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2019.11.10 鳥の頭

 サイトを更新しました。

 今日は『文庫本コーナー』です。


 本文の方は、ポリネシアの民話、『鳥の頭』をお送りします。


 では、スタート!


鳥の頭



 昔々、人間の世界に、まだ火という物が無かった時の事です。
 南の方のある島に、マフイケという兄と、マウイという弟が、たった二人だけで住んでいました。
 ある日、魚を捕ろうと、渚の側に行った兄弟は不思議なものを見ました。
 それは、赤く燃えている火でした。そして、その火の周りには、色々な格好の鳥たちがいっぱい集まっていました。――鳥たちは火を燃やして、濡れた体を乾かしながら、海からとった魚を焼いて食べていたのです。
「うーん。火という物は便利なものだな。よし、あの鳥たちをつかまえて、火の作り方を覚えよう!」
 兄のマフイケはそう言いながら、火の方に走り出しました。
 と、それを見た鳥たちは、慌てて海の中に逃げ込みました。いや、すぐまた火の側に戻ると、口の中から水を吐き出して、火を消してから、空の上に逃げてしまいました。
「ちえっ! なんて素早い奴らだろう。それにしても、火を消してから逃げるなんて……。奴らを捕まえる、いい工夫は無いかな」
 兄のマフイケは、しきりに悔しがりました。すると、弟のマウイが言いました。
「兄さん、いい考えがありますよ。兄さんは、舟をこいで沖に出て下さい。僕は岩の影に隠れていて、鳥たちが安心して火を燃やしたところを、素早く捕まえますから」
「うん、それは上手くいきそうだな」
 そして、兄は沖の方に船をこぎ出し、弟は岩の陰で鳥たちの来るのを待ち構えました。
 けれども、鳥たちは高い崖の上にとまっていて、いつまで経っても下へはおりて来ませんでした。
 そのはずです。
 鳥たちは、舟の中の人が一人しかいないのに気が付いたのです。――もう一人は、きっとどこかに隠れているだろうと、用心をしていたのです。
 その日はとうとう失敗に終わってしまいました。
「兄さん。上手い考えがありますよ。明日は、この方法でやりましょう!」
 弟のマウイはたくさんの草を集めると、一晩中かかって大きな人形を作りました。
「この人形を、兄さんと一緒に舟に乗せるのです。すると鳥たちは、二人とも沖へ出たと思って、安心して火を作るでしょう。そこを捕まえるのです」
「うん、それなら良さそうだな」
「でも、鳥たちに分からないようにするのには、夜の明けない内に沖へ出なくてはいけませんよ」
「そうだな」


Torinoatama.JPG


 という事で、まだ鳥たちの寝ている内に兄と人形を乗せた舟は、沖に出ました。
 目を覚ました鳥たちは、海を見て安心しました。もう沖に出ている船には、二人の人影がはっきり見えるからです。
 みんな、渚に降りました。そして、魚を捕りに海に入っていくものもあれば、渚に残って火を作ろうとするものもいます。
 と、そのちょっとの油断を狙っていた弟は、いきなり岩の陰から飛び出しました。
 鳥たちは驚いて、ぱっと逃げましたが、それでも弟は、右と左の手に、一羽ずつの鳥を捕まえました。
「さ、やっと捕まえたぞ! 早く、火の作り方を教えろ。教えないと、お前たちを絞め殺してしまうぞ!」
 すると、首をつかまれて苦しい鳥は、バタバタともがきながら、
「は、はい、教えます。教えますから、首の手を放して下さい」
 と泣きながら言いました。
「よし、本当だな!」
 そしてマウイが少し手を緩めると、鳥たちはいきなり逃げ出そうとしました。
「この野郎! 嘘をついて逃げようたって、もうだまされないぞ。さ、早く言え! 火の作り方を言うんだよ!」
 怒ったマウイは、余計きつく首を絞めました。
「い、言います。実は、木と木をいつまでもこすり合わせていると、そこから熱が出て、火になるのです」
 苦しくなった鳥たちは、とうとう本当のことを言いました。
「なにっ、木と木をいつまでもこすり合わせるんだって? 本当だな!」
「は、はい、そうです。嘘だと思うなら、試してみて下さい」
 しかし、マウイはまた考えました。
 木と木をこすり合わせるのには、鳥たちを放さなければなりません。
 その隙に、逃げてしまうかも知れません。
 そこでマウイは、木と木の代わりに、つかんでいる鳥の頭と頭をこすり合わせました。鳥たちが痛がってぐうぐうと鳴き出しました。
「お前たちが逃げ出そうとしたバチだぞ」
 そして、長い間こすり合わせていると、成程、そこに熱が出てきて、火が出来ました。
「よし、これで火の作り方が分かったぞ。命だけは助けてやるから、さ、どこへでも行け!」
 二羽の鳥は、燃えている頭を慌てて海に突っ込んで、火を消してから、崖の上の方に逃げていきました。
 そうです。今でも鳥の頭についている赤いトサカは、その時の火傷の痕だという事です。




~おしまい~


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 こんにちは、アカサカです。


 最近はちょこちょこアメブロの方も更新してまして、今日は『幻想生物百科』の第5回目を投稿してきました。

 さて、昨日、面白いグリム童話を見つけたので、今日はそちらを投稿したいと思います。


 では、本文スタート!


悪魔のすすだらけの兄弟



 むかしむかし。
 ハンスと言う名の兵士がいましたが、仕事をクビになってしまいました。そのため、これらかどう暮らしていいか分りません。
 ハンスは、当ても無く森に出かけて行きました。
 すると、一人の悪魔に出会ったのです。
 悪魔はハンスを見ると、尋ねました。
「お前さん、どこか具合でも悪いのかね? 酷くしょんぼりしているじゃないか」
「実は、仕事をクビになってしまい、お腹がペコペコなんです。けれども、お金が少しも無いんです」
 それを聞くと、悪魔は言いました。
「それは可哀そうに。そんなら、私のところに奉公して、私の召使いにならないかい? 一生楽にしてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。その代わり、お前さんは七年間、地獄で働かないといけないよ。ただし、七年間、しっかりと働けば、お前さんは自由の身だ。しかし自由になってもいくつか条件がある。まず第一に、決して体を洗ってはいけない。それから髪をとかしてもいけない。爪も髪の毛も、切ってはいけない。髭も剃ってはいけない。また、目から出る水をぬぐってもいけないよ。どうだい、これらの条件が守れるかい?」
「このままではどうしようもないから、とにかくやってみる事にします」
 そこで悪魔はハンスを地獄へ連れて行くと、仕事について話しました。
「お前さんは“地獄の炙り肉”の入っている釜の火を、ずっと燃やし続けなければいけない。そして、家の中を綺麗にして、ゴミを戸の外に運び出す。仕事はそれだけだ。だが一度でも、釜の中を覗いてはいけない。もし覗いたらまずい事になるよ」
 言い終わると、悪魔は旅に出ました。
 さっそくハンスは、悪魔から言いつけられた仕事を始めました。
 釜の火を絶えず燃やし、家の中を掃除して、ゴミを戸の外に運びました。
 しばらくして悪魔は帰って来ましたが、ハンスが真面目に仕事をしているのを見て満足しました。



 やがて悪魔は、再び旅に出ました。
 ハンスは仕事をしながら、釜の中が気になっていました。
「“地獄の炙り肉”って、一体何なんだろう?」
 悪魔との約束を忘れたわけではありませんでしたが、ハンスはどうしても中が見たくなりました。
 そこで、たくさん並んでいる釜の一番目の蓋を、ほんの少しだけ開けてみました。
 すると中には、昔、兵士だった頃、自分をいじめていた先輩の兵士が入っていたのです。
「偶然だね。こんなところで出会うなんて。そう言えば昔、あんたは僕をいじめてくれたね。今度は僕がいじめてやる番だ」
 ハンスは釜のふたを閉めると、新しい薪をくべて火を大きくしました。
 次にハンスは二番目の釜の蓋を開けてみました。
 するとそこには、さっきの先輩の上官が入っていました。
「やあ、あんたもここにいたのか。そう言えばあんたは、僕の手柄を横取りして、自分の手柄にした事があったよな」
 ハンスはそう言うと釜の蓋を閉めて、たくさん薪をくべると、さっきよりも火を大きくしました。
 そしてハンスが三番目の釜の蓋を開けると、今度は中に将軍がいました。
「おや、将軍ではありませんか。そう言えば昔、あなたは自分の失敗を私のせいにしましたよね」
 ハンスはふいごを持って来ると、将軍が入っている釜の火をごうごうと大きくしました。


 こうして七年の間、ハンスは地獄で働き続けました。
 その間、体を洗いません。
 髪もとかさず、指ではらいもしません。
 爪や髪の毛を切りもしません。
 髭も剃りません。
 また、目から出た水をぬぐいもしませんでした。
 この七年間はハンスにとって楽しい毎日だったので、たった半年ぐらいにしか感じませんでした。
 約束の七年が過ぎた頃、悪魔が旅から帰ってきました。
 悪魔はハンスに向かって言いました。
「ハンス、お前さんはどんな事をしてきたかね?」
「はい。僕は釜の下に火をくべました。それから家の中を掃除して、出たゴミを戸の外に運びました」
「うむ、ちゃんと仕事をしてくれたね。……だがお前さん、釜の中を覗いただろう。でも、薪をくべて火を大きくしたのは良かった。そうでなかったら、お前さんも今頃は命をなくしてたよ。さあ約束通り、今日でお前さんは自由だ。地獄を出て、家に帰るかい?」
「はい。お父さんがどうしているか、見たいと思います」
「そうか。ああ、そうそう。お前さんが七年間働いた給料として、お前さんが今まで戸の外に運んだゴミをリュックにつめて持って帰りなさい。地獄を出たら、そのお給料で楽をすればいい。ただし、お前さんは私がいいと言うまで体も洗わず、髪もとかしてはいけないよ。髪の毛ボーボー、ヒゲもモジャモジャのままで、爪も切らずに、ドロンとした目をしてね。そして、もしも誰かがお前さんにどこから来たのかと訪ねたら、地獄から来たと言うんだ。それからお前は誰だと訊かれたら、『悪魔のすすだらけの兄弟で、悪魔は私の王である』と言わないといけないよ」
「はい、分りました」
 そうしてハンスは悪魔に別れの挨拶をすると、地獄を出てから森の中に戻りました。
 悪魔のお給料にガッカリしていたハンスは中身を捨ててしまうかと思い、リュックの中を見ました。
 するとリュックに入れたゴミが、本物の金に変わっていたのです。
「すごいや! こんなにお給料をくれるなんて!」
 ハンスは大喜びで、町に行くと宿屋に泊まりました。
 宿屋の主人はハンスの風体にギョッとなって訪ねました。
「あんた、どこから来たんだい?」
「地獄からだよ」
「なんだって!? あんた、何者だ?」
「悪魔のすすだらけの兄弟で、悪魔は私の王でもある」
 驚いた主人は、ハンスを宿から追い出そうとしました。
 けれどハンスがリュックの中の金を見せると、主人はころりと態度を変え、ニッコリ笑ってハンスを宿屋で一番いい部屋に案内しました。
 ハンスは料理を注文すると、お腹いっぱいになるまで、たらふく食ベたり飲んだりしました。
 けれども悪魔の言いつけを守って、体を洗いもせず、髪もとかしませんでした。
 その夜、ハンスがベッドでぐっすり眠っていると、宿屋の主人がこっそり入ってきて、ハンスのリュックを盗みました。



 翌朝ハンスが目を覚ますと、大切なリュックがありません。
 ハンスは一目散に地獄に戻ると、悪魔に助けを求めました。
 すると悪魔は、ハンスに言いました。
「そうか。まあ、そこにお座り。私がお前さんの体を洗って、髪をとかしてやろう。髪の毛や爪を切り、目もぬぐってあげよう」
 悪魔はハンスを綺麗にすると、ハンスに掃除のゴミがいっぱい入ったリュックを渡しました。
「今から宿屋に行って、主人に『金を返せ、さもないと悪魔があんたを連れて帰り、僕の代わりに地獄で働かせてやると言ってるぞ』と言ってやんなさい」
 ハンスは宿屋に戻ると、主人に言いました。
「あんたは僕の金を盗んだね。もしあんたがそれを返さないなら、悪魔があんたを地獄に連れ帰り、僕の代わりに地獄で働かせると言っているぞ」
 すると怖くなった主人は、ハンスにリュックを返すと、さらに自分の有り金も渡して、どうか悪魔には黙っていて欲しいと頼みました。



 こうしてたくさんのお金を手に入れたハンスは、家に帰るとお父さんと幸せに暮らしました。
 ところでハンスは地獄にいた頃、悪魔から音楽を習い覚えていました。
 そこで粗末な上っ張りを買って、あちこちで音楽をやりながら歩いていました。


 ある時、この国の年老いた王様の前で、ハンスは演奏する事になりました。
 すると王様はハンスの演奏にとても喜んで、一番上の姫をハンスの妻にやると約束しました。
 ところが姫は、上っ張りを着た身分の低い男と結婚させられると聞くと、
「そんな事をするくらいなら、一番深い水の底に飛び込んだ方がマシだわ」
 と言いました。
 そこで王様は、一番下の姫をハンスに与えました。一番下の姫は、父親のためならと喜んで承諾しました。
 こうしてハンスはお姫様と結婚し、その後、王様になったという事です。




~おしまい~


 いかがだったでしょうか?


 最後の部分はちょっと蛇足的にも感じますが(実際、私が最初にこの話を見つけたところでは後日談は載ってなかった)、この話に出てくる悪魔、個人的にはかなり誠実だなぁと感じました。

 きっちりとハンスとの約束を守ってますし、むしろ約束を破ったハンスを(結果的とはいえ)働きに免じて帳消しにしたり、その後のアフターケアまでやってくれてますし。


 まぁ、それこそこの間アメブロの方であげたセーレみたいに、優しい悪魔もいるみたいですし、そもそも悪魔(デビル)は魔神(デーモン)との違いの一つとして「契約を重んじ、その規律に忠実」らしいので、こういった性格付けも間違いではないのでしょうけども。


 こういった「試練を乗り越えた相手には親身になって接してくれる」悪魔は、昔、別のおとぎ話でも読んだことがありますが、私が『ファイクエ』の魔族を生まれながらの悪人として描かないのは、こういう部分の影響もあるのかも知れません。


 と言ったところで、今日はこの辺で。

 どうも。ではでは。

 今日は、ちょっと切ない親子えびの物語です。

 ちなみに、厳密にはヨコエビはえびの仲間ではないらしいですが……。(詳細はリンク先参照)


 では、スタート!


メクラヨコエビのゆめ


Mekurayokoebi-1.JPG



 地面の下を、地下水の川が流れています。
 暗闇の中を、急に細い光が走りました。
 メクラヨコエビでした。
 ひゅるるる……。
 メクラヨコエビは、かすかな光を放ちながら、するどく水を切って泳ぎました。
 メクラヨコエビには目がありません。長い間、地下の暗闇の中で暮らしている間に、いつしか無くなってしまったのです。
 メクラヨコエビは、ぐんぐん川上に向かって登って行きました。その後ろには、子えびが泳いでいました。
 どうしたことか、子えびには、目がありました。目のある子えび、それは、目の無いえびたちの間ではのけものでした。
 メクラヨコエビは、今、この子えびを仲間の知らない遠い所へ、捨てに行くところでした。



 メクラヨコエビは、美しい光を放って泳いでいました。子えびは母親の光の中を泳いでいました。
 たまたま後ろを振り向くと、後ろは深い暗闇に覆われて、吸い込まれてしまいそうに思えました。
 川の流れが激しくなりました。氷のように冷たい水が、川底で渦を巻いています。
 メクラヨコエビは、子えびが押し流されないように、小さな身体をそっと抱きかかえました。
 子えびには、母えびの身体がはっきり見えました。
 光に包まれて、白く透き通った身体、長くて立派な二本のひげ、太く力強い尾びれ。
 川の流れは、光の当たるところだけ青く澄んで、その向こうは深い藍色をしていました。
 体に当たる波のしぶきは、銀色に輝いて、目を開けていられないほど眩しく感じられました。
 子えびは思わず、
「お母さん」
 と小さく叫びました。
 子えびには、この美しい母えびの姿がとても誇りに思えたのです。



 流れに逆らって泳ぎながら、メクラヨコエビの身体はかすかに震えていました。仲間に知れないように、早く捨てに行かねばなりません。
 もし、仲間に気づかれれば、間違いなく子えびは殺されてしまうからです。
 メクラヨコエビは急ぎました。
 川の流れはメクラヨコエビを押し流そうと、ぐいぐい襲い掛かってきました。
 流れと戦いながら、母えびは思いました。
(ああ、嫌だ。嫌だ。可愛い子えびを捨てに行くなんて、こんな子えびはみんなで温かく庇ってやるのが本当なのに、殺されてしまうなんて。誰がどうして、こんな間違った掟を作ったのかしら)
 川の流れが、急に緩やかになりました。川はそこから二つに分かれて上に続いていました。
 しばらく行くと、川は少し浅くなってきました。
 メクラヨコエビはほっとしました。
「さあ、着きましたよ。今日から、ここがお前の住処です」
 メクラヨコエビは、無理に元気な声を出して言いました。
 子えびはすっかり疲れ切ったものか、母えびにしがみついたまま、かすかな寝息を立てていました。
「無事に暮らしておくれよ。その内きっと、間違った掟を改めて迎えに来ますからね。それまでの辛抱です」
 母えびはそう言い残すと、仲間達の所へ帰っていきました。



 岩の伝う激しい水しぶきの中で、子えびはふと、目を覚ましました。周りは暗く、目に見えるものは何もありません。
 目を大きく開けば開くほど、恐ろしいほどの暗闇が、ぐいぐい子えびに襲い掛かってきました。
「お母さん!」
 子えびは思わず大声で叫びました。
 でも、答えはどこからも返ってきません。激しい落ち水の音だけが、ますます激しく子えびを包みました。



 メクラヨコエビは流れに身体を任せて泳ぎながら、胸が苦しくてなりませんでした。
 誰も住まない寂しい所で、子えびはこれからどうして暮らしていくでしょう。
 食べ物の事、巣作りの事、心配な事がいっぱいです。それに、子えびにはその後きっと迎えに来ると言ったけれど、掟はそんなに容易く改める事が出来るものではありません。たとえ改める事が出来たとしても、それまで子えびは生きていることが出来るでしょうか。
(でも、ひょっとしたら)
 と、メクラヨコエビは思いました。
 子えびを捨てた所に、光の世界に通じる岩穴があるという噂がありました。
 もしうまく岩穴を見つけて、光の世界に出ることが出来れば、立派に暮らしを立てることが出来るはずです。
 メクラヨコエビは、祈るような気持ちで言いました。
(どうか、噂が本当でありますように。可愛い子えびが、光の世界にたどり着くことが出来ますように)



 子えびは目を泣きはらして、岩陰に横たわっていました。
 泣いても叫んでも、答えるものは何もありません。
 その時です。
 子えびの目の中に、ふと、優しい母えびの姿が浮かびました。光に包まれて、はっとするほど美しい姿です。
 母えびの後ろに、不思議な光の景色が広がっていました。
 それは明るい緑の木々に包まれた、泉の景色でした。泉は青く澄み切って、水底の白砂が、きらきら光って見えました。
 水の面には、目のある子えび達が、楽しそうに泳ぎ戯れていました。
 子えびは「アッ」と小声で叫んで、息をのみました。それは子えびが、まだ一度も見た事のない景色でした。


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 と、光の景色は急に消えて、後には深い暗闇が、前と同じように広がっていました。
 岩を伝う落ち水のしぶきが、強くなったり弱くなったりしました。水は足元から湧き上がるように流れ出していました。
(今、見た景色は何だろう。ひょっとしたら、あれと同じ景色がこの近くにあるのではないかしら)
 子えびは思いました。



 冷や冷やと、落ち水のしぶきが子えびの顔を打っていました。
 子えびは、ふと上を見ました。
 落ち水の中に、何かしら、光のにおいがしたように思ったのです。子えびは少しずつ、少しずつ、岩を這い上っていきました。
 岩の裂け目に沿って登って行くと、裂け目は次第に広くなって、落ち水のしぶきも激しくなりました。
(そうだ。この上に、きっと光の景色があるのだ。そうでなければ、あんな景色を見るはずが無い)
 子えびは岩の裂け目に潜るようにして、足を進めました。
 と、急に後ろの足が軽くなりました。
 落ち水は、ゴーゴーとうなりをあげて、岩壁を走っていきました。
 岩壁は狭くなったり細くなったり、刀の刃先のように尖ったりして、上に続いていました。
 子えびは体をかがめ、へばりつくようにして足を進めました。足がまた一本、軽くなりました。
 足の付け根が少し熱く感じられましたが、それっきり、何も感じませんでした。
 尾びれで探ってみると、さっきまで身体を支えていた足が、岩に挟まれてぶるぶる震えていました。
 上っているのか、下りているのか、区別がつきません。周りは相変わらず暗闇が続いています。
 けれど、子えびの目の奥には、はっきりと明るい光の景色が映っていました。

 水音は子えびを飲み込むと、ぐんぐん上に登っていきました。



 深い森に囲まれて、静かな泉がありました。
 泉の底からは、綺麗な清水がふくふくと湧き上がっていました。
 清水に乗って、子えびがすっと水の面に浮かび上がりました。
 目のあるメクラヨコエビでした。
 メクラヨコエビは、あまりの眩しさのため、気を失いそうになるのをこらえながら叫びました。
「お母さん、光の世界に着きました」


Mekurayokoebi-3.JPG




~おしまい~


 昨日、アメブロの方に幻想生物百科の第2回を投稿してきました。

 記事中でナツミも突っ込んでますが、「……生物?」な記事です(苦笑)。


 こちらの記事は、移転後初の『文庫本コーナー』です。

 では、本文スタート!


ブエモン村長のかげぼうず


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 満月の夜が来ると、熊のブエモン村長は「やれやれ」と思う。その夜、丘の上でみんなと一緒にするはずのお月見が、ブエモン村長には苦手であった。ブエモン村長のいかめしく大きな体が、いよいよずしりと重みを増したせいで、座っていると、ひどく足がしびれるからだ。
 その晩も、しびれた足をこっそりもごもごさせながら、それでも見た目には、礼儀正しくしていたが、早く帰って一人でゆっくりハチミツを舐めたいものだと思い続けていた。
 その時、ブエモン村長のかげぼうずが、不意ににゅうと腕を伸ばして大あくびをしたのだ。
 村長は無論そんな事などしはしない。かげぼうずだけが、勝手に腕を伸ばし、おまけにグルグル振り回したりした。
「あれ? あれ? あれ?」
 みんなの呆れた様子に、ブエモン村長も気が付いて、さすがに驚いたようだったが、いかめしい態度は少しも崩さず、
「いや、これは失礼。かげぼうずめが気ままをやりおったようですな」
 そして、“きっ”とばかりにその影をにらみつけると、地面の上の黒々とした影は、しばらくもじもじしていたが、やがて元通り、ブエモン村長そのままの形に返った。
「エヘン、お静かに」
 と、村長は言った。その晩はそれで済んだが、かげぼうずは勝手をすることに味を占めたらしく、それ以来、しばしば気ままに動くようになり、村長がいかめしく道を歩いていると、かげぼうずはお菓子屋をのぞき込み、ハチミツ入りの菓子ツボへ手を伸ばしたりした。
 村長は閉口したが、しかし、この少し行儀の悪いかげぼうずは、村のウサギやタヌキたちには、案外人気があった。いかめしいブエモン村長の前では、つい縮み上がってしまうが、このかげぼうずはなかなか愛嬌があるというのが、みんなの意見であった。しかし、かげぼうずの勝手気ままなやり方は、いつか他の影たちにもうつり始めた。最初にうつったのはウサギのブンタで、ブンタの左耳はどういう訳か真ん中からくたっと折れ曲がっており、その事で終始みんなにからかわれていた。その耳の影が、ある夜、ピンとまっすぐに伸びたのだ。
「見てよ、僕の影を」
 ブンタはさっそくみんなの所へ、知らせにやって来た。月夜の道に、ピンと両耳を伸ばしたブンタの影が、くっきりと映っていた。


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 その話が知れ渡ると、他の者たちも、ついこう言わずにはいられなかった。
「オレ達のかげぼうずだって、たまには勝手に動いてみてはどうなんだい」
 そう言ったせいなのか、それとも“はしか”のように誰彼構わずうつっていったのかは分からないが、かげぼうず達は次々と本人とは違った動きをするようになっていった。
「僕のかげぼうずったら、僕が仕事をしている時、勝手に腹づつみを打つんだよ」
 タヌキがそう言うと、
「いやあ、オレのかげぼうずときたら、オレが寝そべっていても、アヒルの卵を取ろうと夢中なのさ」
 キツネはウキウキした調子で言った。


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 そういう村の様子を、ブエモン村長は苦々しいものに思ったが、元はと言えば自分から始まったことなので、文句を言う訳にもいかなかった。そこでみんなは、いよいよかげぼうずに好き勝手をさせた。
 しかし、だんだん困ることも出来てきた。例えばブエモン村長が、役場の職員を集めてお説教をしている最中に、かげぼうずは踊り始めたのだ。みんなはついクスクス笑い、
「困る、全く困る!」
 と村長はドシドシ机をぶった。しかも次はもっと悪かった。村長は役場の応接間でキツネの議員さんと話をしていたが、キツネの長っちりは有名で、気取った手つきでタバコを吸いながら帰りそうも無かったので、村長はイライラしていた。その時、村長のかげぼうずが、にゅうと腕を伸ばしたと思ったら、キツネの影の首筋をつまみ上げ、お尻をピシッとぶったのだ。
「あ、これは失礼」
 村長は言った。
「何分、影のすることだから気になさるな。あなたが痛いわけではなし……」
「いや、一向に構いませんとも」
 キツネはすましてそう言った。ところが今度はキツネの影が、ブエモン村長の影を蹴飛ばした。
「あ、これはどうも……」
「いやいや、たかがかげぼうずの事じゃ」
 ブエモン村長もそう言った。しかし何故かプイと横を向き、キツネも不機嫌な顔で帰っていった。


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 それは村長とキツネの間の事だけではなく、かげぼうずの喧嘩から本人たちの喧嘩になり、長い間の友達がいがみ合ったり、あるいは疑い合うようなことが村のあちこちで起こり始めた。
 みんなは、勝手気ままに動くかげぼうずを段々持て余し、しまいには、自分のかげぼうずを恐れるようにさえなった。



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「全く、嘆かわしい」
 と、ブエモン村長は首を振った。ひっぺがす事が出来るなら、自分の影をひっぺがしたいところである。役場でブエモン村長を囲んで、相談が始まった。
「つまり、影を作らないようにすることだ」
「賛成」
「それにはどうすればいいか」
「昼間も窓を閉めて、家の中に閉じこもること」
「夜も電灯をつけず、月夜は外へ出ないこと」
 それでは牢屋に閉じ込められたも同じである。爽やかな風にも吹かれず、美しい花も見ないで、生きているとは言えないではないか。
 そんなことは出来っこないと、みんなは首を振った。
 ブエモン村長にとっては、全く頭の痛い事であった。


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「あのう、村長さん」
 ウサギのブンタがおずおずとやって来た。
「なんだね。君もかげぼうずにすいてかね」
「そうなんです」
 この頃は、毎日のようにかげぼうずについての具場が持ち込まれてくる。
「僕の耳を見て下さいよ」
 ブンタの耳が、両方ともぐたっと二つに折れ曲がっている。
「おや、曲がっていたのは片方だけではなかったかね」
「そうだったんですよ。ところが、かげぼうずの奴ったら……」
 はじめブンタの影はピンと両耳を伸ばして喜ばせてくれた。耳の影は誰のより長く、それは自慢の種であったが、いつとはなく意地悪になってきて、やがて両方の耳をぐたっと折れ曲がらせて、嫌がらせを始めた。そんなかげぼうずを見ないようにしていたのだが、今朝、本物の耳がかげぼうずと同じように、両方ともくたっと折れ曲がってしまったのだという。
「うーん、かげぼうずめ、ついにそこまでやりおったか」
 ブエモン村長は唸った。
「早くどうにかして下さいよ」
 ブンタはしょげて帰っていき、その後へタヌキがやって来た。
「村長さん、全くどうも」
 タヌキは途方に暮れている。末っ子のかげぼうずがイタズラなのは知っていたが、今朝がたから、本人がかげぼうずの動くままにイタズラを始め、棒を振り回して手当たり次第に物を壊し始めたのだという。影のイタズラでは物は壊れないが、本人がやり始めたのではそうはいかない。
「一体、どうしたもんでしょう」


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 このままにしていては、村中、とんでもないことになってしまうぞと、ブエモン村長は思った。
「何とかせにゃならん」
 村長は腕を組んで考え込んだ。その後ろで、かげぼうずは伸びたり縮んだりしながら、面白そうに村長をうかがっている。



 ブエモン村長は考えた。まず初めに、村長の影が何故ああなったかと言えば、そう……形と心が別々。
「それが、油断大敵だったな」
 心と言葉も別々。
「それが、影をつけ上がらせたんだな」
 今ではかげぼうずは、睨みつけても怒鳴っても知らん顔で、あかんべえをするくらいだ。
「とにかく、あいつの首根っこをがっしと押さえつけて、昔通りに俺のするままに動くようにしなくちゃならん。本人あっての影だからな。俺の影がそうなれば、他の者たちの影も、自然と元通りになるだろう」
 早くそうしないと、村は大変なことになるとブエモン村長は頭を絞った。
「かげぼうずが、俺と同じことを夢中でしたくなるような、そんな事を俺はしなきゃならんのだ」
 ブエモン村長のかげぼうずは、どうやら陽気な事が好きらしい。
「よし、勇気を出してやってみよう」
 いい具合に今夜は満月だ。丘の上で月見をしようと誘いを受けて、村中が集まってきた。
 やがて金色の大きな月が上ったが、みんなはあまり元気そうではなく、かげぼうずばかりが生き生きとのさばっていた。その時、いかめしくすわっていたブエモン村長が、ふいに立ち上がったと思ったら、
「やんれ、やれやれ ほうい ほい」
 いきなり声を張り上げて歌い出した。みんなは呆気にとられた。いつも威厳に満ちて座っているのがブエモン村長であった。村長が歌を歌う事など、考えてみた事も無かった。しかも村長は、手を振り足を振り上げて踊り出したではないか。


 月の夜には
 谷間の百合が
 子首傾げる


 みんなはしばらくぼんやりしていたが、それでもこれは愉快だと、手を打って歌いはやした。
 踊りながら、歌いながら、ブエモン村長は次第に楽しく、夢中になっていった。そんな村長にかげぼうずは呆れて、のろのろついて回っていたが、やがてついつい誘われて真似をし、そしていつの間にか村長とその影はピタッと同じになった。
「見ろ、見ろ。ブエモン村長は、自分の影を自分のものにしたぞ」
 誰かが叫んだ。
「ようし、オレも一つ踊ることにしよう」
 キツネが飛び出して来た。
「ぼくも」
「わたしも」
 みんなは踊り出した。明るい月の光の下で、誰もかれも夢中になって踊り出した。
 そして、たくさんのかげぼうずもまた、それに合わせて踊った。
 月は静かにそれを眺めていた。


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~おしまい~

 今日は文庫本コーナーの記事でいきたいと思います。
 今回は、ちょっと短めの怪談、『きつねの赤ん坊』です。

 では、スタート!

きつねの赤ん坊


 銀太は腕利きの猟師でしたが、腕の立つのをいいことにして、アサゲ村の、山と言う山、森と言う森を一人で荒らし回っていました。
 村の猟師仲間では、猟のできる間を十月から次の年の三月までと決めていましたし、カモシカなどは、撃ってはいけない約束でした。けれども銀太は、熊でも鹿でも、春と言わず夏と言わず、撃ちまくっては、獲物をこっそり町に売りに行って、随分お金を儲けていました。
 銀太のおかみさんは、町の“皮万”という毛皮屋の娘でしたから、獲物を売りさばく事は簡単でした。
 けれども、銀太のおかみさんはとても気ままな人で、「猪の肉は食べ飽きたから、雉の肉が食べたい」とか、「イタチの毛皮で足袋を作って欲しい」などと言っては銀太にせがみました。
 銀太はもとより、猟にかけては自信がありましたから、腕の見せ所とばかり、すぐさま山へ行っては、おかみさんの望み通りの獲物を取ってきました。
 ある秋の終わり頃、銀太のおかみさんに赤ん坊が出来ました。そこでおかみさんは、銀太に言いました。
「生まれる赤ん坊に、きつねの毛皮で布団を作ってやりたいで、今日は山へ行って、きつねを五匹、取ってきておくれ」
 銀太は、これにはびっくりしました。
 きつねの毛皮を襟巻にするというのなら分かりますが、布団を作るなどという事は、聞いた事がありません。しかも、一度に五匹も欲しいというのです。
 けれども銀太は、初めて生まれてくる子供のためですから、鉄砲を持って、早速山へ出かけていきました。
 二日の間、山を駆けずり回って、銀太は四匹まで、きつねを撃ち取る事が出来ました。
 あと一匹です。銀太はまるで猪が突っ走るように、谷をわたり、ばらやぶをかき分けて、きつねを探しました。
 そして、とうとう最後のきつねを見つけました。それは今までに見た事も無い、大きな狐です。
 大ぎつねは、太いトチの木の陰の洞穴の中で、体を横たえてじっとしていました。
 銀太は、さっそく鉄砲を構えました。
 ところがよく見ると、それは身重のきつねでした。
 もうすぐ子ぎつねが生まれるのでしょう。大きなおなかを足と尻尾で庇いながら、首だけをもたげて、「どうか撃たないで下さい」と訴えるような目で銀太を見つめていました。
 銀太はなんだか気味悪くなって、いったん構えた鉄砲を下ろしましたが、辺りは夕暮れです。ぐずぐずしていると、薄闇の中へ逃げ込まれてしまうと思い、夢中で引き金を引きました。
「ズドーン」
 鈍い音と一緒に、きつねははじかれて、そのままぐったり動かなくなってしまいました。

 五匹のきつねの毛皮を縫い合わせて、柔らかな布団が出来上がると、おかみさんは、
「これはあったかそうだ。赤ん坊が生まれるまで、この布団にくるまって寝よう」
 と言って、大きなお腹を、その毛皮の布団でしっかりくるんで、毎晩ぐっすり眠りました。
 その内に、おかみさんは、妙な事を言い出しました。
「町へ行って、油揚げをどっさり買ってきておくれ。ご飯の代わりに油揚げが食べたい。うさぎの肉も生のまま食べたい」
 と言うのです。
 銀太は首をかしげながら、おかみさんの顔を覗くと、なんだか顎の辺がばかにとがって、眼は吊り上がっているように見えました。
 なおもよく見ようとすると、おかみさんはその吊り上がった目を険しく光らせて、
「何をぐずぐずしているのだえ、早く行っておいで」
 と、きんきん声で怒鳴りました。
 銀太は仕方なく、町へ出かけていきました。
 それからというものは、おかみさんは銀太を自分の寝ている部屋の中へは入れませんでした。
 やがて十五日ばかりたった夜、銀太のおかみさんは、とても苦しみ始めました。それに気づいた銀太は、急いでお産婆さんを呼びに行こうとして、土間で下駄を探していますと、突然おかみさんの寝ている部屋から「ギャッ、ギャッ」と、奇妙な声が聞こえました。銀太はびくっとして、耳を澄ますと、今度は「ケンケン、ケンケン」と、咳払いでもしているような声が聞こえてきました。
 銀太は不思議に思っておかみさんの部屋に近づいて、そっとふすまを開けてみました。
 するとどうでしょう。きつねの毛皮の布団にくるまっているのは、人間の子供ではなく、きつねの赤ん坊ではありませんか。銀太は驚いて「ひぇーっ」と声を上げました。
 その声で、おかみさんが布団の中からひょいと顔を出しました。それを見た銀太は、ぶるるっと身震いして、そのまま棒のように倒れてしまいました。
 おかみさんの顔も、やっぱり狐の顔だったからです。



~おしまい~
 今日は『下っぱ忍者』の完結編でいきたいと思います。
 では、スタート!


 麦助が春日山について、町の人々に聞いてみると、段三の事はすぐに分かりました。
 段三は馬を飲み込む術をやってみせ、それを見て感心した上杉の家来の長尾修理(ながお・しゅり)が自分の屋敷に連れて帰ったそうです。
 その夜更け、麦助は修理の屋敷に忍び込み、天井裏に隠れました。
 次の日の朝、屋敷の中が騒がしくなりました。謙信が、馬を飲む忍者を見に来ると言うのです。
 麦助が客座敷の天井裏に移ると、やがて段三が出てきて、座敷の端にきちんと座りました。麦助は、思わず懐かしくなりました。段三は痩せて苦労しているようでした。
 坊主頭の謙信が家来を連れて、座敷に入ってきました。謙信は尋ねました。
「馬を飲む忍者、お前の名は何という?」
「とび加藤と申します」
 麦助は嬉しくなりました。伊賀の下っぱ忍者の段三が、天下に名高い上杉謙信に、堂々とでたらめの名を言っているのです。
 続いた段三は言いました。
「このとび加藤、忍びの術で上杉家にお仕えしたい」
「よし。では、術を試そう。今夜、わしの家老の、直江山城の屋敷に忍び込み、山城の薙刀を持ち出してこい」
「かしこまりました」
 段三は、頭を下げました。
 その夜、直江山城の屋敷では、庭にも、門の前にも、赤々とかがり火をたき、足軽や侍がいっぱい、見張りに立ちました。
 奥の部屋の真ん中には机を置き、その上に袋に入れた薙刀を乗せ、十人の侍がその薙刀を守りました。
 ところが朝になると、長尾修理の家来が、馬を飛ばしてきました。
「とび加藤、昨日の夜のうちに、薙刀を持って帰ってきました」
 慌てて薙刀を出してみると、袋の中はただの木の棒になっていました。
「恐ろしい男だ」
 侍たちは顔を見合わせたのです。
 それから五日目の夜、麦助はやはり、修理の家の天井裏に潜っていました。
 下の座敷では、酒盛りが始まり、段三が笑い声をあげて酒を飲んでいます。その嬉しそうな顔を見ると、麦助は段三の肩を叩いて、
「良かったな、段三」
 と言ってやりたいほどでした。
 あれは実に簡単な事でした。
 あの日、直江家に忍者が忍び込むと聞いて、あちこちから応援の侍が駆けつけました。段三は、その侍たちの家来のようなふりをして、直江の屋敷に入り込みました。
 そして、薙刀を蔵から取り出す時、自分の持ってきた木の棒とすり替えてしまったのです。麦助も直江の屋敷に入り込んで、それを見ていたのでした。
 薙刀取りに成功した段三は、明日からいよいよ上杉家の家来です。今夜は、そのお祝いの酒盛りでした。
 しかし、麦助は段三が上杉の家来になる事を喜んでばかりはいられません。源太夫の、蛇のような目つきが、麦助の頭の中に浮かんできます。もし麦助が段三を殺さなければ、麦助は源太夫に殺されるでしょう。
 ――すまぬが、段三。死んでくれ。
 麦助は手裏剣を握りました。だが、すぐその手を下ろしました。下の様子がおかしいのです。見ると、下の座敷のふすまの向こうに、侍たちが集まってきて、刀や槍を構えました。
 麦助は、すぐその訳が分かりました。上杉家が、段三を殺すつもりになったのです。あの恐ろしい忍者が、もし裏切ったら大変な事になる、と直江山城や、長尾修理は考えたのでした。
 ――けしからん上杉家め。
 麦助は腹を立て、段三にその事を知らせてやりたくなりました。しかし、すぐ考え直しました。もし段三が上杉家に殺されるなら、自分は友達を殺さないで済む、と思ったのです。
 下の座敷では、段三が言いました。
「一つ、面白い物をお見せしよう」
 段三は自分の酒を入れた竹筒を取り出して、長尾修理の盃につぎました。
「これは――」
 修理も、座敷の中の男たちも、思わず声を上げました。竹筒から出てきたのは酒ではなく、小人の女でした。女は盃の中で、笛を吹き始めました。
 段三は次から次へと、座敷の人々に酒を注いでいき、つぐたびに小人が飛び出しました。やがて、数十人の小人たちは座敷の真ん中に集まり、笛や太鼓に合わせて踊り始めました。



 不思議な事には、ふすまの向こうの侍たちにも、この小人の姿は見えました。みんな、吸い付けられるように、この小人の踊りを見つめました。
 ――見事だ。見事な目くらましの術だ。
 天井裏で、麦助がまた嬉しくなっていました。
 やがて段三は座敷を出ていきました。しかし、侍たちは、座敷の真ん中のいもしない小人たちの姿に、じっと見とれているばかりでした。


 それから三月。ここは上杉謙信の敵、武田信玄の住む町、甲府の町はずれです。
 野原の真ん中に、見上げるほどの高い塀があり、その前に、眼を光らせた段三が立っていました。そして、数十メートル離れたところに、鉄砲を構えた足軽たちがいて、ぐるちと段三を取り巻いています。段三は腹の底から絞り出すような声で言いました。
「忍者はどこへ行っても、人並みに生きていくことが出来ないんだな。伊賀では病気の母親の看病も出来ず、伊賀を出て大名に仕えようとすれば殺されるのか」
 段三は、今度は武田に仕えようとしたのです。上杉の時と同じように、術が試される事になりました。その術試しは、いま段三の後ろにある、高い塀を飛び越える事でした。
 段三は見事に塀を飛び越えました。だが、段三は向こうに下りないで、塀に片手の指を一本つくと、くるりと向きを変えて、もと来た方に飛び降りました。塀の向こうには、尖った釘や茨がいっぱい植えてあったのです。すると、術試しの係の侍が叫びました。
「塀を飛び越えながらこちらに飛び降りるとは怪しい奴。魔法使いに決まったぞ」
 その声を合図に、隠れていた鉄砲隊が立ち上がり、段三の胸に狙いをつけたのです。鉄砲隊に囲まれては、段三もどうしようもありません。
 ――死ぬよりほか無いのか。
 段三はばりばりと、歯を噛み鳴らしました。すると、その時、どこからともなく自分の声が聞こえてきました。
「天下の忍者、とび加藤。死ぬ前に最後の術を使って見せよう。オレは一羽の鳥になる。鳥になったところを撃ち殺せ」
 段三ははっとしました。この野原のどこかに、麦助がいるのです。
「だまされるな! 相手は魔法使いだぞ。撃て」
 侍が叫んだ瞬間、段三の姿はぱっと消えました。鉄砲隊は、塀の上に飛び上がった一羽の鳥を狙ったのです。
 鳥はトビでした。鉄砲は当たらずトビは青空に悠々と輪を描きながら小さくなっていきました。
 次の日、二人の鎌商人が甲府を出て、駿河へ向かいました。麦助と段三でした。
 きのう麦助は、段三が「忍者はどこへ行っても、人並みに生きていけないんだな」と言った時、目が覚めたような感じがしたのです。
「その時、忍者をやめようと俺は思った。やめた事で、源太夫が俺たちを殺そうとしても、二人が力を合わせれば、防ぐことが出来るんだ」
 麦助の言葉に、段三は頷きました。
 昨日、麦助は塀の向こうにぶら下がっていました。鳥を使うのは、麦助の術の一つです。麦助が捕まえていたトビを放し、みんながトビを見た瞬間、段三は地面に身体を伏せたのです。



 トビが飛び立つのと、地面に伏せるのと、同時でなければ、段三がトビになったと思わせることは出来ません。二人の忍者の心が一つにならないと出来ない術でした。
 あとは簡単でした。鉄砲が鳴り響いた途端、段三は塀の向こうに隠れたのです。
 そのあと、この二人の忍者の行方は分からなくなりました。ただ、何年か後、越前矢の根の百姓たちが、自分たちをいじめる領主と戦った事があります。その時、百姓たちの中に、八方手裏剣や花火を使う男が二人混じっていて、侍たちは散々な目に遭わされたという事です。



~おしまい~
 今日は『下っぱ忍者』の続きでいきたいと思います。
 では、スタート!


 麦助は、矢の根五郎左衛門の家の玄関の敷居の下に穴を掘りぬきました。その穴から、玄関の内側へ麦助が頭を出そうとした時、穴の外に積み上げた土の山が、どさりと崩れました。――しまった。
 麦助は頭を引っ込めました。どかどかと走ってくる足音がし、玄関に明かりがつき、穴のそばに立った男が槍を構えました。
「出てきたら、一突きだぞ」
 そう言った男の耳に、声が聞こえました。
「見つかったらしいぞ、平左。裏の物置から入れ」
「よし、そうしよう」
 答える声がし、また別の声がしました。
「いや、もう三郎たちが忍び込んだぞ」
 槍を構えた男は慌てました。
「敵は大勢だぞ。奥の部屋へ誘い込んで、討ち取ってしまえ」
 男は叫びながら、奥へ駆け込みました。
 穴の中から麦助は飛び出しました。別々の人の声を出す、これが麦助の得意の術だったのです。
 矢の根の家の家来たちが十人余り、刀や槍を構えて、奥の部屋の入り口に固まっています。
 その部屋の横の薄暗い廊下を、麦助は足音を立てないで走り、五郎左衛門の部屋の前で叫びました。
「殿、敵です。起きて下さい」
 さっきの、槍を構えた男の声でした。
「よし、行く」
 五郎左衛門は出ていきました。廊下の薄暗がりから麦助は飛び出しました。刀を五郎左衛門の背中に突き立てました。
「うむ」
 五郎左衛門の大きな体は、音を立てて廊下に転がりました。同時に、麦助は雨戸を蹴破って外へ飛び出しました。




「追え! 忍者だ」
 五郎左衛門の家来たちも、庭に飛び出しました。途端に家来たちは「あ、あっ」と叫んで、地面にかがみました。
 逃げながら麦助は『まきびし』を撒いたのです。『まきびし』はヒシの実のように、尖った先がいくつもついている、小さな武器です。
『まきびし』を踏み抜いた家来たちが走れないでいるうちに、麦助は門の前に着きました。入る時に使った竹筒の熊手――忍び熊手と言いますが、これをもう一度使って、門の外に飛び降りました。
 だがすぐ、五郎左衛門の家来たちは門を開き、松明を振りかざし、馬を走らせて麦助を追ってきました。
 麦助が逃げていく道の右側に、竹藪があります。五郎左衛門の家来たちがその竹藪に近づいた時、

 バ、バーン!

 すごい音がして、竹藪は火を吹きました。次から次へと音は鳴り響きます。
 馬は驚き、人間は慌てました。
「鉄砲だ。今度こそ、敵は大勢だぞ」
 家来達は馬から降りて、道端に伏せました。だがやがて、鉄砲の弾が飛んでこない事に、家来たちは気が付きました。麦助は花火を竹藪の中に仕掛けておいたのです。
 家来たちが道端に伏せている間に、麦助は、もうずっと先の方へ逃げて行ってしまいました。


 忍者の仕事はすぐに片付くものではありません。相手の様子を探り、色々な準備をしていなければなりません。麦助は矢の根の里の仕事を仕上げるために、ちょうど一年かかりました。
 麦助が伊賀に帰って来ると、驚いた事には、段三が居なくなっていました。
「逃げたんだ。伊賀の掟を破ってな」
 と、仲間の一人は言いました。
 話を聞くと、こうでした。麦助の留守中、段三の母親が、重い病気にかかりました。その時、源太夫は段三に徳川の仕事に出ていくように、言いつけたのです。母親が病気ですから、段三は断りました。すると、源太夫は言いました。
「行けと言えば、行け。わしがお前の母親の面倒は見てやる」
 仕方なく段三が徳川に行っている間に、母親は死にました。源太夫は、別に看病もしてやらなかったのです。後から徳川に来た忍者が、その事を話すと、段三は一晩中泣きました。そして、それきり姿を消してしまったのです。
 段三が逃げたのは当たり前だ、と麦助は思いました。しかし、源太夫はかんかんになっていました。
「徳川で仕事もせず、逃げてしまった男は、殺さなければならぬ」
 そして、段三の行方が分かったら知らせてくれるようにと、伊賀中の侍たちに頼みました。
 麦助が矢の根の里から帰って来て、二年ばかりたった頃、源太夫が麦助を呼びました。
「段三が、越後春日山の城下にいるそうだ。行って殺してこい」
 春日山には上杉謙信の城があります。その城下で段三が、目くらましの術――今で言えば催眠術――を使っていたそうです。
 麦助は友達の段三を殺したくはありません。しかし、源太夫の蛇のような目つきで睨まれると、震えあがりました。
 麦助は鎌売り商人に姿を変えて、伊賀を出、忍者の早足で、飛ぶように越後へ急ぎました。
 越後へ行く道は、途中、越前を通ります。麦助は、ふと思いついて、矢の根の里へ行ってみました。
 矢の根の里に入った麦助は首を傾げました。里の様子が変わっていました。田には草を生やしたままだし、田に水を入れる溝も、うずまったりしています。



 麦助は、一軒の農家に入りました。
「鎌はいらぬか、鎌は」
 出てきた年寄りと麦助は話し込み、話の間に麦助は聞いてみました。
「以前、この里は豊かな里だと思ったが」
「一昨年まではそうだった。ところが、矢の根五郎左衛門様が殺されてしまい、この里を守ってくれる人がいなくなった」
 年寄りの話では、五郎左衛門が死ぬとすぐ、この里は朝倉の領地になりました。朝倉はこの里から物を取り上げるだけで、五郎左衛門のように百姓の事を考えてくれません。
 ――そうだったのか。
 聞いている麦助の胸は、きりりと痛みました。麦助が五郎左衛門を殺したため、この里の人々みんなが不幸せな目に遭ったのです。
 年寄りと別れ、越後春日山へ急ぐ麦助の心は重く沈み込んでいました。



~つづく~
 今日は久々に『文庫本コーナー』の記事でいきたいと思います。
 今回は時代劇小説、『下っぱ忍者』です。

 ではスタート!

下っぱ忍者


 この話は今から四百年余り前、日本のあちこちに大名が居て、お互いに戦い合っていた頃の話です。

 うっすらと名の花の匂いが匂う、ある春の晩の事です。越前の国、矢の根の里の領主、矢の根五郎左衛門(やのね・ごろうざえもん)の屋敷の前で、黒い影が一つ、むくりと地面から起き上がりました。
 影は、何かをパッと門の屋根に投げ上げました。
 ピシッ! と、小さな音がして、投げ上げたものは、太い綱のようになって、屋根から垂れ下がりました。だが、よく見ると、綱ではありません。いくつもの竹筒に、綱を通した物でした。殺気の小さな音はその綱の先の熊手が、わら屋根の骨組みの木に食い込む音でした。
 影は竹の節を手掛かりにして、するすると、屋根に上りました。とんと屋敷の中に飛び降ります。と思うと、屋根の上からはもう、さっきの竹筒が姿を消し、地上に降りたはずの姿も消えてしまいました。
 しばらくすると、影はまた現れました。屋敷の中の一番大きな建物の、玄関の前でした。影は腰の袋から、細く尖った道具を取り出し玄関の敷居の下に、穴を掘り始めました。

 この影は伊賀の忍者で、名を麦助(むぎすけ)といいます。伊賀の国の侍の百地源太夫(ももち・げんだゆう)に使われている下っ端の忍者です。伊賀の侍たちは、みんな下っ端忍者を何人も使っていて、あちこちの大名が、忍者が入り用だと言ってくると、その下っ端忍者を仕事に出してお礼のお金をもらいます。
 こんど百地源太夫は、矢の根五郎左衛門を殺すようにと、越前の朝倉義景に頼まれました。五郎左衛門はちっぽけな領主ですが、朝倉の言う事を聞きません。五郎左衛門はいくさに強い男だったのです。
 源太夫は麦助にその仕事を言いつけました。麦助はびっくりしました。
「一人でですか? あんなに強い侍を殺すのに。段三(だんぞう)と一緒にやらせて下さい」
 段三は、やはり源太夫の下っ端忍者で、麦助の友達です。高いところへ飛び上がるのが上手い男でした。
 源太夫は答えました。
「二人の忍者が、心を一つにして動くのは難しい。一人でやれ」
 一人で越前へ行く事になった麦助を、段三は国境の峠まで見送ってきました。二人は、峠の草の上に座りました。



「忍者はいつ、どこで死ぬかわからぬ。別れの酒だ」
 段三は、腰の竹筒に入れた酒を、やはり竹筒の盃についで、麦助に回しました。峠ではウグイスが鳴き、スミレが咲いていて、とても平和な感じでした。
 この時、段三は言いました。
「源太夫様は、俺達二人が親しくするのを嫌っているんだと思う」
 そうかもしれない、と麦助も思いました。もし、下っ端忍者たちが、心を合わせて源太夫に背けば源太夫は困ってしまいます。
 そして、下っ端忍者たちが源太夫に背くわけは、十分ありました。源太夫は大名からたくさんの金をもらうのに、麦助達にごくわずかの金しかくれません。だから、源太夫は下っ端忍者たちが仲良くなるのを嫌がっているのでした。



~つづく~
 今日は『花がさいたら』の完結編を投稿したいと思います。
 前回はコチラ

 まずは、本文スタート!


 五日間というもの、洋二も新平も、つるばら館の事はわざと口に出しませんでした。その事を話すのが何となく、恐ろしかったのです。
 え、二人のケンカですか? ああ、あれはひとまずお預け――と言うよりも、二人とも、忘れてしまったのではないかしら。洋二と新平は、元通り、仲良くしているようですから。
 ただ、お互いに、つるばら館の庭の花の競争だけは、負けたくないと思っていました。それで、種を蒔いてから、まだ雨の降っていない事が気がかりでなりません。
 そしてまた、五日経ちました。
 五時間目の国語の時、洋二の所へ後ろから電報が来ました。
 洋二は、先生が黒板に字を書いているすきに机の陰で読みました。

『きよう つるばら館へ いてみよう。あの子 いるかも しれたいよ。 花のめが 出てるかも しれないよ』

 少し、間違ったところがありますが、電報は新平からでした。洋二は、新平がちぎったノートの裏に、「りょうかい」と書いて、後ろの友達に頼みました。新平の席は、洋二と同じ列の、一番後ろでしたから。
 学校が終わると、洋二と新平は、誰にも内緒でつるばら館に来ました。
 建物をぐるっと回ってみたけれど、窓はきっちりと閉まり、女の子もいません。二人は庭へ入りました。十日の間に、また新しい草が生えています。洋二たちは、黙って草をむしり、水をまきました。
「まだ、目を出さないのかなあ」
 新平が、土の上を撫でながら言いました。
「何の花か知らないけど……。もう生えてもいい頃だよね」
 洋二は答えて、それから、あっと青くなりました。
「ミカコちゃんが、ゆ、幽霊だったら? 幽霊のくれた花の種だったら?」
「幽霊がくれた? 花の種を? ばかだなあ、幽霊なんか――」
 いやしないよ、と、言いかけた新平は、
「ひゃあ~~~」
 とまたまた悲鳴を上げました。洋二も、ぶるぶる震えています。
 だって、つるバラに囲まれた窓の中で、
「フフ、ウフフフ……」
 と、誰かの笑う声がするんですもの。
 洋二と新平は、転ぶように走って、そこから逃げ帰ったのでした。


 十日経ち、二十日経ち、ひと月が過ぎました。
 海は太陽を映して走り、風は夏の香りを運んできます。
 洋二も新平もあんなに怖かったつるばら館の事を、いつの間にか忘れてしまいました。水遊び、植物集め、ザリガニ取りと、結構忙しかったのです。
 そうしたある日、洋二たちの組に、一人の転校生が来ました。
 先生の後ろから、教室に入って来たその子を見て、洋二は、はっとしました。
 あの子です! つるばら館にいたあのミカコなのです。
「これから皆さんと勉強する事になった小山ミカコさんです。ミカコさんは、海を挟んだ向かいの島、四国の学校で勉強していました。新聞社にお勤めの、お父さんの転勤で、この町に来たのです」
 受け持ちの女の先生がミカコを紹介すると、
「あたし、つるばら館へ引っ越してきました。どうぞよろしく」
 ミカコはぺこんとお辞儀をしました。
「まあ、つるばら館ですって……」
「あの、ゆうれい館のことだぞ」
「幽霊、怖くないのかしら」
「幽霊じゃないよ。姿の見えない、お婆さんがいるんだ」
 教室の中は急にざわざわしてきました。でも、ミカコはみんなの言葉をにこにこして聞いているのです。
 そして、新しい友達の中に洋二の顔を見つけると、「あら」と言って、手を上げました。洋二が赤くなっているのに、
「幽霊なんて、いないわよね」
 と、ミカコは平気で話しかけます。
「うん、まあ、いるような、いないような……」
 洋二は、下を向いたまま答えました。
「じゃあ、百歳過ぎのお婆さんは?」
 後ろの方から、女の子が聞きました。
「え、ま、まあ、いるような、いないような」
 今度はミカコが、少しどもって答えました。
 でもミカコは、洋二のように下なんか向かないで、つるばら館の話をみんなの前で話し始めたのでした。

 昔、日本が戦争をしていた頃――。
 つるばら館は、今のようにおんぼろではありませんでした。写真屋さんだったお父さんは、戦争に行って、南の島で死んでしまい、学校へ上がったばかりの女の子、女の子のお母さん、それに、八十歳を過ぎたお婆さんの、三人家族が住んでいました。
 夏のある日、熱を出したお婆さんを連れて、お母さんは病院のある町へ、バスで出かけていきました。
 その日です。お母さんたちが行った町に、大きな爆弾が落とされたのは……。



 その町も、お母さんやお婆さんも、みんな灰になってしまいました。一人で留守番をしていた女の子は、お母さんたちを探しに出たまま、行方不明になってしまったのです。
 その爆弾で、親戚の人達も死んでしまい、お婆さんやお母さんの死んだことを届ける人はいませんでした。
 そこで、戸籍には、まだ生きている事になっているのです。
 その頃八十歳のお婆さんですと、今、生きていれば百歳は過ぎるはず――それで、不思議な噂が流れたのでしょう。

 ミカコは、そう話したのです。
 そして、おしまいに言いました。
「行方不明になった女の子ね、四国の人が育ててくれたんですって。大人になって、新聞記者のお嫁さんになって、それでつるばら館の事が分かったんですって。私の母さんなの、その女の子」
 みんな、しーんとして、ミカコの話を聞いています。
 この組の友達は、家に帰って、ミカコの話をするでしょう。家の人は、近所の人に話し、近所の人は、また誰かに話して、そのうち誰もあの建物の事を「ゆうれい館」なんて呼ばなくなるでしょうね。
 学校が済むと、洋二と新平は、ミカコに誘われて、つるばら館へ行ってみる事になりました。
 丘の道を降りながら、洋二は気になっていたことをミカコに訊いてみたのです。
「夕方、窓に明かりがついてたよ。それに窓の中でウフフと笑う声も聞こえた……。あれ、ミカコちゃんだったの?」
「笑ったのは私よ。だって、幽霊の種なんて言うんだもの。明かりをつけてたのは、たぶん父さんだと思うわ。まだ電気が来なくて、ろうそくの明かりよ。引っ越してくる前、母さんに内緒で家の手入れをしてたのよ。自分の生まれた家がおんぼろだったら、母さん、悲しいだろうって」
「ふーん、優しいんだなあ」
 洋二は、優しいお父さんの子供だから、ミカコも、きっと優しいだろうと思いました。
 ところが大間違い! つるばら館に来てみると、見違えるほど明るくなっていました。窓はピカピカ光っているし、庭一面、花模様のじゅうたんを敷き詰めたように、松葉牡丹が咲いているのです。
「これじゃ、どっちが謝るのか――」
「わかりゃしないや」
 洋二と新平は、同じことを思い出して言いました。
 するとミカコは、悪戯っぽく二人を見比べて、急に笑い出したのです。
「アハハ……ハッハッハ……。バカねえ、そんな事、どうでもいいのよ。あたし、庭を綺麗にしたかっただけなんだから。ハハハ……ご苦労様でした」






~おしまい
 いかがでしたか?

 物語の舞台と挿絵からして、作中で言われている「大きな爆弾」と言うのは、おそらく広島の原爆の事みたいですね。
 時代設定も、当時ならではな感じになっています(丁度、私のお袋の世代が洋二達と同年代になるわけですし)。

 それまでとは打って変わってハードな設定でしたが、“オチ“のミカコの企みで、ちょっと明るい終わり方になった、といった感じでしょうか。

 と言ったところで、今日はこの辺で。
 どうも。ではでは。
 今日はこの間の『花がさいたら』の続きで行こうと思います。
 前回はコチラ

 では、本文スタート!



 草ぼうぼうの庭に立って、洋二と新平は、しばらく見とれていました。
 金色の五月の日差しを受けて、赤いつるバラの花が、そこにもここにも、ほら、あんな高い所にまで、咲いています。黒ずんだガラス窓が、さび付いたように閉まっていますが、今にもそれが開いて、童話のお姫様が顔を出しそうな感じでした。
 こうして明るい所で見ると、洋二は昨日の事なんか、まるで嘘のような気がしてきました。
 まして新平は、初めから本気にしていなかったので、
「それ見ろ、幽霊なんて、いないじゃないか」
 と、勝ち誇ったように言うのです。
「夢でも見て、寝ぼけたのさ。もう、でまかせなんか言うなよ」
「誰がでまかせ言った? 見たから見たって言ったんだ」
 珍しく、洋二が食って掛かりました。
「まだ言ってら。しつこいぞ、洋二も」
「君こそ、疑い深いや。男らしくないよ」
「なに!」
「なんだよ……」
「よーし、お前なんか、絶交だ」
「いいよ、こっちこそ、絶交だい」
 仲良しというものは、ケンカする時にまで、気を合わせるのでしょうか。洋二と新平は、同じような事を言い合っています。
 絶交なんて、出来るわけがないくせに。
「あやまれ、洋二」
「君こそあやまれ」
 二人は絶交どころか、決闘でもするみたいに、一歩ずつ詰め寄りました。
 ……その時です。
 ギィー、ザリリーッと、重い音を立てて、窓の扉が開いたのです。
「ひゃあ~~~!」
 この大きな悲鳴、洋二だと思うでしょう?
 ところが、洋二ではなくて新平でした。
 洋二は声も出せないで、後ろに飛び下がっていたのです。バラのトゲで指をひっかいてしまうほど慌てて――。


 もちろん、洋二は泣き出しました。
 けれど、そう長くは泣いていられませんでした。何故って……。地べたに座り込んで、えんえんやっていた洋二の耳に、女の声が聞こえたからです。
 ぎくりとして顔を上げると、幽霊――じゃなかった。百歳過ぎのお婆さん――でもなかった。洋二ぐらいの女の子が、窓の中で笑っているのです。
 洋二と新平は、ぽかんと顔を見合わせました。
 すると、女の子は、歌うような声で言うのです。
「ねえ、どっちが謝るのか決まった?」
「き、きみ、誰さ」
「ど、どこから来たのさ」
 見知らぬ女の子の前で、男の子二人は、どぎまぎしながら尋ねました。
「分からないわ。一人ずつ言ってちょうだい」
 女の子は、記者会見のスターみたいに気取って、そのくせちゃんと聞き取っていたのです。
「あたしミカコ、あっちから来たわ」
 女の子は、海の方を指さしました。そう言えば、女の子の服は海の色、襟のレースは波がしらの色です。けれど洋二が、
「へえ、海から来たのかい?」
 と聞いたら、首を振って笑うのです。
「まさか。海坊主じゃあるまいし。それより、ケンカしてたんでしょ? どっちかが謝るんでしょ?」
「大きなお世話だい」
 たまりかねた新平が、口をとがらせて言いました。
 でも、この人を食った女の子、ミカコには敵いそうもありません。
「あたしが、謝る方を決めてあげる」
 ミカコはそう言って、窓から手を出しました。
 何か、紙に包んだものを新平に渡したのです。
「なんだ、こりゃあ?」
 紙を開いて新平は言いました。洋二にもわかりません。鉛色で、あわ粒よりも小さなものです。
 さらさらした小さな粒が、一握りほど入っていました。
「それ、お花の種よ。何の花かは、咲けば分かるわ。二つに分けて、この庭に蒔くの。早く咲いた人が勝ち。負けた人が謝る……っての、どう?」
 ミカコは、得意そうに言いました。
 ちょっとしゃくだけど、洋二と新平はミカコの言った通りに決めました。二人とも、謝るのも、謝られるのも、あまり好きではなかったのです。
 種を二つに分けて、さあ、競争が始まりました。
 ぼうぼうの草をむしるのは一苦労です。でも、二人は汗びっしょりになって、頑張りました。瓶の壊れたのを拾ってきて、土を柔らかくしたり、溝から水をすくってきてかけたり――。
 そして日暮れ近く、洋二と新平は、自分の種を、やっと蒔き終わりました。



 ところが、どうでしょう。
 窓に腰かけて、二人を応援していたミカコが、いつの間にか消えているのです。
「おい、きみ――」
「ミカコちゃーん」
 何度呼んでも、返事はありません。ミカコが腰かけていた窓は、きっちりと閉まっていて、ガラスに夕焼けが映っていました。



~つづく~