしましたわね」
 おかみさんは嬉しそうに言い、
「何しろ、私達はちゃんとした暮らしをしているでしょう。だから馬があれば、他の人たちのように馬車で教会へ行けますわ。私達だって馬の一頭ぐらいは持っていたっていいわけですよ。ちょうど馬小屋もあるし、さあ、馬を早く小屋へ入れていらっしゃいな」
「うん」
 と、グドブランドは言いかけて、
「だがね、今、馬がいるという訳ではないんだ」
 そこで、グドブランドは一息入れた。
「しばらく行くとね、太った豚を連れた男に会ったんで、馬を豚と取り換えたよ」
 グドブランドは言った。
「考えてみれば……」
 とおかみさんは言い、
「豚の方がずっといいわね。私だって、きっとそうしたでしょうよ。豚からは、ベーコンが取れますものね。これで、町から人が尋ねて来ても、ベーコンがあるから大丈夫ですわ。馬なんかいても、ほんとにしようがありませんものね。もし、私達が馬車などに乗って、今まで通りに教会まで歩いて行かなかったりしたら、みんなはきっと、私達がいばりくさっている、と言うに決まっていますわ。さあ、豚を小屋に入れていらっしゃいな」
 そう言った。
「ところが、今、豚がいるという訳ではないんだ。それからしばらく行くと、ヤギを連れた男に会ったんで、豚をヤギと取り換えたんだよ」
 グドブランドは言った。
「それは良い事をしましたね」
 おかみさんは言い、
「よく考えれば、豚なんかつまりませんものね。肉にして食べてしまえばそれでおしまいでしょう。人から、あの家ではありったけの物をみんな食べてしまう、なんて当てこすりを言われるぐらいのもんですわ。それに比べてヤギが居れば、ヤギの乳もとれるし、チーズだって出来ますわね。長く飼っていれば、ずいぶん役に立ちますよ。さあ、ヤギを小屋にしまっていらっしゃい」
 そう言った。
「それがね、ヤギも連れてきてはいないんだよ」
 グドブランドは言い、
「それからしばらく行くと、羊を連れた男に会ったもんで、ヤギをその羊と取り換えたんだよ」
「まあ! それはうまくやりましたわね」
 おかみさんは言った。そして、
「あなたはほんとに、私が喜ぶことばかりなさるのね。私だって、きっとそうしたと思いますわ。ヤギが居たら、ほったらかしにしておくわけにはいきませんものね。山や谷へ連れて行っても、夕方までにはまた連れて帰らなけでばならないでしょう。それが、羊ならその毛で服だって作れますし、おまけに肉だって食べられるんですから、本当に助かるわ。さあ、早く羊をつれていらっしゃいよ」
「ところが、その羊も、今はいないんだよ。ガチョウと取り換えてしまったんでね」
 グドブランドは言った。
「まあ、まあ! なんて有難いんでしょう。羊が居ても厄介ですものね。だって、刈り取った毛を紡ぐ紡ぎ車も無いし、機織りをするにも機台が無いでしょう。羊が居なければ、自分が着る物を織ったり、布切れを断ち切ったり、糸で縫ったりもしないで済みますわ。そんなものは、今まで通り買えばいいんですからね。ガチョウでしたら、私は前からその肉を食べたいと思ってましたし、羽や毛は枕に詰めれば役に立つでしょう。さあ、すぐに行って、ガチョウを連れていらっしゃい」
「うん。けれど、そのガチョウもここにはいないんだよ。雄鶏と取り換えてしまったもんだからな」
「なんとまあ、あなたは何でも、よく気が付く人でしょう!」
 おかみさんは叫んだ。
「私だって、そっくりあなたと同じことをしたでしょうよ。雄鶏なら、柱時計の代わりになりますものね。雄鶏は、毎朝四時に鳴きますから、私達はきちんと正しい時間に起きられます。ガチョウなんかつまりませんわ。私はガチョウの料理の仕方をよく知りませんし、枕には干し草を詰めてもいいですからね。さあ、雄鶏を連れていらっしゃいよ」
 おかみさんにそう言われて、
「それが、その雄鶏もいないんだよ」
 と、グドブランドは情けなさそうな声で言った。そして、
「歩いている内にお腹がペコペコになってしまったんだ。そこで雄鶏を十二オーレで売り、その金で食べる物を買い、それを食べて命をつないだってわけさ」
 そのように言った。
 さあ、おかみさんがどんな返事をするだろう?
 グドブランドと賭けをした男は、ドアの所で、グドブランドとおかみさんの話を残らず聞いていた。そして、
(いくら気がいいおかみさんだって、ここら辺りでもう怒っても良さそうなもんだがな。これで、グドブランドの話はすっかりおしまいなんだから)
 と、考えた。
 その途端の事だった。
「あら、嬉しい! 涙が出てきそうだわ。あなたって、本当に良い事ばかりなさるのね」
 そう言うおかみさんの声が聞こえた。
 続いて、おかみさんはこう言った。
「あなたがなさる事はみんな、私が心の中でそうしたいと思っているのと同じですわ。雄鶏なんかいるもんですか。私達は、誰にも使われているわけではないのですもの。朝、眠りたいだけ寝ていられるんですよ。ほんとに嬉しいわ。私はあなたさえ帰ってきて下されば、他に何も言う事なんかありません。有難いわ。あなたって、本当にいい人だわ。雄鶏だの、ガチョウだの、豚だの、ヤギだの、羊だの、馬だの、牝牛だの、そんなものとあなたとを比べるわけにはいきません。あなたは私の宝なんですもの」
 そこでグドブランドはドアを開けた。そして、賭けをした相手に、
「さあ、どうだね? お前さんの五百クローネは、私がもらっていいかい?」
 と言った。
 なんと珍しい夫婦がいたものである。
 相手の男はとうとう自分が賭けに負けたことを認めた。そして、グドブランドに五百クローネを出した。




~おしまい~


 いかがでしょうか?


 バカ夫婦と言うかバカップルと言うか、奥さんも旦那のやることにとことんポジティブと言うか……。(^ ^;)

 今回は最終的に結果オーライでしたけど、こんな夫婦だったら、きっと人生って楽しくてしょうがないだろうなぁ……。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日はペルーの民話、『ココカロの水道』をお送りしたいと思います。

 では、早速スタート!


ココカロの水道



 昔々、ペルーの国の高い山の上に、五つの卵が並べて置いてありました。どうしてそこにあるのか、何の卵なのか、誰も知りませんでした。
 しばらくすると、卵は次々に割れて、四つの卵からは四羽のタカが飛び出しました。けれどもそのタカは、すぐに四人の優れた勇士になりました。
 最後の五つ目の卵からは、パリカカという、不思議な力を持った立派な神様が生まれました。
 先に生まれた四人の勇士は、パリカカの家来になりました。
 パリカカは、四人の家来を連れて、あちらこちらと旅をして歩きました。
 ある時、サンロレンゾという村を通りかかりました。すると、村はずれの畑の中で、一人の美しい乙女が、しくしくと泣いていました。
 パリカカは、乙女の側に行きました。
「何が悲しくてそんなに泣いているのだ。その訳を話してごらん!」
 すると乙女は涙にぬれた顔を上げ、
「私はこの村の者で御座いますが、村には水が足りなくて、せっかく植えたトウモロコシが、御覧のように枯れてしまいそうなのです。それが悲しくて……」
 と、また泣き出しました。それにしても、なんと美しい乙女だろう……。パリカカは、その美しさにすっかり心を惹かれてしまいました。
「そうか、分かった。泣かなくてもよい。私はお前を愛している。どうだね、私と結婚をしてくれるなら、お前の畑に水を与えてやろう」
「え、畑に水を……」
 乙女は不思議そうに、パリカカを見つめてから、やがて心が決まったらしく、
「でも、私の畑だけでなく、村中みんなの畑に水を与えて下さるなら、お言葉に従っても宜しゅうございます」
 と、はっきり言いました。
「村中の畑に……」
 パリカカは首をかしげました。村中の畑と言えば、見渡す限りの広さです。そんな力が私に……と思いましたが、はるか彼方に大きな川が流れているのが目につきました。
「よし、あの川の水を利用すれば……」
 パリカカは大きく頷くと、
「よし。では、村中の畑に水を流してあげよう。その代わり、私との約束は必ず守ってくれるだろうね!」
 と、念を押しました。
「はい、その通りになりましたら、きっとお言葉通りに致します」
 乙女の言葉に喜んだパリカカは、四人の家来に言いつけて、野や山に住んでいる鳥や獣を集めさせました。
「いいかね。ほれ、向こうに大きな川が見えるだろう。あの川から、いく本もの水道を作って村中の畑に水を流してくれ。頼むぞ!」
 パリカカの言葉に、
「へえ、では、すぐに始めます」
 と、動物達は、キツネを親方にして、すぐに仕事にかかりました。
 あるものは草をむしり、あるものは石を取り除き、あるものは穴を掘り、また、あるものは水をせき止めるなど、見る見るうちに四方八方へ立派な水道が出来ていきました。


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 さて、これを見た村の人々は喜びました。いや、一番喜んだのは、パリカカと約束をした乙女です。
 そして乙女は、パリカカと結婚することになりました。が、その時、また言いました。
「パリカカ様。もう一つお願いがありますが……」
「そうかい。言ってごらん。どんな願いでもかなえてあげよう」
「はい、あなたが作って下さった水道の中で、ココカロの水道が一番気に入りました。ですから私はあの水道の水上にあるヤナカカの岩の所に、いつまでも住んでいたいのです。許して下さるでしょうか」
「おう、いいとも」
 パリカカは、この美しい乙女の願いを聞いて、ヤナカカの岩の所に住むことになりました。
 もちろん、村の人々は、二人の結婚を喜んで、幾日も幾日も、お祝いのお祭りをしました。
 そのあと乙女は、そこがたいそう気に入って、
「私はいつまでもここにいて、この水道を守りたいと思います。死んだ後までも……」
 と言いました。
 そこで、パリカカは村を救った美しいこの乙女を、死んだあと、石に変えて、永久にココカロの水道の水上にとどめておく事にしました。




~おしまい~


 いかがでしたか?


 私はこのお話、色々と突っ込みながら読んでました(苦笑)。

 神様のわりに色ボケだったり、魔法など一切使わず(使えず?)、手作業で水道を作ったり……。


 いや、動物を従えてまとめられるのは、それはそれですごいのかも知れませんが……。(^ ^;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日は北欧民話、『“ほんとう”と“うそ”』です。

 では、さっそくスタート!


“ほんとう”と“うそ”



 二人の息子がいた。父は、物を売ったり買ったりして、その儲けで暮らしを立てている商人だった。
 息子たちは二人は、いつも、
「一体“うそ”と“ほんとう”とでは、どちらが強いんだろうか」
 その事で、互いに言い争っていた。
 兄は、
「この世の中には、いつまで経ったって、人をだますとか悪い事とかがなくならないさ。だから、なんと言っても、うそがやっぱり強いよ」
 そう言い張った。けれども弟の方は、
(いや、そんな事はない。本当とか、正しいとかいう事が、おしまいにはきっと勝つ)
 と心の中で思っていた。
 父が亡くなると、二人の息子には一艘の船が残された。息子たちは幸福を求め、残された船に帆を張って乗り込み、広い世界へ旅経つことにした。
 けれど、兄弟は港にいる内に、いつもの、
『“うそ”と“ほんとう”ではどちらが強いか』
 という事で言い争いを始めた。その挙句に、
「では、嘘と本当ではどちらが勝つか、勝った者が私達が乗っているこの船をもらうという事にして、賭けをしよう」
 という事になった。
「よろしい。やろう」
 その賭けと言うのは、海の上で初めてあった人から、嘘と本当ではどちらが強いか、その考えを聞いて、どっちかに決めてもらおう、というものだった。
 さて、兄弟の船は、海に出た。夕方近くになった頃、怪しい身なりの男が、小さな船をこぎながら、こっちへやって来るのであった。
 兄は船の上から、大きな声で、
「おうい、世の中で“ほんとう”と“うそ”と、どっちが勝つかね?」
 と尋ねた。
「そりゃあ、嘘とよくない事が勝つに決まっているさ」
 悪い仲間の一人だったその男は、そう答えた。
「あの男が、今、言った事を聞いたかね。お前は賭けに負けたんだよ。さあ、私の船から降りる用意をするがよい」
 兄は弟に言った。
 そのうえ兄は、弟の目をつぶしてしまい、弟を小舟に乗せて、海へ流した。
 不幸な弟は、小舟の中で一人ぼっちで、風と波にもまれながら、海の上を、あちこち漂った。その末に、小舟と一緒に、とうとう荒れ果てた岸辺に打ち上げられた。
 雪があった。
 盲目の弟は、陸の上を手探りでさまよっている内に、大きな岩にぶつかった。そこで、その岩陰で一休みする事にした。
 疲れ切って、うとうとしていた。弟の耳に、誰かがスキーで近くを通りかかる音が聞こえてきた。
「どなたか知りませんが、どうか、私を一緒に連れて行ってください」
 弟は、その人に向かって言った。
 スキーの人はそれを聞くと、弟の方へ引き返した。
「私を呼んだのは、お前かい。一体、どうしたと言うのだね」
 その人は、ひげを生やした老人で、弟の方は少年であった。弟は、その見知らぬ老人に、自分がここへたどり着いたまでの事を、すっかり話し、
「私は、おしまいには“ほんとう”が勝と信じているのですが、今の所は、悪い事ばかりが世の中にはびこっている気がします」
 と言った。
「悲しがることはない。今に、みんなよくなるよ。さあ、私のこのスキーをお履き。そうすれば、スキーはお前を泉の所へ運んでくれる。その水で目を洗えば、お前の目は、また見えるようになるからね」
 老人は、少年を慰め、励ました。
 弟はスキーを履いた。すると、スキーは矢のように早く滑り、弟を泉の所まで運んでくれた。
 弟は、泉の水で目を洗った。と、弟の目は、またはっきりと物が見えるようになった。
 弟には、この辺りの景色は、全く見慣れなかった。で、自分が一体どこへ連れて来られたのか、さっぱりわからなかった。
 弟がまたスキーを履くと、スキーは弟を、瞬く間に、元の岩の所まで運んでくれた。そこには、さっきの親切な髭の老人がいた。
 弟は老人に、泉の水のおかげで目が見えるようになった事と、スキーを貸してもらったお礼を言った。そして、
「実はもう一つお願いがあるのですが、私は故郷へ帰りたいのです。で、こんなに早く走れるスキーならば、どんなに遠くても、私をそこまで連れ戻してくれるだろうと思うのですが……」
 と言った。
 すると老人は、
「では、このスキーをお前にあげよう。私はまた、別のを作ればよいのだから。さあ、出かけるがいい。でも、もみの木が茂っている三方への分かれ道に着いたら、その木に登って、枝の上の方を見ていなさい。けれど、必ずスキーをもって登らなくてはいけないよ。そうして、じっと耳を澄ましていれば、お前は大変な幸福をつかむことが出来るのだからね」
 そう言った。
 弟は老人にお礼を言って、スキーをしっかりと履いた。
 スキーは走った。たちまちもみの木が茂っている分かれ道の所へ来た。
 そこで弟は、老人に言われた通りに、スキーを持ったまま木に登った。
 夜中ごろになった。三人の男が、弟が登っている木の下へ来た。そして、焚火にあたりながら、話を始めた。
 弟が木の上から、枝を透かしてみると、その男たちは悪者の仲間だという事が分かった。泥棒である。
 弟が耳をそばだてていると、一人の男がこう言うのが聞こえた。


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「お前たちの知らない事を、俺は知ってるぞ」
 すると、次の男も、
「俺も、お前の知らない事を知っているぞ」
 と言った。
「でも、俺の知っていることは、お前たち二人とも知ってはいないぞ」
 三番目の男が言った。
「それなら、お前が知っていることを、はっきり言ってみろ」
 初めの男が言った。
 そこで、相手の男が、
「俺が知っていることと言うのは、こうなんだ。王様のお城では、水が枯れてしまって、遠くから手押し車で水を運ばなければならない。それで困っているんだ。だけど、本当のところは、そうしなくてもいいんだ。と言うのは、王様の庭にある大きなイチョウの木を切り倒して、その根元を掘り起こせば、そこから素晴らしい泉が湧きだすのだ」
 と言った。
「俺は、王様のお城の庭に、シカやトナカイが何故寄り付かないか、そのわけを知っている。庭の入り口に鹿の角が飾ってあったんでは、動物たちが怖がって逃げていくのが当たり前だ」
 別の男がそう言った。
 そこで、焚火のそばにうずくまっていた、もう一人の男が、
「王様の娘が、長いこと病気で、どんな医者にかかっても良くならない事をお前たちも知ってるだろうな。あの王女は、朝早く日が登る頃に起きて、お城の庭で着ているものを脱ぎ、露に濡れた草で身体をこすりさえすれば、すぐに治るのだがね」
 と言った。
 弟は木の上で、その話をすっかり聞いてしまった。で、三人の男たちがいなくなると、木から降り、さっそくスキーを走らせて、王様の城へと向かった。
 王様の城に着くと、弟は、何か自分に出来る仕事を与えて下さいとお願いをした。
 弟に与えられたのは、水運びの仕事だった。弟は元気よく毎日せっせと、長い道のりを馬や水桶を使って、城へ水を運んだ。それでも、城はとても大きいので、朝から晩まで暇もなく水運びに励まなければならなかった。
 ある日、王様が水を運んでいる弟の所へ来た。そして、
「私の城には、どういう訳か泉の湧くところが無い。そのために、人や馬がこうして一日中、働かなければならないのだ」
 と言った。
 すると弟は、
「王様、それだったら、お城の庭の大きなイチョウの木を倒して、その根元を掘り起こしさえすれば、きっと水が湧くでしょう」
 と、答えた。
「お前が言った事に、間違いないだろうな?」
 王様が尋ねた。
「はい、間違いありません」
 そこで王様は、家来たちに言いつけて、すぐに大きなイチョウの木を切り倒させた。そして、その根元を掘り起こしてみると、そこからたちまち、こんこんと綺麗な泉が湧いて出た。
 王様はこれを見て、大変喜んだ。で、王様は弟を、狩り係の長官にした。そして、
「私の庭に、何故、シカやトナカイが来ないのだろうか?」
 と聞かれた。
「それは、お庭の入り口に、シカの角があるせいです。これを取り外してしまえば、シカやトナカイは、きっとまたやって来るでしょう」
 弟は、そう答えた。
 王様はさっそく、シカの角を取り外させた。
 あくる日、王様が庭を歩いていると、どこからともなくたくさんの鹿やトナカイが来て、庭中に群れているのが見られた。王様は弟が言った事にすっかり感心してしまい、
「お前は本当に、魔法使いのようだ」
 と言った。そこで王様は、弟を宮内大臣の位にのぼらせた。
 それからしばらく経ったある日、弟は王様が悲しそうな顔をしているのを見た。弟が王様にそのわけを尋ねると、
「私の一人娘が五年前から寝たきりの病気で、それも一日一日、悪くなる一方なのだ。国中の医者が手を尽くしたのだが、どうしても治すことが出来ない。それで、誰でもよい。あの子の病気を治してくれるものがあったら、娘の婿にして、国の半分を分けてやりたいと思っているんだ」
 王様はそう言った。
「私が、お姫様のご病気をお治ししましょう」
 弟は王様に約束した。
 弟は、まず病人のために、担架を用意した。そして、病気の王女をその担架に乗せて、朝早く、城の庭へ運んだ。それから着ているものを脱がせ、露で濡れた草の上に王女を寝かせた。


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「そんな乱暴な事をしたら、お姫様の命は間もなくなくなるだろう」
 王様の家来たちは囁きあった。
 王様もその有様を見て怒ってしまい、
「もし、娘が死にでもしたら、お前の首をはねてしまうぞ!」
 と、弟に向かって言った。
 ところが、露で濡れた草の上に寝かされた王女は、死にはしなかった。死ぬどころか、かえって、すっかり元気を取り戻し、花のような笑顔を見せた。
 こうして弟は、王女のお婿さんに決まった。盛んな結婚式の支度が始まり、よその国にまで、たくさんの品物が注文された。
 弟は、それらの品物を運んでくる船を迎えに港へ出かけた。やがて、二艘の立派な船が港に着いた。
 弟は、品物を運んできたその二艘の船の船長が、心の良くない、自分の兄であることを知った。兄は、弟だと気が付かなかった。
 調べてみると、その船の積み荷は、途中でだいぶ減っていた。つまらないガラクタしか残っていないことも分かった。
 弟はその事を、船長に注意した。すると船長は賄賂の金を使って、それを誤魔化そうとした。お金をやるから、本当の事を王様に言うのは黙っていてもらいたいと、そう言って頼むのだった。
「お金などで誤魔化そうとしても、それは駄目です。一体、私を誰だと思うのですか? 私が嘘を言わない事は、あなただって前から分かっていたはずだと思うのですがね」
 弟は言った。
「あなたは、どなたでしょう? あなたが王様のお城の身分の高い方だとは、知らなかったものですから」
 船長が答えた。
「おや、おや、あなたは、自分の弟を忘れてしまったのですか!」
 大臣の弟は叫び、
「私はあなたに盲目にされて、海へ流された弟ですよ。私が盲目になって、風や波に苦しめられた辛さが、あなたにはわかりますか?」
 と言った。
 兄は、やっとそれが自分の弟であることを知って、驚いた。そして、昔自分がした悪い行いの仇を討たれるのではないかと、弟を恐れた。で、兄は弟に何度もお詫びを言い、しきりに謝って、
「これからは、決して嘘をついたり、悪い考えは起こしたりはしませんから」
 と、固い約束をした。
 弟は、兄を許してやることにした。そればかりか、兄をお客として、王様の城の中にある自分の住まいに招いた。
 そこで、兄の船長は、大臣の弟にこう尋ねた。
「一体、どうやって王様の友達になり、そんな高い位についたのかね?」
 弟は、海に流されてから後の事を正直に兄に話して聞かせた。つまり、ひげを生やした老人からスキーをもらった事や、もみの木がある分かれ道で、泥棒達の話を聞いた事などであった。
 兄はそれを聞くと、またしてもむらむらとした気持ちになって、
(弟の奴、なんて巧い事をしたもんだろう)
 と、思った。
 そうなると、兄はじっとしていられなかった。さっそく自分もスキーを走らせて、もみの木がある分かれ道の所へ行った。そして、自分ももみの木によじ登ったが、スキーはそのまま、木の根元に置き忘れてしまった。
 夜中になると、また泥棒達がやって来た。すぐに、木の下にスキーがあるのが目についた。
「おや、誰かが木に登って、俺たちの話を盗み聞きしようとしているぞ!」
 泥棒達は、わめきたてながら、力任せに木をゆすった。


 ドシーン!


 兄の船長は木から落ちた。それで、兄は訳なく泥棒達に捕まえられた。そして、嘘をついたり悪い事をしたりすることがやめられなかった報いで、とうとう殺されてしまった。
 一方、正直な弟は、王女と結婚して、一生を幸せに送った。




~おしまい~


 いかがでしたか?


 いわゆるアンパンマンやスーパー戦隊やプリキュアみたいな「最後は正義が勝つ」の元祖のような昔話ですが、今の世の中を見てると……。(- -;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今晩は、アカサカです。

 今日はアメリカ民話、『プディングの塩加減』をお送りします。


 ……割とオーソドックスな昔話です(笑)。

 では、スタート!


プディングの塩加減



 シンプソンおばさんの作ったプディングの美味しい事と言ったら、その村中の評判でした。
 誰だって、一度は食べてみたいと思わずにはいられませんでした。
 ところである日、そのシンプソンおばさんの家で、パーティーを開くことになったのです。
 もちろん、プディングも作って出す事に決めてありました。
 シンプソンおばさんには、娘が五人いましたが、パーティーの支度というものは大変忙しいものでしたから、肝心のプディングときたら、夕方近くになっても出来ていませんでした。
 娘たちは洗い物やら、おめかしやら、家の掃除やらを一生懸命やっていたのです。
 そこでおばさんは、台所へ駈け込んで、プディングを作るため、ガタゴトやり始めました。
 プディングには、ミルクとバターの他に、ほんの少し塩を入れなければなりませんでした。
 塩を入れないと、プディングの良い味が出ないのです。
 おばさんはその日、てんてこ舞いだったものですから、塩を入れるのを、つい忘れてしまいました。塩を入れないプディングを火にかけてから、椅子やオルガンのふき掃除に駆け回ってしまったのです。
(あれ? そう、そう。プディングに塩を入れるのを忘れちゃったわ)
 おばさんは掃除をしながら、ふと思い出しました。
 おばさんの両方の手は、汚れていたのです。そこでおばさんは、娘たちの誰かに塩を入れてもらおうと思いました。
「スー、お前、プディングに塩を入れておくれ。私の手は真っ黒だから」
「だめよ、お母さん。あたし、靴を磨いているんですもの」
「セイリー、お前、どう?」
「お母さん、あたし、このドレスのすそを縫い上げてしまわないと、パーティーに間に合わないのよ」
「バーシー、お前、塩を入れられないの?」
「ダメよ、お母さん、今、ここを片付けているのですもの」
「ジェニー、塩を入れてきてちょうだい」
「リルにさせてよ。あたしはアイロンかけで手が離せないのよ」
「じゃ、仕方がない。リル、さあ、お前、塩を入れてきてちょうだい」
「ダメよ、リボンを探しているのですもの。リボンが見つかるまで、他の事していられないわ」
(……ほんとに、娘が五人もいて、一人も役に立たないんだから……)
 おばさんはぶつくさ言いながら、それでも仕方なく手を洗い、プディングに塩を入れに行きました。
 ちょうどおばさんが塩を入れ終わって、また掃除を始めた頃、リルはお母さんに言いつかったことを、やらなければと考えたのです。
(ええと、プディングに塩を入れるんだったっけ)
 リルは台所に行って、プディングに塩を入れたのです。
 ジェニーもまた、お母さんの言いつけを聞かなかったのが、心配になってきました。台所へ行くと、プディングに塩を入れたのです。
 ジェニーが塩を入れて間もなく、セイリーも、台所へ行って塩を入れたのです。
 バーシーは、この家では一番の怠け者でした。お母さんには部屋を片付けているなどと言って、実は自分の部屋で本を読んでいたのです。
 バーシーは、本を読むのも好きでしたが、プディングを食べるのも大好きでした。
(あのプディングに、塩を入れなかったら、不味くて食べられないわ)
 バーシーは、そっと台所へ行って、プディングに塩を入れました。さて、プディングは、確かに見事に出来上がりました。
 パーティーの晩、シンプソンおばさんが、もったいぶってプディングを運んできた時には、誰もがこくりとつばを飲み込まずにはいられませんでした。
 牧師さんも来ていましたが、その牧師さんが、一番先にプディングを分けてもらいました。
「これは、これは、ご馳走様。私は、このプディングには目がない方でしてね」
 牧師さんはもう、よだれの垂れそうな顔をして、プディングの大きな一切れをぱくり!
「うへえっ! ぺっ!」
 これはまあ、どうした事でしょう。
 牧師さんの顔ったら! 今までのニコニコ顔はどこへやら、まるで絞った雑巾みたいなしかめ顔です。
 みんな、呆気に取られてぽかんとしていました。
 シンプソンおばさんは、これはおかしいと思い、プディングを口に入れてみました。
「あっ! ぺっ! ぺっ!」
 おばさんは、思わず口を押えました。
 プディングの塩辛いことったら!
「このプディングに塩を入れたのは、お前たちの誰なの?」
「あたしが入れたのよ」
 五人の娘たちは、誰もかれも、同じようにこう言いました。
「まあ、お前たちったら! せっかくのプディングが台無しじゃないの! 私も塩を入れたんですよ」
 シンプソンおばさんの美味しいプディングだって、たまにはこういう事もあるのです。




~おしまい~

 今日は懐かしいネットの友人と久々に交流があって、ちょっとテンションが上がりました。(^ ^)


 さて、本文の方は『文庫本コーナー』で行きます。

 今日はまたまたエスキモー民話、『魚と鳥と獣の神』です。


 ではスタート!


魚と鳥と獣の神



 昔々、天上の神々の世界にも、手に負えないようないたずらな神や、乱暴な神が居ました。
 そんな中でも特に酷いのは、魚の神と、鳥の神と、獣の神でした。また、この神たちは仲が悪くて、寄ると触ると喧嘩ばかりしていました。
 神々の大王は三人の神を呼んで、何度も注意をしましたが、少しも治りません。
(――ああ、なんという情けない事だ。地上の人間たちでさえ、あんな真面目に働いているのに、天上の神の中にこのような厄介者が居ようとは……)
 とうとう我慢の出来なくなった大王は、まず、一番暴れ者の魚の神を呼びつけました。
「よいか、魚の神。お前のような乱暴者は、もうこの天上界に置いておくわけにはいかない。すぐに人間の世界に下って、海にでも、川にでも、好きな所に住むがいいだろう!」
 と、大王はきつく命令しました。
「そうですか。仕方がありません。では、そうします」
 自分が悪いとわかっている魚の神は、すぐに人間の世界に下りました。そしてしばらく住んでみると、ここは思ったよりも良い所でした。第一、怖い大王などもいません。それに、海は広く、川もたくさんあって、いくら暴れても、誰からも文句を言われません。かえって嬉しくなりました。すると、この魚の神を、天上で見ていた鳥の神が思いました。
(――魚の神の奴は、上手い事をしたな。あんなに広い所を自由に遊びまわっているんだから……。私も何とかして、人間の世界に下っていきたいんだが……。そうだ、それにはもっとひどく暴れて、大王様を怒らせよう!)
 こうして、ますます乱暴になった鳥の神を見て、大王はもう我慢が出来なくなりました。鳥の神を呼びつけると、
「この頃のお前の暴れようは神々の恥だ。自分でもわかるだろう。もう許しておくわけにはいかないから、お前も人間の世界に下って、好きな所に住むがいいだろう!」
 と言いました。
「はい、仕方がありません。では、そうします」
 鳥の神は、心の中ではうまくいったと喜びながらも、うわべだけは寂しそうな顔をしながら、さっさと人間の世界に下りました。
 するとその様子を、海の中で見ていた魚の神が、少し慌てました。
「おやっ、鳥の神の奴も追い出されてきたぞ! さて、そうなると、これは考えものだな。あいつは乱暴者だから、いつこっちへ喧嘩を仕掛けてくるか分からないぞ! そうだ。その時になって慌てないように、今から家来たちの数を増やしておかないと……」
 という事で、魚の神は、海にも川にもやたらと色々な魚を増やし始めました。
 魚の神のそんな様子も、鳥の神にはすぐに分かりました。
「ふん、魚の神の奴、慌てだしたな。よし、向こうがそうなら、こっちだって負けてなんかいられるもんか!」


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 鳥の神も、林や森に、やたらと色々な鳥を増やし始めました。ところで、まだ天上にいる獣の神は、二人の神のそんな姿を見て思いました。
(魚の神も鳥の神も、上手い事をやってるな。よし、こうなったら、私だってまごまごしてはいられないぞ。怖い大王のそばなんかより、人間の世界に下った方が……)
 そして獣の神も、二人の神のように暴れ出したので、すぐに大王に呼びつけられました。
「どうだ獣の神、私がなぜお前を呼びつけたのか、そのわけは、もう分かっているだろうな?」
 大王が言うと、
「はい、分かっております。仕方がありません。私も魚の神や鳥の神のように、人間の世界に下っていく覚悟は出来ております」
 と、獣の神も、うわべだけは寂しそうな顔で言いました。
「そうか。では、かわいそうだが……」
 という事で、獣の神も、人間の世界に下ってきました。そして、二人の神に負けないようにと、山や野に、色々な獣たちを増やし始めました。
 こうして人間の世界に下ってきた三人の神は、いざという時に備えて、それぞれに家来を増やしましたが、でも、思ったような大きな喧嘩は起こりませんでした。
 もっとも、考えてみるとそのはずです。魚の方は水の中だし、鳥の方は空の上だし、獣の方は陸の上で、それぞれに住んでいる所が違っているからです。
 ――いや、神々の大王は、それをちゃんと知っていて、人間たちの暮らしのために、三人の神をこの地上に送ってくれたのでした。




~おしまい~

2019.12.08 歯抜き騒動

 こんばんは、アカサカです。

 今日は『文庫本コーナー』で、アメリカ民話、『歯抜き騒動』をお送りしたいと思います。


 では、スタート!


歯抜き騒動



 昔は、みんな丈夫な歯をしていたという事です。
 何しろ今のように、甘いお菓子もあまり無いし、固い物ばかりたくさん食べていましたから、自然に丈夫になってしまったのです。
 デミジョンビルという村の歯医者さんは、年寄りでしたし、みんなが丈夫な歯をしていたので、歯を抜くのに、そりゃ苦労をしたということです。
 ええ、虫歯じゃなくったって、曲がって生えてきたり、余分に生えてきた歯は抜く必要があったのです。抜かないとほっぺに穴が開くなどという事になりますから。
 その頃は、歯を抜くのは、釘と金づちを使いました。けれど、それでも抜けない事がありました。
 この村に、バーニーという、それは背の高い男が居ました。
 小さな男だったら、肩に乗らなければ話が出来ませんでした。
 そのバーニーの一本の歯が、これまたバーニーの背のように伸びすぎてしまって、どうにも邪魔で仕方がありません。
 バーニーは、歯医者を家に呼びました。
 何しろ、バーニーの背は高すぎて、歯医者の家に入れませんでしたから。
 年寄りの歯医者は、釘と金づちをもって、バーニーの家にやって来ました。
「どれ、どれ、どの歯を抜くのだね?」
 歯医者は椅子の上に乗って、バーニーの口の中を覗きました。
「おや、まあ、こりゃ大きな歯だ」
 歯医者は歯茎の所に釘を当て、金づちでとんとんやってみましたが、とても抜けるものではありません。
「やれ、やれ、こいつは大ごとだぞ」
 歯医者は猫の腸で作った丈夫な紐を歯に結び付けました。
 それからバーニーの足を、納屋の柱に括りつけました。
「これでよしと。さあ、みんな、手のあいている者は、バーニーの歯を抜くのを手伝っておくれ」
 まずバーニーの奥さんが、歯医者の上着のすそをしっかりとつかみました。
 その後ろに、家の者がずっと並んで、まるで運動会の綱引きのように引っ張ったのです。
 だが、歯は動きもしないのです。
 今度は家の者だけでなく、通りかかった人も頼みました。
「うんとこ、どっこいしょ!」
 掛け声も勇ましく引っ張りましたが、やはり駄目です。
 日曜日でしたので、村の人たちは、みんな家から出てきました。
 それほど、バーニーの家の騒ぎが酷かったのです。
「なんだ、なんだ」
「バーニーの歯が抜けないんだってさ」
「そりゃ、気の毒だ。手伝ってやろう」
 とうとう、綱を引っ張る人たちが、村のはずれの丘の向こうまで伸びてしまいました。
 さあ、よいしょ、こらしょ!
 その、物凄い力ったら!
「やめてくれ!」
 バーニーがたまりかねて叫んだのでしたが、間に合いませんでした。
「あっ!」
 バーニーの物凄い悲鳴。
 バーニーの身体が、空高く舞い上がったのです。
 綱につかまっていた人たちは、どっと後ろに倒れました。
 やっと歯が抜けた。
 いえ、いえ、違いました。
 歯は、それでも抜けませんでした。抜けたのは、バーニーの首でした。
 歯医者がよくよく調べてみると、バーニーの歯の根は、バーニーの足の先まで伸びていて、先の所で折れ曲がっていたのだそうです。




~おしまい~


 いかがでしたか?


 最初は割と現実的なところから始まって、最後の最後で物語らしいナンセンスなオチになったというか……。(^ ^;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日は『文庫本コーナー』で、ポリネシアの民話、『フクロウの恩返し』をお送りしようと思います。


 では、スタート!


フクロウの恩返し



 昔、南の方のある島に、カポイという若者が、病気の母を抱え、貧しい暮らしをしていました。
 ある日の事。カポイは母に食べさせる魚を捕りに、湖へ行きました。
 けれどもその日に限って、一匹の魚も捕れませんでした。
 がっかりしたカポイは、すごすごと帰る途中で、草むらにあるフクロウの巣を見つけました。巣の中には、七つの卵が入っていました。
(良かった。病気の母には、魚よりもこの卵の方がいい……)
 喜んだカポイがその卵を持って帰り、火の中に入れて焼こうとした時でした。
 外の方で、不思議な声がしました。
「カポイ、カポイ! 私の卵を返しておくれ!」
 悲しそうに叫んでいるのは、垣根にとまっている一羽のフクロウでした。
「そうか、お前か。でもな、この卵は、病気の母に食べさせるんだ。気の毒だが、返してやれないよ」
 カポイは断ってまた火の中に入れようとしました。
「待っておくれ! 待っておくれ!」
 慌てたフクロウは、家の中に入ってくると、カポイの前にしゃがんで言いました。
「ね、カポイ。どうしてもだめなら、卵の代わりに私を殺してお母さんに食べさせておくれ。私の方が、卵より栄養があるんだから……。そしてその卵は、あの巣の中に返しておくれ。ね、お願いします!」
 そうまで言われると、カポイも考え込みました。と、これを聞いていた病気のお母さんがカポイを呼びました。
「カポイ。フクロウがあんなに言っているのだから、その卵は巣の中に返してやっておくれ」
「えっ、すると、卵の代わりにあのフクロウの方を……」
「いや、私はフクロウの肉なんて、とても食べる気はしませんよ。明日までがまんをしていればいいのだから……。フクロウも卵も、そのまま返してやっておくれ」
 母の言葉に、カポイはほっとしました。
 カポイにしても、フクロウを殺すなんてとても出来ない事だからです。
 喜んだフクロウは、カポイに言いました。
「有難う、カポイ。このお礼はきっとします。――近い内にお母さんの病気の治る薬を見つけて、届けます。それから、雨漏りのするこの家も、立派な家に作り替えてあげましょう」
「え、そんな事が出来るのかね?」
「ええ、私の仲間たちみんなが力を合わせると、きっと出来ますよ」
 しかし、カポイもカポイの母も、そんな事などあてにしていませんでした。
 ところが、五日経った夕方でした。
 畑の仕事から帰ったカポイは、驚きました。今朝までの、あのあばら家が、まるで王様の御殿のような立派な家に変わっているのです。そして、今朝まで寝たっきりだった母が、元気そうに起き出していて、夕食の支度をしているのです。
 ――なんと、不思議な事でしょう……。その不思議な噂は、すぐに島中に広がりました。
 すると、面白くないのは、この島の王様でした。
「卑しい身分の者が、急にそのような立派な御殿なんか造れるはずがない。そいつは、きっと魔法使いかも知れないぞ。だったら今に、わしの命を狙ってくるかもしれない。早くひっとらえてまいれ!」
 家来たちは、すぐにカポイを捕らえて、王様の前に連れてきました。
「カポイという不埒な魔法使いはお前か! この島に、魔法使いなどを生かしておくわけにはいかない。死刑だっ!」
 カポイがいくら訳を話しても、王様は聞いてくれませんでした。
 そして、とうとうカポイを死刑にする日が決まってしまいました。
 これを聞いて、驚いたのはカポイに助けられたフクロウでした。
 自分のお礼のつもりでやった事が、かえってカポイを不幸にしてしまったのだ。と思うと、気の毒でなりません。すぐに仲間を集めて相談しました。
 一方、捕らえられたカポイの方は、とうとう処刑の日になってしまいました。
 カポイは刑場に引き出されました。そして、家来たちが処刑の準備を始めた時でした。突然、刑場の空が真っ暗になりました。黒い雲が一面に……。いや、それは雲ではなくて、フクロウの大群でした。
 フクロウたちは、家来たちを目がけて飛びかかり、鋭いくちばしで、頭を、顔を、突っつき始めました。
「うわっ、助けてくれ!」
 家来たちは悲鳴を上げ、カポイをほったらかしたまま、命からがら逃げだしてしまいました。
「なにっ、フクロウの大群だとっ! そんなものが怖くて、処刑もせずに逃げてきたというのか!」
 王様は家来たちを怒鳴りつけました。が、なるほど、誰もが血だらけで、大変な怪我です。
「よし、それでは別の新しい者どもを集めろ!」
 しかし、その家来たちがまだ出発しない内に、フクロウの大群は、王様の御殿の方を襲ってきました。
「あっ、これは、物凄い敵だ!」
 王様は、慌てて御殿の中に逃げ込みました。と、おつきの大臣が言いました。
「王様! これだけのフクロウの大群を動かすのは、人間や魔法使いにはできない事です。これは、きっと、神が怒ったからです。すぐにカポイを許す事にしましょう。でないと、家来たちはみんな殺されてしまいます!」
 大臣に言われて、王様もやっと、自分のしていることが悪かったと気が付きました。
 しばらく経って、王様が庭に出ていくと、フクロウたちの姿はもう消えてしまっていました。
 そして、傷ついた家来たちの真ん中に立って、にっこり笑っているのはカポイでした。
 王様は、自分の悪かったことを、心からカポイに謝りました。
 そしてそののち、カポイは王様の家来になって幸せな一生を送りました。
 ――この南の方の島というのは、今のハワイです。ですから、ハワイの人々は、今でもフクロウを神の鳥として敬っているのです。




~おしまい~

2019.11.27 話をする鍋

 サイトを更新しました。

 今回もページ数に思った以上に余裕があったので『情報雑誌コーナー』です。


 本文の方は、また新しいネタを仕入れたので『文庫本コーナー』で行きます。

 今日は北欧の民話、『話をする鍋』です。


 ではスタート!


話をする鍋



 昔、ある所にとても貧しい男がいた。その男は、おかみさんと、ぼろ家と、一頭の牝牛よりほか、後はまるっきり何も持っていなかった。
 日が経つにつれて、貧乏はますますひどくなってきた。残っているのは、一頭の牝牛を売ることぐらいだった。
「牝牛を売ってこよう」
 男は言った。
「そうするより仕方がありませんね」
 おかみさんが答えた。
 ある日、貧乏な男は、牝牛を連れて売りに出かけた。男が歩いていると、道の途中で、人柄の良さそうな一人の老人に出会った。
「やあ、太った立派な牝牛ですね。一体どこへ連れて行くのですか?」
 老人が尋ねた。
「どうも有難う。市場へ売りに行くところです」
 貧乏な男は答えた。
 牝牛は太っているどころか、げっそりと痩せていて、ちっとも立派でなどなかった。
「それでは、一つ、その牝牛を譲ってくれませんか」
 老人はまた言った。
 貧乏な男は喜んだ。そして、百クローネより上なら売ってもいいと返事をした。
 ところが、その見知らない人は首を横に振って、
「お金で払う訳にはいきません。私はとても素晴らしい鍋を持っています。それで、鍋と牝牛とを取り換えっこしましょう」
 そう言った。
 そこで、その人は袋の中から、三本の鉄の足がついた鍋と、自分のわきの下に挟んであった鍋のつるを出して見せた。
 その鍋は、本当に素晴らしい格好をしていた。どんな囲炉裏にかけるにも、ちょうどよいようにできていた。
 けれど、貧乏な男には、どう考えてみても、その鍋の中に入れる物が思い当たらなかった。食べ物はもちろん、水だって満足には無いのだから。
 で、男は牝牛と鍋を取り換える事はやめにしようと思い、
「私がいるのはお金です。だから、鍋では話になりません。その鍋は、あなたがお持ちになっていて下さい」
 男が、そう言うか言わない内の事、
「連れて行って下さい! 連れて行って下さい! あなたが、後で悔やむような事はありませんから」
 と、鍋がそう叫んだ。
 男は驚いた。鍋が話し出すなんて、珍しい事もあるものだ。
 そこで男は気を変えて、そのおかしな鍋と、牝牛とを取り換えっこすることにした。
(話が出来るような鍋なら、他にもっと何か出来る事があるかも知れない)
 と思ったからである。
 男は鍋を下げて、家へ帰ってきた。そして、家へ入る前に、男はその鍋を、今まで牝牛を入れていた小屋の中に隠した。
 さて、男は家の中へ上がると、
「おい、今日は随分歩いてきたんで、早く晩飯が食いたいもんだな」
 と、おかみさんに言った。
 この家に、ろくに食べるものなどあるわけがない。おかみさんは、男が市場でどんな風にうまく牝牛を売ってきたか、その話の方が早く聞きたかった。で、
「牝牛がうまく売れましたか?」
 と、さっそく尋ねた。
「うまくやったよ」
 男は答えた。
「そりゃあ、良かったわ。では、そのお金をすぐに色々と使えますわね」
 男は、途端に情けなさそうな顔つきをして、
「ところが、お前、受け取ったのはお金じゃなかったんだよ」
 そう言った。
「お金じゃないんですって! では、あなたは一体、牝牛の替わりに何をもらったんです?」
 おかみさんが叫んだ。
 男は言葉に詰まった。鍋だとは、ちょっと言いにくい。
 でも、黙っていたのでは、おかみさんが許してくれないので、牛小屋へ行って、三本足の鍋を持ってきて、それを見せた。
「あなたは、なんて馬鹿なんでしょう」
 おかみさんは、呆れてそう言った。


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「そんなものを持ってきて、明日からの食べ物や飲み物はどうするんです? あんたが、もう少し力が弱かったら、その鍋に叩き込んでやるんだけど!」
 おかみさんは怒って、男をぶった。
 その時、鍋が口を開いて、
「おかみさん、私を磨いて、綺麗にして下さい。それから、炉にかけて下さいな」
 と言った。
「おや! お前は話が出来るのかい? それなら、他にも何かできる事だってあるんだろうね」
 おかみさんはそう言い、鍋をつかむと磨きに行った。
 そして、綺麗に磨いた鍋を炉に吊り下げると、
「飛ぶことだって出来ますよ。飛ぶことだって」
 と、鍋がまた口をきいた。
「どのくらい飛べるの?」
 おかみさんが尋ねた。
「向こうの丘の上までだって、谷までだって、金持ちの家までだって、ちゃんと飛べるよ」
 小さな鍋が叫んだ。
 そう言ったかと思うと、呆れた事に、鍋は炉の鉤からひとりでに外れて部屋の中を飛び越え、戸口の方へ飛んで行った。
 それから道を越え、土塀を越えて、金持ちの家へ飛び込んだ。
 金持ちの家のおかみさんは、ちょうどその時、台所でケーキやプディングを作っているところだった。
 そこで鍋は、テーブルの上に飛び乗ると、ただ、ちょこんと座っていた。
「まあ!」
 と、金持ちのおかみさんは、その鍋を見てびっくりしたように叫んだ。
「美味しいプディングをこしらえるのに、ちょうど、お前みたいな鍋がいるところだったのよ」
 鍋はものを言わないで、じっとしていた。
 おかみさんは、干しブドウやクルミや砂糖を入れて、丁寧にかき混ぜると、その鍋を火にかけた。
 しばらくして、おいしそうなプディングが出来上がった。すると鍋はいきなり跳ねて、戸口の所へ行った。
 おかみさんは驚いて、
「これ、お鍋や。一体どうしたの? どこへ行こうというつもりなの?」
 と尋ねた。
「私は、貧乏な男の家にいるのです」
 鍋は答えた。そして、
「さよなら」
 と言うと、金持ちの家から飛び出して、土塀を越え、道を越えて、貧乏な男の家へ帰ってしまった。
 貧乏な男の家では、鍋がおいしそうなプディングを持って帰って来たのを見て、男もおかみさんもとても喜んだ。
 男は、
「おい、どうだい、お前。おれは、上手い事をやったろう。あんなつまらない牝牛とこんな素晴らしい鍋とを取り換えたんだからな」
 と自慢そうに言った。
「ほんとにね」
 おかみさんは言いながら、鍋のプディングを食べた。そのプディングの美味しかった事!
 あくる朝になると、鍋はまた、
「出かけますよ。跳ねて行きますよ」
 と言った。
「どこまで行くのかね?」
 おかみさんが尋ねた。
「向こうの丘の上までも、谷までも、金持ちの仕事小屋へも、行ってみます」
 鍋はそう答えると、ぴょんと家を出て、この前の時と同じように道を飛び越え、金持ちの仕事小屋にたどり着いた。
 金持ちの百姓の仕事部屋では、召使たちが、麦のもみ殻を取り捨てる、脱穀の最中だった。そこで鍋は、床の真ん中の辺りまで跳ねて行くと、ただ、ちょこんと座っていた。
「おや!」
 と、召使の一人が叫んだ。
「こんなところに鍋があった。こいつは、麦を入れるのにちょうどいいや」
 そう言うと、召使たちは、次から次と、その鍋に麦を入れた。
 不思議な事には、小さな鍋のくせに、その中へはいくらでも麦が入った。気が付いてみると、そこらじゅうにあった麦がなくなってしまっていた。
「面白い鍋もあったもんだな。どんな炉にもうまくかかりそうな、いい鍋じゃないか」
 召使がそう言いながら、鍋を抱え上げようとした時、鍋はするりとその手を滑り抜けた。そして、戸口の方へ飛び越えて行った。
「おうい、どうしたんだい? どこへ行くつもりかね?」
 召使が言った。
「私は、貧乏な男の家にいるのです。さよなら」
 と言うと、戸の外に飛び出した。
「こら、待て!」
 召使は一生懸命になって追いかけた。が、鍋の足の方がずっと早かった。召使たちは、後の方に取り残されてしまった。
 鍋はまた、貧乏な男の家へ帰ってきた。そして、何にもない貧乏な男の小屋に、持ってきた麦をみんな移した。
 そこで、貧乏な男の家では、何年もの間、その麦を使ってパンやケーキを作るのに、少しも困らなかった。
 三日目の朝になって、鍋はまた、
「出かけますよ。跳ねて行きますよ」
「どこまで行くのかね?」
 おかみさんはまた尋ねた。
「向こうの丘の上までも、谷までも、今日もやっぱり、金持ちの家へ行きます」
 鍋はそう答えると、さっそく出かけて行った。
 金持ちの家では、金持ちの主人がちょうど金を数えているところだった。鍋は金持ちの家に着くと、テーブルの上に飛び上がって、金貨が置いてある真ん中に座った。
 主人は金を数える手を休めて、鍋を見ながら、
「これはいい鍋だな。金を入れるのにちょうどいい」
 そう言うと、金貨を鍋の中へどんどん入れ始めた。
 鍋の中には、ありったけの金貨が入った。そこで金持ちの主人は、鍋を抱えて金庫に隠そうとした。その途端に、鍋はするりとその手を抜け出して、戸の方へ跳ねて行った。


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「待て、待て! 俺の命よりも大事な金貨が入っているんだぞ!」
 金持ちは叫びながら追いかけた。
「そう言ったって、すぐにあなたの物ではなくなりますよ。私が貧乏な男の家に持って帰りますから」
 と、鍋は言った。
 そして、鍋はそのまま、貧乏な男の家へ飛んで帰ってしまった。
 貧乏な男の家へ帰ると、鍋は金貨をざらざらと家の中へ移した。
「これは有難い!」
 貧乏な夫婦の喜びようといったらなかった。
「これで、じゅうぶんでしょう」
 鍋は言った。
 二人には、十分どころか有り余るくらいだった。
 そこでおかみさんは、鍋を念入りに洗って、磨きをかけると、部屋の中の横の方に休ませた。
 どころが朝になってみると、鍋はまたしても金持ちの家へと出かけた。
 いくらなんでも、そう上手い事ばかりが続くものではない。金持ちの主人は鍋を見ると、
「悪い鍋があったもんだ。うちのプディングや麦や金貨をみんな盗んで行ってしまったな。さあ、残らず全部、返してくれ!」
 そう言って怒り、鍋をしっかりと捕まえた。
 鍋は油断をしていたもので、どんなに逃げようとしても、もはや逃げることが出来ない。
「跳ねて行きますから。跳ねて行きますから」
 と、鍋は泣き声を出した。
 そこで金持ちの男は、とても恐ろしい顔つきをして、
「よし、北極の果てまでも、跳ねて行け!」
 と怒鳴った。
 怒鳴られた鍋は、男の手をしっかりとつかみなおすと、男を連れたまま跳ねだした。ぴょん、ぴょん、ぴょん――。
 丘を越え、山を越えて、いっときも休みなしに跳ね続けた。
 鍋は貧乏な家のおかみさんにも、さよならを言う暇がなかった。鍋はただ、跳ねに跳ね続けるばかりであった。ありったけの力を出して、出来る限り早く!
 それでも、北極はとても遠かった! そんなに早く跳ねる鍋にも、北極はとても遠かった、という事である。




~おしまい~


 いかがでしたか?


「金持ちになった者が、調子に乗り過ぎて失敗する」って話はあっても、その「貧乏人を金持ちにした道具」がしっぺ返しを食らうってあんまり無いような……。


 それと、(自分の発言が元とは言え)モノや金をとられた上に北極にまで引っ張られていった金持ちは踏んだり蹴ったりですよね。(^ ^;)


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 こんにちは、アカサカです。

 熱は収まったものの、いまだに腹痛が続いてる状態でして……何か悪い物でも食べたかなぁ?

 ともあれ、今日、これからの仕事を乗り越えれば、明日からの二連休で久々に実家に帰れるので、頑張ろうと思います。


 さて、今日はペルーの民話、『大洪水と乙女鳥』です。

 では、本文スタート!


大洪水と乙女鳥



 昔々、この地上に人間が住むようになって間もなくの事でした。
 南の方のある国に、大洪水が起こりました。突然起こったその恐ろしい出来事は、天上の神のいたずら……と言うより、人間たちの暮らしぶりに怒り出した神が、懲らしめのために起こしたものでした。
 と言うのは、そのころの地上では、木と言う木には美味しい果物が実っていました。草花からは、甘い蜜がしたたり落ちていました。川には、色々な魚がいっぱいいました。ですから、人々は食べ物や着物には、少しも困ることがありませんでした。
 そんな暮らしが長く続いている内に、人間の数はだんだん増えてきました。そして、当然、食べ物や着る物も少なくなってきました。
 けれども、長い間、のんきに暮らしてきた人々です。すっかり怠け癖がついてしまって、暮らしに必要なものが少なくなっても、自分の力で作り出そうと考える人などいませんでした。
 そんな事から、その後に起こって来たのは、食べ物や着る物をめぐって争いあう、人間たちの醜い姿だったのです。
 それを天上から見ていた神々は、すっかり怒り出しました。
「この頃の人間どもには呆れてしまった。自分さえ良ければと、あのように醜い争いを続けている。このままでは、地上は恐ろしい所になってしまう。懲らしめのために、大洪水を起こして、あの人間どもを残らず滅ぼしてしまおう。そして、その後に、真面目な心の美しい人間を住まわせることにしよう」
 と、神々の大王が言うと、
「でも大王様。中には、真面目な心の者も、幾人かいると思いますが……」
 と、一人の神が言いました。
「それは、いるかもしれない。だが、そういう心の人は、たとえ大洪水になっても、自分の力で助かるような工夫をすることだろう」
「なるほど……」
 という事で、そのあくる日から、地上には激しい雨が、幾日も幾日も続きました。川も湖も見る見る氾濫して、一面の海に変わり、高い山でさえずんずん水の中に沈んでいきました。もちろん人間たちは、次々におぼれ死んでいきました。
 そんな中で、ただ一つ、フアカクァンという山の頂だけが水の上に浮かんでいました。そして、その山の頂に逃げ登った二人の若者――兄と弟だけが、やっと生き残りました。


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 幾日かすると、あれほどの水もだんだん引いていき、久しぶりに土が現れました。でも、なんという変わりようでしょう。
 どこもかしこも泥でおおわれ、その中に、人間や動物の死骸がごろごろ埋まっていました。
 そんな地上に生き残っているのは、自分たち二人だけだと思うと、兄弟は、すっかり心細くなりました。
 けれども二人は、互いに励ましあい、食べ物を探し、谷間に小さな家も建てました。家が出来ると、木や草を枯れさせないようにと、泥をはねのける仕事を始めました。
 ある日の事、二人が仕事から帰ると、不思議にも、家の中に、食べ物や飲み物の用意がすっかり出来ていました。
「ね、兄さん。これは一体どうした事だろう。すっかり食事の支度が出来ているなんて?」
「私にも、何が何だか分からない。私たちの他に、誰かが生きていて、作ってくれたのだろうが……」
 ともかく、腹の空いている二人は、それを食べる事にしました。
 さて、そのあくる日。二人が仕事から帰ってみると、やっぱり食事の用意が出来ていました。いや、その次の日も、また次の日も同じように……。そうしたことが、十日も続きました。
 兄弟は、つくづく不思議でたまりません。
「ね、兄さん。今日は、兄さんだけが仕事に出かけて下さい。私はここに隠れていて、誰が食事の支度をしてくれるのか、見届ける事にします」
「うーん、では、そうするか」
 そこで、兄が出かけた後、弟は家の後ろに隠れて、じっと様子をうかがっていました。
 と、夕方になって、二羽の大きな鳥が、空から舞い降りてきました。そして、開けてある戸口から、家の中に入り込みました。
(――はてな。あれは、アクァという鳥と、クァカマヨという鳥だが……。それにしても、あの鳥たちがどうして……)
 弟は、窓の隙間から、中の様子を伺いました。すると、家に入った二羽の鳥は、羽を一杯広げてばたっとやると、途端にその姿が人間に変わったのです。
 しかも、自分たちと同じ膚色の、美しい乙女の姿です。――それから二羽の……いや、二人の乙女は、せっせと食事の支度を始めました。


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(そうか。この二人だったのか! よし、それじゃ……)
 弟は足音を忍ばせて戸口に近づくと、いきなり戸を閉めてしまいました。
 しかし、その途端に、戸口の側にいた一人の乙女は、ぱっと鳥の姿に変わって、外へ飛び出していしまいました。
 残ったのは、小さい方のクァカマヨ鳥の乙女だけです。
 弟は、まごまごしている乙女の側に行きました。
「あんた達でしたか。いつも食事の支度をしてくれて、有難う!」
 しかし、乙女の方は、その言葉も耳には入らないように、
「お願いです。早くここから帰して下さい。お願いです!」
 と、悲しそうに頼むだけでした。
「いえ、そんな事を言わずに、どうか、いつまでもここにいて下さい。お願いです……」
 弟の方でもそう頼みながら、逃げ出せないように紐を持ち出して、乙女の足を縛ろうとしました。
 と、ちょうどその時、兄が返ってきました。
「えっ、これは一体……」
 兄は目を丸くして、弟と乙女を見比べました。
「実は、兄さん……」
 弟は、今までの事をかいつまんで兄に話しました。
「そうだったのか……。それで、お前は、その紐でこの人を縛ろうというのか」
「そうです。でないと、この人は逃げてしまうから……」
 途端に、兄は顔色を変えました。
「お前はなんという事をするのだ。親切にしてくれた恩のある人を縛ろうとするなんて……。どうか、弟の無礼をお許しください。――長い間、有難う御座いました。さ、どうぞお帰り下さい」
 兄は丁寧にお礼を言いながら、戸を開けました。
「そうでした。やっぱり、私の方が間違っていました。お許しください」
 弟も、自分の間違っていたことに気が付いて、素直に謝りました。
 乙女はほっとしたような顔で、外に出ていきました。
 それから十日ほどたった夕方でした。兄弟が仕事から帰ってくると、家の中には、あの時と同じように食事の支度が出来ていました。しかも、その食事の側に、あの時の二人の乙女が静かに座っていました。帰ってきた二人を見ても、逃げようとはしません。
「あの時は、無礼な事をしました。それにも懲りずに、またおいで下さって、有難う御座います」
 兄が、丁寧にお礼を言いました。
「あの時は、本当にすみませんでした。もうあのような事はしませんから、お許しください」
 弟も謝りました。
 と、大きいアクァ鳥の乙女の方が、にこりと笑って、
「いえ、私たちは、天上の大王様のお言いつけで、この地上に参ったのです。これからは、いつまでもここに置いて頂いて、ご一緒に暮らすようにと言いつかってまいりました。どうぞ、これからは、宜しくお願い致します」
 小さい方のクァカマヨ鳥の乙女の方も、丁寧に頭を下げました。
 それから幾日か経って、二人の乙女は、それぞれ兄と弟のお嫁さんになりました。二組の夫婦は、力を合わせて土を耕したり、天から持ってきた種をまいたりして、せっせと働きました。
 やがて兄夫婦には六人の男の子が、弟夫婦には六人の女の子が生まれました。
 それが、今のペルーの国のカナリ族の先祖です。
 ですからカナリ族は、いまでもお祭りの時は、必ずアクァ鳥とクァカマヨ鳥の羽を、神様に供えるのです。




~おしまい~

2019.11.20 くまの養子

 今晩は。

 今日は、ちょっぴり悲しいエスキモー民話、『くまの養子』です。


 では、スタート!


くまの養子



 北の方の国のある村に、一人暮らしのおばあさんが住んでいました。
 狩りの名人だった夫が死んでから、一人で暮らしている内に、いつか年をとってしまったのでした。
 ある寒い夜の事。家の外で、不思議な音がしました。
「はてな、なんだろう?」
 おばあさんは、外へ出てみました。
 と、月の明かりでぼんやり見えるのは、黒い身体の生き物のようでした。
 こわごわそばに行ってみると、熊でした。でも、まだ小さな子熊でした。
 子熊はケガでもしているのだろうか、病気なのだろうか、地べたに寝ころんだまま、時々手と足を動かして唸っていました。
「どうしたんだい? よしよし……」
 子熊だから怖くもないので、おばあさんは家の中に抱え入れました。
 すると、どうやら寒さと空腹でまいっているらしいことが分かりました。
「可哀そうに……」
 そして、おばあさんは火を焚いて温めたり、手や足を揉んでやったり、アザラシの肉を食べさせたりすると、子熊はだんだん元気になってきました。
 やがて、家の中をのそのそと歩き回った子熊は、安心したのでしょうか、おばあさんの身体に自分の身体を擦り付けて、ぐっすり眠りこんでしまいました。
「なんてまあ、無邪気なこと……」
 おばあさんは、この子熊がだんだん可愛くなってきました。
 一人暮らしの寂しさからも、この家において、面倒を見ようと心を決めました。――つまり、熊の子はおばあさんの養子のような形になって、一緒に暮らす事になったのです。
 熊の子はますます元気になり、ますます大きくなってきました。
 おばあさんにもよく懐き、近所の子供たちと一緒に遊ぶようになりました。
「いいかい、くま公。お前の爪は尖っていて危ないから、子供たちと遊ぶ時は、絶対に爪を出してはいけないよ!」
 おばあさんが言い聞かせると、子熊はそれをよく守りました。
 そうこうしている内に、熊は驚くほど大きくなりました。
 身体からすると、もう立派な大人です。
 ある日、村の人たちが四、五人で、おばあさんの所にやって来ました。
「ね、おばあさん。くま公があんなに大きくなったんだから、狩りに連れていきたいと思うけど、貸してもらえないかね……。だって熊は、アザラシを見つけるのがうまいんだから……」
 そう頼まれると、おばあさんも考えました。何しろ、長い間の一人暮らしで、村の人たちにはいろいろと世話になっています。断るわけにもいきません。
「いいですとも。一緒に連れて行っておくれ」
 おばあさんは承知しました。そして、今度は熊に向かって言いました。
「いいかい。お前は、いつも風下の方から獲物に近づいていくんだよ。風上からだと、お前の身体のにおいを嗅ぎつけて、獲物が逃げ出してしまうからね」
 これは、おばあさんが、狩りの名人だった夫から聞いていた事でした。
 熊はおばあさんの身体を舐めてから、村の人たちと一緒に狩りに出かけました。
 さて、その日の夕方。村の人たちは、くま公のおかげでいつもの三倍の獲物が取れたと、喜んで帰ってきました。
「そうかね……そうかね……」
 おばあさんは、熊の背中をなでながら、目を細くして喜びました。
「ところで、おばあさん。明日も頼みますよ」
「いいですとも……」
 という事で、そんな日がしばらく続いたある日。狩りから帰ってきた村の人たちが、おばあさんに言いました。
「おばあさん。今日はくま公が、北の方からやって来た猟師たちに、もう少しで殺されそうになったんだよ。だからこの熊は、ただの熊ではないという目印をつけておかないと、これからも危ない目に遭うよ。何か、幅の広い首輪をこしらえて付けたらいいと思うけどよ!」
「そうだね。では、そうしよう!」
 おばあさんは、キツネのなめし皮で幅の広い首輪を編むと、熊の首に巻いてやりました。
 幅の広い首輪は、首輪と言うより襟巻のような格好です。けれどもおかげで、他の熊とは間違えられる心配はありません。
「いいかい、くま公や。人間に出会った時は、どんな時でも自分の仲間だと思うんだよ。そのために、首輪をつけているんだからね。相手がかかって来ないなら、絶対に自分の方からかかっていくんじゃないよ!」
 おばあさんは、くどくど言って聞かせました。
 それから幾日か経った、風の強い日でした。いつものように狩りに出かけた熊が、いつまでも帰ってきません。心配になったおばあさんは、一緒に行った人たちの家に行って訊いてみました。
「え、くま公がまだ帰っていないって……。おかしいな。山の途中で見えなくなったから、先に帰ったのだろうと思っていたのに……」
「そうだよなあ。おかしいなあ……」
 そんな言葉に、おばあさんはますます心配になってきました。でも、ともかく、家に帰って待っていると、夜になってから、のこのこ帰ってきました。
 おばあさんはほっとしました。が、でも、帰ってきた熊は、おばあさんの身体を舐めてから、着物の裾をくわえて家の外に引っ張るのです。
「え。お前、どうしたというんだい?」
 おばあさんは外に出ましたが、とたんに驚きました。そこには、一人の男が死んでいるのです。
「これは誰だろう? 一体どうしたというんだろう?」
 おばあさんは、すぐに村の人たちに来てもらいました。
「おっ、これは、北の方からやってくる猟師の一人だよ。それにしても、着物がこんなにずたずたに破れているのは、このくま公と格闘をやったらしいな?」
「うん、どうもそうらしい。となると、この男はくま公に首輪のついているのを知っていながら殺そうとしたんだよ。それでこいつが怒って、格闘になったんだろう。俺にはそうとしか思えねえよ!」
 村の人たちは、そう言いあっています。
 おばあさんにしても、そうだろうと思いました。――あれほど言い聞かせているのだから、熊の方からかかっていくはずがない。この人が先にかかったから、仕方なく、格闘になってしまったのだろう……。そうでなかったら、自分の殺した人を、わざわざ引っ張ってくるはずがないだろう……。
 そんな騒ぎをしているところに、二人の猟師が、酷く怒った顔で走ってきました。一目で死んだ猟師の仲間だとわかります。
「おい、その熊は、オレ達の仲間を殺したんだ! さあ、こっちへ渡してもらおう!」
 一人が大声で怒鳴ると、
「そうだとも! さ、こっちに渡すか、でなかったら、ここで殺させてもらおう!」
 と、もう一人も目を剥きました。


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 すると、おばあさんも男たちを睨みつけながら言いました。
「お前さんたちは、熊が、この人を殺すところを見ていたと言うんですかい!」
「殺すところは見ないが、引きずって歩いているところを見たんだ。こいつが殺した事には間違いないんだからな!」
「殺したのはこの熊だろうけど、でも、そっちの方から先に殺そうとしたから、仕方なく熊の方でもかかって行ったんだろうよ! 私はね、いつもこいつに言って聞かせているんだからね。こいつの方から先にかかってなんていくもんか。さ、帰ってくれ!」
 おばあさんも、もう負けてはいません。
「そうだともよ! この熊はな、普通の熊とは違うんだからよ!」
「そうだともよ! こうして、きちんと首輪をつけてあるんだしよ!」
 村の人たちも、おばあさんに加勢します。
「ちぇっ、そんなうまいことを言ったって、だまされるもんかい! さあ、どうしても渡さないと言うなら、ここでオレ達が殺してやるぞ!」
 二人の男は長い刃物を振りかざして、熊に襲いかかろうとしました。
 と、おばあさんは、慌ててその前に立ち塞がりました。
 と、それまで黙っていた熊が、おばあさんをはねのけると、大きな口を鳴らして、二人の男に襲い掛かろうとしました。
 その恐ろしい格好に、二人の男はひるみました。自分たち二人だけではとても敵わないと思ったのでしょう。
 震えながら後ずさりしていきます。すると、熊の方は、それ以上前に進んでは行きません。
「畜生! 覚えていろよ。いつか、きっと殺してやるからな!」
 二人の男は捨て台詞を残し、仲間の死体を引きずって、悔しそうに帰っていきました。
 さて、その夜――。おばあさんは、寝もやらずに考え込んでいました。
(――この熊を、このままここに置いていてもいいだろうか……。あの男たちは、きっと、熊の命を狙ってくるだろう。別れるのは悲しいけれど、やっぱり山へ帰してやる方が……)
 そして、熊と別れる事を心に決めたおばあさんは、よく分かるように訳を話して聞かせました。
 熊は悲しそうに、何度も何度もおばあさんの身体を舐めまわしました。
「さ、夜の明けない内に、こっそり出ていくんだよ……。いいかい、身体に気を付けるんだよ。きっと、親たちに会えるように祈っていてやるからね」
 いよいよ最後の時、おばあさんは油の中に両手をひたし、その上にすすを塗ると、その手で熊の腹をなでました。
 いつまでも消えない印でした。
「さ、今なら誰も見ていないから……。それじゃ、さようならよ……」
 熊は、何度も何度も後を振り返りながら、やがてどことなく消えていきました。
 その後、北の方に住んでいるたくさんの熊の中に、一匹だけ、脇腹に黒いあざのついたのが混じっていたそうです。




~おしまい~

2019.11.10 鳥の頭

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』です。


 本文の方は、ポリネシアの民話、『鳥の頭』をお送りします。


 では、スタート!


鳥の頭



 昔々、人間の世界に、まだ火という物が無かった時の事です。
 南の方のある島に、マフイケという兄と、マウイという弟が、たった二人だけで住んでいました。
 ある日、魚を捕ろうと、渚の側に行った兄弟は不思議なものを見ました。
 それは、赤く燃えている火でした。そして、その火の周りには、色々な格好の鳥たちがいっぱい集まっていました。――鳥たちは火を燃やして、濡れた体を乾かしながら、海からとった魚を焼いて食べていたのです。
「うーん。火という物は便利なものだな。よし、あの鳥たちをつかまえて、火の作り方を覚えよう!」
 兄のマフイケはそう言いながら、火の方に走り出しました。
 と、それを見た鳥たちは、慌てて海の中に逃げ込みました。いや、すぐまた火の側に戻ると、口の中から水を吐き出して、火を消してから、空の上に逃げてしまいました。
「ちえっ! なんて素早い奴らだろう。それにしても、火を消してから逃げるなんて……。奴らを捕まえる、いい工夫は無いかな」
 兄のマフイケは、しきりに悔しがりました。すると、弟のマウイが言いました。
「兄さん、いい考えがありますよ。兄さんは、舟をこいで沖に出て下さい。僕は岩の影に隠れていて、鳥たちが安心して火を燃やしたところを、素早く捕まえますから」
「うん、それは上手くいきそうだな」
 そして、兄は沖の方に船をこぎ出し、弟は岩の陰で鳥たちの来るのを待ち構えました。
 けれども、鳥たちは高い崖の上にとまっていて、いつまで経っても下へはおりて来ませんでした。
 そのはずです。
 鳥たちは、舟の中の人が一人しかいないのに気が付いたのです。――もう一人は、きっとどこかに隠れているだろうと、用心をしていたのです。
 その日はとうとう失敗に終わってしまいました。
「兄さん。上手い考えがありますよ。明日は、この方法でやりましょう!」
 弟のマウイはたくさんの草を集めると、一晩中かかって大きな人形を作りました。
「この人形を、兄さんと一緒に舟に乗せるのです。すると鳥たちは、二人とも沖へ出たと思って、安心して火を作るでしょう。そこを捕まえるのです」
「うん、それなら良さそうだな」
「でも、鳥たちに分からないようにするのには、夜の明けない内に沖へ出なくてはいけませんよ」
「そうだな」


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 という事で、まだ鳥たちの寝ている内に兄と人形を乗せた舟は、沖に出ました。
 目を覚ました鳥たちは、海を見て安心しました。もう沖に出ている船には、二人の人影がはっきり見えるからです。
 みんな、渚に降りました。そして、魚を捕りに海に入っていくものもあれば、渚に残って火を作ろうとするものもいます。
 と、そのちょっとの油断を狙っていた弟は、いきなり岩の陰から飛び出しました。
 鳥たちは驚いて、ぱっと逃げましたが、それでも弟は、右と左の手に、一羽ずつの鳥を捕まえました。
「さ、やっと捕まえたぞ! 早く、火の作り方を教えろ。教えないと、お前たちを絞め殺してしまうぞ!」
 すると、首をつかまれて苦しい鳥は、バタバタともがきながら、
「は、はい、教えます。教えますから、首の手を放して下さい」
 と泣きながら言いました。
「よし、本当だな!」
 そしてマウイが少し手を緩めると、鳥たちはいきなり逃げ出そうとしました。
「この野郎! 嘘をついて逃げようたって、もうだまされないぞ。さ、早く言え! 火の作り方を言うんだよ!」
 怒ったマウイは、余計きつく首を絞めました。
「い、言います。実は、木と木をいつまでもこすり合わせていると、そこから熱が出て、火になるのです」
 苦しくなった鳥たちは、とうとう本当のことを言いました。
「なにっ、木と木をいつまでもこすり合わせるんだって? 本当だな!」
「は、はい、そうです。嘘だと思うなら、試してみて下さい」
 しかし、マウイはまた考えました。
 木と木をこすり合わせるのには、鳥たちを放さなければなりません。
 その隙に、逃げてしまうかも知れません。
 そこでマウイは、木と木の代わりに、つかんでいる鳥の頭と頭をこすり合わせました。鳥たちが痛がってぐうぐうと鳴き出しました。
「お前たちが逃げ出そうとしたバチだぞ」
 そして、長い間こすり合わせていると、成程、そこに熱が出てきて、火が出来ました。
「よし、これで火の作り方が分かったぞ。命だけは助けてやるから、さ、どこへでも行け!」
 二羽の鳥は、燃えている頭を慌てて海に突っ込んで、火を消してから、崖の上の方に逃げていきました。
 そうです。今でも鳥の頭についている赤いトサカは、その時の火傷の痕だという事です。




~おしまい~


 こんにちは、アカサカです。


 最近はちょこちょこアメブロの方も更新してまして、今日は『幻想生物百科』の第5回目を投稿してきました。

 さて、昨日、面白いグリム童話を見つけたので、今日はそちらを投稿したいと思います。


 では、本文スタート!


悪魔のすすだらけの兄弟



 むかしむかし。
 ハンスと言う名の兵士がいましたが、仕事をクビになってしまいました。そのため、これらかどう暮らしていいか分りません。
 ハンスは、当ても無く森に出かけて行きました。
 すると、一人の悪魔に出会ったのです。
 悪魔はハンスを見ると、尋ねました。
「お前さん、どこか具合でも悪いのかね? 酷くしょんぼりしているじゃないか」
「実は、仕事をクビになってしまい、お腹がペコペコなんです。けれども、お金が少しも無いんです」
 それを聞くと、悪魔は言いました。
「それは可哀そうに。そんなら、私のところに奉公して、私の召使いにならないかい? 一生楽にしてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。その代わり、お前さんは七年間、地獄で働かないといけないよ。ただし、七年間、しっかりと働けば、お前さんは自由の身だ。しかし自由になってもいくつか条件がある。まず第一に、決して体を洗ってはいけない。それから髪をとかしてもいけない。爪も髪の毛も、切ってはいけない。髭も剃ってはいけない。また、目から出る水をぬぐってもいけないよ。どうだい、これらの条件が守れるかい?」
「このままではどうしようもないから、とにかくやってみる事にします」
 そこで悪魔はハンスを地獄へ連れて行くと、仕事について話しました。
「お前さんは“地獄の炙り肉”の入っている釜の火を、ずっと燃やし続けなければいけない。そして、家の中を綺麗にして、ゴミを戸の外に運び出す。仕事はそれだけだ。だが一度でも、釜の中を覗いてはいけない。もし覗いたらまずい事になるよ」
 言い終わると、悪魔は旅に出ました。
 さっそくハンスは、悪魔から言いつけられた仕事を始めました。
 釜の火を絶えず燃やし、家の中を掃除して、ゴミを戸の外に運びました。
 しばらくして悪魔は帰って来ましたが、ハンスが真面目に仕事をしているのを見て満足しました。



 やがて悪魔は、再び旅に出ました。
 ハンスは仕事をしながら、釜の中が気になっていました。
「“地獄の炙り肉”って、一体何なんだろう?」
 悪魔との約束を忘れたわけではありませんでしたが、ハンスはどうしても中が見たくなりました。
 そこで、たくさん並んでいる釜の一番目の蓋を、ほんの少しだけ開けてみました。
 すると中には、昔、兵士だった頃、自分をいじめていた先輩の兵士が入っていたのです。
「偶然だね。こんなところで出会うなんて。そう言えば昔、あんたは僕をいじめてくれたね。今度は僕がいじめてやる番だ」
 ハンスは釜のふたを閉めると、新しい薪をくべて火を大きくしました。
 次にハンスは二番目の釜の蓋を開けてみました。
 するとそこには、さっきの先輩の上官が入っていました。
「やあ、あんたもここにいたのか。そう言えばあんたは、僕の手柄を横取りして、自分の手柄にした事があったよな」
 ハンスはそう言うと釜の蓋を閉めて、たくさん薪をくべると、さっきよりも火を大きくしました。
 そしてハンスが三番目の釜の蓋を開けると、今度は中に将軍がいました。
「おや、将軍ではありませんか。そう言えば昔、あなたは自分の失敗を私のせいにしましたよね」
 ハンスはふいごを持って来ると、将軍が入っている釜の火をごうごうと大きくしました。


 こうして七年の間、ハンスは地獄で働き続けました。
 その間、体を洗いません。
 髪もとかさず、指ではらいもしません。
 爪や髪の毛を切りもしません。
 髭も剃りません。
 また、目から出た水をぬぐいもしませんでした。
 この七年間はハンスにとって楽しい毎日だったので、たった半年ぐらいにしか感じませんでした。
 約束の七年が過ぎた頃、悪魔が旅から帰ってきました。
 悪魔はハンスに向かって言いました。
「ハンス、お前さんはどんな事をしてきたかね?」
「はい。僕は釜の下に火をくべました。それから家の中を掃除して、出たゴミを戸の外に運びました」
「うむ、ちゃんと仕事をしてくれたね。……だがお前さん、釜の中を覗いただろう。でも、薪をくべて火を大きくしたのは良かった。そうでなかったら、お前さんも今頃は命をなくしてたよ。さあ約束通り、今日でお前さんは自由だ。地獄を出て、家に帰るかい?」
「はい。お父さんがどうしているか、見たいと思います」
「そうか。ああ、そうそう。お前さんが七年間働いた給料として、お前さんが今まで戸の外に運んだゴミをリュックにつめて持って帰りなさい。地獄を出たら、そのお給料で楽をすればいい。ただし、お前さんは私がいいと言うまで体も洗わず、髪もとかしてはいけないよ。髪の毛ボーボー、ヒゲもモジャモジャのままで、爪も切らずに、ドロンとした目をしてね。そして、もしも誰かがお前さんにどこから来たのかと訪ねたら、地獄から来たと言うんだ。それからお前は誰だと訊かれたら、『悪魔のすすだらけの兄弟で、悪魔は私の王である』と言わないといけないよ」
「はい、分りました」
 そうしてハンスは悪魔に別れの挨拶をすると、地獄を出てから森の中に戻りました。
 悪魔のお給料にガッカリしていたハンスは中身を捨ててしまうかと思い、リュックの中を見ました。
 するとリュックに入れたゴミが、本物の金に変わっていたのです。
「すごいや! こんなにお給料をくれるなんて!」
 ハンスは大喜びで、町に行くと宿屋に泊まりました。
 宿屋の主人はハンスの風体にギョッとなって訪ねました。
「あんた、どこから来たんだい?」
「地獄からだよ」
「なんだって!? あんた、何者だ?」
「悪魔のすすだらけの兄弟で、悪魔は私の王でもある」
 驚いた主人は、ハンスを宿から追い出そうとしました。
 けれどハンスがリュックの中の金を見せると、主人はころりと態度を変え、ニッコリ笑ってハンスを宿屋で一番いい部屋に案内しました。
 ハンスは料理を注文すると、お腹いっぱいになるまで、たらふく食ベたり飲んだりしました。
 けれども悪魔の言いつけを守って、体を洗いもせず、髪もとかしませんでした。
 その夜、ハンスがベッドでぐっすり眠っていると、宿屋の主人がこっそり入ってきて、ハンスのリュックを盗みました。



 翌朝ハンスが目を覚ますと、大切なリュックがありません。
 ハンスは一目散に地獄に戻ると、悪魔に助けを求めました。
 すると悪魔は、ハンスに言いました。
「そうか。まあ、そこにお座り。私がお前さんの体を洗って、髪をとかしてやろう。髪の毛や爪を切り、目もぬぐってあげよう」
 悪魔はハンスを綺麗にすると、ハンスに掃除のゴミがいっぱい入ったリュックを渡しました。
「今から宿屋に行って、主人に『金を返せ、さもないと悪魔があんたを連れて帰り、僕の代わりに地獄で働かせてやると言ってるぞ』と言ってやんなさい」
 ハンスは宿屋に戻ると、主人に言いました。
「あんたは僕の金を盗んだね。もしあんたがそれを返さないなら、悪魔があんたを地獄に連れ帰り、僕の代わりに地獄で働かせると言っているぞ」
 すると怖くなった主人は、ハンスにリュックを返すと、さらに自分の有り金も渡して、どうか悪魔には黙っていて欲しいと頼みました。



 こうしてたくさんのお金を手に入れたハンスは、家に帰るとお父さんと幸せに暮らしました。
 ところでハンスは地獄にいた頃、悪魔から音楽を習い覚えていました。
 そこで粗末な上っ張りを買って、あちこちで音楽をやりながら歩いていました。


 ある時、この国の年老いた王様の前で、ハンスは演奏する事になりました。
 すると王様はハンスの演奏にとても喜んで、一番上の姫をハンスの妻にやると約束しました。
 ところが姫は、上っ張りを着た身分の低い男と結婚させられると聞くと、
「そんな事をするくらいなら、一番深い水の底に飛び込んだ方がマシだわ」
 と言いました。
 そこで王様は、一番下の姫をハンスに与えました。一番下の姫は、父親のためならと喜んで承諾しました。
 こうしてハンスはお姫様と結婚し、その後、王様になったという事です。




~おしまい~


 いかがだったでしょうか?


 最後の部分はちょっと蛇足的にも感じますが(実際、私が最初にこの話を見つけたところでは後日談は載ってなかった)、この話に出てくる悪魔、個人的にはかなり誠実だなぁと感じました。

 きっちりとハンスとの約束を守ってますし、むしろ約束を破ったハンスを(結果的とはいえ)働きに免じて帳消しにしたり、その後のアフターケアまでやってくれてますし。


 まぁ、それこそこの間アメブロの方であげたセーレみたいに、優しい悪魔もいるみたいですし、そもそも悪魔(デビル)は魔神(デーモン)との違いの一つとして「契約を重んじ、その規律に忠実」らしいので、こういった性格付けも間違いではないのでしょうけども。


 こういった「試練を乗り越えた相手には親身になって接してくれる」悪魔は、昔、別のおとぎ話でも読んだことがありますが、私が『ファイクエ』の魔族を生まれながらの悪人として描かないのは、こういう部分の影響もあるのかも知れません。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。